試合開始直後の硬直した時間は、それ程長くは続かなかった。
実際に何を考えてるのかが分からないままに時間だけが経過すれば、どちらに軍配が上がるのかは判断できない。少なくとも、これまでとは明らかに違う刀華の様子を見た一輝はそう考えていた。
このまま窺うよりも、ある程度揺さぶりをかけるのも一つの手かもしれない。少なくとも一輝は自分が感じる違和感を払拭する事が出来ると考えていた。
躰の重心を僅かに動かしながらも、刀華への視線を区切る事はしない。些細な行動ではあったが、大きな一手だった。
「何だか違う様な………」
「どうかした?」
「何だか東堂先輩が何時もとは違う様な気がするんだよね」
「確かに言われればそうだよね」
新聞部に所属する日下部加々美は眼鏡越しに映る光景に違和感を持っていた。
隣には同じ部の人間が座っているからなのか、加々美の呟きの様な言葉に辛うじて返事をしていた。
これまでの戦闘方法からすれば、今日の刀華のやり方は明らかに異質と言うよりも違和感だけしか感じ取る事が出来ない。実際にこれまでのやり方は、一気に燃え盛る焔の様に苛烈な戦いをしている。それに対して今回の様に明らかに『待ち』の姿勢で始まるそれは確実に違っていた。
お互いが睨み合う光景はそれ程珍しい物ではない。互いの出方を伺う事が、これまでにも何度かあったからだった。しかし、東堂刀華に関してだけはそれが一切適用されていない。
自身の能力を過信する事無く、自信を持った戦いはある意味では王者の風格があった。
しかし、今回に限ってはそんな雰囲気は微塵も無い。だからこそ、今回の様な立ち上がりに二人も違和感を持っていた。
「何だろう。本戦に向けての予行なのかな」
「黒鉄君相手にそれは無謀だと思うけど」
「って事は、何かの戦略なのかな」
これまでに一輝が対戦した相手はその殆どは完封に近い勝利を収めていた。敢えて言うならば、初戦の桐原戦が一番苦戦した程度。それ以外に関しては見ている側からしても安定した物だった。
これまでの様な能力だけで判断するのではなく、実戦能力を重視したからこその結果。そう考えれば、刀華が一輝を侮るはずが無かった。
だからこそ、戦法の変更には違和感だけが残る。これが何時も接している人間であればそれが何なのかは気が付くのかもしれない。しかし、只の観客からすればその違いが何なのかは知る由も無かった。
(自分で言っておいて何だけど、本当に厳しいな)
一輝は今朝がた龍玄と話した事を改めて思い出していた。刀華の基本的な攻撃はクロスレンジによる斬撃を得意とする。一部には中距離攻撃を仕掛ける事もあるが、基本的には牽制程度の使い方をしていた。
当然ながら中距離の攻撃に態々当たる必要性はなく、本人も牽制だと割り切っている為にそれ程恐怖を感じる事は無かった。
牽制をしながら一気に間合を詰め、そのまま一撃必殺とも取れる斬撃で斬り捨てる。これが刀華の
対戦相手が誰であったとしても、そのやり方は一様に変わらない。
不変の攻撃を理解して、尚上回る攻撃を仕掛ける。対峙するまではそう考えていた。しかし、いざ開戦した途端、その動きは一転する。動ではなく静の動きを見せた事によって一輝は慎重にならざるを得なかった。
フェイントをかけながら不可視の攻防が続く。小細工をするはずがないと考えていた相手の行動は、単なる思い込みの産物だったと改めて考えさせられていた。
刻一刻と過ぎ去る時間。この戦いに時間制限は特に設けられていない。しかし、何も無いままが続けば最悪は没収試合になる懸念もあった。
本戦出場だけを見れば一輝は仮に引き分けであっても出る事は可能。それは、これまでの星取を見れば直ぐに分かる話だった。
これが一輝以外の人間であればそう考えたに違いない。しかし、自分の実力を信じてここまで来た側からすれば、それは望まない結末だった。
『待ち』の状態の相手と闘うのは相応の技量が要求される。一輝もまた、同じ事を考えた末の行動だった。
正式に習った訳では無いが、恐らくと言った概要を用いて抜き足の様な行動へと移行する。この技術が完全に自分の物になっていなくとも、ある程度の間合いを詰めるには最適だと考えていた。
刀華を見据えるが、現時点では隙が殆ど見当たらない。事実上の特攻にも似た行動ではあるが、一輝はそのまま果てるつもりは毛頭無かった。
無意識の中で自分の心が沈んだ様にも感じていく。その瞬間、一輝は後の事を色々と考える事を放棄していた。
三、二、一メートルと距離が詰まる。一輝は既に自分の態勢に都合の良い部分だけを完全に受け入れていた。
不安を持ったままの斬撃が届く道理は何処にも無い。一輝は迷う事無く一本の放たれた矢の様に疾駆した。
(やっぱり血が足りない……でも!)
自身に迫る一輝を前に、刀華は昨日の自分をなじりたいとさえ考えていた。
実際にあれがあったからこそ、今の自分が居る為に簡単に考えるのは性急かもしれない。しかし、血が足りない今、刀華が出来る事は限られていた。
迫る一輝との距離を正しく目測する。自身の斬撃が届くまで、あとコンマ数秒だった。
これまでの様に力を込めた斬撃は確実に弾かれる。力が足りない事を嘆く前に、刀華は敢えてこれまでとは対極になる行動に出ていた。
力ではなく、業のキレだけでの対応。只でさえ血が足りない今、下手な事をすれば直ぐにガス欠にまで追い込まれるのは考えるまでも無い。
だからと言って、刀華もまた一輝に勝ちを譲るつもりは無かった。
力が足りないのであれば、キレだけで凌ぐ。それが刀華の出した答えだった。
実際に業のキレがどれ程なのかはこの身を持って体感している。正確に飛ぶ斬撃に、添えるかの様に迫る白刃に対し、脱力からの一撃を繰り出していた。
完全に攻撃に入れば弾かれるのは言うまでも無い。だからこそ、まだ攻撃の起点のままを狙っていた。
この状態であればまだ力の差は存在しない。奇しくも、これまで刀華が小太郎にやられた事を実践していた。
鋭く響く金属音。脱力からの一撃は、一輝の突進を完全に止める事に成功した。
「ま、それしか無いか」
「あ、何か言った?」
「いや、何も」
一輝と刀華の激突に誰もが思わず息を飲むほどだった。
少なくとも伐刀者同士の戦いの殆どがKOKに代表される様に、どこか激しい物が殆どだからだった。
しかし、目の前で繰り広げられるそれに、KOKの華々しさは何処にも無い。敢えて言うのであれば剣豪同士が互いの間合いを確保すべく剣戟を合わせていたからだった。
実際に互いの霊装が交差する回数は極めて少ない。少なくともお互いの技量を大よそでも知っている人間からすれば疑問に思う程だった。
龍玄が呟いたのは互いの状態、特に刀華がどんな状態であるのかを理解したからこそ出た言葉。隣に居た寧音ですら拾えない程の音量。龍玄の目に映る二人の姿を見て何を思うのかは誰にも解らなかった。
「まさかとは思ったけど、こんな展開になるとはね」
「こっちの方が面白いだろ?」
「それは玄人が思うだけさね。素人からすれば地味な戦いだよ」
お互いの視界に映る攻防は寧音の言葉通りだった。
一輝の斬撃は刀華へと向かうも、その大半はどこか不完全なままに出されていた。
勢いはあれど、キレが無い。これまで一輝の戦いを見てきた人間であれば、この戦いは明らかに何らかの不調を抱えているのでは、と思う程だった。
キレが無い斬撃は受け流す必要すらない。刀華もまたそれを見切る事によって連続して攻撃する事を阻んでいた。
起点を潰されずに攻撃をするとなれば、自分が描く理想の状態から大きく逸脱するしかない。その結果得られるのは攻撃したと言う結果だけだった。
これが格下相手であれば問題にはならない。しかし、刀華クラスまでなればそれは致命的な隙でしかなかった。
一輝もまた、それがもたらす結果がどうなるのかを理解している。その結果、強引な態勢からの攻撃はどこか腰砕けな印象を与えていた。
「だが、目が肥えた人間からすればハイレベルだと思うんだろうな」
「良く言う。そんな事、微塵も思ってないくせに」
周囲に聞こえない程の会話だからか、寧音と龍玄に視線を向ける人間は誰も居なかった。
互いに大技を使う程の隙を与えるとは思わない。まるで一瞬でも見逃した瞬間に決着が着くのではと思う程の攻防は、会場の特定の人間以外の視線を引きつけていた。
「さぁな。俺がどう思おうと勝手だろ?」
「違いないね。だけど、なんで一気に昇華したんさ?」
「そんな事、俺が知るか」
「けち臭いね」
寧音の目から見ても刀華の今の状態が、明らかにこれまでとは違っているという事だけは分かっていた。
自分の能力を過信する事無く、冷静に分析出来れば戦場で命を散らす事は無い。勘違いした実力によって自惚れた瞬間、死を迎えるのは良くある話だった。
これまでに学生の身で特別招集によって戦場に赴くそれは、ただ単に人を斬る事だけを重視した結果。そこに人間性は一切考慮されていなかった。
その結果、歪に育った感情は誰にも気が付かれる事無く刀華自身をひっそりと浸食していた。しかし、今の刀華にはそんな感情は何処にも無い。純粋に自分の技量を損失無く打ち出し、ただ一輝にぶつけているだけだった。
幾ら戦場を生き抜いた人間であっても、何らかの形で歪みは生じる。それを如何に修正するのかは各自の技能次第だった。
今の刀華は確実に淀む事無く純然たる技量だけで一輝を迎撃している。この短期間で何があったのかを寧音は知りたいだけだった。
小太郎に並々ならる感情を持つのであれば、それに近い龍玄に何らかの影響を及ぼす。それを見越したからこそ話しかけただけだった。
短い会話をしながらも寧音もまた妹弟子の技量を余す事なく見ている。内面が異なる剣筋は確実に良い方向へと向かっていた。
実際に一輝の斬撃は刀華にまで届こうとする程だった。
既に幾度となく放った斬撃はことごとく刀華によって撃ち落とされている。本来であれば悔しいと嘆き、憤る場面でもある。しかし、当の一輝はそんな感情は何処にも無かった。
これまで抑圧されたかの様に何処か相手の様子を伺う事無く振るった斬撃は、どこかボケている様にも感じていた。
遠慮をすれば勢いがなくなり、また剣筋が鈍る。その結果として手厳しい反撃を受けるのは当然の事。
しかし、目の前に戦う東堂刀華に関してはその括りには入らない。研鑽した刃を振るおうにも、鋭い攻撃によって起点は潰されている。
仮に斬撃が入ったとしても斬る事は出来ても、それだけで終わる可能性の方が高かった。
だからこそ、今の自分が持つ力量を遠慮なく叩きつける事が出来る存在は極めて貴重だった。
決してステラが不満ではない。その根底にあるのは純粋な技術だけに特化した戦闘であるからだった。
一合、二合と鋭くなり続ける剣閃は、やがて自分を捉えるかもしれない。本来ならば危険だと判断するかもしれない。
本能が叫ぶかの様な取り止めの無い感情を一輝は無意識の内に押し殺していた。
(まさか業のキレだけで抑えられるなんて!でも何かが変だ)
内心では感嘆しながらも一輝の刃が止まる事は無い。幾らランクが上の伐刀者と言えど、体力の限界は必ず来る。今日の刀華の顔色が僅かに違う事に当初は何の違和感も持つ事は無かった。
しかし、戦闘が始まり互いの刃が幾度となく交わった際に、一輝は不意に思う部分があった。
何となく刃が脆い。刀華と対峙したのはこれが初めてではあるが、手に持つ刃にはどこか儚げな様に感じていた。
固有霊装は魂の強さとも言われている。幾ら表面上は取り繕う事が出来ても、肝心の固有霊装を誤魔化すまでは出来なかった。
そう考えると、今日の刀華の動きの違和感が徐々に繋がっていく。何故と言った疑問は持たず、今はただ現状を理解するだけに留めていた。
荒唐無稽かもしれない可能性。恐らく刀華は何らかの事由によって体調が完全ではないかもしれない。そんな感覚が一瞬だけ過っていた。
(ならば!)
これまでの連撃を狙った攻撃を一輝は完全に放棄していた。
だからと言って、それを刀華に言う必要は何処にも無い。見えない刃は見えないからこそ意味がある。既に一度見せた刃は脅威ではない。刀華は業のキレだけに特化しているのではなく、そうせざるを得ない状況にある。一輝はこれまでの経験を紐解くと同時に、その可能性に光明を見ていた。
これまで以上に隕鉄を持つ手に力が入る。まるでそれが合図だと言わんばかりに一輝はこれまでとは明らかに違う剣筋を見せていた。
隕鉄の刃がまるで一輝の持つ気迫をそのまま顕現したかの様に一瞬だけ煌めく。その姿は獲物に喰らい付かんとする獣そのものだった。
(まさか、気が付かれた!)
一輝のこれまでの様な連撃を重視した攻撃が一転し、正反対の攻撃へと切り替えていた。
業を出し惜しむのではなく、出す素振りだけを見せそれをフェイントの一つとして動き出していた。
重い一撃。考えられる可能性は、こちらの状況をしれた事しか考えられない。こちらに迫る一輝の眼が、刀華の予感が真実である事を確信していた。
横薙ぎに迫る刃はこれまでとは違い、明らかに体重が乗った一撃。何時もの体調であれば鎬を使った受け流しか、そのまま受けて止める選択肢があった。
しかし、今は明らかに通常とは異なる。大よそながらに感付かれたとして確証される訳には行かない。
誰よりも理解しているからこそ刀華はあまり使いたくなかった魔力を視力に込めていく。閃理眼による電気信号の視覚確認が一輝の方針変更を物語る様だった。
これまで見た事が無い程の強い電気信号が一輝の全身を駆け巡る。
完全に刀華の状態を見切った証左なのか、刀華の目に映るそれに澱みは一切見えなかった。
当然ながら刀華も無為無策のままに斬られる筋合いは無い。反撃の一手を探るべく、見切りを使って回避するしかなかった。
(やっぱり間違い無い!)
一輝がこれまで持っていた違和感が確信に変わるまでにそれ程の時間は必要とはしなかった。
たった数合合せただけで分かったのは、明らかに力が足りない点。攻撃の起点を潰されはしたが、それでも攻撃に繋げる事が出来たのが何よりの証拠。
これが万全であれば起点を潰された後に待っているのは手痛い反撃だった。
それが無いのであれば答えは一つ。仮に手負いだと分かっていたとしても一輝の置かれている立場では手加減をする余裕は何処にも無かった。
だからこそ、早い決着で全てを終わらせる。手品はタネが分からないからこそ神秘性を持つが、それが分かればそのまま終わる。
幾ら刀華のクロスレンジが結界だと言っても、これまで龍玄と何度か立ち会った一輝からすればある程度の計算が成り立っていた。
──────結界は防御の面では堅牢なのかもしれない。しかし、逆の言い方をすればこちらから攻め込めなければ手痛い反撃を受ける事は無い。
一輝がこの刹那の攻防で感じた感覚から出たのは、そんな取り止めの無い事。
結界は護る事に関しては一級品かもしれない。だが、それだけの事。
そこからは一切怖いと思う感情は湧かない。だからと言ってそれを放置すれば試合は一向に終わる事は無く、また時間の経過と共に自分の方が不利になるかもしれない。
一輝はそんな取り止めの無い事を考えていた。
実際に手負いだとしても刀華と一輝には決定的に異なる点があった。
実戦による、戦闘経験の差。
幾ら自己鍛錬を続けたとしても、戦闘によって養われた経験は見ただけでは手に入らない。
対外的には刀華は既に特別招集によって戦場を経験している。安全に守られた試合ではなく、命の直接のやり取りをする経験を持つ方が最悪の場合には有効だった。
幾ら欲しがっても手に入らない物は仕方がない。無い物ねだりが身を滅ぼす事がある訳には行かないが、だからと言って油断出来るものでも無かった。
些細な事で、内容が容易くひっくり返る。今の刀華を見たからなのか、一輝はそんな事を視野に入れながら一気に勝負に出ていた。
振りぬくだけでなく、常に残心を作ることにより反撃を防ぐ。
渾身の力を込めた攻撃は確かに威力はあるが、その分隙も大きい。それを防ぎ、早期に決着をつける為の行動に迷いは無かった。
(まだまだ!龍はこんな物じゃなかった!)
一輝は身体強化の為に魔力を行使し、自身の抜刀絶技でもある『一刀修羅』を行使する。それは自身の持つ魔力量が他に比べても圧倒的に少ないから。
ならば高効率化する事によって自身の持つ身体能力をより高みへと乗せ、昇華した先にあった物。当然ながらそこには魔力と言う触媒が必要不可欠だった。
しかし、今の一輝は既に魔力を使う事無くそれに近い水準にまで達しようとしていた。
一合、二合と加速する斬撃。既に一輝は自身の事後の事など完全に脳内から捨て去っていた。
龍玄とは数える程しか一輝は対峙した事が無い。実際にはそれが本当の意味での戦いだったのかと言われれば首を傾げるしか無かった。
事実、龍玄は異能を使う事無く、それに近い攻撃を繰り出してる。これが伐刀者と一般人の違いであれば賞賛するのかもしれない。
しかし、お互いが伐刀者である以上はそれ程の差異は無いと考えていた。
多少は違うかもしれないが、明らかに不可視の刃が飛ぶ時点で尋常ではない。刀華のクロスレンジの様に一定量の距離を置けば安心だとは決して思えなかった。
──────獲物を狙う虎口の中に手を突っ込める事は可能なのか。餓狼の群れの中心に飛び込む事は出来るのか。
生か死の二択しかないと思わせる程に龍玄との対峙はある意味では恐怖だった。
接近しなくとも相手の意志さえあれば、自分の命は簡単に散る。それが自然だと思える程だった。
殺気すらなく、まるで周囲を漂う空気の様に龍玄は対象者に攻撃を仕掛ける。あって当然の空間にあるそれは、明らかに異質だった。
それに触れたからこそ距離さえ取れば安心出来る。そんな緩い考えをこれまでに一度も持った記憶は無かった。
無意識の内に全身に魔力が流れ始める。半ば無意識に近い感覚で一輝は攻撃を開始した。
「焦り過ぎだ。馬鹿が」
一輝の攻撃は少なくとも会場の誰もが純粋に凄いと思える程だった。
剣術の剣の字すら分からない人間であっても思わず息を飲む程の迫力。そんな雰囲気に呟いた龍玄の越えは隣に座っていた寧音の耳にも届いていた。
この空間でそう感じたのはこの二人だけ。それ程までに一輝の攻撃の凄まじさを、会場の人間はただ見るより無かった。
「思ったよりも短慮だね。まだまだ未熟か」
集中力の高さがそうさせるのか、攻撃する一輝の全身には魔力が漂いだしている。一気の抜刀絶技でもある『一刀修羅』それが行使されているのと同じだった。
実際に意識して使っている訳では無い。だからこそ、その効果は弱い物だが、持続時間は長くなっていた。
(ここで決める!)
一輝の剣質が徐々に変貌すると同時に、刀華もまたこの戦いの終焉が見え始めたと考えていた。
一刀修羅は自身の魔力を垂れ流すかの様に制御する事無く爆発させる。その結果、待っているのは意識の喪失だった。
今の時点で一輝の攻撃がそれに近い事は何となく分かる。しかし、ここで気が付いたとしても従来のそれと同じ効果を発揮する事は無いと考えていた。
瞬間的に爆発させようにも、今の時点で魔力は僅かに漏れている。少なくとも今の刀華にとって一輝のこの攻撃は僥倖だった。
事実上の抜刀絶技を出した攻撃を凌げば、勝ち筋が見える。だからこそ、ここが一つの勝負所だった。
これまで閃理眼だけで留めた魔力ではあるが、血が足りない現状では何時もの様には振舞えない。自分の中にある魔力量の残りが視覚化出来る訳では無い。己と向き合った感覚が全てだった。
ここが勝負の分かれ目。
刀華もまた残り僅かな魔力を爆発的に燃焼するしか無かった。
迫る刃を見切ると同時に、一輝には悟られない様に魔力を練り上げる。所々に見える反撃の箇所を見逃しながら、刀華はこの後に起こるであろう結果を放棄していた。
殺気も闘志も燃やす事無く虎視眈々とその瞬間を見定める。刀華は自身の中でカウントダウンを開始していた。
「イッキ…………」
互いの戦いを知る者が居れば、終焉は間近である事は容易に知れる。
お互いがこの後の事を考える必要は無いと思える攻撃は、見る者全ての視線を一気に奪う。それ程までに一輝と刀華の戦いは重苦しい物だった。
どんな理由があって刀華がそうしているのは分からない。
見る側からすれば疑問を抱き、また、他の視点からすればお互いが技量を確認するかの様に戦っている様にも見える。それはステラもまた同じだった。
一輝の攻撃が何時もよりも荒々しくなっているのはステラには直ぐに分かった。
決して戦いに呑まれ訳では無い。純粋に集中していたが故の結果だった。
当然ながら一刀修羅に近い魔力が一輝の全身を覆っている。無意識の発動だと感じたからなのか、ステラはそれ以上何も出来なかった。
これが戦場であれば、自分が一輝のフォローをしたのかもしれない。一旦は冷静さを作り出す事が出来るかもしれない。
しかし、この場は一輝と同じ場所でではなく観客席の一つ。声を出しても届くとは思えなかった。
二人を取り巻く空気が重苦しく周囲を支配する。ステラもまたその空気に呑まれつつあった。
これまで一輝が繰り出した斬撃は回避が出来ない物を除いて刀華は全て見切っていた。
ミリ単位では無理だが、少なくとも三センチ程度であれば見切る事が出来る。閃理眼を使用せずともその位は可能だった。
しかし、ここに来て一輝の斬撃の質が大幅に変化する。
これまでに無い程の圧力を持ったそれは、刀華から見切りの能力を奪うかの様だった。
目測を誤れば自分の躰に斬撃が入る。純粋な武技から、伐刀者らしい戦いへと変化しつつあった。
従来の刀華であれば望むべき展開だが、今に至っては完全に不都合でしかなかった。
霊装の強度が落ちている今、下手をすれば叩き折られる可能性がある。
そうなれば瞬時にして終了となるだけだった。
だとすれば、やるべき事はただ一つ。己の残った力を全て出し切るだけだった。
「黒鉄君。そろそろ終わりにしませんか?」
「奇遇ですね。僕も同じ事を考えていました」
刀華の肩口を狙った斬撃を紙一重で回避する。
既に腹を括ったからなのか、刀華の口からは自然と言葉が出ていた。
それに呼応するかの様に一輝もまた同じく距離を取る。奇しくも試合開始と同じ場所での再開だった。
口ではああ言ったものの、実際には互いに満身創痍に近い物があった。
凶行に及んだ戦いで反撃を受けた事により、多量の血を失っている刀華には、残された物はそれ程多くない。
魔力にせよ体力にせよ、実際にはギリギリだった。
一方の一輝もまた同じだった。
半ば無意識の行動とは言え、魔力垂れ流しの状態になった事で抜刀絶技でもある『一刀修羅』をまともに使用する事が出来なくなっている。
実際に残った魔力はほぼ一撃を振るう程度だけだった。
互いの言葉が互いの状況を助け合う。ある意味では助かった部分はあったが、実際にはそれをどう活かすかが勝敗の要。
互いの言葉が出ると同時に、この一撃が全てを終わりへと導く。無意識の中での合致を知る者は誰も居なかった。
序盤とは違い、互いに牽制は必要ない。ここから出されるそれは、両者の矜持を賭けたそれ。準備は終わっているからなのか、既に言葉すら惜しいと言わんばかりの空気になりつつあった。
一触即発。
まさに今の空気はその言葉を体現している様だった。
お互いの視線が僅かに交差する。それが終焉の引鉄だった。
「いやぁああああああ!」
「うぉおおおおおおお!」
両者が獣の咆哮の様に叫ぶと同時に、一気に距離を詰めていた。
限界の中の一撃。咆哮の先に会ったのは夥しい赤が撒き散らされた後だった。