英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第26話 成長の度合い

 人通りが少ない路地とは言え、それでも一定量の人影はあった。

 実際に裏路地と言ってもそれ程危険な場所ではない。厳密にはメイン道路から一本だけ脇に逸れただけの路地が故にこれ程の緊張感を滾らせる必要は何処にも無いはずだった。

 僅かに聞こえる声と同時に、ほのかに臭う鉄錆の空気。紛れもなくこの近隣で何らかの戦闘が行われている証拠だった。

 

 

「ステラ、少しだけ良い?」

 

「私は平気よ。でも、これって………」

 

 一輝の言葉にステラも同意はしたものの、こんな場所で何故これ程まで緊張感が高まるのかが分からなかった。

 しかし、感じるそれは紛れもなく狂暴な剣氣。喧嘩と言うには余りにも酷い物だった。

 周囲に対し耳を澄ます。僅かに聞こえたのは僅かに聞こえた声。恐らくはこの裏手か、それよりも奥からだった。

 

 

「ああ。間違い無くどこかで乱闘してるんだろうね。喧嘩のレベルは超えてるみたいだから」

 

 一輝の言葉にステラも改めて周囲を意識する。確かに言われればと言う気もするが、実際には喧噪もある為に明確に聞く事は出来なかった。しかし、一輝が言う様に周囲に撒き散らす剣氣は明らかに尋常ではない。それが危険な行為だと分かっていても、一輝の中では見捨てると言う概念は存在しなかった。

 改めてその方向へと足を向ける。折角の週末が最後の最後で締まらない。そう考えながら、現場と思われる場所へ向かい出していた。

 

 

 

 

 

「イッキ………」

 

 僅かに聞こえた声を頼りに二人は目的の場所に辿り着いていた。二人の目に飛び込んでいたのは蹲りうめき声を出す男達。予想はしていたものの、その光景は想像を超えていた。

 服装や雰囲気から、明らかに一般人の様には見えない。寧ろ、暴力を糧として生きている様にも思えていた。

 それと同時に不可解な点もある。喧嘩であれば何かしら殴られた痕跡があるはずだが、目の前に居る人間は誰もがそんな部分が見えなかった。

 殴るのではなく、何か棒状の様な物で叩き付けられている様にも見える。それが何なのかは近づいた瞬間、判明していた。

 

 

「ステラ。多分だけど、これは霊装の幻想形態かもしれない」

 

「でも、動かないし、打撃痕もあるわよ」

 

「恐らくだけど、限りなく死に近いイメージを叩き付けたのかもしれない。それなら可能性はあるから」

 

「って事は魔導騎士が……」

 

 一輝の言葉にステラもまた自身が同じ状況になった事を思い出していた。

 幻想形態は肉体にダメージを与える事はなく、純粋にそのイメージだけを鮮明に脳に叩き込む。その結果として脳が肉体に錯覚させるやり方だった。

 確かにこれであれば命に別状は無いかもしれない。しかし、このまま放置すれば最悪は何らかの危険性が高い可能性もあった。

 時期的には問題ないが、これが真冬であれば凍死する可能性もある。一輝としてはそのやり方も去る事ながら、こうまで一方的に出来る事に驚きを浮かべていた。

 

 実際に魔導騎士と一般の差は霊装の違いしかない。ここで派手に異能を使えば明らかに使用方法で罪に問われるのは当然の事。だとすれば、純粋に技量だけで叩きのめした事になる。

 目の前で蹲る人間がどれ程の技量なのかは分からないが、少なくとも鍛えられたと思われる体つきは、何かしらの武道か剣術を嗜んでいる可能性もあった。時間にしてそれ程も経過していない。そう思った瞬間だった。

 

 

「お前、剣客だな。隠したって俺には分かる。一勝負しないか」

 

 背後から聞こえた声に一輝だけでなくステラもまた振り向いていた。

 僅かに逆光になるからなのか、詳細までは分からない。しかし、その口調や雰囲気は明らかに何かしらの技量を持っている事だけは間違い無かった。

 

 

「ここで戦う意味も必要性も無いんだ。それに僕達は偶然ここに来ただけだから」

 

 一輝はそう言いながらゆっくりとステラを自分の背後へと移動させていた。勿論ステラ自身もかなりの戦闘力はあるが、ここで何かしらの問題を孕めば何かと面倒な事になるのは間違い無かった。

 仮に自分がキッカケで醜聞になればそれは個人間の問題だけでは終わらない。

 下手をすれば外交問題にまで発展するからだった。

 それと同時い疚しい事は無くても、面白おかしく書き立てられる。自分の事は問題無いが、ステラに関しては最低限守る必要があった。

 

 

「そうか……それは悪かったな。何て言うとでも思ったか。俺の目にはお前は飛び切りの剣客にしか見えない。少なくともあいつ等に比べれば数段は落ちるがな」

 

 男はそう言いながらゆっくりと距離を詰めていた。

 一歩一歩近づくにつれ、その姿もまた少しづつ見え始める。距離にして三メートルを切った時点で漸く男の全貌が見えていた。

 記憶が確かなら一輝も顔だけは見た事がある。貪狼学園所属の倉敷蔵人その人だった。

 

 

「確か……倉敷蔵人」

 

「何だ。俺の事を知ってるのか?そいつは光栄だな。だが、今の俺は過去の俺とは違うんでな。今は只のロクデナシだ」

 

 一輝の口から出た名前に蔵人は無関心だと言わんばかりに掃き捨てる様に口にしていた。

 仮に違うと言えど、その実力は昨年の武祭ベストエイト。こんな場所で戦う様な人間では無かった。

 それと同時に先程口にしたあいつ等の言葉。それが何なのかは分からないが、少なくともこの場所で何らかの形で交戦するのは限りなく拙いと本能で理解していた。

 その瞬間、先程までとは空気が変わる。気が付けば一輝の眼前に固有霊装特有の刃が一輝の首を狙っていた。

 

 

「一体何を……」

 

「流石だな。この距離で防ぐのか。流石は剣客。今日の俺はついてるみたいだな」

 

 一輝はほぼ無意識の内に自身の『隕鉄』を展開し、首に飛ぶ斬撃を防いでいた。

 それと同時に疑問もあった。一体いつ攻撃を仕掛けたのだろうか。少なくとも蔵人が予備動作をした場面は視界には入っていない。

 一輝が護る事が出来たのは、何となく殺気が自分の首筋に向いていると言う勘が働いただけ。単に運が良かったに過ぎなかった。

 戦慄を覚えながらも既に思考は戦闘へと向いている。

 狭い路地だけでなく、ステラを背にしたままの戦いは圧倒的に一輝に不利な状況を強いている。下手に戦うよりも、この場は一旦離れた方が良いと判断したからなのか、一輝は一計を案じていた。

 

 

「そう……だったらこっちも態々守りに徹する必要は無いみたいだね」

 

「……やっぱりそうこないとな。随分た滾ってるみたいだな」

 

 一輝の剣氣を見たからなのか、蔵人もまた自身を昂ぶらせる。

 ここ数日の中で一番と思われる相手を見つけたからなのか、それとも記憶が危うい中で言われた剣の理を見つけたからなのか、獰猛な笑みが自然と浮かんでいた。

 これまでに無い極上の相手。一輝は知る由も無いが、今の蔵人は完全なる手負いの獣でしかなかった。

 お互いがまるで測ったかの様に距離を取る。先程とは打って変わり、大気が互いが発する剣氣によって震えるかの様に緊迫していた。

 

 

「ステラ。僕の後を一緒に走ってくれない?」

 

「えっ?」

 

「少なくともこんな場所で戦ったって誰もメリットが無いんだ。だったらここは退却した方が良いよ」

 

「分かった。イッキに付いて行くわ」

 

 蔵人に聞こえない程の小声にステラもまた小声で返事をしていた。確かにこんな場所で戦った所で誰もメリットが生じないだけでなく、自分の事も考えればデメリットしか無かった。

 しかし相手は昨年の武祭ベストエイト。単純に逃げる事が難しいと判断したからなのか、戦うと見せかけて逃げの戦術を選択していた。

 

 ここからは純粋な駆け引きになる。この先の事を考えたからなのか、一度だけゆっくりと深く息を吐く。

 止まった瞬間が、全ての合図だと思った瞬間だった。

 

 

「お前ら、こんな場所で何してるんだ?」

 

「手前ェこそ、何でここに?」

 

「負け犬に答える義理はない」

 

 突如聞こえた声に真っ先に反応したのは一輝ではなく蔵人だった。それと同時に一輝もまた違う事を考えている。

 確かにこの近くのリストランテを紹介したのは間違いないが、それでもこの場に居るはずのない人物だからなのか、先程とは違い、少しだけ様子を伺っていた。

 

 

「んだと………」

 

「同じ事を何度も言わせるな。何も分からない素人が一端の剣術家気取りとはな」

 

 静かな口調にも拘わらず、その真逆の様に存在感がゆっくりと拡大していく。言葉を放った本人でもある龍玄は、緊張する事も無く当然だと言わんばかりの態度を取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、詳しい内容はまた改めて確認する」

 

「そうしてもらえると助かりますので」

 

 龍玄はカナタの会社のオフィスで打ち合わせをしていた。

 元々同じ部屋に住んでいるのであれば、そこで話をする方が効率的ではあるが、今の内容は幾ら学園内の部屋と言えど、迂闊に話す内容ではなかった。

 元々カナタが経営する会社の情報は他社からすれば垂涎の的だった。

 企業の護衛や警備を担当するのであれば、当然ながらその企業の情報を数多く握る事になる。

 誰がどこで誰と会っているのか、どんな事を企画しているのか。言い出せばキリが無かった。

 基本的には守秘義務は発生するが、元々風魔の肝煎りとも言える企業からすれば、それ程重要とは言えなかった。企業防衛も担うのであれば、その逆も然り。そんな重要な内容を只の学生の部屋で行うにはあまりにもリスキーだった。

 

 

「それと、前回の件で政府からも報酬が出ていますが、何をしたんですか?」

 

「ああ。時宗の依頼だ。例の会場警備の際に賊が居たんでな。その捕縛報酬だろう」

 

「それって朱美さんが言ってた件ですか?」

 

「何だ。知ってたのか」

 

 カナタの言葉に龍玄は少しだけ感心していた。元々朱美の性格は社交的だが、以外にも人の付き合いはそれほど深い物にはなり難い部分があった。

 諜報は色々な意味でリスクを孕む。下手に懐に入れた場合、何かと問題が発生する可能性があった。

 幾ら別件での個人任務を受けているとは言え、まさかカナタと朱美がそれ程近しいとは思ってもなかった。

 

 

「あれは破軍からも人員を招集してますので。幾ら魔動騎士だとしても学生の場合は責任の所在が曖昧になりやすいですから」

 

 カナタが言う様に、いくら元服しようが、企業として雇った以上はその責任はハッキリとさせておく必要があった。

 理事長の黒乃はそれほど大きく考えていないかもしれないが、カナタからすれば当然の措置だった。

 でなければ高額の報酬を払う事は出来ない。諜報のプロフェッショナルが居るからこそ、一定以上の情報の共有は必須だった。

 

 

「そうか。とにかく人員の件はあまり俺達を当てにしない方が良い。忘れてはいないと思うが、基本的には傭兵だ。依頼と報酬で仕事は選ぶ。少なくとも今回の様に当てにすれば、痛い目に合う可能性もある」

 

「それは忘れていませんよ。実際に今回の件に関しても、事前に知らせてもらっていましたので。ただ、同時に入った依頼が同じだけの重要度を持っていただけです」

 

 先程迄目を通していた書類をテーブルに置き、用意された紅茶を口にする。淹れたばかりだからなのか、鼻孔から抜ける芳香はカナタが好んで飲んでいる銘柄だった。

 気が付けば時間もそれなりに経過している。これ以上は時間的に厳しいからなのか、龍玄もまた思い出したかの様に時計を見ていた。

 

 

「そろそろ時間だ。食事はどうする?」

 

「そうですね。簡単に済ませた方が良いかもしれませんね」

 

 気が付けば既に時間はそれなりになっていた。これから寮に戻ったとしても、準備から始めればそれなりに時間がかかる。今回の予定は事前に分かっていた為に、手早く済ます事も厳しい状況だった。

 だからといって簡単に摘まむだけの食事で済む程龍玄は燃費が良い訳ではない。任務中ならともかく、普段に関してはそれなりに食べる事が多かった。

 

 

「いや。それだけでは持たん。カナタ、時間があるなら一緒に行くか?」

 

「私は特に問題はありませんが、良いんですか?」

 

「顔を突き合わせて俺だけが食べるのも流石にな。それ位は奢るさ。その格好なら問題無いだろ?」

 

 龍玄の言葉にカナタは改めて自分の服装を思い出していた。

 学園内や、家の行事など何かにつけてドレス姿である事が殆どではあったが、今回に関しては珍しくパンツスーツのいで立ちだった。

 実際に会社の中ではこの格好で過ごす事が多い。幾ら貴徳原の名前があったとしても、ビジネスの場ではそんな服装さえも足元を見られる可能性がある。それはこれまでのカナタの矜持を根底から覆す行為であると同時に、一つの覚悟だった。

 何も知らないで済む程にビジネスの世界は甘くない。一度でも下に見られれば、当然そのパワーバランスは後々にまで響く。

 小さな会社とは言え、自分の事で問題になる位ならと考えた末の格好だった。

 スーツに合せるかの様に長い髪もまた後ろに束ねるかの様に括られている。これならば移動の際にもそれ程問題になる事は無いと判断した結果だった。

 

 

「今日はバイクでしたか。では後ろに失礼させて頂きますね」

 

 それ以上の事を言わなくても既に理解しているからなのか、カナタは笑みを浮かべながら動き出す。既にやるべき事が終わったからなのか、龍玄もまた同じく自分のバイクの下へと移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はご馳走様でした」

 

「臨時の報酬があったからな。そんな事を気にするな」

 

 二人が入った店は龍玄が見つけた寿司屋だった。基本的に自分で作るからなのか、破軍に来てからは時間にゆとりがあれば食べ歩く事も多々あった。

 龍玄は風魔として行動しているからなのか、平均的な魔導騎士の年収を遥かに凌駕する程の資産を持っている。元々高額なだけでなく、実際には金銭を使うだけの時間が余り無い。そんな時間を縫うかの様に使うのが食に関する事だった。

 

 珍しい物を食べれば、その味が自分の料理の中にフィードバックする。そんな事もあってなのか、カナタと一緒に入った店もまた値段の割にはかなりの腕を持った良心的な価格の店だった。大通りに面した店ではなく、敢えて立地条件を少しだけ外した店を好むからなのか、今日の店もまたこじんまりとした雰囲気を持っていた。

 会計を終え、店から出る。そんな僅かな時間だった。

 不意に感じた何かが龍玄の中に響く。記憶が正しければこの気配は一輝の物。それと同時に、少しだけ面倒な予感があった。

 

 

「カナタ。少しだけ時間があるか?」

 

「まだ大丈夫ですよ」

 

「ちょっとだけ面倒事がありそうなんでな」

 

「私も同行した方が良いですか?」

 

「それは任せる」

 

 カナタに確認すると同時に龍玄は先程の気配の下へと歩き出してた。

 この周辺は以前に一輝に薦めたリストランテがあった場所。時間的にはまだ食事中かとも思ったが、感じるそれがあり得ないと否定していた。

 歩を進めるにつれ、その気配はより鮮明になっていく。

 この時点で龍玄は一輝とステラの気配を感じ取っていた。それと同時に、もう一人その場に居る事も理解している。以前に少しだけ関わった倉敷蔵人のそれだった。

 走る事無く周囲の様子を探りながら気配の下へと歩み続ける。

 周囲に感じた気配はそれ以外には感じる事は無かった。不意に曲がった角。

 龍玄の視界に飛び込んで来たのは一輝とステラと対峙する倉敷蔵人の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ何も理解していないみたいだな」

 

「理解ならしたさ」

 

「仮に理解してそれなら、とんだお笑い種だな。全く理解していないのと変わらないぞ」

 

 一輝とステラの存在を確認しながらも龍玄は敢えて無視するかの様に蔵人に話しかけていた。

 この場面を構築した過程は不明だが、少なくとも何らかのトラブルに巻き込まれた事だけは間違い無い。それと同時に一輝の心情もまた理解していた。

 

 仮に一輝がここで暴れた場合、ステラの存在が嫌が応にもクローズアップされる事だった。

 内容はともかく、留学先での皇族のトラブルは明らかに外交上に何らかの問題を孕む事になる。この場合であれば蔵人の意識を奪えば事足りるかもしれないが、龍玄の目に映る蔵人は以前とは少しだけ何かが違った様にも見えていた。

 可能性は一つだけ。世界の一端を見た事による自覚があった点。

 自分だけでなく朱美とも交戦すれば自分の実力がそれ程大したことは無かったと自覚すると同時に、今まで積み上げてきた物が容易く崩壊したかもしれない事だった。

 

 実力が無い中で自覚したのであれば今後の成長には期待できる。しかし、その前に絶望を覚えれば待っているのは自身の魔導騎士としての死だった。

 これまで暴力で生きてきた人間からすれば敗北は屈辱かもしれない。しかも、子供の様にあしらわれたとなれば尚更だった。

 目にはどこか剣呑とした感情が浮かんでいる。少なくともこの場に居る一輝とステラだけは何とかする必要があった。

 

 

「どうだ。こいつよりも俺と一度だけやってみるか?その方が分かり易いだろ?」

 

 日常的な会話をしてるつもりだが、その言葉に乗る感情は随分と冷淡な物だった。

 蔵人が何をどう考え、その結果として行動した事に責任を持つつもりは毛頭無い。弱いから、力が無かったから負けただけの存在に手心はかけない。この場での最適解はこの二人を隔離する事だった。

 だからなのか、龍玄は口にはしなくても話すかに動く事によって一輝達を誘導する。ここから先は出来る事なら一輝に見せたいと思う内容ではなかった。

 

 

「何だ?どんな心境の変化だ」

 

「ただの気まぐれだ。連れも居るんでな。それと、一輝。悪いがこの場は任せてくれ」

 

「分かった」

 

 一輝とステラがこの場を離れる。少なくともこの時点で周囲には目撃者を感じる事はなかった。

 それと同時に龍玄が蔵人に関心を持ったのは気まぐれでは無い。実際に以前の蔵人のままであれば確実に気にする事は無かった。

 しかし、今の蔵人の目には以前には感じる事が無かった光が見える。居姿だけを見れば剣の理を学んだとは到底思えないが、少なくとも何らかの成果があった事だけは間違い無かった。

 それが何なのかを少しだけ確認したい。そんな感情が出ただけの話だった。

 

 

 

 

 

「一つだけ確認したいが、まさか路地裏でやっていただけじゃないだろうな」

 

「何を根拠に?」

 

「少しだけでも成長したのかと思ったからな」

 

 龍玄の言葉に蔵人は僅かに怪訝そうな表情を浮かべていた。実際に何をどう考えているのかを判断するだけの材料が全くない。少なくとも蔵人からすれば龍玄が付き合うと言うのであれば渾身の一撃を決める事しか頭に無かった。

 虚空から自身の固有霊装でもある『大蛇丸』を取り出す。試合などと着飾った戦いではなく、あくまでも路地裏の戦闘だからなのか、蔵人は何の前触れもなく龍玄の胴体めがけて斬撃を飛ばしていた。 

 

 

「面白いかどうかは自分で確かめな!」

 

 大蛇丸の射程距離である以上は防御か回避しか手段は無い。ましてやここは路地裏の為に回避する事は困難な状況だった。

 自身が誇る最大の神速反射を活かし、自分の持てるだけの膂力で斬撃を放つ。少なくとも現時点では学生レベルでは回避出来るの人間は限られる程だった。

 

 

 

 

 

「まだ緩いな」

 

 人間の反応速度の枠外の攻撃を龍玄は事前に分かっていたかの様に往なしていた。

 幻想形態ではなく、実像形態の攻撃は明らかに殺傷を確実にする為の物。これがその辺りのチンピラレベルであれば確実に胴体が上下に分離するはずだった。

 勿論、蔵人もまたこれだけの攻撃で攻撃が当たるとは思ってもいない。お互いが刹那に相対した事によって何となくでも理解していた。

 

 

「相変わらずの化物め」

 

「負け犬のままかと思ったが、実際には少しだけ骨があったみたいだな。少しだけ上方修正しよう」

 

 上からの物言いに蔵人は苦々しい表情を浮かべていた。

 実際に蔵人が放った斬撃は自身が現時点で出来る範囲の最大の攻撃。龍玄に放った言葉通りの一撃だった。

 弾け飛んだ斬撃はそのまま速度が落ちる事無く壁のコンクリートに傷を作る。この斬撃すらも日常の様に言う龍玄に蔵人もまた実力差がある事を悟っていた。

 自身がこれまで力で押さえつけていた事が、そのまま自分へと降りかかる。

 元から隔絶した差を理解しているからこそ、蔵人はそれ以上は何も言わなかった。

 

 

「何を考えているのかは知らんが、このままだと、いずれは壁に当たって砕けるだろうな」

 

「どう言う意味だ?」

 

「言葉の通りだ。理とは突き詰めた理想。少なくともこれまでに積み重ねた分だけ効率良く斬る事に特化する。それが無いのであれば早晩にも不様に散るだけだ」

 

 龍玄の言葉に蔵人は意味を理解出来なかった。実際にこれまで壁の様な物は龍玄と朱美以外にはなく、また七星剣武祭でも負けはしたが、実際にはそれ程の差を感じる事はなかった。

 負けを喫したのは純粋にあの場所での経験の差だけ。蔵人の中では実戦と訓練程の違い程度にしか考えていない。

 しかし、龍玄と朱美との戦いは明らかに実戦そのものだった。

 刹那の攻防の際にも感じる命の儚さ。自分の手でどうにかしようとしても決定打すら与える事無く相手の術中に沈んでいく。命があっただけでも僥倖としか言えない内容は蔵人にとっても膨大な経験を積んだ様にも感じていた。

 そんな相手からの言葉に蔵人は改めて思考する。少なくとも自分よりも弱い人間の薫陶を受けるつもりもなければ、学ぶべき事も無い。

 そんな状況で壁に当たって砕け散るのであれば、ある意味では現状ですら手緩いだけだった。

 

 

「何をどうしようが俺達には関係無い。精々死なない様に精進するんだな」

 

 龍玄の言葉に蔵人は反論の余地すら無かった。

 僅かに見えたはずの道程。しかし、その僅かな光さえもが虚構であると言われたからなのか、蔵人はただ只管に考えるより無かった。

 今はまだ学生であると言う免罪符がどれ程の威力を持っているのかは分からないが、少なくとも現状のままに卒業した所で未来は完全に閉ざされている。

 元々蔵人も最初からこうなっていた訳では無い。自身が歩むべき先がどこに向かっているのか。

 その回りくどい道を最短で走る為に模索していただけだった。この時点で何をどうすれば良いのかは蔵人も理解している。あとは自身との折り合いをつけるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったんですか?」

 

「何がだ?」

 

 戻った先にはカナタがバイクに寄り添うかの様に待っていた。

 実際には時間はそれ程経過している訳では無い。そもそもあれが戦闘だと言う認識すら持っていなかったからなのか、カナタの質問に龍玄はその意味を見出す事は出来なかった。

 

 

「先程の相手は貪狼の倉敷蔵人ですよね。あれ程の剣氣を発してるのであれば、そこそこのレベルの魔導騎士ならすぐに察知できますから」

 

「何時ものじゃれ合いだ。雑魚が雑魚以上になりえるのかは俺の関与すべき事じゃないんでな」

 

 カナタは龍玄に何気なく話しただけだった。

 実際に感じた剣氣は僅かな時間。恐らくは僅かに激突したであろう事実を察知しただけだった。

 それと同時に、龍玄の今の状況を見れば、蔵人との差がそれ程開いているのかが何となく分かる。少なくとも七星剣武祭のベストエイトは伊達では無い。

 それが子供扱いとなれば、今の龍玄の態度が何となく理解出来ていた。

 

 

「態々敵を鍛えなくても」

 

「鍛えたつもりは毛頭ない。実際に強くなるのかは本人の資質と気概だけだからな。そのまま、のたれ死んだならそれまでの輩だったって事だ」

 

「厳しんですね」

 

「他人からはどう思われているのかは知らん。だが、俺達もそれ程違いは無いんでな」

 

 それ以上は会話を打ち切るつもりなのか、龍玄は改めてヘルメットを被る。

 刹那の間に何が起こったのかは当事者以外には判断する事はできない。

 カナタもまたそれ以上の事を口にするつもりが無いからなのか、同じくヘルメットを被り、後部のシートに跨いでいた。

 

 

 

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