英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

30 / 75
第30話 力の差

 実力がどれ程違うのかは当人ではなく第三者の目で見れば当然の結末だった。

 木刀を選んだ時点で要求されるのは己が剣技のみ。しかし、命のやり取りを常にしている側とそうで無い側では圧倒的に差があった。

 本来であれば互いに数合の手合わせをすれば実力は大よそながらでも推測できる。しかし、この結末によってそんな事すら推測できないままに戦闘は終結していた。

 

 

「愚か者が。未熟故に見逃したが、次は無い」

 

 男の言葉に絢瀬はそれ以上の事は何も言えなかった。自身が短いながらに人生の大半を賭け、一輝の手によって改良された綾辻一刀流は児戯だと判断されていた。

 本来であれば憤る場面なのかもしれない。しかし、この戦いに於いては明確な結果を出してしまった為に、それ以上の抗弁は適わなかった。

 

 相手は完全に実力で上を行っている。一度は負けが許されると言われたのは、偏に絢瀬の技量が圧倒的に未熟なだけだった。

 これが実戦であれば絢瀬の頸は最初の一合で胴体と別れている。道場に来ている人間であれば師範よりも実力が低いのは予測できたが、まさかこれ程だとは思わなかった。

 精神だけでなく肉体もまた完全に冷え切っている。誰が何と言おうとも絢瀬の完敗だった。

 

 

 

 

 

「で、再戦はするのか?」

 

「それは………」

 

 肩で息をする絢瀬に対し、龍玄は当然の様に聞いていた。

 元々絢瀬の技量を知っている側からすれば、今回の結末は最初から予測出来ていた。

 今回の対戦相手は下忍ではあったが、中忍になれる位の実力を持っている。少なくとも命を懸けた実戦に於いては、下忍の命など塵芥に等しい物だった。それ程までに力の差は大きかった。

 

 風魔としても人材を失いたいとは考えていない。その結果として、今回の道場の使用権を所得した事によって更なる技量の上昇を予定していただけだった。

 ぬるま湯とは言わないが、命が掛かった戦場と試合では意味合いは大きく異なる。当然ながら絢瀬が出た時点で龍玄は勝利を確信していた。

 

 

「悪いが、ここは俺が今後も使用させてもらう。文句があるなら対等になった時点で挑むんだな。その代り、次は無い」

 

「勝てば良いんだよね」

 

「己の命を天秤に乗せる事が出来るのか?今回はレベルを示す為にそれなりで対応したが、次は命の保証は出来んぞ」

 

「それは………」

 

 余りにも冷たい言葉に絢瀬はそれ以上は何も言えなかった。

 一輝の元で鍛錬を重ねはしたが、この戦いに於いては何一つ敵わない事だけは間違い無かった。

 武士(もののふ)の世界からすれば、弱者こそが罪悪。当初の予定でもあった偵察を第一としている側と、全力で相対する側の意識の差が明確に表れていた。

 

 それと同時に絢瀬もまた唐突に理解する。

 一度は問題無く対戦すると言った時点で、どれ程の実力があるのかを冷静に理解すべきだった。

 伐刀者が一般の人間に負ける可能性は極めて低い。あったとしても自分の父親位だろう。そんな取り止めの無い事を考えた末の言葉だった。

 余裕が慢心を生む。少なくとも挑戦者のはずの絢瀬が思い違いをした事実は、既にどうしようもない事態に発展した後だった。

 

 

 

 

 

「己の矜持だけは達者だとはな……実につまらん。それとも何か?己の実力があるからこそ無精したとでも?」

 

 対戦相手の男の言葉は事実だった。自分は少なくとも綾辻一刀流を長きに渡って学んでいる。有象無象の人間に負けるなんて概念はなかった。

 学内ではそれ程でも無いかもしれない。しかし、一般人と伐刀者がどれ程違うのかは絢瀬自身が身を持って知っている筈だった。にも拘わらず、過ぎ去った結果に何も出来ない。

 短絡過ぎた結末は既にどうしようも無い程に分水嶺を通り越していた。

 

 

「そんなつもりは……」

 

「ならば立ち去れ。貴殿にここを任せる程の責務はあり得ない」

 

「それでも………」

 

「生半可な物言いだけで過ごせるとでも?それとも貴殿の学んだ剣術はその程度の物なのか。ならば更にありえん。この道場が泣くぞ」

 

 吐き捨てるかの様な言葉に絢瀬はそれ以上は何も言えなかった。

 自分の都合だけで挑んだ戦いの結末は自分でつけるしかない。ましてや相手は伐刀者としての能力ではなく、純粋な剣術家としての技量で負けている。どちらの言葉が真意なのかは考えるまでも無かった。

 冷たく言い放つ言葉に道場の空気は一気に冷え込む。この空気を払拭するのであれば相応の胆力が必要だった。

 

 

「…幾ら何でも、それは言い過ぎじゃないかな」

 

「何か問題でもあったか?」

 

 これ以上は見てられないと判断したのか、絢瀬に手を差し伸べたのは一輝だった。

 数合を合わせた時点でどれ程の差があるのかは一輝も直ぐに理解している。しかし、その後の応対が余りにも冷たすぎた。

 敗者に鞭を打つ様な辛辣な言葉。これがそれ程親しくない関係であれば一輝とて何か言うつもりは無かったが、絢瀬の心情を聞いている今、このまま放置して良い問題では無いと判断していた。

 

 

「敗者に権利が無いのは分かるんだけど、もう少し言い様があるんじゃないかと思ったんだけど」

 

 男の身に纏っている圧力は戦いを終えたばかりだからなのか尋常ではなかった。

 殺気ではなく純粋な剣氣。少なくとも伐刀者の端くれでもある一輝からしても純粋な剣術家に近い人間への発言には一歩引いていた。

 

 自分が同じ立場だと仮定した場合、明らかに自分の方が負ける可能性があった。

 異能を使う事によって身体能力を嵩上げするからこそ剣技もまた活きる。だからこそ、純粋な剣技だけで勝てる力量を持った人間の発言には尊さがあった。

 にも拘わらず、能力を一切使用していない人間が暴言とも取れる発言は流石に目に余る行為だと考えていた。

 

 

「なぁ、一輝。真剣にそんな事を言ってるのか?」

 

 そんな一輝の事を見下すかの様に言ったのは龍玄だった。

 この場に於いては友人ではなく、一人の道場主としての話。ならば横から口を挟んだ一輝こそが出しゃばっている事になる。

 それを重々承知しているからこそ、一輝もまた力強く言うよりなかった。

 

 

「当然だよ。勝ち負けは仕方ないにしてもそれは明らかに言いすぎだと思う」

 

「一輝。改めて聞くが、その考えは変わらないんだな?」

 

「そのつもりさ」

 

「そうか……ならば今の状況を理解した上で口を挟んでると考えても良いんだな」

 

 互いの間に漂う空気は濃密な物だった。

 突如として変化していく状況に、絢瀬だけでなくステラもまたどうしてこうなったのかと考えている。ステラとしては一輝の考えが分からない訳では無い。しかし、当事者の認識で考えれば一輝の言っている事には、かなりの無理があった。

 

 当事者ではなく第三者。ステラが冷静に見れたのはその立場だったからだ。一触即発を感じる空間には、先程とは違った緊張感が漂う。

 ここで下手に何か言おう物ならば、即座に何かが起こるのは明白だった。

 

 

「……一輝。道場主として問うが、お前が道場破りとなる事で良いか?」

 

「そのつもりは無いけどね。龍がそう言うなら僕は何時でも構わない」

 

「是非も無し……か」

 

 まるで何かを決意したかの様に龍玄は改めて一輝と向かう事を決めていた。

 一度決めた以上は間違い無く動く事は無いはず。ならばここである程度知らしめた方が良いだろうと判断していた。

 

 良き友人ではあるが、手の内を晒した事はこれまでに一度も無い。時折互いに模擬戦じみた事はするが、それでも普段の力をかなり抑えている。

 一輝の性格を考えれば天狗になる事はないかもしれないが、それでも今の一輝の実力ではどこか危うい物があるのも事実だった。

 だとすれば、この格の違いを身に刻ませれば認識は変わるかもしれない。龍玄はそう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、こんな所で互いに闘う事になるとはね」

 

「そうだな。お互いが伐刀者ならば実力を示した方が早いかもしれんな」

 

 お互いが握る木刀の切っ先には視線がぶつかった様にも見えていた。

 これまでに互いが対戦した事は数える程しかない。だからなのか、ステラだけでなく絢瀬もまた息を飲み、その視線が揺らぐ事は無かった。

 

 先程相対した男よりも龍玄の方が得体が知れない。一輝がまるで自身を鼓舞するかの様に闘志を露わにしているが、一方の龍玄はまるでこの場から居ない様にも感じる程に気配が希薄だった。

 静と動。まるで対極にある存在が如く、お互いは微動だにしなかった。

 

 

「では、始め!」

 

 

 道場に響く声に、堰を切ったかのように一輝は龍玄に突進していた。

 少ない情報ではあるが、龍玄の速度がどれ程なのかは一輝とて理解している。そうなれば、開幕速攻のやり方が妥当だと判断していた。

 

 一気に吐き出す息と共に一輝の動きはこれまでに無い程俊敏に動く。まだ学園内では一度も披露した事が無い自身の秘剣『犀撃』だった。

 瞬間的に放たれた事によって確実に龍玄の範囲の外から攻撃を仕掛ける。初見が故に一輝もまたこの業で様子を見るつもりだった。

 大気を切り裂くかの様に出た突きは、自身までもが刀身になったかの様に錯覚する。

 伐刀者の能力でもある身体強化を使用しない中での最大の攻撃だった。

 

 

「中々に鋭いな」

 

 木刀の切っ先は龍玄が居たと思われる場所を通過し、そのまま空を切っていた。

 零距離ではない為に多少なりとも見切る可能性はあったが、それでも肉迫すると考えた攻撃はその突進した力をそのまま放出していた。

 

 その瞬間、一輝は後悔する。空を切った事によって解放された力が緩む僅かな隙は反撃や防御する事が許されなかった。

 

 

「ぐっ………」

 

 腹部に激しい衝撃を受ける。

 龍玄が一輝に対し仕掛けたのは、木刀の柄で腹部を突いただけだった。

 一輝が放った突進の威力をそのままに、龍玄が差し出した柄が内臓にも届かんと深く突き刺さる。

 事実上のカウンター攻撃に一輝は呼吸すら忘れる程だった。

 

 

 

 

 

「イッキ!」

 

「だ、大丈夫だから……」

 

 ステラの声に一輝は心配させない様に言うだけで精一杯だった。

 本来『秘剣』を使用する際には身体強化が大前提になってくる。他の業も似た様な部分はあるが、やはり身体強化が無い通常の業は龍玄にとっても脅威にはなり得なかった。

 この一撃だけで、自分と龍玄にどれ程の差があるのかがはっきりと分かる。

 単なる敵だった場合、確実に突きではなく胴を薙ぐのは容易いと言っているのと同じだった。

 

 

「攻撃の種類は良かったが、前提を間違えたみたいだな」

 

「やっぱり気が付いてたんだ……」

 

「当然だ。あの攻撃は本来は奇襲で使う様な業じゃない。止めや追撃の際には絶大な効果を発揮するかもしれんが、何も無い今なら無駄だ」

 

 伐刀者としては身体強化を使うのは呼吸をするのと同じだった。

 魔導騎士が何故圧倒的な攻撃力をもっているのかは、偏にこの能力が前提だからだった。

 

 常人よりも膨大な力は攻撃や移動にも使用される。その結果として一呼吸で尋常ではない距離を詰める事も可能にしていた。

 一輝とて理解していない訳では無い。

 絢瀬との件がキッカケかもしれないが、今の自分が龍玄とどれ程違うのかを体感したい気持ちもあった。

 これまでに幾度となく交わした剣戟は全てが予定調和の様に終わっている。ステラは気が付いていないかもしれないが、一輝は龍玄に時折致命的とも取れる一撃を放っていた。

 本来であれば何かを察し、一言でもあるのかもしれない。

 しかし、龍玄はそれも当然だと言わんばかりに受け流していた。

 模擬戦が故に全力で相対する事が出来ない。だからこそ、自身の中でもこれが適しているであろうと考えた結果だった。

 

 

「やっぱり知った上でって事なんだね」

 

「そんな緩い攻撃を態々食らう必要性は無いからな」

 

 一輝の回復を待つかの様に龍玄は追撃をする事も無く会話を続けていた。

 少なくとも追撃の一つもあれば、この戦いは瞬時に終わる。にも拘わらず、このまま継続するのは何らかの思惑がある可能性があった。

 

 

「折角だ。やれるものならやってみろ」

 

「そうせてもらう……よ!」

 

 起き上った直後にも拘わらず、一輝は全身を発条(ばね)の様に使い足腰からの力の伝達を上腕へと移行する。

 先程の一撃は無かったかの様に疾る斬撃はステラだけでなく絢瀬もまた目を見張る程だった。

 

 木刀とは思えない斬撃に、誰もが無意識に息を飲む。激しく聞こえた音の後に待っていたのは一輝が蹲る姿だった。

 

 

 

 

 

「リュウ!イッキに何をしたの!」

 

「見ての通りだ。それとも、何をしたのかを一々説明しないと分からないのか?」

 

 龍玄の言い放った言葉にステラはそれ以上は何も言えなかった。

 先程までの攻撃は明らかに龍玄を捉えていたはずだった。事実、一輝の木刀が薙ぐつもりだったのは膝関節。

 避けるにしても受けるにしても厳しい場所。少なくとも奇襲に近い攻撃は何らかのダメージを与えるはずだった。

 

 

「態々種明かしは必要ないだろう。それともステラは一輝の心意気を無視するのか?」

 

「そんな事は……」

 

 未だ蹲ったままの一輝が動く気配は無かった。

 膝関節を狙うのは良策かもしれない。しかし、それはあくまでも通常の戦いに於いての話だった。

 

 腰よりも下を狙う場合、必然的に全身は沈み込む必要が出てくる。一輝の攻撃は確実に決まるのであれば、好機を手繰り捺せる事も可能かもしれない。しかしながら一輝の不意討ちとも取れる初撃でさえも回避する人間に対しては完全に悪手だった。

 

 頭上にぽっかりと開けた隙を態々逃す道理はない。一輝とてそれを理解しているはずだった。だからこそ龍玄は一輝を罠に嵌めていた。

 回避ではなく態と受ける事によって次の攻撃を防ぐ。その際には丁寧に受けた衝撃を逃し、こちらから木刀越しに寸勁を叩き込んで来た。

 龍玄の鍛えあげられた筋肉によって叩き込まれる寸勁は一輝も完全に受け流す事は出来ない。

 本来であれば完全に動きを止めるやり方を、敢えて鈍らせる程度に留める。刹那の攻防での動きの低下は致命的だった。

 故に一輝は龍玄の攻撃を回避できない。頭上から叩き込まれた拳によって一輝は地を舐める事になっていた。

 

 

「弱かったから負けた。それだけの話だ。それと綾辻、今の攻防を見ても尚やるのであれば容赦はしない。それが武士に対する礼儀だからな」

 

 魔導騎士として、伐刀者としてではなく、純粋な剣術家として敗北したのであれば事実上の完敗だった。

 異能により上昇させた力ではなく、純粋な技術が劣っているとなれば完全なる否定でしかない。それが分かっているからこそステラだけでなく絢瀬もまた何も言う事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら負けたみたいだね…………」

 

 一輝が目を覚ましたのはそれから十数分が過ぎた頃だった。

 気絶していた為に、その後のやりとりは不明だが、自身が負けた事によってどうなったのかは考えるまでもなかった。

 競った上での敗北であればまだしも、この戦いの敗北は完敗と言って良い内容。

 それと同時に、龍玄は普段の使い付き合いでは完全に手加減している事も唐突に理解していた。

 

 膝関節への攻撃を防がれた際に感じた衝撃は自身の持つ秘剣『毒蛾の太刀』に似ていた。

 膂力だけでなく、寸勁によって全身の体重を刀身へと伝わせる事によって相手の動きを封じこめるやり方。自分が使うよりも洗練された動きはまるで手本の様でもあった。

 身体能力を使わない攻撃は本来であれば一輝の独壇場になるはずが、気が付けば掌で転がされた程度だった。

 緻密に計算された訳では無く、ただ来たから跳ね返した程度。一輝は自分と龍玄の差がどれ程開いているのかを改めて考えていた。

 

 

「もう大丈夫なの?」

 

「……ああ。大きな問題も無さそうだよ。それと僕が負けたせいで……」

 

「ううん。ボクの事よりも君の身体の方を心配するよ。まさかあんな結末になるなんて思わなかったから……」

 

 少しだけ物思いにふけっていたからなのか、ステラの言葉で一輝は現実へと戻っていた。

 

 

「目が覚めたか」

 

「リュウ!」

 

「ちょっとステラ」

 

 龍玄の言葉にステラは僅かに警戒していた。

 短い期間ではあったが、風間龍玄の人物像は何となく理解していたつもりだった。

 しかし、この戦いの本質を見たからなのか、ステラは無自覚のままに警戒する。一輝がステラを諫めた為に、少しだけ空気が緊迫したままだった。

 

 

「言うまでも無いとは思うが、この件に関しては当事者が考える事だ。今後は一輝だけでなくステラも口出しは無用だ」

 

「分かってるよ。今回の件だって、実際にどれ位の力量があるのかを示しただけなんだよね」

 

「口で言うよりも、体感した方が分かり易いだろ」

 

「まぁね。まさか、ああまで一方的だとは思わなかったけど」

 

 既に一輝の中では蟠りは解消されていた。

 一番の要因は隔絶した差を口頭であれこれ言うのではなく、目に見せると言った事で分かり易くした点だった。

 半ば一方的な戦いではあったが、刹那の攻防に意味を見出す事が出来なければ口を挟む資格すらない。だからこそ龍玄は半ば挑発めいた言い方をしていただけだった。

 

 

「一輝、お前の剣は引き出しは多いが、それだけだ。少なくとも俺が負ける要素は何処にも無い」

 

「理由を聞いても?」

 

「簡単だ。色々な剣術があるが、基本はそのどれにも芯と呼ばれる物がある。その剣術を紐解けば、基本となるべき物があって初めて応用へと移る。だが、お前のそれには()()()()()での芯が無い。剣の理を理解すれば、もっと高みに行けるはずだ」

 

 龍玄の言葉に一輝は内心やはりかと思う部分があった。

 幾ら相手の剣術を解析しようとも、その根底にある物までは理解出来ない。全員がそうでは無いが、卓越した技術を持つ人間と対峙すれば、必然的に浮かび上がる事実だった。

 

 先程の戦いに於いても秘剣が躱されたのは、同じ環境ではない事を無視した結果。その次に関しても、同じく基本的な物を理解していないからだった。

 自分で作り上げた剣術は色々な流派の物を吸収し、それを自分なりに噛み砕いた結果。

 秘剣と呼ばれるそれも全てが十全に使用できる訳では無い。事実、幾つかの秘剣はこちらが相当意識しなければうまく活用できず、その結果として運用が難しくなっていた。

 剣の理が何であるのかは一輝とて理解している。基本に忠実になればなるほど、その意味は深く表れていた。

 

 

「リュウ。一つだけ聞きたいんだけど、どうしてそんなに冷徹に言えるの?」

 

「逆に聞くが、剣の道を歩く人間を甘やかしてどうするつもりだ?」

 

 質問に質問で返されたものの、龍玄の言葉はある意味では真意だった。

 元々ステラは一輝の境遇を本人から聞いている。実家から疎まれてもなお、歩む事を止めずに、只ひだすらもがき続ける。それは一輝に限った話ではなく、剣術、武術を目指す人間にとっては当然の事だった。

 

 歩みは早かろうが遅かろうが止めた時点で終わる。才能の有無ではなく、愚直に進もうとする意志だけしかない。

 剣を極めたと言った人間が過去にそれ程居たのだろうか。自分は本当に十全に理解したと胸を張って言える人間が未だ居ないのは言うまでも無かった。

 

 

「これが実戦なら頸は落とす。武士道ではないが、慢心は死と同義だ。綾辻も最初はそう思ったんだろ?」

 

 突然言われた事で絢瀬は思わず下を向いていた。

 図星までは行かなくとも、慢心があったのは間違い無い。改めて冷静に考えれば、油断した自分が悪いだけで、自身の学んだ流派が悪い訳では無い。

 道場を取り戻す事は叶わないかもしれないが、少なくともここに剣氣が絶えない以上は昔以上の何かがあるのは間違い無かった。

 

 

「だったらリュウはどうなの?」

 

「俺か?俺なんてまだまだだ。比べる事すら烏滸がましいさ」

 

「あれだけのレベルでも?」

 

「下を見ればキリが無いが、上を見てもキリが無い。自分が何をどうやって目指すのかの違いだ」

 

 これまでに見た予選会での戦いは全て事実上の瞬殺だった為に、ステラの中では龍玄の実力がどれ程なのかが見えないままだった。

 偶然ではあったが、先程の一輝との対戦で何となく見えたつもりではあったが、それでも概要すら見えない。

 にも拘わらず、その遥か上があるとなれば、一体どれ程の高みがあるのだろうか。世間で言えばKOKや闘神リーグが有名だが、それもまた違う様な気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕はまだ弱い。ステラ、これからも一緒に鍛錬しない?」

 

「ええ、勿論よ。まさかリュウがあれ程だとは思わなかったから」

 

 道場を後に、ステラ達はそのまま帰路へとついていた。

 少なくとも今回の戦いで見えた物が何なのかははおぼろげながらに見えた。しかし、実際に何も解決していないのも事実だった。

 前を歩く一輝とステラは前を向いている。勿論、絢瀬としても無いも思わない訳では無いが、やはり足取りは重かった。

 現時点だけでなく、この先の事をどう考えても取り戻せるビジョンが一切浮かばない。

 

一体どれ程の修練を積めば挑む事が出来るのだろうか。今回の件もまた一輝を利用した罰でしかない。絢瀬はそんな事を考えていた。

 

 

「あの、綾辻さん。良かったら三人で夕食も兼ねて食べに行こうかと思うんだけど、どうかな?」

 

「あの……ボクが居たらお邪魔なんじゃ………」

 

「気にしなくても良いよ。それに今回の件は僕も迷惑をかけたんだし」

 

「いや。やっぱりボクのせいで険悪な空気になってたから……」

 

絢瀬は三人が何となくだが、良き友人である事は理解していた。その前提を考えた場合、今回の件は考えられる中での悪手だった。

人間関係は思った以上に複雑になっている。だからなのか、絢瀬は一輝に対して申し訳ないと考えていた。

 

 

「良いの。リュウは案外と気にしないんだから。それに、この国の男性は殴り合う事で友情を深めるのよね」

 

「……ステラ、参考に聞くけど、一体何を見たらそうなるの?」

 

「ほら……マンガとかアニメとか……」

 

「…………そう」

 

「……え、何か変な事言った?」

 

「それはちょっと……」

 

全く無い訳では無いが、幾ら何でも早々に殴り合って友情を深める関係は一輝だけでなく絢瀬にとっても無い物だと考えていた。

 しかし、当の発言をしたステラは本気でそう考えている。仮にそれが事実だとしたら随分と物騒な友情だと、取り止めの無い事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、ヴァーミリオンさん。そんなに食べても大丈夫なの?」

 

「私?これなら平気よ。それに食べる事も重要なんだし、私は結構燃費が悪いから」

 

 絢瀬は目の前に起こっている状況を理解するまでに、それなりの時間を要していた。

 次から次へと運ばれる食事は、まるで掃除機にかけたかの様にステラの口腔へと消えていく。

 隣に居る一輝は既に慣れているからなのか、驚く様な素振りは無かった。

 どれ程食べても外見上に変化は見られない。絢瀬は自分とステラを見比べたからなのか、あまりの違いに絢瀬は少しだけ引いていた。

 

 

「あの……本当にごめんなさい。ボクの個人的な事だったのに」

 

「さっきも言ったけど、負けたのは純粋な技量なんだ。本当の事を言えば、龍の技量がどれ程なのかを僕は知らないからね」

 

「でも。朝も一緒にやってる事はあるんだよね」

 

「確かにそうなんだけど、正直な所僕らはあの運動量にはついて行けないんだ」

 

 絢瀬の質問の意図を察知したからなのか、一輝はこれまでに何度か龍玄のトレーニングを目にした事があった。

 通常であればランニングの距離が長かったり、効率の良いトレーニングを考えるが、そんな生易しい物ではなかった。

 

 水面を蹴り、壁面を駆け上がる。異能を一切使うことなく純粋な技量として培った運動量は絢瀬だけでなく、初めて見た際には一輝とステラもまた驚いていた。

 水面を蹴っている時点で尋常ではない。

 厳密には幾つかの木の葉も利用して池を渡っていた。

 

 重力を無視するかの様に、体重をかけずに移動するのは困難を極める。実際に一輝も似たような事はした事があったが、程なくして水面に沈んでいた。

 水への抵抗を活かす事で移動を続ける。その時点で絢瀬は食事の手を止める程の内容だった。

 知っている様で知らない事だけではない。

 冷静に思い出せば絢瀬自身の対戦相手もまたこれまでに感じた事が無い程の実力を有しているのは間違い無い。視野狭窄に陥ったからこそ物事の本質は見えない。そんな取り止めの無い事を考えていた。

 

 

「そうね。予選会で対戦する事があれば確実に最大の壁になるかもね」

 

「それって東堂先輩よりも?」

 

「……断言は出来ないけど」

 

 言い淀んだのは珠雫との一戦を見たからだった。

 刀華の瞬時に動くと同時に抜刀した攻撃はこれまでに無い程最悪の攻撃能力を有している。

 あれが完成した業なのかは分からないが、少なくともこれまでの後の先だけで戦って来た考えは無いようにも感じていた。

 しかし、それよりも龍玄の攻撃の方が遥かに厄介だった。

 気配を完全に消した攻撃は感覚で捉える事が出来ない。

 一輝の最後の攻撃も何時防御したのかを理解できないままに意識を飛ばしている。

 

 固有霊装以外の得物を使った業もまた見事だった。仮に一輝が同じ事を出来るのかと言えば否としか言えない。だからこそ、見えない実力がどれ程なのかを測りかねていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。