英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第34話 試金石

 太陽すら感じる事の無い独房では、時間の概念は完全に失われていた。

 時間を知る術はないが、定期的に呼び出される査問と言う名の尋問は、事実上の丸一日を要している。その中で数度予選会の試合をした事で漸く今が何曜日なのかを理解していた。

 食事は愚か、住環境すら整えられていない部屋。外で過ごす以上に過酷な環境で追い込むはずの計画は、意図も容易く終焉を迎えていた。

 

 

「黒鉄一輝。嫌疑不十分の為にこれで終わりだ」

 

「終…わ……り」

 

「そうだ。三十分後に迎えが来る。それまでに身支度だけはしておけ」

 

 監視官の吐き捨てる様な言葉に、一輝は未だ理解が及ばなかった。

 実際に何が起こったのかが理解出来ない。少なくとも、これまでの内容はこちらの都合を聞く事も無く、ただ同じ内容を延々と繰り返したに過ぎない。

 裁判や査問の事は分からなくとも、これがどうなった結果なのかだけは分かる。少なくとも自分の言い分が認められた。ただ、それだけを考えていた。

 

 

 

 

 

「やぁ、大変だったね」

 

「あの……貴方は?」

 

「あれ?僕の事知らない?僕もまだまだだなぁ。これからは若い有権者にもアピールする必要があるか」

 

 長い廊下を歩いた先に居たのは一人の男性だった。

 口調こそは軽いが、身体から発せられる雰囲気は一般人とは思えなかった。

 実際に何が起こっているのは分からないが、少なくとも目の前の男性が自分と敵対していない事だけは本能的に理解していた。

 

 

「僕の名前は北条時宗。今回の君の件に関しての謝罪をしたいと思ってね」

 

「謝罪……ですか」

 

「ああ。実に愚かしい事なんだけどね。君の件に関しては、公式に政府として謝罪すべきだとなったんだよ。まさか捏造された証拠で外交問題にまで発展しかけたんだからね」

 

 時宗の外交問題の言葉に一輝の肩は僅かに動いていた。外交と名がついて思い当たるのは一つだけ。それはステラの事だった。

 

 

「それが、僕とどう関係が?」

 

「あ、誤解させる様な言い方でゴメンね。外交問題になりかけただけで、実際には水面下で終わったんだよ。そもそも君とヴァーミリオン皇女殿下がどうなろうと関係無いからね」

 

「へ?」

 

「だって、君、皇女殿下と同じ部屋なんでしょ。成人間もない男女が同じ部屋に居れば多少は手が出ても仕方ないから」

 

「あ、あの……」

 

「いや、仮に男女の仲だとしても、政府は関係無いって事だよ」

 

「はぁ………」

 

 時宗の言葉に一輝はただ茫然と話を聞くしかなかった。

 詳しい事は分からないが、少なくとも今の自分の話をしている様には思えない。一体何を考えているのかを思案するよりなかった。

 

 

「あの……それで、僕は一体……」

 

「今回の件に関しては倫理委員会の勝手な暴走でね。委員長以下、審議官は全員職務から外れて貰ったんだよ。本来であれば君にもそれ相応の償いをしなければいけないんだけど、流石に学生の君には何をすれば良いのかが思いつかなくてね。我々としては今回の報道は全て誤報だった事にさせてもらったよ。本当なら君にも意見を聞いた上でやらなければいけないんだけど、君の調書を見ると言い分が一環してる事に間違いは無さそうだったからね」

 

「じゃあ、僕はこれで戻れるんですか?」

 

「もう何時でも戻れるよ。僕が君に個人的に会いたかっただけだからね。それと学園までは送らせてもらうよ」

 

 あまりの事態の変化に一輝の思考はついていけない。元々ここに来た時点で、世間からの情報は全て遮断されていた。

 実際には時間の概念さえも分からない。だからなのか、時宗の言葉をどこまで信用すれば良いのかが分からなかった。

 

 

「因みに、これが今日の新聞だよ。念の為に見て見るかい?」

 

「ありがとうございます」

 

 渡された新聞には今回の騒動の件の一部始終書かれていた。

 実際に無い物を掲載した部分での謝罪が一面に載せられている。一輝は普段からこんな新聞を読む事は無いが、少なくとも書かれた新聞が起こした騒動である事だけは記憶に残っている。

 実際に詳細の記事を読むまでもなく、一輝は時宗の言葉をそのまま信用していた。

 

 

 

 

 

「そろそろ学園の着く時間だね。君の件は内閣からも学園に対しての要望を出してある。君が拘束されている件も含めてね」

 

「あの、どうしてそこまで」

 

「それを君が知る必要は無い」

 

 話しやすい人物ではあるが、どこか信用できない部分を一輝は感じていた。

 実際に時宗が内閣官房長官である事は、今乗っている車を見て理解している。通常のハイヤーだけでなく、周囲を囲む護衛は少なくとも何かしらの武術を学んでいる事は間違い無かった。

 気配を絶ち、周囲の警戒を続けている。以前にアルバイトで護衛をしたからなのか、一輝もまた、目の前の人物が相応の人間である事を確信していた。

 振動を感じさせない運転はただ只管学園に向っている。見た事がある景色だからなのか、一輝もまた無意識の内に安堵に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の件は何かと迷惑をかけた様だね」

 

「いえ。我々としては黒鉄の事は信じていましたので。学園内でも特に問題になる様な事もありません。所で今日はどの様な件で?」

 

 理事長室の主でもある黒乃は、珍しく畏まった様子で来客と話をしていた。幾ら学園内であっても、目の前に居るのは政府の中枢に居る人間。ましてや破軍学園そのものが国営である以上は、何時もの様な態度で接する事は出来なかった。

 出されたお茶で喉を潤しながらも、目の前の男の真意を読もうとする。

 しかし、生来より権謀術数の世界で生きてきた人間からすれば、黒乃の眼力程度では何も読む事は出来なかった。

 

 

「大した事じゃない。偶々黒鉄君とは政府の代表として話をしたいと思っただけでね。折角だから、ここで予選会の様子も少し見せて貰おうかと思ったんだよ」

 

「その程度であれば、我々も特に問題はありませんが……」

 

「確か、今日は皇女殿下が対戦するんだったね。今回の件もあったから、一度はA級と呼ばれた人間を見るのも今後の見極めには必要だからね」

 

 時宗の言葉に黒乃は食えない男だと判断していた。

 元々学内の対戦カードは外部には知らされていない。何かしらの伝手を使ったのであれば知る事は容易いが、問題なのは、ステラに関する言葉だった。

 見極めとは何を意味するのかが判断出来ないだけでなく、万が一の際には政治のカードとして使われる可能性を含んでいる。

 今回の件に関しても、学生のやる事で本来は済むはずの内容。しかし、相手が皇族である以上はある意味ではやむなしと考える部分もあった。

 

 

「ああ、特に皇女殿下の事を政治のカードに使うつもりは無いから安心してくれても良いよ。何を考えているのかは知らないけど、我々を舐めてかかるのはどうかと思うよ」

 

「……いえ。そんな事を考えていた訳ではありませんので。ただ、今回の件もありましたので、私の立場としては生徒を護るのは当然ですから」

 

 先程とはまるで別人であるかの様に時宗の雰囲気は一変していた。

 これまでに幾度となく戦って来た為に、黒乃もまた人の感情の機微には敏感になる。常に穏やかに見えるこの男こそが、現内閣の懐刀であるのは周知の事実。

 怒気なのか殺気なのか。僅かに混じったこの気配は少なくとも黒乃に警戒心を持たせるには十分だった。

 そんな中での意を突かれたあまりの変化に、黒乃は僅かに気後れしていた。

 

 

「とにかく、今回の件は学園としても色々思う所はあったかもしれないが、既に解決してるからね」

 

「我々としても政府の、官房長官の任についている方がここで嘘を言う必要も無いと考えていますので」

 

「そう言ってもらえると有難いね。済まないが、案内してくれないかい」

 

 気が付けば時間もそれなりになっていた。

 既に一輝はここに来てから医務室に直行となっている。衰弱した肉体を作り上げた毒物は完全に排出された訳では無い。一刻も早い解毒作業の為に、これから明日にかけては絶対安静となっていた。

 既に知っている事実には何も口は出さない。今回の件も恐らくは何らかの事があっての話だと黒乃は内心考えながらも会場へと案内していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これまでに幾度となく聞いたアナウンスだからなのか、始まった瞬間YESのボタンを押す。既に予選会の終盤になって怖気づく様な人間が居ないからなのか、そのアナウンスもどこか形骸化していた。

 ボタンを押した事によって目の前の扉が開く。訓練場まで続く廊下の先に居るのは、これまでに無い程の強敵である事を認識しているからなのか、一歩づつ歩きながらも時間を惜しむかの様に脳内では色々な対策を練っていた。

 

 

「来たか。まさかここで当たるとはな」

 

「そうね。でも可能性はゼロじゃなかったわ」

 

 これまでに無い程の圧力がステラの全身を襲い掛かる。

 これまでに一輝と一緒に鍛錬をした事はあったが、実際にこうやって対峙した事はこれまで一度も無かった。

 元々ステラはこの予選に於いては相手の情報を見る事もなく、戦う事を信条としてきた。

 

 常在戦場。誰もが知っている人間だけと戦う事は無い。しかし、その考えすらも目の前の男は覆す程だった。

 改めて見たデータはまさに脅威的。前半の不戦勝を除けぼ、対戦相手の全てが事実上の秒殺だった。

 

 五体満足で返って来た確立は零。何らかの損傷を伴ったドクターストップが全てだった。

 今回に限ってだけステラが見たデータはまさに異質。恐らくこの学園の中では刀華を凌ぐ最悪の相手だった。

 今のステラにとって、国際基準でもある魔導騎士ランクなど最初から無い物だと考えていた。

 事実、恋人でもある一輝はF級。龍玄に関してもE級でしかない。これが学園に来る前のステラであれば油断したかもしれないが、今のステラに慢心する気持ちは無かった。

 闘う前の気持ちで負ける訳には行かない。そう無意識に考えたからなのか、ステラは対戦相手でもある龍玄をねめつけていた。

 

 

「そうだな。幾ら知り合いだと言っても遠慮はするなよ」

 

「当然よ」

 

「ならばA級の力とやらを見せてくれ」

 

 ざわついていたはずの会場は突如として静まり返る。先程までは事前のアナウンスによる会場のボルテージは高まっていたが、お互いの発する闘氣が周囲に広がる事によって、会場内は強制的に静まり返っていた。

 

 

 

 

 

《LET's GO AHEAD!》

 

 

 無機質なアナウンスが流れる。これから始まるのがどんな戦いになるのかを誰もが予測出来ないからなのか、会場内の観客は思わず息を飲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステラの目の前に立っている風間龍玄はある意味では異常としか言えなかった。

 少なくともこれまで戦ってきた相手はステラの事を一定以上は警戒していた。魔導騎士ランクA級は伊達では無い。歴史の流れに名を刻む人間の殆どがA級であったのは事実であると証明されている。

 勿論、ここに来るまでの本国ではそれが半ば当然の扱いとなっていた。戦う前は勇ましい事を言っても、結果的には『才能が』の戯言で終わる。それを嫌ったからこそ、ステラはサムライの国でもあるここに来ていた。

 価値観を壊したのは黒鉄一輝。F級である事を盾にする事無く自身の能力だけを只管高め、学生の頂点を目指している。ステラに対しても特別な事を言った事は一度も無く、またそんな事すら関係無いと互いに同じ道を歩んでいた。

 それがあるからこそ慢心は無い。少なくともステラはそう考えていた。

 

 しかし、今回の対戦相手でもある風間龍玄はその対極と言っても過言では無かった。

 A級である事は何も気にしない。ここまでは一輝と同じだが、そこから先は決定的に違っていた。

 対峙する龍玄の目には、自分は何も映っていない。恐らくはその辺に居る有象無象と同じ扱いをしている様に感じていた。

 これまでに何度か見た剣技や槍術はステラの目から見ても一線級だった。にも拘わらず、本人の固有霊装は篭手。()()()()()()()の剣ではなく拳が主体であっても変わらない業は、ある意味では畏怖を抱く程だった。

 固有霊装を顕現する。その瞬間、目の前の龍玄からは濃密な殺気が漂っていた。

 これまでは気配すら感じさせない隠形が主体だったはず。僅かではあったが、ステラの思考はそちらに流れていた。

 

 

「が、はっ……」

 

 試合開始のブザーが鳴った瞬間、濃密な殺気が霧散していた。

 気のせいでは無く、確実に龍玄が解いただけの話。認識を改めた瞬間に待っていたのは、あり得ないはずの拳が自分の腹部を貫かんとした事だった。

 消え去るかの如き移動速度はステラも認識すら出来なかった。幾ら身体強化で補ってもなお有り余る衝撃。これが通常の状態であれば確実に内臓の幾つが破裂する程だった。

 腹部に受けた衝撃が全身に広がり背部へと突き抜ける。

 開幕速攻を理解していたにも拘わらず、龍玄の攻撃はステラの予測の上を軽々と超えていた。

 

 

「これで終わりじゃないだろ?」

 

「と、当然よ」

 

 まるでステラが立ち上がるのを待っているかの様に龍玄は何もしなかった。

 何時、どのタイミングで懐に飛び込んで来たのかが分からない。ステラの脳裏には何時か聞いた抜き足の技術だとは思ったものの、本当にそうなのかと言われれば答えはどこにも存在しなかった。

 胃の内容物が出る事は無かったが、肺に入っていた空気は一気に吐き出される。

 まるで鉛でも仕込んだかの様な拳は、まさに凶器としか言い様が無かった。

 

 本来であれば、巫山戯るなと言いたい所だったが、生憎とそんな事を言うつもりは無かった。

 下手に言葉を口にすれば待っているのは容赦ない追撃。実際にこれまで対峙した相手の殆どがこの一撃で沈んでいた。

 ステラもまた、少しだけ意識が飛びそうになっている。予想を遥かに上回る攻撃に、今までイメージしてきた戦略が全て無意味な物へと成り下がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら龍も見極めをつけるつもりみたいだね」

 

「相手がA級ですから、間違い無いでしょう」

 

「って事は皇女様は呆気なく負ける事は無さそうだね」

 

「初撃をまともに受けたのであればそうなりますね。ですが、あれを完全に躱せる人間は我々も早々いません、精々が小太郎様位かと」

 

「なるほどね……龍も全力は出して無さそうだしね」

 

「ここで全力を出す様なレベルは無いでしょうから」

 

 時宗は蹲るステラを見ながら独り言の様に呟いていた。

 実際に龍玄の初撃を見切る事が出来た人間は片手も居ない。ギリギリ見えたのは寧音と黒乃位だった。

 今回の戦いを見学しに来ていた刀華やカナタもまた見えていない。これまで見知ったそれであるからなのか、時宗は背後に居る秘書にだけ聞こえる様に言葉にしていた。

 

 

「ですが、折角国交をとしたのに、ここでこんな事をして良かったんですか?」

 

「対戦相手に関しては何も言えないね。それにA級が負けただなんて喧伝するはずも無いさ」

 

 秘書の正体は朱美だった。元々学園内部に護衛を入れると、何かと目立つ可能性が高い。だったら、朱美が秘書と兼任した方が目くらましになると考えた末の行動だった。

 気配を感じさせない存在はまさにうってつけ。時宗は龍玄がこの学園でどんな戦いをしているのかを笑みを浮かべながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まさか、こうまで違うなんて)

 

 ステラは先程の攻撃から未だ回復しきれていなかった。

 身体強化を施してなお、この攻撃。常識から外れたこれは、あまりにも理不尽だと思える程だった。

 衝撃を受けた瞬間、全身の骨がバラバラになる感覚はこれまでの人生の中で感じた事は一度も無い。

 母国に居た際は勿論の事だが、一輝と対峙した際にもこうまでの衝撃を受けた事は無かった。

 視線の向こうでは、未だに視界がチカチカする。龍玄の攻撃力の高さは理解したつもりだったが、実際に攻撃を受けた事によって、これまでの予想を大幅に上方修正していた。

 

 

「顔見知りだからと言って油断でもしたか?」

 

「そんな……訳、無い……でしょ」

 

 睥睨する視線に、ステラはかろうじて返事をする事だけは出来た。本来であれば追撃があるはずが、そんなそぶりは微塵も無い。これが万全の状態であれば確実に憤るが、今のステラにはそんな事すら出来なかった。

 これまでに幾度となく流れたはずの警告のアナウンス。この予選会で命の危機を感じたのは初めてだった。

 

 

「折角だ。それなりのレベルで相手をしてやる。それが嫌なら全力で抗うんだな」

 

 観客には聞こえない程の声だからなのか、お互いがその場から動かない事に観客は疑問を浮かべていた。

 かろうじて何かを言ってる事を理解しているのは時宗と朱美だけ。刀華とナカタはこれまでの龍玄の性格から考えて推測の域に留まっていた。

 未だに微動だにせず、ステラから視線を動かさない。今の龍玄はステラが動くのを待っている様だった。

 

 

 

 

 

「この程度で上を目指そうとしてるのか?」

 

 ステラは意識を正常にし、自身の固有霊装の『妃竜の罪剣』を正眼の位置へと構える。

 龍玄に言われるまでも無く、上を目指そうと鍛錬を続けているのは言うまでも無い。あの道場での出来事の後も、ステラは一輝と共に鍛錬を続けている。

 時折龍玄と一緒になる事はあるが、それは偶然による所が多かった。

 基本となるべき動きを基に、その意味を正しく理解した型を執り行う。本来であれば応用できる動きを取る方が良いかと思われたが、基本を崩してまで応用に染まろうとは考えていなかった。

 

 本当の事を言えばステラもその考えが無い訳では無い。しかし、龍玄と一緒になった際に聞いた話が記憶に残っていた為に、派生よりも基本に忠実である事を優先していた。

 それと同時に、これまで意識した事が無かったゆっくりとした動きをステラもやってみると、意外な発見もあった。

 緩やかに動く事によって筋肉の動きを把握出来るだけでなく、自分自身が気が付かない程度のレベルの剣筋の乱れも発見していた。

 漫然とした動きをした事はこれまでに一度も無い。ある意味では龍玄が師とまでは言わなくとも、その考え方に共感したのは事実だった。

 基本こそが全ての根源。それは対峙している龍玄が一番理解している。先程の一撃に反応出来なかったのは自分の鍛錬がまだ甘いのだと認識していた。

 

 

「私の今出来る事を身を持って知る事ね!」

 

 ステラは力む事無く重力に身を任すかの様に動き出していた。

 無拍子に近い動きに観客の一部から驚きの声が聞こえる。本来であればステラが学ばない限り知らないはずの動き。本人は何度か龍玄の動きを見ていたからなのか、半ば無意識に近い行動だった。

 

 事実上の無拍子からの一撃。大剣は無駄な動きを省き、そのまま龍玄へと襲い掛かっていた。

 大気を斬り裂かんとする刃は袈裟斬りの様に肩口から龍玄の胸部へと向かっている。

 これまでの対戦相手であれば確実に斬り裂いたそれはステラの攻撃の中でも最大級の物だった。

 

 

 

 

 

 スリークォーター気味の斬撃は龍玄に多大なダメージを負わせると思える程だった。

 無駄の無い斬撃は最短を疾る。何もしなければ確実に鮮血が舞うのは当然だった。

 

 

「この程度なのか」

 

 呟きとも取れる程の声量だったからなのか、この場で聞こえたのはステラだけだった。

 迫り来る斬撃を目に、動揺する色すら見えない。構えすら作っていない龍玄にステラの刃は空を切っていた。

 確実に届いたと思った刃はそのまま地面を叩く。ミリ単位で見切ったからなのか、ステラの放った刃はまるで龍玄の体をすり抜けた様だった。

 ステラだけでなく、その場にいた観客の誰もが驚愕の表情を浮かべている。

 誰もが直撃したと思った光景が、ものの見事に裏切られた事に会場からは声一つ聞こえる事は無かった。

 

 

「一流の剣なのは間違いないが、それだけだな。怖さが無い」

 

 地面に叩きつけた事によって生じた隙を龍玄は見逃す事は無かった。

 地面を叩いた衝撃が僅かに手に残る。時間にしてコンマ数秒の世界。

 先程までステラの間合いの外だったはずの体躯は既に攻撃の範囲にまで潜り込んでいた。

 

 剣を戻すよりも早く龍玄の猿臂は再度ステラの腹部に直撃する。

 幾ら身体強化をしても、全てが完全に護れる訳では無い。

 絶対的な隙でもある、攻撃した瞬間の緩んだ筋肉は龍玄の放った攻撃を余すことなく自身の体躯に刻み込んでいた。

 

 苦悶の表情を浮かべ、ステラはそのままたたらを踏む。そこに待っていたのは止めと言わんばかりの蹴りだった。

 回し蹴りの様に弧を描くのではなく、直線的なそれをステラは自身の霊装で辛うじて防ぐ。決して使ってはいけない防御の方法は今のステラにとって完全に悪手だった。

 剣の腹を見せたのであれば、そこから攻撃に転じるにはそれなりの手順が必要とされる。

 僅かに刀身に視線を向けた瞬間、ステラの視界は反転し、体躯は宙に浮いていた。

 防御に集中しすぎた為に、それ以外に意識が向いていなかった。

 手首を取られた事によってそのまま自然とステラは何も出来ないまま放り投げられる。幾らステラと言えど空中で動く事は不可能だった。

 

 

「自身で味わえ」

 

 移動する事無く地面へと向かう体躯を幾ら動かそうとしても出来るのはその軌道が僅かに動く程度。今のステラは完全にただの的だった。

 一言だけ告げた龍玄は届かないはずの空間に向けて拳を繰り出す。

 学園内でこれが何なのかを理解しているのはカナタだけだった。

 

 大気の塊が銃弾の様にステラの下へと突き進む。これが物理的な銃弾であればステラも反応出来たはずだった。

 しかし、初見の今は何が起こっているのかを理解出来ない。認識できたのは数多の大気の塊が自身の体躯に着弾した後だった。

 物理法則を無視するかの様にステラの体躯は縦方向から横方向へと虚空で弾け飛ぶ。

 大型車に撥ねられたかの様に弾け飛んだ光景に、会場は再度静まり返っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、ひょっとしてかなり手加減してる?」

 

「当然です。幾ら予選会でも事故死は拙いですから。そうで無ければ、()()は無駄死にした事になります」

 

()()は別にどうでも良いんだよ。実際には、こちらの()()()()()()()()()交渉が楽になった程度なんだし」

 

「あまりこの様な場で言う内容ではありませんので」

 

「あれ、君が振ってきたんだよね」

 

 互いに軽口を叩きながらも、龍玄とステラの戦いを時宗は何時もと変わらない態度で眺めていた。

 事実、時宗が口にするまでもなく龍玄は予選会用に従来の力の大半を制限している。

 幾らA級の魔力で身体強化をしたとしても、龍玄の一撃はそれすらも貫通する程だった。

 血を吐く事も無く何とか動ける以上はステラの防御を褒めるのか、それとも龍玄の制御を褒めるかのどちらかだった。

 一般の生徒はステラの防御に意識を向けているが、龍玄の本来の能力を知っている二人からすれば上手く制御している程度でしかなかった。

 お互いの動きが止まったかと思った瞬間に繰り出された攻撃は、以前にも鍛錬を続けていた『遠当』の亜種。

 必殺の一撃ではなく牽制用だと理解しているからこそ、この戦いはある程度の目的を持っている事が知られていた。

 

 

「さて、皇女殿下はどっちなんだろうね」

 

「さぁ。私では計り知れない部分の方が多いですから」

 

 A級が歴史に名を刻むとは言うが、正しくはそれが全員に当てはまる訳では無い。

 これまでにも何人ものA級の人間が現れたが、実際に名を遺したのはほんの一握りだけだった。

 そもそもランク付けは、対外的な目安でしかなく、運命を従える事が出来るのは類稀なる魔力の恩恵に近いと時宗は考えている。運命の枠組みをたかが人間如きが判断出来るはずがない。少なくともそれが持論だった。

 そこから弾かれた人間は全てが自分の能力だけで生きる。それを見ているからこそだった。

 

 故にステラの力が本当の意味での金剛石なのか、それともただの硝子珠なのか。ここに来たのは、一輝を送る為ではなく、どちらかと言えばその見極めの為だった。

 色々と言葉を紡げば、怪しまれる可能性もある。しかし、ついでと言われれば断るにも相応の理由が必要だった。

 最初から勝ちが決まっている結末。自分の目で確認出来るからこそ、今回の戦いの結末によって今後の考えを左右させる試金石としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ終わりだ」

 

「……まだやれるわ!」

 

 口ではそう言うが、既にステラは満身創痍だった。

 力ではなく業で翻弄されると同時に、この戦いに関しては完全に魔力の事は置き去りにされていた。

 抜刀絶技を使用する為には、僅かながらでも集中する必要がある。しかし、常に至近距離で攻撃を出される事によって、それは完全に封じ込まれていた。

 僅かでも意識を離せば、待っているのは致命的な一撃。これまでに培ってきた剣術が何一つ通用しない事実にステラも内心では迷いがあった。

 幾度となく腹部に撃ち込まれた攻撃によって口の中には鉄錆の味が残っている。既にスタミナも残っていない。

 辛うじて構えが出来るのはステラ自身の矜持による物だった。

 それに対し、龍玄は試合当初と何も変わらない。攻撃の全てが無力化された事実を突きつけられていた。

 

 

「そうか。だが、これ以上は無駄に過ぎん。これで沈め」

 

 そこから先は会話にすらならなかった。

 目の前に居たはずの龍玄の姿が捉えきれない。ステラが気が付いた時には既に強烈な足払いによって自身の体躯は宙にあった。

 その瞬間、強烈な拳がステラへと降り注ぐ。事実上の死に体の状態にステラは反撃すら許されなかった。

 何度目かすら分からない衝撃によって地面に叩きつけられる。その時点でステラの意識は完全に途切れていた。

 

 

 

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