英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第42話 世界の一端

 強化合宿も三日目。既に生徒の殆どは疲労のピークを迎えていた。通常の鍛錬であれば子ほど疲弊する事は無い。しかし、この環境がそうさせるからなのか、誰もが肉体だけであく精神にまで及んでいた。

 明らかに上位者との戦いは常に肉体を酷使するだけでなく、思考までもが戦闘時に並行しなければ直ぐに弾き飛ばされる。この時点でついてこれる人間は一輝とステラ、刀華の三人だけだった。

 

 

「何だか本当の意味での苦行よね。これって」

 

「でも、今回のこれはかなり有意義だと思うよ」

 

「それはそうだけど……」

 

 ステラが言い淀むのは無理も無かった。

 実戦形式での訓練は常に自分の身をすり減らす。精神が乱れた瞬間に待っているのは容赦無い連撃だった。

 槍には非殺傷用に鞘が被されている。当然ながら安全面を考慮した結果だった。

 しかし、それはあくまでも槍単体で考えた場合の話。少なくとも戦闘時には殆ど役には立っていなかった。

 

 刃が無くともその(わざ)のキレだけで容易く皮膚が裂ける。既に貸し出された道着は初日でズタボロだった。

 殺気を感じさせず淡々と攻撃が繰り出される。少なくとも槍を武装した伐刀者との経験が無ければ初手で意識を飛ばされるのは当然の結果だった。

 かと言って、その技術が無駄になる訳では無い。闘神リーグの雰囲気を肌で感じる事が出来るのは、ある意味では貴重な経験だった。

 

 

「そろそろ時間だ。本堂に行こうか」

 

「私、あのメイソウだっけ?あれ苦手なのよね」

 

「そう言えば、結構やられてたよね……」

 

 二日目になって行われた坐禅の時間にステラかかなり苦労をしていた。

 これまでに足を組んだ事が無い為に、常に焦りを生んでいる。当然ながら穏やかとは正反対の状況は誰が見ても落ち着きは無かった。その結果、短時間で幾度となく警策で叩かれる。

 叩かれた瞬間に感じる痛みに精神は拍車をかけて不安定になっていた。話では聞いた事はあっても、実際に経験するとその限りでは無い。ステラが突出して目立ちはしたが、他の生徒もまた幾度となく肩を叩かれていた。

 

 

「流石は精神が不安定なだけはありますね。やっぱり落ち着かないのは性格以外にも邪念があるみたいですね」

 

「何よ。シズクだって叩かれたじゃない」

 

「私は最初だけです。それに、あれは憎くて叩くのではなく、寧ろ頑張る様にとの励ましなんです。そんな住職の思いを無駄にするなんて考えられません」

 

 珠雫の正論にステラは何も言えなかった。実際に精神を落ち着かせる事によって、いかなる状況下でも冷静になる事を主とした鍛錬は誰もがそうだと感じていた。

 幾ら超人的な能力を行使しても、意味が無ければ徒労に終わる。実際に戦闘時に求められるのは冷徹とも追われる程の合理性だった。

 一か八かの戦いは所詮はギャンブル。自分の命だけをベットするならまだしも、何かを護る為の行為となれば話は別。専守防衛とまでは行かなくとも戦場に於いてはそう言った場面は度々遭遇するからこそのこれだった。

 本来であればしっかりと説明をする事は無い。しかし、今回のこれはあくまでも学生であるからとの前提が立つ為に、簡単ではあるが事前に説明が為されていた。

 

 

「あの……二人ともそれ位にしないと」

 

「そうですね。折角本山に来たんですから、その技術は全て体得する位のつもりが良いかもしれませんね。さぁ、お兄様。こんな脚が太くてあぐらも組めない女なんて、ここに放置して行きましょう」

 

「ちょっ………待ってよ。私も行くわ。それに言っておくけど、あぐらは慣れてないだけだから」

 

「出来ない為の良い訳ですか。本当に浅ましい」

 

「何でシズクにそんな事言われないといけないのよ!」

 

 既に時間が押し迫っていたからなのか、珠雫の言葉にステラもまた急ぎだす。決められた時間がどれ程貴重なのかを知らしめる為に、遅れた人間に対する制裁は厳しい物だった。

 気が付けば既に一輝達以外は全員が居る。ステラもまた軽く深呼吸をすると同時に坐禅の為にあぐらをかいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静まり返った空間に漂うのは張りつめた空気。坐禅の時間はそれ程長い訳では無いが、精神修養の一環として組まれたスケジュールの観点からすればかなり重要な物だった。

 戦いでは冷静になれなかった人間から脱落する。一輝もまた、当時監禁された様な環境下でも勝利してこれたのは、偏に自分を見失わなかったからだった。

 時には勢いが必要な事は否定しない。しかし、それが必要なのは一瞬の事。戦いは常に自分を有利な展開に持って行く事が肝心だった。

 だからこそ、この時間を大切に考える。そんな中で思い出すのは昨日の師範代の言葉だった。

 

 

 

 

 

「あれがここに来た際には一手指南からだな。最初はよくある話だったんだがな」

 

「そんなにあるんですか?」

 

「そうだ。ここがどんな場所なのかを考えれば無い話ではない。事実、ここが今の総本山であるならば最低限でも拍が付く。我らもまたそれを容認しているんでな」

 

 これまで認められながらも中々やる事が無い道場破りは形骸化していた。

 事実、余程の実力が無い所は禁止されている程だった。これまでに一輝の記憶の中で受けたのは龍玄が使っている道場だけ。ましてやここが簡単に受けるとは思ってもみなかった。

 

 

「万が一があった場合はどうするんですか?」

 

「万が一がある訳がない。ここで出てくるのは師範代の自分か最高師範だ」

 

「………ですよね」

 

 師範代の言葉に一輝も納得するしかなかった。

 まだ少ししか指南を受けていないが、十文字槍の脅威は言葉では言い表せない。事実、今回の合宿で来ている暮葉姉妹に限って言えば、槍の固有霊装である為に、一輝達以上に絞られていた。

 学園でも基本の型は学ぶ事が出来る。しかし、そこに専門性は無かった。

 

 基本は基本として重要ではあるが、そこから派生する駆け引きまでは教えられない。後は自分達の努力に期待するより無かった。

 当然ながら槍を振り回すよりも突く事を重視し、払う事によって牽制をする。刺突一つとっても刺す行為よりも引き戻す行為を重視するからなのか、二人に関しては鍛錬の後は無残としか言えなかった。

 刀であっても結果は同じ。一輝や刀華、ステラに関して言えば、槍の穂先を活かした攻撃は最悪の一言だった。

 薙刀とまでは行かないが、その攻撃範囲はかなり広い。世間が言う所の薙刀が女子供の武器だと言うが、本当の意味は違う。

 

 

 『女子供でもひとかどの武者を斃せる武器』

 

 

 当然ながらそれ程の威力がある武器を熟練した人間が持てば、結果は見るまでも無かった。

 近寄ろうとすれば穂先だけでなく、横に付いた刃が襲い掛かり、懐に入り込んだ瞬間に来るのは穂先の反対にある石突の部分。それに油断した瞬間に蹴りが飛んでいた。

 しなやかに動く体躯は体幹が鍛えられている証拠。少なくとも学生が適う相手ではなかった。

 仮に異能を行使すれば、待っているのは強烈な反撃。異能を行使するだけの隙を逃すはずが無かった。

 当然ながら純粋な武技だけで凌ぐより無い。過去に対戦経験があった刀華もまた一輝同様に弾き飛ばされていた。

 闘神リーグの二位は伊達では無い。一輝にとって初めて職業伐刀者(プロ)と呼ばれる人間と対峙した結果だった。

 

 

「言い忘れたが、明日からは少しだけ難易度を上げる。遅れずについて来るんだな」

 

「あの……因みに龍玄はどうだったんですか?」

 

「あやつは最初から全力だ。あれもまた槍の心得はあったからな」

 

「………知ってます」

 

「実際に戦えば分かるが、あれはある意味では物事の道理でもある真理を理解している。世間が言う所の奥伝は、流派は違えど同じ場所にある様な物だからな」

 

「同じ………それがなんですか」

 

「そうだ。あれはそれを理解している」

 

 以前に龍玄から言われた理が何なのかを一輝はおぼろげに見た様な気がしていた。

 これまでに考えたイメージは口伝で行われる業の継承だとばかり考えていた。実際に流派ごとに何かがあるのは理解している。しかし、その本質が同じだとは考えた事も無かった。

 その言葉に一輝もまた新たな道が開けた様にも感じる。この合宿に来て良かった。そんな取り止めの無い事を考えていた。

 

 

 

 

 一輝の肩に不意に堅い物が触れていた。これまでに何度か感じたそれは警策の証。恐らくは昨日の事を考えた故に乱れがあったんだと判断していた。

 首をゆっくりと右に傾ける。その瞬間、一輝の肩にはこれまでに無い程の衝撃が走っていた。

 

 

「うっ!」

 

「黒鉄君。精神が乱れてますよ」

 

 本来警策の後に話かけられる事は無い。しかし、今回に限ってだけは話かけられていた。

 しかし、この声に聞き覚えが無い。黙想を続けている為にそれが誰なのかは分からないままだった。

 不意に漏れたのはある意味では当然だった。

 叩かれた衝撃が肩の表面に拡散する事無く、そのまま体内にまで及んでいる。研ぎ澄まされた一撃が故の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ。僕がここ最高師範でもある宝蔵院胤栄(ほうぞういん いんえい)。話は師範代から聞いてるよ。僕らの技術が役に立てば良いけど」

 

「今回の件、ありがとうございます。破軍学園生徒会長の東堂刀華です」

 

 お互いが笑顔での邂逅だった。今回の合宿先を聞いたのは出発の前日。寧音の怠慢ではなく、純粋に師範でもある胤栄に連絡が付かなかったからだった。

 結果的には師範代の許可が出た事によって今に至る。話は届いているとは言え、直接本人に会ったのは今日が初めてだった。

 胤栄はこれまでに会った事が無いタイプの伐刀者だった。純粋な技量を持つだけでなく、実際に寺院も同時に経営をする。その影響もまるからなのか、初見ではどうしても穏やかさが前面に出ていた。

 

 

「確か、七星剣武祭の強化合宿だったよね。実際にはどうかな?」

 

「はい。随分と勉強になっていると思います」

 

「そう。それ程構う事は出来ないけど、身になると良いね」

 

 握手をした瞬間、刀華は胤栄の手にかなりのまめが出来ている事に気が付いていた。

 少なくとも伐刀者の殆どは自身の固有霊装を使用した鍛錬を積む事が殆どの為に、手にまめが出来る事は早々無い。自分の肉体と同等であれば違和感は生じない。しかし、胤栄の手から分かる事は、固有霊装以外の手段を同等レベルでも身に付けている事の証左だった。

 先程のイメージとは違い、改めて視界に飛び込む全身は作務衣に隠れて分からない部分以外は完全に鍛え上げられていた。

 強靭よりもしなやかさを優先した様な筋肉は、筋量による重攻撃よりも、寧ろ速度を活かした戦い方を得意としている様にも見える。龍玄と対峙した際に感じられた強者の風格を胤栄からも感じ取れていた。

 

 

「ですが、基本的な事が多いので少し変化が欲しいですね」

 

「……成程。では、どうでしょうか?私と手合わせしてみませんか。寅次郎氏からも聞いてますので」

 

 穏やかな表情ではあるが、その周囲を取り囲む雰囲気は既に戦闘時へと変化しつつあった。実際に刀華もまた以前とは違った意味で自分の実力がどれ程の位置にあるのかを知りたいと考えていた。

 卒業後の進路だけではなく、世界の頂上から見た自分がどれ程のレベルなのか。そこにあるのは戦いに対する渇望の様でもあった。

 

 

「私で良ければ。それともう一つだけお願いがあります。世界の一端を教えて下さい」

 

「成程。我々と同じ領域を望むと言う事ですね」

 

 内包した熱量が表面に現れたかと思う程だった。

 師範代がリーグ二位である事は知っているが、最高師範の胤栄はどれ程なのかは案外と知られていない。

 知る人間からすればある意味では半ば常識めいた内容だが、刀華の様に一般的な人間からすれば、力量は理解するが全容が見えない為に判断すべき材料は何も無いと同じだった。

 だからこそ、刀華の放った言葉の意味を胤栄は正しく理解する。それが闘神リーグなのか、KOKなのかは分からない。名か実力のどちらを選ぶのは各自の自由だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、随分と珍しい事をしてるみたいね」

 

「どうかしたんですか?」

 

 移動中の車内では朱美が何かを察知したからなのか、呟きがそのまま口に出ていた。

 既に目的地までは目と鼻の先まで来ている。だからなのか、記憶にある氣の流れが少しだけ違っている事を察知した結果だった。

 

 

「目的地で珍しい事をしてるみたいね」

 

 フロントガラスの映る景色は少なくとも常識の範囲を超える速度で後方へと流れていた。

 車内は防音が効いているからなのか、外の世界とは完全に切り離されている様にも感じる。隣に座るカナタもまたそんな景色を眺めながらも朱美の真意が何なのかを知りたいと考えていた。

 

 

「珍しい……ですか?」

 

「ええ。これから行く場所が何処なのかは知ってると思うけど、普段はあまり居ないのよ」

 

「ですが、最高師範がここに居るのは当然なのでは?」

 

 朱美の物言いにカナタもまた誰の事を指しているのかを直ぐに理解していた。

 突然決まった強化合宿の先は興福寺。言わずと知れた宝蔵院槍術の総本山。当然、待っているのは最高師範のはずだった。

 カナタもまた事前に調べたからこそ、その疑問が出る。そんな些細な事でも教えるかの様に朱美はカナタに改めて教えていた。

 

 

「建前はそうね。でも、全国に幾つもの子院がある以上は、ある程度見て回る事になるわ。それに普段は寺としての役割もあるのよ。忙しいのは本人だけじゃないわね」

 

「そうだったんですか。ですが、今回の合宿であれば滞在している可能性も……」

 

「学生であればそうかも。実際に他の学園はプロの魔導騎士を招聘している訳だから、そう考えるのは当然ね。でも、それは前提が間違っているわ」

 

「前提が?」

 

「ええ、そうよ。かなり違うわね。学園の場合は国の管理下。その行動には何かと制限が付くのよ」

 

「そう言う事ですか」

 

 朱美の言葉を正しく理解すれば、学園の最高責任者は国になる。国営の学校である為に、その権利はより顕著だった。

 常人以上の戦力を保持する関係上、国防の一翼を担う可能性もあった。

 実際に警察からの特別要請もまたそれに該当する。以上の事から学生でありながらも実態は軍の予備役と大差なかった。

 しかし、宝蔵院に限った話では無いが一部の団体に関してはその限りではない。枠外の範疇に出た人間を制御すべき手段は無に等しかった。

 

 

「それに、プロだけが常に最前線に居る訳じゃ無いしね。今回の件に関しては、ある意味奇跡見たいな物よ」

 

「あの、それは……」

 

 朱美の正確な言葉の意味をカナタは測りかねていた。

 KOKではなく闘神リーグの本質はただ勝つ事だけ。KOKの様な洗練された物ではない。

 特に七星剣武祭に関してはプロと同等程度の放映権が発生している。

 財団でも一時はその話が出た記憶があった。しかし、放映権に関しては視聴率もかなり高い事から、参入に関してのハードルはかなり高い。特にスポンサードの費用は青天井に近い。一般的な選手ではなく、裏側を知るカナタだからこそ奇跡の意味を何となく理解していた。

 

 

「カナタちゃんが実際にどこまで知っているかは分からないけど、ある意味では良い顔はされないのよ。騎士連盟だって自分達の目の届く範囲で色々とやってもらった方が都合が良いんだし」

 

「確かにそうですね」

 

 反目している訳では無いが、ある程度形式的な物を七星剣武祭は選手に求める。当然勝つ事だけを優先すれば、その先にある未来もまた予測出来なくなるのは当然だった。

 しかし、興福寺の様に国内でも最高峰の場所であれば話は別。寺である為に、精神修養としての側面を認めるのは教育機関としての建前を構築するからだった。

 今回のカリキュラムに関しても破軍からは大よその内容が届けられている。

 その結果、破軍学園の行動に対し、政府から横槍を入れる様な真似は無かった。

 

 

「………どうやら、お互いがぶつかり合ってるみたいね」

 

 現地に到着し、車から降りた途端感じたのは激しい剣氣。互いにぶつかり合うからなのか、大気が何となく震えている様にも感じる。それが意味する行為はただ一つだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これが世界の頂上!)

 

 刀華は既に疲労困憊だった。

 これが何試合目なのかは数えていないが、そのどれもが開始から数十秒以内の出来事だった。

 鍛錬とは違い、お互いが固有霊装を展開している。

 只でさえ隔絶した実力の差があったにも拘わらず、霊装展開した途端、全くの別人と戦っている様だった。

 

 十文字槍はその特性上、回避し辛く攻撃の範囲は広い。

 突くだけでなく引いた後の事も考え無ければ、自分の首が斬り飛ぶだけ。

 その結果、行動が大きくなり隙が生じる。動けば動く程に泥沼に嵌るかの様に刀華を蝕んでいた。

 

 これまで刀華自身、槍の固有霊装を持った隠元とも対峙してきた。

 事実、昨年の準決勝で戦った諸星雄大もまた同じ槍の固有霊装。しかし、形状が異なる為に難易度は更に高くなっていた。

 学生の様な甘さは微塵も無い。

 幻想形態でで無ければ、今頃刀華の周囲は血の海と化していた。それ程までに槍術の差は隔絶している。

 苦手意識を持ったつもりは無かったが、間合の遠さに刀華は軽く絶望していた。

 

 

「何時までも睨めっこでは終わりませんよ」

 

 刀華に対し、胤栄の持つ槍の穂先は完全に正中を捉えていた。

 動きを完全に捕捉されているだけでなく、穂先の隣から出ている刃は最悪の一言だった。

 下手に交錯すれば絡めとられる。霊装である為に手放したとしても問題は無いかが、一瞬の無手で凌ぐだけの(すべ)を刀華は持ち合わせていない。

 当然ながら集中して鳴神を出すだけの時間すら与えられなかった。

 

 なす術も無い。

 

 これがある意味では世界なんだと理解させられていた。

 既に試合以上の運動量をこなしている為に汗が全身から滴り落ちる。それが熱を持つのか、冷たいままなのかは本人だけが知っていた。

 だからこそ、一矢報いる為に穂先へと視線が集中する。既に胤栄の術中に嵌っている事を刀華は気が付かなかった。

 

 

 

 

 

「あれって………」

 

「そう。あれだよ」

 

 刀華と胤栄との戦いを参加者全員が見学と言う名目で観戦していた。

 世界の頂上に座する人間と、自分達が知る学園の序列一位の戦い。事前の段階ではある程度の手加減がされると思った人間が殆どだった。

唯一違ったのは一輝だけ。

 ステラもどちらかと言えば前者に近かった。

 しかし、いざ開始した瞬間、幻想形態の穂先は刀華の首筋へと吸い込まれて行く。

 開始直後に反応する事も出来ない程の速度て突かれたと気が付くまでにはそれなりの時間を要していた。

 刀華の髪の一部が風圧でなびく。その瞬間、攻撃さらた事実を初めて感じていた。

 態と攻撃を外された事に憤りは無い。そこから先は刀華自身も異能を全開に戦闘を開始する。

 

 刃に疾る雷。反撃の狼煙が上がろうとした瞬間だった。

 刃が届く直前に攻撃の全てが叩き落とされていた。

 後の先を究極に突き詰めたそれは刀華の攻撃は愚か、刃を振るう事すら許さなかった。

 攻撃の起点を潰されれば出来る事は何も無い。まさに言葉通り、世界の一端を見た瞬間だった。

 誰もが驚愕のあまりに息をする事すら忘れる。僅かではあったが、洗練された動きに誰もが魅了されていた。

 時折、刀華が攻撃するも完全に大人と子供の様な様相。既に戦いではなく実戦形式の教えだった。

 

 そんな中、一輝とステラは一つの型に注目していた。

 それは奇しくも龍玄も使ったあの型。構えこそ違うが、その目的が何なのかは言うまでも無かった。

 蛇に睨まれた蛙の様に刀華は動く事をしない。周囲もまた訝しく思ったのか、口には出さないまでも何がくりだされるのかとジッと注目していた。

 

 

「えっ!」

 

「何で!」

 

 誰が言ったのかすら分からないの程に呆気なく終わっていた。初戦と同じく喉元に鋭く入った突きにより再度刀華の体躯は弾き飛ぶ。

 唐突な終わりに誰もが予想外の声を出していた。

 

 

「まさか、こんな所でやるんなんて………」

 

 胤栄の動きを見取ったからなのか、驚嘆としか取れない言葉が出ただけだった。

 模倣剣技(ブレイドスティール)による動きの把握の為と見学したまでは良かったが、実際に一輝がその動きを完全に盗み取る事は出来なかった。

 宝蔵院槍術に限った事では無かったが、ここに来てからの動きは基本として誰もが取得できる程度の物だった。

 当然ながら特異な歩法も無ければ体捌きも無い。そこにあるのは純然たる基本の動きを行使しただけだった。

 敢えて言うのであれば、基本の動きにしては歪みが無い。無駄を完全に切り取った動きはこれまでの鍛錬が昇華した先にある物だった。

 一輝もまたその意味を正しく理解する。それは師範代から言われた言葉の意味に通じる物だった。

 表面的な部分だけを見れば、あの領域にまでは到達出来ない。そこにあるのは才能ではなく、純然たる努力の一言だった。

 

 

 

 

 

「でも、イッキならあれは躱せるんじゃないの?」

 

「こうやって傍観者としてであれば……かな。戦闘中にあれをやられたら、正直な所分からないよ。

 それに、ただ、あれだけで完了している訳じゃないから。そこに至るまでの全ての行動が布石になってる。多分、戦闘中の看破は無理だと思う」

 

 周囲は未だ刀華がやられた理由を解析する方に意識が向いていた。

 傍から見ればなんて事が無い、只の突き。繰り出されたそれも、ありふれた程度の速度でしかなかった。

 だからこそ、安易に攻撃を受けた事が不可解に映る。一輝とステラに関しては、事前にそれを体験したからこそ理解出来る現象だった。

 

 

「案外と上手く行く物ですね」

 

「胤栄さん、あれは宝蔵院槍術の何かなんですか?」

 

「いいえ。あれは流派には無い業です。そう言えば、貴方達は風間君とは同じ学園でしたね」

 

 突然の問いかけに一輝だけでなく、ステラもまた内心驚いていた。

 先程まではあそこで戦っていたはずの人間が、突如として自分達の背後に居る。少なくとも人の気配に敏感だったはずの一輝は驚くしかなかった。

 それと同時に流派には無い業を行使し、龍玄の名前がここで出る。可能性は一つだけ。

 まさかとは思いながらも一輝は思わず確認したくなっていた。

 

 

「あれは彼が我々にやった物です。お恥ずかしながら、初見であれを破った人間は思ったよりも少なかったんですよ」

 

 以前に聞いたあれは手品の様な物だと聞いた記憶があった。

 (じつ)を求める相手に(きょ)を用いるのは並大抵の精神では出来ない。

 一か八かではないが、種が知られればそれ程難易度が高い物ではない。寧ろ、それに特化する為に、集中が必要になる分だけ厄介な物でしかなかった。

 そんな物をこんな状況下で使用する。その判断に二人は驚くよりなかった。

 

 

「僕もあれは一度だけ見ました。ですが、あれはあんな風に使う様な代物では無かったと記憶しています」

 

「……確かにそうかもしれません。ですが、あれはここぞと言うときに使うからこそ意味があるんです。少なくとも我々と対峙する人間が槍術に対する対抗策を考えないはずがありませんからね」

 

 胤栄の言葉に一輝も頷くしか無かった。

 実際に槍術=攻撃範囲の広さは誰もが知る常識でしかない。当然ながらそのイメージは他の武術に比べてより顕著だった。

 誰もが対策を立てる程に厄介な武器。それが今の伐刀者が持つ槍術のイメージだった。

 相手が対策を立てると同じく、槍術もまた進化していく。今回のそれもまた進化の中で発生した小手調べの様な物。

 虚を混ぜた為に、刀華もまた戦闘中にも拘わらず呆気に取られていた。

 

 

「そう言えばヴァーミリオン殿下は日本の文化には詳しいですか?」

 

「え、ええ。とは言っても世間並だけど」

 

「敢えて言うならば、その道を究めると言うのは事実上、あり得ないと私は考えています。特に守破離の精神があれば尚更でしょう」

 

「はあ…………」

 

 胤栄の言葉にステラは何となく理解した様な顔は作ったものの、実際には言葉の意味は解っていなかった。

 ここに来てからの鍛錬の殆どは、どちらかと言えば伐刀者である前に、一つの武芸者や修験者の様な意味合いが強かった。

 古くから伝わるだけでなく、それを時代と共に進化させる。それが今の宝蔵院槍術の根幹だった。

 古い物だけに固執しない。その意味として使用した単語だった。

 

 

「そうですね……簡単に言えば、皇女殿下が使用するそれは最初に出来てから今に至るまで変化は一度もありませんでしたか?」

 

「………そう言う事なのね。何となく分かった気がする」

 

 ステラがこれまでに鍛え上げた皇室剣技もまた、時代と共に改良が続けられていた。

 古き物が新しき物を常に駆逐できる訳では無い。その時代に応じて最適化された結果が今に至る。

 胤栄の言葉の意味は理解出来ないが、例えられた事によって理解していた。

 それと同時に、ここの師範代が闘神リーグの二位。当然ながら最高師範の名前はこれまでに聞いた事が無かった。

 これが凡愚であればなじるかもしれない。しかし、短い期間ではあるが、最高師範と師範代にある差がどれ程隔絶しているのかを肌で感じ取っていた。

 

 

 

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