普段であれば人が訪れる事が少ないはずの部屋には、既にそれなりの人数が居るからなのか、部屋の空調はいつもよりも強めに稼働していた。
ここが自らの部屋だと主張するかの様に窓を背に大きな机が置かれ、その前には多少の人数が増えても対応できるかの様にソファーセットが鎮座している。ここに居るのは襲撃事件の当事者とも言える破軍学園の理事長、新宮寺黒乃と教員の代表として西京寧音。そして目の前に泰然自若に座るのは、この部屋の主でもある内閣官房長官の北条時宗だった。
「忙しい所、済まないね。今回の件に関しては、君達はその場には居なくとも当事者である事に間違い無いんでね」
「いえ。ですが、我々がここに呼ばれたとなれば大よその察しは着きますので」
「そう言ってもらえると助かるよ。実は今回の件に関してなんだけど、学園の選抜した選手はどうするのかな?」
「……現在は職員の中でも協議中です」
時宗の言葉は予想していなかったからなのか、黒乃は僅かに返事に窮していた。
今回の襲撃に関する内容は黒乃が知る中でも最悪の展開。それも事実上の奇襲攻撃による物だった為に、生徒が受けたダメージは余りにも大きすぎていた。
学園を卒業し、警察や軍に入る前提の人間であれば実戦経験を積む良い機会だと取れたかもしれない。しかし、実際にそんな軽口を言える様な状態では無かった。
学園内部には数多の銃弾が飛び、何人もの生徒が被弾している。
幾らIPS再生槽があるとは言え、肉体的なダメージではなく、精神的なダメージを癒す事は出来ない。
それだけではない。元々主力として考えていた生徒会のメンバーもまた貴徳原カナタを除く全ての人間が未だ病院に伏している。どう考えても時宗の言葉を取り繕う事は不可能でしかなかった。
そこから予想される言葉は何となく予想出来る。このままではどう考えても破軍学園の出場は厳しい物になると思われる。だとすれば、それに抗弁するだけの材料が必要になる。
事前に用意出来る物は何一つ無い。どうすれば覆す事が出来るのだろうか。少なくとも黒乃はそう考えていた。
「実は今回の件で、破軍学園の出場そのものを止めたらどうだろうかって話が出たんだよね」
「………それは」
「出場選手の選定に関しては、確かに各学園によって色々と決められているとは思うけど、流石に戦場同然になった学園でまともに出場出来る生徒が早々居るとは思えないんだよ」
時宗の言葉に黒乃だけでなく、寧音もまた歯痒い思いを抱いていた。
本来であれば襲撃された以上は当事者となる。しかし、今回の件に関しては当事者であっても、詳細は一向に知らされる事は無かった。
幾ら黒乃が警察に確認をしても、魔導騎士連盟に問いただしても、返ってくる回答はどれも同じ『機密事項により情報開示は不可』だった。血を流し、未だ病院から出る事が出来ない生徒も居る。仮に犯人捕縛における情報開示は無理でも、概要位は知る権利があるはずだった。
幾ら学園の責任者であっても、KOKの上位に居ると言っても、明らかに立場が違う。国家や組織を相手取った際には、個人の力など微々たる物でしか無かった。
だからこそ、時宗の言葉に机の下にあった黒乃の拳に力が入る。このままでは皮膚が裂け、血が流れるかと思う程だと思われた瞬間だった。
「今回の件に関しては我々政府だけでなく魔導騎士連盟にも非がある。当然ながら七星剣武祭の支持母体でもある魔導騎士連盟から近日中に通達が来る事になってる。因みに内容はこうなる」
まだ完全に決まった訳では無く、水面下での話合いがされている最中ではあったが、内容は概ね次の通りだった。
一、今回の襲撃に対し、政府及び騎士連盟が初動を遅らせた事によって出た被害を数値化する事は出来ない。
二、今回の襲撃に対し、数人の有志が協力した事により、学園の枠を取り払った出場を認める。なお、その生徒が他の学園より出場が決定されているのであれば、その補充はしない。
三、特例により出場者の選定が必要となる為に、開催を一週間延期する。
以上が今回の趣旨だった。
「ちょっと待った。それだとKOKの試合と重なる。それはどうするのさ」
「勿論、今回の件を優先させるからにはKOKもまた試合の延長はするだろうね」
「そんな事は………」
「心配は無用。既にこの件は決定したんだ。君達選手には申し訳ないとは思うんだけどね」
寧音の言葉に時宗は悪びれる事も無く、当然の様に口にしていた。
七星剣武祭もKOKと同様にそれなりの利権が絡んでくる。当然ながら運営する騎士連盟からしても、スケジュールの変更は容易ではない。
既に販売されたチケットや会場のキャンセルなど、一般には分からない程の費用負担が発生する事になる。
時宗の言う様に選手もまた日程の変更によって不利益が生じるのは当然の事。しかし、組織が一度決めた決定に多少の恨み言が出るかもしれないが、基本的にはそれに従うよりなかった。
「だけど…………」
「西京寧音君。そこから先は政治の話になるんだよ。君は何も知らない。それで良いじゃないか。…それとも深淵を覗いてみるかい?」
これまで数多の相手から勝利した寧音は時宗の醸し出す迫力に呑まれていた。
決して油断した訳ではない。純粋な物理で考えれば、時宗に害する事は容易いはず。しかし、この場に於いてはそんな事をする必要が無かった。
気が付けば周囲を完全に囲まれている事だけが辛うじて確認出来る。
元々ここに来た時点で巣に飛び込む真似をした認識があったが、その巣が虎か龍の顎だとは考えていなかった。
時宗の出す迫力も相まったからなのか、部屋の空気が一気に重苦しい物へと変化する。結果としては破軍に配慮した形を取っている為に、それ以上は何も言えなかった。
「それと夏休み期間には学園の補修はする事になるから、通達は頼んだよ」
言う事を全て伝えたからなのか、時宗は二人の反応を見る事はなく、改めて自分の仕事へと戻っていた。
気が付けば周囲の気配もまた時宗が部屋から出た時点で霧散している。無意識の内に二人は冷たい汗を流していた。
「それは幾らなんでも………」
官邸で時宗が話をしている頃、魔導騎士連盟の支部長室もまた予定された人間を相手に話が進んでいた。
破軍学園の襲撃事件は他校からすれば関係が無い話だと思われるが、実際には大きく内容が異なっていた。
襲撃事件の犯人の一人は解放軍であると言う事実を洗い浚い吐いている。当然ながらその結末が経済の大混乱にまで発展していた。
元々どの学園も建前としては国営の形を取っている。しかし、国に所属する全員がそのまま教育に走るとなれば、瞬間的な戦力は激しく減少する。その結果、最低限の技術だけに特化した訓練を積むしか無かった。
だからこそ、魔導騎士連盟からの講師の派遣を受けざるを得ない。今の学園はある意味では二重構造となっていた。
器を国が、中身を騎士連盟が。歪ではあったが、ある意味では適材適所としか言えなかった。
「勿論、我々も君達の立場と言うものは理解している。だが、今回の件に関してはそう簡単に物事が運べるものではない。
事実、政府からの提案では、破軍学園の襲撃に立ち会ったのは有志からなる学生である事。それが結果的には事態の鎮静化を図ったと言う事になっている」
「黒鉄殿。貴殿の言うべき事は理解出来る。だが、我々には結果的には何の実利もない。それに関してはどう考えているのですか」
学園の理事長の一人の言葉に、この場にいた他の代表者もまた同じ事を考えていたからなのか、全ての視線が黒鉄巌へと集まっていた。
世間から見れば七星剣武祭は学生の実力を見るべき機会と考えているが、学園を経営する側からすれば、自分の出世の為の手段でしかなかった。
当然ながら上位に食い込む学園は更なる立場の強化を。下位の学園は落ち目とは言え、それなりに実力を有する学園が落ちるのは有難いと考えていた。
只でさえ、今年はA級のステラ・ヴァーミリオンが破軍学園に留学している。実力の程は分からなくとも、国内にも同じA級である黒鉄王馬が一つの参考になる。そうなれば破軍学園は完全に今年に関しては脅威となるのは当然だった。
だからこそ、内心では襲撃に関してはどちらかと言えば利があるとさえ考えていた。ならば数を減らされればこちらも不利になり兼ねない。その為には相応の布石が必要だった。
「……言いたくはなかったが、そこまで言うのであれば本当の事を言おう。
今回の襲撃に関しては解放軍がやったとなっている。だが、実際には兵士だけでなく、伐刀者もまた襲撃に関与している。
その主たる襲撃者は
「ですが、それはハッキリと判明している訳では…………」
黒鉄巌の言葉に代表者の言葉尻は徐々に小さくなっていた。
理事長と言えど、相手取るのは完全なる組織。自分達が所属する騎士連盟からだけではなく、国そのものもまた、その存在を知っている。この時点で言い逃れをする事は不可能だった。
「テロリストを幇助した事による処分をする事も可能だ。対象者の素性が完全に知られている時点で、貴殿らは無関係であると喧伝するか?因みに、その素性は全て偽造された物。本来であれば真っ先に確認すべき事案であり、結果的には入学の容認をしたのは貴殿らだ。
仮にテロリストだと理解した上で容認したとなれば、我々は君達の粛清に動く事になる。七星剣武祭の前に貴殿らが血祭に上がるのを望むかね?」
「そ。それは………」
「では今回の件はこれで決定事項とする。異論があるのであれば我々ではなく本部に直訴したまえ。本部が我が国に起こった出来事に対して関与するとは思えんがね。それとも、貴殿らには抗う事が出来るだけのチャンネルをお持ちか?」
既に抗弁する事は誰一人出来なかった。幾ら自分達も犠牲者だと言い張った所で世間が納得するはずが無い。そもそも偽りの素性でそのまま学園に入学した時点で管理責任を問われる事になる。そうなれば理事長以下、殆どの人間は何らかの処分を受けるのは間違い無かった。
幾ら実務で騎士連盟が幅を利かせた所で、テロリストを養成した事実は変わらない。
その際に真っ先に責任を取らされるのは、間違い無くこの場に居る者達。それを明確に理解したからなのか、部屋の中は完全に沈黙していた。
「幾ら猶予があったとしても、我々がやるべき事は何も変わらんと言う事か」
破軍学園の理事長室には重苦しい空気が漂っていた。
今回の襲撃に関する事だけでなく、元々起こるであろう可能性が結果的には暴発した事がそもそもの原因だった。
幾ら政府が秘匿しようとしても、人の口には戸が立てられない。今回の件に関しては表面上は何となくで終わったが、内包された熱量はこれまでに無い程の状態になっていた。
世界大戦が終わってから真っ先に行ったのは秩序をどうやって保つのか。その結果として戦勝国でもあった自国が世界に向けて管理する機構に入るのは他の国に対しても十分すぎるアピールとなった。
結果的にはその流れに付随するかの様に他国もまた機構に組み込まれたものの、実際には時の政府の強引な手法が問題となっていた。
その結果、国内では未だにその判断が間違っていると言った声が燻っている。今回の発表に関してもまた、そんな思惑があったのは明白だった。
犯人が誰などと言う低俗な話ではない。
相応の地位に居る人間が関与しない事には、今回の襲撃事件は実行されなかっただろう。少なくとも黒乃だけでなく寧音もまた似た様な事を考えていた。
しかし、今はそんな国内の思惑を考えるだけの余裕は無い。幾ら期日を伸ばしたと言っても、該当する人間に対して、今回の襲撃事件は余りにもショッキング。当然ながら代表を辞退する事も黒乃の下には届いていた。
「でも………人選は慎重にしたいが、生憎と駒が少ないのはな」
「でも、時間の猶予はあったんだから、予選の順位から引っ張ったらどうさね」
「それが出来れば苦労はしない」
既に何人もの生徒に打黒乃は打診をかけていた。元々実力主義を謳う以上、選手と成れる人間は限られている。しかし、何の覚悟も無いままに銃弾の洗礼を浴びた生徒は、一様に恐怖心を抱いていた。
そうなれば、試合に出る以前にカウンセリングが必要になる。事実、熟達した伐刀者であっても、戦場での体験は精神の異常をきたす。ましてやただの生徒であれば、それはより顕著だった。
目ぼしい該当者が居ない。厳密には一人心当たりはあるが、数字から考えれば限りなく縁遠い。出場させるとなれば大義名分が必要になると考えていた。
「くーちゃんが何を考えているのかは想像出来るけど、折角だから一度は当たってみたらどうさ。砕けたら砕けたで次を考える。それしか無いと思うけど」
「そうか。いや……面倒かけるな。まさかお前の口から言ってくれるとは。では時間の都合だけはしておく。交渉は任せた」
寧音の何気ない言葉に黒乃は黒い笑みを浮かべていた。
互いの認識の中で該当する人物は風間龍玄ただ一人。しかし、交渉と言う様に、物事は簡単に動く事は無い。
何せ勝敗だけで見れば、該当する人間はまだまだ存在するはず。勿論、そんな事はこの場に居る二人よりも龍玄が一番理解している。正論で返されれば、どうやって切り崩すのか。そんな事を考えていたからこそ、黒乃は敢えて言葉にはしなかっただけだった。
「ちょっ…………私がやるなんて聞いてない」
「当然だ。何も言ってないんだからな。だが、お前からそんな話が出たならば早い。厳しい結果になるかもしれんが、骨は拾ってやるぞ」
懸念事項が完全に外れたからなのか、黒乃の手に持つ煙草は何時にもまして旨かった。
勝敗でなく、純粋な技量であれば、負ける可能性は微塵も無い。子供の試合に大人が出る以上にある理不尽を考えれば、その考えは有りだった。
しかし、それと同時に一人の生徒を交わした約束が反故になる可能性がある。少なくとも現時点で対峙した際に勝てる道理は全く見つからない。
黒乃とて理不尽な場面はこれまでに何度も経験をしてきている。少なくとも自分の場合はこれまでに培った経験と実力を基に相手を下していた。
そう考えると今回のこれに関してはどう考えても理不尽の言葉だけで終われるはずが無い。寧音に任せはしたが、どんな結果になったとしても自分が多少なりとも骨を折る必要があるだろう。
煙草を咥えながらもそんな取り止めの無い事を考えていた。
「良いだろう。だが、俺よりも上の連中はどうしたんだ?まさかとは思うが尻尾を巻いて逃げたのか?」
「………その通りさね。まだ何も知らない学生がいきなり戦場に放り込まれたんだ。尻込み位は当然。でも、本当に良いのかい?」
「ああ。特段予定が入っている訳でもないんでな。だが、依頼が入ればその限りでは無い。どちらを優先するのかは考えるまでも無いんでな」
「因みに、まともに出場して欲しいと言ったら?」
「依頼としてならば受ける。相応の費用は請求させてもらう事になるがな」
寧音は内心では驚きながらも龍玄が出した内容に少しだけ戸惑っていた。
実際に龍玄の実力であれば、確実に優勝をもぎ取るのは容易いのかもしれない。
事実KOKの上位陣でさえも手玉に取れる程の実力を有する人間が、態々格下の大会に出場する。少なくとも大人と子供の試合の様な状態になるのは当然だった。
本来であれば、優勝を約束するのは学園にとっては有難い話だった。
本当の意味での
しかし、あのエーデルワイスであっても相応に警戒するのが風魔衆。寧音自身も、実際にはどこまでが本当の実力なのかを知っている訳では無い。
整えられた舞台での戦いであればそれなりに戦う事は出来るが、これが盤外戦にまで及べば敗北は必至だった。
それは小太郎だけに限った話ではなく、目の前に居る龍玄もまた同じ。
青龍として名乗る以上は、余程の事が無い限り敗北を匂わす事すら不可能であるのは寧音自身が経験しているからだった。
単純な戦いではなく、あらゆる策動を絡めた盤外は自分の命が対価となる。通常の戦闘であっても隙が無い人間がそこまでするからこそ風魔は最狂、最凶の名を欲しいままにした存在だった。
だからこそ
「学生の本分なんだから、それ位は」
「ならば俺よりも成績が上位の人間を出せば良かろう。何故、俺に拘る?」
「肉体の強化は簡単でも、精神を鍛えるのは難しいんよ」
「それを教えるのが、お前達教師の役目じゃないのか?」
「そうは言われてもさ………」
龍玄の正論に寧音もまた答に窮していた。
魔導騎士養成学校でどんなカリキュラムを組んでいるのかは教員であれば誰もが知りうる内容。実際に精神論に近いそれは、どちらかと言えば学内で指導するよりも対外的に教える物。
戦場に関しても大よその事を伝えはするが、それでも実戦を経験する人間は数える程だった。
歴戦の猛者に言うべき内容ではない。誰よりも理解しているからこそ、言葉には出来なかった。
「学生として出るのと、職業として出るのは違う。俺達は一つ一つの戦いが全てであって、それ以外には何の価値も見出さない。
実戦で負ければ明日が無いのと同じ。だとすれば、俺が依頼として何らかの対価を求めるのは当然だと思うが?」
「それに関しては私の一存では決められない。その辺は要相談って事で」
「だろうな。少なくとも学生としての俺にはそれ程の価値はない。実際に、七星剣武祭の頂点を取る為に、今の理事長が据えられたんだろ。非常事態なのは理解するが、中には邪推する人間もいるかもしれない。態々火の粉大きくする様な事をするのは面倒なだけだ」
自分が任されたのは、あくまでも出場に関する事だけ。条件までは何も聞かされていない。だからなのか、寧音もまたそれ以上の言葉を出す必要は何処にも無かった。
水面下で動いたからなのか、破軍学園そのものは何時もと同じだった。
違うのは周囲が当時の惨劇を残している点だけ。当時、その場に居なかった人間もまたこの状態を見たからなのか、誰もが他人事ではなく、事実であった事を認識していた。
それと同時に、生徒会の人間もまた一人を除いて全員がダウンしている。既に意識を回復した人間も居たが、刀華と泡沫に関しては未だに意識が戻っていなかった。
そうなれば、その負担は残された人間に行くだけ。
生徒会役員の中で唯一、まともに動けるのは貴徳原カナタだけだった。
当然ながら仕事が全て一点に集中する。生徒会役員室には何時もの優雅さは何処にも無かった。
「………これで一息着けそう」
カナタの言葉を聞く者は誰も居なかった。
既に、用意された書類の殆どをこなした事によって、漸くここに来て休憩を入れる事が可能となっていた。
未だ戦闘の傷から立ち直れない人間が居る以上、生徒会としても何らかのフォローをすべきだとカナタは判断していた。
その為に学園にもある程度の申請を出す事によって、自分達でも出来る事を少しづつ行う。今のままの状態を引き摺ったままでは回復の余地は無い。だとすれば、強引でも良いから何かをした方が良いだろうと考えていた。
その結果が校舎や敷地内の現状回復。業者が入る事は聞いているが、それでも何かしら学園に対してする事によって、立ち直るキッカケがあればと考えた末の行動だった。
勿論、全員の強制参加では無い。それを周知徹底させる為にも、カナタは孤軍奮闘していた。
「何だ。こんな所にいたのか?」
「私に何か用かしら?」
誰も居ないはずの部屋に響いたノックは返事をするまでもなく、一人の青年の侵入を許していた。
同じ部屋の住人でもある風間龍玄。態々ここに来てまで話す事があったのかとカナタは考えていた。
何も見えないからこそ理由もわからない。がしかし、用事も無くここに来るとも思えなかったからこそ、疑問だけがそこにあった。
「一つだけ確認したいんだが、黒鉄一輝と理事長はどんな内容の約束をしているんだ?お前なら知ってるだろ」
「約束ですか」
「そうだ。先程西京寧音から七星剣武祭の件で打診があった。俺個人としては出る事に特別問題は無いが、どうにも気になる事がある。知らないなら知らないで構わないが、知ってる事があれば教えてくれ」
龍玄の言葉に、カナタもまた記憶の糸を手繰り寄せていた。
元々学園にとって一輝の存在はある意味では特別だった。
これまでにあり得ない事を突如として学園が行った事実は、当時の生徒の殆どが疑問を持ちながらも、それ以上突っ込む事は無かった。
実際に用意された条件はランクによる制限のみ。
Fランクは事実上一輝しか居なかった為に、大半の人間はそれ程気にしていなかった。
特にカナタ達三年であれば、その内容はより顕著になっている。当時、刀華が調べた内容は何となく耳にした記憶があったが、カナタが完全に知っていた訳では無かった。
精々が学園と個人的に何かをした事だけ。予選会で桐谷静矢が行った様に本戦で優勝出来ない限り卒業は出来ない位の話だった。
「すみません。私も詳細までは聞いていません。ですが、予選会で言っていた言葉に間違い無いのは事実です」
「予選会か。例の話の事だな」
龍玄の言葉にカナタは頷く事しか出来なかった。当時の流れがどうなっているのかは当事者にしか分からない。しかし、予選会だけでなく本戦での優勝まで含むとなれば話は大きく変わって来る。
自分が打診されたのは本選の出場。仮に一輝と対峙したとしても、負けるつもりは全く無かった。
慢心している訳では無い、今の一輝の戦闘能力を考えると未だに技術面での粗が多分にあるからだった。
先の襲撃で相応に活躍したと仮定しても、自分の足元にも及ばない。これまで裏の世界で生きてきた龍玄からすれば至極真っ当な評価でしかなかった。
だからこそ、その内容と自分が出場する事によってもたらされた結果で一人の人生が変わる。
お互いが合意した内容にまで手を及ぼそうとは考えていない。がしかし、何も知らないよりは、多少なりとも知った方が何らかの打開策があるのではと考えた末の行動だった。
「ええ。ですが、あの時と今は状況が大きく違います。仮にですが、風間君は黒鉄君と対峙した際には手心を加えるつもりですか?」
「そんな事はしない。敵対する以上は相応に叩きのめすだけだ」
「でしょうね。だとすれば、私よりも直接理事長に聞かれた方が早いかもしれませんね。それと、今回の出場に関してですが、私も本戦の出場は取りやめましたので」
「理由を聞いても?」
カナタの突然の言葉に龍玄は少しだけ考えていた。
今回の件で相応にダメージを追っているのは、現有戦力の中で最大でもある東堂刀華。対外的な傷は既に癒されているが、問題なのは心情面だった。
学園が把握しているのは、刀華はその場で血だらけで倒れている場面しか見ていない。当然ながら襲撃者が誰なのかよりも治療を優先した結果だった。
実際に襲撃にあった生徒の中でも伐刀者と対峙した人間は幻想形態である事が判明している。本当の意味で怪我をしているのは兵士による銃弾を浴びた人間だけのはずだった。
しかし、刀華に関しては兵士が居た場所とは正反対の場所で倒れている。
だからこそ、理解する前に行動していた。
治療は完了しているが、意識が未だ回復していない。只でさえ生徒会の仕事と同時に自分の会社を回しているが、今はそのどちらも輪をかけて忙しくなっていた。
そうなれば自分を鍛えるだけの時間が残されていない。同じ部屋には居るものの、最近に関してだけ言えばお互いの顔を見る事も無くなっていた。
実際にカナタともまともに話したのは久しぶりの状態。だからなのか、カナタもまた休憩代わりに棚にあった紅茶を取り出し、少しだけゆったりとした時間を過ごしていた。
「その件だが、犯人の可能性はこちらで掴んでいる。だが、手は出すな」
「まだ犯人の特定は出来ていないはずじゃ…………」
「政府や警察の見解と、我々の調査が同じなはずがあるまい」
手は出すなの言葉にカナタは何となく犯人が風魔に関連するのではと唐突に考えていた。
実際には違うのかもしれない。しかし、これまでに少なくない程に接触したカナタだからこそ、龍玄の言葉の真意が何となく分かった様に感じていた。
手は出すなではなく、出せば命の保証はしない。何となくだが言外にそうなんだと考えていた。
「それは私にも言えない事ですか?」
「そうだ。
「
あの時と同じ疎外感。確かに自分と龍玄の関係は身内ではなく、債務者と債権者に近い関係でしかない。それと同時に、まだ自分とは距離感があるのだと認識していた。
事実、今は生徒会室に来た時と雰囲気が異なっている。
それがある意味では答に近い物だった。
距離を縮める為にはどうすれば良いかではなく、恐らくは信用度の問題なのかもしれない。気が付けば自分が用意した紅茶の熱は完全に失われていた。