英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

63 / 75
第63話 水面下での動き

 湾岸ドームで戦いが繰り広げられる頃、ここでもまた一つの戦いが終結していた。

 実際に勝者と言う者が居るのかと言われれば答えには詰まる。事実、時宗との会談が終わったからなのか、大国同盟(ユニオン)のモーリスと側近は周囲に嗅ぎ付けられる事無く会談のホテルを後にしていた。

 

 

「モーリス様。どうしてあの様な事を。我々の立場からすれば、幾ら政治家と言えど無碍に断るはずが無いのではありませんか」

 

「ほう。貴殿にはそう見えたのかね?」

 

「忌憚なく言わせてもらえば、私にはその様に見えましたが」

 

 既に移動しているからなのか、乗り込んだ車には運転手以外に誰も居なかった。

 元々からそういう役目なのか、運転手は後部座席で話をする二人に視線を動かす事もせず車を運転する。

 只でさえ、組織の上層部の人間が非公式に会談をする時点で尋常ではない。本来であれば事前に何らかの情報を伝えた上で動く事が当然のはず。

 にも拘わらず、こうまで隠すのは何かしらの思惑があるのは当然だった。

 

 どんな内容があるのかは不明でが、それでも内容をおいそれと口にする事は出来ない。

 それが漏れた時点で自分だけなく、周囲の人間がどうなるのかを考えれば最初から聞かない方が精神的にも良い。

 長年の勤務によって、運転手から二人の会話を聞く事を止めていた。

 

 

 

 

 

「そうか………貴殿は確か、まだこの部署に配属になって浅いんだったな。私が前にどんな仕事をしていたのかを知ってると思うが」

 

「それは勿論。だからこそです。何故あれ程までに遜るのかが分かりません」

 

 大国同盟は建前としてはその名の通り、大国の外郭組織として伐刀者の管理を一任されている。しかし、その実態はどこにでもある権謀術数の世界の延長に過ぎなかった。

 事実、組織のトップでもある『超人』エイブラム・カーターは米国の所属でもあり、また同国の『超能力部隊(サイオン)』の長を努めている。

 その結果として、大国同盟でも同じ様なポジションについていた。

 

 当然ながらトップだけが表に出る組織は外的要因に問題があった場合、共倒れになる確率が極めて高い。事実、『解放軍』はここに来てそのジレンマに陥っていた。

 一人だけが突出した実力で支える組織は、常に前を走り続ける間は問題は無いが、それ以外となった場合に問題しかなくなる。

 事実、各国も暴君の年齢から逆算すれば、最悪は組織崩壊の可能性を簡単に予測できる。

 世界を相手に暴れる割に、その次となるべき人材が居ないのは周知の事実。そう考えればまだエイブラムは二十代の為に、今後の長期に亘る支配も不可能ではなかった。

 事実、解放軍が崩壊する前提で幾つかのミッションが発令されている。その中には国際魔導騎士連盟に関する事案も含まれていた。

 

 元々日本は騎士連盟に所属したのは組織設立以降、時間がかなり経過してからだった。

 本来であれば戦勝国が最大の発言権を持つのが当然だが、設立から相応に組織が出来上がった状態からの加入は完全にそんなポストは無かった。

 だからと言って、そのまま放置する程に組織もゆとりがある訳では無い。

 戦勝国として持ち上げる必要があるからこそ、本国は日本と言う国を重視しているポーズを取る為に戦勝の立役者でもあった黒鉄一族を各国の支部中でも重要なポストに組み込んでいた。

 誰もが過去の実績だけで簡単に就ける訳では無い。だが、黒鉄一族は幸か不幸か相応の実力も持ち合わせていた。

 その結果として末端の一支部の動きがどうなろうと、本国はそれ程気にしていない。

 KOKのランキング一位でもある『白髭公』アーサー・ブライトからすれば些細な出来事に過ぎないからだった。

 大国同盟としても対抗組織に対する情報は常に調べている。

 その中で支部長でもある黒鉄巌ではなく、政治家としての北条時宗の下に出向いた理由が分からなかった。

 

 

「本来であればもっと歴史と戦略を……と言いたい所だが、あれもまだ開示するだけの時間が経っていない。これはあくまでもオフレコとしてだが」

 

 モーリスは不意に運転手の方に視線を向けていた。

 機密事項は米国の法律で、最低でも五十年は開示されない。だが、関係者が口を開く事にまでは及んでいなかった。

 だからなのか、モーリスは視線をバックミラーへと移す。

 僅かに映る運転手の反応は随分と穏やかだった。

 ここで耳を傾ける様であれば当の前にレイオフされている。上層部の専属だからなのか、後ろを気にする事もなくそのまま前を向いて運転に専念していた。

 

 

 

 

 

「そんな………だとすれば、我々はたったそれだけの人間に負けたとでも言うのですか」

 

「そうだ。当時の軍部の証拠もデータも、通信の記録でさえもそうなっている。本当の意味では脅威以外の何物でもないと言った所だ」

 

「ですが、今は当時とは違うはずです。何なら部隊そのものを前線に出せば……」

 

「その虎の子の部隊が殲滅されないのであれば………が注釈に着くだろう。貴殿は今年の春にあった事案に記憶は無いのか?」

 

「今年の春………あれは確か、反政府軍の戦術がそのまま嵌まっただけだと」

 

「対外的にはそうなってるな」

 

 モーリスの言葉に側近もまたその当時の事を思い出していた。

 ゲリラ戦で苦戦していた政府は魔導騎士連盟に部隊派遣を依頼していた。

 本来であれば、そのまま鎮圧されるはずの結果が、まさかの敗戦。実際に派遣された魔導騎士の殆どが物言わぬ骸となった件だった。

 事実上の全滅の事実は未だ公表されていない。当時のゲリラ側が、どこかの組織に依頼した事までは大国同盟の諜報部も掴んでいた。

 

 魔導騎士のランクにもよるが、その殆どは五人から十人程度で鎮圧が可能な戦力を有している。表には出ていないが、大国同盟もまた同じ様な依頼を何度か受けていた。

 だからこそ、当時その情報を察知した際には諜報部の誰もが直ぐに信じる事が出来ないでいた。

 しかし、時間と共にその情報をゆっくりと持ち帰っている。そこで漸く判明したのが一握りの伐刀者の組織だった。

 完全に相手が格下である事を理解したと同時に、魔導騎士のストレスを常に上限まで追い込んでいく。幾ら非現実的な能力をもっていたとしても伐刀者もまた、所詮はただの人間でしかない。

 兵站が壊滅し、完全にその動きを制限している。今でこそ、その内情は大よそながらに判別されているが、それが戦場であればと考えれば末恐ろしいとさえ思える程。

 それが自分の身に起こったとすればどんな結末が待っているのだろうか。

 

 優秀な人間程、脳内とは言え自分の身に置き換えてシミュレートする。

 生命維持ですら厳しい状況下で戦うには人間を辞める以外の選択肢が何処にも無い。

 それをリアルに想像したからなのか、側近のシャツは冷たい汗に晒されていた。

 

 

「ですが、それがどうして今回の件と」

 

「我々とて何も知らないままに戦場に出る訳には行かない。もし、そんな事を考えない者が我々の組織……部隊を預かる上官としているならば、その者は真っ先に粛清の対象だろうな」

 

 

 側近の言葉に簡潔に答えると同時に、モリースは徐に葉巻を懐から取り出し、そのまま火を点けていた。

 煙草ではないからなのか、葉巻独特のゆっくりとした紫煙が立ち上る。本来であれば禁煙のはずの車内。しかし、先程の会話の気分転換の為だと理解しているからなのか、二人は止めるつもりは一切無かった。

 窓の外には景色が流れている。

 元々の予定が終わったからなのか、誰もが不意に緊張を解いていた。

 漆黒の天空には普段とは違う色の月が赤く光る。普段はそれ程気にならないが、今夜に限っては何故かその色が気になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、肝心の取り分だが念の為に確認だけはしておけ」

 

 伐刀者としての戦いではなく、どちらかと言えば一般人の競技に近く、またエンターテイメントの観点が非常に高かった一回戦の最終戦は人によっては判断が難しい展開で終わっていた。

 これまでの七星剣武祭の中では異端に近い戦い。片方は当たり前の様に抜刀絶技を使用したが、もう片方はそんな気配すら無かった。

 事実、周囲の人間は龍玄が予選会から一度も抜刀絶技を使った姿を見た者はいない。固有霊装を展開している為に辛うじて伐刀者だと認識する程だった。

 これが洗練された動きで終始戦い続けていれば評価は違ったのかもしれない。しかし、煌めきを視れた人間は本当の意味で一握り程度。それ以外の人間はただの格闘程度にしか思っていなかった。

 それは一般の選手だけではなく、賭けをする胴元もまた同じ。既にブックメーカーサイトでは次の試合のオッズは大荒れだった。

 実際の戦闘力が全く見えない。下手をすればその試合だけオッズすらつかない可能性もあった。

 それに対して裏ではかなり調整されている。

 次の試合では確実に最低限でしかつかない事だけは間違い無かった。

 だからこそ初戦に大きく張る。その対価は小太郎を通じて龍玄の手にも届いていた。

 無造作に投げれた紙袋の中身を確認する。元の掛け金の五倍の金額が袋の中に入っていた。

 

 

「確かに受け取った。だが、今回だけだろうな」

 

「当たり前だ。次は無理ではないが、旨味は無い。小遣い稼ぎはここで終いだ」

 

 多々良を倒した情報は色々な意味で確認されていた。

 元々画面に出る時点で本来の力を発揮するつもりは龍玄には無い。下手に観衆の下で発揮すれば何かと問題を孕む可能性もあったからだった。

 時間稼ぎの観点からかなり加減したままで戦っている。それでも尚、一方的な戦いは戦力を図るにも情報が足りなさ過ぎていた。

 

 

「で、その金で何をするつもりだ?」

 

「道場の改造費用にそこそこかかったからな。まずはその補填だな。どうせ出すつもりは無いんだろ?」

 

「……そうだな。あれはあくまでも個人所有出る事が前提なんでな。それに完全に接収するには時間も手間もかかる」

 

 龍玄もまた、最初から小太郎から費用を貰おうとは考えていなかった。

 実際に前線基地としての役割はあるが、あくまでも個人の所有でしかない。実際には果し合いの報酬となっている為に使用者としての権利はあるが、所有にまでは至っていなかった。

 本来であれば所有者に話をつけて完全に接収するのが望ましい。だが、そうなれば長きに渡って管理する必要があった。

 元々報酬の取り立ての為に自分が鍛える場所が必要だからと考えた結果。そう判断している為に龍玄はそれ以上先の事を考えていなかった。

 まだ学生の身で大金を動かす事は早々無い。だが、これまでの報酬を考えれば龍玄の懐が早々に痛む事は無い。何となく自分が利用された事が嫌だと考えた部分の方が多かった。

 金額の多寡は重要ではあるが、直ぐに必要ではない。だからなのか、小太郎の言葉にそれ以上の事を考える事を放棄していた。

 

 

「そもそも報酬の取り立ての為の時間稼ぎなんだ。そこまでする必要は無いだろ?」

 

「あれはあれで使い道は色々とあるんだ。だからと言って何かを考えている訳では無いがな」

 

「適当だな」

 

「まあ、そう言うな。こちらにも色々と都合があるんでな。余剰金があるならパッと使うのも一つの手かもしれん」

 

 そう言いながらも小太郎の雰囲気は何時もとは違っていた。

 任務以外では身内に関してはどこか砕けた雰囲気があるが、今日に限ってはそんな事は微塵も無かった。

 何がそうさせるのか。だからなのか、龍玄は不意に小太郎に確認していた。

 

 

「その割には様子が違うが。ひょっとして例の件か?」

 

「それは関係ない。ただ、何となく気になる事がある。それだけだ」

 

 大会は始まる前に聞いた作戦は本来の自分達の内容からすれば緊張を高める程の物では無い。

 勿論、油断する様な真似はしないが、それでもここまで緊張感が高まる事は任務以外では無い。何となく聞いた返事が曖昧なまま。

 戦場で培ってきた勘がそうさせているからなのか、龍玄もまた紙袋をしまうと同時に、無意識の内に周囲を警戒していた。

 

 

「そこまでする必要は無い。これから時宗の所に行く。何かあれば直ぐに連絡しよう」

 

 

 小太郎は一言だけ残すとそのまま姿は周囲に溶け込むかの様に消え去っていた。

 既に賭けの事は記憶の彼方にでも追いやったからなのか、龍玄もまた僅かに厳しい表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「態々済まないね」

 

「野暮用もあったんでな。特に問題は無い」

 

 小太郎を出迎えたのは時宗だった。

 既にモーリス等大国同盟との非公式の会談が終わっている為に、それ程周囲を警戒する事は無くなっていた。

 本来であれば時宗の立場であればSPが就いている。にも拘わらず、周囲にはそんな気配は何も無かった。

 会談にも使われる程にセキュリティが高い為に、廊下で誰かと鉢合わせになる可能性は低い。それを知っているからこそ小太郎もまたそれ程高い警戒をしていなかった。

 開かれた扉の向こうに見えるのは湾岸ドームの照明。熱狂に包まれている会場とは違い、この場所は静謐を保っていた。

 

 

「あまり時間をかけるのも何だし、単刀直入に言うけど、大国同盟からの接触はあったかい?」

 

「無いな。それにあの組織が何故今頃になって関与するのかも、な」

 

「詳しくはまだ掴んでいないみたいだね。そろそろ接触してくるのは時間の問題かもしれないね。それと、少しだけキナ臭いのも事実だ。知っての通り、奴らは覇を表に出そうとしている。僕の立場としてはそう簡単に呑みこむ訳にはいかないんだけどね」

 

 時宗の言葉の裏付けは小太郎も同じく調べていた。

 実際に国際魔導騎士連盟と大国同盟は外見上は似た様な立ち位置になっている。

 伐刀者による世界の治安維持の為の組織。それと同時に伐刀者が絡んだ紛争に関しては、お互いがお互いの国を監視しながらもその機能を健全に運用していた。

 大戦から学んだのは、圧倒的な戦力をもって戦争を止めるのではなく、その前段階として抑止力として伐刀者を前に出し、戦争を起こさない。それがそれぞれの国家で学んだ最適解だった。

 事実、大戦以降大きな紛争は以前に比べれば格段に減少している。幾ら近代兵器を開発しようが、兵站がそれ程必要としない伐刀者の部隊を派遣させた方が結果的には良い事が多かった。

 

 人的な被害が出たとしても兵器を運用する訳でない為に、純粋な費用だけが計算できる。

 純粋な兵器としての単価で考えれば伐刀者を運用した方が十分だった。それと同時に個人的な接触があった今、ここからどんな出方をするのかが読めない。

 覇を唱えると言っても、各国ではそれなりに伐刀者の数もある。仮に戦闘を仕掛ければ、他の国から叩かれるのは当然だった。

 

 

「誰か阿呆が居るのか。だが、それと我らとどう関係があると?」

 

「簡単な事だ。奴らは風魔を恐れている。襲撃の際には寝首をかかれたくないらしい」

 

「我々がこの国に忠義を持っているとでも考えているとでも?」

 

「どうだろうね。そこまでは分からないね」

 

 時宗の言葉に小太郎は呆れていた。

 風魔に接触する際にはそれなりに伝手があればそれ程難しい話ではない。ただ、その内容を吟味した上で小太郎自身がどうするのかを決めるからだった。

 当然がら傭兵としての立場はあるが、必ず依頼を受ける訳では無い。少し調べれば分かる話も、態々時宗を通じた時点で不可解な物となっていた。

 

 

「依頼内容の是非は我々が常に精査している。恐らくは時宗、お前の立場を警戒しているのかもしれんな」

 

「僕の?それこそナンセンスだよ。政治家は選挙に負ければ只の人だよ。それはどの世界でも当然の不文律だ」

 

「だが、選挙で落選するつもりは無いんだろ」

 

「当然さ。それだけの事をこれまでしてきたんだ。実際にこれまで通過させた法案や方針も漸く実を結び始めている。折角の収穫をせずに退場なんて詰まらないだろ」

 

 実際に時宗の選挙区では他の候補とは常に圧倒的な大差で選挙に勝っている。

 年齢からすればあり得ないかもしれないが、その年齢の壁を打ち壊す程度に結果を出している。

 実際にその法案によって様々恩恵を受けてきた人間は少なくない。

 政治の世界ではなく、一般の世界から見れば時宗がやってくた事は国民に対して誠実だった。だからこそ誰もが時宗に期待する。

 元々今回の首班指名でも時宗の名前は出ていた。しかし、これから先の事を考えると自らが神輿となるよりも軽いそれを担いだ方が何かと楽だった。

 万が一の事があれば自分が出向く。今の総理にはそう説得して出馬させていた。

 

 

「政は我々には関係無い話だ。それにこんな日には何が起こってもおかしくは無い。警備はするがそれ以上に気を付ける事だな」

 

「何か掴んでるのか?」

 

「いや。何も掴んではいない。ただ何となく気になるだけだ」

 

 小太郎はそう言いながら外を眺めていた。

 既に空に浮かぶ月は何時もとは違い、どこか赤身を帯びている。黄金に輝くのではなく、まるで血を溶かしたかの様な赤色をした月は周囲を煌々と照らしていた。

 それと同時に時宗もまた、小太郎の勘をある意味では信用している。

 何が起こっているのかではなく、これから何が起こるのか。詳しくは言わないのは何かから警戒をしている証拠だった。

 

 

「そうか……万が一の時には頼むよ」

 

「報酬次第だな」

 

 それ以上は言葉にする必要は何処にも無かった。

 これまでに時宗の件で小太郎は拒否した事は一度も無い。報酬云々に関しても時宗もまた理解しているからだった。

 今の段階で軍や騎士連盟に話を持って行く事は出来ない。お互いがお互いに関係する部分があるからこそ口にしただけの事。

 熱狂渦巻く大会に波乱が起こるのか。それを今の段階で知る者は誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風間君。お疲れ様でした」

 

「特に疲れる様な内容でも無かったがな」

 

「そうでしたか。ですが、周囲はそうは思っていない様ですよ」

 

 既に小太郎と別れた為に龍玄は時間を僅かに持て余していた。

 元々大会に出たのは何らかの任務が入るからであって、破軍の為では無い。

 実際にこの大会の結果がどうなろうと自分とは全く関係が無いとさえ考えていた。

 

 事実、実力を隠した戦いである事は風間龍玄と言う人間を理解しているのであれば直ぐに分かる。明らかに手を抜いた様に戦う様であっても、周囲はそんな風には見えていなかった。

 カナタはそんな龍玄の実力を知る数少ない人間の一人。

 声をかけたのも、何らかの思惑があるからだと考えたからだった。

 実際に試合中はピリピリした空気を纏っているが、それが終われば以外と気楽になっている事が多い。

 事実、他の学園の人間との交流はこんな部分で現れている。

 常に研ぎ澄まされたままの殺伐とした空気を纏い続ければ精神的にも疲弊する。そうならない様に自然と気分転換をするかの様に交流するのが当然の様になっていた。

 只でさえ選手は同じホテルに泊まっている。だが、龍玄の性格からすれば交流するつもりが最初から無かったのか、カナタが訪問するまでは殺風景な部屋に来客は無かった。

 

 

「で、何の用だ?」

 

「つれないですね。まずは一回戦突破の事で声をかけさせて頂こうかと。それ以外では来客も無いでしょうから少しだけ話し相手でもと」

 

 カナタの言葉に龍玄は改めてカナタを見ていた。

 実際にここでの食事は選手用と言うだけあって殆ど人間が満足できるレベルを誇っている。本来であれば外に出る事も可能ではあるが、実際には外で食事をする人間は早々居なかった。

 仮に何らかのトラブルが起こった際には、選手本人だけでなく学園にも迷惑がかかる。まだ大会が始まった当時はそんなトラブルがあった為に、今の状態になるまでにそれ程時間はかからなかった。

 事実上の選手の専用となっているだけに一般人の宿泊はない。その為に普段であればあるはずのメニューの一部が無くなっていた。

 去年出場したカナタもまた、その事実を知っている。だからなのか、手に持っているのは一本のワインが入る程度のクーラーだった。

 

 

「そうか……何も無くて良ければだが」

 

「では遠慮なく」

 

 カナタが入った事を確認したからなのか、扉はそのまま閉ざされていた。

 実際に何の為にここに来たのかは本人以外に知る由も無い。

 本当にただ話し相手として来たのか。

 龍玄にとってカナタが何を考えてるのかを知るに為には話をするより無かった。

 

 選手の為のホテルなだけに調度品の類は置かれていない。

 基本的には上位に入るホテルではあるが、今回に限って言えばそれなりの部屋だった。

 実際にただ寝泊まりするだけの為に、内装に凝った所で何も変わらない。仮に部屋が気に入らないのであれば追加料金を払ってアップグレードするだけの話。

 カナタとてそれを理解しているからこそ、部屋の中を色々と見るつもりは無かった。

 

 

 

 

「で、本当に何の要件があるんだ?」

 

 カナタが持ってきたのは低アルコールのワイン。微発泡だからか、フルートグラスの中では僅かに注がれた際に出た泡が躍っていた。

 本来であればアルコールを大会中に摂取する様な人間は早々居ない。

 酔いは判断力を鈍らせると同時に、翌日にも残る可能性があるからだった。

 それを勘案したからこそカナタは低アルコールを選んでいる。

 飲酒程度で負けるなどと思っていないからなのか、それ程気にする様な素振りは無かった。

 そんな中での龍玄の言葉。特段話が弾む事は無いと判断したのか、今日の要件を先にしようと考えていた。

 

 

「いえ。純粋に一回戦突破にと思っただけです。それと少しだけ確認を」

 

「何も隠す様な事は無いはずだが」

 

「あの対戦相手、多々良幽衣は学園の襲撃者の一人です。それと同時に私も少しだけ対峙しました。あの伐刀者のは攻撃の反射の類だと考えましたが、私の杞憂でしょうか?」

 

 カナタの言葉に龍玄は漸くカナタが来た意味を悟っていた。

 襲撃事件の結末は生徒には何も知らされていない。事実、あの事件に関しては完全に政治マターとなっていた。

 そうなれば事件の概要を知る術は何処にも無い。生徒が交戦した事実はあれど、その内容に関しても箝口令が敷かれる程だった。

 既に終わった事と切り捨てるのは簡単な事。だが、カナタの様に生徒会の役員であれば詳細を知りたいと考えた可能性の方が高かった。

 破軍の中で一番詳細を知るであろう人物。風間龍玄であれば何か知っているだろうと判断した末の行動だった。

 

 

「反射の事か。あの程度の異能は珍しい訳じゃないな。ただ、反応速度は尋常ではないな」

 

「だからあの戦い方だったんですか?」

 

「当然だ。勿論反射である前提で此方も戦術を組む。それを同時に確認する必要もあったんでな。戦いの中で情報を持たないのは視覚を潰されているのと同じ事。真っ先に対策を立てるのは当然の事だろ」

 

「確かにそうですが………」

 

 まさか龍玄が素直に話をするとは思っていなかったからなのか、カナタは少しだけ驚いていた。

 実際にこの程度のアルコールで前後不覚になるはずは無い。実際に龍玄の顔を見ればその予測はほぼ的中だった。

 本来であればもっと詳細を聞きたい部分もある。しかし、緘口令が出た事態を考えると、これ以上は軽々しく話を出来る物ではなかった。

 

 

「それに、あれは完全に裏の人間だ。表に立つ人間が早々関与して良い物では無いが?」

 

 裏の言葉にカナタは何となくそうだと思った認識が正しかったと考えていた。

 実際に襲撃者たちは連携こそしなかったが、個人でもかなり上位に入る程に洗練されていた。

 実力の差が大きいのではなく、ただその経験が多かった。まさにこの一言だった。

 龍玄の言葉にカナタもまた喉の渇きをを抑える為に、用意したワインを口にする。赤みがかった微発泡のワインは少しだけ優しい味の様だった。

 

 

「それだけで十分です。実際の実力がどうなのかは知りませんが、私達の実力が及ばなかっただけではないと分かっただけでも僥倖です」

 

「だろうな。裏の人間ならば命を奪うのが本来のやり方。それをしなかった時点で依頼した人間はそこまで深くは考えて居なかったんだろうな」

 

「もう、同じ事は無いと考えても良いのでしょうか?」

 

「既に表舞台に出た以上は無いだろうな。それに裏の人間が表に出た時点で既に無意味な存在になる。所詮はその程度の連中だ。襲撃は余程の事が無い限り無いだろう」

 

「それを聞いて安心しました」

 

 龍玄の言葉にカナタは安堵していた。同じ裏の人間であっても風魔の様に半ばその存在すら危うい者であれば対処のしようもない。

 がしかし、既に何らかの正体を匂わせながら表に出た以上は裏の世界での仕事は困難でるのと同じだった。

 だからなのか、不意に龍玄自身はどうなのかが気になる。折角だからとカナタは改めてその事を口にしていた。

 

 

「それならば風間君も同じでは無いのですか?」

 

「本当の意味での実力は見せていない。それに伐刀者の特定をするならば、固有霊装と抜刀絶技を見るのが一番早い。固有霊装ならば同じ様な物はあるが、抜刀絶技を組み合わせれば特定は可能だ。

 それと、俺はこの程度の大会で力を見せるつもりは毛頭無い。どうして素人の大会に玄人が本気を出す必要がある?」

 

 何も知らない人間であれば不遜だと思える言葉。だが、龍玄がそれを口にした事によってカナタもまた納得していた。

 実際に戦場でさえも龍玄は抜刀絶技を使用していない。それと同時に、固有霊装でもある篭手ですら、本当にその形状をしているのかすら疑わしいと考えていた。

 仮に同じ物を装着していると仮定すれば、これまで学内の予選会でも散々見せている。

 ならば、それ以外の姿があるのではと考えていた。そんな中、不意にあの襲撃の際の姿を思い出す。あの時の両手足に付いたあれは一体何だったのだろうか。カナタの中でそんな疑問が過る。だからと言って口にした所で明確な答えが来るはずが無い。

 それと同時に、これ以上の詮索をしても意味がない事だけは間違い無かった。今回はこれ以上破軍への襲撃が無い事を何となく確かめる事が出来ただけで良しとするしかなかった。何も知らなければその言葉に納得するだけの要素は無い。だが、これまでの事を考えれば不思議とその言葉に説得力があった。

 

 気が付けば随分と長居をしたと思える程に時間が過ぎている。これ以上は明日に差し障るだだろうと判断したからなのか、ここで終わろうと考えていた。

 

 

「確かにそうですね。私達もそれは身をもって経験したましたから。大丈夫だとは思いますが、明日以降もご武運を祈ってますので。では、私はこれで」

 

「そうか」

 

 カナタがそう言うとそのまま部屋を出ていた。その瞬間、龍玄の雰囲気もまた少しだけ変化してる。

 小太郎は口にはしなかったが、何らかの異変が起こる可能性が高いのかもしれない。口にしない以上はまだ確定していないだけの話。

 カナタにはああは言ったが、本当の意味で大会に最後まで参加するつもりは最初から無い。

 事前に言われた特殊任務がある以上、決勝はおろか、精々が二回戦程度のはず。

 躰こそ休ませるも、その内情は臨戦態勢に入りつつあった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。