英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第69話 遭遇戦

 海上を照らす為の照明が無いからなのか、百を超える集団を目視出来る術は無いはずだった。

 事実、港湾エリアには敷地内を確認目的の監視カメラはあるが、海上に対しては何の措置も取っていない。精々が接岸できる僅かな部分だけ。そうなればカメラが向く場所さえ分かれば接近は容易かった。

 事前に下調べしただけでなく、用意した図面でも確認をしている。そうなれば、今回の制圧は実に簡単なミッションになるはずだった。

 目測であと百を切る距離。事前にミーティングで各々が確認している為に、そこから先の行動に澱みは無かった。確実に縮まる距離。まさにその瞬間だった。

 

 

「うっ」

 

「何…だ…」

 

 短く聞こえたのは、今まさに向かっているはずの仲間。気が付けば速度が落ちただけでなく、そのまま海上に沈んでいく。

 海に沈んだ体躯は、その場には時間を置いてから真紅の華を浮かべていた。

 

 

「総員強襲だ!無理なら散開!」

 

 紅い華が浮かんだ瞬間、それが何なのかを確認する前に声が出ていた。

 本来であればここで声を出すのは得策ではない。相手からも自分達の位置が判明するからだった。だが、突然の強襲である以上は既にこちらの行動は完全に見えている。だからなのか、そこから先の判断を誤れば海中に浮かぶ紅い華は自分の体内から出る事になるからだった。

 

 怒声に近い指示に誰もが完全にその場から散開する。既にこちらの位置が割れている以上、隠す必要は何処にも無かった。ここから先は完全に実力行使するのみ。

 仮に魔導騎士連盟が動いたとしても、自分達が負ける要素は何処にも無かった。

 それだけではない。襲撃するとなれば部隊を配置する必要が出てくる。実際にここに来るまでに幾つもの情報ルートを確認したが、部隊派兵の痕跡は見られない。

 だからこそ、準備が終えてるとなればその先は考えるまでもないはずだった。

 仲間を殺られたよりも先に、この襲撃を完璧な物にするには直ちに排除する必要があった。

 感情が籠らないはずの眼に驚倒の色が浮かぶ。既にこの作戦が楽に終わるなどと言った思惑は完全に消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ仕事の時間だ。総員配置に就いたか?」

 

 本来であれば小太郎の言葉は周囲に聞こえるはずが無かった。

 静寂に包まれたこの場に於いて小太郎の言葉が響くとなれば、自分達の伏せている場所が知られるのと同じ事。だが、小太郎の言葉が実際に聞こえる事は無かった。

 言葉に限らず、音は大気の振動によって周囲に届く。だが、小太郎の発した言葉は周囲に響く事は無かった。

 まるで指向性のスピーカーの様に特定の場所に向っている為に、周囲の人間が聞こえる様な事は無い。静寂に包まれた空間は無音の為に返って耳鳴りがする程だった。

 だが、小太郎の言葉だけが明確に届く。だからなのか、既に自分達の決められた場所に伏せた者は誰一人として異論を唱える事は無かった。

 

 

「後、百八十秒で接岸する。撃破褒賞は既に決定事項だが、誰一人として生かすな」

 

 一方的な内容ではあったが、この件に関しては事前に聞かされた内容そのままだった。

 だからなのか、誰の心情にも響く事は無い。下忍だろうが中忍だろうが、既に全員が臨戦態勢に突入している。

 小太郎の短い言葉に誰もが改めて自分の手荷物得物に視線を僅かに動かしただけだった。

 

 

「接岸まで後十秒」

 

 誰の声とも取れないそれに青龍は冷静になった視線を海上へと動かしていた。

 事実上の暗視の状態であれば、手にしたスコープは殆ど役には立たない。実際に暗視スコープをしている訳では無い為に、狙撃に関してはほぼ肉眼となっていた。

 まだ日が昇る前だけでなく、海上を照らす照明が一切無い。だが、青龍の眼に映るのは僅かに動く人の気配だった。

 幾ら暗部の人間とは言え、忍びの様に気配を殺した訓練を受けているのは分からない。だが、遮蔽物の無い海上を移動するのであれば特定は容易かった。

 

 スコープは役に立たなくとも、その気配はまるで隠れていない。青龍からすれば格好の的でしかなかった。

 だからなのか、これまでの様な緊張感は若干霧散している。だが、青龍にはそんな事は些事でしかなかった。 

 構えたライフルの照準を海上めがけて狙いをつける。人知れず始まった戦いは既に風魔へと天秤が傾いていた。気負う事無く引鉄を引く。轟音と共に発射された弾丸はまるで意志を持ったかの様に対象物の眉間を貫いていた。

 

 

「着弾確認。対象は散開する。各自気を引き締めろ」

 

 演習ではなく実戦の場合、司令は必ず気を付ける事を前提に動く。本来であればそれが当たり前ではあったが、風魔の演習は実戦でしかない。

 決定的に違うのは、それに対するコスト面だけだった。

 依頼があって動く以上は経費もまた依頼主が持つ事になる。ましてや今回の様に事実上の戦争に近いそれは、明らかに報酬の面でも群を抜いていた。

 だからこそ、気にする事無く攻撃を仕掛ける事が出来る。目標が向かう先を理解しているからこそ、中心部に向かって放った弾丸の結末は、誰の眼にも明らかだった。

 一個の大群が散開した事によって小さくなっていく。事実上の各個撃破を前提とした戦略だからなのか、誰もが気にする事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まさか魔導騎士連盟が動いた?いや。それだけはあり得ない)

 

 海上を駆け抜けるかの様に疾駆しながらも銃弾の洗礼を浴びた暗部の人間は誰もが驚いていた。

 実際にこの場所に侵攻するのは事前に決めた訳では無く、直前になっていから。幾ら暗部の人間と言えど全員が戦闘能力に長けている訳では無い。本来であれば斥候を放ち、その確認をしてからがこれまでのやり方だった。

 

 だが、今回の作戦に関しては斥候を放つまでも無い。

 実際に作戦の公表時には誰一人として異論は出なかった。

 緊急事態に陥ったとしても、軍や騎士連盟が動くまでには相応の時間が必要となる。事実、組織が大きくなるにつれ、それはより顕著になっていた。

 

 複雑に枝分かれした指揮系統を纏めるだけでなく、派兵の際にはそれぞれの部署に指示を出す。その結果として致命的になる程に時間のロスがあるはずだった。

 今回の作戦に関しても同じ事が言える。

 暗部が動く段階となれば後は早いが、そこに至るまでには相応の時間を有していた。

 勿論緊急時ではない為に、関係各所への調整は避けられない。事前に入念ややり取りを行ったが故に今に至るから。それを考えれば電撃戦は確実に自分達に有利に働く。その為の短時間での作戦実行だった。

 だが、その前提が完全に崩れている。実際にどれ程の人数がここに集結しているのかは分からないが、完全に後手に回った事だけは間違い無かった。

 既に散開した時点で、各部隊長へと指揮系統が移っている。自分に出来るのは最後の見極めだけ。

 部隊全員の命を預かるのであれば、今以上に努力をする必要があった。だが、それはこの戦いが終わってからの話。少なくともこの人事で大量の兵士を引き入れている。それをうまく活かす為には一瞬だけでも虎口に飛び込む必要があった。

 だが、この暗闇の中では視界が全く役に立たない。もう少し時間が経過するならば視力は戻るかもしれないが、現時点ではどうしようもなかった。

 暗部が動く以上は相応の結果を求めるより無い。他の人間は分からないが、自分の部隊を持った以上、部下の命を預かったのと同じ事だった。

 この戦いには何かがある。少なくともそう考えた瞬間、耳朶に飛び込んだ情報が完全に想定外だった。

 

 

 

 

 

「まさか俺達の襲撃が漏れたのか?」

 

「それは無いだろう。直前のミーティングの際に初めて聞いたんだ。どうやってそれを知る事が出来る?それに仮にそうだとすれば伝達の速度が速すぎる」

 

「どうやら少しは楽しめそうだな。悪いが一番乗りは貰っ………」

 

 散開しながらも接岸できる場所に移動したはずの相方の言葉はそれ以上出る事は無かった。

 襲撃された時点で見晴らしが良い場所からの上陸はあり得ない。当然ながら完全に死角となる場所からの上陸が必須だった。

 だからこそ、事前に調べた場所から動くはず。まさにその瞬間だった。

 突如として頸だけでなく胴体の一部もまた微塵斬りにあったかの様にバラバラになる。

 

 幾ら暗闇に目が慣れたとは言え、完全に視界がクリアになった訳では無い。襲撃であれば警戒しながら移動するのが必然だが、海上で止まれば沈む以上、出来る事は限られていた。

 声にならない悲鳴があちらこちらから上がっている。襲撃ではなく罠である事に気が付くまでにはそれなりに時間が必要だった。

 良く見れば誘うかの様にその場所だけがポッカリと開いている。実際に上陸するにはそこ以外に場所は無かった。

 不自然な程に岸壁ギリギリまでコンテナが設置されている。罠だと気が付いたのは偶然だった。

 何も無いはずの空間に液体が浮かんでいる様にも見える。声にならない悲鳴と静寂が司る空間。そこには極細の何かが設置されていた。

 

 

「罠だ。上陸する瞬間に刃を前面に出せ!さもなくば頸が飛ぶぞ!」

 

 一人の言葉に上陸寸前の人間が、刃を縦に構えそのまま突っ込んでいくかの様に飛び込む。本来であれば音も無く着地するはずが、何んらかの罠があるからと、出るであろう音を無視していた。

 音が出た所で既に襲撃はバレている。ここから出来る事は完全な白兵戦だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったよりも馬鹿ではなかったか」

 

「偶然だろ?俺もそろそろ本格的に動く。折角の稼げるチャンスを逃す手は無いんでな」

 

「そうか。ならば、朱雀は予定通り反対側へ行け。我はここから行く」

 

「御意」

 

 小太郎と青龍、朱雀の三人は事前に仕掛けた罠が発動した事を眺めていた。

 実際にライフルからの狙撃はあくまでも散開を促し、罠がある場所へと誘導する為。その思惑が完全に達成されていた。

 生き物の様なそれは海上から綺麗に分かれていく。事前に用意した罠の後ろには中忍以下、下忍が組みになって潜んでいた。

 手負いの状態であれば命を刈り取るのは容易い。仮に白兵戦になったとしても遅れを取る様な実力しか持たない人間はこの場には居なかった。

 上忍が三方向に分かれる事になって完全に襲撃を防ぐだけでなく、殲滅までも行う。これが当然だと言わんばかりに小太郎が指示を出した瞬間、青龍と朱雀の姿はその場から消えていた。

 

 

「さて、時間をかけるのは無粋だ。あの程度ならばそれ程手間はかからんだろう」

 

 呟くかの様に出た小太郎もまた戦場となるであろう場所へと移動していた。

 本来であればこの場から動くのは得策ではない。だが、本来であれば監視するはずのカメラに細工した事によってその姿が見られる事は無かった。

 溶けるかのその姿がその場から消える。既に移動を開始した青龍や朱雀同様に、小太郎もまた戦いの場に身を委ねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な!それでは我々の存在意義は何処にも無いでは無いか!何故、派兵が出来ない」

 

「現時点ではまだ襲撃された事は確認出来ていない。それに今回の件に関しても、日本支部がではなく本部からの指示がまだ来ていない。勝手に動く訳にはいかん。それとも貴殿は本部の意向を無視して勝手に動くつもりか?」

 

 国際魔導騎士連盟日本支部の派生でもある大阪支所の中にある支部長室には怒号が飛んでいた。

 実際に黒鉄巌が言う様に襲撃はまだ確認されていない。だが、政府からは既に情報が届いていた。

 それを皮切りに軍と警察は極秘裏に行動を開始している。それを知っているからこそ、魔導騎士連盟の一部の人間が支部長の黒鉄巌に詰め寄っていた。

 

 

「勝手……だと。どこの世界に自国が襲撃を受けて静観する部隊があると言うんだ!それに政府が態々虚偽の情報を流す所以は無い。せめて警戒態勢の為に直ぐに動ける人間を召集すべきだ!」

 

「何度も同じ事を言わせるつもりか?先程から既に手は打ったと言ったはずだ。こちらにもこちらの都合がある。これ以上の憶測は懲罰の対象となるだけは済まんが」

 

 威圧するかの様に黒鉄巌の視線は厳しかった。

 実際に本部へ今回の事を伝えたのは紛れも無い事実。本当の事を言えば目の前の男が言う前に行動するはずだった。

 だが、ここに来て厄介な情報がもう一つ。それは今回の襲撃は()()()()()()()()()()()()()()()()()事だった。

 

 実際に大国同盟の動きをただの一支部だけで確認する事は出来ない。当然ながら本部に連絡をする事によってその情報を精査しているのが正しい内容だった。

 当然ながら警戒体制を作る為には相応の情報開示が必要となる。その為に大国同盟の名を軽々と口にする訳にはいかなかった。

 下手に何らかの漏洩があれば、色々と面倒な事だけでなく国際問題にまで発展する可能性もある。本当の事を口にすればこの程度の抗議は一発で終わるが、現時点では本部からの回答待ちだった。

 

 

「下手に警戒体制を作ったとして、どうやって士気を保つつもりだ?憶測だけで物事を動かす事は出来ない。それすらも分からないのか?」

 

「そんな建前はどうでも良い。せめていつでも動けるだけの準備はするのが筋だ」

 

「そんな事は分かっている。だが、襲撃の場所も分からないままでどうしろと?それにここだけではない。今は湾岸ドームで七星剣武祭も開催している。

 あの状況下で警戒など無理だ。下手に警戒すれば世界中が知る事になる。

 政府が動かした名目はあくまでも治安維持の強化による物だ。軍に関しても今は基地内での待機だ。一般人と我々を同格に考えるのは些か問題があると思うが?」

 

 黒鉄巌の言葉に男はそれ以上の言葉は出なかった。実際に軍の人間と魔導騎士とでは単体の火力が違い過ぎていた。

 D級程度であれば同じかもしれない。だが、C級の上位以上ともなればその戦力は比較出来ない程だった。

 それだけ魔力に由来する身体強化による恩恵だけでなく、固有霊装もまた脅威だった。

 仮に遠距離型だとしても銃の様に弾の制限がある訳では無く、個人の魔力が相応にあれば、それは事実上の無制限と同じ事。近接型の武器だとしても、携帯している訳では無い為に、緊急時であっても直ぐに行動する事が可能だった。

 事実、緊急時の伐刀者の固有霊装の展開は法律で認められている。その結果としてこれまでに幾つもの事件が速やかに解決していた。

 そう考えれば黒鉄巌の言葉に偽りは無い。自分達が出来る事など最初から決まっているだけだった。

 

 

「……そこまで言うならば今は理解しよう。だが、先程の言葉は宜しく無いな。我々は特権階級の人間ではない。偶然その能力を持っているだけに過ぎない。いい加減、その考えを改めたらどうなんだ?」

 

「貴殿の言葉は抗議して聞けば良いのか?少なくとも先程の言葉は純然たる事実を述べたにすぎん。貴殿こそ冷静さを失ってはいないのか?」

 

 これ以上の会話は無駄だと悟ったからなのか、男は黒鉄巌の言葉に返事をする事は無かった。

 時間が遅い為に、本来ならば職員が事前に確認をした者だけが入室する。だが、深夜とも早朝とも取れない時間の為に、そんな面倒な事は何も無かった。

 だからこそ、直情的な言葉が直ぐに出ていた。政府からの情報に間違いが無ければ、襲撃者は確実に作戦を実行しているはず。にも拘わらず未だ何の情報も無いのであれば、行動するのは困難だった。

 そもそも伐刀者が緊急で動く事が出来るケースは限られている。

 一番は当人がその場面を直視し、許可を取る時だけ。ましてや今は七星剣武祭の真っ最中。国内に不穏な動きがある可能性が高い事を態々喧伝する必要は無い。そう考えたからこその発言だった。

 

 先程までの荒れた空気は改めて静寂を作り出す。個人で動く事は無いにせよ、どこから何が起こるのかが全く分からない。だとすれば静観するよりなかった。

 仮に本部からの情報が遅れ、この国に損害が生じればそこから先は自分の領域となる。政治的な事を考えればそろそろ動くには熟した頃だと考えていた。

 

 日本支部の中でも本部のやり方に疑問を持っている人間は少なくない。事実、先程ここに来た男も同じだった。

 支部から情報を上にあげ、その結果として支部が動く。何も無い状態であればそれが最適なのは分かっているが、これが緊急時であれば明らかに後手に回る。

 ましてやこの国が襲撃に遭うとは本部は微塵も考えていない。実力者が多ければその分制圧は簡単だと考えているのかもしれない。黒鉄巌の置かれた状況で勝手に動く事になれば自分の立場が危うくなる可能性も高い。それを理解するからこそ、今は何もしなかった。

 支部長室の椅子が軋み音を立てる。背もたれに躰を置くと同時に、今は本部からの情報を待つより無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか今晩の風は少しだけ嫌な感じだねぇ」

 

 グラスを片手に寧音は無意識の内に言葉が漏れていた。

 実際に七星剣武祭のスタッフとして動く関係上、深酒はしないものの何となくアルコールを口にしていた。

 何時もであれば浴びるかの様に飲むそれが、今夜に限っては口を湿らす程度しか進まない。その理由は自分の中にあった。

 KOK以外で高ランクの人間が動く場合、その殆どは治安維持による緊急招集が殆ど。そうなれば幾ら酔っていようがお構いなしに行動するのが義務付けられていた。

 当然ながら寧音もまたその立場にある。普段であれば泥酔しても問題無いと思う程だったが、今夜に限ってはその限りではなかった。

 何となく嫌な胸騒ぎがする。それは偏に今回の大会による得体のしれない運行が原因だった。

 

 

 

 

 

「………仕方ない。風間選手の行方が分からない以上は不戦敗にするしかないだろう。その際に我々の誤審も認める。それに相違ないな?」

 

「今さらだろう。それに、こちらとしても手の打ちようがない」

 

 難航した内容ではあったが、決定したのは既に弁解の余地が無い事が全てだった。

 幾ら何を言おうが、碌な判断もしないままに下した結果。KOKであればビデオ判断も出来るが、七星剣武祭にそれは無い。

 下手に映像で判断する事が重なれば、進行が遅れる可能性があるからだった。

 

 七星剣武祭は完全な興行ではない。あくまでも若き伐刀者の実力を世間に知らしめる為の大会の為に、微妙な判定を下す可能性は無いと勝手に考えていたからだ。

 事実、これまでにそんな判定をした事が一度も無い。だからこそ今回のイレギュラーは紛糾していた。

 即断した為に言い逃れはは出来ない。誤審を下したレッテルが張られたとしても、ある意味仕方のない事だった。

 これで龍玄の姿があればまた状況は変わったのかもしれない。だが、幾ら探してもその姿を捉える事は出来なかった。

 足取りが追えない以上は粛々と進める。それが事実上の全会一致。ざわつく会場には審判の謝罪と理由が述べられていた。

 

 それだけではない。その誤審騒動の裏でもう一人の選手が行方をくらましていた。

 『紫乃宮天音』彼もまた行方が知れなくなっていた。

 碌な戦いをする事無く勝ち続ける姿に違和感はあったが、何らかの小細工をした訳では無い。ある意味では盤外戦があったかと邪推したものの、これまでの要因は本人とは無関係の部分が全てだった。

 そうなれば今は結果として受け止めるよりない。困惑はしたものの、それもまた一致した意見だった。

 問題を孕んだ選手が連続して消えている。既に審判団の誰もが顔色を悪くしていた。

 戦いの中で重篤な怪我をしているのであれば誤魔化しは可能だったかもしれない。だが、紫乃宮に関しては戦いすらしていない。そうなればカバーストーリーを作るのが難しくなっていた。

 そんなイレギュラーが常に重なる。どう考えてもまともでは無かった。

 誰もがこの大会には何か見えない何かが働いているのかもしれない。そんな取り止めのない事を考えていた。

 

 

 

 

 

「嫌な感じか……確かにそうだな」

 

「くーちゃん。どうしてここに?」

 

「何だ?私が来ちゃ悪いか?」

 

 何気ない呟き。本来であれば返事など来るはずが無い言葉に寧音の心臓は一瞬だけ激しく鼓動していた。

 この大会に於いての自分の役割は選手からの攻撃を観客席に届かない様にする事が一番の目的。本来であればKOKのトップ選手がする様な仕事ではなかった。

 だが、今の寧音の立場は破軍学園の臨時講師。その為に寧音もまた、大会役員に駆り出されていた。

 

 

「いんや。悪くは無いさ。ただ驚いただけ」

 

「何。今日のあれは明らかに何かあると言ってる様な物だ。それに風間の件なら気にしていない。あれは元々そう言う事が事前に起こる前提だったからな」

 

 突然現れた黒乃の言葉に寧音は瞬時に平時に戻っていた。

 実際に龍玄に出場の打診をした際に、自分の事を優先するとまで言われている。本来であれば学生の栄光を勝ちとれる可能性を持てる程の実力を有するのであれば、絶対に出ない言葉だった。

 だからこそ、突如として姿をくらましたと聞かされても驚く事は全くない。

 それ所か、そうだろうなと言った感情が先に出ていた。

 

 誤審をするかどうかは別問題として、何となくその行為そのものが作為的に感じていた。

 本人の口からは直接聞いた訳では無い。黒乃は横に居る寧音から何となく話を聞いたに過ぎなかった。

 寧音の所に向ったのは気まぐれでは無く、本当は何が起こったのか。その部分を知りたいと考えた末の行動だった。

 

 

「でも強引に押し切る事も出来たんじゃいの?」

 

「理論上はな。だが、それが本当に正しいのかと言われれば、分からないと言った方が正解だ。あれは余りにも異質だ。黒鉄もそうだが、特に風間は学生と同じ次元じゃない」

 

「そうだね」

 

「何せ、お前が何の抵抗も無く捕まる程の技量だ。多少の後ろめたい物もあるだろう」

 

 既に注文したからなのか、黒乃が席に着いた瞬間、間髪入れずに透明な液体が入ったグラスが置かれていた。

 日本酒独特の香りが鼻孔を擽る。飲まなくてもそれが上質である事は間違い無かった。

 ゆっくりと出されたグラスを傾ける。米を主体とするはずのそれは何故かフルーティーな味わいが口の中で広がっていた。

 

 

 

 

 

「済まんな。それほど飲まない客で」

 

「いえ。大会の開催中はどこも似た様な物ですから」

 

「そうか。結果的には貸し切り気分を味わせてもらった。機会があればまた来させてもらおう」

 

「そう言っても貰えると嬉しいですね。またのご贔屓を」

 

 黒乃のもまた寧音と同様にそれ程飲む事は無かった。

 精々がグラス二杯程度。摘まむ物もお造り程度だった。

 角がたった刺身は鮮度が高く、また板前の技術が高い事が分かる。店に入ったのは偶然だったが、寧音の気配を少し感じたが故に来た店だった。

 学園の理事長と言う職種とは違い、寧音の本業はKOKの選手。そうなれば、ここはある意味では地元と同じ場所だった。

 どこか気難しそうな雰囲気の佇まいではあったが、店の雰囲気は悪く無い。本音で言えば、出張で来る事があれば寄ってみるのも悪く無い。そう思わせる店だった。

 

 

 

 

 

「まさか、お前があんな店を知ってるとはな」

 

「知ってるさ。あの店も系列だから」

 

「系列?」

 

「そう。『ラスト・リゾート』のね」

 

 その言葉に黒乃は僅かに反応していた。

 龍玄が入学試験を受けた際に取り立てしたのが確か会員の費用。寧音が会員である事を龍玄との関係性がどこにも見えなかった。

 だからなのか、黒乃の中では疑問だけが残る。それと、どう関係があるのか。寧音の口から出ない限り知る由も無かった。

 

 

 

 

 

(まさか何も無いなんて)

 

 寧音は歩きながらそんな事を考えていた。

 ラスト・リゾートはただの会員制の組織ではない。色々な意味で会員へのサービスが充実していた。

 一番の目的は情報収集。依頼した際には高額の費用がかかるが、そのどれもが通常ではありえない物ばかり。現代に於いてその情報一つで経済が揺らぎ、場合にそっては戦争にまで発展する。そんな極秘の物ですら調べ上げる事が可能だった。

 事実、この会員は完全に会員数が決められている。寧音が加入できたのは偶然だった。

 年会費は馬鹿みたいに高いが、その恩恵は十分すぎる程の物。そんな組織を使っても現状動いている物に対しては出てこなかった。

 店を出てからも何となく嫌な雰囲気だけが残る。

 念の為にと端末で自分宛てのメールも確認したが、送られてきた物は何一つなかった。

 戦場特有の雰囲気が僅かに香る。だが、今の寧音にそれを確認する術は何も無かった。

 

 

 

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