英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

71 / 75
第71話 人知れぬ戦い

 防衛戦と呼ぶには相応しくない景色が広がっていた。

 照明弾を使った事により、周囲は一時的にクリアになっている。本来であれば攻撃する側の一方通行のはずの攻撃は想定を完全に覆していた。

 青龍の行使した抜刀絶技によって、青龍の周囲にあるのは横たわる骸のみ。生命の音は何処にも無い。周囲を見渡しても、増援が来る気配すら無かった。

 当然の様に周囲に気を配りながらも同じ場所に留まる必要は何処にも無い。新たな獲物を見つける為に移動を開始していた。

 

 そんな中、不意に浮かんだのは作戦前の小太郎の言葉。間違い無くこの近辺に段蔵の姿があったと考えていた。照明弾を打ちあげた事によって、この場所で何らかの戦闘行為があるのは明白になっている。そうなれば作戦がどうだと言うだけの余裕は無いのと同じだった。

 

 『鳶加藤』の名は伊達では無い。風魔衆と似た様な部分はあるが、実際に段蔵が同じ(たもと)であった事は殆ど無い。

 実際に所属したのは精々が数ヶ月程度。本来であれば抜け忍としての認識持つのであれば、余りにも短すぎていた。内部での認識は間違い無く抜け忍。だが、小太郎に限らず、今の四神の感覚では抜け忍としての認識は殆ど無かった。

 元々所属したと言うよりも何となく居た。そんな印象が強く、また風魔としての組織や拠点に関しても、驚く程に関心を持っていなかった。

 不意に現れたと思った瞬間、不意に消えている。それが事の真相だった。だが、現代に於いてなお、その名前を受け継ぐだけの実力は紛れも無い事実。まだ自分が青龍を名乗る前は手も足も出なかった。

 仮に今であればどうだろうか。そんな取り止めの無い思考が過る。だが、仮定はあくまでも仮定でしかない。それ以上は不要だとその考えを抹消し、再度可能性に向けていた。戦場が日常の人間がここに来ない道理は無い。来る前提で今後の行動を改めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「官房長官、港湾エリアで正体不明の閃光が発生したと報告が上がりました。軍と警察にはどの様に?」

 

 秘書からの報告に時宗は少しだけ考える素振を見せていた。実際に何が起こっているのかを正確には理解はしていないが、少なくとも間違い無くそこが戦場となっている事だけは確定している。今の秘書もまた風魔の草として時宗の傍に居る為に、何が起こっているのは十分に理解していた。だからこそ指示を仰ぐ。事実、軍と警察を動員させた本人だからだ。

 

 

「両方はその事実を確認してる?」

 

「いえ。情報に関してはこちらに第一報が入る事になっていますので」

 

「因みに、出ているのは何人かな?」

 

「こちらの情報では十名と」

 

「だったら、まだ入れる必要は無い。それに警察は警戒を高めているだけだし、軍は待機中。そうだ、軍に関しては照明弾を発射した何かが近くにあるはずだから、それを捜索する様にしようか。相手が何らかの武装をしているとなれば警察では厳しいだろうから」

 

「黒鉄支部長への連絡はどうなされますか?」

 

「無視だ。どうせ動かない」

 

 時宗の言葉に秘書もまたそれ以上は何も聞かなかった。

 実際に時宗と黒鉄巌は大学の同期でもあり、ある程度の親交もある。そうなれば人物像にも予測が立つと判断した結果だった。

 慎重と言えば聞こえは良いが、実際には何かの問題が起こった際、所詮は支部長程度では何も出来ない。だとすれば一旦は本部に伺ってからになるのが道理だと考えているから。それが時宗の考えだった。

 幾ら目の前に居るのが自分付きの秘書であっても、そんな情報を出す必要は何処にも無い。それ所か、今回の件に関しては時宗の中でも何らかの手段を用いる為には()()()()()()()()()()()()側面もあった。

 既に国会に限らず党内や政府内でも魔導騎士連盟のやり方にはかなりの不満が出ている。表に出ないのはそのキッカケが無いから。今回の様な事案は確実にそのキッカケに値する。だとすれば何も知らなかったで終わった方が何かと都合が良かった。

 

 

「それに、動員させるとしても大義名分が何も無い。幾らこちらが大国同盟が相手だと言っても、それを信じる事は無いさ」

 

「確か、今のトップは………」

 

「そう。KOKの一位だ。そもそも、ここまで大きくなった組織を個人の技量だけで決めるなんて、全くナンセンスだ。幾ら側近が優秀でも簡単に足元を掬われるだろう。今の大国同盟の様に」

 

 時宗はそう言うと、椅子の背もたれに躰を委ねていた。事実、今回の件に関しては完全に大国同盟の側近の暴走で起こった事実。それもとびっきり最悪な結果だった。

 事実上の宣戦布告と同時に侵攻した以上、秘密裡に物事を進めなければ国際問題にまで発展する。伐刀者と一般人では表向きは排他的な感情は出ていないが、組織の中では色々と漏れていた。

 魔導騎士連盟と大国同盟、そして国連。お互いが不可侵を状態になっているが、実際には細かい所で衝突している。

 既に国連の常任理事国と大国同盟の大元が同じ国である時点で異常事態で間違い無い。世間はまだお互いが同じ土俵になっていると勘違いをしている為に余計な感情が出ないだけで、それ以外に関しては驚く程に冷淡だった。

 世界中の治安維持の為には相応の力を時には見せる必要が出てい来る。一番手っ取り早いのは伐刀者を中心とした部隊の派兵。誰もが知りえる最高戦力を投入すれば紛争の大半は無くなるはずだった。

 

 だが、現実はそれ程甘くは無い。大国同盟にしても魔導騎士連盟にしてもその件に関しての介入は一切しなかった。

 態々自分達の内容を相手に伝える義理が無い為に、本当の意味を知る者は少ない。当然ながらその両方は国連に対して何の説明もしなかった。

 そうなれば力を持ち、自分達の都合だけを優先して介入する。そんな印象を強く与える事になる。その結果が今の現状だった。只でさえ、近年にもロシア帝国が揉めた際には大戦の再来かとまで言われている。その結果、たった一人の伐刀者を優先し国は完全に放棄している。一個人によって国家が負けたとなっている為に、組織として対立するのは当然だった。

 たった一人ではあるが、表向きの世界最強であると喧伝すれば多少なりとも同情の余地があるとの思惑があったからなのか、本当に不可能だったのかは分からない。誰もが自分で自分の首を絞める真似をしない以上、その真相は闇の中。

 火薬庫の中で煙草を吸う様な真似はしたくない。恐らく黒鉄巌はその先を読んだ上で行動しているはずだった。

 仮に問題が起こっても自分達はあくまでも本部の指示に従った結果であり、国が窮地に追い込まれた事とは無関係を装う。それが考えられるシナリオだった。

 

 

「それに、小太郎の事は信用している。今回の件に関しては相応の報酬を用意する事になる。出来ればそう伝えてほしいものだね」

 

「では、政府としての公式見解と捉えて問題はありませんか?」

 

「当然だ。自国の生命線を担う人間に対し、報酬を惜しむなんて事はあり得ない。今回の件はそれ程までに政府が注視しているんだ」

 

「承知しました。では、その言葉通りに報告します」

 

「頼むよ。でないと、この国は滅亡に向かう事になり兼ねないから」

 

 既に時宗の表情には剣呑とした物は失せていた。少なくともその十名の中で小太郎を除けば青龍と朱雀が出張っている。仮にそれ以外が下忍だとしても戦力的は過不足は無い。そんな考えが根底にあった。

 それだけではない。仮に今から情報を流した所で戦闘は集結している可能性が高い。下手に動かして結果が残らなかったと言うのも問題は起こる。少なくとも世間には納得させても国会内ではそうはいかない。有事であれば一丸となるかもしれない。だが、今は有事にまで発展させるつもりが無い以上、何らかの土産は必要だった。

 

 

「やっぱり警察……海上保安庁に連絡して付近に不審船や何らかの装置が無いのかを確認する様に、長官に連絡させてくれ。それと海保は発見まで。その後は速やかに軍へと指揮権を移譲する指示も追加で」

 

「承知しました」

 

 秘書は恭しく頭を下げ部屋から退出する。本来であれな緊急で閣議決定すべき事案。だが、ここは総理官邸ではない。危機管理の観点からすれば被害を最小限度に留める必要があった。

 だからこそ時宗は自分の地位を利用して指示を飛ばす。事後報告ではるが、万が一の対策の為にも時宗は総理にも一報を入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場となったその場はほぼ決着が着いたと思える程に戦闘音は無くなりつつあった。大国同盟の伐刀者がどれ程の技量を持つのかは分からないが、少なくとも自身の鍛錬よりも異能を中心とした戦い方はある意味では脅威だが、それ以外では然程でもなかった。

 単純に戦うと言うのは簡単だが、そこには戦闘時の思考や技術が加わる。幾ら超人的な力を持とうが、その力が十全に発揮されていない時点で無駄しかない。仮に何の遮蔽物も無く、明るい場所であれば風魔衆と言えど無事だと言い難い結果になる可能性が高かった。

 

 だが、今回に限ってはそんな状況下ではない。闇の中で生きる側からすれば、無駄に力が籠る戦いはそれ程厳しい物ではなかった。

 抜刀絶技を使用したくても闇の中では無駄撃ちする事になる。直撃するのであればまだ対処のしようもあるが、閉ざされた中では完全に的になる可能性が高い。暗部の人間もまたその程度の事は理解していた。

 仮に上陸作戦の中で罠が仕掛けられた情報を持っていれば暗視スコープの一つも用意したのかもしれない。だが、事前情報に何も出なかったからこそ用意はしなかった。一般人の能力では伐刀者に叶うはずが無い。そんな甘い考えを持っていたからだった。

 

 視界不良の中での戦闘。結果的には一方的に終息しつつあった。そんな中、一つ強大な意志がこの地に襲いかかる。それが何なのかを理解したからなのか、誰もがその気配の元を探っていた。

 

 

「総員、その場から退避。こちらの戦局は無視しろ。残存兵を残すな」

 

 青龍の命令に誰もが逡巡する事無く即座に行動に移る。その瞬間だった。上空からの使者は予想通りの人物。仮面に書かれた『鳶』の文字が名乗りを必要とはしなかった。

 

 

 

 

 

「どうやら乗り遅れた様だな」

 

「小物程度を甚振った所で面白味など無い。それよりも、どうだ?久しぶりにやらないか?」

 

「生憎と今は作戦の実行中だ。貴様に構う道理は無い」

 

「もう殆ど終結したろうに」

 

 段蔵の言葉に青龍もまた内心では舌打ちしたい気持ちになっていた。

 指摘するまでもなく、既に戦闘のほぼ大半は終わりを迎えている。本来であれば生かして情報を得るのが本来のやり方だが、対象が暗部である以上、正確な情報が手に入るとは思えなかった。

 だとすれば、身元不明のままに始末するか時宗の回して政治的な材料として活かす。その選択肢しか無かった。

 

 本当の事を言えば段蔵との戦いは、青龍にしても半ば一つの物差しになると考えている。だが、それは平時であってここでは無い。だが、生憎と目の前に佇む男にそんな道理は通用しない事は重々承知していた。

 だからこそ中忍以下に指示を飛ばした。その時点で青龍もまた鏖殺の意識から対個人の戦闘へと変えていた。思考が深海に引きずられるかの様に深く沈み込む。仮面越しであっても気が付く程に劇的に変化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人影すらない中での戦闘は突如として始まっていた。実際に何らかの合図があった訳では無い。純粋にお互いの緊張感と戦局が自然とそうさせていた。お互いに思う所は色々とあるかもしれない。だが、そんなちんけな思惑など最初から無に等しかった。

 

 

「ほう。少しは成長をしたようだな」

 

「ぬかせ。貴様の記憶違いだろう」

 

 周囲は事前に人払いをした為に、被害を生む事は無かった。お互いが得物を持たないのは偏にそれだけの隙を与える余地が無いから。持っているのは精々が短刀程の長さしかない苦無だけだった。

 忍びの戦闘はそれぞれが所属する組織によって大きく異なる。それがある意味では一番の特徴だった。

 

 実際に固有霊装や武器を使う際、一般的な作戦ではなく完全なる近接戦闘になった際、得物の間合いは参考程度でしかなかった。実際に槍や刀は確かに無手であれば脅威かもしれない。だが、それはあくまでも一般的な武芸者にとっての間合いであって、忍びの者の間合いではない。

 常に三手から五手先を詰め将棋の様に予測しながら動きを見せる。そこにあるのは互いに死地ともとれす程の空間だけ。僅かに拡がった隙間があればそこから必殺の一撃が侵入してくる。奇しくも七星剣武祭の様な派手さは皆無だった。

 お互いの動きや手の内は完全に割れている。当然ながらそれをクリアする為にには相応の速度と技量が要求されていた。

 

 僅かに聞こえる打撃音。常に互いの隙から除く致命的な物を探るそれは、あたかも舞踊を見せるかの様だった。互いの隙はそこに無く、映画の殺陣の様に紙一重の攻防が続く。

 幾ら仮面を付け、ボディアーマーで体躯を覆っても、尋常ではない速度から繰り出す攻撃は確実に頑丈なそれを切り裂いていた。

 何も知らない人間からすれば、聞こえるのは大気を斬り裂く音と地面を蹴る音だけ。それ程までにお互いは姿を肉眼で確認出来ない程に高速世界の住人となっていた。

 至近距離で放たれた攻撃は常に苦無を持つ為に、その長さまで見極める必要が発生する。僅かでも目測を誤れば、待っているのは黄泉路への旅立ち。それ程までに高度な攻防が繰り出されていた。

 

 

 

 

 

「やはり、成長はまだまだ完全ではなさそうだな」

 

「当然だ。何時までも餓鬼ではない」

 

 至近距離での攻防はお互いの腕が届く範囲で繰り出されていた。手に持つ苦無はほぼ腕の延長でしかない。その為に、互いの攻撃は常にギリギリの部分を完全に見切った上で繰り出されていた。

 仮面越しであれば視界が狭いと思われるも、二人にとってはその視界が日常でしかない。普段から常にあらゆる事態を想定しているが故に、戸惑いは無かった。

 青龍の持つ苦無は段蔵の視界を潰す事を優先したのか、切先は右目を突いていた。勿論、この程度の攻撃が直撃するとは最初から考えていない。意識をそちらに向ける事を優先した行動だった。

 青龍の攻撃の意図は段蔵とて理解している。だからと言って態々青龍の策に乗るつもりは無かった。

 これが格下であれば確実に反撃の意図を持つ事が出来る。が、青龍が相手となれば話は別。既にこの攻撃の先を見通した行動を余儀なくされていた。

 

 視界を潰すのは偏に段蔵の抜刀絶技が瞳術(どうじゅつ)であるから。それが実行されるとなれば厄介以外の何者でも無かった。

 瞬間催眠と言った非戦闘術で使う様なそれは、戦闘時に於いては最悪でしかない。集中した戦闘中はある意味では戦いのみに意識が注がれている為に、意外と無防備になる部分があった。誰もが自分だけはと言った感覚は持っている。だが、それはあくまでも自分の主観による物だった。

 無意識の内に深層心理にまで及ぶ術は、最悪は自分自身への攻撃になる可能性が高い。攻撃を意識した時点で体躯は硬直し、相手から見れば十分過ぎる程の隙を生む。

 特に生死がかかった戦闘であれば、その隙は完全に致命的だった。自らの命を差し出す真似をすれば、待っているのは自身の死。スポーツや競技の様に負けても良いなどと言う考えはそこに無かった。

 互いに闇の住人である事を理解すれば、自ずとその末路は決まっている。それが是か非なのかはどうでも良かった。 

 

 

「少しばかり狙いが露骨だな」

 

 段蔵もまた青龍の攻撃の意図を理解している為に、その攻撃を捌くしかない。勿論、段蔵の中でこの戦いに於いて瞳術を使うつもりは毛頭ない。それ程までに、血が滾る様な戦いを熱望していた。

 少なくとも国内に於いて段蔵の相手をまともに出来る人間は数える程しかいない。KOKであれば『夜叉姫』の西京寧音も居るが、段蔵からすれば完全に興味の無い戦いでしかなかった。

 鉄扇を使うとは言え、その戦闘技術には雲泥の差がある。事実、近接戦闘に於いては段蔵もまた世界的に見ればかなりの上位に食い込んでいる。

 仮に禁呪指定されている『覇道天星』を使用したとしても、着弾するまでの時間で血祭に上げるのは容易かった。接近する速度は尋常ではない。だからなのか、あらかじめ分かり切った戦いは完全に興醒めだった。

 そうなれば確実に対戦できる人間は数が限られている。本来であれば小太郎と戦うのが一番ではあるが、そうなれば確実にどちらかの命が確実に消し飛ぶのは明白だった。

 それだけではない。お互いが抜刀絶技を使う様なそれはもはや純粋な戦いとは呼べないと段蔵は考えている。そうなれば、結果的には段蔵の戦闘欲求はそこで終わる。身勝手と言われればそれまでだが、それで終わりたくないと言う考えを自身もまた持っていた。

 決して青龍を下に見ている訳では無い。お互いの技量を考えれば今の青龍は段蔵と同じステージに並んでいる可能性が高いと判断した結果だった。勿論、負けるつもりは無い。だが、余裕で勝てる訳でもない。ある意味では微妙なバランスになっていた。だからこそ自分が望む戦いに興じる事が出来る。そこにあるのは互いの命を賭けた遊戯と同じ物だった。

 

 

「そのつもりが無い事位は理解してるだろうに」

 

 距離にして僅か七十センチ。それがお互いの距離だった。コンマゼロゼロ秒の世界で互いの攻撃が交差する。拳ではなく刃物だからこそ、その攻撃をどうやって往なすのかが焦点だった。完全に読み切った動きに澱みは無い。互いの繰り出す攻撃は最小限度の動きによって回避されていた。

 

 

 

 

 

 互いに斬り傷と言っても良い程にボディアーマーは斬り刻まれていた。これが只の布であれば確実に鮮血で染め上がる程。それ程までに両者は逼迫していた。

 常に相手の動きを予測する為に、見切る距離は常にギリギリ。この戦いに於いては多少のかすり傷程度は気にする必要は無い。仮にそれを気にした時点でその顛末は簡単に予測できる。そう考えた末の行動だった。

 

 

(これは想定外……だが悪くはない)

 

 この時点で段蔵は自分の予測した成長速度を青龍が上回っている事を実感する。初撃で何となく感じたそれは、今では確実な物となっていた。

 元々風魔衆は忍びの中でもかなり異質な存在となっている。それはこれまでに多様な忍びを配下に収めてきた事による物だった。

 実際に風魔の本領は荒事。諜報活動や扇動に関する事はそれ程巧者ではなかった。だからこそ新たに取り込んだ者達を尊重する。お互いが欠ける部分を分かち合っているからこそ、未だに本当の意味での正体を知る者は限られていた。

 そんな本筋以外の事は間違い無く風魔の十八番。まだ段蔵が風魔に在籍した当時、小太郎と並ぶ二大武力は一時期忍びの世界でも噂になっていた。

 一騎当千ではなく一騎当国。下手をすれば小さな国程度であれば簡単に滅亡へと向かわせる事すら可能とする。『比翼』のエーデルワイスの様に純粋な武力ではなく、あらゆる搦め手を使った上での滅亡はある意味では最悪だった。そこには矜持も無ければ尊厳も無い。ただの結果として残るだけ。それ程までにあらゆる面を凌駕していた。

 

 比翼の様な分かりやすい目印は目標となるだけでなく、周囲にも牽制の意味が働く。その結果、一人が突出しても周りが自然とフォローする形で統制されていた。高額な懸賞金がかけられた所で、全てを撃退すれば問題は無い。それが今の世界での当然だった。

 その一方、風魔に関してはそれ所ではない。卓越した情報操作によって大筋は分かっても、その経緯までは不自然な程に何も無かった。その結果、指名手配などと言った凡俗な手続きは一切されていない。その中には段蔵も含まれていた。

 

 

「確かにな。研鑽をかなり積んだ様で安心したぞ」

 

「相変わらずの上からだな」

 

「事実だ」

 

 近接が故の下半身への攻撃は皆無に等しかった。実際に膝程度であれば繰り出す事は可能かもしれない。だが、一か八かの攻撃に頼るよりも、寧ろ、片足だけになるリスクの方が多すぎた。

 体重移動ができないだけでなく、安定性も落ち機動力も低下する。一定の距離があれば可能かもしれないが、今は互いの腕がお互いに届く距離。そんな状況下では自殺行為と同じだった。

 お互いの苦無の先端が常に交差する。既に思考は深淵の如き深さにまで達し、その先にあるのは究極の未来。本来であれば外部からの妨害が発生するであろう戦いにそれは無かった。当事者はお互いが戦闘速度が合致している為に気が付かないが、周囲から見れば尋常ではなかった。

 

 コンマゼロゼロ秒の世界になれば既に攻撃の手段すら残像となる。目視出来る速度の限界を容易く超え、その先に待っていたのが何なのかを考えるだけの余裕は与えられていなかった。

 攻撃の都度沸き起こる衝撃波は巻き込まれれば無事でいられる可能性は極めて低い。お互いがそれに干渉しないのは自らもその速度域の攻撃と動きをするからだった。

 互いに防いだところで漏れた衝撃波は減衰しない。戦いを職業と捉えている風魔からすれば、青龍と段蔵の戦いは自らのそれとは無関係だった。

 下手に介入する位ならば、傍観するか他の任務に赴く方が余程効率が良い。そんな現実的な思考をしていた。勿論、青龍が負けるとは思っていない。これまでに鍛錬に次ぐ鍛錬の先にあった人物が地べたを這いずる姿を予見出来ないのと同じだった。

 実際にどれ程の時間が経過したのかすら分からない程に濃密な氣はゆっくりと膨張する。まるで限界にまで膨れ上がった風船の様にお互いが発した氣は周囲にも影響を及ぼし始めていた。

 

 

 

 

 

(まだ届かないのか!)

 

 刹那の戦いは肉体だけでなく精神までもが激しく摩耗する。実際に青龍もまたゆっくりと限界に近付きつつあった。

 段蔵は事実小太郎とそれ程違わない実力を有している。それはこの中で誰りも一番理解していた。

 だからこそ、この先の結末が視えてくる。今はまだ辛うじて均衡を保てているが、僅かにでも揺らぎがあればこの戦いはそれで終わる。それは最悪の未来だった。

 このまま手を拱くだけの暇もなければ油断も無い。何も知らない人間からすれば完全な展開ではあるが、青龍の目からすれば僅かに押されている。だからなのか、その瞬間、青龍は段蔵の意図が見えたかの様に感じていた。

 

 

「段蔵!何の真似をした!」

 

「真似?そんな事を思うとはな」

 

 既にお互いは一定の距離を取っていた。それは会話をする為の措置でもあり、また様子を見る為の手段でもある。事実、段蔵の動きにキレはあったがその先は感じなかった。常に獲物を狙うかの様に鋭い意識は何処にも無い。それ程までに異常だった。

 まるで師が弟子に稽古をつけるかの様に動くそれ。そこには毛ほどの殺気も存在しない。だからこそ青龍は珍しく激昂したかの様だった。

 

 

「まだ貴様は未熟なままだ。ここで止まられると困るんでな。せめて俺の居る場所までさっさと昇って来い」

 

「待て!」

 

「待たぬよ」

 

 まるで準備したかの様に、これまでの戦闘は突如として終わりを見せた。まるで時間を稼いだかの様に段蔵の姿は消え去っていく。景色と同化したかの様にその姿は完全に消えていた。

 気が付けば、上陸した人員の命は全て刈り取られている。ここで漸く闇での戦いに終わりを見せていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。