第二特異点´ AD.0060 羅馬抹殺同盟 カルタゴ 作:らるいて
すでに人理が修復され、あとは正しき姿へ収束するだけの時代。既にカルデアの人間達は帰り、人々の記憶も消えかかっていたその世界に、人理修復を良しとしない男が居た。青年から壮年に差し掛かろうかという歳の男だ。男は世界を救うべく、抑止力によって召喚されたサーヴァントだった。だが男は自らに課せられた使命に逆らった。世界を救おうという意志はあったが、男にとってこの時代は、救わねばならない国は憎悪の対象であった。男が生きていた時代から三百年近く下ったこの時代においても、この国は変わらず繁栄していた。それどころかこの後も千年以上続く、まさに千年帝国となることを、英霊となった男は知っていた。男はそのこと自体は痛恨の極みであれ、認めている。だが、男にはどうしても、愛した祖国を滅ぼしたこの国を救うという選択を取れなかった。故に男はこの国の神祖とこの時代の皇帝の戦いを、どちらに与することもなく静観していた。彼とて世界を愛する英霊であり、もしもこの国でさえなければ迷わず人理修復に力を貸しただろう。だが彼とて心ある人間であり、もしも人理焼却を成そうとするものが神祖でなければ、彼は多少心にしこりを抱えても人理焼却に、この国を滅ぼすことに加担しただろう。現実はどちらでもなく、この国の過去と現在の戦いに過ぎないモノであったが故に、男は戦わないことを選んだ。
男はそのまま自身の消滅を待っていたが、世界は更なる選択を要求した。使命を放り出し怠けていた男の目の前には、聖杯の欠片があった。破壊の大王に取り込まれ、彼女が倒される時に零れ落ちた僅かな断片。大部分がカルデアによって回収された、その残骸だ。人理の戦いに参加しなかった男は、迷いながら、その欠片に手を触れた。それはサーヴァントとしての本能だったのかもしれない。男は特に願ったわけでもなかったが、聖杯の欠片はご丁寧に男の深層心理に眠る根源的な願望を映し出した。みずからに聖杯からの膨大な魔力が流れ込んでくることを把握した男は、新たな戦いが、それも己を中心として始まることを予期した。人理を崩壊させる願望など持ち合わせていなかった男は、それでも、かの国との再戦を故国の存続を切望していた。故にだろう。男は驚きながらもその聖杯の働きを妨げることなかった。より明確な男の思念を受け取った聖杯の魔力は、確固たる形を成す。この国と、ローマと戦争するために必要な人材の召喚。軍隊の整備。かくて人類を救うために世界により召喚されたその男は、人理の敵となった。
ロマニ・アーキマン、通称Dr.ロマンは普段通り特異点の観察と捜索を行っていた。いざことが起こってしまうと現地に向かえないロマンは足手まといになってしまうことが多い。ダメ人間を自称するロマンであっても、人類存亡の危機とあってはそれを良しとするほど堕ちてはいない。こういった異変の感知は、うまくいかないことも多いが、積極的にやっている。
普段通りのことが普段通りにすめば楽でよかったのだが、残念ながらロマンはある時代に異常を発見した。AD.0060。第二特異点セプテム。裏切り者であるレフ・ライノールが糸を引いていた特異点。ローマ帝国同士によるつぶし合いとでも言えばいいのか、始祖ロムルスを主とする歴代皇帝が、当代の皇帝ネロが統治するローマを滅ぼそうとした。最終的にレフは倒れ、特異点もマスターであるぐだ男と、そのサーヴァント、デミサーヴァントではあるが、マシュ・キリエライトが人理を復元した時代と地域だ。
人理が復元される際の揺り戻しだろうかとしばし観察を続けるロマンだったがどうも違うらしい。揺り戻しであれば徐々に小さくなる異常が変わる様子を見せない。つまりは何らかの原因により人理復元に問題が発生しているという事だ。
ロマンはぐだ男とマシュを呼び寄せ、レイシフトするように頼んだ。
レイシフトしたぐだ男とマシュが最初に耳にしたのは怒声と剣戟、眼にしたのは互いに切りつけ合う兵士たちだった。レイシフトした地点というのは安全が確認されている場所だ。いきなり岩の中にいるだとか地面の中だとか危険地帯だとかそんなではまともに人理復元に集中できない。当然、戦場なんて場所にレイシフトされる危険性は、なくはないが、ほとんどないと言っていい。つまり、現状は明らかな異常事態。マシュは直ちにロマンに連絡を取ろうとする。
「ドクター! 戦場にレイシフトしてしまったようです」
「――なんだって――介入され――――!? ――高魔力――――にげ――!」
現状の確認を優先したマシュを責めることはできない。流れ矢からマスターを守る姿は正しくシールダーのクラスに相応しいモノであった。十二分に守り切れるはずだった。それがただの兵士や竜牙兵ならデミサーヴァントであるマシュの敵ではない。
だがそれがサーヴァントであるならば別だ。離脱や防衛ではなく状況把握を優先したマシュは防げなかった。
「先輩!」
「あれ? 意外といい反応。少しは成長したのかな? やっぱり、アサシンみたくはいかないね」
銀色が閃く。それを察知した瞬間にマシュはぐだ男を守ろうとする。だが、遅い。閃きはぐだ男を貫く。マシュの妨害により途中で止まる。剣が引き抜かれると同時に苦悶の声を挙げ倒れるぐだ男。マシュは攻撃してきた敵、サーヴァントを見、驚愕する暇もなく、意識が逸れる。
目の前の敵が晒した隙を、見逃す程サーヴァントは甘くはない。マシュの持つ巨大な盾を蹴るとわずかにできた隙に剣を突き入れる。
マシュは盾を軸にし身を翻し攻撃を避ける。その勢いのままに盾で相手を殴りつけた。剣で受けた相手は勢いを殺すように3メートルほど後ろに下がる。
そこでマシュはようやく声を挙げる。親愛と敵意に揺れる複雑な感情をそのままに声を出す。
「何故ですか! ブーディカさん!」
マシュは一目見た瞬間に敵性サーヴァントの真名を看破した。共に特異点を修復した英雄。ブリテンの勝利の女王ブーディカ。心優しき慈愛の人である彼女が敵であるとは信じ難かった。だが、何も言わずに攻撃をされた。ぐだ男はその攻撃を受け、今、地に伏している。急所には届かなかったとはいえこのまま対処せねばどうなるかはわからない。明確な敵対行動だ。いかなる理由があるかはマシュには分からないが敵である事だけは確か。理性ではそう判断してもやはり情はある。僅かな希望を含んで、マシュはブーディカに問いかけた。
「何故? 何故って? 私がローマを滅ぼそうとすることのどこが可笑しいかな!? むしろ教えてほしいよマシュちゃん!」
「おかしいです、貴方は、こんなことをするような人ではっ!」
「そんな人じゃないって? くだらない! 私たちの屈辱も、絶望も、嘆きも悲しみも怒りも憎しみも! 分からない! わかる筈がない! だって君はあの英霊なんだから! 失う事を知らないんだから! 知ったような口を聞かないで!」
マシュの問いかけに答えたブーディカの瞳に浮かぶは憎悪。かつてマシュに向けられた親愛の情は欠片も見えなかった。それでもなお食い下がろうとするマシュの言葉を遮るように、一歩踏み込んだブーディカの剣がマシュを襲う。先のような奇襲ではない。正面からくる攻撃をマシュは防いだ。
「ブーディカさん!」
その後に続く畳みかけるかのような攻撃も、マシュは凌いだ。しかし次第に押されていく。ぐだ男を心配する焦りと、純粋な身体能力、ステータスの差だ。共に戦った時よりもステータスが上昇している。マシュも成長し強くなっているがブーディカはそれ以上だ。だが、サーヴァントは成長しない。故にステータスの上昇なんてありえないのだ。故にこそマシュは気が付いた。ブーディカは何らかの要因でステータスが上昇している。かつてと違い戦車に乗っていない。精神に変異が見られる。これらからマシュは推察した。ブーディカの異常な強化の正体を。
「こんなにステータスが、まさかバーサーカーに!?」
「あはははは! 惜しい! 狂化スキルはあるけど、セイバーだよ。私は!」
「っ!」
ステータス的に恵まれていないライダーから最優のセイバーに。その上で狂化までついているとするならば、そのステータス上昇は1ランクでは済まない。それ以上に、セイバークラスであるというならば彼女の宝具は当然、かつての
ではない。
「そろそろ、終わらせようかな。マシュちゃん。頑張ったけど、もうおしまい。
高まる魔力。対抗するにはこちらも宝具を開放するしかない。しかし。ただでさえ重傷を負い、命の危機にあるぐだ男だ。宝具の真名解放をすれば、これ以上の負荷を掛ければ最悪、命を落とす。その不安が、一瞬、マシュを躊躇わせた。
「――っ!?
「――
間に合わない。宝具の直撃を受ける。仮にも盾のサーヴァント。生きていられる目算もあるが、それだけの傷を負えばもはや勝ちはない。それでなお必死に宝具を展開しようとする。
「――
――どこからともなく聞こえてきた真名解放の言葉と同時にマシュの目の前に降り立つ丸い影。直後に発生した膨大な魔力同士のぶつかり合い。それにより発生した余波がマシュとぐだ男を襲うが、それは想定よりも一段遅い。
「
二つの対人宝具のぶつかり合いで発生した暴風とも呼ぶべき余波は周囲の兵士たちを吹き飛ばすが、宝具を発動させたマシュ、その後ろにいるぐだ男は、魔力を消費した影響か、軽くうめき声を上げただけで体への被害はない。
宝具同士の競り合いは、僅かにブーディカが押し負けていた。二つの宝具のランクはBとB+。本来であればブーディカの振るう
「カエサルさん!」
ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの養父。カイザーの語源。中世ヨーロッパに定められた九大偉人が一。偉大なるローマにあって、群を抜いた輝きを放つ偉人。ガイウス・ユリウス・カエサルその人である。
「ふっぬぅんっ!」
「うぅっあぁぁっ!」
カエサルの気合の籠った声と同時にブーディカは弾き飛ばされる。ブーディカとの競り合いを制したカエサルはマシュに振り向くことなく声を掛ける。
「やれやれ。おかしいと思って様子を見に来れば、実に厄介な状況に難儀な敵と来た。しかし、しかしだ。これも愛しいネロの頼み。私がやらないわけにはいくまいて。ぬ、ふん!」
「おまえはっ!」
カエサルが長い口上を述べる間にもブーディカは体勢を建て直しカエサルに襲い掛かる。ブーディカの眼には既にマシュやぐだ男の姿はない。ただ、憎い殺さねばならない相手が映るのみだ。
カエサルはブーディカの攻撃を受け、そのまま力で押し返そうとする。」
「ぐ、む。時に! 良きマシュマロをもつ少女よ。名乗る前に名をばらすのは良くない。実にぃ! 良くないが、状況が状況だ仕方あるまい。此処は私に任せてゆくがよい。こんな場所では満足に治療もできまいて。あそこにネロの本陣がある」
攻撃を受けながら、口を止めようとはしないカエサル。それがブーディカの精神を逆撫でる。扇動EX、カエサルの所有するスキルだ。スキルの性質上人の話を聞かない人間に効果が無い、などということはない。狂化していようと僅かなりとも知性がある以上、激昂させることに限れば、十分な効力を発揮する。まして、自身に憎しみを抱く対象であれば猶の事。口を開くまでもなく、無視すればそれだけで逆上するというものだ。
「っ! ありがとうございます」
「この、豚が! とっとと死ね!」
ブーディカはぐだ男を背負って逃げ出すマシュを追おうという素振りすら見せず、目の前の大敵を睨みつけていた。
無事、ネロのいる本陣まで引き、ぐだ男の治療を終えると、ネロから状況説明がなされた。破壊の大王アルテラを撃破し、ぐだ男達が去ってから一月ほどが経ち、記憶もおぼろげになった頃に事件が起きた。
曰く、消えた筈のサーヴァント、それもかつて共に特異点を修復し、ネロのローマを守るために戦ったサーヴァント達が現れ、襲ってきた。しかし、かつて神祖に従いネロに試練を与えたサーヴァント達、カエサルやカリギュラをはじめとするかつてローマに君臨した英雄たちが味方として現れた。偉大なるローマの君臨者たちの活躍によりサーヴァント達の出現も収まりかけた。だが、全てを決着する筈だった戦いに、ネロ達ローマ軍は大敗を喫した。軍は壊滅。ネロとカエサルが命からがら逃げ延びたくらいで他の英雄たちは皆、戦死した。状況は振り出しに、いや、より悪くなっていると言えた。
圧倒的優位にいたローマを壊滅させ窮地に追いやった敵性サーヴァント。ネロが顔を青くし、震えながらも呟いたその名は。
「ハンニバルだって!?」
いつのまにやら通信が回復したロマニがその名を聞いて驚く。
「うむ……さしずめ、カンネーの戦いと言ったところか。ローマが誇る偉大なる英雄たちは、須らく奴一人の手によって、ただの一度の戦いで、いなくなってしまったのだ……」
「いや、それは仕方ない。ハンニバルはローマ史上最大の敵とまで呼ばれる、大戦術家だ。サーヴァントとして対ローマの側面が強くなっていると考えるならローマの英雄達が敗れたとしても合点がいく……これはまずいことになったぞ」
「確かに、一度負けたのなら、今の戦力的にも厳しいかもしれません……」
カルタゴの雷光。ローマ史上最大最強の敵。現代にさえ通用する戦術を二千二百年以上昔に考え、実践して見せた、戦術を完成させたとさえ呼べる最高の戦術家。彼に比肩する戦術家は数少ない。
それを思案するロマニとマシュ。大敗故に自信を喪失した様子のネロ。
「――それでもハンニバルはローマに負けた」
「ザマの戦いですね」
「そうだ、スキピオだ! 大スキピオが居ればハンニバルにだって勝てるぞ!」
暗い空気になる場を変えるため、周囲を元気づけるためにぐだ男が声を出す。それに反応したのはマシュ。続いてロマニがあぁっと声を上げる。だが、それもネロに否定される。
「大スキピオは、あの戦いより前に荊軻に……。荊軻はその場で打ち倒したが、今思い返せばこれもハンニバルの指示だったのであろうな……」
「そんな……大スキピオがもういないなんて、どうすればいいんだ……」
「……今、この世界には、もっとサーヴァントがいる筈です」
マシュが口を開く。冬木、オルレアン、ローマ、オケアノス、ロンドン、アメリカ。六つの特異点を超え、成長したマシュはいままでの経験を元に、ある希望を見出した。六つの特異点。共通して見られたのは多様なサーヴァントが召喚されたこと。たとえ、一度の敗戦で味方がいなくなっても、まだ、まだ他に野良サーヴァントはいる筈。
「だったら、そのサーヴァント達を集めましょう。私たちに思いつかないようなことも、他のサーヴァント、英雄ならばきっと、考えつくはずです。今はとにもかくにも仲間が必要です」
「――すごいな、マシュ」
「そ、そんなこと……」
「それしかないか。でも、そうするにせよ、ハンニバルを抑える必要があるよ。あんまり荒らされると人理復元できなくなる可能性が……」
「ドクター。少しネロさんの魔力を調べてください。前も違和感がありましたが、大きくなってませんか?」
「え? ……本当だ。これは一体……まさか、そんなことが……。でもじゃないと説明が付かないし……。うん。マシュの言う通りネロの魔力量が増えて、不安定になっている――たぶん、ネロが、この特異点の基盤なんだ」
「――どういうこと?」
「特異点は一定以上従来の歴史からズレると元に戻せなくなる。定礎が崩壊してしまうんだ。普通定礎ってのはもっと抽象的で、広範囲なものなんだけど、この特異点では、何故かそれがネロに集約されてるんだ。つまり、ネロが生きていればこの特異点が決定的にズレることはない。ネロを連れてハンニバルから逃げ続けて、仲間を集めるってことは可能になる。」
かくして、ネロと共に、ハンニバルから逃げる人理修復が始まった。
マシュやぐだ男から最大の敵と認識を受けている左目に眼帯をつけた男、ハンニバル・バルカは自身を召喚した者の元へ向かっていた。進軍を中断してまで戻ってきたのは呼び出されたからだ。オドアケル、ブーディカといった対ローマの英雄達も彼らを従えるハンニバルも、皆、共通の主を持つ一介のサーヴァントに過ぎない。世界に召喚されてなお、世界を滅ぼす決断をしたいうなれば裏切り者のはぐれサーヴァントは他に居た。
目的地の部屋はハンニバルが以前見た時よりも数段禍々しい魔力を放っていた。悍ましいものを感じながらもハンニバルはその扉を開け、自らを呼び出した者を呼ぶ。
「おい、何の用だ、親父」
「ん? おぉ、ハンニバルか。よく来た」
ハンニバルが親父と呼ぶ人物。あだ名や愛称などではなく、正しい意味でのハンニバルの親父。ハルミカル・バルカだ。親子だけあって互いに面影を感じさせる。しかし、二人を見比べて、ハルミカルが親と判断する人間はいないだろう。サーヴァントが自身の全盛期の姿で召喚される都合、ハンニバルとハルミカルの見かけ上の年齢は逆転している。ハルミカルは第一次ポエニ戦争を戦ったカルタゴの将軍であり、あのローマを相手に不敗を誇った名将。当然この頃の壮年期の姿だ。ハンニバルは死の直前、老年期の姿だ。ハンニバルに言わせれば終ぞ果たせなかったとはいえ、幼き日の父との誓いを守ろうと生き抜いた人生の証明だからだ。故に左目は既に失明しており、普段は眼帯を付けている。
ハルミカルは以前この地に特異点が発生した時、つまりマシュやぐだ男が初めて第二特異点に来た際に既に召喚されていたが、ローマと協力することを拒絶し、ネロとロムルス、どちらの陣営にも付かなかった。ただ傍観だけしていた怠け者だったのだが、なんの因果か聖杯の欠片を手にして、人理の敵となった。
ハルミカルは考えた。滅ぼすにしても戦力が足りない。補充するにしても欠片に過ぎぬ聖杯では、新たなサーヴァントの召喚は不可能。故にハルミカルは先の戦いの折にすでに世界に召喚されていた英霊たちの残滓をかき集め再召喚した。その際に属性をわずかに書き換えることで、かつて人理修復の為に戦った英雄たちを、今度は焼却の尖兵として用いることを可能とした。例えば、ブーディカもこれにより復讐者としての側面が強くなり、ローマと戦う事を鬼気として承知した。
兵力をそろえたハルミカルだったが、想定外の事態が生じた。抑止力である。収束しかけていた特異点が再び歪み始めたことで、カウンターが発生した。ハルミカルが先の戦いの英霊を召喚したのと同じように、今のローマの味方として歴代ローマの英雄たちが召喚された。戦線は膠着し、否、大帝国の英雄たちをハルミカルやブーディカでは抑えきれなかった。徐々に劣勢へ陥ったハルミカルは新たな手段を投じた。彼をして自らを超えると認めざるを得ない最高の戦術家、後世においてまで最高と呼ばれる戦術家、ローマ史上最強の敵、ハルミカル・バルカの愛息子、ハンニバル・バルカの召喚である。それまでの戦いで脱落した英雄や兵士を吸収し、力を得ていた聖杯の欠片を用いて自らの霊核を分割。それを触媒として息子、ハンニバルを召喚を図った。何の縁もない存在であれば決して成功せず、自滅するだけに終わったであろう無謀は、親子の縁によって奇跡的に覆された。その時、古今最高の戦術家、ハンニバル・バルカはこの世界に現れた。霊核が損傷したハルミカルは戦う力を失ったが、それ以上に強大なサーヴァントがローマの前に立ちふさがることになったのだ。
召喚されたハンニバルが真っ先にしたことは、彼の天敵足り得る存在、かつて彼を破ったスキピオの抹殺だった。再戦の欲求は持っていたがそれ以上に戦いに勝利することが重要であった。アサシンのクラスをもっていた荊軻は命を捨てろという命令に本望と笑い、死地に向かった。果たして荊軻は自らの命と引き換えに、スキピオの暗殺に成功した。ハンニバル側がサーヴァントの数で劣っていた以上、一対一の損害比は通常であれば悪手である。だが、それを覆せるのがハンニバル・バルカという英雄だ。満を持してハンニバルは残りの兵力を以ってローマとの決戦に挑み、圧倒的な勝利を飾った。ローマの英雄たちはただ数名を残して一掃された。
散っていったローマの英雄たちの魂を取り込んで力を増した聖杯の欠片が、現在ハンニバルとハルミカルの目の前にある疑似聖杯だ。もはや新たなるサーヴァントの召喚までも可能とした、欠片と呼べぬ万能に近き願望器。聖杯の欠片を核として数多の英霊たちの魂により補完し、辛うじて形を保っている巨大な魔力の塊、疑似聖杯。掛けられた望みはローマの崩壊。その望みはこの特異点におけるローマの主、ネロ・クラウディウスに対する呪いとしてその形を表している。これこそがマシュが感じ、ロマニが検出したネロの魔力の異常。
「見ろ。ようやく呪いが効果を発揮する」
「……まだ自我を保ってるのが恐ろしくてならねぇよ。ほんとバケモンだな」
「ネ……ロ…………」
「あぁ、まったく手こずらせてくれる」
ネロに掛けたのは呪いである。だというのになぜ、ネロに起きた異常が魔力だけなのか。それもサーヴァントと戦えるという都合のよい効果だけなのか。それは疑似聖杯の最も核に近い部分に存在する魂。それがロムルスのモノだからに他ならない。かつて聖杯の最も近くにいた英霊の魂が、その存在を嗅ぎつけ、ネロの下に現界することもなく魂のみでハルミカルの妨害をした。ロムルスという強大な魂が、呪いの矛先をずらしているが故に。だが、それも限界だ。先の戦いでこの疑似聖杯に流入された数多の魂は、膨大な魔力となりたとえロムルスであっても御しきれないものとなった。これ以上の魂を流し込めばロムルスの自我は完全に押し流され全ての呪いがネロに向かう。そこで起こる事象はローマの崩壊。人理の破綻だ。
「……奴らがきたらしいな」
「あぁ。少しズレてな。境に出てきやがった。」
順当にいけばハルミカルの勝利、ローマの崩壊は揺るがない。ただ一つ。想定された懸念があった。人理修復機関カルデア。ハンニバルの先の戦いにより収束しかけていた人理は完全に歪んだ。特異点はここに復活を遂げたのだ。であれば、かの機関が動かぬはずがない。近いうちに現れると想定することは、ハンニバルにとってもハルミカルにとっても当然のことだった。だからこその対策。聖杯の力を用いて、ぐだ男とマシュの出現地点に工作を仕掛けていた。それこそ戦場の只中にぐだ男とマシュが召喚された理由で在り、即座にブーディカが襲ってきた理由である。ハンニバル本来の作戦は自らの陣中に召喚してサーヴァント複数で討ち取るというものであったが、これもロムルスの妨害によって出現地点がズレた。ロムルスは先の戦いによる大量の魂の流入以来沈黙を保っていた。だからこそハンニバルも手が回らないと予想したのだ。しかし、ぐだ男達は両軍が激突するその境に出現し、前線に出ていたブーディカが戦闘を行ったものの、カエサルが現れぐだ男達を逃すことになった。戦力を自陣に集中していたハンニバルは追撃をすることができず、仕方なしに引き上げた。
「だが、まぁ。次はねぇよ」
そういうと笑ってハンニバルは部屋から立ち去る。ハンニバルが居なくなり一人になったハルミカルは疑似聖杯を眺めて。呟いた。
「……だが、保険は必要だろう。なぁ、ハンニバル」
ハルミカルは息子を信じていないわけではない。むしろこの上なく信頼している。ハンニバルに不可能であれば、他の誰にも不可能であると確信するほどに。だからこそ聖杯という奇跡に不可能を祈るのだ。ローマの滅亡を、祖国の存続を祈るのだ。
「戦えない戦士は、戦場に必要ないからな」
ハンニバルの勝利をこの目で確かめたい。それだけの思いで無力となった今も醜くこの世界に居座っている自分自身を自嘲しながら、ハルミカル・バルカはつぶやいた。
ネロとマシュ、そしてぐだ男は国を周りサーヴァントを探すことになった。本来ならばそんな時間的猶予はないところであったが、帝都すらを囮として、サーヴァントを探す時間を作る、カエサルの案で解決した。直に攻め寄せるだろうハンニバルという大敵に対するための苦肉の策。ネロは拒絶したが、カエサルとの舌戦の末言い包められてしまった。あのカエサルに言葉で挑んだ時点で、ネロの敗北は確定していたようなものだった。ネロにとってどこか釈然としない思いを抱えたままの出立となったが、ネロは既に飲み込んだようで強いサーヴァントを集めると息を巻いていた。
二章を読んだ時から考えていたお話。ハンニバル出てほしかっただけ。