もしも冥利がこうなってしまった理由を話すのならば、今、この時なのだろう。雲仙冥利は『異常』である。
冥利は生まれて数日経ったばかりの、赤子と呼ばれるような時でも、その頃には子供向けとは言えないような本も、簡単に読むことができた。舌足らずではあったが、会話もこなせた。
親たちはそんな冥利を気味悪がり、冥利の事を嫌っていた、という事はなかった。
普通の子供のように愛情を注いで育てられたし、厳しくも育てられた。冥利の後に生まれた弟たちは異常ではなかったが、それでも両親は、それを差別することなく、普通の家庭であるように普通に育ててくれた。
自分とは違う両親たちを嫌っていたか、そう問われれば冥利は迷わずNOを選ぶ。
警察官という職業を勤めていた父は尊敬の念すら抱いてたし、自分の事を普通に育ててくれる母親の事も普通に好きだった。
自分と同じ『異常』である
それでも冥利はまだ自分と姉がどういう存在か理解していなかった。分かっていなかった。自分たちにそのような『日常』は『異常』とは絶対的に相容れないことを。雲仙は『あの日』、思い知らされた。
『その日』は、一番下の弟の、誕生日だった。母親から、夜に食べるバースデーケーキを姉と一緒に買ってきてくれ、と頼まれた。冥利と姉は嬉々として、それを引き受けた。今思えば、あれは姉や兄としての自信をつけさせるために頼んだのだろう。
冥利も姉も、まだ小さく、『異常』ではあったが、それでもケーキは簡単に買えた。姉も嬉しそうに、ケーキを店員から受け取った。ケーキを渡した店員も笑顔だった。冥利も当然のように笑顔だった。姉はケーキを持ったまま、冥利に財布を渡し、自分のお金とそのお金を合わせ、帰りの途中に弟の誕生日プレゼントを買った。冥利はそれを両手で落っことさないように、慎重に運んだ。
家に着き、お使いを終えた彼たちを待っていたのは笑っている家族たち、などではなく、暗闇。その時の季節は冬だと言う事もあり、外が暗くなるのも早かった。それもあり、リビングへの扉を開けても、蛍光灯は点いておらず真っ暗でほとんど何も見えなかった。
冥利は妙な胸騒ぎを覚え、誕生日プレゼントを両手から片手に持ち替えて、生唾を飲み込んでから、震える手で、蛍光灯のスイッチをつけた。
カチッ。
無機質な音がした後に、暗闇は消えて、赤い景色が冥利の眼に飛び込んだ。
姉が、ケーキの入った箱を落とした。
冥利も続いて、弟たちへの誕生日プレゼントを落っことした。
待っていたのは、だらしなく口を開けて、体を赤く染めた、家族達だった。
聞けばこの光景を作ったのは、父に捕まったことのある人で、それが動機となり、犯行に及んだという。
正義を
なぜ父が●されなければいけなかったのか、どうして犯人は生きて、母を●しても、まだ生きているのだろうか、不思議でたまらなかった。弟二人を●しても、自分は死なず、上っ面の反省だけで今も生きている。
そして冥利は思った。
敵は徹底的に潰すべきだ。
冥利は変わった。
生まれ変わった。
こうして数年後、箱庭学園二年十三組、雲仙冥利は、風紀委員長になり、自分の正義を貫く事となる。
□ □
■ ■
――ああ、だからオレはこうなのか。
納得した。合点がいった。今まで、この思い出から目を背けていたのか、それとも本当に忘れていただけなのか、冥利には分からない。思い出したくないものだが、いつの間にか思い出せないものになっていた。
「……何を笑っている?」
「ちょっと……昔を思い出してな」
強引に『
そして、昔のことが走馬灯のようにまた、冥利の頭の中でそのときのシーンが映像に似た形で流れていき、冥利の正義を決定づかせた。
――オレは、間違っちゃあいねえ。
「黒神。オレは、この正義をこのまま、ずっと続ける」
「別にいいよ。貴様に明日は訪れないからな」
冥利は目を
「ああ……それと、あの守原ってヤロー、もしも生きてて見つけたら、悪かったって言っておいてくれ」
「……その言葉、こうなる前に聞きたかったよ」
――甘ちゃんだ。どうしようもなく、こいつは甘い。
「ケケケ……! オレのこと、テメーはちゃんと殴れるのか?」
「安心しろ。絶対にできる」
その返事に、冥利は自分がしていたことを思い出す。生徒たちを傷つけたこと、めだか以外の生徒会メンバーを襲わせたこと、だけどどうだろう。それでもめだかは自分に復讐をしなかった。誰かが死ぬかもしれないぐらいの策をして、やっと怒った。それだけのことをして、ようやく怒ってくれた。だから、冥利はやっぱり思った。めだかは甘いと。
「良いぜ黒神。だけど、後悔するなよ」
――そんなテメーに、オレがこうなった理由を思い出させてくれたテメーに、ちっとばかし辛口の
「しないよ。絶対に。これで、さよならだ」
「……あばよ」
つむっていた目を軽く開かせ、ぼやけた風景の中で、彼女の姿を見る。ぼやけているからなのか、それとも、もはや全てを諦めているからなのか、冥利は冷静にこれからの事を考えられていた。
しない、ねえ。その場ではそれで済んだとしても、遠からず、ゼッテーに後悔する日がやってくる。ルールでも道具でも、テメーを縛れなくても、
それでテメーは、失敗した自分を許すことはなく、自分を傷つけ、他人を傷つけ、仲間を、友達を、人を救うんだろうな。オレと同じに、鏡みたいな左右反対じゃなくて――同じになる。
オレはこれでも、こんなんでも、面倒見の良い先輩なんだ。だからこれで良い。じゃなきゃ
こうしてテメーはオレになれ。
そうしてテメーは仲間を救え。
――
冥利のぼやけた視界に、めだかの拳がスローモーションに近づいてゆく。冥利はもう一度、微かに口角を上げる。
思えば冥利は、誰かに正義はやり過ぎなければいけないという事実を、否定してほしかったのかもしれない。
人に罰を与えて、それが間違っているとは思ったことがない。それでも、人を傷つけることにどこか、心に引っかかるものがあった。
もしかしたら自分の正義は間違っていたのか。そう思う事はしばしばあった。しかし、だからといって止めるわけにはいかなかった。やり過ぎをやってしまったら、もうそれを貫くしかない。やり過ぎておいて、間違いでしたで、済ますわけにはいかないのだ。
いつしか、人を気遣う感情はなくなり、ただ罰を与えるだけの人間になっていた。
だけど、分かった。自分の正義は間違っていないと。ようやく心の底から、自分の正義を信じることができる。
今は、自分の正義を疑っていた頃とは違う。自分の正義は間違えていないと、分かった。嬉しいと思うのはいつぶりだろうか。そう考え、10歳のくせにこんなことを考えている自分におかしくなり、冥利はまた笑った。
めだかの拳を止める策は、もう冥利にはない。
「…………?」
そのまま、数秒が経ち、いつまでも来ない拳にようやく疑問を抱き、冥利はいつの間にかつむっていた目を、もう一度
「
「
冥利の前に、彼――