ハンター世界の転生者 作:慧春
「とうとうここまで来たか……」
とある国のとある町から程近い、危険地区に指定されているとある森の奥で、男は感慨深げに呟いた。
「この世界に転生して三百年……念を身に付けてから二百数十年……長かった、本当に長かったぞ!!」
咳を切ったように、次々と吐き出される言葉には、長年の苦労故か、とてつもないほどの感情が込められていた。
「ドンの奴と昔取引して手に入れた究極の長寿食ももう尽きた……もう、俺の寿命が尽きるものそんなに遠くない。だが――」
ギリィッと歯を食い縛り、言葉を一旦呑み込む。
そして、一息に呟いた――「許せねぇ!!」と。
「俺は、俺をこんな下界に堕としたテメェを赦さねぇぞッ!」
男はかつて『神』と呼ばれる存在だった――最高神の兄弟として、自らも高い権力と力を持って、天上の世界で好き勝手に生きていた。
男にとって、天上の世界には何もかもがあった……しかし、ある日突然、男は自らの兄弟である最高神の怒りを買い、神としての力を全て剥奪された上に、虫と蔑んでいた下界の住民――人間の器にまで堕とされてしまった。
「最初の十年はテメェらへの怨みで身が裂けそうだった……」
男は呪う――自らの存在を貶めた兄弟を……そして、、それに同調して邪魔者であった自分を追放した天界の神々を――
「それから、十年は生きる気力を無くして、ただ無意に生きてたっけな……」
屈辱の日々……かつて虫以下とまで蔑んでいた下界の人間に頭を下げなければ生きる為の金すらも手に入らない……僅かに残った神としてのプライドすらも擦りきれていく毎日。
「そして、俺は『希望』に逢った――」
屑で傲慢で、どうしようもない自分に全てを与えてくれた女――絶望の底で出逢った希望の光だった女性。
彼女と出会い、彼は変わった。
そして、彼は自身が悪意を持って見下していた人間として生きることを決意し、選択した。
この時には、既に神々への怨みなど、忘却し、ただ人として彼女を愛する感情で、心の全てが満たされていた。
やがて生まれた、彼女と自分との子供……かつて神であった男は、この時、確かに人としての幸せを感じていた……しかし――
「だが、テメェらはまた奪った――俺の希望をな!」
今から二百年以上も遥か昔のとある日の事だった――彼が仕事から自宅に戻った時の事だ。
そこに
彼が気が付いた時には、既に化け物は死んでいた。
彼が手を見ると、そこには深紅に染まった妻と子の骸が収まっていた。
何故化け物が死んでいるのか――そんな事は一切気にせず、既に原形を留めていないほど、忌々しい化け物に喰われてしまった妻と子に必死に呼び掛ける男――その時、男は確かに聞いた。
悪意に満ちた『神』の声を――
(ふん、人に堕とされた悪神めが)
(貴様のような罪にまみれた汚らわしい存在が、人として幸福に生きようなどと……)
(そのようなことは決して許されんのだよ――ハッハッハ!!)
その声を聞いた瞬間、彼の中で全てが繋がった――何故、自らの家がある場所に、生息していない筈の危険生物が居るのか――何故、妻と娘が死んだのか……
それを認識した時――彼の肉体から、膨大な量の生命エネルギーが溢れる。
それは、彼の心情を表すかのように禍々しく、まるで血のように赤黒いエネルギーの奔流が、立ち上ったのだった。
後に、彼はそのエネルギーが『オーラ』だと言うことを知る。
彼が無意識の内に化け物を殺したのも、この力によってだ。
「俺が悪神? 罪深いだと? 否定はしねーよ。かつての俺は散々、人間の人生を弄んできたし、神すらも踊らせてきた――だがよぉ」
その時の事を思い出してか、苦虫を噛み潰したかのような怒りの形相で、天を睨む――
「ふざけるな――俺が悪神ならば貴様らは卑神だッ!」
男は吠える――大切な者を奪った憎き神々に向かって――
「あれから大分時間が経っちまったが……テメェらに対する憎しみは一切衰えてねぇぞッ!!」
【
彼が二百年以上もの歳月を捧げて完成した【発】――その能力は、文字通り神への復讐をなす為の念能力だ。
「通常、下位次元の世界と、神々が住まう上位の世界はほぼ一方通行だ。余程の例外が無ければ、神が下に堕ちることや下界に干渉する事は有っても、その逆は不可能だ。何故なら、世界と世界の間に決して越えることのできない『壁』があるからな。だが、この能力は、壁の干渉力を極限にまで下げることで、俺自身の復讐の念をあの糞野郎どもに届けることができる」
無論、成功する確率は高くない。彼は念能力者としては規格外の存在であるが、やはり、人の範疇を大幅に逸脱するほどではなく、神の力の足元にも及ばない程度でしかない。
だが、彼はやめるつもりなどない。
それほどまでに彼は許せなかった。
己の力の全てを奪い、天界から堕とした兄弟神が、人としての幸福を奪い尽くした神々を――彼は決して許せないのだ。
「この発は、俺の全てを生け贄に発動する――俺の全てを懸けた復讐の念がテメェらにどれ程通じるかは未知数だ。もしかしたら、嫌がらせ程度にもならないのかも知れねぇな……」
今の神としての力を失った彼が使えるのは、この世界の人間が持つ異能――『念能力』のみだ。
それ故に、これを使ってでしか復讐できない。
だが『神』は人を超越しているからこそ『神』なのだ。
神の持つ【神威】に比べれば、人の持つ【念】は遥かに小さく弱い。だが、それでも彼は不思議とこれが成功すると確信していた。
確かに人の力は神のそれと比べれば遥かに脆弱だ。
「だが、俺の『人』としての『三百年』は――必ず神威を越える……そうだろ?」
そう言うと、彼は二つの名前をぼそりと呟いた。
それは、彼の死んだ妻と娘の名前だ。
「さて――始めるぜ!!」
そう言うと、彼は【練】によって、渾身のオーラを纏う――そうすると、彼の足元にある念を補助する【神字】によって描かれた巨大な陣が、彼のオーラに呼応して光出した。
「俺は俺の全てを捧げる――だから、俺の念よ」
――あの憎き神々に俺の憎悪を、嘆きを、叫びを、怒りを――悲しみを届けたまえ――
彼の言葉が終わると同時に、神字の陣はより一層の輝きを放ち、その中心に立つ男を呑み込んだ――
その日、とある国のとある町、とある森の奥で一人のかつて神であった人間の男が消えた――彼が命と、そして魂すらも捧げた復讐がどのような結末を迎えたのか――その事を知るのは誰もいない。