平時では無かった為に、学園内部に生徒の数はそれ程多くは無かった。幸か不幸かその殆どが自主鍛錬の為に時間を割いている者ばかり。当然ながらそれなりに技量があると自負する者ばかりだった。
当然の様に訓練室を使用する為に、誰もが固有霊装を展開している。突発的な事象にも対処できるはずだった。
「まさか、こんな事になるなんて………」
「そんな事言っても解決なんてしないぞ」
一発の銃弾が世界を大きく変えていた。
伐刀者と言えど、まだ戦闘そのものを経験した事が無い人間からすれば、突然の襲撃は最悪の展開だった。
訓練施設は元々対個人としての場所の為に、遮蔽物は一切無い。一人の青年の腹部に撃ち込まれた銃弾によって、突発的な開戦となっていた。
幾ら固有霊装を装備しようが、飛び道具に対処できる人間は数える程しかいない。
その肝心の人間もまた、この場には居なかった。
七星剣武祭に出場する人間は、ここではなく他の訓練室で合同で鍛錬を行っている。ここに居たのは半ば自主的に行動していた者ばかりだった。
「でも、このままだと最後は私達も………」
「向こうだって銃弾が無限に有る訳じゃ無い。その隙を狙うしかない」
「でも、このままだとあの人は見殺しになる……」
横たわる躰からは少しづつ赤い液体が広がりだしていた。
どれ程の出血なのかは、ここからでは分からない。少なくともこのままの状態が続く様であれば、確実に命が失われる事だけは間違い無かった。
生存確率は時間ともに低くなる。だからと言って、この場から離れる事をしようとする人間は皆無だった。
一人であれば銃撃の隙間を縫うように攻撃する事は可能かもしれない。しかし、この場に居る兵士は全部で三。半ば弾幕の様に撃たれた事によって、辛うじて遮蔽物の代わりになる場所から動く事は出来なかった。
「でも、もう少しすれば誰か助けに来てくれるかもしれない」
「期待はしない方が良いと思う。仮に来るなら既に来ているはずだから」
誰が言ったとも分からない言葉ではあったが、、実際にはその通りだった。
少なくとも訓練室を無断で使用する事は出来ない。担当の職員が常に確認をしていたからだった。
当然ながら今の現状は知られているはず。自分達もさることながら、横たわった生徒もまた、時間との戦いを余儀なくされていた。
だからこそ、救援と称した誰かがここに来るはず。柄も言えぬ不安を胸にしながらも、自分達を鼓舞するよりなかった。
「幾ら何でも遅すぎる」
「だからって、俺達だけでどうにか出来ると思うか?」
「でも………」
先程よりも銃撃の数は少なくなっていた。
純粋に誰かが倒した訳では無い。此方が様子を伺う様に、向こうもまた同じ行動をしているからだった。
物陰に隠れて反撃でもすればまだしも、只隠れるだけであれば無用の銃撃は不要だった。
相手が何の目的をもってここに居るのかが分からない。
銃撃が散発になっても、未だ誰も来る気配が無いこの状況に、隠れていた誰もが不安を覚えていた。
そんな中、不意に小さな金属音が響く。跳ねた音が何を示すのかは分からない。しかし、それが新たな局面に差し掛かる何かであることに間違いは無かった。
物陰から見えるそれが何なのかは分からない。これが手榴弾だった場合、待っているのは明確な死。誰もがその転がった物に意識を奪われた瞬間だった。
「目を瞑って伏せろ!」
誰の声とも分からないものの、その場にいた全員がその声に従っていた。
床に転がった金属の塊はそのまま白い闇を作り出す。
『フラッシュバン』
非殺傷能力のそれではあったが、周囲の動きを止めるのは十分すぎる代物。
兵士が投げ込んだのは、偏にこれ以上の消耗を防ぐ為だった。
動きを止める事が出来れば伐刀者と言えど、只の人。その先に待ち構えているのは明確な未来。
応援や救援が来る前に始末する為の手段だった。
数秒だけ轟音と共に周囲を激しく照らす。それを合図に、兵士達は一気に行動に出るはずだった。
「あれ…………」
先程の影響なのか、その場に居た全員の聴覚が完全にマヒしていた。
辛うじて目を瞑った事により視覚にはそれ程影響はないが、聴覚は機能を果たしていない。
本来であれば待ち構えるのは侵入者による殲滅の銃弾だが、生憎とその可能性は皆無だった。
遠目に見えるのは先程までこちらに銃弾を撃ち込んだ兵士。立っているのはなく、完全に横たわっていた。
万が一、それがブラフであればこちらの命が危なくなる。誰もがそう考え、少しだけ様子を伺っていた。
「なあ、これって………」
「ああ。でも、結果的には俺達は助かったんだ。念の為にこいつらの武装は全部解除させた方が良いだろう」
「ちょっと待って。これって………死んで…るん…じゃ」
横たわった兵士の顔には完全に生気が失われていた。
動かない兵士にゆっくりと近づく。そこにあったのは先程までこちらの命を奪わんとする存在そのもの。
一人の生徒の言葉に、この学園内が命のやり取りを当たり前の様に行う戦場になった事を表していた。
突然の出来事に全身の力が一気に喪失する。
膝から崩れたのは、自分の命が助かった事による安堵なのかそれともあまりに違い過ぎる世界なのか、誰も判断する事は出来ないでいた。
それなりにここに居たからなのか、校舎内部を確認する必要は何処にも無かった。
既に先程の一件は自らの手で始末したものの、校舎内にまで侵入している状況は良好とは言えなかった。
ここに来るまでに四人。先程刀華とカナタと合流した際には二人が倒されている。残りは六人。正体不明の伐刀者だけでなく、兵士の存在が余りにも厄介だった。
本来であれば幾ら屈強な兵士と言えど、事実上の無抵抗の人間に向って銃を向けるのはかなり精神的に厳しい物がある。
これが通常の戦闘行為であれば自身の生存本能とも呼べる考えを押し切る為に、どうとでもなるが、今回の様なケースでは余程の事が必要だった。
だからではないが、先程と、自分が最初に手をかけた兵士の事を思い出す。まるで殉教者の様に、どこか妄信的で常識的な物が失われた様子はまともでは無かった。
実際に伐刀者の中には糸を使って操る事が出来る者が居る。しかし、その殆どは人形の様に意思が無いケースが多く、今回の様に明確な意志を持つのは極めて稀。
状況が状況だった事もあり、龍玄としては気にする事は無かったが、今になって違和感だけが残っていた。
催眠術の様に自分の意思とは無関係に動いている様にも思える。
今回の件が色々な意味で偶然なのか必然なのか、まだ正確に判断する事は出来なかった。
「オペレーター。当初の想定よりも状況が悪い。最悪の可能性がある」
《どの様な件でしょうか?》
「伐刀者とはまだ交戦していないが、兵士に関してはかなり厄介な事になっている可能性がある。
《了解しました。では至急依頼主との調整を行います》
龍玄が危惧したのは、完全に思考が一定方向に誘導されていると判断したからだった。
単純に発砲するだけならだましも、先程のケースは明らかに殲滅を意識していた。
フラッシュバンを使用し、突入するのであればその先は考えるまでもない。生徒の生死に然程関心は示さないが、これが基で契約が色々と拗れるのは良いとは判断出来ないからだった。
訓練室を出ると同時に、銃声の下へと移動する。先程あの二人には引っ込めとは言ったものの、その言葉をそのままにする様な人間ではない。
刀華に関しては分からないが、少なくともカナタの性格からすれば、兵士の居る場所には行かないが、伐刀者の居る場所には向かう可能性があった。
そうなると依頼の難度が更に高くなる。
短い期間ではあったが、龍玄もまたカナタと同じ部屋に過ごした事によって、何となくでもその性格を詠む事が出来ていた。
《先程の件ですが、抜けの可能性はかなり高いと予測されます。まだ表には公表されていませんが、我々が知るやり方と同じ手口の事件が発生しています。
既に時間がかなり経過している為に現在の潜伏先や、その経路に関しては不明です。その為、万が一接触した場合に関しても、依頼内容の変更はありません。
以上の事から、難度は僅かに軽減されました。ですが、依頼主からは極力その可能性を減らしてほしいとの事です》
「そうか。ならばその意向に沿う様に努力しよう」
《では、その様に伝えておきます》
耳朶に届いた機械的な音声が切れると同時に、次の場所へと移動が完了していた。血の臭いはするが、まだ命の灯が消えた様な雰囲気は感じられない。
高額報酬特有の面倒事は次々と起こると同時に、解決までそれ程の時間が残されていない。この状況に龍玄は一気に裁く事を決め、そのまま行動に移していた。
「カナちゃん。もうすぐ皆の所に着く。場合によっては救助を優先して!」
「そうですね。何があるのか分かりませんから」
龍玄の予想通り、刀華とカナタは兵士の事を全て忘れるかの様に、この場所とは反対側に居るはずの皆の所へと移動していた。
途中、職員室の事が頭をよぎるが、そもそも生徒よりも屈強な教師陣を助けると言う概念は最初から無かった。
決して見殺しにしようと考えた訳では無い。
少なくともまだそこまでに至っていないと判断した結果だった。
仮に職員室が鎮圧されれば、今の様な状況にはならないはず。それと同時に、風魔の青龍が動いた時点で自分達が横からしゃしゃり出るのは無駄だと判断した結果だった。
明らかに実力が劣る自分達が戦場に出ても足を引っ張るだけの存在でしかない。ましてや相手は自分達の命など、最初から勘案していないとさえ考えていた。
伐刀者の固有霊装とは違い、兵士が放つ銃弾は一度引鉄を引けば後戻りは出来ない。
命を奪う為に作られたそれは、生か死の二択だけ。
最初こそは大腿を傷つける事によて機動力を奪う事にしていたと考えたが、腹部に撃ち付けた銃弾によって何かが変化した事に間違いは無かった。
その瞬間、二人の思考は春先の戦場へと意識が引きずられる。
戦場特有のまとわりつく殺意は、実戦を経験しない生徒にはあまりにも重い状況だった。
だからこそ、青龍の言葉に二人は直ぐに思考を切り替え行動に移す。
恐らくは後で何か言われる可能性があるかもしれない。だが、自分達はこの学園を纏めあげ、護る事を信条としている。
今出来る事は、後顧の憂いが無くなった事による意識の向こう側。普段は走らない廊下を一気に駆け抜けていた。
「刀華さん。まさかと思いますが……」
「私も同じ事を考えてた。こっちもやっぱり厳しいかもね」
廊下を駆け抜け、学園を中心に反対側へと進んだ瞬間だった。
これまでに無い程の濃密な魔力の奔流。これ程までに感じるのであれば、少なくとも襲撃に来た伐刀者のランクは最低でもB級を意味していた。
それは偏に戦闘になった際には決して優位に立てるだけの担保を有しないのと同じ。
事実、破軍にはステラを除けば刀華やカナタが最上位となる。それと同時に、生徒会のメンバーだけでなく、実際には現状がどうなっているのかすら何も分からないままだった。
当然ながら襲撃者の人数が未だはっきりしていない。
本来であれば生徒手帳を使ったネットワークで確認する事も出来るが、何故かそれも使用できない。
不確定要素が強いままでの戦闘がどんな状態になるのかは言うまでも無かった。
油断出来ないだけならまだしも、肝心の情報が何一つ無い。
事実上の陸の孤島に近い状態で戦う事がどれ程困難なのかは考えるまでも無かった。
「ですが、このまま本当に何もしないと言うのは愚策です。我々が先頭に立つ事によって他の士気が上がるかもしれませんから」
「確かにカナちゃんの言う通りだね。このまま何もしないで居るのは流石に…ね」
部隊の全滅を経験したからこそ情報の有用性と同時に、戦略が活きる事の重要さを理解していた。
仮にあのまま勝利を収めれば今回に関しても無策のままに突っ込んだ可能性が高い。
負けはしたが、それを糧に出来ない人間は三流以下。参戦する事は事実ではあったが、ここで求められるのは確実性だった。
「高ランクがどれだけ居るかは分からないけど、余程の事が無ければ二手に分かれた方が生存確率は高いと思う。本当の事を言えば一緒に動くのが理想的だけど」
「無理はしない前提の方が良いかもしれません。これは私の予想ですが、兵士の処理は恐らくは早いと思います」
「確かに………」
カナタは敢えて誰がとは言わなかった。
言わなかったのは秘匿する為ではなく、口にする必要が最初から無かったからだった。
あの時の青龍の言葉は依頼。少なくとも外部の人間はこの状況を知っている可能性があると言う事だった。
外部からの援護を期待するのではなく、最初から内部に居る人間を当てにする。少なくとも自分達が知りうる中では最上の伐刀者である事に間違いは無かった。
殺意を持った人間を態々生かすとは思えない。
文字通り殲滅すれば、次はここがその最たる場所になるのは確定だった。
勿論、戦力としては信頼出来るかもしれない。だからと言って、それと自分達の矜持が同じだとは思わなかった。
だとすれば、介入されるのは当然であると仮定し、二手に分かれる案が出ていた。
間違い無くもたらされるのは殺戮と破壊。
自分達が愛着を持って過ごした学園が、これ以上被害が拡大しない様にする為には自分達が率先し手動くしか無かった。
「それでも本当にA級なのか?仮にそうだとしたら笑止千万だな」
襲撃者の一人でもある黒鉄王馬はステラに視線を向けながらも、まるで周囲にある空気に対して話をするかの様だった。
今回の襲撃の主体が何なのかは王馬は聞いていない。元々、今回のブレーンの役割を果たしていた玲泉の言葉だけを聞きこの場に来ていた。
詳しい事は何となくでも察しているが、それは自分には関係の無い話。
自分の役割だけを果たせば良いだけの話だった。
事前に聞かされた趣旨はこの破軍学園の価値を低くさせ、この後釜として自分達が七星剣武祭に参戦する事。その為には主力の人間を一定以上に減らす事だった。
政治的な役割を果たさず、自分の役割だけを理解すれば黒鉄王馬と言う人間は最適でしかない。
自分の進む道だけを見据え、それ以外の事に関しては歯牙にもかけない。ある意味では王者として歩むやり方だった。
そんな王馬が意識したのはこの春から破軍学園に留学しているステラ・ヴァーミリオンの存在。
類まれな才能と努力をし、常に上を目指す姿勢に王馬はある意味では戦いに興じたいと考えていた。
だからこそ自分の放った斬撃の行方で相手の技量を図る。その結果、どうするのかを考えた末の行動だった。
「私が嘘を言うだけのメリットは無いわ」
「成程。だとすれば、貴様のそれは単なる異能のお蔭か。戦うに値しない」
「何ですって!」
王馬の言葉にステラは激怒していた。
これまでに聞いた才能とは言葉の内容は同じだったが、意味合いは大きく違っていた。
ステラ自身、才能に胡坐をかいてこれまで来た訳では無い。
並々ならぬ努力を積み、今もなお、その歩みを止める事は無い。
当然ながら、それが今のステラを支えるバックボーンとなっており、才能と努力を積み上げた結果が今に至る。当然ながらA級だからと言った考えは微塵も無かった。
「自分の事をまだ理解していないのか?お前の能力が本当にそれだけなら、今直ぐにでも伐刀者として歩むのは止めた方が良い」
────傲慢
まさに王馬が吐いた言葉は言い捨てる程度の話。
伐刀者に限った話ではないが、常に十全の力を発揮できないのであれば無意味だと王馬は告げていた。
これが通常の試合であれば間違い無くステラの動きも鈍くはならない。
それは偏に自分の中で今の状況を完全に消化できていないからだった。
幾ら競技者として優れていても、実戦さながらの戦いの場に於いては圧倒的に経験が物を言う。この戦いに関しても、まさにそれが如実に現れた結果だった。
ステラと王馬を囲むのは熱狂的な観客ではない。周囲に木霊するのは銃声と悲鳴だけだった。
嫌が応にもここが戦場である事を認識させる。それがステラの動きを鈍らせた原因だった。
「貴方、確かイッキのお兄さんなのよね。自分の事だけしか見ていないくせに、自分だけが偉そうな口を聞かないで」
ステラの感情に呼応するかの様に黄金色に輝く『妃竜の罪剣』が熱を帯びる。先程までとは違い、その力を誇示するかの様に眩く輝きを見せていた。
「確かに自分の事だけだ。それは当然の事だろう。お前は自分の力が何の為に有るのかを正しく理解していないのか?」
「正しく?理解してるからこそ、こうやって貴方と対峙してるわ」
「……やはり何も分かっていない様だ」
王馬もまた自分の固有霊装でもある『竜爪』を正眼に構える。先程とは違い、明らかに今のステラの方が圧倒的な存在感を示していた。
これで少しは自分の血肉になりえるかもしれない。王馬は内心そう考えながら、ステラの一挙手一投足に注目していた。
大剣と野太刀。
形状こそ違うが、その意味合いはそれ程違っては居なかった。
互いに間合を図り、隙を常に伺っている。僅かな気の揺らぎすらも攻撃のキッカケになるからと互いの呼吸はほぼ無呼吸に近くなっていた。
呼吸をする事によって生まれる隙を逃すはずがない。互いにそう考えたからこそ一定の距離を保ちながら様子を伺っていた。
「どうした?お前のそれはただの飾りか?」
王馬の言葉がまるで耳に入らないと思える程にステラの動きが止まっていた。
厳密に言えば止まっているのではなく、目の前の男に集中した結果。
言葉そのものを受け入れるだけの余裕が無い。
言葉による舌戦ではなく、自らの力量を示す場面では、幾百の言葉よりもただ一つの行動に重きを置く。
ここが闘技場でもなければ訓練場でもない。学内にある広大な敷地の一部である事が全てだった。
キッカケは既にどうでも良い話。ここでステラに求められるのは、この襲撃者を排除する行為だけ。
それも自身が愛する一輝の兄でもあり、国内でも少数になるA級の伐刀者。
ステラの中でも、同じクラスの人間と対峙する事の意味を無意識のうちに理解していた。
事実、ここでステラが敗北する様な事になれば、この学園がどうなるのかが予測出来ない。
情報が何も無いままで下手に動く事がどれ程愚策なのかは頭では理解している。
しかし、それ以外に選択肢が無いのも事実だった。
まだここに来た当時のステラであれば、既に戦いの結果は見るまでも無い。しかし、ここに来るまでに経験したそれが今の状況を作り上げていた。
自身の霊装を構え、視線は対峙した王馬へと向ける。言われるまでもなくステラもまた脳内で幾つもの行動を基にしたシミュレーションを繰り返していた。
一輝の様に技巧派ではなく、純然たる身体能力を活かした重攻撃。
奇しくも似たような攻撃スタイルだったからなのか、ここから先に踏み込む一歩が随分と重い物になっていた。
「そう言う貴方の剣こそ、どうなのかしら?身体能力にかまけて剣技そのものは未熟だと聞いてるわ」
「ならば、その伝聞の真偽はその身で感じるんだな」
ブラフとも取れる言葉が終わると同時に、王馬の体躯が僅かに揺らいだ様だった。
神速の踏み込みによる上段からの斬撃。
まともに受け止める事は幾らステラでも厳しい物だった。
身体強化で受け止める事が出来るケースは、あくまでも自分の肉体にプラスアルファしたもの。
最初の段階から隔絶した相手には通しない物だった。
残像の様にぼやける躰から繰り出される攻撃を予測し、自身の左足を引き半身になる。
真っ直ぐ振り下ろされる攻撃であれば攻防一体となる足さばきはこの上ない反撃の証。
少なくともステラの中ではここからの反撃は予定通り。だからと言って安穏とは出来ない。
自身が受ける圧力に恐怖心が顔を出す。
その感情を無理矢理押し殺すと同時に次の行動への準備に入った瞬間だった。
「その程度で私が負けるとでも」
上段からの攻撃を回避する事を織り込んでいたからなのか、王馬の攻撃はそのまま止まる事は無かった。
初撃を最大限に見せる事によって次撃を回避させない攻撃。
少なくとも一流と呼ばれた人間でさえも、この連撃を完全に受けきる事は出来なかった。
「その程度。予測してないとでも思った?」
上段からの斬撃が終わった瞬間、胴を薙ぐ様な斬撃をステラは自身の刀身で完全に受けきっていた。突如として沸き起こる激しい高音。それは互いの霊装が刃を交わした瞬間だった。
これが本身の刃であれば一瞬にして使い物にならない程の斬撃。しかし、自身の能力を活かした固有霊装は刃こぼれはおろか、腰が伸びる事も無くその姿を維持していた。
「あれを躱すか。口だけでは無かった様だな」
先程の斬撃を受け止めた事を確認したからなのか、王馬は僅かに笑みを浮かべていた。
あの攻撃でこれまでの伐刀者は一部を除いて皆が地面に伏している。それを見切り、受けきったのであれば、それなりに技量を持つ証。
それが自分を昇華させる材料だと判断したからなのか、それが感情になって出ていた。
だからこそ小手先ではなく自分の能力を余すことなく使った一撃をステラに見舞う。
王馬からすれば、まだ自分の最低限の基準をクリアしただけにしか過ぎなかった。
事実、力負けした記憶はこれまでに一度も無い。
王馬自身は敗北した事はこれまでに数度あるが、そのそれもが正当な力による物ではなく、完全な技量による物だった。
当初はステラもまた小賢しい事をする小物程度の認識が、先程の攻防で評価を一団引き上げる。だからなのか、先程と同じ様に再度上段からの構えを見せていた。
「また同じ業?二番煎じは通じないわよ」
「愚かな」
ステが放った皮肉めいた言葉は王馬には届かなかった。
これから繰り出す攻撃が同じだと思えば待っているのは完全なる敗北。
実像形態ではなく幻想形態だと仮定しても、確実に意識が途切れるのは間違いない。
それ程までに渾身の一撃を繰り出す事をステラに悟られる訳には行かなかった。
全身の筋肉を余すことなく使う事によって繰り出す斬撃。
上段からの斬撃は、まるで
まともに受ければ完全に力負けする。先程とは明らかに異なる斬撃にステラもまた意識を瞬時に切り替えていた。
半身になった事でステラは直撃だけは避ける事に成功していた。
しかし、王馬の言葉通り、そこから先の行動は想定外だった。
地面を激しく叩くと同時に、その衝撃波が周囲に拡がる。
カウンターの為に半身になったステラは事実上の爆心地に近かった。
僅かに揺れる大地に拡がる大気。時間にしてコンマ数秒の出来事ではあったが、命のやりとりが行われている状態では致命的だった。
無防備な状態で衝撃波をもろに受ける。
地面を叩きつけたはずの刃は、そのままステラの胴体へと襲い掛かっていた。
「珠雫。参考に聞くけど、何があったのか知ってる?」
「詳しい事は何も。ですが、
「姉……ね」
珠雫のぶれない回答に、一輝は内心では溜息を吐きながらも視線の先にある人物を見据えていた。
実際に何が起こったのかは分からない。
単純にステラと一緒に襲撃されているであろう場所へと移動する瞬間に、珠雫と有栖院凪を担いだ賊の姿を目にしたからだった。
本来であれば、真っ先に襲撃された場所に向かうのが正解なのかもしれない。しかし、自分の見知った人間が拉致されている場面を見れば、自ずと優先順位がどちらなのかは言うまでも無かった。
一緒に行動したステラもまた同じ考えだったからなのか、一輝の言葉に手短に返事だけを済ましている。
仮に襲撃者が伐刀者であれば、ステラの能力から勘案すれば負ける未来は予測出来なかったからだった。
だからこそ、ステラを信用し、自分もまた先程の状況を理解する。
その後で珠雫の姿を見たのは、単なる偶然に過ぎなかった。
「そう言えば、あの女は大丈夫なんですか?今回の襲撃はそれなりに規模が大きい様ですが」
「僕は心配なんてしてないよ。ステラの力量は分かっているつもりだし、それに何かあっても対処できると思うから」
「珍しく過大な評価ですね」
「そうかな。少なくとも今回の予選会でステラも学ぶべき物があったみたいだからね。僕も身近で見ていたから分かるけど、今のステラがかなりの物だと思うよ」
「なら良いですが。ですが、少しだけ気になる気配があったので」
珠雫はそれ以上は言わなかった。
凪が拉致されて冷静になれなかった部分はあったが、一輝と合流してからはその落ち着きを取り戻していた。
その瞬間、感じたのはここ最近では感じる事が無かったはずの魔力。
それも他人では無く身内によるそれだった。
黒鉄家
ほぼ戻る事無く風来坊の様に自分の能力の向上だけを見る兄。
既に家の内部でも最初から居なかった者だと思われる存在。
仮にその気配が正しいと感じた場合、予測されるのはステラの敗北の可能性だった。
本当の事を言えば、あの女がどうなろうと珠雫には一切関係の無い話。寧ろ、居なくなれば自分の方に意識が向くだろうとさえ考えていた。しかし、その考えは直ぐに否定される。少なくとも自分が愛情を向けたもう一人の兄が良しとはしない事だけは間違い無かった。
言葉には出来ない嫌な予感だけが脳裏を過る。珠雫もまた認めたくない事実。
自分よりもステラの方が一輝には良いのかもしれない。そんな口にも出来ない入りまじった感情を一輝に知られる事無く凪を拉致した賊を追いかけていた。