13箱
「校ーーー則! 違反です!」
「?」
放課後の廊下に大きな声が響き渡った。その声に、廊下にいた何人かの生徒は歩みを止めて、振り返ったり驚いたりなどの反応を見せるが、巻き添えをくらいたくないのか、それとも慣れているのか、それぞれが再び歩き始める。
だが、動きを止めたままの少年と少女が一人ずつ。
少年――
「……いったい僕のどこが校則違反なのさ? 鬼瀬風紀委員さん?」
鬼瀬、と呼ばれた少女はその言葉にますます怒った様子で、空に人差し指を突きつけて言った。
「女性用の制服を着ているところです!」
「あ! 本当だ!」
空は本当に驚いた言い方をしながら、自分の服に視線を落とす。彼の目に映ったものは、上は基本的に白い半袖の服で、スカートは水色となっており、空が通うこの箱庭学園の女性が着る制服だった。
上半身はともかく、下半身の方は間違っても男が着てはいけない。
空の本来の性別は男、つまり間違ってもスカートを履くわけがなく男物のズボンを着るべきなのだが、この学園で女性が着ている制服を男であるはずの空が着ていた。
そして彼は、まだ怒っている鬼瀬に視線を戻し、拳を頭にやり軽く舌を出して、
「てへっ」
殴られた。
□ □
■ ■
「風紀委員に暴力を振るわれた……」
「あなたが悪いんです!」
「くそぅ、鬼瀬さんなんてこれがきっかけでアンチされるようになって、二次小説を書くときはこの鬼瀬さんっていう人をアンチすれば人気を稼げるんだ、って思われちゃえ!」
「あなたはもうバカだと思われていますよ……」
鬼瀬はわかりやすくため息を深く吐いてから、また空を睨みつける。睨まれた空は少し怯んでから、負けじと鬼瀬を睨み返すが、鬼瀬の視線がますます厳しいものとなり、空が折れる形となった。
「いや、はい。ごめんなさい」
素直に頭を下げて謝る空。弱いと思うが、空は鬼瀬の拳にメリケンサックが装着されているの見てしまったので、それも仕方のないことだろう。
「……ええ。で、制服はどうしたんですか?」
「……生徒会長に改造されちゃった」
箱庭学園も高校、ということで普通に生徒会が存在する。だが、沢山いる普通の生徒の中に普通ではない生徒もいた。
それが生徒会長――黒神めだか。
彼女は普通ではなく、特別でもない。
異常だった。
かといって、ただの男子生徒の制服を改造するからという理由で異常、と呼ぶわけではない。
文字通り、常識と異なるのだ。
カリスマ性がある。
力持ちである。
頭が良い。
物覚えも良い。
柔道などの武術も覚えていれば、書道などの技術も優れている。
これだけなら、特別だ。
それだけなら、ただの特別だ。
カリスマ性がある――ありすぎる程に。
力がある――ありえない程に。
頭が良い――常識外れな程に。
物覚えが良い――良すぎる程に。
武術や技術を覚えている――極めている。
すごくて、ありえない。すごすぎて気持ち悪い。
人間とはもう言えない。野球では、優れている者を怪物、などという表現をしているが、もし彼女を違うもので例えるのならば――化物。その表現がピッタリと当てはまる。
化物、そんな表現がピッタリな女の子。それが彼女、黒神めだかなのだ――――
「まーた、あの人ですか」
そう言ってからまた、わざとらしいため息を吐く鬼瀬。
めだかも生徒会長を務めているだけあって、知らない者も少ない。むしろいないと言っても過言ではない。
そしてそのすごすぎる彼女に余計なお世話をかかれる者も、少なからず存在する。
「あの運動会からずっと女性物を着てたんだけど……気づいてた?」
首をかしげて聞く空。普通は気づかないわけがない、しかし、今回それを着ている人間は空である。
「あなたがあまりに気にしなさ過ぎて気づきませんでした!」
「僕、学園中に女装姿を晒したんだよね。黒歴史だ……」
とある行事が水の中での活動のため、水着に着替えようとした空は、着替えるために脱いだ制服がなぜか無くなっていたことに気づいた。そして、代わりに女性物の水着が置いてあったのだ。
無くなった制服はめだかが隠していると分かり、彼女が行事に参加している間に取り返そうともしたが、見つかったのは女性用に改造された制服だった。
絶望。
それを見た空が、抱いた感情だ。
もちろん、当初はその改造された制服を直そうと努力していたが、その制服を元に戻せるほどの裁縫レベルが自分には無い事に気づき、絶望に浸りながらそのまま、箱庭学園にその制服を着て行った。
クラスの男子女子、みんなから指を指されながら笑われるところを想像していた空だが、彼を待っていたのは以外にも、興味なさげなクラスメート達の顔で、空はいつも通りの日常を送れていた。
拍子抜けしなかったといえば嘘になるが、それとは違う、何か残念なような、寂しいような、そんな感じの不思議な感覚が空の心を包んだ。
「……なんで誰も、普段と違う制服を着ているのに何も言わなかったんだろう?」
「生徒会長の傍にいますからね。それぐらいなら許容範囲なんでしょう。それに……」
そこで鬼瀬は言葉を切った。風紀委員長である自分が余計なおしゃべりを続けてしまったことに気づき、これを言い切ったら本題に入ろうと勝手に決めて、結局そのまま言い切る。
「女みたいですから」
「……風紀委員に言葉の暴力を振るわれた」
だが鬼瀬の言ったことは事実である。
空の容姿は、女、と言われれば信じてしまうぐらいの白い顔に手、そして小柄な体型をしていた。現に今、異性の制服を着ているのにも関わらず、それ程までに違和感を感じない。
「では直してください。顔を」
「いや無理だよ。直すのは制服じゃない?」
「じゃあ直してください!」
「僕に黒神ちゃんみたいな裁縫技術はないよ……」
「買い直せば良いじゃないんですか!」
「ダメだ! それは負けた気分になる!」
「もう男として負けてます!」
「なにー!」
ギャーギャーと廊下で騒ぎあっている二人に、これまた二人組の生徒が現われた。
「なにやってんだ、お前ら?」
呆れ気味に訊いてきたのは、ちゃんとした男用の制服を着た男子生徒で金髪の生徒だった。パッと見、不良に見えるがそんな事はなく、むしろ真面目で人の良い男だ。
人吉善吉。名前の通り人の善い人間で、生徒会長黒神めだか、そして空の幼なじみでもある。
その善吉の隣にいて、焼き鳥が何十本も入った袋を左手に、右手には五本の焼き鳥を、一気に口に運んでいる一人の小柄な少女は不知火半袖。一般の女子高生よりも身長はとても低いが、それとは裏腹に、胃袋はとても凶悪といわれている少女だ。
そして、不知火は二人に向かって茶化すように言う。
「仲良しさんだねー♪」
「「仲良くない!」」
二人同時に鼻息を荒くして、お互いそっぽを向く。
「仲、良いじゃん……」
廊下を歩きながら見ていた誰かが、そう呟いた。
「……今言ったの、誰ですか……?」
仲が良い、という言葉を言葉を聴いた鬼瀬は、声の聞こえたほうにゆらりと首を曲げて、人を見る。
「あなたですか! それともあなたですか!」
男、女、関係なく、歩いている人の鼻に当たりそうになるぐらいまで顔を近づけ、勢いよく鬼瀬は聞いていくが、どの人物も手を前に出して否定の意をしたり、慌てて声にだして違います、と答える人ばかりだ。
「まったく! ふざけないでください! 私が生徒会と仲が良いということは、絶対にありません!」」
大声で生徒会との仲を否定している鬼瀬の背後には、彼女から離れている善吉たちの姿があるのだが、そのことに彼女は気づかなかった。
そして気づかないまま鬼瀬は振り向いて、自分の後ろに指をさす。
「いいですか、私があんな人たちと……」
言いながら人差し指で空たちをさそうとした鬼瀬だが、すでにそこには空たちの姿はなく、何もいない空間を人差し指でさしている状況となった。
空たちがいないと気づいた鬼瀬は、わなわなと全身が震えだし、顔を真っ赤にして叫んだ。
「不愉快です!!」
□ □
■ ■
「フン! まったく……」
どしどしと歩いきながら何かを呟いている彼女に、思わず生徒達は道をあける。
彼女の頭に浮かぶのは生徒会の面々。
黒神めだかは、制服を改造して胸元をさらけだし、阿久根高貴はそれを真似している。人吉善吉はなぜか制服の中にジャージを着ていることが分かるようにしていたし、喜界島もがなは中にスクール水着を着ていた。
この前に注意した甲斐あってか、善吉は中にジャージを着るのを止めたが、他のメンバーはそのままだ。
生徒会たちが自分の思うようにならず、違反している生徒がいなくても気持ちが高ぶり、何かに暴力をふるってしまいそうになるのをなんとか我慢していたが、彼――守原空をみた瞬間に鬼瀬の我慢は限界を迎えた。
あの時、彼が生徒会室にいなかった訳ではない。
むしろ堂々といた、堂々過ぎるほどに。
彼は異性の制服を着ているにも関わらず、ただ黙々と仕事をこなしていた。そのときに彼女は思ってしまったのだ、ああ、生徒会にもまともな人はいるんだな――と。
彼が男だと彼女が気づいたのは、生徒会のことを話題にして、風紀委員の仲間たちにそのことを話していたとき、男は3人だと言われて鬼瀬が調べてみたところ、女だと思っていた空は男だということが分かった。
彼女は憤慨した。自分の風紀眼が悪を見過ごしてしまったことに。彼が無駄に可愛いことに。女の格好をしている変態の癖に生徒たちからの人気が自分よりもいいことに。なにより――迷ってしまった自分に。
風紀委員になって学校を守ると決めたとき、自分はたとえ、友達を傷つけることになっても、みんなから嫌われることになっても頑張ると覚悟した。
だがしかし。
しかしだ。
変態よりも人気が下、だけどそれでも頑張れるか、一瞬迷う。
一瞬、ほんの少しだけ、彼女は迷った。
迷ってしまった。
自分の決意は変態ごときに曲げられるものだったのかと、すぐに反省した。しかし同時に苛立ちも覚えた。そんな彼女にとって、生徒会が不愉快なものに変わるのにも、そう時間はかからなかった。
「ふぅ」
一息。
思い浮かんだ昔の出来事に、彼女は文字通り一息入れた。
自分が他の生徒に嫌われていることは分かっている。彼よりも嫌われていることは分かっている。
当たり前だ。先生以上にうるさくて厄介な存在を嫌がらないわけがない。
だけどそれでも自分は――
「む?」
正義を貫こう。
決意の言葉を彼女が思い浮かべたとき。
彼女の目の前に、箱庭学園の異常者にして自分にとって諸悪の根源と言える、生徒会長、黒神めだかが現われた。
□ □
■ ■
「それにしても珍しいな」
「何が?」
生徒会室。長机が二つ対照的に置かれており、本棚も置いてある。その場所で空と善吉は向い合うように座っていた。
生徒会長が座るべき場所、すなわちめだかが座る場所だが、異常な生徒である黒神めだかが座る席に彼女の姿は見受けられない。どうやらまだいないようだ。
善吉の他にも生徒会役員は二人いるのだが(空は生徒会役員ではない)、その二人の姿もまだ見えない。なので空と善吉、二人だけの空間となっていた。
「お前が誰かと仲悪くなるなんて」
「……だって僕のことを女っぽいって言ってきたんだよ! 酷くない!?」
「さーて今日も仕事すっかー」
「あれ、話しそらされた?」
会話をしつつも両方、仕事の手は休めない。
空は本来、生徒会役員などではない。ないのだが、黒神めだかの嫉妬が関係して、仕事をつき合わされるている。しかし最近では、自分から生徒会室に来るようになっており、仕事を手伝うことが彼にとって当たり前の事になりつつあった。
もしも彼が本気で拒否すれば、放課後に生徒会室で仕事をせずに済むはずだ。しかしそれでも手伝っているのは、この状況を少しは好んでいるからだろう。
指を動かし続けて疲れたのか、仕事をする手を休め、背伸びをしてから何気なく空が口を開く。
「それにしても鬼瀬さんねー」
「ああ? 何だ、どうした?」
「風紀委員だなーって」
「?」
風紀委員という単語に疑問の顔をする善吉。
もちろん言葉の意味が分からないという訳ではないが、その言葉が何をさしているのかが善吉には分からなかった。
「それがどうしたんだよ?」
聞いてきた善吉に、空はため息をしてから答える。
「良くも悪くも真面目だなって言いたいの」
「風紀委員なんだから、それは仕方ねーんじゃねーの?」
「……真面目すぎるのが問題なんだよ」
小さく呟く。
その言葉は善吉には届かなかった。
そして、自分が何を問題としているか言おうとしたが、それは別な音によって阻まれる。
「失礼します」
ガチャリと生徒会室の扉を開いて入ってきたのは、茶髪で今時の女子高生といった感じの、喜界島もがな。
生徒会では会計を務めているが、競泳部に入っていて、特別体育科のクラスに所属しており、スポーツ特待生なだけあって、彼女は競泳部のエースとしても名を馳せている。
無言で、もがなは二人どちらかの隣に座るでもなく、彼女は長机の端っこにちょこんと座り、電卓を胸ポケットから取り出して会計関係の仕事を始める。
――うわーどうしよう。失礼しますとかじゃなくて、もっと軽くするんだったー。気まずいよーー。
特別体育科に在籍している彼女でも友達が少なく、コミュニケーション障害という、彼女にとって深刻な問題があった。
一応、彼女にも友達、どころか家族同然の先輩たちがいる。実は生徒会に入ったのはその先輩たちの友達を作ったほうがいい、というアドバイスから生徒会に入ったのだが……彼女はその生徒会メンバーにさえ、まだ完全には馴染めていなかった。
どうしよう。
もがなの頭の中に、その言葉ばかり浮かんだ。
――この状況を作っちゃったの多分……私、だよね。あーもう、私のバカ!
彼女にはそれほどの罪はないのだが、それでも彼女はお構いなしに自分を攻め立てた。しかし、心中ではうるさい彼女の声も、生徒会室には伝わらず、沈黙が保たれる。
「…………」
「…………」
「…………」
話を遮られたせいか、それとも微妙な空気につられてか、空と善吉も話を止めて、無言になりながら仕事を再開している。
何も話さずに手を動かしているこの状況を、関係ない人が見たら、空たちのことを真面目だと思うだろう。
だが、今の彼達に真面目な思いなど一切なかった。
――やべェ、気まずい。
――失礼します……か、機嫌悪いのかな。
――私のせいなのに……。どうしよう……。
それぞれがそれぞれ、この静寂に包まれた空間のことしか考えていない。
カリカリカタカタ。
生徒会室に、ペンや電卓で書類、案件の仕事をこなす音だけが静かに響き、誰も何も何も言わずに時間だけが過ぎてゆく。
そこに突然、大きな音をたてて扉が開いて
「落ち着け! 鬼瀬君!」
「落ち着いていられますっかい!」
突然入ってきたのは、おかしな日本語になって手と足をバタつかせながら今にも周りを巻き込んで暴れそうな鬼瀬風紀委員と、それを止めようとしている元柔道部の王子、長い金髪の髪をして、女性からは好まれそうな顔をしている阿久根高貴。
そして生徒会長、黒神めだか。
「ムキー! あの人はなんなんですか!? 全然私の言う事を聞かないですし!」
「君は俺の言う事を聞いて大人しくしてくれ!」
「だったらあの人の服装を正してください!」
黒神めだかの服を指さす鬼瀬。
彼女の服装はといえば、制服を改造して胸元を大きくさらけ出しており、とても風紀的には良いと言えない服装だ。どうやらそのことを咎めようとして、ひと悶着あったらしい。
「……えーと。そのまま暴れちゃったら色々直さなきゃいけなくなるから、止めてほしいなー」
「空さんはいい加減、その制服を直してください!」
空は鬼瀬を落ち着かせようと説得を試みたが、失敗に終わる。異性の制服を着ているという情けない理由で。
「修理費にいくらかかると思ってるの!」
「正義のためならお金なんて
「めだかちゃんはこっちがなんとかするから! ていうかめだかちゃんからも何か言ってくれ!」
目を瞑って、彼らの状態を生徒会室の閉じられた扉で寄りかかりながら、様子を見ていためだか。
善吉から声を求められたので、口を開き、断言する。
「服装を直すのは無理だ」
「なんでですか!」
「あ、それ言っちゃあ……」
「イヤだから」
簡潔だった。
「やっぱり離してください! 力ずくで分からせます!」
顔を真っ赤にして怒り狂う彼女に、もがなと同じ特別体育科の阿久根先輩も彼女を止めている手を振り払われそうになる。
柔道部である彼が振り払われるかもしれないところを見ると、さすがは風紀委員と言ったところだろう。たとえ女性でも、不良を鎮圧できるだけの力がある。
「阿久根先輩、絶対に離さないで! 話せば分かるってもんじゃない!」
それから数十分間、騒がしい声が生徒会室にずっと響いていた。
□ □
■ ■
「次に来るときには直しておいてください!」
まったくもう! と独り言を呟いてから、扉を乱暴に開いて、鬼瀬はプンプンという擬音が付きそうな程に怒って帰っていった。
彼女は気づかない。
怒りながら帰ってゆく鬼瀬の後ろには、金髪で、強く険しい目をした不良のような生徒が一人、鬼瀬の後をつけていたことを。
「♪」
彼女は気づかない。
さらにその後ろから、様子を見ていた不知火の存在に――
「とまあ、こんな感じで今回も失敗したようです……」
風紀委員室。
そこで一人の女性がメモを見ながら、椅子に座っている男に説明をしていた。
「しかもその後、十人以上もの不良から絡まれたのを生徒会に助けられるという借りまで作ったらしいですが……彼女に何か処分を与えますか?」
内容は残念なものだが、声色にはそれを無念だという様子がない。まさにただの報告といった感じだ。
「んー、いいよ別に。鬼瀬ちゃんがカワイソーじゃん」
説明された者――
「だけど助けるねえ……まったく――」
彼は操作していたゲーム機を宙に投げてそのまま、
「正義と聖者は相容れねえ」
この日を境に、守原空――彼の日常は、大きく変わることとなる。
言いたいことは分かります。だから僕は逃げず、読者さんに言います。
……てへっ