英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第32話 蠢く策動

 眼下に見えるのは一人の青年だった。何らかの形で自分の疑いを晴らそうと考えているからなのか、自分の言葉を述べようとしている。

 元々今回のこれは事実上の茶番劇であると同時に、自分の中で既に決定事項として結論が決まっていた。

 当然ながら青年の言葉に耳を傾ける必要も無ければ、その言葉の意味を汲む必要もない。こちらからやるべき事はただ時間を引き延ばし、正常さを失わせる事だけだった。

 

 

「君の言いたい事は理解した。だが、写真に関してはどう弁解するつもりかね?」

 

「ですから、それは誤解だと先程から」

 

「君ね。誤解誤解と言っているが、これは明確な証拠なんだ。潔白を証明したければ、その根拠となる材料を用意したらどうかね」

 

「用意するなんて……」

 

 審議官の言葉に青年はそれ以上何も言う事は出来なかった。魔導騎士連盟日本支部の中にある一室はこの時期には似合わない程に冷え切っていた。

 誰もが自分に問われた罪を簡単に認める人間は居ない。ましてや今回の様に完全なる証拠を提示している以上は、それを覆す事は不可能だった。

 どれ程まで抗弁しても、正当な事由を出せない事は当人も理解している。元々限りなく言いがかりに近い事が発端となっている為に、それを覆す事は不可能だった。

 仮にその証拠があったとしても、今の青年に用意する事は出来ない。それが今の置かれている現状だった。

 

 幾ら年齢的には成人になっているとは言え、所詮はただの学生にしか過ぎない。抗弁する材料を用意するとなれば弁護人だけだった。しかし、これは裁判ではない。弁護人を付ける事は赦されていなかった。

 そんな表情を見たからんのか、中央に座る男は内心ではほくそ笑んでいた。

 

 

「これ以上の審議は良くない。今日の所は一旦お開きにしようじゃないか」

 

「赤座委員長がそう言われるのであれば……黒鉄君。君の審議は明日改めて聞こう。せめて、もう少し理論だった口上を述べてもらえると有難いね」

 

 一輝の返事など最初から期待していなかの様に審議員の一人が言い捨てる。

 表面上は分からないが、その表情には生気を感じる事は無かった。拘束は予想以上に精神を摩耗させる。その言葉と同時に審議は閉会していた。

 退出の際に俯く一輝の姿を最後に見たからなのか、赤座の口元は僅かに歪んでいた。

 

 

 

 

 

 審議が終わったからなのか、赤座は自室へと戻っていた。

 元々今の職は望んで着いた物ではない。魔導騎士とは言っても、権力の中枢を駆け上がる事は困難を極めていた。

 元々この組織は従来の完了組織とは異なる。

 それは純粋に伐刀者の捌きを非伐刀者が裁く事が困難である事が要因だった。

 異能の力を持たない人間が持っている人間を裁こうとした場合、どうしても証言の理解度は低くなる。法律は等しく平等ではあるが、その感覚は平等ではない。

 故に異能の暴走が仮に起こった場合、それを理解出来ない人間が判断出来ないからと言った部分があった。

 当然ながら政府としても力を認めはしても、無暗に振るえば何が起こるのかは分かっている。その結果として倫理委員会が設置された経緯があった。

 

 犯罪そのものは通常の裁判ではあるが、量刑に関しては倫理委員会の裁量になる。その結果、通常の裁判であれば微罪であっても、倫理委員会からの内容が加味されれば、必然的に重罪になっていた。

 今回の内容に関しては一輝の罪状に問える物は何一つない。本来であれば赤座の中ではそのまま投獄まで行けば良いだろうと考えたものの、本家の体面を考えた結果、倫理委員会による尋問に落ち着いていた。

 

 

《で、どんな状態なんだ?》

 

「思った以上に強情ですから、時間はかかりそうかと」

 

《そうか……くれぐれも過ちは犯すなよ》

 

「はい。今回はあくまでに事実認定による尋問ですので、前科が付く事はありません。ですが、本人の口から真実が述べられないのであれば暫くの間は拘束する形になるかと」

 

 赤座の言葉に電話の先の声はどこか満足気にも聞こえていた。

 赤座は所謂黒鉄家の中では傍流の末端に近い物があった。

 黒鉄家は今の当主でもある黒鉄巌の祖父でもある龍馬が事実上の近代祖となっている。

 世界大戦後はその活躍が認められた事によって政治の中枢ではなく、魔導騎士の中枢を常にリードする事になっていた。

 事実、それ以降の魔導騎士連盟の支部長は黒鉄家縁の人間が常に要職を占めている。

 本家がある以上は当然ながらそちらが優先になる為に分家がその椅子に座る可能性は皆無だった。

 

 当然ながらそれが長きに渡って続けば一族の中でも不満が出る。その為に、本筋ではなく倫理委員会の様に外郭の部門には分家筋が就く事が殆どだった。

 赤座も当初はその流れにいたものの、権力と言う名の魔力は人を狂わせる。赤座もまたその例外に漏れず、外郭だけで終わる事は無く、本筋の中枢に入る野望を持っていた。

 勿論、当主でもある黒鉄巌には言葉には出来ない。ならばその覚えを良くする為に、率先して裏仕事に手を染めていた。

 電話が切れると当時に、用意したワインの栓を抜く。誰もいない委員長室にはワインの芳香がゆっくりと漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、風間君。そちらで何とか状況は分かりませんか?」

 

「状況とは?」

 

 突然の言葉に龍玄は少しだけカナタの表情を伺っていた。

 現状がどうなっているのかは龍玄も何となくは理解しているからなのか、カナタの質問の意図は十分に理解している。それと同時に、何故自分に聞くのかが分からなかった。

 

 

「黒鉄君の事です。今回の件に関してはあまりにも出来過ぎている様に思えましたので」

 

「それと俺がどう関係するんだ?」

 

「それは………」

 

 龍玄の尤もな言葉にカナタも言葉に詰まる。

 カナタが聞いたのは些細な考えでもあり、それと同時に風魔の持つ情報網であれば何かしらの内容が分かるのではと考えた末の言葉だった。

 しかし、龍玄の言葉にカナタもそれ以上の事は何も言えなかった。

 詳しい事は分からないが、少なくとも一輝とステラの持つ雰囲気は単にルームメイトだけでは及ばない雰囲気がある。

 本来であればカナタと一輝の接点は何処にも無い。しかし、龍玄と言う人間が間に入った事から、少なくとも生徒会の人間は一輝とステラの人間性を知る機会があった。

 だからこそ友人として何らかの行動を起こすかもしれない。そう考えていた。

 

 

「仮に何かを知っていたとしても、お前に言う必要性が無い。依頼だと言うならば吝かではないが、依頼料はかかるぞ。新たに依頼したいなら、まずは前回の依頼の清算する事だな。それとも他の人間が払うのか?」

 

 幾らカナタが会社を通じて依頼する事が出来たとしても、この件に関してはカナタが首を突っ込む必要は何処にも無い。

 非情な考えを持つのであれば、一輝がここでリタイアすればカナタにもその座が回ってくる可能性が高くなる。通常であれば、これを機にステラも叩き落とす事が可能ではあったが、カナタの中ではそんな考えは微塵も無かった。

 

 龍玄に話したのは単純に生徒会の内部でもそんな話が出たからだった。

 龍玄の正体からすれば情報の一つも掴んでいるかもしれない。そんな程度の考えだった。

 未払いの依頼の事を言われた以上はカナタも何も言えなくなる。間違い無くこれ以上の事を頼むのは不可能だと思えていた。

 それと同時に先程の言葉の内容を改めて精査する。風魔として依頼を受けるとなれば何らかの形で達成する可能性を秘めていた。

 

 

「それはありません。ですが、先程の話からすれば依頼を受ければやってくれると言う事ですか?」

 

「何だ、カナタはそんなに一輝に執着してるのか?相手は公国の皇女殿下だぞ。張り合うには厳しいんじゃないのか?」

 

「ご心配なく。そんな事は絶対にありえませんので大丈夫です」

 

 龍玄に言われた事によってカナタも少しだけ冷静になっていた。

 確かに一輝とカナタの接点は微々たる物でしかない。当然ながら安くない身銭を切るのであれば、そこには何らかの思惑があると考えるのは当然だった。

 カナタからすれば一輝には何の感情も無い。

 生徒会で話が出たのは、突然の内容であると同時に、これまでの戦い方から見た一輝が到底そんな事をするとは思えないと言った戸惑いの感情が多かったからだった。

 だからと言って内容が内容なだけに、生徒会が何か出来る案件ではない。そんな考えもそこには含まれていた。

 

 

「………まぁ良い。カナタの一輝に対する熱い気持ちに一つだけサービスだ。あの写真は合成だ。それを証拠にするなら何かあるかもしれんな」

 

「それって………」

 

「この話はこれで終わりだ。これ以上足を踏み込むのは返り血を浴びる事になる」

 

 龍玄の思わせぶりな言葉にカナタは先程の言葉の意味を考えていた。

 実際に何を考えているのかを分かる人間はこの学園には居ない。恐らくは理事長でさえも今回の事態の顛末がどこにあるのかが分からない以上、龍玄の言葉が何らかのヒントになる事は間違い無かった。

 それと同時に言われた返り血の意味。カナタがこの言葉の意味を改めて理解するにはそれなりの時間が必要だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一輝に対する尋問は翌日からも続いていた。実際にやっていない事はこの中で赤座自身が一番理解している。そうなれば一輝の抗弁が単純になるのは当然だった。

 幾ら事実を言おうが、初日と同じ事だけを述べるだけならば誰もが改心の余地なしとしか判断出来ない。まだ学生のうちから権謀術数に長ける様な人間は早々居ない。

 ましてや赤座は黒鉄の系譜に名を連ねている。当然の如く一輝の性格を正しく理解しているからこそ、抗弁すればする程、蟻地獄の様に深み嵌っていくのを感じ取っていた。

 

 

「この後はここで予選会を実施する。一先ずは休憩したまえ。何、我々も鬼では無い。厳しい環境で戦うのであれば、それなにりに対処をしようじゃないか。下手に我々のせいだと言われても困る」

 

「流石は赤座委員長ですね。黒鉄君、委員長の温情に感謝するんだな。今日はこれで閉会だ」

 

 赤座を持ち上げるかの様な言い分に本来であれば憤るケース。しかし、今の一輝にはそんな感情を持つ事すら困難だった。

 僅か数日しか経過していないにも拘わらず、その環境は過酷だった。

 食事は生きる上でギリギリのカロリーを計算した簡易食。しかも、毎回偶然が重なるかの様に水が無かった。

 乾燥した簡易食は口腔内の水分を奪っていく。幾ら頑強な人間であっても、水分が無ければ生きるのは困難になる。

 更に追い打ちをかけるかの様に、一輝の滞在する部屋の空調は故障していた。

 

 密閉された空間での水分不足は嫌が応にも体力を削る。

 時折トイレに行くと言って、手洗い場にある水道の水を飲む事によって何とか現状を保っていた。しかし、それも限界が来る。理由は不明だが、短期間で衰弱しているからなのか、一輝の意識は朦朧とし始めていた。

 こうなると一輝の精神も徐々に弱っていく。自分は何でこんな場所に居るのか。自分が一体何をしたのか。取り止めのない考え全てが原因の様にも考え出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今回の件だがどうやって後始末するつもりなんだ?」

 

「後始末とはどういう事だ?」

 

 魔導騎士連盟の支部長室には珍しい来客があった。

 本来であればこんな場所に居ることすら珍しい人物。支部長でもある黒鉄巌の友人でもあった北条時宗がそこに居た。

 学生時代からの友人ではあったが、この場に於いては友好を深める様な雰囲気は微塵も無かった。

 何時もであればどこか掴みどころが無い雰囲気を持つはずの人間が、この場に於いてはそんな雰囲気を微塵も見せない。これまでに幾度となく過ごした巌からしても、今の時宗の表情は一度も見た事が無かった。

 

 

「まさかとは思うんだけど、何も考えていないなんて事は無いだろ。今回の幕引きに関しての結末についてだ」

 

「幕引きとは何を意味するんだ?」

 

「なぁ、巌。友人として一度だけ忠告する。それは本心から言ってるのか?」

 

 普段とは違う時宗の態度は流石に巌としても戸惑う部分があった。

 しかし、この場に於いては自分は魔導騎士連盟の支部長でもある。幾ら友人としてと言われても、安易に返事をする訳には行かなかった。

 

 

「そうか……では、政府の人間として言おう。今回の件に関しては、既に政治的判断に委ねられている。知っての通り、お前の息子の件だ。それ位は理解してるだろ?」

 

「当然だ。あれの処遇に関しては、こちらでも困っている。幾ら息子とは言え、それなりの処罰を課すつもりだ」

 

「巌……もう一度言う。それは本心なのか?」

 

 巌に対する時宗の表情は完全に政治家としての表情だった。

 元々時宗は一度決めたら後は幾ら何を言おうが、必ず実施する。抵抗勢力があれば誅殺し、搦め手で来る人間には徹底的に調べ上げた上で、社会的な制裁を与える事をしていた。

 その結果があって、政治家の中では現政府の懐刀と言われている。事実、時宗に対し、何らかの問題があれば即座にその問題そのものが無かった事になっていた。

 幾ら国会で追及する為の証拠を作っても、それ以上に質問者の罪をあぶり出す。その結果として、追及した瞬間その人間の政治生命は完全に絶たれていた。

 

 少しでも機微に敏い人間は時宗に逆らおうとはしない。どんな手段を使っているのが分からない事に、政治の世界に於いて時宗の個人的な件に関してはアンタッチャブルになっていた。

 当然ながらその源流には何があるのかは巌も理解している。時宗の表情を見る限り、巌が回避する事は不可能になっていた。

 

 

「当然だ。それ以外に何かあるとでも?」

 

「最後通牒はした。少なくともお前は事の事態を読める人間だと思ったんだがな………実に残念だ」

 

「待て。それはどう言う意味だ?」

 

「巌。俺を舐めるのはいい加減にしろ。俺が何も知らないとでも思ってるのか?」

 

 何も知らない人間からすれば穏やかな表情にしか見えない。しかし、これまでの付き合いを知っているからなのか、巌の背中には冷たい汗が流れていた。

 時宗の言いたい事が何なのかは大よそながらに想像出来る。

 しかし、巌もまたそれなりに裏付けがあっての行動だからなのか、今は時宗の出方待っていた。

 

 

「……しかし、どこの家が名家なのかは知らんが、随分と面白い話だよな。たかが一道場の師範程度の田舎者の成り上がりの末裔が名家だとは恐れ入る。なあ、巌。お前もそう思うだろ?」

 

「何が言いたい?」

 

「はっきり言わないとまだ理解出来ないのか?」

 

 明らかな侮蔑と同時に、それが何を示しているのかは巌には直ぐに理解出来ていた。

 実際に黒鉄家の元は関東地方にあった道場の一つが出自だった。

 江戸時代後期より奉行所に勤務するまでは良くある道場の中の一つに過ぎなかった。

 それが名家にまで発展したのは動乱の明治時代以降の話。

 そして今の状況になったのは、巌の祖父でもある龍馬の大戦の活躍による名声だった。

 

 『サムライ・リョーマ』の築き上げた名声は海外にまで鳴り響いている。

 所謂今の黒鉄家を作り上げた『近代祖』となっていた。大戦の英雄を権力の中枢に入れる事が出来れば国民にも対外的には名分が立つ。戦争の経験をいち早く払拭する為の手段だった。

 

 実際には龍馬は中枢には入る事無く、その血筋の人間が何人か入り込んでいた。

 戦勝国の立役者の一族を利用した事によって黒鉄家は更に権力を高める事に成功する。

 政治の中枢に入るとなれば政治の部分が強いが、魔導騎士の中枢に入るのであれば『サムライ・リョーマ』の名声は絶大だった。

 事実、魔導騎士連盟の支部長や侍局の殆どは黒鉄家縁の人間が代々継承している。

 その事実は当主となった巌もまた知りうる内容だった。

 それに対して時宗の血筋は関東一円を納めていた北条家の直系に当たる。純粋な血筋だけで言えば、巌よりも時宗の方が遥かに上だった。

 当然ながらその意味もまた巌は理解している。問題なのは、どこからその内容が漏れたのかだった。

 

 

「まぁ、お前の立場なら少しは考えれば分かるはずだ。参考に言っておくが、お前と総理の考えは似て非なる物だ。そこを勘違いするな。でなければ、こちらもそれなりの対処をする事になる」

 

 巌は僅かに背筋が寒くなっていた。

 何時もの飄々とした雰囲気も無ければ、政治家としての表情でも無い。純粋に異分子を排除する様な表情だった。

 この表情をした時宗はまさに冷酷そのもの。これまでの友人としての付き合いで数度見たそれが待つ結末は巌も理解している。

 それが自分に向けられている事実。その目が何を意味しているのかを大よそながらに理解していた。

 

 

「まぁ、俺からはそれ以上の事は無い。そろそろ会議の時間だ。これで失礼させてもらうよ」

 

 先程までの雰囲気は既に無くなっていた。何時もの飄々とした雰囲気を身に纏ったかと思うと、そのまま立ち去る。突如として現れた時宗に巌はその意味を見出す事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……支部長。良かったんですか?」

 

「何がだ?」

 

「……いえ。失礼しました」

 

 時宗が去った後の巌はまるで厳しい直面にあった様な表情をしていた。

 時宗がどれ程の情報を握っているのかは分からない。しかし、ここに乗り込んだ事によって釘を刺しに来た事だけは間違い無かった。

 気が付けばかなりの時間が経過している。時計の端は既に短針が隣へと移動していた。

 そんな中、不意に聞こえるノック音。現実に引き戻された巌は改めて今日のスケジュールを思い出していた。

 元々今日はそれ程の予定は無かったはず。来客の予定も無いからなのか、巌は何時もと同じ返事をしていた。

 

 

「支部長。そろそろ時間です」

 

「今日は何も予定は無かったはずだが?」

 

「ええ。ですから、今入れました」

 

 部屋に入ってきたのは女性秘書。しかし、その顔に巌は見覚えが無かった。

 一見すればどこにでもある顔。にも拘わらず、その視線が女から動く事は無かった。

 それと同時に今出た言葉。それが何を意味するのかは直ぐに理解させらていた。

 

 

 

 

 

「黒鉄家の子倅。久しいな」

 

「風魔……小太郎………」

 

 先程までこの部屋には自分と、この秘書しか居なかったはず。しかも、ここに来るまでにはかなりの場所を移動する必要があった。

 ここまで来れば誰かしら気が付くはず。そんな混乱した巌を無視するかの様に小太郎は再び話を続けていた。

 

 

「単刀直入に聞くが、倫理委員会の赤座守は貴様の一族に連なる者か?」

 

「……何が言いたい」

 

 突然の小太郎の言葉に巌は確認の意味を口にしながら頭の中ではあらゆる可能性を考えていた。

 風魔小太郎がどんな人物像なのかは、時宗からも聞かされている。これが通常であれば多少は強く出る事も出来たが、今の小太郎にそれをすれば自分の命が簡単に消し飛ぶであることを予測していた。

 事実、小太郎は既に赤座の名前を口にしている。そこから考えれるのは一つの事実だけだった。

 

 

「言葉通りの意味だ。既に今回の件、裏付けは終わっている。首謀者が誰なのかを聞いたのではない」

 

 小太郎の言葉に巌の背筋は一気に寒くなっていた。

 裏付けはともかく、今回の件が何なのかは巌が一番理解している。

 恐らくは確認の為である事は間違いない。それと同時に小太郎がこの場に居るのは間違い無く時宗の差金である事も理解していた。

 

 

「それは、我々には関係無い話だ。倫理委員会は魔導騎士連盟とは袂が別れている。それにどんな意味があると?」

 

「言葉遊びは止せ。聞いた事だけに答えろ。でなければ同じだとみなす」

 

 既に抗弁する事すら危ぶまれる所か、内容に関しては決定事項だった。

 それと同時に小太郎がここに来たのであれば、意味は一つだけ。だからこそ、巌もまた安易に答える事は出来なかった。

 緊迫した空気が支部長室内に充満する。そんな中、沈黙を破るかの様に巌の携帯電話が鳴っていた。

 

 

 

 

 

《やぁ、さっき言うのを忘れたんだけど、例の証拠となったあれは偽造された物らしいね。で、今回の件なんだけど内閣としても、実は困った事になってね》

 

「どう言う意味だ?」

 

《簡単な話さ。今回の件、ヴァーミリオン公国の大使館経由で抗議が来てる。こちらとしては問題の品を鑑定した所、背景が合成だった事が分かってね。

 残念ながらこの首謀者は国内に於いて多大な問題を引き起こしたと言う事で、国家反逆罪に該当すると、今さっき内閣で閣議決定されたんだよ。

 本来ならば裁判なんだけど、事が事なんでね。早急に対処する為に超法規的措置にさせてもらったよ。因みに、公安を使っても良かったんだけど、面倒だから小太郎に頼んだんだよ》

 

「……それと俺がどう関係がある?」

 

 通話の相手の口調と話された内容には大きな隔たりがった。

 それと同時に、一つだけ気になる点もあった。

 少なくとも魔導騎士連盟の中軸にこの国はある。その結果、彼の国にも巌は顔つなぎ出来ると考えていた。

 しかし、大使館経由での抗議はすなわち、そんな巌の人脈など役に立たないのと同じ意味を持つ。それが示す先にあるのが何かは直ぐに予測出来ていた。

 

 

《残念ながら証拠は全部風魔が握ってるんだよ。当然、()()()()()()()()()()()()()ね。で、どうする?近代祖が作り上げた功績が実は虚構で、君の代で完全に潰す事になるけど?》

 

「………何が言いたい」

 

《今回の落としどころさ。君も痛い腹を探られたくは無いだろ?》

 

 既にこの時点で結論は出ていた。

 それは即ち個人を護るのか、家を護るのかの選択。時宗が風魔に依頼しているのは目の前に小太郎が居る事によって間違い無い。

 証拠が何かは分からないが、今の巌には選択肢すら事実上存在しなかった。

 

 

「そうか………よく理解したよ」

 

《助かるよ。こっちも態々騒動を更に大きくしたくは無かったからね》

 

 既に言いたい事を言ったからなのか、携帯電話は通信が切れていた。

 巌の視界に入っていたのは小太郎だけでなく、秘書だと思われたはずの人間がいつの間にか違う人間に変わっていた。

 

 

「どうした?先程の質問に答えろ。次は無い」

 

 部屋の温度は変わらないはずだが、その空気は更に冷たさを増してた。

 真剣が首筋に当たっている様に寒々しい物が感じる。これ以上の引き延ばしは無駄だと巌は悟っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるでこの状況を望むかの様に空には煌々と照らす月だけが漂っていた。

 既に周囲には準備が完了したからなのか、後は一斉に雪崩れ込むだけの状態。

 風魔によって完全に包囲された屋敷から脱出する事は不可能だった。

 時間はまだ宵の内。本来であれば外部からの来客があってもおかしくない時間帯だった。

 

 

「準備は完了しました。対象者は既に捕捉してあります」

 

「そうか。楽な任務だからと気を抜くなよ」

 

「承知しております」

 

 漆黒の仮面に描かれた蒼い龍はまるでこれから獲物を喰らいつくさんとするかの様だった。

 既に部下が言う様に対象者は完全に捕捉されている。事前にキャッチしているのはそれだけではなく、屋敷の中に居る護衛の情報だった。

 

 

「ですが、根来衆が本当に?」

 

「相手も能無しじゃない。今回の策動はそれなりに纏まった組織が必要になるからな。それよりも数に間違いは無いな」

 

「はっ。それに関しては事前情報と相違ありません」

 

 先程とは違う返事に青龍は改めて情報の確認を共通化していた。

 既に対策が出来ているだけでなく、今回与えられた任務はたった一つ。屋敷の主でもある赤座守の護衛を殲滅する事だった。

 

 本来忍者と言われる大半は情報収集をメインとする。しかし、その中でも風魔だけでなく一部の忍は戦闘を生業とする組織もあった。

 今回対立するであろう根来衆もまたその一つだった。

 古くは雑賀衆にも近い物があったが、動乱の時代に幾つかが人知れず統合されていた。

 平和の世が突如として混乱に陥った際に求められたのは確実性。この時代に於いては既に伊賀も甲賀も忍びでは無くなっていた。

 数少ない組織が統合される。その当時の名残が今もなお受け継がれていた。

 その流れは風魔もまた同じだった。しかし、江戸時代よりも前に作られた事によって、他からの統合は余り無かった。

 だからこそ他と会うケースが少ない。そんな感情の端から出た言葉だった。

 通常であれば中忍以上が扱う任務ではあるが、主となって動くのが青龍である以上、従うのは中忍間近の下忍が主体となっている。

 この任務が達成できれば昇進する事になる。だからなのか、誰もがそのモチベーションが高いままだった。

 

 

「再度任務の確認だ。今回の対象は赤座守を守護する人間の殲滅。確認された護衛は全部で三。それと、屋敷の中に一族の人間が居れば同様に始末しろ。女子供であっても同じだ」

 

 小太郎から出た指示は一族の根切。これは決定事項であるからなのか、青龍の言葉に誰もが静かに頷くだけだった。

 漆黒の空はこれから始まる惨劇を照らす様な事はしない。

 薄明るく光る月光は、これから起こるであろう惨劇から現実に目を瞑るかの様に雲に隠れつつあった。

 

 

 

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