とある箱庭学園の生徒物語   作:じょーく

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「風紀委員を救ったよ!」

「教えてあげた私にも感謝してね♪」

「するするー! おかげで僕の制服も元に戻ったし!」

「あひゃひゃひゃ。逆に不自然♪」

「…………」

「……泣きそうにならないでよ。風紀委員のこともっと教えてあげるからさ」

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

「防音設備? ああ、そういえば最近よく音楽とか聞こえてくるね」

 

 現在、めだかは鼓笛隊の格好をして、男性の格好に戻った空と一緒に廊下を歩いき、吹奏楽部に向かっている。

 なぜかと言えば、空の言った通りオーケストラ部の防音設備に問題があるため、近くで活動している部活の苦情が多く、その防音設備を一度、めだかたちの手で直すためだ。修理用器具も忘れずにちゃんとめだかの手にある。

 ちなみに空が男性の制服に直されたのは、昨日、鬼瀬風紀委員が不良から助けてくれたお礼ということで、見事男物の制服を手に入れたからだ。

 

「うむ。どうやら老朽化のせいで、防音の意味を成していないようだ」

「へー、僕なんかはむしろ、音楽が聞こえてきたほうが楽しくて好きだけど」

 

 肩を落としてどこか残念そうにする空。言ったとおり音楽が廊下まで流れているのが好きなのだろうが、近くで活動している部活動からしたら、耳を阻害する行為など、害のほかにならないだろう。

 

「みんながみんな、そういうわけにはいかんさ」

 

 慰めるようにめだかが空に言った。

 言う際、思わず空を抱きしめたくなる衝動に駆られたが、なんとかめだかは堪える。

 

「あ、不知火ちゃん」

 

 空がそう言って指をさしたところには確かに不知火の姿が見えた。めだかはそれを見て、自分の口角が下がるのを感じる。

 

「やあやあ、お嬢様に空君、今日も生徒会のお仕事ご苦労様でーす♪」

「む……」

 

 二人きりで話している状態から、不知火が入ってきたため、少しめだかは不機嫌になるが、そのことをできるだけ表に出さず、不知火に言葉を返す。

 

「不知火か……まあな、善吉や阿久根書記、喜界島会計がいるおかげで随分(ずいぶん)と楽をさせていただいている。そっちにも激励をしてやったらどうだ?」

 

 さりげなく不知火を追い返そうとするめだか。だが、その言葉に不知火は、

 

「いえいえー、せっかくだからお嬢様と空との仕事ぶりを見せてもらいますよー♪」

 

 と言った。

 

「……そうか」

「はい♪」

 

 仲が良さそうな二人、しかしその二人になぜか空は、絶対零度(ダイヤモンドダスト)のような空気を感じて思わず体を震わせる。この空気が少しでも柔らかくなるのを念じて空は、続きそうな二人の会話を無理やり自分の言葉で終わらした。

 

「い、良いじゃん! 三人のほうが賑やかだし、楽しそうだよ!」

「そーそー♪」

「……フン。まあ、良いだろう」

 

 そうして一見(・・)、仲良しな三人が吹奏楽部の活動場所へと歩みを進めた。

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

「なに……これ?」

 

 ボロボロの第二音楽室。

 壊れた楽器。

 傷だらけの部員達。

 

 空たちを待っていたのは、そんな、日常とは程遠い光景だった。

 

 空は第二音楽室から出て、ここが本当に第二音楽室なのか確認するため、扉の上に飾ってある表札を見る。

 

 『第二音楽室』

 

 確かにそこには、そう書いてあった。

 

「なに……これ?」

 

 この凄惨な光景が、空には認めることができず、もう一度繰り返す。

 クラリと空の体が揺れ、そして空は自問する。

 なぜ僕はこのことを覚えていなかったのかと。転生していたのになんで覚えてなかったのか、よりによって僕はなんで1話しか見なかったんだと。

 

 後悔。

 懺悔。

 

 彼は自分という存在を(・・・・・・・・)恐れていたことがある。

 自分という、本来は存在しなかった『イレギュラー』が介入して、どうなるのか、そう考えたことがある。

 本来救えた人を救えなくなるのかもしれない。自分のせいで。

 何も起こらないはずのところで、事件が起きる。自分のせいで。

 

 自分が出てきたせいで、自分以外の誰かが傷つく。

 誰かが傷つくたびに、後悔した。

 神様にお願いすれば良かったと、後悔することも多かった。

 

 黒神めだかから離れる。もちろんその案は最初に彼の頭に浮かんだ。

 実行した。

 失敗した。

 彼には出来なかった。

 もう、彼が彼女と関わった時点でイレギュラーは起きているのかもしれないのだから。

 だから、彼女のピンチには彼も加わるしかなかった。

 

 いつからだろう――僕が『イレギュラー』関係なく人を救いたくなっていたのは。

 

 彼は自分に問う。

 

 いつからだろう――僕が転生者だと言う事を、『偽者』だと言う事を忘れていたのは。

 

 考えが、思いが、思い出が、彼の頭の中で回る。廻る。周る。

 

「鬼瀬ちゃんタオル持ってきてくれたの? ワリーワリー、いっつも忘れちゃってよー」

 

 場にそぐわぬ子供の呑気な声に、空は今の現実へと戻される。返り血まみれ(・・・・・・)の子供がいる現実など、認めたくもなかったが、空はこの最悪な現状に呼び戻された。

 風紀委員長、雲仙冥利。水色の髪がナチュラルに立たせてあり、10歳という年齢に合った小柄な体型。その返り血にまみれている彼こそが、風紀委員のリーダーにして一年十三組、特別特別科。黒神めだかと同じ、『異常』な人間。

 

「で、なに。なんでテメーらも来てるわけ?」

 

 冥利は鬼瀬が持ってきたタオルで、自分についている血を、汗を拭くようにしながら、まるで今の光景が普通であるかのように、めだかたちに聞いてきた。 

 

「なんで……って、こっちが聞きたいよ……なにこれ?」

 

 空は聞かざるをえなかった。

 この異常な光景を前にしたら、聞くしかなかった。

 

「ああ、安心しとけ、保健室には連絡済だ」

「ははは……赤さんが大変だ……」

 

 赤青黄という保険委員長の顔と乾いた笑みを、それぞれ頭と顔に浮かべながら、空はやっとのことでそう言った。

 

「ケケケ、良いおっぱいしてるなあ黒神。てめーの格好を見る限りどうせ平和的解決でも考えてたんだろ?」

 

 無言、それを冥利は肯定と受け取った。実際その通りに、こんな暴力など加えず、防音設備を直そうとめだかは考えていた。

 平和的、そう言えばそうかもしれない。

 この、やりすぎ(・・・・)な所を見れば。

 

「甘えんだよ! ルールを破った奴らがそれ相応の罰を与えられるのは当然だろうが! 必然だろうが! 小学生だろうと高校生だろうと、罰を与えられずに許されちまう世の中なんざ有り得ねえ! そんなこと、この俺が認めねえ!」

 

 そして彼は叫ぶ、自分のモットーを。

 

やり過ぎなけりゃ正義じゃねえ(・・・・・・・・・・・・・・)!」

 

 それが彼のモットーであり、自分の信じる正義である。

 

「そして黒神! だからといってそのために、お前たち生徒会と敵対するつもりは――あるっ!」

「!」

 

 空たちにどんどん近づいてゆき、冥利は右手を上げる。その動作とほぼ同時にめだかの頭が揺れた。冥利の右手から何かが放たれたのだ。ボロボロの楽器や人を作ったのはこの攻撃からだろう。それがめだかの頭に直撃した。

 

「黒神ちゃ……!」

「貴様から攻撃される理由がない」

 

 凛とした声が第二音楽室に響く。

 人が動かなくなる程の、楽器が目に見えて壊れてると分かるほどの攻撃が当たったにも関わらず、いつもと同じ、彼女の声が彼女の口からでた。

 

「ゆえに、避ける理由がない」

「……ケケケ、思った以上に聞いた以上にバケモンだな――だがよ」

 

 冥利は近くにあったボロボロの壊れかけた椅子に座る。椅子はキィキィと軋む音をたてるが冥利は気にせず、不適に笑う。

 不適に。

 不敵に。

 冥利は子供に似合わない、笑顔を顔にする。

 

「傷つけるのがお前以外の生徒会メンバーだったとしたら、どうなっちまうのかな?」

「黒神ちゃん以外の……?」

 

 めだか以外の生徒会メンバー。

 すなわち、人吉善吉。阿久根高貴。喜界島もがな。その彼達を、めだかの代わりに傷つける、冥利はそう言った。それはある意味、めだかを傷つける以上に彼女を傷つける。

 だが彼女はそれを聞いても、顔色を変えず、困ったような表情を浮かべるだけだった。

 

「……やれやれ、愚かなことをしてくれたものだ」

 

 めだかはため息混じりに、不知火と空に話しかける。

 

「不知火と空、上手くいったら私が満漢全席を振舞ってやるから、ここは任せたぞ」

「はい?」

「へ?」

 

 何を――そう空たちが聞く前に、めだかは鼓笛隊の格好をした服をその場に投げ捨て、何時もと同じ、胸元を大きく開けた生徒会限定の黒い制服に変え、その場を駆ける。

 

「行かせねえよ……ってあり?」

 

 座ったまま冥利はまた右手を軽く振り、何かを投げるが、当たったのはめだかが投げ捨てた鼓笛隊の服だった。そしてめだかはその隙に、開いたままの扉から廊下へと出た。

 こうして第二音楽室には空と不知火、冥利と鬼瀬の4人となった。

 

「チッ! 逃がさね……なんのつもりだ? (おとこ)(おんな)

「いや任されちゃったし……」

 

 椅子から立ち上がり、すぐにめだかを追いかけようとした冥利だが、扉の前に立ちはだかっている空によって阻まれる。

 

「どけ」

 

 冥利が右手を軽くあげる。

 

「どかせていただきます」

 

 空はどいた。

 

「……手前ェもだよエアおっぱい!」

 

 しかし空がどいた先には、腕を組みながら不知火が立ちはだかっていた。

 にやりと笑って不知火は言う。

 

「あひゃひゃ♪ 私も本当は嫌なんだけど、お嬢様に頼まれちゃったしー、なにより満漢全席を食べさせてくれるっていうから♪」

「ああ!? テメーでオレが止められると思ってんのか?」

 

 不知火に向かって冥利は凄んでみせるが、不知火はそんなことを気にせず、余裕たっぷりに、変わらず笑いながら答えた。

 

「んー? 風紀委員長さんは校則違反をしていない生徒に手をあげるのかなー♪」

「その手があったか……」

「……チッ! 鬼瀬ちゃん、今日はこいつが校則違反してたところとか見てねーか?」

 

 鬼瀬は見ていた。ここの音楽室に来る前に、不知火がお菓子を食していたところを。

 しかし鬼瀬は――

 

「はい、食べてませんでした」

 

 そう答えた。

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

『黒神めだか以外のメンバー襲撃計画、失敗です』

 

 冥利は電話が掛かってきたアイフォンから、副委員長である呼子の報告を聞いて怪訝な顔をした。

 3分。彼女の仲間を始末するのには、それだけの時間があれば十分だった。

 だがその3分後、彼のアイフォンから来たのは成功の報告ではなく、失敗の報告だったのだ。

 

「はあ? 失敗?」

『はい。全員が全員とも、失敗に終わりました。しかも――』

 

 失敗しただけならばまだ良かった。問題は失敗の内容(・・)だ。

 めだかは誰も傷つけず、生徒会メンバーを救った。

 誰も。

 味方も。

 敵も。

 傷つけず、救って見せたという内容だ。

 

「満漢全席かー、どいちゃった僕にも食べさせてくれる?」

「ヤダ♪」

 

 冥利の耳に、空と不知火の楽天的な会話が聞こえる。それが冥利を余計に腹立たせた。

 しかし、今の冥利を腹立たせる問題はやはり、めだかが風紀委員を傷つけていないというところだ。

 

 やり過ぎなければ正義ではない。

 

 それを鼻で笑うかのごとく、彼女は誰も傷つけず、自分の正義を全うしたのだ。

 

 しゃくに障る。

 腹が立つ。

 

 まるで鏡だと、冥利は思う。

 左右反対。彼女は自分とは圧倒的に違う。

 真反対。冥利は人間が大嫌いだ。弱くて脆くてずるくて、ルールさえ守れない人間なんて大嫌いだ。

 めだかは人間が大好きだ。偉くて清くて正しくて、口ではどんな事を言っても、本当は優しい人間が大好きなのだろう。

 

 自分とは違う。

 もしも冥利がめだかの立場だったのなら、彼は向かってくる敵を圧倒的に、虐殺的に叩きのめした。

 

「なのに誰も傷つけないで救った? ああ! 何それ? 上等だ。あいつが偽善者ならこっちに取り込んでやるつもりだったが……」

 

 冥利は苛立ちを吹き飛ばすかの如く、右足の蹴りを壁に叩き込む。

 それによって、爆発音に近い音がしながら、第二音楽室の壁が吹き飛ぶ(・・・・)

 

「そこまでイカれてんのなら黒神、テメーを鏡同様に叩き壊してやんよ!」

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

 空は、冥利の蹴りによって破壊された壁から覗かれる廊下を正面にしながら、たたずんでいた。空も途中からは軽口を叩いてはいたのだが、けっして心中は穏やかというわけではなかった。むしろ、自分のことが心底憎いとも思っていた。

 

 オーケストラ部員たちが傷ついたのは、空の介入のせいなのかもしれないのだから。

 

 冥利のアイフォンから掛かってきた電話、冥利が誰かとしている会話で大体の内容を、空は理解していた。

 また、めだかが人を救ったのだ。

 誰も傷つけず。

 敵である風紀委員でさえも傷つけず。

 彼女は全員を無傷で救ってみせたのだ。

 

 冥利もまさか、敵に立ち回った風紀委員も傷つけないとは思いもよらず、自分の予想が外れたからか八つ当たり気味に第二音楽室の壁を蹴って、大穴を開けた。

 不知火はそれを見て、さすがにそれ以上風紀委員を敵にまわすような行為を止めようと、大穴が開いた扉の前には立ちはだからず、大人しくどこかに行った。鬼瀬もどこかに行った。

 

 空は何も言わなかった。

 

 冥利がそこから廊下に出て、めだかたちに何かすると分かっているにも関わらず、彼は黙ってそれを見ていた。

 

 彼は知っていた。

 めだかが全てなんとかしてくれると。

 

 彼は分かっていた。

 めだかはどんなピンチでもなんとかできると。

 

 彼は覚えていた。

 中学二年の春休み、結局自分が何もしなかったことを。

 

 彼は気づいていた。

 自分は単なる足手まといだということを。

 

 彼は思い知った。

 もう自分は、邪魔な存在なだけだと。

 

 彼はもう――動けない。

 動かないで、何も言わないで、ただ、たたずむ。

 廊下を映している瞳には、感情を交えず、ただ、その景色を映しているだけだった。

 

「あー、違う違う。これじゃあダメだよね」

 

 空は一人で呟く。

 自分を慰めるように。

 

「第一そんなこと、何回も考えたし」

 

 あるいは奮い立たせるように。

 

「ここで動かなきゃ僕はまた(・・)、後悔する。だから動こう。人として働こう」

 

 彼は目に光を宿して言った。

 

僕は誰を敵に回しても(・・・・・・・・・・)絶対に助けてやる(・・・・・・・・・)

 

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