第二特異点´ AD.0060 羅馬抹殺同盟 カルタゴ   作:らるいて

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第7話

 最初に異常に気が付いたのはマシュだった。どうにか守り切ったぐだ男の下に這い寄って、盾から取り出したスクロールを使う。ぐだ男の傷が癒えると残りのスクロールをマシュ自身に使う。万全とは程遠いが、マシュは戦闘できる程度の状態まで回復する。しかし、ぐだ男は目を覚まさない。気が動転しかけたマシュだが、慌ててぐだ男に触る。呼吸はしている。心臓も動いている。気絶しているだけと分かってマシュは胸をなでおろす。そこでようやく周囲に目を向ける余裕ができたマシュが気づいたのだ。ネロが、魔力を集めている。

 マザーハーロットは周囲に現在も四散し続ける魔力を自らの下へ集め始めた。現在彼女が保有する程度の魔力量では、グランドサーヴァントには及ばない、ただのサーヴァントだ。彼女は神霊あるいはグランドサーヴァントとして世界に降臨したかったわけであって、断じてサーヴァントごときで現界したかったのではない。故に彼女は自らをグランドへ至らせるために、集めた魔力が霧散する前に全ての魔力を集め始めた。魂喰いの応用だが通常のサーヴァントではできないだろう荒業だ。

 

「何を、しているんですか、ネロさん……?」

 

魔力を集めるのに集中するマザーハーロットは答えない。だがマシュは感知する。ネロの魔力の質が、さらに変化している。それは爆発の直前まで存在したはずの魔力。メフメト二世、すなわちマザーハーロットのものだ。メフメトのそれからさらに研ぎ澄まされた邪悪な魔力。故にマシュは行動した。

 

「っ! すみません!」

 

謝りながら盾を取り、ネロの姿をしたマザーハーロットに襲い掛かる。マザーハーロットは魔力を集めるのに集中していたが故にその一撃に対して回避も防御も取ることができず、直撃を受けて吹き飛ぶ。敵から目を逸らす愚行は余裕からではない。むしろその逆。余裕がないからこそ、全てを置いても魔力を集めなければならなかった。ネロがすでにマザーハーロットとなった以上。人理が崩壊する。それを防ぐために、マザーハーロットは集中せざるを得なかったのだ。

マザーハーロットが十メートルほど転がったあと顔を紅潮させながら立ち上がると、そこで彼女はようやくマシュに意識を向ける。そして傲慢な態度でマシュに抗議の声を上げる。

 

「おい小娘、いきなり何をする、危ないであろう!」

「小娘、ですか。やはりネロさんではないのですね」

「ほう。分かるか、分かるかぁ! うむ! だがそれは見当違いというもの。妾はネロでもある。ローマそのものであるのでな。だが、妾はそれ以前に怪物でな。妾が名はマザーハーロット。この世の快楽の全てを貪り喰らう者である!」

「マザー……ハーロット!」

 

胸を張って答えるマザーハーロットの名前を聞いて、マシュは呟くように復唱すると周囲を見渡す。味方がいないか確認したかったのだ。だが、分からなかった。味方の生死は不明。あの爆発、生きている可能性は低い。であればマシュ一人でどうにかしなければいけない。マシュは考えた。魔力を吸収しているという事は、時間経過で不利になる。最悪、先ほどまでの怪物が、否、既にネロの肉体を得ているのだから、それ以上の化け物、神霊マザーハーロットになり得る。ならば、その前に倒さなければならなかった。マシュは、マザーハーロットに襲い掛かる。マザーハーロットは先とは違いマシュの攻撃を認識している。だというのにまた避ける素振りも見せず、防御もせず、受ける。

 

「ゃぁん。……なかなか趣味が激しいのだな。うむ。よい。それに何やら貴様、よくよく見ればとっても妾好み。うむ。許す。今の妾は機嫌が良い。いかような性的倒錯者であっても受け入れよう。さぁ、もっと、気が済むまで妾を甚振るが良い」

「……っへ、変態です、異常者です、すごく情操教育に悪そうな感じです! いけません。先輩、どうしましょう」

 

攻撃を肢体で受け止め吹き飛びながら嬌声を上げるマザーハーロット。仮にも全力を叩きこんだというのにダメージを受けた様子が見られない。その異様な耐久力と後に続くあまりの発言に呆気にとられたマシュだったが、どうにか正気を取り戻した気になって、ぐだ男に指示を求めようとする。気絶しているぐだ男に。マシュがぐだ男を呼んだことで、ぐだ男もマザーハーロットに興味を持たれてしまった。

 マザーハーロットはぐだ男を見つめる。マシュが間に入りマザーハーロットからぐだ男を守ろうとする。大きな盾で視界に入らないように。少しして、マザーハーロットは頷いた。

 

「……うむ。まぁ。及第点じゃ。お主も妾と床を共にすることを許す」

「な! だめです!」

「あぁん。……嫉妬じゃな? 愛い愛い。うむ。問題ない。ならば二人纏めて面倒みよう」

「むぅ、この! 先輩に! 近づかないで! ください! 」

「うむ。うむ。満足するまで抗うがよい。無為に足掻く様はひどく愉悦を感じるでな」

 

いくら攻撃すれども防御する様子の無いマザーハーロットにひるむことなく攻撃を続けるマシュであったが、ある異変に気が付いていた。攻撃して最初は吹き飛んだ。二度目は転がった。三度目も、四度目も、地べたを転がり土にまみれたマザーハーロット。だが、転がる距離が少しずつ短くなっている。盾で殴った時の感触も徐々に重くなっていく。マザーハーロットは魔力を吸収することで、強くなっていた。

 

マシュの攻撃は、徐々に、通用しなくなっていく。

 

 

 

 

 

 マシュが息を切らせながら盾を振りかぶる。マザーハーロットはそれを楽しそうに見つめる。マシュの全力で振り下ろされた盾はしかし、マザーハーロットをわずかに揺るがせる事すらない。マザーハーロットは既に周囲にばらまかれた魔力の大部分を吸収し、サーヴァントの枠に収まり切らぬ魔力を持つに至っている。ネロが生身であるからこそそれだけの魔力量を宿すことができている。生身の人間だからこそ、サーヴァントの枠にとらわれない。

 

「っそんな……」

「うむ。人が絶望に沈むさまというのはな何故これほど心を浮かせるのか……じゃが。そろそろ飽いた。終わらせるとしよう」

 

マシュがマザーハーロットに与えた傷は既に癒え、遂には手傷を与えることすら不可能になった。マシュの宝具は、マシュが不完全にしか真名解放しかできないこともあり、完全に防御専用だ。マシュにできる最大の攻撃は、全霊の力を以って相手に盾を叩きつけることであり、それが通用しなければ、マシュはどうやっても敵に消耗を与えることはできない。

 マシュと、ネロの体を乗っ取ったマザーハーロットの戦いが始まり既にいくらかの時間が過ぎた。マザーハーロットにとっては魔力を集め、グランドとなるための暇つぶしに過ぎない時間であったが、マシュにとっては人理を救うため、ぐだ男とともに戦う絶対の一線だった。

だが、マシュにはどうしようもない。仲間が現れる様子はない。先ほどの爆発により全滅したのだ。今まで仲間であるサーヴァントと共に戦ってきたからこそ、明らかでありながら問題ににならなかったマシュの弱点。火力不足。盾のクラスであるマシュにとって戦いとは守るためのモノだ。そのためのクラススキル、固有スキルをもつ。敵を防ぎ、決定的な隙を作らせて、仲間がその隙を突く。それがマシュの正攻法。マシュは敵の絡め手を攻める技術も、正面から敵を押し切る力もない。

 決定的に、避けられない敗北を突き付けられたマシュは、膝をつく。ぐだ男へ自らの非力さ、人理を守り切れなかった無力さを謝罪しながら、とどめを刺そうと近づいてくるマザーハーロットを見上げる。

 

「実に良き演目であった。本来であれば褒美の一つでもくれるのじゃが……生憎と貴様にはそうもいかぬようじゃ。うむ。では、さらば――」

 

――マシュの脳裏に過去の記憶がよみがえる。走馬灯だ。マシュの短い人生は、その前半を白い箱庭で過ごしていた。狭いカルデアの施設の、さらに限られた場所だけがマシュの世界。外の情報はドクターロマンの用意した端末からいくらでも得られたが、届かない場所に憧憬を抱くだけだった。それが変わったのはぐだ男がやってきてからだ。

 マシュと初めて会ったぐだ男はいきなり倒れた。マシュの短い人生経験では最適な解答など思いつかず、起きるまで待つという、今から考えれば在り得ない行動を取った。

 世界は動く。マシュがぐだ男に抱いた第一印象は少し変わった先輩にすぎなかった。多くの先輩たちの中の一人。それが特別な存在になったのはレフ・ライノールの暗躍があったからだ。最初のレイシフトで、遅刻したぐだ男以外の先輩たちは皆死に。マシュも生死の境を彷徨い、一度死に天秤が傾いた。それをマシュの中にいる英霊が救った。未だ以ってマシュには彼が何も考え自らを救ったのか理解できていない。

 デミサーヴァントになったマシュにとって、唯一のマスターとなったのがぐだ男だった。マシュはそのことに関してのみレフにわずかばかりの感謝をしてもいいと思っていた。レフが事件を起こさなけらば、マシュは現場のスタッフの一人として働き、ぐだ男と親密になることもなかった。今まで駆け抜けた多くの特異点にも行かず、カルデアでその短い人生を終えただろう。

 そこからの思い出は劇的だ。白黒で、あいまいで、朧気な、変化に乏しい世界が突如鮮烈に輝き始めた。その中心にいるのはいつだってぐだ男だった。焼け野原と化していた冬木。竜が跋扈するオルレアン。新旧乱立するローマ帝国。封鎖された海の旅。霧に覆われた都ロンドン。神話と化学の大戦争をしたアメリカ。その全てが、マシュにとってかけがえのない思い出だ。

 人理を修復する度。新たな特異点へと赴くたびに自らはデミサーヴァントとして成長した。使えなかった宝具が限定的ではあるが使えるようになり、サーヴァントとしての力をより使えるようになり、戦闘の技術を身に付けた。それ以上に成長したのは人間としてのマシュだ。表情が豊かになった。感情が豊かになったから。毎朝眠るのが怖くなった。生きることが、楽しいから。

 人理が焼失する。仕方ないカルデアは、マシュ達は敗北したのだ。世界が滅びる。仕方ない。人類が滅びる。仕方ない。カルデアも滅びる。仕方ない。マシュも死ぬ。仕方ない。全て仕方ない。負けたのだ。及ばなかったのだ。名残惜しいが、仕方ない。

そして、ぐだ男も死ぬ。

 

「――だめ、です」

「――うむ?」

 

だめだ。マシュは、ただ一つ。ぐだ男が死ぬことだけは認められなかった。自らの死さえ受け入れられる彼女が、ただ一つ、全てに変えてでも否定したいことだった。彼が彼女に感情を与えた。彼が彼女に人生の楽しさを教えた。彼が彼女を人間として、育ててくれた。人生の先達、先輩。先生。親。家族。彼女にとって彼が何にあたるのか、どうあってほしいのか。彼女自身には分からない。

彼が他の女の人と話した時の胸を焦がす感情を。彼と共に居る時の胸の高鳴りの正体を。彼と共に戦うときの安心感の理由を。ただ一字の文字であらわされるその思いの名前を彼女はまだ知らない。理解できるほどに成長していない。

 マシュは立ち上がる。盾を手に持ち構える。挫けた筈の戦意が復活する。折れた心が蘇る。諦めきれなかったから。

 

「まだ、まだ、教えてもらってません。もっと、先輩に、あるんです。駄目なんです。教わりたいことも、私だって、先輩だけは、絶対に! だから!」

 

口から出た言葉は、意味の繋がらない単語の羅列だったかもしれない。それでもそれがマシュにとっての全てだ。思考が纏まらないままに吐き出した言葉が、マシュに勇気を与えた。

戦意を取り戻し、立ち上がったマシュを見て、マザーハーロットは目を輝かせた。

 

「はは。そうか。よい、実に良い。最期まで妾を楽しませようというか! うむ。許す!」

 

マザーハーロットが踏み出す。もはやサーヴァントの枠を超え、グランドの階に片足を踏み入れているような状態にある彼女の振るう一撃は、余波だけでサーヴァントを消滅させる。シャドウであり、相性の合わぬ器だったメフメト二世の頃とは違い、十全の力。マシュはそれを宝具の解放で防ごうとする。

 

仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!」

 

如何に宝具を用いたといえど、器の違いの前には些事に過ぎない。マシュの全てを賭けた宝具の解放は、マザーハーロットのただの右腕の一振りによって何を守ることなく消滅する――

 

マシュの攻撃は確かにマザーハーロットに通用しないが、それはマシュとマザーハーロットの相性が悪いことを意味しない。むしろ防御面に限れば良いと言える。マシュに力を与えたサーヴァントは純潔の存在。そうあれと定義され望まれて固定された存在であるがゆえに、マザーハーロットでさえ、いや、だからこそ堕落させることは不可能なのだ。

マシュは彼とは違う。マザーハーロットの手管にかかれば堕落することもあり得るだろう。だが、耐性はある。それがマシュの、マザーハーロットの攻撃に対する耐性をも生み出す。耐性と宝具の解放の二つは、確かに強固な防御を発揮する、だが、まだ足りない。まだ、グランドにも届かんとするマザーハーロットとデミに過ぎぬマシュの差を覆すには遠く及ばない――

 

――はずだった。

 

 マシュの展開した巨大な障壁。今まさに崩壊の瀬戸際にある人理最後の防壁。今この瞬間。彼女のこの宝具こそが正しく人理の礎だった。人類最後の希望。その姿は普段のそれとは異なる。普段浮かぶ魔法陣が幾重にも重なり、その中央には十字ではなく聖なる杯を模した紋章が浮かぶ。必死のマシュはそれに気が付かないが、マシュのみならず周囲からの魔力を吸収し強化され続ける不滅の障壁と化していた。

 マザーハーロットが軽い気持ちで放った一撃は、しかし一介のサーヴァントをその宝具ごと消し去るには十分すぎるほどの力が込められていた。マシュと戯れながらも自身の強化を怠らなかった彼女は、既にそれほどの力を得ていた。本来であれば激突した途端、拮抗すらせず紙より容易く破られる。

 しかしマシュの宝具とマザーハーロットの攻撃はぶつかり合い互角に押し合う。驚嘆したのはマザーハーロットだ。彼女の現在の力は主観的にも客観的にも、サーヴァントの出せる域に無い。宝具であれ、その身を滅ぼすような捨て身であれ、絞り出すことのできない圧倒的な暴力だ。それが、デミサーヴァントの宝具如きと拮抗している。

 その鍔迫り合いは、驚愕したマザーハーロットが一歩引く形で幕を下ろす。

 

「あ、ありえぬ。ありえぬぞ小娘。貴様は一体なんだというのだ! 何故防げ、何故凌げた!」

「……っぁ、がっ、はっ……ぅく、まだ」

 

マザーハーロットは気が付かない。マシュもまた気が付かない。互いに気が付ける状況下に無い。マザーハーロットは目の前で理解の及ばぬ現象が起きたが故に。自らの絶対的な自信を傷つけられた混乱故に。マシュは無自覚とはいえ限界を超える力を行使した反動故に。

 

 先に状況を打破しようと動いたのはマザーハーロットだ。原因は不明。理解もできぬ。だが、あの宝具は所詮、軽い攻撃を防ぐので精いっぱいだったもの。全力で掛かれば、今度こそ防ぎきれるはずがない。現在の魔力から考えても、十二分に余裕はある。そう考えた彼女は文字通りの全力、彼女の持つ世界を滅ぼす宝具を以ってして、マシュを殺そうした。

 

「ありえぬが、まぁよい。貴様程度の有様では、どうせ妾には勝てぬ。我が胎内で誇るが良い、妾に全力を出させたことを! 黙示録の獣(テーリオン)!」

 

そう、既に部分的に使用していた宝具の真名を宣言し、宝具の完全解放をなそうとした瞬間、マザーハーロットの魔力が増大し、右腕が大きく音を立てて炸裂した。擦過音を立てながら、ネロの体からマザーハーロットという存在が抜けていく。

 

「……え?」

 

何が起きたか、マザーハーロットは理解を拒絶する。先とは違い理解できる事象だった。マザーハーロットの構成が崩壊を始めているのだ。それは神秘の薄れた現世で権能を行使しようとした存在が受ける世界の抑止の力。しかしマザーハーロットはこの現象を避けるために、手間暇をかけて準備してきたのだ。完全に結実する前とはいえ、すでに宝具の解放ならば可能な筈。そう考えていたマザーハーロットは自らの目の前で起きた事象を受け入れられない。

 

「な、なんで。なにゆえこうなる。だって妾、こうならぬために……」

 

マザーハーロットの目の前でポコポコと泡状で体から抜けていく魔力は、間違いなく彼女自身の一部だった。残されるのはネロの通常通りの肉体。このままではあと一分もしないうちにマザーハーロットは消滅する。

 現実感を失い呆然と右腕を眺めるマザーハーロットはぼんやりとする世界で自問自答を続ける。。

 

 

 

認識を誤った? ありえない。それほどに耄碌していない。

ソロモンの妨害? 否。既にここは世界から独立した妾の世界。干渉は不可能。

ネロとの融合が不完全? 否。ネロの意識は妾に溶けた。

抑止力が想定以上? 否。あれは常に一定の機械的な代物だ。

あの小娘の宝具? 否。アレのせいならば外から崩壊する。

ハルミカルの仕掛け? 否。それほどの余裕与えていない。

ロムルスの叛逆? 否。既に世界から放った。

 

 

 

右腕から魔力が抜けきり、マザーハーロットの制御から完全に外れる。魔力の消失は既にネロの肉体の大半に至っていた。足の感覚を失ったマザーハーロットは地面にくずおれる。それと同時に確度の高い解答に至り、現実を取り戻す。すなわち、ハンニバルの最後の策に、彼女は嵌ったのだ。

 

 

 

マザーハーロットの復活。サーヴァントの枠を超えたグランドに匹敵する怪物。そんなものが復活してしまえば、勝機はまずない。だからこそ防がなければならないと孔明も、アレキサンダーも、ヴラドも考えていた。しかし、最初は彼らの敵として存在したハンニバルと、オドアケルは、万一復活したときに、マザーハーロットのもつ弱点に気が付いていた。

 それはマザーハーロットが持つ自滅因子。この世界でマザーハーロットは復活したとする。だがネロを吸収する以前のそれはキリスト教の敵の側面が強調されたメフメト二世に他ならない。すなわちマザーハーロット自身であるローマを滅ぼした、彼女自身の天敵。

であれば、メフメト二世のその側面。ローマを滅ぼした者としての側面を強化すれば、マザーハーロットは自壊する。そのための札が、こちらにはある。ローマ最大の敵、ハンニバル・バルカ。この世界に異例とも呼べる召喚を成された英霊だ。すでに世界に存在したハルミカルの霊核を分割する形で召喚されて英霊。霊核をある意味で二つもつ二重存在。そのことは、オドアケルとハンニバルのみが知っていた。

奇しくもその召喚方法こそがマザーハーロット打倒の唯一の鬼札となり得た。ハルミカルが自らをくべて召喚した以上マザーハーロットもまたハンニバルと同じようにハルミカルの霊核を憑代の一つに現界している。故にこそ、両者は同一の霊核の欠片を持ち、混ざり合う事が可能だった。

そして、ハンニバルはローマ最大の敵。すなわち、ハンニバルを取り込むことでメフメト二世のローマを滅ぼしたという側面を強化させる。究極の自滅特攻。さらに言えば、それを補助する存在も居た。オドアケルだ。

メフメト二世はそのもう一つの核として聖杯を利用されていることは、明らかな事実だった。それが、聖杯としての性質をわずかでも残すものであれば、脱落したサーヴァントは魔力として彼女に取り込まれる。それは彼女の強化を意味するがオドアケルのみはその例外だ。

オドアケルもまたローマを滅ぼした者。そしてローマに降ったもの。故にこそ脱落後にローマとしてマザーハーロットに取り込まれ、その後にローマを滅ぼしたものとして彼女を内から荒らす。彼女の中のメフメト二世を呼び覚ます。

この二つの手段の完遂によってマザーハーロットは滅びる。滅びずとも、グランドの器を維持できなくなり、戦える場所まで存在が落ちてくる。それを打倒し、ネロを救う事でようやく、幾度も危機を迎えたこの特異点の修復につながる。極僅かな、希望的観測をも交えた願望を基にする、策とも呼べぬ愚行。敗北の確定したかのような賭けに勝利してこそようやく、マザーハーロットを倒すことができるのだ。

 ハンニバルが、万一の為に予め考えておいた、いわば死後の行動策は僅かな効果を齎したが、結果は失敗と呼べるものだった。ハンニバルもオドアケルも想定通りに動き、自滅因子を強くすることに成功したが、それはマザーハーロットの存在濃度を低下させるにとどまっていた。唯一生き残ったマシュは殺され、人理が崩壊しただろう。

それを変えたのが、マシュの突然の強化だ。それによりマザーハーロットの攻撃は防がれ、宝具を使わせた。もとより権能に等しい彼女の宝具は使えば抑止力により世界の外側へ弾かれる代物だ。それに十分耐えられると判断した彼女の判断は、ハンニバルたちの抵抗を計算に入れていなかった。故にこそ彼女は、宝具の発動に失敗し自壊を始めたのだ。

 

 

 

マザーハーロットは未だ動かせる左腕を使い体を無理やり起こす。現状を理解せず、呆然と自身を見つめるマシュに声をかける。

 

「小娘ェ! 妾の負けじゃ。故に貴様が彼奴を倒せ。妾の代わりに世界を救え! この愛おしき世界を壊していいのは妾だけじゃ、妾だけの玩具なのじぇぐっ。ぐぬ、故にこそ、他の者に壊させてなどやるものか。よいな。妾からの命令じゃ、妾を倒した、妾を乗り越えたのだから、貴様が、貴様らが救世主に――! 貴様は誰より――杯に愛され――なら――冠――!」

 

マザーハーロットは叫ぶ。途中、左腕の感覚まで消失し再び地面に叩きつけられるのも、無視してただ思いの丈をぶちまける。恐ろしい敵だとばかり思っていたマザーハーロットの絶叫は、確かにマシュの心を打った。あまりにも呆気ない。何もわからぬままの幕切れだったが、マザーハーロットの心だけはマシュに届いた。

 

「貴方は、貴方も。人類を救うために戦っていたんですね」

 

マシュはマザーハーロットの為に黙祷すると、ネロを背負って未だ気絶しているぐだ男の下に歩き出す。

 

 

 

ほどなくして、ロマニと連絡がつながった。マシュはひどく質問攻めされたが全て無視した。接続を遮断して無視した。ぐだ男が目を覚ますまで、膝の上に置いたくだ男の頭を撫で続けていた。

 

 

 

――戦いは終わった。

 

 




マシュのパワーアップは、中の人が周囲に漂う聖杯の魔力を使いました。
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