普段であれば慌ただしいはずの空間は、完全な静寂を作り上げていた。
元々はまだ国会の開催では無い為に、その隙間を縫うかの様に幾つもの細かい案件が時宗の元に届けられていた。
国会対策は勿論の事、それ以外にはここ最近起こった外交問題など言い出せばキリが無い。世間が思う程、官房長官の役職は暇では無かった。
積み上げられたファイルに片っ端から目を通す。既に首相でもある月影獏牙は自身の選挙区に居るからなのか、総理官邸のコントロールは事実上、時宗が仕切るよりなかった。
一向に減る気配がないファイル。これが何時もであればそのまま流すが、ふとした違和感がそこにあった。
ファイルの発信元は内閣情報調査室。その中でも非公然情報に時宗の目は留まっていた。
「官房長官。どうかされましたか?」
「少しだけ気になる事があったんだけど、このソースって実際にはどうなの?」
「それですか?私としては特に感じる物はありませんが………」
時宗の言葉に情報官は少しだけ考えた素振りを見せていた。
時宗が指した情報は誰が見てもそれ程気になる事ではない。事実、内容もまた一部の重工業の部品関係が活発に活動している程度の事だった。
情報官が気になる要素は何処にも無い。事実、時宗もまた初見ではそう考えていた。
しかし、内容を更に読み込めばそこには僅かに歪さが感じられていた。
重工業が活発に動き先にあるものが何なのかを知れば、ある意味では当然の結果が予測されていた。
周囲には感じる事が出来ない程に時宗の胸中が苦々しい物になる。目の前にいる情報官もまた時宗の心中を察する事が出来ない一人だった。
「気にならないなら構わないんだけどね。時間を取らせて済まないね」
「いえ。そろそろ時間ですから、私はこれで失礼させて頂きます」
情報官の言葉に時宗は改めて時計に視線を動かしていた。
気が付けば既に短針は十を指している。気のせいとは言ったものの、内心は穏やかでは無かった。
「そうだね。こんな時間までお疲れ様」
「お疲れ様でした」
時宗もまた大きく伸びをして躰をほぐす。誰も居ない静まり返った空間に、時宗は自身の携帯電話からとある番号をコールしていた。
水中を見渡す限り、視界に飛び込む物は何一つ無かった。
既にかなりの時間を水中で過ごすが、体力に限界を感じさせない程に泳ぐ速度が落ちる事は無い。一かき事に鍛えられた体躯は瞬時に前へと進んで行く。何も知らない人間が見れば、その速度は脅威としか取れない程だった。
プールの壁面に手を付けるのではなく、その場で回転し、脚でそのまま蹴りつける。勢いを増した速度を維持するかの様にひたすら動きが止まる事は無かった。
「随分と苛め抜いたのね。何かあった?」
水面から顔を上げた先に会ったのは黒のビキニを纏った朱美の姿だった。
元々は鍛錬の為に来ていたプールだが、時間帯が微妙だったからなのか、周囲には誰も居ない。泳ぐ事を重視していた龍玄は競泳水着だったが、朱美は鍛錬をするつもりは無いからなのか、プールサイドに置かれたチェアに腰を下ろしていた。
「特に何も。久しぶりに泳ぐのも悪くは無いと思ったんでな。で、お前こそ何でここに?」
龍玄の問は尤もだった。元々今回の予定では朱美率いる朱雀は周辺の情報収集を行っているはず。部隊での単独であればまだしも、今回の件は小太郎から直接指示を受けている内容だった。
頭領の指示であるならば反故にする道理はない。龍玄もまた、青龍として部隊を率いているからこその疑問だった。
「私がここに来ているのは任務よ。頭領からの指示だしね」
「頭領がか?」
普段であれば、公共の場所で小太郎の名を出す事はこれまでに一度も無かった。
世の中に絶対と言う言葉は無い。当然ながらここでも誰が聞き耳を立てているのか分からない。本来であれば隠語を使用するが、幸いにもこの場には人の気配は感じられなかった。
「ええ。実際には内閣からの忠告と言った方が正解かしら」
「何があった?」
「あれで話すわ」
朱美の言葉に龍玄もまた先程とは違った意味での緊張感を高めていた。
内閣が絡むのであれば依頼の可能性が高い。事実、朱美がもたらすのであれば情報の大半は機密事項だった。
周囲に視線を動かす事無く気配を探る。誰も居ない場所だと認識したからなのか、朱美もまた単語を出す事によってその重要性を示唆していた。
『葉擦れ』と呼ばれる技法は周囲に気が付かれない様に互いの会話を成立する話法。盗聴防止の意味合いが多い為に、公共の場でも活躍する事は多かった。
幾ら周囲に人の目が無かったとしても、会話の内容を把握されていないとは限らない。
だからこそ、無意識の内にそれを利用していた。
「成程な。って事は、近日中に大きな何かが起こると判断してるのか?」
「そうね。これまでの事を考えれば可能性は高いわね。でも、最終的には頭領の決定よ」
「あれがこんな依頼に遠慮するはずがない。勿論、時宗だって理解してる。毟り取れる好機を態々逃すとは思えんがな」
「そうね。偶には高額依頼も必要よね」
時宗個人ではなく、内閣が絡むとなれば内容は限りなく極秘扱いだった。
実際に伐刀者で編成された軍を動かすとなれば、関係各所に根回しが必要となっていくる。しかも、今回の内容は下手をすれば内閣が転覆する可能性もあった。
そうなれば関係各所に情報を渡せば渡す程に漏れるのは間違いない。しかし、今回に限ってはそれだけでは無かった。
警察では何かがあった場合に火力が足りない。かと言って、傭兵に依頼するのは憚られる内容。
しかし、見方を変えればある意味では使い勝手は良かった。
万が一があったとしても容易に見捨てる事が出来る。人的な意味では有効だった。
勿論、その全てが良い事づくめではない。万が一鹵獲された場合、多大なリスクを負う可能性があった。
最悪は情報流出の危険性もあった。世間から見れば傭兵は報酬が全て。場合によっては報酬の多寡であっさりと翻される危険性もあった。
しかし、風魔に関してだけはその限りでは無かった。風魔小太郎と言う人物がどんな性格をしているかと言うよりも、北条家との繋がりを考えればある意味では強固な関係性であるとも考えられていた。
内閣に組閣された際に、一部の近代史が先代より引き継がれる。それは大戦の暗部とも取れる内容だった。
何も知らない人間はその事実に疑いを持つが、機密文書の中にも記されている為に、信憑性は高かった。
大戦の英雄と呼ばれた南郷寅次郎もまだ健在の為に、裏取りをする必要も無い。内閣ではなく、寧ろ戦勝国としての急所を握られているからこその対応でもあった。
事実、傭兵の中でも伐刀者と非伐刀者で混成された組織はある意味では特異な存在。
時の権力者がどちら側でも配慮出来る点は極めて有効でもある。ましてや、現時点で官房長官を時宗が勤めている間は信頼関係は確実だった。
だからこそ厳しい内容の依頼が集中する。小太郎もまたそれを理解しているからなのか、報酬額は常に高止まりしていた。
「今はまだ調査中なんだけど、少しだけ厄介な事もあるのよ」
「今度は何があるんだ?」
「少しだけ私達にも関係があるのよ」
何時もとは違った表情をしていたからなのか、朱美の表情に龍玄もまた訝し気な表情となっていた。
自分達に関係があるとすれば、それは抜けた人間に関係する物。それが意味する事は何なのかは言うまでも無かった。
「まだ確認中なんだけど、厄介な部分があるのよ。今はまだ情報の検証が必要なんだけど、今回の件に乗じる可能性は高いのよ」
「参考に聞くが、今回の件とどう関係があるんだ?」
「そうね………」
龍玄の言葉に朱美もまた少しだけ思案顔をしていた。現在調査中ではあるが、内容はかなり厳しい部分にまで及んでいた。
仮にこの情報が正しいと仮定した場合、かなり厄介な火種になるのは容易に素想像出来る。
人的な被害が無かったとしても、信用と言う意味ではかなり厳しい物。当然ながら依頼されるとすれば厳しい内容になるのは当然だった。
だからこそ朱美もまた慎重にならざるを得ない。口から出た内容に龍玄もまた思案するより無かった。
「また、面倒な事になりそうだな。だが、何で今頃?」
「それは分からない。でも、既に入国してるらしいのよ」
「………で、小太郎はどうするって?」
「今は静観。まだ目的がはっきりとしない以上はこちらから動く必要は無いだろうって」
朱美の言葉に龍玄もまた眉間に皺が入っていた。
ここ最近になって、ブラックマーケットの動きが活発化し始めている事は朱美から聞いただけでなく、自身もまたニュースを見ながら何となくでも予想していた。
しかし、今回の情報が本当であれば厄介な火種が向こうから飛び込んで来た事になる。以前の様な根来衆とは違った来襲は、少なからず自分達にも大きな影響を会与えるのは必至だった。
「小太郎がそうなら俺達も同じだ。ただ、警戒態勢は一段だけ上げておこう」
「そうね。こちらも動きが分かれば直ぐに知らせるわ」
「そうだな」
面倒事そのものは嫌いではない。しかし、今回のそれに関してだけは例外だった。
敵対するとなれば確実に骨が折れる。戦闘狂の自覚はしているが、それでもやはり来るべき戦闘を考えれば面倒以外の何物でも無かった。
心情がそのまま出たのか、僅かに溜息が漏れる。重い話はここまでだと言わんばかりに朱美は少しだけ笑みを浮かべて話題転換を図っていた。
「そう言えば、この前のデートは楽しかった?」
「デート?何の事だ」
「ほら、車貸したでしょ。相手はカナタちゃんじゃないの?」
「ああ、あれか。あれはそんなんじゃない。少しだけ教え込んだ際に問題があっただけだ。この前のあれは、ただのフォローだ」
「へぇ。そんなんで態々あの店で買うの?」
朱美の言葉に龍玄は少しだけ警戒していた。朱美は恐らくはカナタから何かを聞いている可能性があった。
元々詫びとして引き裂いた服の代わりを購入しただけの話。金額の多寡はともかく、一着だけではとの考えがあっての事だった。
勿論、龍玄自身が朱美に話をした記憶は毛頭ない。だからと言って朱美を見た記憶も無かった。
少しだけ嫌な予感がする。予測は出来たが、朱美が何を考えているのかまでは判断出来なかった。
「普段から自分が着ているブランドの方が馴染むと思っただけだ。それがどうかしたのか?」
「何を考えているのかは知らないけど、普通はあんな店で買わないわよ。カナタちゃんだってそう考えてるわ」
「そうか?俺はそう思わなかったんだがな」
「………これだから貴方は」
まるで残念な人を見るかの様な視線を朱美は投げつける。それと同時に一つの言葉を投げかけていた。
「いい。
「それこそ無いな。そもそも債務者に絆されるなんて事が一番あり得ない」
「本当にそうかしら?」
「………どう言う意味だ?」
何気ない会話ではあったが、朱美の言葉に龍玄は改めて訝しく思い出していた。
事実、報酬をまだ貰い受けていない時点で、カナタはまだ債務者でしかない。期限こそ決められているが、その意味合いはほぼ同じだった。
当然ながら債権者としての意味合いで龍玄はカナタの下に送り込まれている。それが解決しない時点で、龍玄がカナタに対し何かをする事は無かった。
だからこそ、朱美の意味深な言葉に警戒する。そんな龍玄の感情を図ったからなのか、朱美もまたそれ以上は深く追求される事を嫌っていた。
「まだ秘密。そんな事よりも、先にやるべき事があるんじゃないの?」
「まだ俺の所にまで情報は降りてきていない。出来る事は限られるだけだ」
強引な話題転換ではあったが、龍玄もまた同意したからなのか、問題となる部分を優先していた。
実際に何が起こるのかは予測出来ないが、それでも用心に越した事は無い。それ以上は言うべき事も無いからなのか、龍玄は再びゴーグルとキャップを被り、そのままプールへと飛び込んでいた。
水しぶきがそれ程起こる事は無くとも、その速度は常軌を逸している。水の抵抗など最初から無かったかの様にただ泳ぎ続けていた。
「だって。残念ねカナタちゃん」
「私はそんなんじゃありませんよ」
朱美の背後に居たのは競泳水着に着替えたカナタだった。
本来であればカナタはここではなく、七星剣武祭に向けての合宿に同行する予定だった。
しかし、学生でありながらも経営者であるからなのか、カナタだけは他のメンバーとは日程を変更していた。向かった先がまだここから近いからなのか、カナタもまた明日の朝一番から移動する予定だった。
「でも、服は嬉しかったんでしょ」
「まぁ………それはそうですが」
「あいつはね、基本的には自分の事にしか拘わらないのよ。破軍に通う様になってからは少しは変わったのかもしれないけど。まさかカナタちゃんにお金使うなんて初めて聞いた時には驚いたわよ」
「そう……なんですか?」
「そうよ。私だって払って貰った記憶は殆ど無いのよ」
朱美の何気ない言葉にカナタは少しだけ驚いた表情を見せていた。
確かに龍玄は風魔としての稼ぎがあるのは知っているが、自室の冷蔵庫に詰める食材以外に何かを買う様な素振りは殆ど見た事が無かった。
以前に隠れ家的な店に行った際に聞いた話も、あくまでも一人で行くだけの話であって、誰かが追従する様な事は一切無い。
基本的に風魔の人間がどんな生活しているのかはカナタとて何も知らない。普段は早朝から鍛錬をしている事は知っているが、それだけだった。
これまでの同居生活で何とか知れる程度。だからこそ、朱美の言葉にカナタは驚く。
独善ではないが、それでも自分以外の事に眼中が無いと思われた人間の意外な行動はただ驚愕するだけだった。
だからなのか、カナタの顔は自然と赤身を帯びていく。これまでの様に令嬢としての役割を果たすべく生きてきたのではなく、どちらかと言えば一人の人間としての感情を持つカナタに、朱美はただ笑みを浮かべて眺めるだけだった。
「折角来たんだし、少しは泳いだらどう?」
「そうですね。時間もそれ程ありませんし」
「帰りは送ってあげるから安心して」
カナタにウインクを一つ飛ばし、朱美もまた同じくプールへと飛び込んでいた。
龍玄の様に速度を活かすのではなく、ゆったりと時間をかけて泳ぐ。
肉体の疲労を抜くかの様な泳ぎにつられたからなのか、カナタもまた同じ様にプールへと飛び込んでいた。
「まだまだ精進が足りんな」
「まだやれる!」
壮年とも取れる程の年齢を重ねた男は、まだ若く荒々しい斬撃を容易く防いでいた。
青年の日本刀に対し、壮年の男が持つのは薙刀を彷彿とさせる一本の槍。穂先が異常に長く、周囲には穂先を囲むかの様に刃が付けられている。
刀と槍の絶望的な間合だけでなく、扱う力量もまた天と地程の差があった。
自分の持てる力を出さんと、鋭く放つ斬撃を男は容易く防御する。槍の持ち手でもある部分は木製であるのは理解出来るが、防がれた際に感じる手ごたえは金属に近い物だった。
傍から見れば一方的な攻撃。しかし、防ぐ男の表情にはまだ余裕があった。
タイミングだけでなく、角度も変えながら幾重にも斬撃を重ねる。しかし、そんな青年の努力を嘲笑うかの様に男は全て防ぎ切っていた。
穂先を使う事無く石突の部分で反撃を繰り出す。事実上の死角となった地面スレスレからの攻撃を辛うじて防ぐ事が出来たのは僥倖としか言えなかった。
元々槍は刀に比べれば間合は遥かに大きい。当然ながら近づく事が困難であると同時に、接近戦に置いてはそれ程脅威は無いはずの物。
しかし、それはあくまでも通常の形状であればの話。
穂先をギリギリまで引きつけると同時に、カウンターを入れる為に接近すれば刀にも勝機はある。一輝とてそれは当然の様に理解していた。
だが、今はそんな緩い考えを持つ事が出来ない。
尋常ではない速度で来る刺突をギリギリで避ければ、待っているのは横に出た刃が斬りかかる未来。しかも、戻しがある為に今度は背後にも気を配る必要があった。
『宝蔵院流槍術』十文字槍の恐怖を一輝はまさに身を持って体験していた。
「踏み込みがまだ甘い。その程度の斬撃など遅い!」
「あ、ありがとう……ございました」
「まだまだ精進が足りん。小手先の業に頼るな。その程度の人間は掃いて捨てる程に居る。地力が足りないならば基礎を忘れるな」
まるで児戯だと言わんばかりの言葉ではあったが、その言葉には重みがあった。
恐らくは、こうまで厳しい戦いをした事はこれまでに一度も無い。周囲を見れば他も同じだったのか、誰もが肩で息を弾ませていた。
「それと、黒鉄とか言ったな。貴殿は我らの流派と戦った経験があるのか?」
「いえ。一度もありません」
「その割には手慣れた様にも感じたが」
男の言葉に一輝はここ最近の事を思い出してた。予選会の中で槍を主体とした人間と対戦した記憶は無かった。
確かに男が言う様に槍の間合いは一気にとっては厳しい物ではあったが、初見では無かった為にそれ程のダメージを受ける事は無かった。
記憶をそれなりに遡る。何かを思い出したのか、一人の名前を出していた。
「そう言えば、龍とやった記憶があった」
「龍?ひょっとして風間龍玄の事か?」
「はい。あの……ご存じなんですか?」
龍玄の名前が出ている事に一輝は驚いていた。
それもそのはず。ここがどこなのかを正しく理解すれば、龍玄の名が出た時点で異常としか言えなかった。
ここはKOKではなく、闘神リーグの出場者であれば誰もが知る場所。槍の強豪でもある興福寺の子院。既に失われていると思われた流派の総本山だった。
「そうか。あやつなら仕方がないな。そう言えば、最近もここに顔を出していたな」
壮年の男性は流派の師範代。本来であれば一手指南すらも憚られる人間だった。
闘神リーグの二位。そんな人間が顔を憶えている事実に一輝だけでなく、今回参加したメンバーもまた驚いていた。
「あの、実際の所はどうなんですか?」
「あやつは、ああ見えて流派の奥伝まで習得している。あれ程の才を持ったのは久しいな。リーグに出れば確実に上位は間違い無いだろう」
男の言葉に一輝は内心やはりと言った感情を持っていた。
最初に会った際には嗜む程度と聞いている。にも拘わらず、奥伝を使えるとなれば最早嗜むどころの話では無くなっていた。
「まだ上があるんですね」
「お前達はまだ入り口にすら立っておらん。伐刀者として異能の才は必要なのは間違いない。だが、それを前面に出せば確実に自分達の首を絞める事になるだろう。常に整えられた環境下で戦えるはずがない。それに気が付くかどうかが重要だ」
今回の参加者は事前の行動とは異なった為にメンバーは少数精鋭だった。
異能を中心として戦う人間は今回の合宿の趣旨には合わない。真っ先に体力を失うのが目に見えるからだった。
都内某所では破軍学園の要請を受けた事により、急遽強化合宿を開催していた。
本来であれば学園が持つ所有地での合宿ではあったが、事前にあったトラブルにより今回の使用は禁じられていた。
元々七星剣武祭は他の学園との交流もまた側面として持っている。
本来であれば使えないのであれば他の学園との合同合宿も考えられていたが、今年に限っては手の内を晒す訳には行かないからと、各所に打診をかけていた。
当然ながら伐刀者と非伐刀者では戦闘方法は大きく異なる。ましてや今年の出場者もまた武技ではなく異能寄りの戦闘方法が多かった。
当然ながら万が一の事があれば責任問題にまで発展する。その為に目的地の選定は難航していた。
そんな中、提案をしてきたのは理事長の黒乃ではなく寧音だった。それぞれの持ち味を活かしながらも問題視する必要が無い場所。心当たりがあったからなのか、黒乃のまた寧音に選定場所を一任していた。
決まったのは関東圏にある某所。あまり名の知られていない寺だった。
場所だけ聞けば誰もが疑問に思う。しかし、寧音から出た言葉に誰もが異論を挟む事は無かった。
「寧音。我らは良かったが、お前達は本当に良かったのか?」
「当然さね。ここなら他に迷惑も掛からないし、何かがあっても安心出来る。ならば使うのは道理さね」
「相変わらず豪胆だな。仮に断られたらどうするつもりだったんだ?」
「ほら、そこは……師繋がりって事にさ」
「相変わらず適当だな。だから風魔にも目を付けられるんだろうが」
「あ、あれは……ただ忘れてただけだったんよ」
「そうか。だが、業界では割と有名だぞ」
「マジ……で?」
「そんなくだらない事で嘘を言う必要があるのか?」
西京寧音は誰も知るKOKのトップ選手。基本的にはKOKの選手が他の団体で戦う事は早々無かった。
当然ながら寧音の隣に座る男性は寧音とは顔見知りでは無い。そうなればこの場所の提供の可能性はあり得ない。
それを繋げたのは寧音の師でもあった寅次郎だった。
『闘神』の異名は伊達では無い。過去の人になれば栄光が忘れられないと思われるが、寅次郎に関してはその前提が異なっていた。
既に第一線から身を引いてかなりになるが、それでも当時の状況は今もなお語り継がれている。
苛烈な攻撃と冷徹な判断。寅次郎の前に立つ者は無いとまで言われた存在感は、今もなお健在だった。
当然ながら、ここでも闘神の名は轟いている。寧音が依頼する前に寅次郎からも事前に話だけは聞かされていた。だからこそ突然の要請にも異論を挟む事無く破軍の生徒を受け入れていた。
「さて、今日はこれ位にしよう。この後は食事をとって今朝の続きだ」
男の言葉に一輝だけでなく他の人間の顔も引き攣ってた。ここが寺である為に、出てくる食事は全てが精進料理。
朝のお勤めから夜のお勤めまでの間に鍛錬を行っていた。お客扱いではなく、同じ修行僧として扱う。
実際には細かい部分での規約はあるが、それ以外に関しては案外と大らかだった。
「まさかここまで厳しいなんて聞いてないんだけど」
「でも、学生同士よりは良いと思うけどね」
ステラの呟きか愚痴とも取れる言葉に一輝もまた内心ではステラと同じ事を考えていた。しかし、これが鍛錬であると考えた場合、極上の環境だった。
KOKではなく、闘神リーグの苛烈さを考えれば、どれ程の実力が必要なのかが自然と分かっていた。
学生であれば未来を見据えるのは当然の事。漠然と歩む事を考えれば多少の暗さはあっても照明があった方が何かと分かり易かった。
今回のメンバーの中で一輝と刀華だけが頭一つ抜きんでていた。
実戦による戦闘方法では異能は使わない。ここに居る数人もまた同じ事を考えたからなのか、純粋な戦闘技能を高める事を優先していた。
学園の中での訓練は基本的な事が多く、戦闘技能に関しては異能の得手不得手がある為にある程度の妥協が必要だった。
しかし、ここではその妥協は一切無い。寧ろ、脱落を速める様に思える程の過酷な物だった。
健全な肉体を作り上げる為に健全な精神を養う。早朝からの鍛錬に慣れている一輝としても、厳しいと思える程だった。
一輝でこうなら当然ステラは更に厳しい。ここに来てまだ二十四時間も経過していないにも拘わらず、既に長くここで修業している気分を味わていた。
「さて、そろそろ食事の時間だ。貴殿らも直ぐに支度をしてくれ」
一人の男の声に、誰もが移動する。ここでの食事は事実上の憩いに等しかった。
周囲には何も無い。だからこそ食事だけが癒される基となっていた。
ステラもまたその言葉に少しだけ機嫌が良くなる。
それだけ抑圧された環境は学生にとっても過酷な物だった。だからこそ食に対するこだわりは強いはずだった。
「ステラ。僕達も行こうか」
「………そうね。行きましょう」
寺であるが故の事情。少なくとも精進料理をステラはそれほど好んではいなかった。
基本的には何でも食べるが、やはり肉が恋しい。だからなのか、足取りは少しだけ重い。そんなステラに、一輝もまたフォローを入れる事は困難を極めていた。