英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第68話 侵攻する悪意

 北条時宗の襲撃が知れた総理官邸は、事務方一同驚愕に包まれていた。

 今回の会談に関しては、全てが時宗の独断ではない。元々国際魔導騎士連盟からの脱退すら視野に入っていた政府与党側からすれば、今回の内容である程度大国同盟の動向が見えるはずだった。

 実際に大国同盟の不穏な状況は様々なルートから確認している。当然、その挙動によって自分達の国の行く末もまた決まるはずだった。

 

 だが、交渉時における最悪の展開。相手からの襲撃は最悪の結果をもたらしたのと同じだった。

 交渉時の状況を完全に知る秘書は元々時宗の個人秘書。当然ながら時宗自身が情報開示を好まなかった為に、詳細を知るのは一部だけに留まっていた。

 本来であればあり得ない事実。だが、官僚だからと言って、完全に秘匿するのは困難だった。実際に国家を運営しているのは政治家ではなく、官僚。そんな思想を持った人間であれば、口の軽い人間が居てもおかしくはない。

 現時点で仮に噂レベルだとしても対処に困る可能性があった。誰もが自分の失態で国家の緊張を高めたいとは考えていない。

 漏洩防止の為の苦肉の策として護衛兼個人秘書を使っていた。

 

 不幸中の幸い。まさに時宗の襲撃の一報が飛び込んだ瞬間、誰もがそう考えていた。負傷も大国同盟の人間であればもみ消す事も不可能ではない。

 ここで下手に喧伝するとなれば色々な問題が噴出する。そうならない為にも、最後に側近が口走った言葉の意味を完全に理解するしかなかった。

 

 

《本当に無事なのかね?》

 

「ええ。お蔭様で問題は特にありません。ですが、最後の言葉には少し慎重にならざるを得ないでしょう」

 

《だが、明確な時間は不明なんだね》

 

「まあ、可能性とすれば既に引鉄を引いた以上はどのタイミングで動くのかでしょう。それよりも、警察庁と軍はどうなってますか?」

 

《現在は緊急対策を立てている。警察庁からは想定される地域の県警に指示が飛んでいるはずだ。既に軍部にも連絡はしてある。至急行動する事になるだろう》

 

「そうですか。念の為に魔導騎士連盟にも通達をしておいてください。恐らくは動かない可能性が高いでしょうが」

 

《……そうだろうな。分かった。此方も動かない事を前提にしよう》

 

 時宗の言葉に総理もまた少しだけ思考を巡らせていた。

 実際に動かないのではなく、動けない。恐らくはそれが正しい表現になるのは間違い無かった。

 大国同盟と魔導騎士連盟が対立した事は過去に一度もない。事実上の冷戦に近い物こそあるが、それは偏に伐刀者同士の対立関係でしかないから。

 世界の人口から考えれば、伐刀者は一握りの存在でしかない。建前上は国よりも立場が低い為に表立って動く様な事は無かった。

 あるとしても精々が小競り合い。それも国家の代理として動く程度だった。

 

 これまでの事を考えれば、少なくとも国際魔導騎士連盟本部は伐刀者を直ぐに動かそうとは考えない。

 戦力的には七星剣武祭を開催している為に周辺を固めているのは紛れも無く魔導騎士。仮に何かが起こったとしても問題は無い。すぐさま鎮圧する事も可能だった。

 だが、物事は単純では無かった。

 

 放映権と言う莫大な費用が動くと同時に、所属する各国の思惑もまた存在する。ましてや今年に関しては、ステラ・ヴァーミリオンの存在が拍車をかけていた。

 見目麗しい皇族の姫。世界を見ても早々居ないA級は世間が注目するに値していた。その恩恵を受けての莫大な放映権収入。それが如実に出ていた。

 

 そうなれば国際魔導騎士連盟と言えど、強引に物事を進める訳には行かなかった。下手に騒動が起これば最悪は大会そのものが延期は中止となる可能性が高い。

 幾ら周辺を固める魔導騎士が居たとしても、膨大な利益の前には些事でしかない。

 そうなれば幾ら相手が大国同盟の上層部の人間であっても、正確な状況が分かるまでは動かずに静観する。そうやってお茶を濁すかの様に処理をするよりなかった。

 

 時宗の報告によってモーリスの命に別条は無い。だが、穿った見方をすれば紛れも無く宣戦布告とも取れる内容だった。

 口調こそ冷静だが、総理の内心はたまったものではない。時宗が是非にと推挙した上で総理となっている為に、実際の指揮権は時宗が持っていた。

 平時であれば誰もが羨む政治家の頂点。だが、混乱を招いた時点でそれが俊英か凡愚かは歴史の中で評価される。少なくとも現時点ではそう考えていた。

 下手に大戦が起きれば間違い無く歴史上の汚点となり、また、戦犯になる可能性が高い。華々しい経歴も戦争の前には無意味でしかない。

 だからなのか、時宗の言葉に今は安堵するしかなかった。

 

 

《だが、何故今頃になって大国同盟が我が国に接触を?》

 

「詳細までは分かりませんね。ですが、今の状況を考えれば何となく透けて見えますが」

 

《成程。あくまでも噂だとばかり思っていたが、実際には本当だった訳か》

 

「まあ、今の状況を考えれば多少の驕りは仕方ないでしょう。既に大戦からかなりの時間が経過してますから」

 

《違いない。当時の事を正確に伝えた所で信用はしないだろう。でなければ、今頃動く道理が無い》

 

 時宗の端的な言葉に総理もまた溜息が漏れそうになっていた。

 元々大国同盟の内部が不穏になりつつあるのは政府以下、霞が関の上層部では決定事項だった。

 実際に大戦の戦勝国とは違う意味で大きな勢力を持つ国々は、ある意味では悩ましい現実があった。

 幾ら現時点では最大級の戦力を有しているとは言え、実際には大戦以降大きな軍事衝突は無い。

 一時それらしい事はあったが、それもまた、とある個人の介入によってそこからの発展はしていない。寧ろ、国が個人に屈するという事実の方が重かった。

 事実、国際指名手配をかけた所で捕縛出来るなどと考える者は少ない。その証拠に指名手配をしてから、その後の経過を耳にする事が無かった。

 今でも高額な報奨金が用意されているが、結果的に誰一人としてその話をする事は無かった。

 そうなれば、経済で優位性を見せた所で大戦時の事を持ち出されれば黙るしかない。大国同盟の名が示す様に殆どが経済的に大国と呼ばれる国ばかりが加盟していた。

 

 

「既に対策本部の設置も完了しています。後は一刻も早い確認が必要になるでしょう。今となってはですが、月影元総理のあれが現実になる可能性も否定出来ませんので」

 

《一つだけ聞きたい。君は何時までが目安だと考えている?》

 

 明確に何かが起こるとは言えない。それが現時点での状況だった。

 これが一般人のテロ行為であれば、余程の兵器を用意しない限り脅威とはなりえない。

 だが、伐刀者は違う。たった一人でも都市部を制圧する事は理論上は可能だった。

 検問にかけた所で武器は自分が創り出す。余程指名手配がかからない限り、追及する事は難しかった。

 そうなれば、包囲網を作る意味が無くなる。それ以外にも物々しい雰囲気を感じ取られたとすれば、ある意味では平穏から遠ざかるのと同じ事になる。それが経済にまで打撃を与えるのは当然だった。

 出来る事なら極秘裏に排除したいとさえ考える。少なくとも目の前にいる北条時宗はそれが可能な人物だった。

 

 

「少なくとも二十四時間以内かと。ああまで口にした以上は、相応の準備をしている。少なくとも歩兵基準で一個大隊以上でしょう」

 

《一個大隊……厳しいな》

 

 総理の言葉の意味を正しく理解するれば、伐刀者の一個大隊は悪夢でしかない。

 これが戦時中の中であればまだ対処のしようもあるが、平時の今に限っては厳しいとしか言えなかった。

 実際に一個大隊を送り込むのであれば、最悪は上陸した箇所が完全に制圧されるのは目に浮かぶ。それと同時に被害がどれ程拡大するのかが全く分からなかった。

 

 只でさえ緊張下の経済状況は悪くなる事はあっても、良くなる事は無い。当然ながらそれが短期間で済めば良いが、長期に亘れば国内の情勢は一気に悪化するのは明白だった。

 事実、風祭ショックの際には早い対処をしたものの、結果的に回復したと実感できたのはつい最近になってから。未だ完全に立ち直っていないこの状況でのそれは最悪の一歩でしかなかった。

 時宗が言う様に、魔導騎士連盟に要請した処で相応の時間がかかる。

 本来であれば自国の事は自国で処理したいが、それはあくまでも通常の兵士の話。

 伐刀者ともなれば、完全にどちらの戦力が上なのかは考えるまでも無い。臨時の会議での軍部の試算は予想以上に悪い。国家を運営する側からすれば、今回のこれは完全な悪夢でしかなかった。

 

 

「こちらとしても手は打ちます。ですが、期待はしない方が良いでしょう」

 

 通信越しではあるが、総理の狼狽する姿が見えるかの様に声は沈んでいた。実際に側近の背後になる国がどこなのかを考えれば全てが伐刀者ではない可能性もある。だからと言って楽観視する事も出来なかった。

 

 

《とにかく、連絡を密にして動くよりあるまい》

 

「そうでしょうね。こちらもモーリス殿の容体を確認しますので」

 

 その言葉と同時に通信が切れる。周囲には何も無かったからなのか、時計の針が動く音だけがやけに大きく聞こえる。

 既に賽は投げられている。後はその結果を受け止めるよりなかった。

 

 

 

 

 

「朱美君。小太郎に繋いでくれ」

 

「了解しました」

 

 部屋にその姿は無いものの、返事だけが時宗に返る。

 詳細が分からないままに作戦を執るのがどれ程過酷なのかは時宗として理解している。

 幾ら黒鉄巌が窓口となっていたとしても動くには時間がかかり、仮に動きがあったとしてもその頃にはどれ程の被害が出るのかが分からない。

  小太郎に連絡を繋いだまでは良かったが、最悪は何人かの犠牲が出るだろう。時宗は疲れ来た表情を隠すと同時にそんな取り止めの無い事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまん。俺としてもこんな場面では正直やりたくはなかった」

 

「構わん。我らは所詮、闇に生きる輩だ。光を浴びる側は気にする必要は無い」

 

「だが……」

 

「くどいぞ」

 

 小太郎の言葉に何時もとは明に異なる雰囲気を持った時宗はそれ以上の事は何も言えなかった。

 実際にどれ程の戦力を持っているのかも分からない状況下での戦場は命が散る可能性が極めて高い。戦時中であっても数が減らなかったのは偏に事前の調査による戦術の結果の賜物。

 今回のこれは目隠しをしたままに戦場に死にに行けと言う様な物だった。

 

 事実、モーリスを撃った側近は既にこの世から去っている。あの時点で朱美が盗った行動は当然の処置。

 特に銃の固有霊装は万が一を生み出す。クライアントを優先する際に護衛の命を蔑ろにする訳には行かなかった。

 仮にその場で命を散らしたとしても、次の行動で護衛対象者に何かあれば犬死でしかない。だとすれば即刻排除するのは当然だった。

 

 風魔の四神の一人が判断した事を時宗が覆す事は無い。風魔が護衛するのはSPよりも遥かに安心できるだけでなく、その後の行動にまで影響を及ぼすから。それを誰よりも理解しているからこそ時宗は何も言わなかった。

 だが、死地に送るのとそれは違う。戦闘を知らない素人でさえも簡単に予測出来る未来に適切な言葉は何も無かった。

 

 

「……分かった。今回の件に関しての報酬は気にするな。俺に出来る事なんてその程度だ」

 

「そうか。だが青天井と言う訳にも行かんだろう。今回の依頼に関しては相応の出費は必要だろうな。少なくとも桁はかなり変わるぞ」

 

「当然だ。事実上の死地に送り込む様な内容だ。他が反対しても飲ませるさ」

 

 小太郎の言葉を当たり前の様に時宗は飲みこんでいた。実際に正規の軍をぶつければ小太郎が提示する以上の費用がかさむ。

 これがまだ戦国時代の話であればこんな話は出なかったはず。だが、今は何をするにもコストがかかるのは当然だった。

 それだけではない。最初の段階で死ねと言われて納得できる人間が誰一人居ない事だった。

 ましてや相手は大国同盟。その被害は考えるまでも無く甚大である事は決定している。誰もが好き好んで命を天秤にかける人間は居ない。そう考えると必然的に答えは出ていた。

 

 

「そうだな。だが、我らにも限界はある。現時点ではここと関東にだけだ。後は知らん。それでも良いのか?」

 

「上出来だ。少なくともあのやりとりを考えれば、関東よりもここの方が確立は高い。ましてや七星剣武祭は金の卵を永遠に産む。だったら考えるも無いだろ?」

 

「正確に理解するか。だとすれば当然の結果だな」

 

 経済を握れば後はどうとでも出来る。それが偶然にも今である。ただ、それだけの話だった。

 事実、時宗の言葉を小太郎もまた理解しているのがその証拠。

 本当の狙いが何なのかは分からなくとも、相応に何かを取得するのであれば実に分かりやすい物だった。

 

 

「なあ、小太郎。参考までに聞くが、攻めるとなればどれ位の規模だと考えてる?」

 

「規模か。春のあれを考えれば少なくとも伐刀者規模で最低でも百から。一般兵士で二百程度だな」

 

「根拠は?」

 

「あの情報が完全に漏れている前提で考えればある意味当然の数だ。あれはランクこそ、そこそこ高いが戦闘面においては素人と変わらん。

 戦場の真っただ中に学生を出した時点で上はそう考えた。と考えるならば、その内の半分は我らと同じ様な部隊を用意している可能性の方が高いだろう」

 

「暗部か……」

 

 小太郎の言葉に時宗もまた考えるしかなかった。

 実際に大隊と言ったのは大よそそれ位までならギリギリ情報を隠しきれると考えたから。

 伐刀者の能力の中で隠形系の何かがあれば、それ以上にもなりえる。だが、場所が分からない。これが通常であれば何らかの対策を立てる事が可能だったが、生憎と七星剣武祭の影響によって外国人の数が正確に把握しきれていなかった。

 只でさえ浮かれやすい状況下の中で一つ一つを精査するのは入国管理局にとっても多大な労力を払う事になる。

 今回の件に関しても完全にその状況を知った上で来ているのであれば、計画はなかり綿密に練られていた証拠だった。

 小太郎が居なければ確実に舌打ちしたい状況。だが、目の前に居る小太郎は泰然自若のままだった。だからなのか、時宗もまた少しだけ冷静になっていた。

 

 

「少なくともここが本命なら朱雀と青龍も居る。負けはせんよ」

 

「そうか。頼んだ」

 

 その瞬間、小太郎の姿が周囲に溶けるかの様に消えていく。極秘裏に動く策動は国民が七星剣武祭に酔いしれる中で決行されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これで全員だな」

 

 時宗との会談を終え、小太郎もまた集合地点へと移動していた。

 小太郎の命によって動けた人員は驚く程に少ない。実際に風魔の実働部隊の数を考えれば妥当な人数。ここに居たのは青龍、朱雀を除いて中忍が二人、下忍が五人の計十名だった。

 

 

「では、これから依頼の遂行をする。相手は伐刀者。人数に関しては不明。なお、今回の内容は通常の様に情報が完全に網羅されていない。その為、全員に撃破褒賞が出る」

 

「撃破褒賞……」

 

 小太郎の言葉に少しだけざわめきが起こる。

 元々風魔の内部に於いて、与えらている依頼は上忍が基本的に振り分ける。元々誰もが最初は下忍から始まり、依頼の達成の状況によって少しづつ上になれる事が可能だった。

 この状況は青龍や朱雀であっても同じ事。下から這い上がって今の地位にいる為に、内部は完全実力制だった。

 そうなれば報酬の高い依頼から順に無くなっていく。高額になればなる程、達成率が困難になるだけでなく、危険度も高い。高額報酬にはそんな側面があった。

 その為に同じ風魔であっても資産の差は大きかった。そんな中での撃破褒賞は階級の差が無く、同じ様に分配される。ある意味では高額報酬を取れると同時に、階級が上になれる可能性も含まれていた。

 

 

「襲撃の時間に関してだが、相手の出方を考えれば昼間の可能性は無いだろう。あるとすればこれから。最悪は明日の夜になる。各自警戒を怠るな」

 

 小太郎の言葉に誰もが静まり返る。厳密に言えば襲撃の時間帯は深夜から早朝間際になる。それが周囲を巡回する人間の集中力が一番緩くなるからだった。

 

 

「それと、装備に関しては各自で用意した物を使え。何時もと同じく痕跡は残さない様に後詰めもある」

 

「御意」

 

 その瞬間、青龍と朱雀を残して全員の姿が消えていく。既に可能性があるとすれば湾岸にあるこの倉庫街の可能性が高いからだった。

 少なくとも公共の交通機関を使えば足が直ぐにつく。伐刀者であれば多少でも海を渡る手段を持っている事を前提に考えれば、この倉庫街はある意味では理想的だった。

 中忍以下が配置の為に消えた事を確認する。それが分かったからこそ、小太郎は残った二人に改めて声をかけていた。

 

 

「青龍、朱雀。今回の件に関しては殲滅だ。それと一つだけ懸念事項もある。既にこの周辺地域に段蔵が居る。如何出るかは不明だが考慮しておけ」

 

「小太郎。どうして段蔵が?」

 

「偶然会った。それと今回の件では恐らくは大丈夫だとは思うが、他国の『魔人』も来ている。下手に嗅ぎ付けられると面倒になる可能性が高い。したがって、伐刀者に関しては可及的速やかに殲滅してくれ」

 

 そこに親子や親愛の情は微塵も無かった。既に仮面をつけた段階で龍玄は青龍として、朱美は朱雀として居る。

 小太郎もまた仮面を付けている為に何時も とは完全に違っていた。

 

 

「攻めるなら拙速だろう。斥候が来るならば、後に続くのは暗部だ。気を抜くな」

 

「俺が油断すると?」

 

「念の為だ。我らが出張って未達では格好がつかん。後々の事を考えれば当然だ。後は段蔵が居たとしても無理はするな。お前は直ぐに突っかかる」

 

「もう餓鬼ではない。心配のし過ぎた。俺も配置に着く」

 

 姿が消える青龍を見ながら小太郎は少しだけ口元を歪めていた。

 仮面をつけている為に感情が見える事は無い。実際に大国同盟の伐刀者そのものには感心は無いが、段蔵に関しては別だった。

 青龍もまた、その実力を認めている。仮に依頼中に交戦すれば未達になる可能性を秘めていた。だからこそ、ここで釘を刺す。短くも長い夜が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、我らも動く。幾ら平和ボケしているとは言え、万が一の事があってからでは遅い。斥候を出し部隊のそのまま上陸。制圧後は直ぐに後方部隊を上陸させろ」

 

「了解」

 

 狭い空間には人がこれでもかと詰め込まれていた。

 全員が銃器を手に、顔にはバラクラバによって表情が分からなくなっている。元々予定された強襲だった為に、周囲には動揺は見られなかった。

 部隊長とも取れる人間の言葉に誰もが何も口にしない。後は決められた作戦と淡々とこなすだけだった。

 号令に従い全員がキビキビと動き出す。その場に残されたのは一つの小隊だけだった。

 

 

「今回の作戦に関しては特に問題はない。だが、周辺には大物の姿もある。我々としても無駄な戦闘を避け、制圧を優先してくれ」

 

「大物?比翼の事か?」

 

「あれだけではない。裏と表。厄介なのが会場に確認されている。我々も魔導騎士程度なら負けはせんが、魔人となれば話は別だ。今回の戦いで介入しないとは思えん。それを頭に叩き込んでおけ」

 

「部隊長殿は心配性ですな」

 

「全くだ」

 

 軽口を叩くも、その目に油断は浮かんでいなかった。

 実際に極秘裏に動くのは世間が気が付く前に制圧する為であり、場合によっては軍や騎士連名所属の伐刀者が動く可能性もある。ある意味ではここが苛烈な戦場になる可能性を秘めていた。

 事実、大国同盟の中に於いても実働部隊が直接動く事は少ない。これまでは暗部による暗躍によって地ならしを終えた上を歩くからだった。

 当然ながら部隊としての働きは一番重要ではあるが、その扱いに関しては低いままだった。

 地ならしをする為には情報も何も無いままに攻め入る事になる。その結果、反撃を受ける可能性も高かった。

 一番命を散らす可能性が高い部署が何も知らない部署から蔑まれる事もある。暗部もまた歴史の闇に生きる者達だった。

 

 

 

 

 

「隊長。予想通り、騎士連盟は動く気配は無さそうです」

 

「だろうな。日本支部の支部長は腰抜けだ。あんな小物が軽々しく指示など出すはずが無い。この戦い、我らの実力を久しぶりに示すには好都合だな」

 

「そうだな。そろそろ訓練ばかりも飽きてきた。我々もそろそろ動くか」

 

 強襲に於ける援軍の有無はある意味重要な情報だった。

 仮に厳しい戦いになった場合、その場で命を散らす事になり兼ねない。それは偏に自分達の所属を残すのと同じだった。

 下手に証拠が残れば今度は面倒な事案が幾つも浮かぶ。そうならない為には確実な情報は必須だった。

 

 元々魔導騎士の組織は腰が重く、反応が鈍い。ましてや夜間強襲であれば尚更だった。

 本来であれば緊急時には支部長の責任が拡大される。だが、黒鉄巌と言う人物は即断する様な人間ではなかった。

 自分の地位を脅かす事無く反乱を鎮める。言葉にすればそれだけだが、現場からすればたまったものではない。

 秒単位での時間を惜しむ状況で数時間の時間を無駄に浪費する。それの結果がどうあれ、自分に火の粉がかからない様にする政治力を黒鉄巌は持っていた。

 一人の人物が移動する事を決めた事を皮切りに全員がこの場を後にする。既に投げられた賽の目が示すのは任務の成功。誰もがそれに疑う余地は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇がまだ周囲を支配している時間。それ故に誰もがその姿を視認する事は叶わなかった。

 良く見れば多少は何かが分かるのかもしれない。それ程までにおぼろげな姿だった。

 そもそも海上を渡るのは何らかの器具が必要になるはず。だが、海の上を疾るそれが人間であるとは誰も思わなかった。

 動いた瞬間に生まれる波紋は、波によってかき消されて行く。昼間であれば間違い無くわかるそれも、夜間であるからこそ判断する事は不可能だった。

 一つ二つとその数は増えていく。斥候ではなく、襲撃の為なのか、目的の場所に出るまでの総数は既に百を超えていた。

 

 

「この数は多すぎるのでは?」

 

「いや。この人数で最低限、上陸の為の拠点を制圧する必要がある。戦力ではなく純粋な数の問題だ」

 

「そうでしたか。では、今後の計画は?」

 

「まずは監視等を防ぐ為に拠点の襲撃。その後は周囲に悟られない様にこの港湾エリアを完全に制圧しながら封鎖だ。

 事前の情報では現時点で接岸の予定は無い。全てを制圧した事を確認してから、拠点の船を接岸させる。我々はその為の地ならしだ」

 

 口ではそう言いながらも男の視界に映るのは凄惨な未来。

 港湾エリアは基本的に商業だけでなく、密入国をさせな為の防衛施設も設置されている。

 全部を制圧するとなれば、当然ながらそこに詰める人間を始末する必要がある。

 そこにあるのは血がゆっくりと浮かぶ光景。只でさえ大国同盟の中は色々な意味で混沌としていた。

 その結果、部署事に特色が現れ、時には衝突もする。表には見えない内情はかなり歪んでいた。そんな中でも唯一と言って良いのが暗部だった。

 

 大国同盟の中でも戦闘力が高く、矜持ではなく純粋な戦闘だけに特化した人間が所属している。事実、この中には一時期指名手配された人間も居た。

 大きな組織によって些細な内容は情報を完全に書き換える。その結果、暗部には常に死の臭いが充満していた。

 今回のミッションに関しても同じ事。餓えた狼の前に特大の肉を置いた様な物だった。

 殲滅が前提のミッションに躊躇はない。寧ろ、解き放たれた事実に対しての喜色だけが浮かんでいた。

 会話が辛うじて理知的だったのは、ただ暴れるだけの内容ではないから。それすらも無ければ最悪は港湾エリアだけでなく周辺の湾岸エリア全体にまで戦火が広がるからだった。

 流石にそこまで行けば完全に治安維持部隊が出動する。自分達のリスクが全く無いのはこの港湾を落とすまでだった。

 静かに拡がる危機を察知した気配は何処にも無い。既に全員の視界に映るのは上陸するであろう係留施設の一つの岸壁だった。

 

 

 

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