英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第29話 取り戻すべき場所

 まるで周囲から切り離されたかの様に周囲からは雑音が聞こえる事は無かった。

 本来であれば何かしらの音が聞こえたとしてもおかしくは無い。まるで来る者を拒絶するかの様に閉ざされた門扉はその存在感を十分に示していた。

 

 

「えっと………本当にここなんですよね?」

 

「はい。ボクの記憶では間違いありません。だけど……」

 

 尋ねられた質問に答えたまでは良かったが、少なくとも自分の記憶とはかけ離れた風景に少女は僅かに困惑していた。

 最近までの記憶が正しければ、壁には下品な落書きが描かれた記憶だけが残っていた。しかし、眼前に広がる光景にはそんな風県は微塵も無い。それどころか時折感じる気配は紛れも無く一流の武芸者が発する剣氣だった。

 

 それだけではない。剣氣以外に聞こえるのは打ち込みの際に発する気合とも取れる声。少なくとも自分の記憶の中で、これ程までに全力で放たれた気合と剣氣は感じた事は一度も無かった。

 一歩一歩近づくに連れ見れてくる道場は、少なくとも自分の知りうる物とは大きく異なっていた。

 記憶にある道場は掃除こそ絶やさなかった為に、汚いイメージは無いが、それでもどこか汚れた雰囲気があった。しかし見えてくるそれは、まるで新築されたのかと思う程の白亜の鮮やかな壁。僅かに見える道場の屋根もまた漆黒の屋根瓦が当然だとばかりに鎮座している。

 これが本当に自分がかつて剣術を学んだ地なのだろうか。青年の言葉に少女は場所を間違えたのではと思う程だった。

 

 

「詳しい事は分からないけど、感じるそれは純粋な剣氣みたいだけど……」

 

 少女から聞かされた内容と大きく違いがあるからなのか、少女と共に来た青年でもある一輝は困惑していた。

 一輝自身も子供の頃に剣術を盗むべく、色々な道場や修練場に潜り込んだ事はあった。

 どの道場も一線級の規模だった事もあってか、そこから感じる剣氣は少年でもあった一輝にも感じる物はあった。

 しかし、ここから感じるそれは一輝の記憶の中でも一度も感じた事が無い。まるで鍛錬と言う名の実戦を行っているかの様に感じるそれは一輝の肌を粟立たせていた。

 

 

「イッキ。この国の道場はこんなに苛烈なの?」

 

「いや……僕が知る中ではこうまで激しい物を感じた事は殆ど無いかな」

 

 気が付けば一輝だけでなく、ステラともう一人の同行者でもある綾辻絢瀬の三人。激しく迸るそれを察知してからは、無意識の内に脚を止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、話って何?」

 

「実は先程の話を少しだけ聞きました」

 

 既に時間は放課後に差し掛かる頃、一騎は唐突に絢瀬に呼ばれていた。

 どこか真剣な表情を浮かべ、冗談では済まない雰囲気。突然呼ばれた一輝からすれば絢瀬の表情を作った原因が分からなかった。

 記憶の中を探し出しても絢瀬とそれ程会話をした訳では無い。だからなのか、絢瀬が何か言いたげな表情を察知しその口から告げられる言葉を待っていた。

 

 

「今日の昼の時間に風間君と話していた事ですが、あの貪狼学園の倉敷蔵人とは知り合いなんですか?」

 

「知り合いじゃないよ。一度だけ顔を見ただけだから」

 

「そうですか………」

 

「本当の事を言えば、僕じゃなくて龍に聞くと良いよ。僕も龍が間に入ったから、その場から離れたんだ」

 

「それって……」

 

 一輝の言葉に絢瀬は困った表情を浮かべていた。

 絢瀬が何を考えているのかは分からないが、少なくとも先程の話に出た倉敷蔵人に用事があるのは間違いと思っている。

 正直な所、一輝もまた龍玄と蔵人の関係性がどんな物なのかは理解していない。あの時はステラの事もあった為に、なるべく穏便に過ごす事が出来れば良い位にしか考えていなかった。

 その後の件は特に何も聞いていない。仮に聞いた所で何一つ話す事は無いと考えていたからだった。

 

 

「僕で良ければ話は聞くよ。その……倉敷蔵人と何があったの?」

 

「………ここで話しをすれば君を巻き込むかもしれないんだ。そんな簡単には……」

 

 絢瀬が言い淀むのはある意味当然だった。

 一輝との付き合いはそれほど長い訳では無い。実際にあの予選会の初戦を見てから絢瀬の中では一輝の存在は自分にとっても大きな物となっていた。

 魔力が低くても格上との戦いに、自らの信念を持ち撃破する。その確固たる意志は少なくとも自分の中には無い物だった。

 

 破軍学園は良くも悪くも旧制度の色が未だに残っている。黒乃が就任してまだ半年程。

 だからなのか、魔力の技能が高く、結果的にはランクが低い物は辛酸を舐めたままに状態が続いていた。

 そんな旧制度に風穴を開けたのが目の前に居る黒鉄一輝の存在だった。

 理事長でもある新宮寺黒乃が提唱する実戦重視はこれまで注目されにくかった剣術などの純粋な戦闘技能。魔力が劣れどそれをカバー出来る物があれば挽回できる。絢瀬はそう考えたからこそ一輝の元で剣術を学びたいと考えていた。

 

 そんな一輝に話しをすれば、確実に何らかの形で介入するのは明白だった。一輝とは同じ志を持つ同士なのかもしれない。だからこそ、ここで話をすれば一輝は間違いなく動くと考えていた。

 絢瀬にとっては本望ではない。確かに打算が無いとは言えない。それでも、この件は絢瀬個人の事。他人を巻き込んで良い話では無かった。

 

 

「でも、話をすれば多少は気持ちの整理もつくかもしれない。それに、龍が間に入った際にはそれ程危ういとは思わなかったんだ」

 

 あの晩、仮に互いが激しく戦闘すれば、離れた場所に居た一輝とステラにも何かを感じたはず。にも拘わらず、そんな気配すら無かったからなのか、一輝もまたそれ程気にする事はなかった。

 しかし、絢瀬の言い淀む表情を見れば、何らかの因縁があるのかもしれない。一輝はそんな事を考えていた。

 

「だったら龍にも聞いてみるよ。それなら絢瀬さんの話の信憑性もあるだろうし」

 

「いや、そこまでしなくても………黒鉄君。僕の話を聞いてくれないかな」

 

 元々絢瀬が呼び出した以上は何らかの説明は避けて通る事は出来なかった。

 実際に倉敷蔵人との関係は気が付けば一時期程では無くなっていた。

 

 一番分かり易いのは蔵人の周りに取り巻きの姿が見えなくなっている点だった。

 同じ関東圏内にある破軍と貪狼は、生徒間でも何となく分かる部分があった。全国の中でもこの二校だけが近隣にある。そうなれば生活圏内は自ずと交わる部分も多々あった。

 絢瀬もまた、これまでに何度か蔵人を見た事はあった。事の発端は蔵人が父親の海斗に道場破り紛いに戦いを挑み、勝った事が原因。

 その結果として絢瀬だけでなく、かつての門下生もまた道場から追いやられていた。

 

 これまでに絢瀬もまた道場の周辺に足を運んだ事が何度かあった。白い壁には下品なイラストがスプレーで書かれ、神聖な道場の面影すら無くなっていた。

 隠れて中の様子を見れば、掃除すらせずゴミが散乱している。まるで自分達のたまり場と言わんばかりの使用に絢瀬は憤っていた。

 しかし、自分と蔵人の力量は比べるまでも無い。それ故に常に歯噛みする部分が多分にあった。

 それと同時に向こうがこちらに気が付くと常に絡んでくる。なまじ実力があるからなのか、絢瀬も反抗する事なく、なすがままに心無い行為をされていた。

 怒りのあまりに内心は憎悪の焔が心身を焼き尽くす。

 反骨心はあれど、現状は何も出来ず、今の状況になっていた。

 事実、まだ父親である海斗は目を覚ます事無く病院のベッドに縛られている。行き場の無い悔しさも相まって、自身の綾辻一刀流を更なる高見に上る為に一輝の元を訪ねていた。

 

 

「………確かにあの剣氣は尋常じゃ無かった。でも、今のままで良いとは思わなかったからこそ、僕の下に来たんだよね」

 

「勿論。騙すつもりだって無い。ただ、僕の父さんの……綾辻一刀流を貶されたまま過ごす事はしたくないんだ」

 

 己の信念が揺るぐ事は無いと言わんばかりに絢瀬の言葉には力があった。

 本来であれば蔵人の事を態々聞いたのであれば一輝を利用する方が手っ取り早い。絢瀬の脳内にも僅かにそんな考えが過っていた。

 しかし、これまで一つ一つ丁寧に教えられた技量を考えれば、一輝をけしかける必要が無い。それ程までに絢瀬は黒鉄一輝の人物像を見抜いていた。

 

 

「話は分かったよ。だったら尚更確認した方が良い。何がどうしてそうなっているのかを理解出来ないままに行動するのは悪手だと思う」

 

「……黒鉄君がそう言うなら」

 

 一輝の言葉に絢瀬は折れるしか無かった。

 確かに何も分からないままに行動した所で、原因が分からなければ時間を無駄に過ごす事になる。

 実際に倉敷蔵人の実力がどれ程なのかは横にしても、あの晩の邂逅からすれば、かなりの実力者である事は間違い無かった。相手を知らずに戦う程、一輝は愚かではない。

 今の段階で分かるのであれば、情報は多いにこした事は無かった。

 

 

 

 

 

「結局、リュウとは話が出来なかったわね」

 

「授業は居たんだけどね。休み時間になると常に居なかったのは痛いかもね」

 

 一番の情報源もあった龍玄は不思議と捕まる事が無かった。

 授業には出ているが、休みの時間になれば必ずと言って良い程に姿が見えない。何時もはそれ程に気にした事は無かったが、冷静に考えれば明らかに異様だった。

 今日に限っては昼の時間すら会っていない。

 自分達の予選会の事も考えれば、行動は早めに起こした方が良いだろうと判断した結果だった。

 

 

「取敢えずは様子を見るだけで終わらせるのはどうかな。それなら最悪の事態になる可能性は無いだろうし」

 

「要は偵察って事ね」

 

「そうなるんだけど、どうしてステラがここに?」

 

「……良いじゃない。私も全くの無関係じゃないんだから。それに二人っきりで行くなんて………間違いがあってからだと遅いんだし……」

 

 一輝の言葉にステラは横を向きながらボソボソと話す。最後の方は声が小さかった事もあってか一輝に聞こえる事は無かった。

 ステラも当初はそれ程気にした事はなかったが、実際に一輝と絢瀬の二人だけでとなった際には自分も当事者である事を主張していた。

 あの晩の事は横にしても、自分と二人じゃない部分にステラとしては面白く無かった。

 自分と一輝だけなら話は違ったのかもしれない。しかしながらステラもまた当時の蔵人の剣氣を僅かに感じ取ったからなのか、男女としての仲だけでなく一個人の伐刀者としてのプライドもまた刺激されていた。

 

 

「あの……ボクの為に本当に良かったの?ステラさんだって忙しいんじゃ」

 

「私の事は気にしなくても良いから。それに破軍以外の伐刀者がどれ程の実力を持っているのかも知りたかったから」

 

 申し訳ない態度にステラもまた全部ではないが、実際に感じた事を伝えていた。

 二人きり云々はともかく、今後の事を考えれば他校の実力を感じた方が自分が目指す頂きに近づける。そんな事を考えた結果だった。

 

 

「……じゃあ、お願いします」

 

 絢瀬の言葉に一輝とステラもまた、道場のある場所へと移動を開始していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここへはどの様な用件で」

 

 三人が入口付近で立ちすくんでいたと思われた途端、一人の男性から声を掛けらえていた。

 元々今回の予定は情報収集であって、直接乗り込む事が目的ではない。当然ながら三人は周囲の様子を見てから忍び込む予定だった。

 しかし、突然声を掛けられた事によって、当初の予定が容易く瓦解する。声を掛けられるまで気が付かない程に気配を察知できなかった事実に三人は言葉に詰まっていた。

 

 

「……あの…ボクの名前は綾辻絢瀬と言います。元々はここの道場主の娘です」

 

「成程。ならば貴殿は綾辻海斗殿のご息女になると」

 

「はい。その通りです」

 

「貴殿の言い分は分かった。だが、証拠も無くそのまま鵜呑みには出来ない。一度こちらで確認させて頂きたい。こちらに付いて来て貰えるか」

 

 男性は道着を来たままだった。

 見た目にそぐわず、その雰囲気は圧倒的な武を追及する求道者の様にも感じていた。

 実際に絢瀬が応対しているその後ろで一輝だけでなく、ステラもまた同じ事を考えていたからなのか、真剣な表情をしている。

 この時点で仮に強引に入ろう物ならば、確実にこちらが排除される可能性があった。

 

 どんな状況であったとしても、所有者でもある綾辻海斗よりも立会にて勝った倉敷蔵人の方が優先される。未だ時代がかった法律であるが、魔導騎士の根本に武士(もののふ)としての矜持が存在する為に、絢瀬だけでなく一輝もまたその言葉に従うより無かった。

 仮に異能の力を僅かでも行使すれば、自分達に非がある事になる。それに伴って幾つかの法律を犯すとなれば国際問題にまで発展する可能性もあった。

 

 

「ステラ、僕達も行こう」

 

 一輝の言葉にステラもまた頷くと男性の後を歩いていた。

 門の中に入ると絢瀬から聞いていた光景とは大きく異なる。

 落書きはおろか、周囲にはゴミ一つ無い。整えられた庭に道場と思われる場所までは整えられた石畳が続いている。

 絢瀬も同じ事を考えていたからなのか、三人の視線は止まる事なく周囲を常に眺めていた。

 

 

 

 

 

「確認が終わるまでこの部屋で待機して下さい」

 

 男性はそう言うと同時に襖を開けていた。目の前に広がるのはまるで歴史を感じさせる程の掛け軸と花器が飾られている部屋だった。

 洋室ではなく和室だった為に、誰もが靴を脱ぐ。一輝と絢瀬は気にする事はなかったが、ステラだけは僅かに戸惑っていた。

 

 

「ステラ、ひょっとして………」

 

「だ、大丈夫。私の事は気にしなくても良いから………」

 

「無理する事は無いよ。これは私の問題なんだから」

 

 ステラが戸惑うのは無理も無かった。

 ステラが日本に来てからはそれなりに時間は経過しているが、こうまで立派な和室を見た事は一度も無かった。

 それと同時に敷いてあるのは座布団だけ。椅子が無い為に、その場に留まる為には正座をするしかなかった。

 慣れている一輝と絢瀬はともかく、ステラが耐えられるとは思えない。

 こんな時で無ければ色々と対策も出来るが、残念ながら今はそんな事をする事は出来なかった。

 

 恐る恐る一輝のやっている事を横目にステラは座布団の上に正座する。出来ないのであれば膝を伸ばせば良かったが、誰もそんな雰囲気では無かった。

 時間と共にステラの脚が限界を訴える。座ってそれ程時間は経過していないが、既にステラは苦悶の表情を浮かべていた。

 これは一体何かの拷問なんだろうか。そんな取り止めの無い事を考え出してはや数分。これ以上は限界と思われた矢先、閉ざされた襖は僅かに音を立て開けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、要件は何だ?綾辻海斗の関係者だとは聞いていたんだが」

 

 三人の驚いた表情さえも無関心だとばかりに道場に居たのは、結果的には今日は一度も捕まらなかった龍玄だった。

 同じ様な道着を着て、他の人間に何かを指導していたのか、他の人間は誰もが肩で息をしている。三人の姿を確認したからなのか、その指導を止め用件だけを述べていた。

 

 

「あの。龍は何でここに?」

 

「ここは俺が倉敷蔵人から権利を譲り受けただけだ。それがどうかしたのか?」

 

「いや。実は綾辻さんから話を聞いたからここに来たんだけど……」

 

 龍玄の言葉に一輝もまた軽く混乱していた。

 元々絢瀬から話を聞いた際には何かと問題があるから様子見がてら来るはずだったが、いざここに来れば、余りにも違い過ぎる環境に戸惑っていた。絢瀬が嘘を言うはずも無ければ龍玄が一輝達を騙す必要も無い。

 お互いの食い違いが大きすぎるからなのか、一輝だけでなく絢瀬もまた固まったままだった。

 

 

「さっきも言ったが、ここの道場が綾辻海斗縁の物である事は認識している。だが、ここの使用権に関しては使用者当人から権利を譲り受けている以上は、正式な権利として認識している。気に入らないのであれば立ち会う事になるが?」

 

 龍玄の言葉に一輝もまたここが道場破りの末に使用している事実を理解している。

 時代遅れの法律ではあるが、基本的に法が存在する以上、龍玄の言葉は事実だった。

 最近ではあまりにも道場側がリスキーな為に、どの道場でもやる事は無い。しかしながら、綾辻海斗と倉敷蔵人の一戦はそれを実行している。

 仮に龍玄の言葉が正しいのであれば、龍玄は蔵人に勝ったと言う意味もあった。

 

 

「ぼ、ボクは……」

 

「悪いが、くだらない会話をする程暇じゃないんだ。気に入らなければ実力で奪い返せば良い。その方がお互いの為じゃないのか?」

 

 聞き様によっては傲慢とも取れるが、事実はその通りだった。

 正式な所有者でもある綾辻海斗は未だ病床に臥せったまま。絢瀬は娘である為に、法定代理人の意味でも当事者になる。

 そうなれば、お互いの同意の元で戦って取り戻せば良いだけの話だった。

 

 

「ちょっとリュウ。せめて話位は聞いたって……」

 

「悪いが部外者は黙ってくれ。それと法律で認められた権利を部外者は認めないからと言って、こちらがはいそうですかと戻す訳が無いだろう」

 

「それでも………」

 

「ならば、ステラ。俺と立ち会って、お前が負けたらお前はヴァーミリオン公国を差し出すのか?」

 

「そんな事出来る訳ないでしょ!そんな法律があったら大変じゃない!」

 

「ならば同じ事だ。気持ちは分からないでもないが、今のステラにはその権利が無い。だから部外者なんだよ。文句があるならこの国に言うんだな」

 

「でも……」

 

 龍玄の言葉にステラはそれ以上の事は何も言えなかった。それだけではない。龍玄は態々立ち会う事を是としている。

 言葉を交わす位ならば、立ち会って結果を示せば良いと言外にしている。本来であれば絢瀬がそのまま受ければ良いだけの話だった。

 

 

「で、どうする?時間が必要ならば多少は待てるが」

 

 改めて周囲を見れば、全員の視線が四人に向けられていた。時間的にはそれ程遅くは無いが、その圧倒的な視線に絢瀬は萎縮する。その先にもたらす物が何なのかを考えれば、結果は火を見るよりも明らかだった。

 

 

「龍。僕らは今日は現状を見に来ただけなんだ。ここですぐに返事をする事は出来ない」

 

「そうか。ならばこの時点で現状は把握出来たはずだ。それも踏まえて一つ聞くが、一輝。厳密にはお前も部外者だ。それでも尚、加担するのか?ならば相応の代償を払う必要があるぞ」

 

「それは………」

 

 到底即答できる内容では無かった。只でさえ龍玄の実力がどれ程なのかを一輝は完全に理解した訳ではない。

 これまでに何度も手合わせはしたが、そのどれもがどこか一歩引いた様な感覚があった。

 これまで絢瀬の指導したからこそ分かる。今の絢瀬では確実に龍玄に勝つ事は不可能だと言う現実。そうなれば道場をどうこうするレベルでは無くなっていた。

 龍玄の言葉に一輝だけなく絢瀬もまたこの場に呑まれたかの様に動く事が出来ない。客観的に見てどちらが正論を吐いているのかは言うまでも無かった。

 

 

「それに、言いたくは無いが、綾辻海斗氏の法定代理人が負けたとなれば、次に差し出すのはこの道場の権利だ。それに同意するのか?」

 

 認めたくない現実を突きつけられた事により絢瀬だけでなく一輝とステラもまた固まるしかなかった。

 失う物が無いのであれば、それを盾に挑み続ければ良い。しかし、お互いの差し出す対価が合わなければ、結果的には一方的な言いがかりになる可能性があった。

 道場の使用権を失えば、次に待っているのは所有権。絢瀬としてもそれだけは避けたい内容だった。

 この時期にはあり得ない程に冷たい汗が背中を伝う。既に偵察ではなく、事実上の宣戦布告の様な内容に、退却すべきタイミングは失われていた。

 

 

「それと、悪いがその程度の力量で挑むのは褒められた話ではないな。犬死したくないならさっさと帰れ」

 

「そ、そんな事……」

 

 龍玄の言葉に絢瀬はそれ以上は何も言う事は出来なかった。実際にここに来てから感じるそれは少なくとも自分のレベルを超えた人間が多い事を遠巻きに理解していた。

 伐刀者かどうかは分からない。少なくとも、ここでの話合いの結果がもたらす未来がどんな結果をもたらすのかだけは確実だった。

 

 

「……だったら一度、自分の力量を知った方が良さそうだな。ならば選べ。どちらにするんだ?」

 

 そう言うと同時に龍玄は木刀と掌を差し出していた。木刀を持てば、剣術家として。掌を選べば伐刀者として。逃げる事を事実上放棄した以上、絢瀬は選ばざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道場に響くのは僅かな呼吸音。既にお互いが臨戦態勢に入っているからなのか、僅かに聞こえる呼吸音以外には何も聞こえなかった。

 お互いの視線が避ける事無く交わる。立場を理解しているからなのか、それ以上は微動だにしなかった。

 

 

「では、始め!」

 

 怒号の様に響く声と同時に二人は一気に距離を詰めていた。

 木刀を握るその手には自分の未来がかかっている。幾ら当人では無いとは言え、それでも歴戦の猛者である事に違いはなかった。

 

 少女はこれまでに感じた事が無い程の剣氣を全身に浴び、僅かに動きが鈍る。時間にしてコンマ数秒の世界。しかし、当人にとってはそれ以上の時間の様にも感じていた。

 先程まではまだ構えだったはずの木刀の切っ先は既に少女の眼前にまで迫っていた。

 迫り来る斬撃は命を奪い去る程の圧力。元々外部の人間が道場破りに来た以上は仮にその場で命を失ったとしても罪には問われない。これは古来より綿々と伝えられた事実である。

 故に少女は全力で避けるよりなかった。破軍の予選会でさえ命を失う程の危機感は感じた事が無い。しかし、今自分に迫る圧力は紛れも無く死神のそれ。

 木刀とは言え、打ちどころが悪ければ命は容易く散る。だからなのか、少女でもある絢瀬は回避だけに専念していた。

 

 

「避けるだけで勝てるとでも?」

 

「…………」

 

 殺人に対し忌避感を持つ様な相手では無かった。

 死が隣に同列している様な斬撃は戦場の剣。ぬるま湯につかる人間であれば確実にこの世から去って行く程の斬撃だった。格下と言えど油断が感じられない。このまま続けば、体力が尽きた瞬間に待っているのは死と言う名の敗北。故に少女は全力で回避せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「木刀を選んだか」

 

 龍玄の言葉に絢瀬は無言で頷くだけだった。

 恐らく掌を選べば伐刀者としての戦い。木刀であれば純粋な剣術家としての戦い。絢瀬は本能的にそう感じ取っていた。

 龍玄から出た言葉は絢瀬にとっても僥倖だった。

 今回に限り互いの水準がどれ程なのかを理解する為と言う名目の為に、負けが許されていた。

 そうなればこの戦いで相手の情報を出来るだけ引き出す。それが戦術でもあり、生き残れる為の道だった。

 木刀を選んだ事で龍玄の態度は何も変わらない。だからこそ龍玄もまたその意図を感じ取っていた。

 

 

「ならば俺は傍観しよう。そうだな………やれるか?」

 

「是非」

 

 龍玄の言葉に一人の男が礼をする。絢瀬の相手は龍玄ではなく、道場で修業していた一人の男だった。

 道着を着ている為に肉体がどれ程鍛えれれているのかは分からない。がしかし、歩くその姿に隙は微塵も無かった。

 

 

「ちょっとリュウ。貴方が相手するんじゃないの!」

 

「綾辻の実力は知っているつもりだ。それに俺と対峙するのであれば掌を選択すれば良い。どうする?」

 

「いや。ボクはそれでも構わない。一度だけは負ける事を許されるなら、これまで学んだ物を全部使うつもりだ」

 

 龍玄ではない誰かだったからなのか、ステラは感情を露わにしていた。

 これまでの流れからすれば、龍玄が相手をするはず。しかし、その予想を大きく覆し、結果的には道着を来た人間だった事から出た言葉だった。

 しかし肝心の絢瀬が応諾した以上はステラが口を挟むのは筋が違う。だからなのか、それ以上の言葉が出る事はなかった。

 

 迫り来る斬撃は絢瀬の予想を大幅に裏切っていた。

 少なくとも自分の父親が伐刀者に勝った話は聞いたが、対峙する男はそれ以上だった。

 

 常に意識の外からくる攻撃は起こりの瞬間が一切見えない。当然ならが無拍子の攻撃を捌く程絢瀬の剣術は熟成されていなかった。

 迫り来る斬撃を恥も外聞も無く回避に専念する。

 相手の攻撃疲れを待とうにも、それすらも許されなかった。

 命を狙う攻撃は確実に絢瀬の精神を疲弊させていく。まだ開始してそれ程時間は経過していないが、体感的には数時間以上戦っている様にも錯覚していた。

 

 

 

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