英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第74話 想定外

 

 北条時宗とアーサー・ブライトが非公式に会談を行う少し前、大国同盟の主要国のトップを中心とした会議は熾烈を極めていた。

 これまでであればこんな状況になる事は早々無い。精々がどこかの国に攻め込む為の組織運営をする位だった。だが、現時点ではそんな予定は何処にも無い。にも拘わらず、部屋の空気は緊迫感に包まれていた。

 一番の問題は中国が何の了承も無く勝手に日本に攻め込んだ事に対する措置だった。当然ながら誰もが好き好んで再度世界大戦の引鉄を引きたいとは考えていない。以前にロシアが行った際にも何かと問題視された事が要因だった。

 

 今の世界情勢は色々な意味で混沌となっている。本来であれば世界の秩序を正すのが目的の組織も、気が付けば世界の覇権を握る方へとシフトしつつあった。

 最大の問題は『解放軍』の扱いについて。世界的に見てもテロ集団である事に変わりは無いが、その内容は完全に解明された訳では無い。精々が組織の頂点に『暴君』が君臨し、それがカリスマとなって補佐するかの様に『十二使徒』が組織を拡大していた。

 だが、その栄光が長きに渡って続く事は無い。

 人間に限った話ではないが、生命であれば寿命は必ず存在する。当然のながら世界大戦時から存命しているとなれば、残された時間がそれ程無い事は周知の事実。

 一般的に知られている訳では無いが、同じ世界に生きる者であればそれの存在は絶大だった。混乱のカリスマによって肥大した組織はそのカリスマが没する事になれば空中分解する。大国同盟もまた、そのおこぼれにあやかる為にと様々な工作をしかけていた。

 当然ながらその情報は大国同盟だけではない。国際魔導騎士連盟もまた同じだった。解放軍の中でも比較的話が出来て、実力がる個人や組織には砂糖に群がる蟻の様に人が寄せられる。その結果が、今の解放軍だけでなく、他の組織にも事実だと喧伝するのと同じだった。

 当然ながらその行方を見据えた動きを示す組織もある。だが、自ら動く組織は残念な程に小粒だった。組織を拡大化する為にはある程度は仕方ないのかもしれない。だが、それだけで満足するはずが無かった。

 

 人財の草刈り場となった今、出来る事なら自分達の能力を示した方が他の組織にも名と力を見せつける事が出来る。その中で白羽の矢が立ったのが日本国だった。

 世界大戦の雄でもあり、未だ実力者をかなり排出する国。その国を従える事が出来るのであれば、今後の話にも色を付ける事が出来る。そんな俗な内容が発端となっていた。

 非合法だろうが何だろうが、結果さえ示せば後は如何とでも出来る。それ位の対価は当然だとばかりに極秘裏に作戦は開始されていた。

 だが、その作戦は程なくして崩壊する。魔導騎士連盟の情報を抜く為にも数人の密偵を忍ばせはしたものの、結果的に魔導騎士連盟が動かない事が確定していた。

 幾ら実力者を排出しているとは言え、仕掛けるのは奇襲攻撃。しかも騎士連盟が主催となっている七星剣武祭の開催中となれば動揺は大きいはず。経済と武力。どちらも重要ではあるが、優先順位はかなり難しい物だった。

 そうなれば多少の被害が出ても益はとれる。そんな考えがそこにあった。だが、そんな甘い考えは簡単に崩壊する。

 まさかの結果に手痛い反撃は完全に想定外だった。その結果、会議が紛糾するのはある意味では自然の摂理とも言えた。

 

 

「我々とて、まさかあんな行動を許すとは思わなかったんだ。これで責任を取れと言われても困る!我が国は宣戦布告などした覚えは無い!」

 

「馬鹿を言うな。元を正せば貴国が勝手に侵攻したんだろうが。我々は然るべき手順を踏むつもりで交渉したんだ。こちらに出た被害に対しての責任逃れは止めろ!お蔭でこっちの計画も大幅に狂ったんだ!」

 

「何が宣戦布告だ。この通信ログが本当ならば、それをしたのは貴国だろう。我が国は無関係だ!」

 

「誰もが揃って負け犬の発言とはな。実にくだらない」

 

「事実上の寝首をかかれた事実をどう言い逃れするんだ。開き直れば良いとは言えんぞ!」

 

 奇しくも日本から放った影は中国、米国、ロシアの頂点に同じ事をしていた。幾ら警備体制を厳しくしても、そんな物など児戯だと嘲笑うかの様に全てを無にし、枕元に懐剣と共に紙を差し込む。これにそれなりに時間が開いていれば何らかの警戒も出来たのかもしれない。だが、ほぼ同日にそれが起こった時点を誰もが完全に虚をつかれていた。

 自分の命は誰もが惜しむ。ましてや国の政治の頂点であれば尚更だった。権力の亡者とも取れる人間だからこそ同じ様にシンパシーを感じているのかもしれない。偶然にも刺した後がある紙を中国以外の首脳が用意した時点で、今回の件に関しては紛糾は想定内だった。

 

 

「だが、こんな真似が出来る人間を抱えている組織に覚えはない。誰も知らないのか?」

 

 想定外の出来事ではあったが、この場には各国の代表者しかいない。お互いが言いたい事を言い合ったからなのか、既にこの場の内容はざっくばらんな物へとなりつつあった。

 大国同盟が誇る暗部でさえも確実に葬り去る事が出来、かつ自分達の寝所にも易々と侵入する。この場に居た誰もが口にしないからなのか、お互いに詮索する事は何もしなかった。

 誰とも付かない言葉に、その場にいた誰もが沈黙する。そんな中、一人の男が何かを思い出したかの様に口を開いた。

 

 

「……今回の件とは関係ないかもしれないが、一つだけ心当たりがある」

 

「ほう。ひょっとして騎士連盟以外にそれ程の戦力を抱える第三者があるとでも?」

 

「第三者と言う点であればそうかもしれん。この場に居る誰もがそれぞれ責任ある立場だ。これからは話す事はオフレコで頼む。それと、これはあくまでも事実だが、若干の憶測も入っている。我が国の諜報部でも極秘事項なんでな」

 

 突然の言葉に誰もが一旦は話を聞く事にしていた。下手な情報であれば簡単にその整合性を確認出来る。ましてやこんな状況下で嘘を言った所で仕方がなかった。だからなのか、何の予断も無く男の話を聞く。それは最後に行われた作戦での出来事だった。

 世界大戦からもたらされた現在の中で、一つの国が自らの恥部とも言えるそれを公表する。当初は信じる事は出来なかったが、話が終盤にさしかかるにつれ、それぞれの顔が何らかの感情によって歪んでいく。誰もが口にはしなかったが、それが何なのかは言うまでも無かった。

 何故なら今回参加した国でも同じ事が起こった事実があるから。歴史の闇とも言える事実が故に誰もが揶揄する事無く聞き入っていた。

 

 

 

 

 

「少なくともその話が事実だと仮定した場合、近日中に何らかのアクションはあるだろうな」

 

「少なくとも大国同盟が勝手に暴走した事にしたとしても監督責任は追及されるだろう」

 

「後はどんな要求が来るのかだな」

 

 話の後、誰もが予想した国は一つだけ。しかも、今回の件も同じレベルであれば確実に何らかの接触があるのは当然だった。勿論、正確に各国が関与した訳では無いと言い張る事は出来る。だが、未だ眠ったままの獣を起こす真似だけは誰もがしたくなかった。

 仮に突っぱねた所で、次に待っているのは永遠の眠りへの旅立ち。一度眠れば二度と目覚めない可能性だった。

 そんな中、場内の各々の端末がまるで一斉送信したかの様に小さく鳴る。それは万が一の際に届く緊急時のアラームと同じ音だった。

 誰もがはばかる事無く確認する。送られた内容は微妙に異なるが、それぞれの内容は同じだった。日本からの緊急会談の開催。まさかの行動に、この場に居た誰もが思わず息を呑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこんな簡単に事が進むとは思いませんでしたね」

 

「事前の予想通りだったからね。とは言ってもあまりの拍子抜けに事が進んだのは驚きだったな」

 

 一機の飛行機が太平洋上を優雅に飛んでいた。本来であれば政府専用機を使用する事が多いが、今回に関しては敢えてそれは使わなかった。元々今回の襲撃に関してはマスコミでさえもキャッチできない程に極秘裏に進んでいた。

 これで時間がかかれば動く所もあったのかもしれない。だが、その企みもまた一瞬と言っていい程の時間で完了していた。

 周囲の警戒が高くなっていたのは七星剣武祭における治安維持を高める事を目的とする大本営発表。本来であれば何らかの裏があると考える人間も居たはずだったが、今回に関してはその限りではなかった。

 

 幸か不幸か今大会の優勝者は破軍学園所属の黒鉄一輝。決勝の相手は同じ学園のステラ・ヴァーミリオンだった。一輝が世間が言う所のF級でありながら国際的にも数少ないA級のステラを下した事。それと、以前に捏造記事が飛んだ事による、様々な憶測がマスコミを集中させる結果となっていた。

 試合を見ずに飛ばし記事を確認であれば、今大会は八百長だと口にするかもしれない。だが、生憎と決勝戦は公共の電波で流れ、試合もまた常に二転三転する事から、それが八百長を疑うレベルでは無かった。

 お互いが満身創痍の中で戦った決勝は、少なくともここ近年の中でも一・二位を争う程のベストバウト。一旦は魔力が枯渇したものの、再度復活した場面は驚いたが、それもまた主催者から本人のコメントと言う事で発表されていた。

 興行が盛況になれば、それ以外への意識は完全に低下する。その為に、今回の件に関してもあっさりと動く事が出来ていた。

 

 

「しかし、あまりにも鮮やかな展開は予想しなかったが、この件に関しては官房長官の手腕をあるだろうな」

 

「そうなんですか……ですが、どうして北条官房長官は総理を目指さないのでしょうか?今回の件に関しても、僭越ですが我々が動くよりも、もっと良い結果を我が国にもたらすかと思いますが」

 

「……そうか。やはり官僚からすれば疑問か」

 

「いえ。そう言う訳では無いんです。ただ、何となくそう思っただけなので」

 

 補佐官の言葉に大臣もまた苦笑するしかなかった。この補佐官はある意味では若いが故に物事の道理や官僚の社会をあまり深くは考えていない。だが、それはある意味では真理だった。

 政治家を長くやればやる程、それが当たり前の様になり、気が付けば上を目指す人間の殆どが権謀術数の世界に引きずり込まれる。当然ながら言葉の裏には常に何らかの意図があり、その結果として自分に有利な展開に持ち込むのが常だった。

 

 北条時宗と言う人間は傍から見ればそんな世界とは無縁の存在だった。だからこそ選挙でも負けた事はこれまでに一度たりとも無い。それ所か常にダブルスコア以上の差をつけていた。政治家であれば何らかの裏に一つや二つあってもおかしくはない。政治の世界では若手と呼ばれる人間が官房長官の座に居る事すら前例がなかった。

 一般人からすれば時宗を選んだのは先見の明があったと思おうかもしれない。だが、実際にはこの世界の中でも一番権謀術数に長けた存在だった。だからこそ党の中でも時宗の提案した人事に口を挟まない。今回の総理に関しても同じだった。

 国会の首班指名では野党からの対立候補も出るが、いざ投票となった際に、野党の大半もまた与党へと投票していた。何も知らない人間からすれば人望があるとさえ思える。だが、実際には裏工作による結果だった。

 

 

「世の中には色々な政治家が居る。仮に同じ党に所属していたとしても、それぞれの政治に対する理論は違う。ただ、官房長官のやり方が非現実的に見えて、一番確実にやっていた。それだけだ。それに、好奇心に溢れて近寄れば手痛いしっぺ返しがあるかもしれんな」

 

 大臣の言葉に補佐官もそれ以上の事は何も言わなかった。好奇心は猫をも殺す。まさにそんな言葉がピッタリだった。補佐官もまたその空気を読んだからなのか、それ以上の事は何も言わない。誰が政界の主導者なのかを漸く理解していた。

 事前にあれだけ緊張した空気が、今はこれまでに無い程の成果をもたらしたからなのか、ゆったりとした時間だけが流れる。まだこの仕事は始まったばかり。寧ろこれからが本番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……案外と知られていないか」

 

 独り言の様に呟いた言葉ではあったが、その言葉を聞いた人間は誰も居なかった。

 時宗からの緊急的な依頼は下忍や中忍では対処出来ない為に、必然的に青龍や朱雀の元へと舞い込んでいた。幾ら厳しい警戒体制を敷いているとは言え、所詮は素人に毛が生えた程度の防衛体制。少なくとも風魔の眼から見れば警備など無に等しかった。

 忍びの本分とも言える対象者への攻撃は日常茶飯事の出来事。やろうとすれば暗殺など児戯と同じだった。

 だが、今回の件に関しては時宗の依頼を小太郎が受けている。その結果とし対象者の暗殺ではなく、警告に留まっていた。

 

 

「多少の事は知っている。その程度だろうね。仮に気が付いた所でどうしようもない。下手に口にすれば今回の件は確実に世界に広まるんだ。

 誰だって歴史に於いて最低最悪のレッテルを貼られたくは無いだろうしね。それに、知られたからと言ってどうにでも出来るんだろ?」

 

「当然だ。あの程度で暗部なら他の忍びと戦う事の方が面倒だからな」

 

 小太郎の言葉に時宗はうっすらと笑みを浮かべるよりなかった。

 事実、暗部と風魔の戦いは一般的な常識から考えれば明らかに逸脱していた。

 伐刀者の戦闘力に加え、暗部特有の戦い方は、真っ当な戦いしかした事が無い人間程確実に嵌る戦法だった。人間の感知できる範囲外からの攻撃がどれ程なのかは誰もが想像できる。だからこそ暗部との戦いは熾烈を極めるのが当然だった。

 そんな厳しい内容であっても風魔に限らず忍びの者からしれば児戯と変わらないのは、偏にこれまでの長きに渡っての経験が圧倒的だったから。

 策動と謀略。暴力に明け暮れ、只管それを昇華させる行為を延々と繰り返した一族からすれば、当然の結末でしかない。忍びの方が厳しいと思うのは、偏に同じだけの歴史があるから。

 同族程厄介な物は無い。小太郎に限らず、忍びの世界に生きる者は皆が同じ考えを持っていた。

 

 

「だが、我らが戦場に出向くとはしない。我らにとってメリットは何処にも無いんでな」

 

「それは知ってるさ。今回の件に関しては、元から政治マターなんだ。あの程度の組織を潰すだけなら簡単だ。だが、あの程度の組織と言えど影響は大きい。この国の理を追及してから改めて考える事にするさ」

 

 あっけらかんとした時宗の言葉に小太郎もまたそれ以上の事は何も言わなかった。事実、国内の中では風魔が一番の勢力となっている。実際に風魔は都市伝説に近い程に情報を完全に掌握している。世間の中でも本当に一部の人間のみが何となく知っているだけだった。傭兵として動く際には、風魔としての名は伏せてある。明るみに出ないが故に勝手に想像し、自滅する。そんな策略がそこにあった。

 

 

「政の世界には興味は無い。我らとしては対価さえ貰えればそれで良いだけの話だ」

 

「今回の件に関しては既に内々には話はついてる。後は決定させるだけになってるから」

 

 大国同盟とその背後にあった国との対話は既に完了していた。

 元々後ろめたい思惑を持って行動した結果が今に至る為に、事実だけを伝える事は最早折衝ですらなかった。こちらが再度世界の覇者を目指すならともかく、今の世界情勢ではありえなかった。だからこそ時宗の提案に騎士連盟だけでなく、他の国も縦に首を振るだけ。既に水面下での決着している以上は、世間に対して公表するだけだった。

 

 

「それに、今は動くには丁度良いタイミングなんだよ。ほら、例の彼が優勝したから」

 

「ああ。魔人になったって話だったな」

 

「相変わらず耳が早いね」

 

 これまでの流れからすれば七星剣武祭の記事は一週間ほど一面を飾る傾向が強かった。実際には優勝者へのインタビュー記事から始まり、各試合の検証など国内はそれに染まる。マスコミもまた金になる情報を優先する為に、今回の機密を知る機会は全くなかった。

 なんな中で黒鉄一輝の魔人としての覚醒は一部の実力者が知る事になった。運命の輪から外れた存在。裏を返せば自らの行動によって世界の因果律すら返る可能性すらある。それを可能とする程の力を有するからこそ、どの国も秘匿していた。

 当然ながらデメリットもまた存在する。運命が決まっているのであれば、ある程度逸脱した際、修正力が働く。その結果として自分の命が守られる事もあった。

 だが、因果律から外れた時点で対象外となる。ある意味では完全な事故責任の世界。仮に力を行使しようとすれば、場合によっては命すら狙われる可能性もあった。

 

 

「生き残る為には情報収集は当然だ」

 

 本来であれば酒の一杯でも酌み交わすのがこれまでだった。だが、今回そんな事までいたらなかったのは、偏に時宗が多忙を極めているから。小太郎には全く関係の無い話しだった。

 僅かな時間に生まれた隙間。それが僅かに休息を呼んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七星剣武祭の喧噪が終わる頃、各新聞やニュース媒体には一つの事実だけが記載されていた。誤報であればこれ程までに大量の情報が流れるはずがない。一つの国と言う観点から見れば些細な情報かもしれない。だが、その立場に居る人間からすれば驚愕の内容だった。

 

 

「寧音。今回のこれは何がどうなってるんだ?」

 

「さあね。本当の事を言えば、今回のこれに関しては上だけが知る極秘情報って事だけさね。勿論、魔導騎士としての義務を果たす側からすれば、本当の情報は降りてこないだろうね。兵隊が司令官の考えを知った所でどうしようもないんだし」

 

 

 ────日本が国際魔導騎士連盟の主要理事に就任。それに伴い、副本部長人事は現日本支部の黒鉄巌氏。

 

 

 ニュースのトップ記事にはでかでかと書かれていた。詳しい事は分からないが、これまでの境遇から一気に変更されたからなのか、これまでの上位理事国に日本が初めて就任する内容だった。記事だけ見れば確かに大した物だと言える。だが、これまでの一連の内容を知る側からすれば、今回の件に関しては完全に寝耳に水だった。

 一輝の件から見た黒鉄家では本来なれるはずがない立場。にも拘わらず、就任するのは異様としか思えなかった。

 

 

「ただ、噂程度なら流れてるかな」

 

「噂?今回の件が絡んでいるのか?」

 

「クロ坊の優勝は関係無いさ。ちょっとばかり裏交渉が為されたらしい」

 

 寧音の言葉に黒乃もまた少しだけ表情が歪んでいた。

 裏交渉となれば誰かが何らかの交渉を持ちかけた事になる。政治の話であれば分からないでもない。だが、今回に限っては完全にそんな事は無かった。

 幾ら交渉をしようが、今の流れを変える事は出来ない。大戦の戦勝国がどうかは既に建前にもならない程に風化している。可能性があるとすれば何らかの失態を本部がした以外になかった。

 

 

「どうやら七星剣武祭の開催中に何かトラブルがあった。そんな噂」

 

「大会が隠れ蓑にでも?」

 

「隠れ蓑じゃなくて、大会そのものを利用されたって事」

 

 寧音の言葉に今回の大会の不自然さを黒乃は思い出していた。襲撃事件から突如として特例措置での選手の出場に始まり、かつてない失格者と誤審。それと同時に一人の選手が失踪した事だった。

 決勝戦が盛り上がった為に、その部分をクローズアップしたマスコミは少なかった。だが、大会の関係者からすれば違和感だけが残っていた。

 これまでに無い事実と今回の発表。どんな考えがあったのかは分からないが、関連性は少なからずあったと誰もが考えていた。勿論、情報操作した訳では無い。偶然の一致によるミスリード。だからなのか、真実に触れた人間は誰一人居なかった。

 

 

 

 

 

(まさかこんな手で来るとは!)

 

 公式発表後、黒鉄巌の周辺には色々と激励と賞賛の連絡が途絶える事は無かった。政治に限らず、伐刀者の悲願に近い内容。それも『サムライ・リョーマ』の孫が関与しているとなれば尚更だった。

 事実、国際魔導騎士連盟の公式発表が同じだった為に、誰もがその情報を鵜呑みにする。これが自分の努力の末であれば黒鉄巌個人としても鼻が高くなるはずだった。だが、実際に提示された内容は発表とは真逆の内容。表面上は笑顔で対処したものの、内心はドス黒い感情に晒されていた。

 

 

 

 

 

「今回の件に関してだが、我々の落ち度である事に間違いは無い。実際に他の理事国とも協議した結果だ。君はそのまま日本支部の支部長を兼務しながら、新たな業務もこなしてくれ」

 

「ありがとうございます。では、今後の件に関してのレクチャーが近日中にあると?」

 

「いや、その件に関しては不要だ。業務内容はこれまでと同じで構わない」

 

「同じとは?」

 

 アーサー・ブライトからの言葉に黒鉄巌もまた疑問を持っていた。発表に関しての事前通知が無く、また業務に関しても直接の関与はしない。レクチャーをしないのは、そんな意味が含まれていた。言外に伝えらえれた事を理解したからなのか、黒鉄巌の表情には困惑だけが浮かび上がる。それを理解したからなのか、アーサーもまた、続けて今回の人事の事を説明していた。

 

 

「……それでは傀儡と同じでは」

 

「どう取るかは君の自由だ。我々はそう判断した結果だ。それが嫌なら退任したまえ」

 

 屈辱。一言で言えばその感情が最初だった。今回の件に関しては完全に自分の判断が間違ってはいないが、配慮が無かった事が要因だった。

 大国同盟の組織に関しては伏せられていたが、今が何の変化も無い以上、問題が無いと考えるのは当然だった。だからこそ下された内容に納得できない。そんな感情で支配されていた。

 

 

「副本部長の椅子が嫌なら辞退しろ。辞表ならいつでも受け付ける。我々にとっては貴国そのものは大切に思っている。だが、窓口として考えた場合、どちらが大事なのかは言うまでも無いからな」

 

 慈悲すら無い言葉を告げると、アーサーは既に退出していた。黒鉄巌に言われた内容は、奇しくも時宗がアーサーに対して持ちかけた内容そのものだった。公表すれば世界的にも大きく動揺する可能性が出てくる。それは大国同盟への牽制に限った話しではなく、それ以外にもだった。

 

 魔人の持つ特徴は明らかに通常の伐刀者からは逸脱しているだけでなく、その殆どが何らかの意志を持って活動していた。穏やかに過ごす人間は片手ほど。それ以外となれば数える事すら拒否したくなる程だった。

 混乱を招かない様にしているのは、偏に騎士連盟と大国同盟による捜査の結果。同じようなコンセプトで作られた組織故の結果だった。

 当然ながらその人事権を握れるからこそ、意味がある。だが、今回の件に関してはその枠組みから完全に外されていた。

 緊急時に蹴る人事権が完全に本部長から外されている。当然ながら副本部長にすら権限は無かった。なぜなら今後日本からの派兵には内閣の承認が必要となる。承認されなければ他の国から派遣するしかなかった。

 数と質が勝っているからこそ派兵の意味がある。最初から全滅が前提での派兵は確実に信用低下を招くのは当然だった。只でさえ厳しい戦局に最初から劣る戦力。結果は考えるまでも無かった。その人事権が完全に封印されている。今の巌にとっては苦渋の選択を迫られていた。

 

 

 

 

 

 「くそが!」

 

 アーサーが居ないからなのか、巌は既に激昂していた。感情の赴くままに目の前にあったテーブルに握りしめた拳を叩き込む。激しい打撃音はしたものの、その音を聞いて駆けつける人間は居なかった。

 

 

 名を取るか、実を取るか。

 

 

 元々巌の中では騎士連盟からの脱却が一番の目的だった。

 黒鉄の家は近代祖とも言える龍馬の存在が今の状態に連なっている。勿論その事に関しては恩恵を受けている為に気にする事は無かった。

 だが、時代の流れと共にその恩恵は薄れている。ランクが低い一輝を遠ざけたのはそんな部分があった。

 

 実力があるからこそ、その恩恵は当然となる。その結果として自分の地位も確保するはずだった。

 今回の件に関しても、そんな思惑がそこにあった。ここで大きな成果を出す事が出来れば、自分もまた近代祖に負けない程の名声を得る事が出来るはず。巌もまたそのつもりだった。

 だが、そんな思惑など最初から無視するかの様なアーサーの回答。この時点で巌の野望は潰えていた。

 静まり返った空間に聞こえるのは感情によって乱れた呼吸音だけ。そこから先の感情がどうなるのかを理解する者は誰も居なかった。

 

 

 


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