IS 女尊男卑の世界に転生しちゃった俺は兵器開発で逆転を狙いたい 作:砂糖の塊
「紺野さん……少しお話があるのですが」
俺たち2人だけしかいない静かな医務室に、セシリアの声が響く。
「……何?恋愛相談?」
「違います」
誤魔化そうとした俺のボケにも、すぐさま冷たい答えが返ってきた。
「なら何だろ……はっ!?もしかして俺のことが好───」
「紺野さん……真面目に聞いてください」
セシリアは真っ直ぐに俺を見たまま、続けた。
「貴方……今回の未確認機襲撃について何か知っているのではありませんか?」
「……なんでそう思ったんだ?」
正直、こんなに早く俺が疑われることになるとは思っていなかった。辿るべき証拠も何もない中で、目の前の彼女は強引に、だが間違いなく的確に俺を疑ってきたのだ。否定するのはセシリアの推理を聞いてからでも遅くはないだろう。
「……否定なさならないのですね」
「突拍子もないことを突然言われて、驚いてるだけだよ」
「……どうでしょうね」
俺から少し距離をとったセシリアは、壁際に背をもたれかけた。蒼い双眼が真っ直ぐに俺を見つめ……いや、睨みつけている。
「……俺を疑う根拠は?」
「……そうやって落ち着き過ぎていることです」
「……?」
「攻撃能力も分からない未確認機の襲撃。防護シェルターもないアリーナの真下という状況でも、紺野さんは冷静でした。爆発音が鳴っても驚きすらせず、私を中央モニタールームまで連れていってくださいました」
「もちろん驚いてたさ。身体が勝手に動いただけだ」
俺の返答にセシリアが両手を肩の辺りまであげ、首を振った。どうでもいいが、少し芝居がかっているような気がする。犯人を追い詰める探偵にでもなり切ってるんじゃないだろうな。
「それだけじゃありませんわ。当日のどことなくよそよそしい動き、紺野さんを追いかけた私をアリーナ席まで追い返そうとしたこと。どれも小さな違和感でした……ですが、紺野さんが今回の事件に関係していると仮定すると、辻褄が合うのですわ!」
そこでセシリアは一旦話すのをやめ、人差し指を俺に向かってピンと伸ばした。
「どうなんですの!?紺野さん!?」
俺は内心彼女に拍手を送った。自分でも気づかないほど些細なことを積み重ねて、よくぞ俺が今回の襲撃事件について事前に知っていたと見抜いた。だが、結論が良くない。俺は犯人ではないし、勿論内通者でもない。というか、もし俺が本当に犯人だとしたら、セシリアはどうするつもりだったのだろうか。2人しかいない保健室で、俺が口封じにセシリアに危害を加えようとするかもしれないのに。
色々と詰めが甘い
「残念だが、全部ハズレだ。セシリア」
「しょ、証拠はありますの!?紺野さんの潔白を示す証拠が!」
「証拠を出すべきなのはセシリアの方じゃないのか?今聞いたのは全部セシリアの主観に基づいた想像でしかない……それに、俺が襲撃事件の犯人でない証拠ならすでにある」
「な、なんですの……?」
「セシリアが今もこうして無事でいることだ」
「……ぁ」
少しの間逡巡した後、小さな声を漏らすセシリア。彼女も気がついたらしい。人命を顧みずに襲撃事件を起こすような奴の仲間に、密室で種明かしのようなことをしてただで済むはずがないことに。
俺が何の反応もしないことが、1番の潔白を示す証明なのだ。
「……え、えっと……ごめんなさい」
急にしおらしくなったセシリアが素直に頭を下げてくる。
「随分簡単に犯人扱いしてくれるじゃないか、なぁ、セシリア?」
「お、お詫びならいくらでも致しますから……っ」
「傷ついたなぁ……まさか友達だと思ってたセシリアに疑われるなんてなぁ……」
「と、友達……本当に申し訳ありませんっ!紺野さんっ!」
わざとらしく肩を落として落ち込むふりをしてみると、わたわたと慌てるセシリア。ついさっきまで勝気に俺を睨んでいた瞳は、アワアワと半泣きになりながら俺を上目遣いで見つめている。
「友人を疑ってしまうなんて……私はオルコット家の恥ですわっ……どうお詫びすればいいのか……」
予想以上に追い詰められたらしいセシリアが俯いてブツブツと呟く。論理に飛躍があったとはいえ、そう間違った考え方をしたわけでもない彼女を責めるのは可哀想な気もする。
「ははっ、冗談だよ。そこまで気にしてない」
「……いえ、私は紺野さんにとんでもないことを……」
「……なら、1つ貸しにしておく。それでこの話は終わりだ」
「……本当に許していただけるのですか?」
「だから気にしてないって」
こわごわと顔を上げ、俺の様子を伺う彼女に笑い返してやると、ようやく落ち着いたらしい。深々と頭を下げ、俺に向き直った。
「……本当にごめんなさい。ご厚意に感謝致しますわ」
そう言って照れくさそうに微笑む彼女。目元の涙を拭いながら笑うその笑顔に少しドキッとしてしまう。
「……うん。さて、そろそろ夕方か。ちょっと早いけど食堂行こうか」
「かなり早いですが、何かご用事でも?」
「ちょっとね……新しいモノマネを仕入れてさ。とびきり面白いからのほほんさんにでも見せてあげようかと思って」
「……もしかして……」
「『貴方が犯人ですのね!』────大ウケしそうじゃない?」
セシリアの方に振り返った俺は、彼女に人差し指を突きつけ、大袈裟に脚色を加えたモノマネを披露する。勿論元ネタはセシリアだ。
「……許していただけるのでは無かったのですか?」
「疑ったことは許すよ?でも……それとこれとは別じゃないのではありませんか!?」
「やめてくださいっ!恥ずかしいですわっ!」
いちいち指を突きつけながら裏声を出す俺を必死で止めようとするセシリア。いつもの元気が戻ったようで何よりだ。……あ、別に彼女を元気づけようとやったわけじゃない。さっきも言ったように『それはそれ、これはこれ』だ。
本当、俺って優しいよね……。
***
その晩。俺は1人、広々とした自室で寛いでいた。一夏は結局、今晩は大事を取って医務室で泊まることになった。思ったより検査が長引いたと、電話口で一夏が愚痴っていた。
間接的にとは言え、一夏が感電した責任の一端は俺にもある。なので、彼には少し悪い気もしたが、ともあれ久し振りの1人の時間を俺は楽しんでいた。
ちなみにセシリアのモノマネはのほほんさんをはじめ、かなりの人に受けた。本気で止めようとしてくるセシリアのモノマネも追加でやり始めた頃から、ブルーティアーズを展開されそうな雰囲気だったので止めておいた。終始顔を赤くして恥ずかしがるセシリアは、最後に
「やっぱり紺野さんは紺野さんですのね……」
と意味深な台詞を吐き、疲れきった様子で部屋へと戻っていった。俺はずっと俺だぞ?何を言っているんだろうか。
テレビでも付けようかとリモコンに手を伸ばした所、突然枕元に置いたスマートフォンから電子音が鳴り響いた。ビクッと肩をすくませた後、手に取ってみると画面には森本さんの名前が表示されていた。
『はい、もしもし』
『秀人さん!今テレビを観られますか!?』
『今観ようとしていたところです。どうしましたか?』
『すぐに付けてみてください』
森本さんにそう言われ、テレビのスイッチを付ける。緊急会見と左上に表示された画面には、見たことのある人物が映っていた。
『シャルロット……?』
『……デュノア社が、3人目の男性パイロットとしてシャルロット・デュノアさんを発表しました……』
テレビの向こうでは、自慢げに話す壮年の男性と、その横で半ば魂の抜けたように父親の話に相槌をうつシャルロットの姿があった。
『……でありますので、デュノア社として、彼の親として今後のIS開発を支援していきたいと思います。また、今回の操縦者発見及び、シャルル専用機の開発には、日本の紺野重工業の協力があり……』
「……はぁ?」
デュノア社長の話す内容に頭痛すら覚える。男性操縦者としてのシャルル?紺野重工業の協力?どれも心当たりのない話だ。
『……秀人さん?』
『……デュノア社に問い合わせは?』
『既に抗議を伝えました。ですが、もしシャルロットさんが女性であることを話せば、紺野重工業も不正の協賛企業として発表すると……』
『そんなめちゃくちゃな……』
だが確かに紺野とデュノア社に接点が無いわけではないのだ。しかもその接点がシャルロット関係なのである。もし、不正を行っていたと言われてもそれを否定しきれる根拠が乏しい。それにこうしてテレビを通して全世界に紺野の名前が公表されてしまった。関係ないのならなぜ日本の特定企業の名前を出したのかという疑問も持たれてしまう。
『デュノア社がどうやら深刻な経営不振に陥っているようでして……シャルロットさんを社長の血を引く男性パイロットとして世間に公表して、状況の打開を狙ったものかと』
経営不振に陥ったとして、実の娘にそんな業を背負わせるか……くそっ、シャルロットが男性パイロットとして日本にくるルートは上手く回避したと思ったのに。俺の詰めが甘かったのだ。
唇を噛む俺はテレビの向こうのデュノア社長を睨む。余裕そうな笑みを浮かべ、シャルロット、いやシャルル・デュノアを日本のIS学園に編入させると話している。
記者に促されたシャルロットが立ち上がり、何も話すことなく頭を下げる。後ろに束ねられた金髪が、昔の彼女の姿と重なった。
……俺がまたシャルロットを取り戻す。紺野にも、シャルロット自身にも、だ。
『戦争です……森本さん』
『……え?』
『デュノア社関連の資料を全部送ってください。それと社長関連の個人情報も全て。紺野の敵を倒します』
『デュノア社を潰すつもりですか?』
『そんな……ただ、綺麗にはしますよ』
電話口で森本さんが苦笑する声が聞こえる。そしてすぐにノートパソコンに暗号化された資料が送られてきた。
テレビによるとシャルロットが日本に来るのは1週間後。クラス代表戦の少し前くらいだ。出来ることなら『シャルロット』として編入させた方がいいに決まってる。
俺は軽く肩をほぐすと、ノートパソコンを手を伸ばした。さぁ……戦争だ。