とある箱庭学園の生徒物語   作:じょーく

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 本来なら校舎一帯が吹き飛んでもおかしくなかった量の『灰かぶり』ではあったが、それは、空が作り出した爆風の逃げ道と、めだかの行動により、まぬがれた。

 

 ロッカーを抱えるような格好で守っていためだかは、その態勢のまま外にまで投げ出され、制服を改造していた時よりも肌を露出させる形となり、そこからは火傷(やけど)()り傷が見える。

 だけど、自分が傷だらけでも傷がなくても、空が無事でも無事じゃなくても、そんなことがどうでもよくなるぐらいに、彼女の心も悲鳴をあげていた。

 

――ああ、もうダメだ。

 

 めだかは爆風による気圧の変化で、鼓膜は裂け、分かる限りでは肺も破裂している。もしかしたら、自分は死んでいるのかもしれないと錯覚する程までに彼女の意識は、はっきりとしていた。

 

――もう、ダメだ。

 

 努力が報われたのか、幸いにもロッカーに隠して爆風から身を守らせた三人は、顔や手はすすで汚れていたものの、目立つ外傷はなかった。

 しかしそれでも、めだかの思いは止まれない。

 

――もう、無理だ。

 

「……ざけんなよ黒神。扉が開いて、爆風の逃げ道は確かにできちまったが、それでもオレが、少しは命がけだったことに変わりはないんだぜ! なのにテメーはともかく、そいつらまで無事とは、一体どんな手品を使いやがった!?」

 

 めだかの後ろから、何かが聞こえる。

 鼓膜が破れて耳鳴りもひどく、音がろくに聞き取れないめだかであるが、おそらく、冥利がなぜ自分以外の三人も無事なのかを聞いているのだろうと、めだかは推測して、小さな声で答える。

 

 さっき自分が爆発の寸前、花瓶に入っていた水をばらまいたこと。近くにあったボールを外に蹴り飛ばしたこと。ロッカーにこの三人を閉じ込めて守ったこと。

 

 順番に、落ち着いた声で、めだかは答えた。

 語調が荒れそうなのを必死に抑えて、めだかは答えた。

 

――もう、限界だ。

 

「――――! ――――――――――――――! ――――――――!」

 

 声が、聞こえる。

 だがめだかはもう、知らない。

 

「うるさい」

 

――うるさい。

 

 耳鳴りがひどい。

 頭が痛い。

 めだかの思考が単純になる。

 

 音が、邪魔だと。

 考えが、邪魔だと。

 

 雲仙冥利が――邪魔だと。

 

――うるさい。うるさいうるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!

 

「哀れなことだ」

 

 めだかは立ち上がって、冥利の姿を見据える。

 自分で音を発して、耳から聞こえてくる、頭に直接響かせるような音を意識しないように、自分をごまかすよう、めだかは静かに声を発した。

 

「貴様も」

 

――貴様も。

 

「かつては人の優しさを信じ、人のために動く優しい人間だったに決まっている」

 

――私の大好きな人間なのだから。

 

「何か貴様のトラウマを作るような重大な事件が近くに起きて、それがきっかけでそのような残虐無比な性格を帯びてしまったとしか考えられん」

 

――だけど。

 

「それでも私は貴様の事を――――絶対に許しはしない!!」

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

「乱神モード」

 

 めだかの髪が、青色から紅色に変わる。それはめだかが怒った合図、それはつまり『乱神モード』に変わったということを示す。

 

「……何年ぶりだっけ。あのめだかさんを見るのは?」

 

 高貴が嘆息しながら、善吉に聞いた。事情は説明されていないのに、なんとなく、どういう事があってこんな事になったのかは把握できているのだろうと、善吉は思った。なにしろ善吉の先輩にあたるこの人も、めだかの有能さに隠れているが、彼も普通より優れていることに変わりはない。

 

「最後に見たのは中学二年の春休みですから……一年半ぶりぐらいですよ」

「春休み……あれは結局、空君の良い所どりだったね」

「……そうですね」

 

 怒りを色で表すと、赤、もしくはそれに近い色、というのが一般的な考えだろう。

 まるでその色が、怒りがめだかの青い髪に流れ込んだように、彼女の髪の色は紅色に変化した。黒神めだかが怒る。めったに怒らない彼女が怒る。それだけで、冥利の負けは確定した。

 

「終わったぜ、雲仙冥利。もう今のめだかちゃんは止められねえ」

 

 あいつ以外に。

 そう心の中で付け加えながら、これから起こるであろう、怒るめだかの苛虐(かぎゃく)をどう止めるべきか、善吉は考えた。

 

 『春休み』

 思えば中学二年の春休みを善吉は思い返していた。

 

 その頃、善吉のもう一人の幼なじみであるめだかと自分を避けていた空。もちろん善吉は、空の事情など知ったことはないので、なぜ空が自分たちを避けていたのかは善吉にとって、今でも謎であった。

 

『あ?』

 

 めだかが殺されるかもしれない、そんな時に、ヒーローのように彼は自分たちを守るために来た。空が来てくれたときは、思わず自分たちを避けていたことなど頭からすべり落ち、ただ、彼を見守っていた。

 空の『異常』さを、見守っていた。

 なぜ、彼を凡人だと思えていたのか、善吉は今でも疑問に思う。

 

『……ごめん、助けられなくて』

 

 なぜ、彼は自分たちに謝ったのか、善吉は今でも不思議だ。

 敵を救えなかった、そういう理由ではないだろうことは分かっている。彼のあの言葉は、確実に自分たちに向かって言ったのだ。

 

『僕が助けた?』

 

 何を言っているんだという目で、こちらに返してきた幼なじみ。演技をする必要も意味もないのに、そう空は言った。照れ隠しなのか、それとも――演技じゃないのか。だとしても、なぜ、どうして、彼は――

 

「って、今さら考えても仕方ねーか」

 

 善吉は後頭部を左手で掻いて、少なくとも今は考えるときではない、空と自分とじゃあ違うのだから、昔のことを思い出したって今のめだかは止められないと。そうやって善吉は再び、今の現状に目を向ける。

 

「黒神さん、どうしちゃったの?」

「ああ、あれは――」

 

 善吉はまず、胸に手を当て、心配そうにめだかを見ているもがなに、乱神モードのことを説明することにした。

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

「――ガハッ!」

 

 冥利は乱神モードとなっためだかの拳を腹にくらい、何度かバウンドして、『灰かぶり』で崩れた校舎から隣の校舎にまで吹き飛んでゆく。皮肉にもその姿は、スーパーボールを連想させた。

 

「あり、えねえ、だろ」

 

 特別制服、『白虎(スノーホワイト)』。弾丸どころかダンプカーに轢かれたって使用者の身を守る。だが『乱神モード』となっためだかは、その防御力を貫いて、たった二撃で、冥利を一気に戦闘不能近くにまでダメージを負わせた。

 

「クソッタレ……」

 

 予想外の事態に冥利は弱弱しい声で悪態をつく。

 まさかここまで、容赦なしにやるとは思いもしなかった。いや、怒るとは冥利も予想できていた。ただ、規模(・・)が違う。

 嵐さながら。

 怪獣さながら。

 災害のように、化物のように彼女は怒ってしまった。

 

「こ、の、バケモンが……!」

「ああ、これから化物(ばけもの)のように、(けもの)のようにお前を壊してやる!」

「ケッ、なんでオレの声が聞こえてんだよ。耳から血が出てるぜ。鼓膜、破れてんだろ?」

「ただの読唇術だ」

「……そうかい」

 

 会話をしている最中にも冥利は考えを巡らせる。

 今からでも謝って許しを請うべきなのかもしれないが――それは風紀委員長としてのプライドが、彼のその行動は許さなかった。

 ではどうする。

 勝つしか手はない。

 

「やってやらあ……」

 

 冥利はめだかと10メートル程あった距離を片足で跳んで、一気に間合いを詰める。その勢いのまま、『超躍弾(スーパーボール)』を左手で投げつけながら、右手でめだかに殴りかかる。

 

「ぐ、が……!」

 

 めだかは『超躍弾』をかわしながら、また、冥利の腹に拳を突き刺す。

 また、別の校舎にまで激突をさせられる。跳ねて跳ねて、スーパーボールのように。もはや冥利は、いつ気を失ってもおかしくない状況にまで陥っていた。

 血を吐き。

 ボロボロで。

 風紀委員長の威厳なんてあったもんじゃない。

 

 それでも、冥利は歯を食いしばり、自分の気絶を許さない。

 

 そして、それで良い(・・・・・)

 ここまでは覚悟の上だ(・・・・・・・・・・)

 

 めだかが冥利にとどめを刺そうと、近づいてくる。

 

――もっとだ、もっとこい。

 

「ケ、ぐ……ケケケ。どうした、来いよ黒神めだか。決着をつけようぜ……!」

 

 冥利は額から垂れている血をぬぐいもせず、無理やり体を立ち上がらせて、いくつもの玉を指に挟んで構える。これで全ての手はずがととのった。

 

「……どうやら何かたくらんでるらしいな。しかし、今さらどんな策を行っても手遅れだ」

 

 自分の考えている策に対策を練る様子もなく、めだかはどんどん近づいてくる。それが強者こその余裕でも慢心でも、冥利にとって好都合なことに変わりはない。

 

 彼女は右手を上げる。彼は笑って、無数の玉を投げつける。

 いくつもの玉が当たっても、彼女は止まらず、そのまま冥利に向かって右手を振り下ろそうとした、時だった。

 

 彼女は、止まった。

 

「ケケケ! どうだ黒神! 今さっきテメーに投げたのは『鋼毛玉(ストリングボール)』。これがオレの正真正銘、最後の隠し玉(・・・)だ!」

 

 めだかに絡まっている糸が、夕日に照らされてキラリと光る。『鋼毛玉』から出ているその糸にこそ殺傷能力はないが、代わりにとてつもない頑丈さを備えていた。冥利が着ている、ダンプカーに轢かれても耐えられるという『白虎』も、その糸を使って編まれている。

 

 めだかは自分を縛っている糸を見ようとしたのか、少しだけ視線を彷徨わせ、それから、独りごちるように呟いた。

 

「ルールでは縛れなくても、糸ならば縛れる……か」

「その通り、これぞオレ様名物、霞網(かすみあみ)! おおっと安心しとけ、糸に引っかかるようなヤローは今、あの校舎にいねーぜ。テメーの大好きな人間様はご無事だ」

 

 そこに今は人がいないことも計算済みだ。わざわざそのためだけに、冥利は殴り飛ばされたのだ。ルールを侵していないものに、罰は与えられないから。

 

「一本ありゃあ5トンある物でも吊り下げられるって代物の、常識じゃあ、ありえねー糸! 車を使おうがハサミを使おうが、もう糸を引っ掛けた後ろの校舎に行ってほどかねえ限り、テメーは絶対に動けねえ!」

 

 めだかは静かに、声を発した。

 

「……物と人を、一緒にするなよ」

「ああ?」

 

 まさか。

 ありえない。

 冥利の浮かんだ考えに、彼自身否定する。

 

「おい……ウソだろ!」

「私は生徒会長だぞ」

 

 彼女の後ろにある、校舎が揺れた。

 彼女を結んである、校舎が揺れた。

 

「ふざけんな! それは……校舎ごと引きずって歩いてるってことだろうが!」 

 

 できるわけがない。

 

 常識なら。

 

 だけど彼女は化物で、

 

 

「学園校舎の一つや二つ、動かせんわけがなかろうが!」

 

 

 『異常者』だ。

 

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