英雄の裏に生きる者達   作:無為の極

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第8話 個人技

 入学式は何の問題も無いままに、つつがなく執り行われていた。本来、学園のトップの話をまともに聞く様な人間はそう多くは無い。しかし、そんな中で昨年とは決定的に違ったのが、昨年の途中から変わった理事長でもある新宮寺黒乃の言葉だった。

 これまでの様に資質だけで決めていた七星剣武祭の選考基準が大幅に変わった点を発表していた。既に今の破軍の立ち位置がどんな状態になっているのかは一年よりも三年の方が理解している。今の序列一位でもある生徒会長の東堂刀華はベスト4どまり。それもここ数年の中では一番の成績だった。

 だからなのか、黒乃の口から出た今年の選出方法は在校生の動揺を大きく誘う事になっていた。

 

 

「事前に聞いてはいたけどやっぱり改めて発表されたら、ざわつきは凄かったね」

 

「そうですね。完全実力制。しかも学年問わずですから」

 

 刀華はカナタと生徒会室で紅茶を飲みながら先程まで行われていた入学式の内容について話していた。

 元々自身のランクも高い事だけでなく、特別招集される程の実力がある為に、予選会の事に関しては然程気にする様な部分は無かった。

 しかし、完全実力制となれば話は変わってくる。入学前の模擬戦でもあった、黒鉄一輝とステラ・ヴァーミリオンの一戦は学内でも賛否両論だった。途中までしか見ていない生徒からすれば茶番や八百長にしか考えていないが、最後まで見ていた人間からすればあの抜刀絶技が脅威とも考えられていた。

 

 最低限の身体能力の底上げだけでステラの防御を斬捨てる勢いは完全にどちらが上なのかを雄弁に物語っている。それだけではない。今年に限って言えば風間龍玄が最大の目玉になる可能性があった。

 冷静に考えれば幾ら戦場でも自身の固有霊装を展開もせずに自分達の意識を沈める実力は未だ未知数のまま。時折朝のトレーニングで訓練をする場面を見る事はあったが、そのやり方すら常軌を逸していた。

 常在戦場を地で行くそれを知っているのは自分達だけ。あの事に関して後日、魔導騎士連盟日本支部長から直々に公表しない様にと釘を刺されていた。そんな事もあってなのか、今年の予選会は大荒れになる所か、自分達も組み合わせによっては出場すら困難になる可能性を秘めていた。

 

 

「参考に聞くけど、勝てると思う?」

 

「そうですね……本当の事を言えば、今の自分では間違い無く無理でしょう。あの時の私は既に抜刀絶技を展開していました。それすらもすり抜けているのであれば、新たな何かを開発するしか無いでしょうね。そう言う刀華さんはどうですか?」

 

「……私も…かな」

 

 カナタとは違い、刀華の場合状況が状況だった為に一概にこうだとは言えなかった。

 元々小太郎によって自身の抜刀絶技は物の見事に粉砕されていた。これまでに中距離や遠距離で躱した結果負けた事はあっても、自身の得意とするあの距離でも見事に粉砕された事はまだ記憶に新しい。

 世間が考えている世界ではなく、自分の知っている世界はあまりにも小さすぎている事を実感したからなのか、刀華は無意識の内に自分の右腕を左手が握っていた。

 力が籠るが故に制服に皺が寄る。勿論、小太郎と龍玄が同じだとは思わないが、伊達に風魔の中でも青龍のコードネームを冠する以上、凡庸なはずが無い。

 今の時点でやれる事は自身の技能を高める事だけ。まだ誰も居ない生徒会室には少しだけ重苦しい空気が漂っていた。

 

 

「どうしたんだい?少し空気が重いみたいだけど」

 

「う、うた君。い、何時の間に来たの?」

 

「へ?今さっきだけど。随分と深刻な表情だったから声はかけなかったんだけど……」

 

 そんな空気を払ったのは同じ生徒会副会長の御禊泡沫だった。何時もと変わらない表情だからなのか、先程までのシリアスな空気が消えていく。

 理事長の発言からまさかこうなるとは思わなかったからなのか、二人は珍しく動揺していた。

 

 

 

 

「この前から少し変だよね。本当は何かトラブルにでもあったんじゃないの?」

 

「そ、そんなごとなかよ」

 

「だって、あまりにも挙動不審なんだけど」

 

「ちごうとるっち言うてるやろ」

 

 半ば疑いをかけたままではあったが、確かに違うのは間違いなかった。先程までの完全実力性による選伐試験はこの学園にも少なからず隠れた実力者を探す意味合いも含まれている。

 例え魔力が低くても実力が伴えば、自分達とて安泰ではない。だからこその話だった。

 

 

「今年は予選会を開催するに当たって、隠れた実力者が居るかもしれないって話ですよ。現にあの模擬戦の結果が全てではありませんか?」

 

「あ~確かに言われればそうだね。あの一戦って確かカナタはリアルタイムで見てたんだよね。実際にはどうだったの?」

 

「そうですね……一言で会えばAランクが故にの部分があったのは否定しませんよ。ですが、黒鉄君のあの力も侮れないですね」

 

「ふ~ん。そっか」

 

 あの一戦は確かにそれを象徴していた。これまでの様に魔力だけに頼った戦いは自分の想定外の戦術を取られれば敗北は必至。事実自分達がそれを体感しているからこそ、先の戦いの感想で出た一言だった。

 カナタの言葉に泡沫も若干驚いている。それがどんな意味を持つのは一人を除いて誰も分からないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室でのやとりとりはまるで無縁だと言わんばかりに1-1のクラスは随分と異質な空気を放っていた。

 入学式の後に行われたHRでまさかの吐血を起こした担任の介抱と同時に、次から次へと色々な事が龍玄の目の前で行われている。これまでに無い光景は少なからず龍玄の好奇心を高める役割を持っていたからなのか、気配を消すかの様に目の前で起きている事実を嬉々として眺めていた。

 

 

「たかがFランクがAランクに勝てるなんてどんなイカサマ使ったか知らねぇが、俺は騙されねぇぜ」

 

「そんな事はしてないんだけど」

 

「口だけならどうとでも言えるだろ」

 

 一輝に絡むかの様に五人の男は固有霊装を顕現させる。既に自分に酔っているのか、それとも目の前の一輝に実力を理解していないからなのか、どこか妄信している様な眼に龍玄はもう少しだけ眺める事にしていた。

 そもそも戦いに於いて卑怯などと言うのは競技をする人間が発する言葉でしかない。戦場でそんな事を言う暇が有ればさっさと命を絶つのが絶対のルール。元々破軍の生徒がどれ程の実力があるのかを見るにはある意味では良いチャンスでしかなかった。

 

 男達はそれぞれの霊装を展開している。お互いが邪魔にならない様に一輝に対し刃を向けた瞬間だった。

 教室と言う限定された空間では全員が一同に攻撃をする事は事実上不可能に近かった。

 周囲に何も無ければ可能かもしれないが、やはり机や椅子によって攻撃の方向は限定される。本来であれば一輝も自身の霊装を展開するかと思われていたが、そんな事すら無いままだった。

 

 無手でやれる事は限られてくる。元々自分の攻撃も同じだからと一輝がどんな行動を取るのか。ただそれだけを注視していた。

 真正面から来る白刃は既に一輝の頭頂めがけて振り下ろされている。武術の心得が無い人間からすれば驚愕の一言かもしれないが、魔力では無く、武に力を入れた人間からすれば(ぬる)いとしか言えない斬撃。

 そんな斬撃を一輝は受ける事無く掌を使い、刃を流す様に弾くと同時にそのまま体勢を崩す事に成功する。一方の斬撃を繰り出した男はそのまま力の方向性を完全に制御出来なかったのか、そのまま倒れ込んでいた。

 二人目の男に関しても一輝は冷静だった。先程の流す様な行動ではなく、今度は距離があったからなのか体重かかった軸足に対し、素早く力の方向を変えるべく刈る様に自らの足を利用し、相手の足を弾いていた。

 全体重がかかった軸足がその場で踏ん張る事は出来ない。故に先程と同様に床にダイビングする事になった。

 僅かに聞こえる声に誰もが既に意識を向けていない。そんな事よりも次の男に対する意識の方が優先されたいた。

 

 

「テメェ!」

 

「このままくたばれ!」

 

 同時攻撃は一輝の回避先を完全に消失させていた。

 このままではどちらかの攻撃が直撃する可能性が高い。龍玄はそう感じた瞬間、少しだけ手を出す事を決めていた。

 近くに落ちた消しゴムを千切り、そのまま指弾として弾く。誰もが一輝と襲い掛かった男に視線を向けていたからなのか、龍玄の行動を関知した人間は居なかった。

 消しゴムとは言え、弾丸と同様の速度で放たれたそれが眉間に直撃する。一人の男が怯んだ瞬間を一輝は見逃さなかった。

 初撃を当てにきた男は先程と同様に攻撃を往なされ、追撃をするはずだった男の霊装は地面に一輝の足によって縫い止められていた。見た目にそぐわない強靭な足腰はそれ以上の攻撃を行使出来ない。誰もが完全に終わったと思われた瞬間だった。

 

 

「このまま死ね!」

 

 日本人としては珍しいタイプの固有霊装でもあったリボルバー型銃器の固有霊装は既に一輝に向けられていた。幾ら固有霊装とは言え、今の状況が幻想形態か実像形態かどうかは誰にも判断出来ない。瞬時に見えた未来に誰かの悲鳴が上がっていた。

 

 

 

 

 

「こんな所で馬鹿やるとはな……つくづく平和な国だ」

 

 誰にも聞こえない程の声と同時に龍玄は再び落ちていたシャープペンを二本持っている。先程の指弾とは違い、完全に殺意を持っているのか、それとも逆上した上での攻撃なのかは分からない。

 上がる悲鳴を合図に素早く二本のシャープペンは銃を持った男に放たれていた。

 消しゴムすら弾丸と同様の速度で放つ業は少なからずそれなりの殺傷能力を持っている。

 殺傷能力は消しゴム以上。半ば暗器に近いそれは一本は銃口に、もう一本は男の額へと放たれていた。誰もが気が付かない中での凶行。この場でそれに気が付いたのは一人だけだった。

 眉間に当たる直前に男の目の前には何かを握った手が飛び出す。誰もが何を意味しているのかを理解するには多少の時間が要していた。

 

 

 

 

「これはやり過ぎだよ」

 

「そうか?銃を向けてるんだろ?それが幻想形態だって証拠がどこにあるんだ?」

 

 男の目の前に飛び出た手に握られていたのは一本シャープペン。ただの筆記道具にしか過ぎないそれは誰もが知りえない速度で飛来していた。

 このまま直撃すればそれなりにダメージが出る代物。まさか自分に向けられていたとは思ってなかったからなのか、銃を出した男はその場で崩れる様にへたり込んでいた。

 

 

「それでもだよ。誰にも被害が出てないんだ。だったらそれで良いんじゃないのかな」

 

「まぁ、お前がそう言うなら良いがな。だが、あまり甘い事は言わない方が良い。何かあれば完全に上げ足を取られるぞ」

 

「肝に銘じておくよ」

 

 一輝の言葉に龍玄は甘い考えである事を直ぐに口にしていた。実力があれば問題無いのは当然だがそれでも人間は誰もが自分より下の者がいれば、それに対し攻撃を平然としかける。

 優しさは必要だが、使う場面を間違えれば大火傷は必至。だらかなのか、何かを思い出したかの様に龍玄は一輝ではなく、先程霊装を展開した人間に一つだけ言葉を口にしていた。

 

 

「そうだ。これだけは覚えておけ。激情して攻撃するなんて者は下の下だ。固有霊装を展開した時点で問題なんだ。お前、確か死ねなんて言ってたが、自分が殺される可能性を考慮したのか?まさかとは思うが無責任な発言なら問題だぞ」

 

 龍玄の言葉に誰もが何も言えなかった。静まり返った教室に先程までの熱量はどこにも無い。戦場に赴く人間からすれば当然の事ではあったが、ここに居る全員がそれを経験している訳では無かった。

 事実、伐刀者とは言っても誰もが戦いの場に身を置く訳では無い。自分達が持っている力がどれ程の物なのかを理解していない人間にそれほどの価値があるとは思えなかったからこそ出た言葉。その場にいたステラでさえも一輝が飛んできたシャーペンを掴まなければ何が起こったのかすら分からないままだった。

 

「それ位にしなよ。皆驚いてるよ。それに僕も少々独断過ぎたからね。誰だってそんな経験あるから」

 

「だったら最初から実力を出せば良かったんじゃないのか?下手に誤魔化そうとするからこんな事になるんだよ。加減なんかするから助長する輩が出るんだ」

 

「手厳しいね」

 

「単なる事実だ」

 

 一輝と龍玄の言葉に誰もが驚く。先程の瞬時の攻防がまるで児戯だと言っているに等しい言葉。これが何もなく口論だけで終われば禍根も残るが、実際の力を見たからなのか、誰もがその実力に口を開く者は居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生徒同士の乱闘?」

 

「はい。出来ればすぐに来て貰えればと思いまして」

 

 1-1で起こった悲鳴はすべからく生徒会の耳にも届いていた。新入生特有のちょっとした言いがかりからの戦闘は今に始まった事ではない。事実これまでにも何度かそんな話は聞く事があった。

 しかし、今回のそれはこれまでのそれとは明らかに違う。数人の悲鳴は少なからず周囲にまで及んでいた。

 

 

「刀華、どうする?」

 

「念の為に、うた君とカナちゃんもお願い」

 

「分かりましたわ」

 

「直ぐに行こう!」

 

 生徒会室を飛び出したと同時に一つの懸念事項が刀華とカナタの頭に浮かんでいた。

 元々の経緯を考えれば、何かしらのトラブルを起こす可能性があのクラスには有り過ぎていた。

 一つは落第した黒鉄一輝。それと模擬戦を行ったステラ・ヴァーミリオン。そして風間龍玄。特に龍玄に関してはこの学園内でもその正体を知っている人間は極僅か。教員とて知らされていない事が殆ど。

 悲鳴が出た以上、何らかの負傷の可能性も高い。瞬時に考えた末の人選だった。ここから教室までそれほど時間は必要とはしない。ものの数分で教室の付近まで到着したその瞬間だった。

 

 

「何、この重圧……」

 

「何が起きてるんでしょう」

 

「何してるんだろう?」

 

 正体不明のプレッシャーが教室から漏れ出たかの様になっている。これまでに感じた事が無い程のそれが何なのかを正しく理解したからなのか、刀華だけでなくカナタと泡沫もまた足が止まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら貴女とは考えが合わない様ね」

 

「それはこちらの台詞です。久しぶりの逢瀬を邪魔するだけでなく、あまつさえ自分が下僕だと言いながら主人を束縛するなんて言語道断。ここは下僕が何たるかを教える必要がありそうですね」

 

 既にお互いが一触即発の様相を呈していた。お互いに譲れない物があるからなのか、先程の言葉にあった固有霊装の無断使用が当然とばかりにお互いがそれを握り対峙する。

 既に先程の乱闘ではなく、お互いの鋭い視線と殺気だった空気が周囲を覆う。お互いが学年の首席と次席。激突のキッカケを作った本人はどうしたものかと判断に迷っていた。

 

 

「ここは教室なんだし、このままだと拙いよ」

 

「イッキ。気持ちは分かるけど、ここで引く訳には行かないのよ」

 

「あら、奇遇ですね。私も同じ事を考えていました」

 

 狭い教室で固有霊装を展開するだけでも大問題だが、問題なのはそれだけでは無かった。

 皇女が放った抜刀絶技は教室に居る人間を一瞬にして蒸発させる程の高温を持つ一撃必殺の業。方やもう一人はどんな抜刀絶技を繰り出すかも分からない。

 お互いが探り合っているからなのか、ジリジリと間合いを詰める。まるで時代劇を彷彿とさせるそれに誰もが固唾を飲んでいた。

 重苦しい空気が周囲を支配する。既に両者共に理性が働いていないのか、何かのキッカケ一つで教室内は大参事になると思われていた。一人の生徒が緊張のあまり、後ずさりする。その衝撃を受けたからなのか、机の上に置かれたシャーペンが音をたて床へと落ちる。僅かに響いた音が両者の攻撃開始の合図となっていた。

 

 

「残念だがそこまでだ」

 

 黄金に輝く大剣と太刀にしてはやや短めの小太刀は一人の人間の手によってそれ以上の行動を阻まれていた。

 お互いが振り下ろした刃は確実に自分の明確な意志によって向けられた物。先程の様に半ば勢いに任せた攻撃ではないからなのか、お互いが止められた事に驚きの表情を浮かべていた。

 それぞれが霊装を握った手を完全に掌握されているからなのか、幾ら攻撃をしようとも僅か程にも進まない。ステラと一輝の妹と名乗った珠雫はただ見るしかなかった。

 

 

「ちょっと何勝手に止めるのよ。貴方に何の権利があるって言うの?」

 

「権利?その言葉はそのままそっくり返すぞ。お前らがやってるこれこそ何だ?いつからここは幼稚園になった?」

 

 ステラの言葉に龍玄は何の感情も乗せる事無く淡々と喋る。会話をしながらも虎視眈々と攻撃の隙を見つけようとしているが、強靭な肉体が持つ力はステラだけでなく珠雫の動きすら封じている。未だ冷静になれないのか、ステラは先程よりも強い視線で抗議しているようだった。

 

 

「どうでも良いが、もう生徒会の人間がそこに居るぞ。精々弁明に終始するんだな」

 

「えっ!」

 

 それまで停止していた力を往なす方へと変化させ、互いの霊装は地面に向かう。そんな龍玄の言葉を聞いたからなのか、教室の入り口には刀華とカナタの姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何か申し開きしたい事はあるか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「今回の件だが、惨事は免れたが固有霊装を無断で展開した事に変わりない。幾ら本年度の首席と次席だと言っても簡単に許す訳には行かない。特にヴァーミリオン。お前は皇女としての立場もあるんだ。下らない事は止すんだ。ここは政治の場では無いが、場合によってはそれ相応の罰を受ける事にもなり兼ねない。下らない事で自国の評判を下げたくはなかろう?」

 

「……すみませんでした」

 

「反省大いに結構。それと、懲罰として全校のトイレ掃除を一週間やってもらおうか。勿論、黒鉄。お前もだ」

 

「……はい」

 

 刀華からの報告によって直ぐにステラと珠雫は理事長室へ直行する羽目に陥っていた。

 冷静に考えれば考える程、自分達が行った行為がどれ程の物なのかを理解していく。幾ら激情に伴う攻撃とは言え、罰則規定には逆らえない。そんな事実があったからなのか、お互いは視線こそ合わせないが、内心穏やかにはなれなかった。

 

 元はと言えば、一輝に対するやっかみから発生したトラブルが起因のはず。しかし、その事実を口にすれば一輝にも何らかのペナルティがあるのではとお互いが瞬時に判断したからなのか、互いに対峙した行為のみで終始していた。

 奇しくも先程まで睨み合っていた二人が同じ人間に対する思いからの判断が同じになった瞬間だった。

 

 

「それと、お前達を止めたのは確か……風間だったな。お前達の目から見てどう感じた?」

 

「どうと言われても………」

 

 黒乃の言葉にステラだけでなく珠雫もまたあの時の事を思い出していた。

 幾らお互いしか視界に入らないとは言え、気が付けばその中心で自分達の手首を完全に掌握している。未だに違和感があるからなのか、お互いの利き手は僅かに傷んでいた。

 そんな中での黒乃の言葉。何を言いたいのかはまだ理解出来ないままだった。

 

 

「ヴァーミリオン。言っておくが、今年からここは完全実力制で優劣を決める。Aクラスであるだけでなく、相応の努力をしているのは認めるが、世界は広い。精々が(かわず)の様にはなるなよ」

 

「それと黒鉄。お前も今年の実力と数値だけ見れば事実上の首席だったかもしれない。だが、激情に身を任せた剣は果たしてお前が望むべき結果が付いてくるかな」

 

 まるでお互いの経緯を全て知っている様な顔に二人も何かを悟ったのか、それ以上は何も言えないままだった。しかし、それと先程の風間の名前にどう繋がるのかが分からない。事実、黒乃の表情にはどこか探る様な雰囲気が浮かんでいた。

 

 

「参考に言っておくが、先程聞いた風間の件だが彼奴はあれでもかなりの実力を持っているだろう。魔力こそ低いが、恐らく接近戦はこの学園でも上位に入る。実際に試験の際に、一人の教員を幻想形態にも拘わらず意識不明の重体にまで落とした位だ」

 

「意識不明……まさか」

 

 黒乃の言葉にステラは何の事なのか分からないと言った表情を浮かべたが、珠雫は驚愕の表情を浮かべていた。

 破軍の試験では魔力の発露からその発動までで適性ランクと入学の基準を判断する。そんな中で自身の兄もである一輝が取った行動は当時の担当者との模擬戦。結果的に実力を示した事によって入学が許されていた。当時は何も知らなかったが、珠雫が破軍に入学する事を連絡した際に聞かされた事実。実際にここの教員のレベルは低くは無い。そんな教員を意識不明の重体になせるのは確かな実力が要求されている。それが何なのかを言外に黒乃は示していた。

 

 

「まぁ、この話はここまでだ。先程の話は他言無用。さっさとトイレ掃除に行け。時間が勿体ないぞ」

 

 言いたい事を言いきったからなのか、黒乃は自分のポケットから出した煙草に火を付ける。黒乃の言葉にステラと珠雫は素直に理事長室を後にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、事の真相は何だったんですか?」

 

「なぜそれを聞く?」

 

 既に裁定が下ったからなのか、カナタは寮の自室へと戻っていた。

 元々トラブルが起こったのは間違い無いが、実際に処罰を受けたのは当事者でもある二人だけ。最後の場面を見ていたからこそ、同居人でもある龍玄に事の真相を聞いていた。

 余程の事が無ければ悲鳴など上がらない。事実、あれがあったこそ自分達が駆けつけたに過ぎなかった。

 理事長の介入に生徒が真相を知る術は無い。だからなのか、事実上の当事者でもある龍玄の言葉をカナタは待っていた。

 

 

「あれだけ外にも圧力が漏れていた空気なら誰だって気になります。事実、刀華さんだけでなく他のメンバーも話題にしてましたので」

 

「……なるほど。特段大した事は無い。一言で言えば痴情のもつれなだけだ」

 

「ち、痴情ですか……でもどうして?」

 

「さあな。それ以上は一輝に直接聞くと良い。俺も態々友人の個人情報を売りたいとは思わんからな」

 

 そんな事を言いながらも龍玄は既に夕食の準備を開始していた。元々食堂を使用した事が無いからなのか、キッチンの前で手際よく材料となる野菜を切っていく。

 既に見慣れた光景だからなのか、それとも龍玄の性格を漸く理解したからなのか、カナタもそれ以上聞く事は止めていた。

 

 

 

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