第二特異点´ AD.0060 羅馬抹殺同盟 カルタゴ 作:らるいて
戦場の中央でレオニダスが死闘の果てに世界を去った頃。ハンニバルから見た左翼でも一つの戦いに決着がつこうとしていた。此処はぐだ男にとっての本命とでも呼ぶべき場所。ぐだ男自身もこの場に居合わせている。ぐだ男とマシュ。それから新たに味方に引き入れた、かつてこの特異点に存在しなかったサーヴァント。この戦力で敵陣を突破し、ハンニバルに包囲戦を仕掛ける。故にこそ此処にいるサーヴァントは一等のものだ。ハンニバルが此処に配置し、ぐだ男達が此処で出会ったサーヴァントはブーディカ。ハンニバルは突破力を重視した部隊が来るのを読み切り、比較的守勢に長けたブーディカを此処に配置したのだ。
対するは三騎のサーヴァント。一人はデミサーヴァントであると考えれば二.五なのかもしれない、とにかく三騎のサーヴァントが対していた。ハンニバル側は勝利の女王、ブーディカ。カルデア、ローマ側はマシュと、この特異点で新たに仲間に引き入れたサーヴァント。黒く豪奢な服に身を包み、透き通るような白い肌と髪を持つ長身の紳士。かつてオスマン帝国と戦い、幾度と退けた防衛戦の名手。故国を守るための残虐な行いが歪められ、後世吸血鬼のモデルとなった無辜の怪物。ワラキア公ヴラド三世。
串刺し公ヴラド三世。ぐだ男達が発見し、仲間に引き入れたサーヴァントの中で、唯一この特異点で存在を確認されていなかったサーヴァントだ。残る三騎は皆、かつてこの特異点でぐだ男とマシュに敵対したサーヴァントだった。
だからといってぐだ男たちとヴラドが初対面であるという事にはならない。第二特異点より以前、第一特異点オルレアンでぐだ男はヴラドに遭っている。その時ヴラドは、魔元帥ジル・ド・レェによって生み出された偽りの聖処女ジャンヌ・ダルクの配下として、バーサクランサーを名乗っていた。出会ってすぐに仲間内の喧嘩にも近い形で真名が明らかになったため、ぐだ男がそう呼んだ事はおろかそう認識していた時間ですら皆無に近かったのだが。
今回ぐだ男達が出会ったヴラドはかつてと違い、バーサクの付かない通常のランサーのクラスで現界していた。狂化の付かない本来の姿の彼としてだ。ぐだ男もマシュも当初は警戒していたものの、少し話すとヴラドが理性を保っていることに気が付いた。すると緊張も緩み、無事に仲間に引き入れることに成功したのだ。戦力が増えて喜ぶ中でただ一人、ロマニだけがかつていなかった英霊が召喚されたことに疑問を持ったが、ロマニはそれだけ現状の特異点がかつてのそれに迫る程に大きくなっているのだと解釈した。世界が召喚した新たな助っ人だと考えたのだ。
決戦に挑むにあたって、ヴラドはマシュと共にハンニバル包囲の指揮をとることになった。元来防衛戦を得意とし金床になろうと考えていたヴラドであったが、両翼がいち早く突破する事が大切であるとの判断と、なによりマシュが絶対的な信頼を寄せ、自らをも超える防衛戦の達人レオニダスを信じ、攻勢に回ることとなった。マシュでは突破力に欠け、レオニダスも同様。故に突破力を重視すると、最大の防衛力を持つレオニダス一人に敵を受け止めさせる他に手段がなかったのだ。決定すると必然的にマシュと共に行動することになった。他の二人は纏めて引き入れたサーヴァントであるためそのまま行動させた方が連携もとり易かろうという気遣いと、ヴラドならばうまくマシュとぐだ男を導けると信じられたからである。
そして、実際に決戦に挑み、ヴラドとマシュ、ぐだ男の前に立ちふさがったのはマシュにとって姉とさえ呼べるような存在。ブーディカであった。
「あーあ。マシュちゃんだ。久しぶり。また会うなんてね。君とは殺し合いたくなかったんだけどなあ。でも仕方ないよね。マシュちゃんが、いや、うん。お前がローマの味方なら私の敵だ」
ブーディカは戦場において不釣り合いなほど気安く話しかけたが、それも束の間。自ら意志を完結させるとマシュとぐだ男、ヴラドを相手に襲い掛かってきた。
ブーディカのクラスはセイバー。高いステータスと強力な宝具による安定したステータスをもつ最優と名高いクラスだ。さらに、狂化によるステータス上昇が加わることによりそのステータスは大英雄が数多いるセイバーの中でも上位に位置するほどのモノとなっている。宝具は
マシュのクラスはシールダー。護る事に特化したクラス。故に攻撃能力は低く、武器は持ち得ない。普段盾として使っているものを武器として利用することで攻撃をする。必然その宝具も守備的なモノになる筈だが、マシュは真名解放を不完全な形でしか使えない。デミサーヴァントの名のとおりの半人前。元となった英霊が強力であったことと、既に幾多の修羅場を潜り抜けてきたが故に、戦力外というほどではないが、それでも、親しいモノとの戦いは初めて。満足に動けるかは分からなかった。
ヴラドのクラスはランサー。三騎士に数えられる優秀なクラスであるが、ヴラド自身はランサーの中で突出した存在ではない。ステータス的にブーディカ相手に打ち合う事は可能、だがそう長くはもたない。特筆すべきは固有スキルの護国の鬼将。自らの国、領土を守護する際に領土内において大規模な能力の上昇を与えるスキルである。領土はあらかじめ地脈を確保する事でも代用することができサーヴァントとしては領土など持っているはずが無い為こちらが主となる。宝具は
宝具とはサーヴァントの奥の手であり、魔術師によってはサーヴァント召喚は宝具召喚であると断言するほど重要なものだ。宝具を満足に使えるサーヴァントと使えないサーヴァントでは、よほど地力に差がない限り、後者に勝機はない。そしてヴラドもマシュも、ブーディカを圧倒できるだけの地力は持ち合わせない。むしろ狂化の分だけ負けているとさえいえる。故にぐだ男達がこの戦いで勝利する可能性は、二対一とはいえそのままでは薄いと言わざるを得なかった。
襲い掛かるブーディカの一撃を防いだのはマシュだ。今度こそは完璧に防いだ。当たることが分かっていれば、その動揺を抑えきれぬとはいえ、戦わねばならないのだ。そう、決意した。正確にはしようと今も必死に足掻いている。直接相対して、刃を、マシュは盾だが、交える段になってもその覚悟はできない。マシュはそれができるほどの人生経験を積んでいないし、それをごまかせるほど自らに嘘を付けなかった。ぐだ男もマシュに戦えと命ずるほど非情になれなかった。
悩むマシュを気にする様子すらなくブーディカは攻撃を続ける。圧倒的とまで呼べるステータス差に真名解放などなくとも追いつめられるマシュ。万全の状態でも勝ち目は薄い上に、迷っていては微少の確率を掴めるはずはない。決着は遠からずついただろう。だが、此処にはマシュの味方がいた。自らの覚悟を見せるといい、果敢にブーディカに挑んだマシュだったが、やはりその動きは精彩を欠き、ヴラドが黙って見ていられるものではなかった。ヴラドは、苦戦するマシュを援護するために、ブーディカに文字通りの横やりを入れた。
ブーディカは横から迫る槍に気が付くとマシュの盾を足場として、後ろに飛ぶことで避けた。ブーディカが斬りかかってきてから初めて距離が開く。ヴラドはマシュとブーディカを遮るように、マシュの前に立つ。そして、マシュに告げる。
「うむ、マシュよ。愛しき者と戦うのは辛かろう。無理をする必要はない。此処は余に任せるがいい」
「ですが、ヴラ、ンサーさん一人では!」
ヴラドの声に、咄嗟に真名をばらしそうになるのを誤魔化して、マシュは反論する。自身がサーヴァントである以上、戦い義務があると考えている。戦えない自身に価値はないとまで。余裕のないマシュはヴラドの声に混じったやさしさにも、ヴラドの胸中にある追懐の情にも気が付かない。
「苦しさを誤魔化し戦ったとて、果てにあるのは破滅だ。であれば、今貴様は戦わぬ方がいい。ただあの女の激情を受け入れよ。そして認めよ。それこそが、貴様にも彼奴にも、救いとなる」
「人理が、世界がかかっているんです、そんなことは――」
「それは侮辱だ。余が戦士ですらない婦女子に負けると、貴様は言うのか」
余裕の無さは、知らず、ヴラドの逆鱗に触れる。殺意とまで呼べるほどの静かなる怒気を向けられたマシュは黙り、一言謝罪の言葉をつぶやいた。
だが、ヴラドの言葉もまたブーディカの逆鱗に触れた。
「ただの婦女子だと! そのお前たちの傲慢さが、どれだけ私たちを傷つけたと思ってる!」
ブーディかは標的をヴラドへと変え圧倒的なステータスを以って襲い掛かる。
「無論。知っている。かつてこの身を以って味わった。国を守り切れぬ苦しさも、愛しき人を失う絶望も。全て」
その攻撃は到底ヴラドには出せぬものであったが、それでも尚対応した。従来のステータス差を考えれば即座に決着してもおかしくはない、その一撃一撃を凌ぎながら言葉を紡ぐ。其れは戦いを見るマシュの為。目の前で苦しむ婦女子を救うためだ。
「黙れ、黙れ、黙れ! 嘘だ! 分かるなら、止める筈がない! 知っているなら抑えられるわけがない! だって皆泣いていたんだ!」
「故にこそ。貴様は戦士ではない」
ブーディカの激情を傷つきながら全て受け入れて、決して浅くはない傷をいくつも受けながら其れでも尚、だからこそ戦士ではないと、ヴラドは断ずる。ブーディカは一瞬絶句し、次に発狂したように絶叫しながら距離を取る。そして剣を構える。同時に魔力が高まる。併せてヴラドも槍を構える。
「
それは真名解放。不完全な効力すら発揮しないヴラドの宝具では防げる筈もない。待ち受けるのは絶対的な死だ。ブーディカの真名解放を、ヴラドは受け止めることができない。ブーディカの宝具が発動すれば、の話だが。
「――
宝具が発動した。ヴラドの宝具だ。空間が揺らぎ四方八方から襲い来る杭を、ブーディカは真名解放を中断し、薙ぎ払う事で防いだ。だが、杭は尽きない。折られれば新たな杭が。砕けても、避けても数多の杭がブーディカを襲う。
避ければ避けるだけ、ヴラドやマシュから遠ざかり、更に逃げ場も失われる。切り払えばその隙に別の杭により体が傷つけられる。真名解放する余裕は既に無い。如何に、優れたステータスがあろうとも、ただ一人で総数二万を数える杭を防ぎきれるはずはない。次第にブーディカは追いつめられていった。
ヴラドの宝具は、護国の鬼将の効果を受けていなければその真価を発揮できない。護国の鬼将は最初から効果を発揮していた。その能力上昇があればこそヴラドはブーディカの攻撃を凌げたのだ。有効であったからこそ、真名解放がブーディカを追いつめているのだ。発動していないなどという事は在り得ない。だが、護国の鬼将の効果を発揮するためには、そこが領土であるか、土地の霊脈を掌握する必要がある。
ならばヴラドは霊脈を掌握していたのか。否だ。この戦場になったのは偶然であり、ある程度の予測ができたとしても、時間が足りない。
ではなぜか。必然もう一つの条件となる。つまり、この戦場はヴラドの領土ということだ。だが、在り得ない。この時代がヴラドの生前の時代であり、此処がルーマニアであるならばそういう事もあり得るだろう。だがここはヴラドが生まれる遥か以前。国もローマだ。ヴラドの領土など砂の一掴みもある筈がなかった。
この時代。この国は誰のモノだろうか。この時代、ローマは当然皇帝のモノだ。即ち皇帝ネロの領土という事になる。そしてヴラドは自らの特性について、説明していた。それを聞いた一人のサーヴァントの提案によってヴラドにはある物が与えられた。
戦場になると推測された場所、及びその近辺の土地である。当代の最高権力者ネロが認める以上其れは有効な命令だ。故にこそヴラドは護国の鬼将の効果を十全に受けることができる。
護国の鬼将により覆し難いステータス差は、凌げる程度に成り下がり、いかんともしがたい宝具の性能差は、逆転した。
そこには地面から生えた無数の杭にその胴を貫かれ、血に塗れたブーディカと、それを成したヴラド。その様を沈痛な面持ちで見つめるマシュとぐだ男が居た。ブーディカの手から力が抜け、剣が零れ落ち、彼女自身が流した鮮血に染まる大地に突き立っていた。だがブーディカは消滅しない。その眼から憎悪が消えることはない。
「哀れな……」
「――――!」
もはや声を上げる事すらできなくなったブーディカに、その惨状を作り出したヴラドは憐憫の情を向ける。それが癇に障ったのか、ブーディカは微かに動いた。だが気にかける様子もなくヴラドはブーディカを哀れむ言葉を紡ぐ。
「もはや戦う事もできまい。そうであってもお前は敗北を認めまい。戦い果てた戦士ならば、いかような結末であれ、いかような無様であれ、いかような末路であれ、その最期を受け入れるものだ」
抗う力を失ったブーディカに向けて話し出す。淡々とブーディカという女を評価する。戦闘続行スキルをもつブーディカは致命傷を負いながらも消滅せず、だが反抗する余力もなく話を聞いていた。このままであれば直に消滅するだろうが、ヴラドにその気はなかった。この哀れな女を救わねばならないと、救いを与えて殺さねばならないと考えていた。
マシュはヴラドの話に耳をふさがない。この惨状に目を逸らさない。それをしてはいけない。マシュは、ブーディカを知る義務があった。
「故に。貴様は戦士ではない」
確信を持った声で、ヴラドはブーディカに告げた。ブーディカはそれでもヴラドを睨みつけるが体は動かない。どうしようもできない己にかつてを思い出し涙をこぼす。その姿を見てマシュが声を上げた。
「わかり、ました。そういうことだったんですね。ヴラドさん。ブーディカさん」
そういいながらブーディカの方へ歩みを進めるマシュ。ヴラドは黙って、それを微笑んで見送る。
マシュがブーディカに手の届く位置にたどり着く。マシュはブーディカに語り掛ける。言葉を紡ぐほどに声が震え、小さくなるが、それでも止めはしない。マシュの瞳が潤むがそれを拭おうとはしない。泣きたいのはマシュだけでなく、泣くべきはマシュではなかった。
「ごめんなさい、ブーディカさん。私はあなたの苦しみを理解しようともしていませんでした。今も、理解できたわけじゃありません。それでも分かったことがあります。ヴラドさんが気づかせてくれたことです。私は、貴方を否定していました。でも違ったんですね。あなたもブーディカさんなんです。サーヴァントとして、別の側面が強調されただけだったのに、私はあなたの本質を見誤ってました。暴力的で、復讐に囚われてて、私の知ってるブーディカさんと違うからって、拒絶しちゃダメだったんですね。怖いあなたも、優しいブーディカさんも、本質は一緒だったんですね。怒るかもしれないですけど。はっきり言わせてください」
ずっと一緒に居た筈のマシュが気づけなかったことにヴラドが気づいた。マシュがするべきことはしっかりブーディカを見る事だったのに、優しいところだけを、自身に都合のいいところだけを見て、マシュはこのブーディカの存在すらをも疑い、否定した。そんな有様で説得なんてできる筈がなかった。自分の理想だけを突き付けて相手の話を聞かないんだから当然だ。
だからマシュは今度こそ間違えない様に、ブーディカという人間の本質を言葉にする。しなければならない。ヴラドが言ったようにそれのみが今のブーディカを救うことになるからだ。
「ブーディカさん。あなたは戦士なんかじゃないんです。もっと、尊いものです。もっと、素晴らしいモノだったんです。ブーディカさんあなたはどこまでも――」
――母親だったんです。
そう言うとブーディカは声を上げず、涙をこぼしだした。溢れた涙は地面に落ち、乾きかけの血を再び濡らした。先ほどまでのそれとは違う涙。それを見たマシュもとうとう抑えきれなくなり、うるんだ瞳から液体があふれ零れ落ちる。
救済を見届けたヴラドはブーディカにとどめを刺そうとする。
「許せ。生き恥をさらさせた。今辱めず御許へ送ろう」
「待って、待ってください」
しかし、マシュに遮られる。それに対して疑問を口にしたヴラドにマシュは答えた。
「私が、やります。やらせてください」
「そうか。よい」
短く肯定の返事を返すと、ヴラドは宝具を解いた。支えを失ったブーディカが地に伏すが、声もなく涙を流すばかりで動こうとはしない。マシュはさらに一歩近づき、別れの言葉を告げ深く礼をする。。
「ブーディカさん。気づけなくてごめんなさい。ありがとうございました」
顔を上げると自らの目元を拭い盾を振りかぶり、振り下ろした。瞬間マシュはブーディカの声を聴いた気がした。
――マシュちゃん。ごめんね。ありがとう。
ハンニバルから見て右翼の戦い、ぐだ側は孔明とアレキサンダーです。相手はオドアケルです。バッサリカットします。