英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第21話 戦闘の後で

 事実上の観客が不在となった戦闘は、時間にしてそれ程経過するまでも無いままに終了していた。

 元々時間外である為に、長時間の訓練場の使用は、流石に黒乃が許可したとしても安易に使用する事が躊躇われる。

 そんな立場にあっても規律を正しく守るからこそ利用する事が出来る。そんな思いを考えれば、青龍とカナタの試合時間は予想を遥かに下回る時間だった。

 横たわったカナタはそのまま医務室へと直行する。既に時間も遅い事から、そのまま解散となっていた。

 

 

 

 

 

「……ここは、医務室ですか」

 

 これまで閉じていた瞼が開いた先にあった光景は学園内の医務室の天井だった。

 ゆっくりと上体を起こしながら、カナタは少しだけ物思いにふけっていた。どれ程の時間を戦っていたのかは分からないが、少なくともカナタが経験した中でも確実に一番だと言える程濃密な時間を過ごしたと考えていた。

 

 少なくとも、これまでに知覚外からの攻撃がどんな物なのかは刀華の使う抜き足からも理解している。しかし、青龍が使用したそれはそんな業すら陳腐だと思える程だった。

 抜き足の様に人間の潜在的な知覚を外す事によって仕掛けるそれは、最悪でも命の危機が迫る直前の段階で気が付く物。しかし、オープニングで食らった攻撃はそんな命の危機すらも感じさせない程に圧倒的だった。

 

 初撃を防いだのは偶然に過ぎない。右手に自身の固有霊装でもある『フランチェスカ』を持ち、構える様に左腕を曲げた部分に衝撃を受けただけだった。

 本来ならばその一撃でさえ、攻撃のタイミングを読む事によって攻撃の力を分散、若しくは逃がす事で最小限度に被害を抑えるはず。しかし、青龍が放ったそれはそんな事すら許さないとばかりに直撃を受けていた。

 

 上腕の骨が折れると同時に、その衝撃は体内にも襲い掛かる。不可避の攻撃を受けた時点で勝敗は決していた。

 痛みを抑えながら動くにも完全に左腕は死んでいるのと同じ。動かないそれは単なる弱点でしかなかった。

 時間の経過と共に記憶が徐々に蘇る。確かに負けを前提で戦うのは言語道断だが、あの戦闘技術を考えればそれも仕方ないと考えさせられる内容だった。

 気が付けばカナタの手にはポタポタと雫が落ちている。それが自身の涙であると分かるまでにそれ程時間は必要無かった。

 

 

「あら?もう起きてて大丈夫なの」

 

「え……朱美さん?どうしてここに……」

 

 突然の声にカナタも思わず流れた涙が引っ込んでいた。

 ついさっきまでこの部屋には誰もいなかったはず。幾ら精神状態が不安定だとしても気配の一つ位は察知出来るはずだった。突如現れた事に驚くも、カナタのその表情は先程まで落ち込んだそれとは違っていた。

 

 

 

 

 

「なるほどね………」

 

 朱美の声にカナタは改めて自身が何も出来ないままに敗れた事を実感していた。

 こちらから挑んだにも拘わらず、何も出来ないままの完封負けは屈辱以外の何物でもなかった。

 勿論、自分と青龍の戦闘力がかけ離れている事は理解している。しかし、今回戦った事によってその隔絶した差がどれ程開いているのかを確認する事すら出来なかった。

 関係者が殆ど居ないから、外聞を気にする必要は無いと考える事も出来るが、少なくともカナタの胸中にはそんな考えは微塵も無かった。

 

 初めて対峙した際には何も分からないまま捉えられた為に、実際にどれ程違うのかを図り知る事は出来なかった。しかし、今回の件に関してはその内容は大きく異なる。

 これまでの様に想像の域を越えなかった事実が白日の下に晒された以上、その差を埋める事が不可能であると本能的に感じ取っていた。

 不意に過る父親の言葉。どんな目的があるのかは考えるまでも無いが、それでも出来る限り、対等の状態でいたかった事は紛れもなく事実だった。

 そんな思いが口から零れる。そんなカナタの独白に近い物を聞いたからなのか、朱美は端的に返事をするしか出来なかった。

 

 

「朱美さん。少しだけ教えて欲しい事があります。青龍の立ち位置は風魔の中ではどうなんですか?」

 

「立ち位置?」

 

「はい」

 

 カナタの言葉に朱美は少しだけ思案していた。

 元々風魔の内情を話すつもりは毛頭無い。事実、今ここに居るのも偏に今回の報酬の件で来ているだけであって、メンタルケアの為ではない。

 今回の報酬に関しては確実にカナタの会社から出るのは決定しているが、最終決裁者でもあるカナタにも念の為に耳に入れておこうと考えただけに過ぎなかった。

 そんな中でカナタの心中を察した朱美も、どう返事ををすれば良いのかを考えていた。

 下手に事実を隠した所で、恐らくは何らかの手段で調べる可能性が高い。

 勿論、風魔の中でも情報を扱う朱雀の立場から考えれば一般の中で手に入る情報は誰もが知る程度の中身。今後の事を考えれば、完全に秘匿するよりも多少の情報を後悔した方が信用されるであろうとの判断もまたそこにあった。

 

 

「そうね……立場と言うならば、『四神』と呼ばれるのはあくまでも組織の長としての記号って事ね。実際にはそれぞれの役割があるから一概には言えないけど、青龍はそんな中でも現場の担当。こう言う言い方は好きじゃないけど、少なくとも学生程度、いえ、闘神リーグ程度なら引けはとらないでしょうね」

 

「そう……ですか……」

 

 朱美の言葉にカナタは自身の想像の範疇を簡単に越えていた事を実感していた。

 元々隔絶した差があるのは理解していいたが、闘神リーグを例に出された事によって、漸くその言葉の意味を理解していた。

 

 元々KOKと闘神リーグは内容は大きく異なっている。洗練され、全てに於いて十全の実力を発揮できるようにお膳立てされたKOKとは対照に、闘神リーグは完全に己の実力だけが全てとなっている。

 戦いは常に決められた場所だけではない。夜討ちや策動など、勝つためにはありとあらゆる事を想定する為に、ある意味では能力ではなく、純粋な生存と戦闘能力を誇る事が出来る人間だけが許される場所。

 そんな過酷な内容すらも凌駕するのであれば、その実力の一端は簡単に見て取れていた。

 

 

「最近だと、貪狼学園の倉敷蔵人だったかしら。事実上の一撃らしいわよ。思ったよりつまらなかったって聞いているわね」

 

「倉敷蔵人がですか……」

 

「詳しい事は知らないけど、私が見た時には既に満身創痍って感じだったかな。本当の事を言えば、七星剣舞祭の上位陣程度は子供扱いね」

 

 朱美の言葉にカナタは自分の友人の事を思い出していた。

 元々昨年の七星剣武祭で刀華が上位に食い込んでいる。勿論そこには戦術も存在する為に、一概に優勝した=一番強い訳では無い。

 それぞれの戦い方を研究し、常に進化を続けている。だからこそ、その対戦相手によっては己の順位も異なるのがそれぞれの見解だった。

 

 血が滲む程の努力を続け、それでもなお子供扱いとなれば、それが何を意味するのかは言うまでもない。それと同時に昨年のベスト8を一撃で終わらせるとなれば、それがどれ程の物なのか。

 そんな朱美の言葉にカナタは少しだけ言いようの無い雰囲気を纏っていた。

 

 

「でも、詳しい事は本人から聞いたらどう?」

 

「えっ………」

 

 まるで来る事を予測したかの様に医務室の扉が開く。まさかここに来るとは思わなかったからなのか、扉の向こう側に居たのは風間龍玄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

 龍玄は医務室に来てから殆ど口を開く事は無かった。元々青龍として戦った以上、いきなりこんな状態になれば誰もが気分が良いとは言えない。

 ましてや圧倒的な実力を見せた後なだけに、お互いが無言のまま時間だけが過ぎ去った時だった。

 

 

「そうですね……予測を遥かに越えた高い頂でした」

 

「朱美が何を言ったのかは知らないが、俺達はそもそもこんな場所に留まる必要は無いからな。今回の件に関しては依頼だったからそれなりに見せたが、本来であればそこまでする事は無い」

 

 龍玄の言葉をカナタはただ黙って聞くしかなかった。何か反論するとかではなく、純粋に話しを聞く。

 これまで身近に居たにも拘わらず、実際には何も知らなかった事を鑑みた結果だった。

 

 

「俺達は傭兵だ。幾ら戦場で戦う力があっても、それだけが全てではない。当然命を狙うのであればその逆もまた然り。人数を常に絞る以上は一つの所に留まる事はしない」

 

「だったら……愚問でしたね。一つだけ聞いても良いですか?」

 

 龍玄の言葉にカナタは自身の事があったからこそ今に至る事を一番理解している。言われるまでもなく任務を依頼し報酬が必要とされるのであれば、ある意味では当然だった。

 幾ら契約と言えど、戦場での口約束であればその限りではない。その中に自身の都合が一切含まれていない事にカナタは少しだけ残念だと思う部分があった。

 あくまでも報酬の回収先が偶然この学園の生徒であって、それ以外は無駄だと切り捨てている様にも思える。自分の置かれている環境も影響しているからなのか、カナタは居た堪れない気持ちだけがそこに存在していた。

 だからこそ、その真意が知りたい。カナタの口から出た質問はその思いそのものだった。

 

 

「何だ?」

 

「仮にですが……仮に今直ぐ報酬を回収したらどうするつもりですか?」

 

「それこそ愚問だな。今回の件は未払いの報酬の回収が優先されている。小太郎からの命は回収だけだ」

 

 本当の事を言えば最低でも一年はここに居る必要があったが、今のカナタにそれを説明する必要は無かった。

 そもそも小太郎の目算では回収の最短の目途は十ヶ月程。今の会社の経営状態を考えての結論だった。仮に時間がかかったとしても精々が二年。

 時間の制限に関してはカナタも知っている為にそれ以上言うつもりは無かった。

 

 

「それは、学園を去ると言う事ですか?」

 

「当然だ。ここに俺が学ぶべき物は何一つ無い。時間の無駄だ」

 

 切って捨てた言葉にカナタの表情は少しだけ曇った様にも見えていた。元々戦場での邂逅が無ければお互いの道が交差する事は無かった。

 かたや貴族の令嬢。かたや傭兵。裏の世界で名が通る人物との接点など、本来であればありえないはずだった。互いの利が交わった今が現在である以上、交差した道は互いが離れるのは道理だった。

 

 

「ですが、ここでは価値ある出会いもあるはずでは?」

 

「価値があるかどうかを決めるのは俺自身だ。お前が決める道理は無い」

 

 どこか拒絶された様な物言いは少なくとも先日までの様子とは異なっていた。戦いの後で昂ぶったままなのか、それともこれが本当なのかを知る術は無い。これ以上の会話を続けるのは、どこか危険な様にも感じていた。

 

 

「分かりました。ですが、私も同じ部屋に住んでいますので、明日からはまた同じ様にお願いします」

 

「気にするな。元より今回の件に関しては試合や死合だとは思っていない。まずは寝る事で体力の回復を優先させる事だな」

 

 龍玄の言葉に本来であれば憤りを覚えるはずだった。しかし、初撃の時点で確実に生かされているに過ぎない事はカナタ自身が一番理解している。

 隔絶した戦力差と同時に手加減させている事実が、あの戦いの雄弁に物語っている様だった。

 龍玄はそれだけを言うと医務室から去っている。残されたカナタは夜空に浮かぶ月を見ながら少しだけ物思いにふけっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかああまで一方的になるとは思わなかったな……」

 

「う~ん。普段を知ってるだけにその言葉は何とも言えないね」

 

 あの戦いを見た黒乃もまた寧音と改めて感想とも取れる内容を思い出していた。

 元々学生でも戦場に出る事が可能だからこそ特例措置としてこれまで魔導騎士連盟から要請があった際に送り出していた。しかし、世界の広さを改めて実感すると同時に幾つかの気がかりな事もあった。

 あれ程隔絶した実力を持つにはどれ程の研鑽を積んだのだろうか。それと同時に戦いの最中、青龍が攻撃をするしないに関係無く、一切の攻撃をする意志を感じる事が出来なかった事実に黒乃は驚きを覚えていた。

 幾ら戦闘力に大きな差があろうとも、攻撃の瞬間程度は自分の明確な意志が見え隠れする。事実、それが闘志となって表れ、脳内からもドーパミンが大量に出る。

 その結果として集中力が高まる事実があった。しかし、青龍はその戦いの最中であっても、高揚したり興奮する事無く冷静に対処している。

 あれでは幾ら先読みが可能だと言う人物であっても苦戦するのは予測出来ていた。

 それと同時に初めてあった風魔小太郎の存在に黒乃は心底恐怖感が先に出ていた。動く物は赦さんと言わんばかりの気配に誰もがその場で立ち尽くす。それが黒乃が抱く風魔小太郎と言う人物像だった。

 

 

「なぁ、寧音。私が仮に現役だったと仮定してどうだ?」

 

「……どう…ね…」

 

 黒乃の真剣な表情に寧音もまた何時もと違い真面目な表情となっている。黒乃が言う所のどうだが意味する事は分からないでもなかった。

 仮に何かしらの介入があった場合、確実にここの教員では太刀打ちはおろか、攻撃すら与える間もなく殲滅されるのはある意味当然の事だった。

 本来であれば学園内に侵入した時点で黒乃は排除する必要があった。しかし、小太郎だけでなく隣にいた人物から感じたのは気配などと生易しい物ではない。

 死を身に纏う様な存在に対し、今の黒乃には勝てるビジョンが全く浮かばない。今回の様な件があった場合、果たしてまともに太刀打ちできるのかすら怪しいと感じていた。

 

 

「遠慮する事はない。私とお前の仲だ。忌憚の無い意見が知りたい」

 

「まぁ……無駄だろうね。ねぇくーちゃん。これから言い難い事言うけど、怒らない?」

 

「怒る要素なんて無いさ」

 

「……秒殺さね。小太郎は『魔人(デスペラード)』の領域に住んでいる。少なくとも理知的に暴力を振るうだけでなく、相手の痛い所を確実に突いてくる。

 今のくーちゃんが仮に現役だとして、大事な物を天秤にかける事が出来る?それも確実にどちらかを失うとなったら?」

 

 寧音の言葉に黒乃は何を指しているのかを理解していた。

 天秤にかけるのは己の家族か学園の維持か。相手が風魔小太郎と言う人間であれば少なくともこちらの弱点を知った上で攻撃していくるのは当然だった。

 天秤にかけるとなれば、幾ら力があろうともどちらを取るのか厳しい選択を余儀なくされる。それを知っているからこそ寧音は珍しく前置きをしていた。

 

 それと同時に黒乃には言っていない事実。片方だけが助かる事案は結果として両方とも失う。如何なる状況下であろうと、自分達に何らかの刃を向ける可能性がある物は確実に根切で対処する。それが自分達の安全を確実にする手段でもあり、当然の処置。

 その時点で最初から詰んでいる事実は言わない方が良いだろう。少なくともそう考えていた。

 

 

「成程な。言いたい事は分かった。少なくとも私にはどちらも大事だ。選択肢を取る時点で負けだろうな」

 

「少なくとも、こちらから何かをしない限りは大丈夫。私はそう考えてる」

 

「そうか……済まない。参考になった」

 

 照明が点いていないからなのか、何時も以上に月明りが眩しく感じている。時間は既にそれなりの時間に差し掛かってはいたが、今はそんな明かりだけでも十分だった。

 寧音の言葉に改めて黒乃は今後の事を考えていた。

 元々イレギュラーな試合ではあったが、お互いが決められた戦いでしかない。序列二位が子供扱いであれば、一位の刀華はどうなんだろうか。

 そんな取り止めの無い考えだけがぼんやりと浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時とは全く違っていたんだ……」

 

 青龍とカナタの戦いを見た後、刀華は人知れず自身の固有霊装でもある鳴神を顕現し、少し身体を動かしていた。

 元々カナタの固有霊装との相性が悪い事は予測していたが、まさかああまで一方的だとは思ってもいなかった。

 手折る時間を与え、抜刀絶技を繰り出してもその上を易々と超えていく。元から差があった事は理解したが、まさかあれ程だとは思っていなかった。

 

 素振りをした事によって額に汗が滲んでいる。しかし、あの戦いを見た後ではその熱も直ぐに冷たい物へと変化していた。

 圧倒的な実力を垣間見ただけでなく、少なくとも青龍よりも小太郎の方が格段に上であるのは間違い無い。自身の渾身の抜刀術があれ程簡単に撃ち落とされたのは偶然ではなく必然。

 それと同時に、カナタから聞いた話を統合すれば居合い術の様に相手にも見る時間を与える攻撃は全て自分に跳ね返ってくる。

 一撃必殺の刃は敵に向くはずが気が付けば自分に向くとなれば、もはや攻撃としての価値は失われているのと同じだった。

 

 

「あの戦いを見て何を感じた?」

 

「……風魔小太郎。何故ここに?」

 

 突然聞こえた事に刀華は直ぐに意識が戦闘モードへと切り替わっていた。

 幾ら暗闇で見えないとは言え、こうまで接近を許す事はこれまでに殆ど無い。常に周囲に張り巡らした意識を飛び越えた人物は漆黒の仮面を付けた人物だった。

 思わず漏れた名前に刀華は冷たくなった汗が一気に噴き出る。

 小太郎は構えすら見せていないにも拘わらず、刀華が攻めるだけの隙はどこにも見えなかった。

 

 

「態々お前如き人間の為に来た訳では無い。自惚れるのもいい加減にするんだな。それとその程度の剣技では傷一つ付けることは不可能だろう」

 

 歩みが止まることなく小太郎は当然と言わんばかりに刀華へと近づく。

 仮面を付けている為に視線がどこに向かっているのかは一切分からない。刀華の意志など最初から無いかの様に一歩一歩澱みなく近づいてくる。

 気が付けば既に刀華の必殺の間合いに完全に侵入していた。

 

 

「だったら試してみますか?」

 

 既に刀華は鳴神を腰だめに、いつでも抜刀出来る態勢を作っている。

 自身の抜刀絶技を叩き込めば幾ら小太郎と言えど傷の一つ位は着くはず。そう思いながら視線を小太郎に固定したまま右手はそのまま左にある柄へと伸びていた。

 

 

「別に構わん。そんな鈍刀が届くとでも思うのか?」

 

「やってみないと分かりませんよ」

 

「…愚か者が……相手の力量すら判断出来ん者がどうやって生き残れる。やるならば命を賭けてくる事だな」

 

 本来であれば小太郎の口上を聞く前に抜刀すれば良いはずだったが、刀華はまるで金縛りにでもあったかの様に動く事は出来なかった。

 相手から感じるはずの気迫が一切無い。まるで周囲に溶け込んだかの様にも感じるからなのか、刀華は僅かに迷いを持っていた。

 

 既に間合は致命傷を当てる距離まで接近している。ここで何も出来なければ自身が更なる高見を目指す事が出来ないと自身を鼓舞していた。

 瞬時に脳内で勝利へのシミュレートが繰り返される。幾ら攻撃を繰り出そうが待っているのは自身の胴体が横一文字に切り離れる未来だけだった。

 心臓の音がやけに煩く感じる。本当に大丈夫なのか、それとも回避されるのだろうか。今の刀華には無情な選択を余儀なくされていた。

 

 

「どうした?まだ不様な抜刀術に頼るのか?」

 

 刀華の視界に入る小太郎は未だ構えすら作っていない。仮にここから仕掛けたとしても絶大な自身があるからなのか、刀華の事など最初から視界にすら入っていなかった。

 

 

「不様かどうかは一度、自身の目で確かめたらどうですか?」

 

「見え透いた挑発は命取りになる。こちらとしては構わんが、大事な物は失いたくは無かろう。で、どうする」

 

 その瞬間、まだ距離があったはずの小太郎の腕は既に刀華の右手を握っていた。

 瞬時に近寄った事実を感じる事が出来ないままの接近。柄を握ろうにも小太郎の力の方が強いからなのか、刀華の右手が動く事はなかった。

 

 

「人生の中で命を賭ける戦いは一度きり。未熟なままに死を選ぶのならばそれでも構わんが、どうする?」

 

 再度同じ質問をしながら右手を封じられた刀華は何も言葉を発する事が出来ないままだった。

 漆黒の仮面の向こう側の表情をうかがい知る事は出来ないが、その口調と未だ動かす事が適わない力強さは刀華の戦意を失わせる。

 このまま強引に持って行く事も不可能ではないが、その次に待っているのは自身の明確な死。どれほど研鑽しようが、まるで無意味だと言わんばかりの動きだった。

 

 

「………まだ己の力量を把握していないのか。師でもあるあれも老いたか」

 

 自身の師でもある南郷虎次郎の名前が出た瞬間、刀華はやり過ごす選択肢を放棄していた。

 右手ではなく左手に力を入れ、刀を抜くのではなく鞘を引く。煌めく刃が見えたのはそこまでだった。

 突如刀華は腹部に激しい衝撃を受ける。空いている反対側の手はそのまま刀華の腹部を貫く寸前だった。

 拳から発生した衝撃が刀華の内臓にダメージを与える。本来であれば衝撃を受け止めるのではなく流す事を優先する為に、敢えて後ろに飛ぶはずだった。

 しかし、完全に右手を握られている時点で衝撃はそのまま刀華の体内で暴れ狂う。

 鍛え上げられた腹筋など無意味とばかりに衝撃は完全にダメージへと転化していた。

 口から出る赤はどこからの出血なのかすら判断出来ない。しかし、完全に逃げる事を封じられたからなのか、刀華は睨む事しか出来なかった。

 

 

「貴様が激情にかられ刃を振るった所で、所詮はその程度の存在だ。あれと比べるつもりは最初から無い。今回の件は特別に見逃してやろう」

 

 拳が刀華の腹部からゆっくり離れると同時にまるで自分の言う事など聞くつもりは無いと言わんばかりに膝から崩れ落ちる。

 元々小太郎の氣に当てられた結果ではあったものの、隔絶した差は刀華の失っていく意識の向こうで感情を持ちながら消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃の夜が過ぎ去り、本来であれば有るべき試合は元から無かったかの様にお互いが棄権によるドローは、学園内部でも色々と物議をもたらしていた。

 風間龍玄はこれまでに経過を考えれば既に欠席である事実は誰もが知る部分ではあったが、それよりも問題だったのは貴徳原カナタの棄権だった。

 

 表面上は自己都合による棄権ではあるが、実際には昨晩の中で決着が着いていると同時に、特別に開催した試合の対価として互いに黒星が付く事が発表されていた。

 これまでに棄権で星勘定が動く事はあったが、カナタの場合はこれまで無敗であったと同時に、ここで黒星が付いたとなれば今後の出場権を賭けた戦いは更に激化するのではと予測されていた。

 一部の人間はその事実探るべく色々と調べる事を優先したものの、肝心の当事者が互いに居ない時点でそれ以上の追及は不可能になっていた。

 それは出場者にも影響が出る。候補の人物が脱落したとなれば少なくとも現時点で無敗の人間が出場に大きくリードしているのと同じだった。

 

 

「…………」

 

「イッキどうかしたの?」

 

「大した事じゃないんだけど、今回の予選会って従来よりも一試合少なかったから、念の為に誰の対戦だったのかを知ろうかと思ってね」

 

「そんな事してどうするの?」

 

「何となく気になったんだ。少なくともこれまでの試合は常に同じ数が大戦カードとして組まれていたんだけど、今回に限っては試合数が少なかったから気になったんだ」

 

 一輝の言葉にステラも改めてこれまでの事を思い出していた。

 元々一輝もステラも今日は試合が組まれていない。詳細はともかく、それが誰なのかを知る必要があった。

 基本的には予選会は三日に一度の割合で組まれる様になっている。となれば一つのサイクルが出来上がっていると一輝は判断していた。

 それと同時に、そろそろ勝敗の多寡ではなく、無敗の人間の数が増えている現状は、今後は負ける事を許されない戦いに雪崩れ込むのと同じだった。

 幾ら恋人同士であっても戦いの場に於いてはステラもまたライバルとなる。

 特に自身の卒業に於いては七星剣武祭の優勝が最低条件となっている為に、情報の収集は必然だった。

 生徒手帳を眺めながら対戦数を確認していく。その中で一人の名前に目が止まっていた。

 

 

「イッキ。どうかした?」

 

「……可能性としてなんだけど、恐らく今日のあったはずの対戦カードが分かったんだ。でも、どうしてなんだろう……」

 

 一輝が懸念したのはある意味当然だった。これまでに行われた試合数から割り出せば、そこに浮かんだのは一人の名前。貴徳原カナタの名前が浮かび上がっていた。

 これまでに一度も負ける事無く予選会を勝ち抜いている。この現状では学園序列二位の人間が黒星を持っているのは大きな意味合いを持っていた。

 現時点で負けが付かない人間も試合が進めば互いに星を潰し合う。その時に黒星がついているとなれば即脱落の可能性もあった。

 理由はどうであっても一輝にとっては僥倖でしかない。少なくとも今のままの状態が続くのであれば自身の未来もまた大きく前進するのは当然だった。

 

 

 

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