会場内は開会式とは違った空気に包まれていた。
既に会場内からは割れんばかりの歓声と応援しているであろう選手の声援が聞こえる。
本来、選手の控室には集中出来る様な防音施設が設置されているが、この試合に関しては無意味でしかなかった。
会場の異様な空気の原因は分かっている。ここが大阪であり、そして自身の対戦相手の地元。ましてや昨年の七星剣王となれば当然だった。
これが普通の選手であれば圧倒的なアウェー会場に実力を出す前に負けるのかもしれない。しかし、今の自分はそんな空気よりも自分自身を求めれている対戦相手の存在感の方に意識を向けていた。
何時もであれば何も思う事が無いはずの時間。檄を飛ばされたからなのか、今の自分の意識は完全にこれから始まる戦いに集中していた。
「では、黒鉄選手。入場をお願いします」
「はい」
余りにも落ち着いた表情に、呼び出しに向ったスタッフは内心驚いていた。
少なくともこれが初出場の一年生の心情なのか。これまで幾度となくこの控室に呼び出しの為に足を運んだが、ここまで落ち着いた雰囲気を見せた選手を知らなかった。
だからなのか、今回の戦いの未来に少しだけ関心を示す。これまでに一度もそんな感情を持った記憶がなかったのは、偏に自分に感覚にピンとくる人間が居なかったから。
自分の後ろを歩く選手がどんな背景を持っているのは知っているつもりだが、少なくともそんな情報は何の役にも立たない事だけは実感していた。
背後から来る圧倒的な存在感。にも拘わらず、気負う雰囲気は微塵も無い。一歩一歩と歩くにつれ、観衆の声は次第に大きくなる。これからどんな戦いが始まるのだろうか。呼び出しのスタッフもまた、これまでに無い程に気持ちが高揚していた。
「これ程大きな歓声って、早々無いんじゃないかな。少なくとも私の時は無かったよ」
「今年は波乱が前提ですから、ある意味仕方ないかもしれませんね。それに建前上は実力者が集まっている事になってます。その中での優勝であれば、相応に価値はありますから」
「建前上……ね。こんな中ではやりにくく無いのかな」
「それに関しては大丈夫ですよ。この程度の歓声で気圧されるなら、所詮はその程度でしかありませんから」
「手厳しいね」
「事実ですから」
刀華の言葉には僅かに含みがあった。破軍学園襲撃事件以降、今大会の発表の際に出された内容は当事者であれば、到底許せる様な言い方では無かった。
しかし、会場に来る観客からすれば、そんな裏事情は碌に知らない。それを分かっているからこそ、それ以上の感情を持つつもりは無かった。
どんな説明をしたとしても、結果が全て。ましてや自分も選手だったにも拘わらず、試合会場ではなく、観客席に居る事が全てだった。
自分は今回の襲撃者と対峙していない為に、気持ちの行き場は何処にも無い。だからと言って、学園の優勝を願う事に変わりはない。
そうなれば、自分の感情を一旦押し殺すしかない。カナタの言葉に刀華もまた少しだけ冷静になっていた。
会場の湾岸ドームは既に決勝戦かと思える程だった。
観客席に居る刀華とカナタは隣同士に座っているが、その声すらも聞き取りにくい。お互いが至近距離で話す事によって漸く会話が成立する程だった。
刀華が言う様に、既に会場のボルテージは尋常では無かった。
昨年の準決勝でもこれ程の歓声が上がっていた記憶は何処にも無い。既に対戦相手を知っているからこそ、刀華は少しだけ一輝の心配していた。
一方のカナタはこの大会が始まる前、一輝がどこで何をしていたのかを正確に理解していた。
元々朱美と話をしたのがキッカケではあったが、その内容はカナタから見ても厳しいとさえ考えていた。
実際に破軍学園は事前合宿で宝蔵院槍術の門を叩いている。あの時もまた厳しい内容ではあったが、その中には多少の優しさも含まれていた。しかし、風魔の前線基地でもある道場ではそんな優しさは最初から無かった。
常に戦いに明け暮れ、睡眠の中でさえも戦いを欲しなかれば、目の前の相手を倒す事は困難でしかない。得物もまたバラエティに富んでいるからなのか、じっくりと様子を見た時点で負けが決定されていた。
神速ではなく最速で動く体捌き。それに対応出来ない時点で意識が飛ぶ環境は既に大会前の調整の概念ではない。寧ろ、これからが本番だと言わんばかりだった。
だからこそあの重圧に耐えうるのであれば、この程度の歓声は雑音でしかない。
カナタもまた少しだけその事実を知っているからこそ、眼下で対戦相手を待っている諸星雄大には何の重圧も感じていなかった。
「でも、実際にはそうなんだろうね」
「したり顔の人間であれば、昨年の刀華さんとの再現の様に感じているかもしれませんね」
カナタの言う昨年はまさに間合を完全にコントロールされた結果だった。
クロスレンジでの接近戦を避け、常に自分の間合いで攻撃を続ける。何も知らない素人からすれば面白くない戦いかもしれないが、対戦している選手や玄人からすれば、ある意味当然の戦術だった。
自分の得意な間合いで相手を封殺するのは一番リスクが少なく、効率的なやり方。
態々自分の身を晒してまで厳しい戦いをする必要性は何処にも無い。
それをするならば映画をみれば十分だと言える程だった。
カナタの言葉に当時の事を思い出したのか、刀華は少しだけ眉根を寄せていた。
「初戦で戦えるのはある意味ツイてるかもな」
「それは同感です。それなりに試合が進んでいれば案外と詰まらない結果になるかもしれませんから」
「昨日とはエライ変わり様やな。流石はと言った所やな」
「買い被り過ぎですよ」
諸星雄大のやや挑発めいた言葉を一輝はそのまま受け流していた。
実際にセレモニーとも呼ばれる会場ではなく、昨晩の諸星の実家での食事では随分と踏み込んだ話を聞かされていた。
自分の思いと相手の重圧。持つべき物が何なのかを何も考えなければ、自分のこれまでの思いなど軽い物だと考えていた。
しかし、龍玄の言葉に一輝もまた改めて自分のこれまでの道程を思いだしていた。
黒鉄一輝と言う人間が認められる為には、この大会での優勝が必須条件となる。
幾ら問題を抱えたとしても、それは単なる障害でしかない。寧ろ、Fランクと言う世間が持つイメージを払拭しなければ、自分は魔導騎士はおろか、伐刀者としても認められていないのと同じだった。
そう考えれば対戦相手の諸星雄大は随分と恵まれている。
自分は七星剣王と言う学生の頂点に立ち、妹は声こそ出ないが、命が無くなっている訳では無い。
当時の状況に関しては同情はするが、それは自分にも当てはまる事。だとすれば、大会で優勝出来なければ、伐刀者としての自分の命は絶たれる事になる。
認められない自分を誰よりもこのまま一生許せるはずが無かった。
自分のアイデンティティを維持する為には目の前の男をどうやって下すのか。ある意味ではそちらの方が重要だった。だからこそ、挑発だと分かっていても、自分もまた言葉が止まらない。
昨年の全試合を確認し、その対策も練っているからこそ一輝は何時もとは違った獰猛な笑みを浮かべていた。
これが龍玄と対峙すれば『感情を見せるな』と一喝されたかもしれない。しかし、そんな事すら気にならない程に戦いに向ける情熱が高くなるのとは逆に、深い水底に沈むかの様に冷静になっていた。
その根拠は、この戦いが始まるまで命がけとも言える戦いを繰り返した結果。それがあるからこそ、冷静になれるだけの材料がそこにあった。
《LET's GO AHEAD!》
機械的なアナウンスが流れた瞬間、これまでの空気は一変していた。
実際にお互いが様子を見るからなのか、その間に漂う空気は重くなっていた。
これまでの戦いを知っている人間であれば、誰もが確実に驚く程の出だし。本来のお互いの持つ得物のリーチを考えれば当然だった。
一輝は正眼に構え、諸星は槍を中段に左構えに対峙する。既に戦いは見えない部分で始まっていた。
互いが動くのは僅かに躰が揺れる程度。僅かに動くそれを見て常に幾つものフェイントが入っていた。
実際に間合の違いは馬鹿には出来ない。それが持つ意味をこの会場に来ている人間が知らないはずが無かった。
事実、この立ち上がりに驚いているのは観客ではなく出場選手。少なくともこの戦いは、お互いの持つ有効空間としての間合を瞬時に潰す事が戦いのセオリーだと思っているからだった。
勿論、それは出場する選手であれば誰もが理解している。だからこそ、序盤から動かない一輝が何を考えているのかが分からなかった。
戦術を理解しているのであれば様子見。何も考えていないのであれば手が出せない。それがそれぞれの判断でもあり、また各々が持つ技量の差だった。
これまでに積みあげてきた物が何かを理解している人間は最初から驚く事はしない。
何故なら、それがこれまで一輝が積み上げてきた戦術だったからだった。
(思った程じゃない……か。いや、何らかの策があるはずだ)
一輝は正眼に構えながらも諸星から出る氣の大きさを本能で感じ取っていた。
実際に過去の試合は全て目を通したものの、実際に対峙した事が無かっただけでなく、そこから更なる成長があると考えていた。
それと同時に、初手から攻め込まれる事が無かったのも冷静になれた要因。少なくとも道場では開始直後の突きは銃弾よりも早く、また起こりが一切見えなかったからだった。
後半になってから、何となく感じる事が出来た為に辛うじて開始一秒で敗北となる事は無かったが、対戦相手は当然の如く無拍子だった。
視るよりも早く感じる以外に対策が無く、回避も常に先の事を見据え無ければ敗北までの時間が余分に数秒の伸びただけに終わる。そう考えれば挑発はある意味、こちらの動きを誘導する意味があったのかも知れなかった。
実際に幾度となく見た映像での戦いは驚く程に堅かった。
まず崩れる事が無い為に、常にこちらが攻めているはずが、気が付けば追い込まれている様な場面が幾つもあった。
猪突猛進ではなく、完全なる搦め手。それが一輝が下した諸星の選手像だった。
挑発にのれば動きは単調になる。そこをカウンターで落とすのは簡単だった。
だからこそ、戦いでやれる事を完全にやり切る。それを感じた為に、様子を見ていた。
体幹に一本の巨大な柱が入るかの様に微動だにしない。一輝は僅かに半目になりながら動きを察知するかの様に見定めていた。
(流石やな。雷切とは引き分けと聞いてたけど、あれはブラフやな)
挑発めいた言葉ではあったが、その程度で動くとは諸星もまた考えていなかった。
実際に今年の大会では東堂刀華への対策として業を磨いていた。
基本的に自分の異能が単純である事から、諸星もまた派手な物では無く、淡々と自分の持つ槍の技術だけを磨いていた。
途中で破軍学園が宝蔵院槍術の門を叩いた事は驚いたものの、それ以外に関しては極力雑音を入れない様に鍛えていた。
自分の環境に関しては多少の事は口にしたが、それはあくまでの他人には関係の無い話。それと同時に、自宅の店に招いた事によって一輝の性格と言うものを観察していた。
抜刀絶技でもある一刀修羅は身体強化の上級版。それ以外に特徴らしい物は何一つ無い事は事前に知っていた。
Fランクの人間はそう簡単に異能を使いこなす事は出来ない。となれば、結果的には魔導騎士連盟が定めるランクの範囲外での評価をするしかなかった。
同じメシを食べ、馬鹿話が出来れば為人は分かる。少なくとも諸星は一輝の事を朴訥な青年ではあるが、戦いでは別人の様に熱くなるのだと判断していた。
黒鉄一輝は学内での戦いは基本的には非公開となっている為に詳しい事は分からない。しかし、少なくとも幾つかの情報が上がった際には自分と同じ匂いがすると考えていた。
異能ではなく、自らが鍛え上げた肉体と業だけで勝ち進む。その結果がFランクにも拘わらず、代表にまで上り詰めた結果だと判断している。
そうなれば、ここで求めらるのは純粋な戦闘による技能。お互いの鍛錬の結果だけだった。
だからこそ、今の一輝の状態がどうなっているのかを見抜く。少なくとも簡単に事が運ぶなどと甘い考えを持つ事は無かった。
お互いの動きがまるで静止したかの様に見える程、時間だけが悪戯に流れていた。
実際にお見合いをしている訳ではなく、互いの動きを予測している。これが選手同士であれば理解出来るが、観客からすればまるで面白く無かった。
圧倒される程の動きを見せた戦いをするのだと考えていた人間は予想外の展開にただ茫然と見るしかなく、ゆっくりとストレスが溜まっていく。
一度沸き起こった感情はまるで周囲を巻き込むかの様にそんな感情に支配されつつあった。
先程までの緊張とは違った感情が会場内に伝播する。それは観客だけでなく、選手にまで伝わり出した瞬間だった。
「えっ…………」
誰が口にしたかもわからない程に出た小さな言葉。まるで堰を切ったかの様に突如として時間が動き始めていた。
先程までの沈黙は嘘だったかの様に変化する。気が付けば諸星の持つ固有霊装『虎王』の穂先が僅かにブレていた。
自身の鍛え上げた肉体から繰り出す神速の三連突き。そのどれもが一輝の胸元へと吸い込まれるかの様に疾る。
まるで観客のストレスを察したかの様な攻撃が、静かな立ち上がりを破壊していた。
目で追うには難しい。少なくとも昨年までの諸星雄大の攻撃にまともに対処出来た人間は数える程だった。
目で追えない攻撃を回避するには、その槍が持つ間合から大きく逸脱するしかない。当然ながらこれまでに善戦で来た人間の殆どがそれだった。
その攻撃が何なのかを観客もまた理解している。
高速で突かれるそれをまともに見ようとすれば、それこそスーパースローで見るしかなかった。
(やってもうた!まさか、あないな方法を取ってくるとは)
神速の三連を繰り出した瞬間、諸星は激しい後悔をしていた。
少なくとも自分の人生の中で後悔しながら攻撃をした事はこれまでに数える程しかない。
しかも、その殆どがまだ学生になったばかりの事だった。
最近になってからはそんな感情を持って攻撃をした事は一度も無い。
諸星がそう感じたのは当然だった。
観客の雰囲気が変わり出したのは手に取る様に知っていた。実際に諸星とて伊達に七星剣王になった訳では無い。ましてやここは自分の地元でもある為に、相応の戦いをするのが当然だと感じていた。
事実、対戦相手の一輝を同じ高さで見るまではそう考えていた。しかし、お互いが試合開始に見たそれは諸星の思惑を容易く崩壊させていた。
正眼に構え、半目になった姿に隙は何処にも無い。まるで全ての攻撃を何時でも迎撃出来ると思わせる姿勢を保っていた。
余計な物を見る必要は何処にも無い。会場の空気がどうだとか、相手がどうだとかではなく、ただ純粋に目の前に来るであろう攻撃に備えているだけだった。
実際に何時でも攻撃に転じる事は可能だと言わんばかりに体躯は常に細やかに動いている。それが膠着を作った理由だった。
勿論、諸星とて会場の空気に圧されたから攻撃した訳では無い。純粋にその空気と連動したかの様に僅かに一輝の姿勢が崩れたからだった。
そこから先は半ば無意識と同じ。諸星は反射的に攻撃を仕掛けていた。
自分の意識ではなく、相手の土俵で戦いを仕掛ける。それがどれ程愚かな行為であるのかを理解していたからだった。
幾ら意識を変えようが、既に動いた以上はそのまま次の動きに繋げるしかない。
アドバンテージを失った攻撃程脆い物は無いからだった。
(確かに速い。だけど!)
鋭く襲い掛かる突きは全て自分の胸元に向っている事を一輝もまた理解していた。
実際にここまで膠着した展開を見せるとは一輝自身も予測していない。少なくとも自分が対峙してきた人間は誰もが自分よりも格上にも拘わらず、増長する様な事は一度も無かった。
目で追えない攻撃を回避するには、間合から大きく外れれば良いだけの話。しかし、厄介なのはその間合がどこまでなのかだった。
握る場所によって槍の間合いは常に変化し、また、指の力を使う事によって破壊力も大きく変化し続ける。
少なくとも道場の人間程ではなく、普通の武芸者と同じだと考えていたからなのか、鋭く襲う突きに対し、精神的にはかなり余裕があった。
三連突きの最大の特徴は突くよりも引き戻す速度。幾ら突きだす速さが神速だとしても引く速度が凡庸であれば、結果的にはただの突きと同じ。だとすれば、漬け込むのはその一点だった。
初撃を往なすか回避するかは一瞬の判断。本来であれば往なしてカウンターを取るのがこれまでの培ってきた経験から来るそれだった。
しかし、自分の予測が大きく外れた場合その代償もまた計り知れない程に大きくなる。ここで一輝が選択したのは往なす事。引きの速度を見る事によって、これまでの状況をアジャストする必要があった。
十文字槍の様に、引く際には攻撃能力は無い。その特徴を理解するからこその選択だった。
何時もと同じ感覚で臨んでも問題は無いが、最終的に自分が窮地に追い込まれかねない。その為の布石が必要だった。
隕鉄の切先をセンサーの様に働かせ、穂先の動きをコントロールする。
最小の動きで最大の効果を発揮させるのは並大抵の事ではない。少なくとも七星剣王にやるべき行為ではない。
残像とも取れる動きを一輝は冷静に対処する。神速の突きの最後を確認したからなのか、一輝もまた自然と攻撃の組み立てを開始していた。
「これが黒鉄君の実力………こんな短期間でどうやって」
刀華は思わずその言葉を口にしていた。
実際に自分も昨年戦った相手なだけに、その実力がどれ程なのかを理解していた。
自分もまた予選会の最中であっても諸星を仮想敵に見立てて戦術を構築した事もあった。しかし、今の状況を見る限り、諸星の技量よりも一輝の技量の方が僅かに上ではないのかと思い始めていた。
幾ら映像に残っているとは言え、諸星の持つプレッシャーは尋常ではない。少なくとも普通の伐刀者であれば、先に潰れるのが落ち。
そうなればまともに戦う事すれ出来なくなる程。刀華もまた、初見で戦った際にはそう感じていた。
しかし、今の一輝の姿にそんな部分が全く見えない。初撃とも取れる三連の突きを往なした時点でそう考えていた。
「確か、本戦が始まるまでは道場でしたから、恐らくはそれが影響してるのだと思いますよ」
「道場って、まさかとは思うけど……」
「はい。そのまさかです」
刀華の呟きの答えを知ってたからなのか、カナタは事も無く答えていた。
実際にカナタ自身もそこで何度も鍛錬をしている為に、良く知っている。
風魔の前線基地とも言える場所に集まるのは下忍ではなく、中忍以上。少なくとも全員がかなりの手練れだった。
カナタもまた、龍玄以外と戦った先にはまるで大人と子供程に違っている事を嫌と言う程に理解させられていた。
事の起りが見えない状態からの攻撃を回避するのは困難でしかない。
仮に回避できたとしても、その後は厳しい追い打ちが待っていた。
幾ら場所を有効に活用しようとしても、攻撃の最初の段階で躰と精神の動きが誘導されている。
最終的には回避出来ない場所にまで追い込まれる未来しかない。待っているのは絶望。
それを身に染みて分かっているからこそ、今の一輝の状態がどうなっているのかの予測が出来ていた。
「だとすれば、この結果は誰も予測出来なかったのかもしれない」
「どうでしょう。黒鉄君は彼等では無いですから、それは早計かもしれませんよ」
二人だけでなく、観客もまた先程までとは打って変わって大きく動いた状況に目が追い付かなかった。
諸星から繰り出した攻撃は一輝の躰を掠めはしたが、そのどれもが惜しいとは思えなかった。
まるで予定していた場所に誘導したかの様に、全ての穂先が外れていく。
事の起りを完全に見切ったが故の結果。それを正しく理解出来た人間はいなかった。
ここに龍玄が居ればまだまだだとこき下ろしたかもしれない。しかし、誰もがそんな武を極めて居るかの様な人間ばかりではない。
一方、初撃を外された瞬間は諸星も確かに驚きはしたが、それだけだった。
あらゆる可能性を考慮し、予定された未来へと近づける。その結果として戦いの決着が着くのは当然だった。
未だ様子見でしかない戦いではあるが、観客の殆どがその動きを驚愕のままに見ている。
まだ始まったばかり。この後の展開をどうやって繋げるのか。これが風魔の人間であれば予測可能かもしれない。
しかし、一輝は風魔衆ではない。今はただその先の戦いを見るより無かった。
「イッキ………」
ステラもまた開始早々の動きをただ見るよりなかった。
自分が更なる高見に上る為に西京寧音の下に行く際に、一輝もまた龍玄にダメ元で行く事は聞いていた。
実際に一輝の異能を伸ばす事は不可能。だとすれば、ランクの要素から外れた純粋な技能を高めるのは当然の流れだった。
実際に自分がやってきたのは自分の力を正しく理解する事。その結果として、自分の持つ能力がまだ一割程度だと理解していた。
一度理解すれば、後は簡単だった。
それを高めた事を確認したからこそ万全を期して会場入りしていた。
しかし、一輝もまた違う意味で鍛えられていた。
内包する熱量は同じ様に見えるが、その雰囲気は少しだけ違っていた。
これまでも少し様子を見る部分があったが、今は完全に違う。
何となく周囲を見ながらも自分の持つ存在をその中に紛れ込ませている様にも感じていた。
相手と同化するかの様に同じになれば、何となく考えている事が分かる様な気がする。
少なくとも最初の交錯した攻防ではそれを如実に感じていた。
それと同時に自分ならどうしただろうか。恐らくは相手を飲みこむかの様に膨大な魔力で一気に押し込んだかもしれない。
確かに愛しい人ではあるが、この大会に於いては敵でしかなかった。
だからこそ、全体を巻き込んだ攻防をステラは考える。それが正しいのか間違っているのかではなく、自分ならどうするのか。少なくとも先程見せたそれと同じ事をやれと言われても出来ない事だけは間違い無かった。
ゆったりとしている様に見えるが、実際には違う。ステラの目に映る一輝の姿は何となく龍玄に近い物だと判断していた。
序盤の動きが嘘だったかの様に舞台の上は時間軸が異なっていた。
異能を使わない攻撃を信条としているからなのか、お互いの動きは伐刀者では無く武芸者のそれに近い。
しかも、互いの技量を高めあうかの様にその速度は徐々に上がっていた。
攻撃を往なす事を前提に組み上げた戦術は嵌まれば強いが、外れれば脆い。
槍術を理解しているからこそ、一輝は同じ動きをする事は無かった。
槍術の大半の動きは突きではなく叩くか払うにある。実際にこれまで戦ってきた相手は当然の様にその攻撃を使用していた。
槍術の間合いを正確に測る事は難しい。これまで幾度となく戦ってきた相手であれば何となく理解出来るかもしれない。
しかし、初見の人間であればそれは不可能に近い。
幾ら照魔鏡の様な洞察力を持っていたとしても、それはある程度の実力差が必要となる。
自分にゆとりがあれば可能だが、それが自分と同じかそれ以上になった時点で不可能だった。
実際に道場での戦いでそれを可能とした事は一度たりとも無い。
回避出来る様になったのは、相手の氣の流れを何となくでも読む様になったからだった。
だからと言ってそれが出来たのは最初だけ。以降、誰もが氣を放出する事無く攻撃を繰り出していたからだった。
一輝が出来たのは諦めないと言う意思だけ。小細工をせず、ただ己の体躯にそれを刻み込んだからだった。
刀と槍では攻撃が交錯する事は早々無い。お互いの間合いを如何に潰し、自分の領域を広げるかを優先していた。
有利な間合いがどこにあるのか。それが本当に正しいのか。戦いながらに一輝の思考はフル回転したままだった。