英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第62話 実力の差

 仮に会場に審判が居れば、確実に何らかの異変を感じる程にばの空気は緊張に包まれていた。

 厳密に言えば、緊張感を露わにしているのは多々良だけ。一方の龍玄は完全に自分にせまる氣を何事も無かったかの様に受け流していた。

 まるでお互いが決められたかの様に距離が縮む事無く一定を保っている。

 途中で変化するのは多々良が龍玄を攻撃する時だけ。龍玄はまるで何処に攻撃が来るのかを分かっているかの様に完全に回避していた。

 

 

(黒い家の一族だと聞いていたが、この程度の業か)

 

 龍玄が完全に多々良の攻撃を回避出来るのは相手の動きを見るからでは無い。

 動く瞬間の呼吸や筋肉の微妙な動き、それと同時に攻撃する瞬間に発生する氣の揺らぎを視ている。その結果として来るであろう攻撃箇所を予測していた。

 如何なる人間であっても無呼吸で動く活動時間は限られている。

 幾ら長時間の活動が可能だとしても、それは自分が完全に肉体をコントロールできる状態になっているから。

 当然ながら攻撃を受け、肉体が損傷すればその限りでは無い。ましてや多々良は筋肉が少ない箇所を激しく損傷している為に、肉体を完全にコントロールする事が出来ない状態を龍玄が作り上げていた。

 

 それと同時に、同じ裏の人間であっても決定的にその深度は異なる。

 表から見ればそれ程違いは無いかと思っても、実際にはかなりの違いがあった。

 表層から見えるレベルと深淵に近い物。その違いを感じ取れない時点で結末は完全に決定されている。

 ましてや多々良は最初の攻撃で冷静さを完全に失っている以上、龍玄がどの世界に居るのかを知ろうとすら考えていなかった。

 傍から見ればギリギリで回避している様にも見える攻撃。だが、龍玄からすれば素人丸出しのテレフォンパンチと同じだった。

 

 

「どうして当たらねえんだ!」

 

「お前はそれでも本当に職業兇手なのか?」

 

 多々良が肩口めがけて攻撃したものの、その攻撃もまた掠る事無く悠々と回避された瞬間だった。

 態と必要以上に近づいた瞬間、本人にだけ聞こえる様に呟いた声。その言葉の意味を誤解する事無く多々羅は正確に理解していた。

 表情にこそ出ないが、一瞬だけ氣が乱れる。余程驚いたからなのか、多々良の視線は先程よりも強くなっていた。

 

 

「……どこでそれを」

 

「言う必要があるとでも?」

 

 裏の人間にとって、己の所属する物を知られるのはある意味では死に近い物があった。

 仮に失敗すれば待っているのは組織の滅亡。仮にそこまで行かなくとも、それに近しい事が起こる可能性は多分にあった。

 幾ら依頼とは言え、それ以外の平時にまで狙われ続ければやがて疲弊するのは間違い無い。その結果として自分の命が散る可能性もあった。

 特に兇手として生きる人間は、それ程白兵戦での戦闘能力は高くは無い。

 幾ら伐刀者と言えど、その理は同じだった。

 

 力があったとしても、対抗するだけの力が無ければより強大な力に蹂躙される。その結果、人間として扱われない人生を送った所でそれが表に出る事は無かった。

 歴史の日陰に生まれたそれは、誰かに知られる事も無くそのまま日陰の中で消えていく。その定から逃れる事は出来なかった。

 だからこそ、その言葉の真意を多々良は想像する。

 自分の所属する組織を理解するならば相手もまた同じ側に立つ者。その考えに至ったからなのか、多々良の思考はこれまでに無い程に冷静さを取り戻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これで少しはマシになったか)

 

 先程までとは違った感じを受け取ったからなのか、龍玄は態と多々良に伝えた事実に内心嗤っていた。

 冷静さを失った人間を屠るのは通常の任務。しかし、ここでのそれを誰も求めてはいなかった。

 時計をチラリとみてもまだ時間には余裕がある。そうなればこのままの戦いは目の肥えた人間にとってはまるで八百長だと思われるかもしれないと判断していた。

 

 元々から戦闘速度の差があり過ぎている。自分と同じ速度で動く人間が限られているとなれば、何らかの手合いでそのまま終わる可能性が高いと考えていた。

 実際に龍玄が全力を尽くす人間は限られている。だとすれば、このまま相手をするのは馬鹿馬鹿しいとさえ考えた末の言葉だった。

 

 

「自分から攻撃したらどうだ?」

 

「はあ?さっきからしてるだろうが」

 

「自分の状況をまともに理解してるつもりか?」

 

 龍玄の言葉に多々良だけでなく会場の誰もが疑問を浮かべるかの様だった。

 実際にオープニング以外の攻撃を一方的にしているのは多々良であって龍玄ではない。

 実際に何をしているのかも正しく理解した人間は限りなく零だった。

 それを理解出来た人間であればその言葉の意味を正しく理解する。

 それが理解出来ていない時点でお互いの力量がどれ程違うのかを分かっていないのと同じだった。

 

 

 

 

 

「ねえ、イッキ。さっきのリュウの言葉の意味って?」

 

「ステラは龍が何をしてたのか見えなかった?」

 

「何となく程度には」

 

 会場の外では一輝とステラもまた先程の言葉の意味を考えていた。

 しかし、何となく違和感は感じるものの、それが何なのかが分からない。ひょっとしたら一輝であれば気が付いているのではと考えた為に聞いていた。

 

 

「あら?ステラさんは何も分からなかったのですか?」

 

「何よ。そう言うシズクだって」

 

「だそうです。お兄様。折角ですから教えてはどうですか?」

 

 ステラだけが理解出来ないと言わんばかりに一輝の隣に座っていた隣から珠雫の声が飛んでいた。

 実際に選手であれば観戦できる場所がある。一輝を中心に互いが左右から挟んだ状態になっていた。

 珠雫もまた龍玄が何をしているのかを理解していない。ただステラに少しだけ絡んだだけだった。

 その証拠に自分の事を言う前に一輝に答えを求めている。

 一輝もまた何となくお互いがどんな状態になっているのかを察したからなのか、珠雫の言葉に答える事にしていた。

 

 

「龍は攻撃を受けた瞬間、相手の状態を探っているんだよ。その証拠に紙一重で回避しているのは完全に攻撃を見切っている証拠だよ。それと、僅かながらだけど攻撃はしてるよ」

 

「そんな様子は見えないわよ」

 

「そりゃそうだよ。だって、あれは攻撃と言うよりも寧ろ何かを探ってるみたいだ。まるで医者の触診みたいにね」

 

「ですが、それ程の技量を持つのであれば、どうしてまともな攻撃に転じないのでしょうか」

 

 一輝の言葉にステラは驚いた表情を見せていた。

 珠雫もまた本当は驚いているが、巧みにその感情を隠している。それと同時に疑問もあった。 

 実際にカウンター攻撃が出来るはずが、何故それをしないのか。その理由が全く見えなかった。

 

 

「それに関しては本人に聞かない限り分からないかな。終わってから聞くしかないと思う」

 

「ですが、それが可能だとすればお互いの実力差は…………」

 

 珠雫はそれ以上の言葉を口に出来なかった。

 まるで甚振るかの様な姿勢で攻撃するとなれば、その実力差は考える必要が無い。

 言い方を変えれば、ただ倒すだけならば何時でも出来ると態度で示すのと同じ事。敢えてしないのであれば何らかの事情がある。それが何なのかは分からないが、珠雫は龍玄の本当の実力がどの程度なのかを判断出来なかった。

 

 

「実は誰にも言ってなかったんだけど、大会が始まる直前まで龍の所で修業していたんだ。一回だけ本気で戦って欲しいと言ってやったんだけど……手も足も出なかったよ」

 

「イッキ。それは謙遜しすぎじゃ……」

 

「そんな事に謙遜はしないよ。それに龍の実力はステラだって知っての通りだから」

 

「それは……そうだけど」

 

 諸星との戦いを見たからなのか、ステラだけでなく、珠雫もまた一輝の言葉に驚くしなかなかった。

 実際に一輝の動体視力は尋常ではない。

 相手の動きを即時トレース出来る程に鍛えらえている。にも拘わらず、手も足も出ないとなれば、完全にその力量は違う事を意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 攻撃の隙間を縫うかの様に龍玄は多々良が攻撃した瞬間に龍玄は僅かながらに攻撃を加えていた。

 『完全反射』がどこまで作用するのか。それと同時に、その異能が発揮できるタイミングがどうなのかを探る為だった。

 衝撃を反射するのであれば衝撃を与えずに攻撃をすれば良いだけの話。それが可能かと言われれば可能だと口にするだけの攻撃方法は幾らでもある。

 しかし、物事はあらゆる側面から確認をする必要があった。

 

 瞬殺するのではなく敢えて時間稼ぎをする以上、こちらが常に主導権を握る必要があった。

 下手に長引かせても何かと面倒にしかならない。だとすれば確実性を取るのが一番だった。

 その為には最低限度の状況で確認をするのが一番リスクが少ない。

 常に攻撃する際の意識の隙間を狙う為に、本人が気が付いていない可能性もある。

 本来であればこんな面倒な事はしないが、時間があるだけに、龍玄は敢えてその能力を丸裸にする為に、何時も以上に手間をかけていた。

 

 

(やはり攻撃の瞬間は無理みたいだな)

 

 多々良の固有霊装が派手な音を立てて龍玄の脇をすり抜ける。

 元々チェーンソーそのものは殺傷能力こそ高いが、その取扱いに関しては色々と難も多かった。

 剣や刀の様に洗練された動きを取るには、その構造は決して良い方向には働かない。そもそも攻撃する為に造られた物では無い為に、攻撃をする前には余計な動きが必要だった。

 

 当然ながらその隙を逃す程に龍玄は甘くない。派手な音で威嚇するはずのそれもまた何の効果も発揮する事は無かった。

 すれ違いざまに速度だけを重視し、威力を殺した蹴りが幾つも入る。本来であればその勢いは反射だれるはずが、その感触は一切無かった。

 考えられるのは自分の意識が向かない場合には何の効果も発揮しない。無意識では使えない可能性が高かった。

 奇しくも一輝が触診と口にした様に龍玄の攻撃は常にあらゆる状況下で繰り出される。

 多々良も多少は気が付くも、威力が弱いからなのか、それ程気にする様子は何処にも無かった。

 データが揃った時点で、次のステップに移る。ここからは自分もまた多少の被弾をする覚悟を持ったからなのか、龍玄の動きは更に洗練されていた。

 

 

 

 

 

(アイツは一体何なんだ!)

 

 多々良もまた龍玄への攻撃をしながらも徐々に焦りを生み始めていた。

 先程の一言で心胆から冷静になったが、未だ攻撃が確実に届くとは思えなかった。

 これまでに幾度となく戦った記憶はあるが、これ程までに攻撃が届かない事は経験に無い。

 幾ら自分では冷静になってるつもりでも、肉体はその限りではなかった。

 攻撃が届かないのであればこちらが勝てる道理は何処にも無い。仮に勝つのであれば抜刀絶技で対応するしかなかった。

 時折微弱な攻撃を受ける事はあるが、それ程脅威になるとは思えない。その影響なのか、多々良の脳内には龍玄の攻撃力はそれ程ではないと無意識の内に刷り込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ頃合いだな」

 

 龍玄は敢えて聞こえるかの様にその言葉を口にしていた。

 既に時間は四分を経過している。ここからがある意味では本番だった。

 既に蓄積したデータから推測すれば、それなりに時間をかける必要はなく、また、リスクを負う事無く勝利を収める事が可能となる。後は如何にして料理するかだった。

 放った言葉と同時に躰からは余分な力が完全に抜ける。傍から見れば戦う事を諦めてのかと思う程だった。

 

 

「何が頃合いだ」

 

「この戦いの終わりだ」

 

 多々良の言葉を返した瞬間、龍玄はオープニングと同様に一気に多々良への距離と詰めていた。

 この原理は当事者でさえも理解出来ないからなのか、既に多々良の懐に龍玄は侵入していた。

 ここから打撃が来るのであればそれ以上の力を返せば良い。異能があるが故に多々良は間合に関しては甘い部分があった。

 打撃を貰うつもりなど毛頭ない。その瞬間、多々良の視界は一気に天地が反転していた。

 

 

 

 

 

「何であんな……………」

 

 一輝が僅かに口にした言葉は会場内の全ての総意の様でもあった。

 懐に侵入した時点で間合は完全に自分の中にある。となれば、ほぼ全ての攻撃を直撃させるのは容易なはずだった。

 しかし、龍玄はそんな予想を大きく裏切る。

 まるで多々良の躰を一陣の風が吹き流れるかの様に素早く後ろへと回っていた。

 その瞬間、多々良の体躯は軽々と地面から離れ、そのまま勢いが衰える事無く離れた地面へ真っ逆さまに向かっていた。

 

 

 ────裏投げ。

 

 

 柔道やプロレス、サンボにもある業。

 多々良の躰は完全に自由を失っている為に逃れる隙は無かった。

 その為に投げた勢いは衰える事をしない。

 まるで決められた動きの様にそのまま地面に叩きつけられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程……そうでしたか」

 

「あれに意味があるの?」

 

 カナタの呟きに刀華は反応していた。

 実際に襲撃の際にカナタは少しだけ多々良と対峙した経験を持っていた。

 その中で感じたのは違和感。まるでに自分の攻撃を反射するかの様に攻撃を後で必ず自分にも同じ様な衝撃を受けていた。

 一度手合わせした事によってカナタは警戒していた。

 反撃にしてはモーションが無く、罠の可能性も少ない。

 だとすれば異能による攻撃の反射の類であると判断した。

 

 理想としては攻撃を受ける前に攻撃をするか、若しくは守りに徹するか。

 カナタは後者を選んでいた。

 その当時の記憶が言葉になって漏れる。刀華はカナタの言葉にこれまでの龍玄の動きの一端があった様にも感じていた。

 

 

「私は襲撃事件の際に少しだけ対峙しました。手応えがあまりにも変でしたので守りに徹していましたが、あれは反射の類だと思います。恐らく彼はその事実を知っていたのだと。それで地面に激突させる事によって何らかの可能性を見出したのだと」

 

 カナタの推測は龍玄の考えそのものだった。

これまでに確認したのはこちらに対して反射するのではなく、あくまでもダメージを与える対象物に対する攻撃である事。そうなれば無機物に激突すればどうなるのかを試す必要があった。

その結果として龍玄が選んだのは裏投げ。頸椎を損傷させるのではなく態と肩を選んでいた。

多々良の体躯が綺麗な円弧を描く。

 ぶつかる瞬間、龍玄は多々良の体躯を放り出していた。

 至近距離で離れた為に多々良は回避すら出来ない。その結果として多々良の肩は激しく激突していた。

 

 

 

 

 

(くそっ!完全にやられた)

 

 多々良は己の抜刀絶技『完全反射』のある意味弱点とも言える部分を完全に突かれていた。

 幾ら攻撃を受けたとしても無機物に激突したエネルギーを対象物以外に移す事は出来ない。あくまでも反射する物であって攻撃の手段ではないからだった。

 裏投げをされた時点で時間的には余裕はある。しかし、攻撃する物が地面である以上、多々良の受けた攻撃を龍玄に流す事は不可能だった。

 

 強烈に叩きつけられた事によって肩の感覚が完全にマヒしている。この時点で完全に龍玄の事は意識の外に出ていた。

 それだけではない。投げられた瞬間、身体強化を使用した為に、ダメージそのものはそれ程ではないとさえ最初は考えていた。

 しかし、それは只の都合の良い妄想。地面に激しく打ち付けた事によって肩の関節は外れている。

 確認した訳では無いが、ダメージはそれだけではない様な気がしていた。

 投げられた速度とタイミング。破壊と言う名の目的だけで言えば、この結果は完璧だった。

 多々良の右肩は完全に動かなくなっていた。ただ外れただけならば、無理矢理元に戻す事も可能かもしれない。だが、それをするには相応の時間が必要だった。

 ましてや先程の言葉でもある様に龍玄が多々羅を待つ道理は何処にも無い。既に頃合いであると宣言している以上、出来る事は限られていた。

 

 

「まだ左腕がある!」

 

 固有霊装は重さを感じる事はそれ程無い。当然ながら多々良もまた右腕が動かないのであれば左腕でも攻撃は出来ると判断した上で口にしていた。

 実際に攻撃は出来てもそれがまともに通じるかどうかは別の話。只でさえ攻撃に向かない霊装が更に扱い辛くなった事によって事実上の攻撃方法は失っていた。

 

 

「残念だが時間だ」

 

 多々良の心を完全に折るかの様に龍玄は一言だけ告げると、再度懐へと侵入していた。

 既に態勢が崩れた為に多々良には為す術も無い。気が付く頃には既に動かなくなった右腕が龍玄に捉えられていた。

 尋常ではない握力によって多々良の細い腕は悲鳴を上げる。

 幾ら身体強化を施したとしても既に外れた関節が治るはずが無い。しかも攻撃を受けた訳では無い為に、反射する事すら不可能だった。

 

 そこから先はまさに一方的。

 多々良は握られた腕を中心に完全に振り回されていた。

 肩を中心に痛みが常に神経を逆撫でする。これまでに兇手として戦った事はあったが、こうまで一方的になった記憶は無かった。

 まるで自分の事など最初から眼中にすら無い。そんな意思を感じ取っていた。

 振り回す勢いは衰える事すら無く回転数が上がっていく。既にここから先の展開が何なのかを多々良は冷静に判断していた。

 このまま場外に放り出されればそれで終わり。自分の持つ技量などまるで無関係だと言わんばかりの行動だった。

 

 

「何時までも……テメェの好き勝手にさせると思…」

 

 その瞬間、多々良の体躯は地面に激しく叩きつけられる。まるで反撃をするタイミングを理解しているかの様に完璧な動き。まさかここで叩きつけられると予測していなかったからなのか、多々良は肺にあった空気を全て吐き出していた。

 僅かに呼吸が止まる。

 当然の様に自分の体躯は再度叩きつけられると同時に場外へ放り出されていた。

 まるで邪魔な荷物を棄てるかの様に数度地面を跳ねながら舞台の外に落ちる。その時点で戦いは終了していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの野郎……随分と適当な真似しやがる」

 

「それって………」

 

 蔵人の言葉に同じ学園の仲間が不意に聞き直していた。

 実際に今回の破軍学園に限った話ではないが、他の学園でも今回の件に関しては色々と思う部分が多分にあった。

 一番の要員は、事実上の実戦に放り出された事によって如何に自分を見失う事無く、何時もと同じ様に動く事が出来るのかだった。

 学生のうちで実戦を経験するケースは皆無に近い。精々が特別招集が行われた場合だけだった。

 それには勿論、蔵人も該当する。

 以前に龍玄と戦った際にも手も足も出ないままではあったが、本当の意味で命のやりとりをした訳では無い。

 

 命のやりとりが行われる場所では戦いに綺麗も汚いも関係無い。そこにあるのはただ生きているかどうかだけ。

 それを肌で実感するかどうかだけだった。

 蔵人もまた自分の技量が全く足りないままに一方的に負けている。それと同時に、その戦い方もまた敵を排除する為だけに特化した様なやり方だった。

 洗練された無駄の無い動きそのものがどれ程危険な物なのかを強引に刻まれている。そう考えれば今の戦いは明らかに遊んでいるか甚振っている様にしか見えなかった。

 今後の事を考えればある意味では他の選手を欺くための手段だと言われてもおかしくない戦い。だからこそ無意識の内にその言葉が出ていた。

 何も知らない生徒からすれば蔵人の呟いた言葉に疑問しか持たなかった。

 

 

「あれは無駄がある動きは一切しない。だが、今のやつは明らかに無駄しかない」

 

「そうかな?そんな風には見えなかったんだけど」

 

「認めたくは無いが、俺は既にあれに負けている。勝つ事はおろか、まともに相手になってたかすらも分からん」

 

「それって、かなりのレベルなんじゃ………」

 

 蔵人の言葉に、隣に居た仲間もまた難しい立場へと変更していた。

 蔵人が自分の口から負けた事を認めた事も驚きだったが、それだけでは済まなかった。

 誰もが参加する事に意義があるのだと高尚な思考を持ち合わせていない。参加する以上は頂点を狙うのは当然だった。

 

 学園に対する貢献度ではなく、純粋に自分の実力が当代で一番である事を世間に知らしめるのはこの大会は一番手っ取り早い。

 力を示す事が伐刀者の本分だと考える人間も少なくない。

 蔵人もまたその中の一人。だからこそ忌々しい表情をしながらも事実だけを述べたに過ぎなかった。

 実際に一回戦で、今大会の大本命の諸星雄大が消えている。それがこの大会の象徴だった。

 昨年までの戦績は何のあてにもならない。それが想像出来たからなのか、この時点で何の情報も持っていない学園は色めきだっていた。

 名目上、多々良は破軍学園襲撃事件の立役者として周知徹底されている人物。それを手玉に取った時点で波乱の未来だけが予見されていた。

 他校の中でも数少ない龍玄の実力を知る人間。それが倉持蔵人だった。

 

 

「ああ。それを知ってるから適当な戦いなんだよ。糞が……巫山戯やがって」

 

 忌々しいとさえ思う程の蔵人の口調は荒くなっていく。どれ程悔しいのかは分からないが、最近の蔵人を知る人間であれば驚く程だった。

 以前の様な粗野な部分はそれ程変わらないが、戦う事に関しては貪欲な程に相手を求めている。

 見方によっては以前の方が良かったとさえ思えるが、傍若無人な面がかなり少なくなっている為に印象はかなり変わっていた。そんな人間が感情を表にしている。だからこそ、その言葉に信憑性は高くなってた。

 

 

 

 

 

「予選会とは大違いだな」

 

「あの程度なら余裕なんだろ。幾ら何でもあれはミスマッチ過ぎる」

 

 龍玄の戦いを見ていたのは観客だけではない。関係者もまた戦いの一部始終を見ていた。

 特に破軍の新宮寺黒乃と西京寧音は万が一が起こった際のバックアップ要員として待機している。その為に画面越しではなく、自分の目でその戦いを見ていた。

 傍から見れば一部接戦の様にも見えた戦い。だが、その本質は圧倒的な実力差を知らしめただけで終わっていた。

 詳しい事は何も聞かされていないが、何となくあの出場選手達が真っ当な人間ではない事位は理解出来る。生徒と同じ年代であれば実力があればそれなりに話の一つも出てくるはず。にも拘わらず、そんな話はこれまでに一度も聞いた事が無かった。

 

 相応の実力を持ちながら隠すのは組織に属する人間だけ。何も知らない学生であれば隠す必要が無いはずだった。

 各学園によって選手の選出方法は異なっている。その為に、詳しい事までは分からないが、他の理事長に会った際に聞いた話では、一定以上の実力がある事だけ間違い無いという事実だけだった。

 分不相応な実力で出場すれば、個人だけでなく、学園にもそれなりにダメージを受ける。当然ながら理事長がそんな酔狂な事をするはずが無い。

 詳しい事はわからなくとも、大筋それで間違っていないと思える程だった。

 

 二人は本当の意味での実力は知らないが、学内の予選会の事を知っている為に、これほど実力差が開いているとは思っていなかった。

 その根底に、あるのは本当の意味での龍玄の実力を知らないから。

 寧音が何となく知っているのは昔の情報。当然ながら今の状態を知らなくとも、今回の様な戦いの予想だけは可能だった。

 

 

「しまった!それなら……どうして今頃気が付くかな!」

 

「どうしたんだ?何か問題でもあったのか」

 

「大ありさね。どうして今頃気が付くかな!」

 

「どうでも良いが、分かる様に説明しろ」

 

 寧音は唐突に何かを思い出したかの様に言葉にしていた。突然の出来事に、黒乃のもまた寧音に問いただす。しかし、黒乃の質問にまともに答えるつもりが無かったからなのか、黒乃から拳骨がおりるまで寧音は同じ言葉だけを発していた。

 確実に実力が開いている事を理解しているのであれば、今回の様な戦いは寧ろ都合が良かった。

 国内では無理でも、他の国であれば対応は可能となる。ならば海外のブックメーカーを考えなかった自分の無知をさらけだしていた。

 

 

「ったく。何も殴らなくても………」

 

 余程厳しい攻撃だったからなのか、寧音は自分の頭をさすりながら改めて考えていた事を口にしていた。

 今回の様な七星剣武祭はかなり大掛かりな体制になっていく。当然ながら海外のブックメーカーサイトはどこも大盛況だった。

 オッズはともかく、勝ちが見える戦いであればその結果もまた然り。今になってどうしてやらなかったのかに考えが今頃向いていた。

 

 

「少しは自重しろ」

 

「でもさ………」

 

「何だ?文句でもあるのか?」

 

「いえ、有りませんから」

 

 黒乃は溜息交じりに寧音を見るしかなかった。

 実際に職員とは言え、寧音の立場は曖昧な物。そうなれば本当の意味での規律など有って無いのと同じ事だった。

 寧音の言葉に黒乃のもまた何となく分からないでもないと思うのは当然の事。呆れながらもそれ以上突っ込む事はしなかった。

 

 

 

 

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