英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第48話 未知数の戦い

 母国で培った力を手に、ステラはこの国へと来ていた。

 当初はA級ランクとしての触れ込みであると同時に、自身が更に上を目指す事が出来るのではとの思いが叶ったからだった。

 実際に魔力依存による名ばかりではなく、皇室剣技も磨いた結果が今に至る。本来であれば、今の学内の総力を見ても、ステラは上位に入っているのはある意味では当然だった。

 しかし、上位に入ったからと言って、安穏とした事はこれまでに一度たりとも無い。事実、破軍学園に来た当初、自分の迂闊さはあったものの、黒鉄一輝との模擬戦で敗退している。

 それだけではない。

 予選会の中に於いてはもう一人。風間龍玄にもまた土をつけられていた。

 

 一輝との戦いの様に慢心した事は全くない。それどころか、完全に自分と同等の実力者として望んでいた。しかし、その結果は完敗。しかも抜刀絶技すら使う事無く純粋にその体術だけに負けていた。

 何も知らない観客がどう言おうが、龍玄のそれは一輝とは明らかに趣旨が異なっていた。

 最小の力で最大の結果を生み出す。当時は解らなかったが、最近になった漸く理解していた。

 力に酔い、力を従えるのではなく、その力を有効活用する。この国に来てからステラは色々な意味で学ぶ物が多かった。

 そんな中で、一人の人間の存在がチラつく。それが自分の最愛の恋人である一輝の兄、黒鉄王馬。国内でも数少ないA級であると同時に、世間に出回る情報は余りにも少なかった。

 

 それこそ幼少の頃のデータは多いが、最近の物に関しては皆無に等しい。ある意味A級同士の戦いが早々無い為に、ステラもまた最初に関しては警戒をしながらも、どこか戦闘に対して様子を伺うよりも先に自分の力が前に出ていた。

 慢心でもなければ余裕でも無い。王馬と対峙した瞬間、無意識のうちに出た行動はステラにとっても僥倖だった。

 

 

「どうして、こんな事をするの!」

 

「ここの襲撃に関してか?それともお前に対してか?」

 

 中段に刃を構えながらも、ステラは純粋に今回の経緯に関して王馬に問いていた。

 事実、王馬が沈めた人間が既に戦線離脱している為に、今は学内がどんな状態になっているのかは全く分からないまま。しかも、この場に一輝は居ない。

 凪が拉致された事から一刻も早い奪還の為にステラにこの場を任せた結果だった。

 

 

「襲撃に決まってるでしょ。態々こんな場外乱闘なんてしなくても、本戦には出れるんでしょ。無駄じゃない」

 

 王馬に話をしながらもステラは一刻も早い回復に全力を務めていた。

 実際に、最初の段階で感じた圧力はある意味で流石だと言える内容。ステラ自身もまた、これまでに感じた事が無い圧力に内心ではドキドキしていた。

 

 幾ら自分の才能があったとしても、それだけで戦いを優勢に続ける事は不可能でしかない。

 数多い魔導騎士の中での、本当の意味での上位陣との戦いはある意味では命がけ。戦闘狂ではない為に、ここで強敵が現れたとしても、現状を如何に打破すべきなのかは当然の事。だからこそ今の状況に甘んじるなど考えるまでも無かった。

 始まる時は突然でしかない。一言一言告げるたびにステラは全身に魔力を循環させていた。

 

 

「無駄かどうかはお前ではなく、自身が決める事。そもそも弱者の言葉に従う必要がどこにあると」

 

 構える事無く言葉を発した王馬の体躯からは更なる圧力が湧き出ていた。

 魔力に呼応するかの様に周囲の大気もまた震える。先程までとはその雰囲気は一変していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「口だけは達者の様だな」

 

「…………」

 

 王馬の言葉にステラは何も言えなかった。完全に地面にひれ伏した訳では無い。幾度となく重ねた剣戟によってステラの体力は一気に消耗した結果だった。

 幾ら百の訓練を続けても一の実戦には適わない。それも、相手が自分と同等なら未だしも、完全な格上であれば尚更だった。

 ステラが起こす炎は王馬の風によってかき消されている。

 純粋な魔力による為に、これだけであれば本来はそれ程消耗する事は無かった。

 ここまで違った原因の殆どは、魔力ではなく純然たる剣技の差。幾ら膨大な魔力を持つステラと言えど、常に肉体的な消耗と同時に、精神も摩耗すれば、魔力の維持は困難だった。

 

 王馬と対峙するに当たって、ステラは半ば無意識の内に身体強化の魔法を行使している。これは単純な性差から来る物だった。

 幾ら鍛えているとは言え、男と女の筋肉の付き方は決定的に違う。ステラもまたそれを理解しているからこそ、そうなっていた。

 しかし、一合だけ剣を合わせた際に、王馬から感じるそれはステラにとって体験した事の無い剣の重さがあった。

 実際にこれまでの経験からすればステラが身体強化を使用して力負けを感じた事はこれまでに一度も無い。それ程までに濃密な魔力を全身に循環させていたからだった。

 

 しかし、この初撃に関してはそんなステラの経験を一蹴する。

 王馬自身の攻撃が純然たる力なのか、魔力に由来する物なのかの判断が出来なかった。

 戦いの最中で色々な可能性を考える事は度々あるが、それはあくまでの戦略上の話であり、また対峙した者とそれなりに距離があればの話。近接戦闘の最中となれば、実際には不可能に近い物があった。

 戦闘をしながらも魔力を維持し、相手の状況を確認する。言葉で表せばそれだけの事。勿論ステラとてその程度の事は出来ていたはずだった。

 

 

───ただし、相手が自分よりも格下であるならば

 

 

 これがこれまでの内容と唯一異なる点だった。

 一合一合迫り来る斬撃はステラにとっても回避し辛く、その結果反撃の目が見えない。試合ではなく戦場に近い今、圧倒的にステラの方が不利だった。

 攻撃する側は意識をどこに向けるのかは自分の都合で出来る。がしかし、防衛側にとっては相手の様子を常に伺う必要があった。

 これが戦場であれば、恐らくは今回の様な遭遇戦はあったかもしれない。ギリギリの戦いを経験した人間は、仮に僅かな時間だとしても確実に糧になるからだった。

 

 自分の生命が脅かされれば嫌が応にも成長するしかない。生憎とステラはその機会には恵まれていなかった。

 膨大な魔力を誇ろうが、肝心の使用する人間が先にへたばれば膨大な魔力は無となる。その結果が今に至っていた。

 口にこそ出さないが、ある意味では生命の危機。誰よりもステラ自身が自覚していた。

 

 

「所詮はままごと。このままここに散れ」

 

 肩で息をし、明らかに今のステラにはスタミナが消失していた。ここで無理に動いた所で事態を好転させる事は無い。

 幾らか身に縋ろうが、慈悲が降りてくる事すら無い。王馬の動きにステラは観念するしか無かったからなのか、『ごめんさいイッキ』思わず一言だけ漏れるかの様に呟いていた。

 

 

 

 

 

(あれ?何も来ない……)

 

 思わず目を瞑り、これから来る斬撃にステラは備えていた。

 幻想形態なのか実像形態なのかは分からない。少なくともこれまで幻想形態である事は間違いなかったが、事実上の止めを刺す為には何をしてくるのかは分からなかった。

 それと同時にステラは瞑目した為に、その先の事が分からない。間違い無く来るであろう斬撃が来ないままだからなのか、疑問に思いながらもゆっくりと目を開いていた。

 目の前にあったのは王馬の固有霊装ではなく、一人の男。全身が漆黒に包まれた背中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍玄が感じたのは魔力の奔流だった。

 既に兵士を始末している以上、異様な何かは確実に襲撃者である可能性が高かった。

 元々鎮圧であるが、既に生死は問わずで動いている。先程の凛奈以外にも、もう一人だけ襲撃者を確保していた。

 目的は鎮圧だが、最低限の襲撃者の確保はこの任務には必須だった。

 依頼主が時宗である事実を知っている為に、ある程度の証拠が居るのは言うまでも無い。

 距離が近づくにつれ、それが誰なのかが判別される。互いの能力が高かったからなのか、下手な人間ではないと龍玄は当たりを付けていた。

 だからこそ、細かく確認をせずにそのままお互いの中心点へと突っ込む。霊装を活かした防御と共に、再度任務を開始していた。

 

 

「何だ。襲撃者が誰かと思えば、まさかお前だったとはな」

 

「……そうか。貴様がここ居たとはな。これは好都合だ」

 

 龍玄だけでなく王馬もまた、この闖入者が何者なのかに気が付いていた。

 漆黒の仮面に蒼き龍。王馬自身が過去に土を付けられた人物その人だった。

 

 

「好都合?当時あれ程までに惨敗した人間が、そんな言葉を口に出来る程強くなったとは思えんがな」

 

「いつまでも当時のままだと思うな」

 

「勝手に言ってるんだな。次は命の保証はしないと言ったはずだが」

 

 

 互いに様子を伺いながらも僅かに距離を取る。これから何が始まるのかは考えるまでもなかった。

 互いの間にある空気が徐々に濃密な物へと変化する。そこから先は正に互いの命を賭けた物だった。

 

 

 

 

 

 野太刀の最大の特徴はその刀身を活かしたリーチと、その破壊力にある。王馬の持つ固有霊装『龍爪』もまた、その刀身は一メートルはある物。片や無手であれば、そのリーチの差は絶対的な物だった。

 当然ながら間合いの重要性は考えるまでも無い。事実、ステラが王馬とそれなりの戦いが出来たのは、偏にその間合が似たような物だから。

 しかし、青龍の持つ霊装に刃は無い。それが意味するのは何なのか。既に傍観者となったステラが分かるのはそれだけだった。

 

 

「疾っ!」

 

 僅かに漏れる呼気と同時に、王馬が放ったのは上段からの攻撃ではなく横に薙ぐ物。

 元々野太刀の様に重量のある得物は上段からの攻撃が一番効率が良いはず。にも拘わず、その利便性を捨てる様な斬撃はステラに限った話ではなく、それなりに武芸に通じる人間であれば首を傾げる様な内容だった。

 うねりを上げながら大気を斬り裂き、狙うのは胴体。良く言えば確実性を求め、悪く言えば無難でしかない。魔力の籠らない一撃。考えられるのは一定の距離を取った回避のはずだった。

 

 

 

 

 

「進歩の無いやつだな」

 

 青龍の僅かに呟く声を拾う事は誰も無かった。

 互いが対峙する空間にステラの介入する余地は何処にも無い。横薙ぎに飛ぶ斬撃もまた、尋常では無い速度だった。

 まともに受け止めれば確実に吹き飛ばされる勢い。回避の選択しか無いはずの行動は誰の予想をもはるかに上回る物だった。

 来るであろう斬撃の距離を瞬時に読み取ると同時に、青龍は一気に王馬に向けて加速する。まともにぶつかればどうなるのかはか言うまでもなかった。

 

 

「…………ここで、だと」

 

 漏れた様に発したのは王馬だった。誰が見ても必殺の斬撃を放ったはず。にも拘わらず、今は完全に王馬の脇腹には、青龍の掌底がぶつかっていた。

 拳ではなく掌底である意味。疑問を感じる間もなく、王馬は徐に片膝と付いていた。

 

 

「まさかこんな手段に出るとはな。だが、過信のし過ぎだ」

 

 低い態勢から放たれた攻撃に、青龍は事も無くつぶやく。本来であればそのまま追撃を加えるのが当然ではあったが、何かを警戒したからなのか、その場から大きく距離を取っていた。

 

 

 

 

 

(何なの、今のは!)

 

 刹那の攻防を見たからなのか、ステラは驚きを隠せないでいた。

 それなりに距離が離れたからこそ分かる先程の攻防。まさか胴体を狙った斬撃の下を掻い潜った状態からカウンターで攻撃を仕掛けるとは想定していなかった。

 

 単純に距離だけを考えても斬撃よりも先に躰が至近距離に近づく時点で尋常ではない。

 体術そのものは分からなくとも、あれがどれ程攻撃なのかだけは理解していた。

 完全に捩じった為に筋肉は違う意味で緩んでいる。あの掌底にどんな意味があるのかは分からないが少なくとも自分が攻撃してもなお、傷一つ負わなかった存在が片膝を付く。

 どこか非現実的な光景にステラは呼吸をする事も忘れ、ただ視界に収めていた。

 

 突如として現れた人間。少なくとも学園の人間でない事だけは間違いない。少なくともあれ程の力を持った人間にステラは覚えが無かった。

 可能性であれば風間龍玄。しかし、ステラが知っている龍玄と今の仮面の男では明らかに違い過ぎていた。

 最初に来た際には気が付かなかったが、今になって思えば纏っていたのは血の匂い。こんな状況下でそれを纏うのであれば、真っ当な人間ではない事だけが理解出来ていた。

 それと同時に、先程の攻防を自分に重ねる。恐らく、自分が同じ事をすれば確実に片膝を付く所か、確実に吹き飛ばされる程だった。

 

 数合合わせただけで王馬の身体能力が、どれ程なのかはステラでも理解出来る。自然界の中で長い時間を積み上げた巨木や岩石の様な巌のイメージを感じたからこそ、今の状況が信じられなかった。

 たった一度の攻撃で片膝となれば、どれ程の威力を秘めているのか。ステラはこれまでに積み上げた自分の努力がちっぽけな物になるのを感じていた。

 武器の特性を考えればある意味では比べる事の方が酷なのかもしれない。しかし、目の前で起きた事実は看過出来る物では無かった。

 

 

 

 

 

「まだ王道に拘ってるからそうなるんだ。いい加減現実を認めたらどうなんだ?」

 

「抜かせ。貴様のやってる事は邪道に過ぎん。王道を持って駆逐するだけだ」

 

 王馬の言葉に、青龍は内心呆れていた。王馬の言葉にではない。先程の放った掌底から感じたのは尋常ではない筋肉量。見た目からは一切感じないそれは、少なくとも違う意味で化物と呼んでも差し支えが無い物だった。

 鋼の筋肉と比喩するのではなく、ほぼ同じに近い性質。そして、その尋常ではないそれを支えるのが骨であれば、それもまた同じ様な物だった。

 詳しい事は分からないが、発勁が届くはずの内臓にまで完全には届いていない。手応えから感じるそれは明らかに人間のそれとは異なっていた。

 以前に対峙した際には、この一撃で倒れている。どんな研鑽を積んだのかは分からないが、少なくともそれなりに対処できるレベルである事に間違いは無かった。

 

 元々時間の制限がある任務。しかし、この王馬もまたステラと戦っている時点で襲撃者であることに間違いは無かった。

 既に伐刀者そのものは証人としてだけでなく、自分達の都合の良い存在として確保している。今の自分にとっては少しだけ面倒な生き物である認識だけが起きていた。

 距離を取った事によって相手の様子を伺う。ここで抜刀絶技を出せば、自分がやるべき事が何のかは考えるまでも無い。

 態々相手に付き合う必要は何処にも無い。確実性を見極める為に距離を取ったに過ぎなかった。

 

 

「王道……。だが、それはあくまでも生きていればの話だな」

 

 王馬の言葉に最初から思う部分は何も無かった。

 幾ら声高に言おうが、死ねば全てが無意味でしかない。王道に拘るのであれば、その思いを胸に散れば良い。命のやりとりの前には些細な矜持など無意味でしかなかった。

 漸く立ち上がった王馬もまた先程の一撃が致命的はなくとも、自分の行動を妨げる要因になっている事は理解していた。

 

 幾ら肉体を鍛え上げた所で、内臓までが同じになる事は無い。事実、先程の掌底からの攻撃は王馬の体表ではなく、体内に向けられた攻撃だった。

 衝撃が体内に激しく拡散している。ある程度は体表で散らしても尚、その威力はこれまでに味わった事の無い物。だからこそ王馬もまた、このままで良いとは考えていなかった。

 精神力で自身の肉体の悲鳴を押し殺す。まさかの相対に悲鳴を上げる体躯とは裏腹に、精神はこれまでに無い程に高揚していた。

 

 

「あの時の敗北。ここで返させてもらう」

 

 口上では厳しくは言うものの内心は極めて冷静だった。

 戦いの中で自我を乱せば待っているのは死。しかも風魔の人間が見逃す事などあり得なかった。

 以前に対峙した際には、単純に見逃された結果。屈辱とは言え、圧倒的な実力差があった。

 あれから今に至るまでに本当に血反吐を吐きながらも肉体を強化している。

 ステラとの戦いは完全に自分よりも下の人間に対する物だったが、今は完全に自分よりも格上との戦い。

 腰から下がまるで別物の様に感じるものの、今はそんな事など気にするだけの意識は失っていた。本来であればここで抜刀絶技を繰り出せば多少なりとも戦いの変化が起こるのかもしれない。

 これが凡人であればそれでも良かったが、青龍が相手では悪手でしかない。時間にしてコンマ数秒だけ、集中する為に意識が体内に向く。本来であれば絶対に届かない距離のこれでさえも命取りでしかない。僅かな溜めの部分を意図的に狙う。ある意味では伐刀者にとっての天敵だった。

 だからこそ、王馬は安易に使う事は無い。視線を切る事無く体内の魔力を全身に循環させていた。

 

 

 

 

 

「敗北を返す?必死だったそれをか。小僧が粋がるな」

 

 青龍は言葉が完全に追わる前に、その姿を歪ませていた。距離にして五メートル

 本来であれば視覚で捉える事が可能な距離のはずだった。

 

 

「くっ!」

 

「どうした三下。生憎とこっちも暇じゃないんでな」

 

 王馬の防御が間に合ったのは偶然だった。通常の縮地や抜き足の技術であれば、王馬もまた見失う事はしない。しかし、青龍の移動に関しては完全に見失っていた。

 意図的に視界を広げた所で捉える事が出来ないそれは、不可視の刃と同じ事。しかも、触れた物を斬り裂く霊装の目的は純粋な攻撃を意味する。

 野太刀を持ったままの防御出来る範囲はたかが知れていた。肘を使ってギリギリの部分で直撃を避ける。肘にはこれまでに無い程の衝撃が走るが、その損傷を図る余裕は無かった。

 ここで意識を映せば自分の意識は完全に断ち切られる。それを本能で理解しているからこそ、攻撃の一部を捨ててまで防御に専念していた。

 先程の衝撃で右肘から先が痺れたまま。攻撃をしようにも、この戦いの最中での回復は絶望的だった。

 本来であれば攻撃した瞬間を狙うのが定石。しかし、その定石はあくまでも自分の肉体が万全である事が前提となっている。しかし、今の王馬には反撃するだけの材料は絶たれていた。右がダメなら左だけでも。深く食い込んだ衝撃を他所に、自分らしくない反撃であはるものの、今はそんな余裕すら無くなっていた。

 

 

 

 

 

(何てデタラメなの)

 

 ステラはそれ以上の言葉が見当たらなかった。

 詳しい事は分からないが、王馬と対峙している人間は明らかに伐刀者としての能力を超えていた。

 実際には当事者にしか本当の事は分からない。しかし、明らかに劣勢になっているのが、自分では傷一つ付ける事が出来なかった相手なだけに、心中は千々に乱れていた。

 これが上限ではなく、まだ道半ばか入ったばかり。少なくとも世間が言う所の『比翼』と呼ばれたそれと同等の様に見えていた。

 それと同時に、疑問も起こる。

 『何故、黒鉄王馬は抜刀絶技を使わないのだろうか』抜刀絶技がどんな物なのかは分からなくとも、王馬が風の剣帝と呼ばれた事は知っている。

 それを使わないのは、あまりにも不自然としか言えなかった。

 実際に身体強化の様に無意識で出来る物は使用しているのかもしれない。しかし、それ以外が全く見当たらないのは違和感だけがあった。この戦いの中で何が起きているのだろうか。ステラはこの戦いの全てを見逃さんとただ集中だけをしていた。

 

 

 

 

 

(思ったよりも損耗が激しいか)

 

 王馬は仕方がないとは思いながらも、それでも多少なりとも後悔はしていた。

 幾ら鍛え上げたと言っても、関節までは鍛える事は出来ない。今の肉体になってからの唯一の弱点とも取れる部分だった。

 幾ら鍛えてその箇所を小さくしても、攻撃するのであれば、それだけあれば十分。この戦いに於いても王馬自身が、青龍を相手に速度で勝てる道理はなかった。

 まだ開始してそれほど時間は経過していない。にも拘わらず、体躯だけでなく、精神の摩耗も激しくなっていた。

 

 裏の正解の頂点に立つ集団。王馬もまたジュニア時代より表舞台から姿を消したのは、偏に自分よりも強者に出会う為だった。

 世間的にはどんな風に自分の事が伝わっているのかは分からない。実際に表舞台から忽然と消え去れば、どんな風に噂が流れるのかは誰もが予測しえる事。しかし、ジュニア世代とは言え、当時の王馬には興味を惹かれる様な存在は一切無かった。

 

 黒鉄家のブランドを使えば、相応の実力者であっても対戦相手として戦う事は出来る。事実、用意された伐刀者には傷一つ負う事無く全てに勝利している。

 驕る気持ちは無くとも、周囲はそれを良しとする。そんな環境に嫌気が刺したからこそ、王馬は世間と言う物を学ぶ為に放浪する事を決めていた。

 多くは無いが蓄えもある。事実上の武者修行の末に出会ったのが今に至る最大の要因だった。

 

 裏社会に生きる人間。王馬自身、放浪の中で何度かそんな人間と戦った経験はあった。裏で生きる人間の殆どは正々堂々と言う言葉から程遠い世界で生きている。当然ながら、その戦い方もまた何も知らない人間からすれば卑怯だと言わんばかりの物だった。

 これが世間にある伐刀者であれば確実に負ける戦いであっても、王馬の様な資質の優れた伐刀者から見ればそれ程でも無かった。

 背後や多数で襲いかかるのは当然とばかりに来た相手を一刀の下に斬り捨てる。

 時折、目測を誤って傷を負う事もあったが、そのどれもが全て糧となり自身の血肉へと昇華させていた。

 その結果として王道こそが最善である。その結論に達していた。

 当然ながら一度そうだと考えれば後は実に容易い。己が見据えた先に何があるのか。ただそれだけを考えていた。

 そんな中、裏の中でも頂点に居る集団の話を聞きつけていた。

 

 風魔衆。

 戦国の世より今に至るまで常に時代の裏を生き続け、その実力もまた表には引けを取らない程。王馬もまた、その伝聞を基に探した結果だった。

 相対したのはまだ自分よりも背が低く、そしてまだ自分よりも確実に劣っているであろう人間。それを見たからこそ王馬は内心では、所詮は噂だと判断していた。

 しかし、ここまで来た以上は自分の血肉に変えるのも吝かではない。そう考えた末の戦いだった。

 

 戦いの結果は一言で言えば屈辱。自分よりも格下だと判断した相手に触れる事なく敗北していた。

 しかも、伐刀者かどうかすらも怪しい。戦闘時にただの一度も抜刀絶技を使用していなかったからだった。

 純粋な技量だけで敗北している。王馬もまたそれからは風魔の影に憑りつかれていた。

 

 

「こっちも暇じゃないんだ。三下はさっさと消えろ」

 

 意識を自分に向けたのはほんの一瞬の出来事。しかし、青龍からすれば十分すぎる程だった。

 態々戦いの最中に意識を切った人間に待つ道理は何処にも無い。ましてや野太刀程の攻撃範囲を持つのであれば半端な距離こそが命取りだった。

 構えから発動するであろう業を無視するかのようにお互いの距離が瞬時に零になる。そこに待っていたのは一方的な蹂躙とも呼べる内容だった。

 王馬は無意識に先程のダメージを受けた場所を庇うかの様に動いていた。

 

 蓄積したダメージを与えればスタミナを奪うだけでなく、戦いの結果をも導く。

 幾ら意識を切ったとしても本能がそうさせていた。

 青龍もまたその本能を利用したからなのか、素振りだけを見せる。

 狙う場所は先程とは正反対の箇所。既に戦いに興じるでのはなく、純粋に叩きのめす事に意識を向けた結果だった。

 強靭な筋肉を持とうが、無限に緊張させる事は出来ない。呼吸をした瞬間や、躰の向きを変えた瞬間。筋肉が緩む隙間は幾らでもあった。

 ステラが苦戦したのは偏に全体だけを見た結果。今の青龍の眼に映るのは全体的な物では無く、単純に致命傷を与える事が出来る場所だった。

 蜂の一刺しの様に、ピンポイントで弱い部分だけを狙う。最接近したからこそ出来る芸当だった。

 

 繰り出したのは掌底ではなく、膝蹴り。単純な攻撃ではなく、十分に練り込まれた氣から繰り出された寸勁だった。

 王馬は気が付いていないが、勁はそもそも躰のどこを使っても発動出来る。先程の一撃を警戒したが故に掌底ではなく膝だからと引き締めた瞬間だった。

 早くも無い動きから繰り出された一撃は、再度内臓にダメージを拡散させる。

 強靭な肉体は完全に無視されていた。

 僅かに崩れる態勢。先程と決定的に違うのは青龍はその場に留まっている点だった。

 

 

───暴力の嵐

 

 

 この状況を見れば誰もがそう思う程だった。

 ショートレンジから繰り出す攻撃の全てに寸勁が使われる。拳から始まる連打を止める術は無かった。

 小さく回転するかの様に叩き来れた拳と蹴り。固有霊装を装着している為に、その周囲にはあっという間に血飛沫が舞っていた。

 野太刀に限った話では無く、長物を持った全部に対応できる攻撃。人知れず王馬の体躯は僅かに浮いていた。

 懐に入られた時点で事実上なす術など存在しない。剣術でも至近距離に入られた際には距離を置く手段は幾つもある。しかし、そのどれもがこの攻撃の前には無意味だった。

 圧縮された嵐に自分の躰を差し出すかの様に激しく打ち揺すられる。上下左右。平衡感覚すら失わせる連撃は自慢の肉体を破壊させる勢いだった。

 血の匂いが周囲にも広まる頃、嵐は唐突に終わっていた。頭上から繰り出すのは一つの脚。まるで断頭台の様に振り下ろされた踵は、そのまま王馬の右肩へと落ちる。質量のある体躯は地面へと倒れる。見た目以上のそれは大きな音を立て、地べたを舐めていた。

 

 

 

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