静寂な空間に僅かに響くのは何らかの打撃音とその後に続く声。湾岸エリアは基本的に事務所建物が無い場所に照明は殆ど無かった。
僅か荷物を運ぶのであれば必要だが、ここにあるのは巨大なコンテナ。盗難の可能性も無い為に、周辺を映すカメラも無かった。
仮にあったとしてもその状況をまともに映す事は不可能。それ程までに周囲を動く物体は尋常はでなかった。
一つの影が動いた後には無機物となった骸だけが転がっている。既に命が灯らない眼球はただ漆黒の闇だけを映していた。
(思ったよりも数が多い。少なくとも百は超える)
表情が全く見えない仮面越しに映る景色は、漆黒の闇のまま。照明を所持して漸くまともに歩く事が出来る程の光景。
だが、仮面の男達はそんな空間に警戒する事無く縦横無尽に動き回っていた。気配だけを頼りに、何も無いと思われる空間に弾丸の様に棒状の物質が飛ぶ。
音も無く発射されたそれの先にあったのは、バラクラバで覆われた中で剥き出しになっている眼球だった。
人体の中で数える程しかない柔らかい箇所の一つ。まともに確認出来ない中でのそれは、眼球を容易く貫通し、そのまま脳髄にまで達する。その瞬間、兵士の生命はそのまま絶たれていた。
反撃するでもなく、躱す事すらしない。下手をすれば自分の認識を感じる前に生命の灯は消え去っていた。
銃撃ではなく、体術によって放たれたそれは確実に命を刈り取る。少なくともこの状況は今に始まった事ではなかった。
気が付けば手持ちの数はそれ程多くは無い。元々闇の中からの攻撃に、拳銃は不利な状況を作り上げるだけだった。
火薬が燃焼する際に僅かに光が漏れる。マズルフラッシュと呼ばれる現象は、この闇の中での位置を教えるのと同じ事。当然ながら迎え撃つ側からすればその装備が襲撃としては完全に不適切だった。
だからこそ、棒状手裏剣の様に自身の体躯を使った武器だけを使用する。そこに上忍や下忍と言った違いは無かった。
伐刀者であれば、当たり前の様に使う身体強化も完全に制御できるのであれば問題はない。だが、周囲を見ても視界に何も映らない状態ではただ魔力だけが垂れ流しになるだけだった。
当然ながら魔力には限界がある。完全に枯渇した場合、自身の肉体にも顕著に影響が出ていた。戦場に於いて、それは致命的な隙でしかない。
動けない者から順次刈り取っていく。風魔衆から見ればこの暗闇は普段のそれと同じだった。動く事によって起こる大気の流れには血の匂いが混じる。手慣れた光景が故に誰もが怯む事は無かった。
(このままが続く事は無いだろうな)
時折顔面に近い場所に届く攻撃は、僅かに顔を逸らすだけで回避していた。
接近戦での攻撃であれば確実にカウンターを決める事によって絶命させる。既に青龍の固有霊装は夥しい紅で彩られていた。その発生源は自分の体躯ではない。明らかに返り血であった。
時折振り捨てる事によって元の鈍色が顔を出す。だが、それも束の間の事だった。視界に映らない大気の揺れがこちらに向かって来る。不可視の物体が何なのかを判断するまでも無かった。大気と気配が僅かにぶれる。殺気だけは上手く誤魔化しているが、それ以外はそのままだった。
中距離からの攻撃は明らかに固有霊装が長物である証拠。そうなれば無手との間合いは絶望だった。
だが、闇雲に振りかざす程度の攻撃であれば、距離を縮めるのは刹那で十分過ぎた。一足で間合を縮めた瞬間、四指の手刀は相手の喉笛を突いていた。
指先に感じる感触は、咽頭から頸椎を確実に破壊する。命を奪う事に躊躇などする必要は無かった。
一人に時間を費やせば、他の人間が襲撃する。逡巡した瞬間、待っているのは自身の死。それを誰よりも理解しているからこそ、その動きが止まることは無かった。
(だが、今は数を減らす。それを優先するだけか……ほう。面白い)
実際に上陸した人間の殆どはそれ程攻撃力が高いイメージが無かった。
ライフルで狙撃をした瞬間に動いた統率力は見事だが、肝心の能力に関しては全く話にならなかった。周囲の詳細までは分からないが、少なくとも下忍でさえも攻撃を受けた報告は上がっていない。可能性があるとすれば斥候である事だった。
そう考えた瞬間、上空には曳光弾の様な物が打ち上がる。それは一発の照明弾だった。
時間にして僅かではあるが、視界がクリアになれば立て直す事が可能になる。恐らくはそう判断した結果だった。
だが、視界がクリアになるのは一方的ではない。双方の視界が明確に分かる。戦局を理解していないからなのか、それとも焦りが生んだ結果なのか。事実を確認する事は出来なかった。
頂点に達した瞬間、閃光が周囲を照らす。時間にして約七十秒。この瞬間、その場に居た全ての人間がこれまでとは異なった動きを見せていた。
(一体に何が起こってる!)
トラップを掻い潜った瞬間、一人の仲間の頸が一瞬にして胴体から離れていた。事前情報ではこの場所に軍や騎士連盟が動いた事実は報告されていない。寧ろ、こちらからの一方的な蹂躙になるはずだった。
だが、最初の段階でそれが躓く。海上を疾駆しながら接近した瞬間、数発の着弾が確認されていた。
距離と間隔から考えれば、狙撃である事に間違い無い。これが何らかの遮蔽物があればそこに隠れるか、止まるかで回避する事が可能だった。
だが、ここは海上。止まれば確実に海へと沈む。暗闇の海に一度でも沈めば浮上は困難だった。
事前に情報を察知していればこんな方法は使わない。無音で動ける船を用意しての上陸にするだけだった。
だからこそ、突然の行動に誰もが迷いを持っている。散開できたのはその場に留まる事が出来ない為の緊急措置でしかないからだった。
「
《こちらでも情報は確認されていません。レーダーに映る物はありません。生体的にも機械的にも物体の存在は確認出来ません》
「そんな事は聞いていない!何らかの部隊が居るのかと聞いている!」
混乱しているからなのか、先程と同じ質問をするだけだった。
実際に混乱しているのは一人だけではない。疾駆する殆どの人間が同じだった。
回線は全員が分かる様になっている為に、やり取りは一人だけ。だが、事実上のオープンチャンネルが故に誰もが同じ事を考えていた。
上陸した人間もまた、うめき声に近い物だけを残してその後の通信が途絶えている。トラップが設置されている事に間違いは無い。
だが、部隊が何なのかが分からない以上、対策を練る事は不可能だった。
事実、上陸前の事前情報の段階で部隊の配置はされていない事が報告されている。これが上位の人間だけの話であれば大きな問題に発展する可能性は皆無だったはず。
だが、現実はそんな想定など最初から無かったかの様に苛烈な物だった。暗部の人間は通常の伐刀者とは明らかに異なる技量を身に着ける必要がある。その結果として水面を疾る技量や、暗闇での戦い方など、通常ではあり得ない程の膨大な量の経験は必要だった。
基本的に暗部の人間は裏の世界で生きる存在ではあるが、闇の住人ではない。その為に、今の状況を正確に把握しきれなかった。
耳朶に届く情報は、仲間や部下のうめき声や断末魔。必然的に何らかの部隊が存在するのは明白だった。だが、その正体が把握できない。幾ら闇に近い暗闇だとしても、こうまで正体が分からないのは尋常はない。
現場の状況を正確に把握出来ない指揮所からではその逼迫した小隊長の言葉を正確に理解出来なかった。分かるのは危機に陥っている事実のみ。だからこそ、次なる一手を打つしか無かった。
《リスクはありますが、上陸専用の照明弾を打ち上げます。なお、場所の特定をされない様に発射後はこちらも移動をします。それで対処をお願いします》
「ああ、頼む。このままだと只の犬死だ」
それ以上通信が繋がる事は無かった。元々オープンチャンネルにしている時点で情報漏洩の可能性が出てくる。幾ら無人に近いエリアだとしても、傍聴される可能性は否定出来なかった。
その為に最低限の情報のみを伝えた瞬間、発射シークエンスが起動する。カウントが始まったからなのか、周囲を警戒しながら男達はそれを待っていた。
低空飛行で飛ぶ曳光弾。本来であればもっと上空に打ちあげる物だが、それをすれば確実に怪しまれる。その為に低空のままにそれは発射されていた。
時間にして七十秒の自由。暗部の人間の誰もが、それだけあれば十分だと内心考えていた。
僅かな音と共に数秒と立たずに閃光が広がる。意識を持って確認できたのはそこまでだった。
「随分と面白い事を始めた様だな」
遠目で見る曳光弾を見たからなのか、男は僅かに口元が歪んでいた。
周囲に人影はなく、またそれの存在を確認すべき物も無い。少なくともここに小太郎が居ただけでなく、
起点となるべき処置をしたのは半ば偶然だった。
少なくとも自分が見た限りでは、あの男がどれ程の地位にいるのかは分からない。だが、少なくともバーとは言え、あんな言葉を多少でも口にしてのであれば、相応の立場である事は間違い無い。少なくともそう考えていた。
何らかの火種があれば面白い。それに
「血の匂いを発するか………少し興じてみるか」
まるで玩具を与えられた幼子の様に男の笑みは深く、そして残忍だった。
そこに戦があれば待っているのは命のやり取り。そこに小太郎が関与しているのかは分からないが、少なくとも自分の欲望が満たされるだけの何かがあるのは間違いない。
手に持った仮面を少しだけ手で拭い、改めてそれを装着する。命のやり取りに生を見つける事を生きがいとする男は既にその場から消えていた。
(久しぶりに使うか)
閃光を見たからなのか、青龍は直ぐに思考を切り替えていた。
幾ら視界が僅かに回復したとしても、下忍がそのまま討ち取られるとは思っていない。
事実、伐刀者の身体強化は自身の体躯を文字通り強化する事が可能となっている。だが、それは基準があっての事。勿論、相手が暗部の人間であれば通常よりも鍛えられている事は理解しているが、だからと言って一般的な能力であって、それ以上の効果をもたらす事しかない。当然ながらそれ以上に鍛えた人間にはそれ程脅威では無かった。
風魔に限らず、忍びの者はすべからく自らの肉体を限界まで鍛える事に余念は無い。伐刀者であろうがなかろうが素人に毛が生えた程度では容易く討ち取られる。
忍びの者のメインは諜報活動。それが当たり前の意義だった。だが、風魔はそんな活動だけではない。常に戦場での働きが要求され、それと同時に諜報活動もこなす。一人でその全てをこなす為に、ある意味では厳しい状況下での鍛錬が当然だった。
伐刀者である前に、一人の忍び。寧ろ伐刀者が持つ異能をの方がおまけに近かった。だからと言って異能を使用しないでのはない。純粋にそれを使う状況に至る事が少ないだけ。だからこそ異能を使い過ぎて意識を失う様な不様な事は無かった。
そんな桁外れの鍛錬とは別で異能を使う。その時点で風魔以外に並ぶ者は極僅かに限られていた。
閃光によって周囲の状況が改めてクリアになる。青龍の視界に捉えたのは、こちらを捕捉した男達だった。
バラクラバによって表情は不明だが、その眼には怒りが浮かぶ。これまで一方的だった環境から解放されたからなのか、それとも漆黒の仮面の龍に気が付かないからなのか、得物を手に突進していた。
身体強化だけに頼った動き。そこには僅かな遊びすらない。直線的な動きに青龍もまた僅かに言葉を口にしていた。
「刻め」
僅かに出た言葉とは裏腹に、その瞬間、世界は一変していた。
自分以外の動きがまるで水中にいるかの如く鈍い物へと変わり出す。それはあまりにも異質だった。
水中で自分だけが当たり前の様に動き、相手は鈍い。青龍の使った抜刀絶技の効果だった。
それと同時に周囲の状況から不要な物が意識から抜け落ちる。不必要な情報を脳がシャットアウトしていた。
風魔の歩法『残影』によって疾駆した体躯は更に加速する。最初の一足で相手と最接近する。只でさえ、加速した状況からの一撃は致命傷だった。
「このまま散れ」
掌底によって相手の右側頭部を強打する。本来であれば頭蓋骨は人体の骨の中でもかなり強度が高いはず。にも拘わらず、まるでそんな物など最初からなかったかの様に衝撃は反対方向から突き抜けていた。
その為に左の側頭部からは、衝撃と共に中身までもが飛び出す。赤を混ぜた液体は周囲に飛び散っていた。
その結末を確認するまでもなく、青龍は再度新たな獲物に向って移動する。
突然の出来事に呆然としているからなのか、完全に足が止まった人間から順次破壊していた。死と言う結果だけを残す行為。そこあったのは戦いではなく、ただの鏖殺。
人間ではなく、そこにあるのはただの赤い液体が詰まった肉袋だった。
(き、消えた…)
相手から見れば青龍の動きは本当に見失っていた。先程までは視界に捉えたはずの存在。
漆黒の仮面をつけた人間が今回の襲撃者であるのは容易に判断出来た。だが、その仮面の人間の姿が幻の様に消える。照明弾を打ちあげた以上、完全にその場から消えるのは困難なはずだった。
幾ら素早く動いても、この場所では完全に動きが読める。閉ざされた空間は相手だけでなく自分達にも同じ状況を与えていた。
だからこそ、消えた事が認識はすれど理解が出来ない。戦闘中にそれ以外の事に意識を奪われる事は死と同意であるのは認めるが、それでもそう思う程に目の前の状況は異様だった。
その瞬間、自分以外の人間の頭蓋は風船の様に弾け飛ぶ。飛び散る脳漿に何が起こったのかすら判断出来ない程に非現実的な光景が広がる。
何らかの幻術なのかもしれない。そう思いたくなる程に目の前の事象は異常だった。だが、それ以上の詮索は出来ない。何故なら自身もまた仲間と同じ道を辿ったからだった。
「ほう。珍しく使ったな」
迫り来る刃や弾丸を最初から無かったかの様に小太郎は僅かに躰の位置を変える事によって回避していた。
迫る刃を持った人間にはカウンターでの攻撃による死を、銃弾を発射した人間には同じ様に手にした棒状手裏剣での投射を。そのどれにも待っているのは同じ結果だった。
周囲の確認をした訳では無い。ただ、空気の流れによって送られてくる情報を感知しただけだった。
普段とは違い、緊急案件の為に詳細にわたる情報は何も無いままだった。
迫る気配を辿れば、襲撃したのが何なのかは容易に想像できる。事実、普段から常に鍛えあげられた部隊がこの程度の伐刀者に討たれる可能性は微塵も持っていない。それ程までに卓越した技術を完全に持っているからだった。
そんな中、一つの魔力の反応を確認する。普段であれば使う前に終わる為に、余程の事が無い限り感じ取れない魔力だった。
青龍の持つ抜刀絶技は純粋に時間の概念を大きく狂わせる事が出来る。時間の停止までは行かなくとも、それに近い能力はある意味危険な物。
対峙した瞬間、自分の意識の範囲外からの攻撃を受けるのは尋常ではない。
加速した体躯からの攻撃はそのまま純粋に威力へと変換される。その為に、些細な攻撃であっても致命傷を負わせる事は可能だった。
それを使うとなれば、自分の周囲には思った以上の数があったという事。予測以上の数だった事だけが誤算だった。
「それで気配を殺したつもりか?」
背後からの攻撃を察知した小太郎はまるで当然だと言わんばかりに反対に背を向ける。
背後からの強襲のはずが、気が付けば真正面からの襲撃へと変わっていた。手に持つのは湾曲した巨大な刃。ククリナイフの様なシルエットの刃は小太郎の体躯に当たる事なく、虚しく空を切っていた。
「バケモノが!」
「獣の分際で口を開くな」
致命的な隙を逃す程のこの状況を楽しむつもりは無い。今小太郎がやっている事はただの蹂躙でしかない。
内容だけを見れば襲撃だが、実際には児戯にも劣る攻撃だった。幾ら闇の中から気配を殺して攻撃しても、揺らぐ大気までを消す事は出来ない。
素早く動けばその分だけ大気が揺らぐ。当然ながら小太郎はそれを察知していた。
来るであろう方向からの攻撃に当然とばかりに刃を置く。襲撃した男はまるで刃に吸い込まれるかの様にその場所へと動くと同時に、頸が胴体から離れていた。
噴水の様に吹き出る紅に一瞥すらしない。それ程までに小太郎の攻撃は常軌を逸していた。
「騒げば災いも来るだろうに………」
先程のやり取りを気にする事無く小太郎は懸念事項を口にしていた。
照明弾が放たれた事によって、ここに何かがあると示した様な行動。この闇の中での行動に何の意味があるのかが分かれば、やって来るのは災厄のみ。
既に邂逅しているからなのか、これから何が起こるのかを何となく察していた。
まるで突風が吹いたかの様に一つの質量体は目的の場所へと移動していた。
既に何かが起こっている以上、終わりもまた見える。折角種を蒔いたのであればその成果を確認するのは当然の事だった。
未だ目的地まではそれなりに距離がある。これが何もない平原であれば時間はそれ程かからない。
だが、都心部であればその限りではなかった。大小さまざまな建造物や走る交通機関はその目的を馳せる為には邪魔な存在でしかない。だからと言って破壊しながらでは尚更時間がかかる。
誰よりもそれを知っているからこそ建造物を破壊する事無く、敢えてそれを足場に人であればあり得ない移動を繰り返していた。
しなやかに動くそれを肉眼で見た者は誰も居ない。建物を足場にしたその場所に居た人間ですらその気配を感じる事無かった。
まるで空中を歩くかの様に影が動く。気付けば目的の場所まであと僅かだった。嗅覚に感じるのは紛れもない鉄錆の匂い。時折吹く血風はまさに
「俺も混ぜてくれ」
「誰だ貴様は……」
姿を確認した瞬間、バラクラバの男の頸は胴体から離れる。まだそれなりに距離があっただけでなく、手には武器らしい物は何一つ持っていない。
無手の様にも見えるそれ。下手をすれば伐刀者ですら無いと思える程だった。
「せめてこれ位の攻撃は躱せるかと思ったが、どうやら異国の兵士は余程
男の呟く様な声を聞いた者は居なかった。
周囲を見れば横たわるのは、先程自分が殺めたのと同じ格好の人間ばかり。そのどれもが事実上の一撃で終わっていた。
交戦と言うよりも一方的な虐殺に近い。数を鑑みると戦闘対比はかなり開きがある様だった。
小さな子供が興味本位に小さな虫を殺すかの様に倒れた人間には何の感情も持ち合わせていない。久しぶりのこの国での戦場は、男の興を削ぐには十分すぎていた。
「近くに感じるのは……どうやら、はなたれ小僧か。さて、あれからどれ程成長したのか確認する方が面白そうだ」
瞬間的に膨らんで消えた剣氣は男の探知する能力に反応していた。
実際に相対するのはかなり久しぶりになる。当時はまだ下忍から中忍に上がる頃だったはず。
あの成長度合いを考えれば今頃は上忍になってもおかしくないはず。だとすればこんな雑魚を始末するよりも余程面白い展開になる。そんな取り止めの無い事を考えていた。
だからなのか、先程感じた場所へと視線を向ける。そこに待ってるのが何なのかは、考える必要も無かった。
障害物となっている大型コンテナを足場に、男は大きく跳躍する。一度上空に上がれば本来であれば確実に捕捉されるが、今夜は生憎と厚い雲に空は覆われていた。
地面よりもは僅かに空は明るい。暗闇の中で動くそれは再度目的の場所へと移動していた。
「現場は一体どうなってる!」
「……現時点ではまだ情報を掴む事は出来ません」
貨物船に偽装した軍船の作戦指揮所では、今の状況がそれ程危険なのかを理解していた。
大国同盟の暗部は表に出ない仕事を専門に請け負う為に、基本的には伐刀者としてのランクはそれ程高い人間は
それは偏に外部からの横槍が入らない様にするための措置であり、また、同じ組織でありながら完全に報告しないのは暗部そのものが上層部しか知らない事実。下部の人間は自分達の能力で成り立っていると考えていたからだった。
どんな組織であっても、時には汚れ仕事が必ず出る。魔導騎士連盟の内部は分からないが、少なくとも大国同盟そのものは穏健では無かった。
そうなれば必然的に幹部が表に出ない仕事を受け付ける。それを一手に引き受けるのが暗部の役割だった。
当然ながら裏の仕事には色々な痕跡が残る。下手をすればお互いの恥部を握る事になる為にパワーバランスの観点から中立を保っていた。
だが、誰もが喜んでその仕事を受ける訳では無い。
不満は澱の様にゆっくりと溜まり、既に限界を超えようとしていた。そんな中でのとある幹部からの入れ知恵。表だった内容でない事は今更だが、それを完遂する事はが出来れば自分達の向上にもつながるはずだった。
───情報を制する者が戦局を制す。
そんな言葉が出る程だった。実際に、日本の沿岸部とは言え、ここまで侵入出来たのであれば、後は実に容易いミッション。そこに失敗の二文字は無かった。
だからこそ、今の状況を冷静に把握出来ない。戦闘指揮所から分かるのは侵入した人間の使う生体信号だけだった。
一つ二つならば交戦の結果と言える。だが、突如として複数の信号が途絶えた時点で状況は大きく変わっていた。
現場が言う様に、レーダーには何一つ映らない。勿論、現場が嘘を言う必要性は何処にも無い以上、その内容を信じるより無かった。
ここで分かるのは、ぼんやりとした戦局のみ。百を超える人員を僅か十人で対処しているなどとは誰も思わなかった。
「そうか。周辺海域に、こちらに意識付いた物はあるか?」
「いえ。今の所は確認されていません」
「上陸作戦の隊長格で、B級はどれだけ残ってる?」
「確認出来るのは二人です。撤退させますか?」
「馬鹿言うな。B級まで投入している時点で既に問題だらけだ。ここで引けば今後の我々がやりにくくなる。それ位は察しろ」
オペレーターの言葉に指揮官もまたそう言うしかなかった。
実際にB級までとなれば実質的な正規軍と殆ど変わらない。ある意味最大限の戦力を投入していた。
二人だけが確認されたという事は、それ以外の人間は全て討ち取られている事になる。通信回線からも会話そのものが聞こえない以上は、その予測が間違っていない事を表していた。
気が付けば指揮官の手には汗がじっとりと滲んでいる。少なくとも暗部のほぼ全部を投入した戦いは、嘗てこれまでに無い物だった。
全滅は無いかもしれないが、間違い無く大打撃である事に変わりない。そう考えれば既に指揮官の現状は安泰ではない。
相手が自分達と同等レベルであれば、まだ話はどうとでも出来る。だが、聞こえてくる音声データから見れば、それは希望的観測でしかなかった。無意識の内に胸ポケットをまさぐる。本来はそこに煙草がはいいてるはずだったが、作戦実行中は手にしない様にと取り出した事を思い出す。それ程までに指揮官の動揺は隠せなかった。