第二特異点´ AD.0060 羅馬抹殺同盟 カルタゴ   作:らるいて

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バッサリカットしていきます。


第2話

 花の帝都ローマ。ローマ帝国の象徴とも呼べるその都市は、一人の将軍の手によって陥落した。将軍の名はハンニバル・バルカ。ローマ史上最強とまで謳われたローマの宿敵。かつての歴史で成し得なかった大業を彼は今一度のチャンスを以って成し遂げた。帝都を失ったローマは国としての機能を失った。後の千年帝国はここに消滅し人理は崩壊する、はずだった。

 

「どういうこった、こりゃ……」

 

ハンニバルは困惑していた。帝都を落とした達成感はひとしおだったがそれ以上に不可解なことがあったからだ。帝都陥落により今回の戦は勝利に終わる筈だった。少なくともハンニバルはそう予測していた。ハンニバルの父、ハルミカルの願いがネロ・クラウディウスへの呪いという形になっていようとも、その根幹にあるのはローマへの執着だ。であればその象徴を奪い取ったのだから願いは遂げられ、いよいよもって人理はその形を保てなくなるはずなのだ。すくなくとも、ハルミカルの望みが順当に叶えられていればそうなってしかるべきだ。

 だというのに、崩壊の兆しはない。現在は敵対しているとはいえ、世界の守護者たる英霊が、世界崩壊の際に何一つ察知できないなんてことは在り得ない。しかし、ハンニバルはその予兆をまるで感じない。それは世界が崩壊に向かっていないことを示している。

 

「ありえねぇ」

 

ハンニバルはひとりごちた。ハンニバルが真っ先に思いついた要因はネロ・クラウディウスだ。ハンニバルはネロが帝都を捨てて逃げるような質には見えなかった。だが現実としてネロはこの場所に居なかった。故に周囲がどうにか逃がしたと考えた。そこでハンニバルは守将のガイウス・ユリウス・カエサルの事を思い出した。カエサルはずいぶんと口が達者だった。あの男が説得したか、気絶させて運び出した可能性も否定できなかった。

 思考が逸れかけたハンニバルは、頭を振って再び人理が崩壊しない理由を考え、そしてある答えに到達した。

 

「いや、ありえねぇ」

 

だがハンニバルはその答えを自ら打ち消した。いくらなんでもあり得ないと考えたからだ。あるいはそう思いたかった。人理において重要な事がローマ帝国の存亡ではなく、ネロ・クラウディウスの存在だなどと、世迷言に過ぎない仮定を思いついた自らを自嘲した。ハルミカルが執着し、ハンニバルが倒さねばならぬ大帝国が、こと人理において一個人にすら及ばぬなどと、客観的にも主観的にもありえないことだった。

 

かくてハンニバルは自らの考えを否定した。その先にある可能性に思い至っていながらも、ひとまずそれから目を逸らし、目の前の戦いに集中することを決めた。ハンニバル・バルカの敵は、ハルミカル・バルカの望みは、ネロ・クラウディウスではなくローマ帝国そのものである。故にこそ、ハンニバルはローマが完全に崩壊するまで、人理が崩壊するまで闘う事を選んだ。

 

 

 

 カエサル戦死。その知らせは共に来た帝都陥落の報以上にネロに衝撃を与えた。ネロからしてもぐだ男からしても、予想の範囲内の出来事だったとはいえ、想定するのと現実として叩きつけられるのでは大きく異なった。その報を聞いたネロは頭痛がすると一日部屋に籠り、次の日以降も調子が悪そうにしていた。ネロの魔力の乱れも大きくなっており、ロマニの観測とマシュの感覚により、それはぐだ男たちも知る事となった。

 たとえ、調子が悪かろうと、人理を救うためのこの戦いで停滞するわけにはいかない。時間は味方ではないのだから。それはぐだ男達だけでなくネロも知っていた。だからこそ、一日喪に服した後はもう歩みを止めることはなかった。ただ味方を求めて、歩みを進めた。

 

 

 

 仲間探しを始めて一月半。帝都が陥落してからは一週間ほどが過ぎ、ぐだ男が出会い、仲間に引き入れたサーヴァントは四騎。ハンニバルを相手取るには心もとない数ではあったが、これ以上は待てなかった。ネロの体調が日ごと悪化の一途を辿っていたからである。之以上の猶予はない。故に。四騎の英霊にマシュとネロを加えて、計六の戦力でハンニバルに対する。正真正銘、最後の、背水の戦い。これで負ければ人理は崩壊する。敗北の許されない戦いだ。

 

 

 

――――かくて決戦の時は来た。

 

 

 

 これより起こるは、ハンニバルがハルミカルに召喚されてから、三度目の大きな戦い。一度目はハンニバルの完全勝利。ローマのサーヴァントのほとんどを打ち取る圧勝。二度目もハンニバルの完全勝利といって差し支えない大勝。帝都を落とし、先の戦いで取りこぼしたサーヴァント、かのガイウス・ユリウス・カエサルをも討ち取った。だが、それでローマが敗北したわけではないことを、ハンニバルは知っていた。かつて二度の大敗から戦術を吸収しハンニバルの前に現れたスキピオ・アフリカヌスのように、皇帝ネロは敗戦を重ね、ハンニバルから逃げながらも新たな仲間と共にハンニバルに三度対する。

 だからだろう。この戦いはザマだと、ハンニバルは直感した。ローマとハンニバルが逆の立場になって、カンネーを再現したかのような戦い。ハンニバルが、ローマに敗れた瞬間。ハンニバルは憂鬱を自らの心に隠せないが、勝機が無いわけではない。

 スキピオがいない。酷く情けなく感じるがこれは大きい。英霊は既に完結した存在であるが故に、その特性を過去に縛られる。互いの実力はどうあれ過去に敗れた存在が相手では、英霊はその力を十分に発揮できない。天敵が存在しない、それだけで戦いの結末は未知数に成り変わる。

 ハンニバルの取る戦術はひどく単純。ザマのころと何も変わらない。圧倒的な突破力を以ってして相手の金床を突破し、反転包囲する。ハンニバル側が包囲できない理由も分かりやすい。同じ作戦を取ろうとしたら練度が上の方(ローマ)が勝つに決まっている。だかろこそハンニバルはかつて自らが編み出した、戦術の完成系とも呼べる包囲戦術を超えなければならない。そのためにハンニバルがかつて用意した象は、スキピオにうまくいなされ効果を発揮しなかった。今回も象はいる、それもとびきりの象、ダレイオス三世が居る。だが、それだけではない。今回は、象だけが突破力ではない。象を超える突破力を持つ切り札を持っている。ハルミカルが召喚したはいいが、使い勝手が悪すぎて今まで闘いにつれてこなかった英霊。反逆の闘士スパルタクス。奴を以って敵の金床を突き破る。

 ハンニバルは負けるつもりはない。勝機が薄いことも重々承知だ。だがすでに火蓋は降ろされた。

戦いの命運は全て、正面のスパルタクスとダレイオス三世に掛かっている。両翼が破られる前に中央を突破すればハンニバルの勝ち。できなければ負け。酷く分かりやすい。あとは待つだけ。狂達が敵を食い破るか、敵の刃が此処に届くのが先か。

 

「賽は投げられた、か。カエサルはうまいこといいやがる。カカカカ」

 

ハンニバルは先に討ち取った男を思い出しながら笑って遠く正面を見据える。

 

 

 

 スパルタクスは笑いながら突き進む。腕を一振りすると行く手を遮るものは消えて失せる。元より彼を止める事はサーヴァントにさえ難しい。サーヴァントでない兵士たちなど障害にすらならない。視界を遮るだけの物体だ。

 

「ハハハハハハハハハハ!」

 

只進むスパルタクスの前にいままでとは雰囲気の違う存在が立ちふさがる。サーヴァントである。盾と槍を持ち、燃え盛る鶏冠を持つ兜を付けながら体はむき出し、鎧など付けていない、スパルタクスよりは小柄であるが筋骨隆々の戦士。それを知覚しようとスパルタクスは止まらない。彼にとって立ちふさがる全ては圧政者に他ならない。ひたすらに前進制圧。圧政者を倒すそのためだけにまた腕を振るう。

 

「ハハハハハハハ!」

「ぬぅ! ふんぬぁ!」

 

笑いながら振り下ろした金棒はその盾で防がれる。立ちふさがるはサーヴァント。スパルタクスの一撃を受け止めた彼の名はレオニダス。かつてテルモピュライにて百万を超えるともいわれるペルシャ軍を相手に戦った三百の戦士たちの長。この時代、一度目の人理修復でぐだ男達の前に立ちふさがった強敵。その力を信頼し今回ぐだ男が用意した、最高の金床。自らの意志ではないとはいえ、世界の滅亡をたくらむ一派に与したことをひどく悔やんでいたレオニダスには、ぐだ男の誘いは天命にも等しかった。かつて敵対した自身を信じ、これ程の重役を預かることになった。レオニダスは彼の誇りにかけて、相手が誰であろうとこの地で食い止めることを誓った。彼の誓いは果たされ、スパルタクスはその進撃を一時停止した。

 

 だが、金槌の役割をするのはスパルタクスだけではない。ダレイオス三世と彼の率いる不死の一万騎兵がスパルタクスごとレオニダスを轢き潰そうと迫り、そのまま彼らを押し潰した。しかし。そこで突撃は止まる。轢き飛ばされたレオニダスは傷つきながらも立ち上がる。スパルタクスは突撃してきた死兵を受け止め叩き潰す。レオニダスは弾き飛ばされながらも騎兵たちの勢いを止めた。彼一人では食い止めることはできなかっただろう。だが、彼の周囲にはレオニダスと同様に二つの金槌を食い止めるべく立ちふさがる戦士たちが居た。

 レオニダスの宝具。炎門の守護者。一万もの軍勢を召喚するダレイオスとは比にならぬほどの小勢。三百ばかりの戦士を召喚する宝具だ。三百人で一万人の突撃を食い止めるなど、常識に当てはめればできる筈がない。いや、常識外の集まりであるサーヴァントをして、正面から激突して、完璧に受け止めきるなどというのは異常と呼ぶしかない珍事である。だが、彼らはかつて百万を相手に国を守り切った戦士達。確かにかつて百万を相手取った時には友軍がいた。それでもその中核を担ったのはスパルタ軍だ。彼らはそのスパルタ軍の中から選りすぐられた最精鋭。なれば、高々数十倍程度の戦力差がなんだというのだ。レオニダスはそのスパルタ随一の頭脳で計算してみせた。

 

「敵は一万。我らは三百。一人当たり四十人も倒せばおつりがくる!」

 

おぉ、と感嘆の声を漏らすのは周囲の戦士達。なんて的確な判断能力。我らが一騎当千の猛者である以上戦力比は……とにかく容易い。口々に自らの長を褒め称える炎門の守護者達は、レオニダスが槍を天へ掲げると言葉を止める。槍の穂先が天から正面の敵へ移される。敵を見つめ裂帛の気合を叫ぶ。

 

――ディス・イズ・ア・スパルタ!

 

彼らの叫びは大気を揺らし、戦場に鳴り響いた。

 

 自らの前進の邪魔をするならば敵であるというひどく単純明快な思考回路を以って、友軍であるはずのダレイオスをも敵と認識したスパルタクスは本来の敵も味方もなく暴れまわる。

 

 狂気に身を落としたダレイオス三世は、其れでなお誇り高き戦士たちの姿を見て感嘆を示し、全力を挙げて屠ろうと決意する。此処をスパルタクスに押し付けて、一万の内の三千でも残して突撃すれば、突破はできる。だが、王の誇りがそれを良しとしない。戦士の全力には全力を以って答える。暴風王ダレイオス三世の誇りは狂気に落ちてなお、些かたりとも曇ってはいなかった。

 

 質では炎門の守護者が勝る。数では不死の一万騎兵がはるかに勝る。不死性に特化したもはや屍人のそれである兵たちは、五体が四散すれども僅かな時と共に蘇る。であればこそ、この戦いは際限なく湧き続ける文字通りの死兵をどれだけの時間、炎門の守護者達が凌げるかという性質のものになる。

 事実上無限の兵に対する三百は、そう長い時間持つはずがない。事実、これが不死の一万騎兵でなければ、いかなレオニダスと言えども突破されていただろう。だが忘れてはいけない。炎門の守護者達が戦った大軍はなんであったが。百万の大軍勢。そう、百万のペルシャ(・・・・)兵。そう、彼らはダレイオス三世の国(ペルシャ)から祖国を守り抜いたのだ。かつて百万を凌いだ彼らが、一万程度の兵で抜ける筈はない。

 かつての絶望的な戦いと比べれば、この程度の数の差はないも同然。レオニダスと、彼の召喚する英雄たちによって、ハンニバルの金槌の動きは完全に止まった。

 

 

 

 

 

 レオニダスはよく耐えていた。彼と彼の戦友の活躍により、長らく金槌は止められていた。だが、戦局は動くものだ。

 傷つき、四肢はへし折れ、槍も突き刺さり、その場から動けぬような困難な状況下にスパルタクスはいた。いかに不死身にも近い耐久力を持つスパルタクスと言えど、限界はある。自らの肉体を顧みない戦いぶりに加えて、敵は精鋭スパルタ軍。味方の筈のダレイオスとは互いに殺し合いを始める。そんな有様では限界が来るのはレオニダスより早かった。いまスパルタクスはレオニダスによって抑え込まれ、もはやただ消滅を待つしかないような状況下にいた。レオニダスは、スパルタクスにとどめを刺そうと最後の一撃を振るう。

――直前。スパルタクスの体が弾けた。

 

 スパルタクスの宝具、疵獣の咆哮は受けたダメージを魔力として貯蔵する宝具だ。致命的な傷をいくつも受けたスパルタクスが蓄えた魔力は通常の聖杯戦争であれば一撃で終わらせ得るほどの圧倒的な破壊力を生み出した。その破壊を受けた、その場に居た戦士たちは皆、跡形も残さず消滅した。僅かに離れた位置に居た戦士も甚大なダメージを受け吹き飛ばされた。そして、レオニダスも例外ではない。否、レオニダスこそがこの宝具の直撃を受けた。レオニダスは防衛能力に特化した英霊であるが、それでもこの宝具を耐えきることはできない。疵獣の咆哮の直撃を受けたレオニダスの体は爆散した。レオニダスという英雄は、この時代から消滅した。

 その場には筋肉の怪物と形容する他ない異形のみがいた。スパルタクスだ。瀕死の重傷を負った彼は、その宝具により周囲一帯を吹き飛ばすと同時、魔力に因って自らの肉体を修復、さらに強靭なものへと作り変えた。元より巨体のスパルタクスであるが、さらに肥大化しその身長は三メートルに届こうかとしていた。

 邪魔するものを倒し、さらなる怪物へと変わったスパルタクスは笑い声をより大きくしていた。それは圧政者を倒したことに依る歓喜。だがいつまでも喜んではいられない。圧政者は無数にいる。それらすべてを打倒するまでスパルタクスは止まらない。

 

 ひとしきり笑い終えたスパルタクスは歩みを進める、否、進めようとした。しかし、動けなかった。スパルタクスの脚には槍が突き刺さり、スパルタクスを地面に縫い付けていた。レオニダスは消滅した。ぐだ男の用意した金床は消滅し後はただ突破されるのを待つだけのはずだった。だが、レオニダスが死してもその意志までも死んだわけではない。スパルタクスの足元には左の手脚が千切れ飛び、右足も辛うじてつながっているだけで今にもねじ切れそうな無残な有様の戦士がいた。とても戦えるようには見えない状態の戦士だが、確かにスパルタクスの足を地面に縫い付けたのはこの戦士だ。戦士はスパルタクスに吹き飛ばされ、致命傷を負いながらも戦闘続行スキルにより世界にしがみつき、致命傷のまま左腕だけでスパルタクスの下にまでたどり着き、その槍をスパルタクスの足へと深々と突き立てたのだ。スパルタクスは大きく笑い、金棒を振り下ろした。

 

「ディス、イズ、アッ゛……スパル、タ゛ァア゛――!」

 

血を吐きながら、自らの炎門の守護者たる誇りを断末魔として叫び上げて戦士は消滅した。だが、槍は残る。僅かであっても敵を食い止める、彼の意志が残っているかのように。それでもスパルタクスは、狂戦士は自らの足の肉をちぎりとり前進を再開する。だがその歩みはまたすぐに止められることになる。レオニダスが消滅し、消えた筈の炎門の守護者達がそこに居たからだ。

 

 テルモピュライの戦いにおいて百万に対したのは、レオニダスを大将として祖国の為に闘い抜いた三百の戦士達。確かにレオニダスは炎門の守護者達の長だ。だが、彼らはそれだけの存在ではない。彼らはダレイオスの不死の一万騎兵のような英霊に満たない兵達ではない。300人全てがレオニダスと伍する英霊。レオニダスが戦場で倒れた後も戦い続け、四度ペルシャの大群を押し返した、一騎当千の猛者達。王の死後であってもその戦意は些かの曇りもない。否。偉大なりし王の死を無駄にせぬために、より高まる。

 レオニダスの宝具炎門の守護者は三百のスパルタ兵を召喚し、共に戦う宝具。だが、その真価はレオニダスの消滅後にこそ発揮する。通常の聖杯戦争では決して役に立たぬ効果。だが、此度の戦いは尋常の聖杯戦争ではない。たとえレオニダスが朽ち果てようと、味方がハンニバルに届くまで、三百の内ただの一でも残れば勝ち。故にこそ彼らは命を投げ打って戦う。これこそ彼らの本懐。これこそ彼らの運命。強大な敵を、防ぎきる。彼らが一人一人と命を散らすその間に、仲間が必ず敵を打倒する。彼らの死は犬死ではない。そうはさせない。一人減る程に、一人いなくなるほどに。彼らの戦意は高まり続ける。たとえ百万対一になろうとも彼らの心は砕けない。其れこそ彼らの矜持。友の為、家族の為、国の為、世界の為に戦う。彼らの屍の上にこそ愛しき人々の幸福があるのだから。

 

 

 

――炎門は未だ開かない。

 

 

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