第二特異点´ AD.0060 羅馬抹殺同盟 カルタゴ 作:らるいて
霧が漂い太陽の光を遮る薄暗い場所。四方八方には大岩が群立して幾重にも広がるストーンヘンジのよう。諸葛孔明が誇る宝具
そこにメフメト二世、その枠を模ったマザーハーロットが居た。不安定さゆえに周囲に魔力をばらまき宝具さえ使えないような醜態、シャドウサーヴァントとなっている彼女は、ひとまず完全なサーヴァントとなることを目標とした。彼女とて好き好んでシャドウサーヴァントなどになったわけではないが、彼女は存在の格が高すぎた。そのままにサーヴァントとして降臨できないほどに。そう、降臨だ。分類するなら神霊に入る彼女が世界に現れることは、現界ではなく降臨。神霊は、よほど存在の格を落とさなければ、神霊としての力の大部分を捨ててようやく、サーヴァントとして世界に現出できる。
だが、彼女はそれを認めなかった。力を持たぬ己など、ただの小娘。黙示録の獣を従える大淫婦とは呼べぬと。だからこそ彼女は世界に降臨するにあたって二度手間、三度手間の手順を踏んだ。
あのソロモンの興した人理焼却を利用する形で、古代のこの時代に。彼女の同一存在皇帝ネロがローマを統べるこの時代に特異点を生み出した。グランドサーヴァントと化したあのソロモンならばともかく、使い魔に過ぎない魔神柱を誘導することは彼女にとっては容易い事だった。
だがここで彼女にとって一つ目の誤算が生じた。聖杯からネロに干渉していた彼女に気が付いたサーヴァントが居たのだ。神祖ロムルス。彼女とは根本を同じくしながらも敵対するもの。彼女にとって天敵とさえ呼べる存在。互いに人類史に燦然と輝く足跡を残す千年帝国ローマそのものとも呼べる存在。マザーハーロットがローマのもつ悪辣さを象徴する神霊であるのに対して、ロムルスはローマの国が生み出した人類史への希望を象徴する英霊。
ロムルスはマザーハーロットの存在に気が付くと、まず聖杯から干渉する彼女の妨害を行った。レフ・ライノールの目を盗み、ネロのローマを相手取り、その上でマザーハーロットの侵攻を防いだ。大英雄の面目躍如と呼べる八面六臂の大活躍だ。皇帝特権のスキルが並々ならぬ貢献をしたことはいうまでもない。
故に彼が現界している間、彼女はネロに手を出せなくなった。もちろん彼女も黙って見ていたわけはない。ネロへの干渉を止めて他の手段を模索していた。そして彼女は活路を見出した。それは奇しくも彼女たちローマの敵であるハルミカル・バルカ。ローマの全てを恨み、憎んだその男に彼女は姿を見せず正体を隠して手を差し伸べた。破壊の大王に叩き割られた聖杯に自らを移し、ただただ全ての戦いを傍観した男を盤上に引きずり込んだ。
ここでまた誤算。マザーハーロットが移動した聖杯の断片にロムルスが付いてきた。またしても彼女は彼の手によって邪魔をされ、ハルミカルを傀儡にすることに失敗した。同時に聖杯の機能を互いに奪い合う形となり、聖杯の欠けらは万能の願望器に及びもつかない無能の魔力塊と成り果て、ハルミカルが行う新たな英霊召喚にも失敗することとなった。ハルミカルが独自の発想の転換により、既に召喚されていたサーヴァントの存在濃度をかき集め味方を得る手法を思いつかなければ、彼女の計画はそこで頓挫していたほどだ。
ハルミカルがローマへの攻撃を開始するとロムルスはハルミカルの手法を真似し、ローマの英霊たちを再び現界させた。マザーハーロットも負けじと英霊を召喚しようにも、それで召喚できるのはすでに居た存在だけだ。ローマ英霊をハルミカルが受け入れない以上、それ以上の英霊召喚は難しくなっていた。それを理解していたロムルスもまた、ローマ英霊より先にネロの味方に付き得るローマならぬ英霊の召喚を優先した。結果、世界の各地に野良サーヴァントが氾濫することになった。
局地的勝利を重ねつつも数に押されて劣勢に陥るハルミカルを見て、苦々しい思いでいたマザーハーロットだったが、彼女はまたハルミカルによって降臨の機会を繋ぎとめることとなった。ハンニバル召喚だ。奇跡にも等しい確率で召喚されたハンニバルは、その異名の通り、一度の会戦でローマのほぼすべての英霊を打ち倒すことに成功した。マザーハーロットはその中で特に己と近しい英霊、即ち黙示録の獣の一部である英霊の魂を七つ喰らった。これによりマザーハーロットとロムルスの力は均衡を崩し、ロムルスは徐々にネロを守ることができなくなっていった。
その後もロムルスの意地とも呼べる妨害は続いたが、とうとうカエサルが打倒されると力尽き、ロムルスはその魂を聖杯の魔力へと変えた。目の上のたん瘤が無くなった彼女はネロへの呪いを進行させた。
そして三つめの誤算が起きる。呪いの進行よりも早くハンニバルが敗れた。それを受けてハルミカルは聖杯に宿るマザーハーロットを核としてメフメト二世を召喚しようとしたのだ。今までの苦労が水泡に帰してはたまらないと、彼女は呼ばれてやってきたメフメト二世の魂を取り込んで、仕方なしにその器を借りた。そして彼女はメフメト二世として現界したのだ。
マザーハーロットの想定とはなにもかも違う動きをすることになったが、事ここに至って結果は変わらない。世界に現れた以上、ネロに接触すればそれだけでネロは反転する。そしてマザーハーロットとしての力を振るう事が出来るのだ。彼女にとって重要なのは結果であり、最終的に彼女自身が降臨できればそれでよかった。全て自らの思惑の通りに進んだと都合よく過去を解釈して彼女は頷いた。
問題は唯一つ。目の前の邪魔な虫どもをどうしてくれようかという事だ。マザーハーロットにとっての最優先が降臨で在る以上、本格的に相手取るのはネロと接触してからだ。彼女は戦闘行為を最小限に抑えながらネロへの最短ルートを辿っていた。
マザーハーロットが石兵八陣を進む。二度目となると如何に石兵八陣であっても効果は薄れるのか、その踏破速度は前回よりも幾分早い。
消耗の度合いで考えれば互いに今回の方が激しかった。宝具を使用するようになったヴラドは当然、オドアケル、アレキサンダーそしてハンニバルといった石兵八陣中にいるサーヴァント達は皆、正真正銘最後の戦いと奮起して激しい攻撃をしている。先より敗北条件が厳しくなったことが理由だ。陣を突破されても一度退けばよかった前回と違い、今回は抜かれればそれはイコールでネロとの接触、すなわちマザーハーロットの降臨だ。マシュはまた外にいるが、今回は狼煙役ではなくネロへの抑えだ。もしネロが堪え切れず突貫し、マザーハーロットと接触すれば戦況が最悪を通り越す。それだけは避けなければならなかった。
ネロとマシュは自ら動くことのできない状況で焦燥にかられていた。ネロも孔明の言い分は理解していたが、それは真実から幾分ズレた理解だった。ネロは自らが倒されれば人理崩壊につながると考えていたが、実際には接触だけでそうなる。ネロに真実を伝えなかったのは、可能性の排除だ。最悪の場合はネロがそれを認識するだけで、マザーハーロットとの間にラインが形成され反転する。この可能性を否定しきれなかったからこそ孔明はネロに伝えることをしなかった。ネロが戦場に来ることを許可したのも、ネロの性格を考え手の届くところの方がまだ御しやすい、またあまり負の感情を蓄積させるとこれも反転につながると考えたからだ。今のネロはその存在自体がそれほど不安定となっていた。
焦れていたのはネロだけではない。マザーハーロットも、ハンニバルも、今この場で戦う全てのモノが過ぎゆく時をもどかしく思っていた。
マザーハーロットにとっては想定外の苦戦。一蹴してしかるべき戦力差がぐだ男たちとの間にある筈だった。しかしそれは彼女がシャドウサーヴァントであるが故に宝具を使えない縛りと、彼らの巧みな連携、波状攻撃により拮抗していた。彼女の描いた未来は遅々として近づかず、このままでは彼女自身の消滅とどちらが先か分かったものではない。ネロが不安定であるように、マザーハーロットもまた不安定であった。彼女は彼女自身ではなく仮初の肉体を、無理やり魔力で保っている状態だ。魔力は膨大であっても無限ではない。攻撃を受ける度にわずかずつ魔力が削られていく。此処に至ってようやくマザーハーロットは眼前の虫を敵と認めた。
ハンニバルにとっても想定以上の敵の強さ。兵の攻撃はダメージを与えられず、魔力を削ることができているかさえ怪しい。ヴラドの宝具の杭も有限であり、すでに底は見え始めている。ヴラドも当然それに気づき、当初ほどの密度での攻撃は行っていない。
アレキサンダーは戦闘開始時の姿を保っていなかった。重傷を負ったわけではない。彼の持つ自己強化宝具を限界まで酷使した為だ。後の征服王、アレキサンダーの第二宝具
マザーハーロットは魔力感知を阻害する宝具の霧に順応し始めていた。サーヴァントに近い魔力体として現界居たが故の適応力が、彼女の魔力感知能力を蘇らせていた。今まで感知できなかった魔力の高まりを察知した彼女はそちらに合わせてカウンターの攻撃を放つ。
マザーハーロットの一撃と、アレキサンダーの宝具が初めて激突する。魔力量にあかせて放ったそれと、限界まで研ぎ澄まされた魔力のぶつかりは、ひとまず互角。だが、全霊の一撃を放ったアレキサンダーと、余裕をもって放ったマザーハーロットではその後の行動開始に差が出る。マザーハーロットは、宝具との激突により崩壊した腕を再生しながら、もう片方の腕を動きの止まったアレキサンダーに伸ばす。
アレキサンダーの窮地を救ったのは宝具にして愛馬のブケファラスだった。彼もまた一体の英霊。自らの主を守るため、自らの体を跳ね上げ、アレキサンダーを振り落す。
ブケファラスを信頼し、手綱を緩く握っていたアレキサンダーは、宝具開放後の硬直もあり、容易く落馬し地面に転がった。そのアレキサンダーをブケファラスは思い切り蹴り飛ばしマザーハーロットとの距離を空けさせる。
アレキサンダーを標的としたマザーハーロットの腕が空を切る。彼女は邪魔をしたブケファラスを睨むと標的を変える。目の前の馬の鬣を掴むと再生を追えた腕でその首を潰そうとする。
ブケファラスは主が遠くにいることを確認すると、目の前の敵を睨む。目線が合う。鬣が掴まれ逃れられない。ブケファラスの眼前に死が迫る。瞬間、ブケファラスは決意を固めた。
アレキサンダーがとっさに状況を把握して、ブケファラスの方を見ると、マザーハーロットの魔力を帯びた腕が愛馬の頭へ迫っていた。同時に、彼は不自然なまでの魔力の高まりを感じる。石兵八陣では魔力を感知できないというのに、彼には分かったそれは、まぎれもなく彼自身のものだ。そして彼はブケファラスの行動を理解し、それを認め、剣を持って駆けだした。
マザーハーロットの攻撃がブケファラスを潰す直前に、ブケファラスから魔力があふれた。彼女と比較すれば小規模だが、それでも膨大と呼ぶのがふさわしい量。彼女が何が起きたのか理解する前に、ブケファラスは爆裂し彼女もまたその直撃を受けて爆ぜた。
ブケファラスは英霊だが、同時にアレキサンダーの宝具である。故に彼は彼自身の意志に基づき、自らで壊れた幻想を発動させた。その一撃は確かにマザーハーロットにこれまでにない重大なダメージを与えた。マザーハーロットは消滅こそしなかったモノの、その核である聖杯がむき出しになる程に肉体を欠損した。再生ではなく新たに肉体の構成を行う必要がある程に。
そしてその絶好の機を見逃すアレキサンダーではなかった。ブケファラスが自決するよりも先に駆けだした彼の剣は、マザーハーロットが新たな肉体を構成するよりも早く、その核を切り裂いた。
瞬間。世界が叫びをあげた。その核を失い行き場を無くした魔力が、ブケファラスのソレと比較にならない大規模な破壊を齎した。最も近くにいたアレキサンダーは、肉体も魂も魔力に呑まれ、消失した。既に半壊していた石兵八陣もわずかたりとも堪えることができず崩れ去る。石兵八陣内にいた兵は消失し、サーヴァント達も吹き飛ばされる。それに反応できたのは遠くからそれを見ていたネロとマシュだ。
マシュは瞬時にぐだ男とネロの前に踊りだし宝具を開放する。防御の為だけに全ての魔力を注ぎ込んでなお、衝撃を抑えられず数十メート後ろに押し出される。弾き飛ばされると呼ぶのが正しいような勢いだったが、マシュの全霊の防御は、無事ネロとぐだ男を守り切った。
マシュは満身創痍で、盾を抑えた右腕はひじの辺りまで押し潰され、左腕も明後日の方向へひしゃげ、赤く染まった肉から白い骨が突きだしている。両足は繋がっているが、踏ん張るために酷使され、雑巾の様に捩り折れている。立つこともままならない有様でマシュはグダ男を見る。
グダ男は吹き飛ばされた際に片腕が折れ、変な方向に関節が曲がっている。胸の辺りを抑えながら蹲り、浅い呼吸を繰り返している。血を吐くような様子はなく。肋骨が折れた程度で済んだ。放置してしまえば危ないかもしれないが、直ちに命への影響はない。
ネロは無傷で立ち尽くしていた。ネロは体に何かが流れ込んでくるのを感じた。同時に自分の中になにかどす黒くも心地よい悦楽が浮かんでくることに気が付いた。ネロはそれをなにか悪いものだと感じ抗おうとするが、性行為以上に心地よい脳を痺れさせる官能に押し流され、絶頂に達する。それと同時にネロの意識は反転する。
マザーハーロットはその核を失った。今までメフメト二世を模っていたその基盤を失った彼女は唯の魔力に戻りかけた。しかし彼女はその瞬間に今まで覆った霧も消失したのを知った。ネロだ。ネロが居る。霧が消失するとネロの居場所は手に取るように分かった。最後の力を振り絞って。ネロの下へ向かう。途中魔力の壁にぶつかるが、構わず押し続け、壁が消えると同時にネロの中に入り込んだ。あとは楽だった。ネロとマザーハーロットの相性は良い。この上なくよい。ネロと混ざり合う快楽に任せてネロの精神を犯すとその肉体と精神と魂をむさぼり喰らった。
かくてネロはマザーハーロットへと成り果てた。マザーハーロットはようやく世界に現界した。
マザーハーロットの現界と同時。カルデアでは新たな異変が起きた。ひたすらに機器を操作し、どうにか特異点とラインを繋げようと、ロマニ・アーキマンとレオナルド・ダヴィンチの二人が奮闘していた時に、それは起こった。
「あぁ、駄目だ。駄目だ。駄目だ。全然つながらない」
「うん、気持ちはわかるけど東洋では言霊という事もあるから、ネガティブな事は言わない方がいい。特に今は緊急事態だ。いかな天才ダヴィンチちゃんでも、すこしムカつく」
「ごめんごめん。よし、これで……これでもか、ダヴィンチちゃんそっちはどう」
「はっはっは。私は天才だからね。当然」
「本当かい!? 何か手が」
「お手あげだね!」
「死んでしまえ!」
おしゃべりを続ける二人の表情は、ぐだ男やマシュが見たこともない程、そして今後も見ることが無いだろう程真剣なものだった。彼らが本気になるときというのは大概が異常事態で、連絡が取れなくなるような状況だけなのだから仕方がない。彼らは互いに視線を交わすこともなく、口以上に手を動かし続けている。
彼らの動かす全ての機材が異常を示すものの、突破口はどうにも見つからない。かつて似たような状況を体験したときに、ある程度の対策はしたのだが、効果は無い。彼らはその後も口と手を止めることなく作業を続ける。
「いやはや、まいったね。うん? ……おいロマニ」
「どうしたのダヴィンチちゃん」
「いや、そうじゃなくて。これ」
「ん? ……これ、は?」
ロマニが見たものは今までにない異常。極限まで高まっていた特異点が急速に消失していく。収束ではなく消失。崩壊ではなく消失。存在していたはずの特異点が通常のそれと違う意味合いで失われる。人理焼却とも異なる完全なる異常事態。時代そのものが、人理から外れる。
ロマニは唯一つ。これと同じものを知っている。人理から外れた人理の観測機関カルデア。もし、カルデアというものを外から観測できるのであれば、その誕生の瞬間はこうなるだろう。二人は淡々と進む特異点の消失を眺めているしかなかった。
長くなってしまったので平均文字数に合わせて分割です。