とある箱庭学園の生徒物語   作:じょーく

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「守るつもり……そうか」

 

 めだかは視線を少し下にやり、強い目つきで(あき)を睨みなおす。恐くなかった、と言えば嘘になるが、それほどまでに空は恐怖を感じない。

 

 普段のモードでも、強い猛獣すら気圧(けお)すことができるのに、そうならなかった。猛獣より強くなった覚えも、そうなるための修行をした記憶も空にはない。だけどなぜだか、今の空はめだかに負ける気がしなかった。

 

 空の目には、『異常』な人間なんかではなく、ただ、怒っているだけの少女しか見えずにいた。

 

「どけ」

 

 短い言葉でめだかが言った。それには充分なまでに、殺気が込められていたが、すぐに空は言い返した。

 

「どかない」

 

 後ろにいる冥利を一瞥(いちべつ)してから、めだかを睨み返す。

 

「……どけ」

「どかない」

 

 上げてある右手にめだかは、力をますます強め、爪を食い込ませる。

 ビュウビュウと、風が吹く。その音に隠れてめだかは、小さく息を吸って、大きく叫ぶ。

 

「どけと言っているだろうが!」

「どかねえつってんだろ!」

 

 音ごと風が掻き消えて、空気が揺れる。(あき)は、後ずさりそうになる足を、歯を食いしばりながらどうにか踏ん張って、めだかから視線を外さない。

 たとえめだかの右手にメリケンサックがついていても、得体のしれない武器を持っていたとしても、今の空はどかない。後ろにいる先輩を、冥利を守ると決めたから。

 

「僕は絶対にどかない」

 

 その言葉に、めだかの拳が小さく震えた。どうやら空の行動に納得がいかないようだ。それは、当たり前の反応なのかもしれないが。

 

「ふざけるなよ……!」

「ふざけてなんかねえよ」

 

 冷静に、空は言葉を返す。しかし、その冷たい言葉は、余計にめだかの気持ちを熱くさせた。

 

「そいつはみんなを、貴様を、傷つけたんだぞ!」

「…………」

「それなのにこいつは罰を与えられず、反省しないというのに、どうしろと言うのだ!」

「反省ならしたよ」

 

 冥利を守るように大きく広げていた両手を下ろして、空は遮った。

 

「僕に悪かったって、言ったよ」

 

 めだかは拳を上げたまま動かない。黙って空の言葉を聴いている。動かないのか、動けないのか知らないが、空はそのまま口を動かし続ける。

 

「悪かったって、許してもらおうとしたよ」

 

 空は、冥利とめだかの間に入る前の会話を思い出しながら、子供に分からせるようにゆっくりと、めだかにもう一度、今度は優しく、穏やかになった声で続けた。べつに冥利がそう言ったから助けたわけではない、だが空の冥利を助けるという思いは、ますます強くなったのは確かだ。

 

 当初、こうなることはなんとなく分かっていた気がする。自分があんな形で巻き込まれたのは予想外だが、虫の知らせというのか、めだかが一人でどこか遠くに行ってしまうような、そんな不思議な感覚。

 

 もしも、このまま冥利を殴っていたら、めだかは一生それを背負うだろう。背負って、善吉たちも遠くにやって、自分を傷つけて、人に許しを請うために人を救うようになるだろう。

 二度と、手の届かない存在になるに違いない。

 冥利も殴られたらただでは済まない。下手をしたら死ぬかもしれないし、生涯、障害を持つようになるかもしれない。

 

 守るのは、助けるのはどちらも、だ。

 逆に、助けなければ、どちらも終わり。

 

 そして、冥利のほうに振り返り、

 

「ねえ、冥利先輩」

 

 だがしかし。だからといって素直に助けるなど、空がするわけがない。そんな格好いいことをするはずがなく、この機会にちっぽけな復讐をしてみることにした。

 自分は結構、根に持つ正確なのだ。空が第二音楽室で、冥利を止めようとしたとき、冥利によく分からないものを投げられそうになったことを、彼は忘れていなかった。結果はどうあれ、空も怪我をしそうになったのだ。

 

「……いや、ここで投げるかよ……」

「ねえ冥利先輩!」

 

 もう一度言った。大事でもない言葉だが、もう一度言った。

 

「……反省なんざ、してねえよ」

「ほらみろ。冥利先輩だってこんなツンデレ発言をしてる!」

 

 もはや何を言っても無駄だと気づいたのか、冥利は反論せずに口をつぐむ。空はそれを気にせず、めだかのほうに向き直り、子供のように顔を(ほころ)ばせる。

 

「ねえ黒神ちゃん。僕はもう、今回のことは気にしてない。いいじゃんそれで」

「だが、善吉たちは……」

「ああ。それは……」

 

――満場一致。

 

「うん。私は黒神さんの友達だよ。友達の拳は、汚させない」

 

 もがなが、めだかの腰に抱きついて言った。

 

「俺だって、一生めだかさんについていきます」

 

 高貴が、めだかの服を掴みながら言った。

 

 

「……俺たちはもう二度と、お前を一人にはしないよ」

 

 

 善吉が、めだかの拳に両腕を巻きつけながら言った。

 

 もがなの言葉を始めに、めだかの髪色が紅から青へと変わってゆく――否――戻る。乱神モードから、いつも通りのめだかへと戻る。それは、彼女の『乱心モード』が、怒りが終わった合図。

 

 この時、静かに、めだかと冥利、『異常者』同士の争いは、終わりを告げた。

 

 めだかは上げていた右拳を落として腰にやり、空に笑いかけて、

 

「まったく……私としたことが、やり過ぎてしまったな」

「本当だよ。すっごく焦っちゃったじゃん」

 

 あははははと、シリアスから一転、平和な雰囲気になった。冥利はといえば、あまりの展開の速さについていけなくなっているのか、口を半開きにしてこちらを眺めている。

 どこに仕舞っていたのか、扇子を開かせ、口元に持っていきながらめだかが聞いてきた。

 

「それにしてもどうやって生き残ったのだ?」

「ああ、神様が助けてくれたんだ」

 

『ちょっ、僕、もしかして死んじゃった?』

『うん』

『まじかー』

『うん』

『生き返れる?』

『れる』

 

「ってな感じで」

「いやいや、嘘つけよお前」

 

 手を仰ぎ、ありえないといった風にする善吉。

 

「ひどい! 僕がウソついたことなんてあった!? いや、ない!」

「十回に一回はウソをつくよね」

 

 高貴がイケメンスマイルという、空にはできない特別な特技を使った。それを見て、静かに空は笑う。

 

「……ふっ」

「おい、テメーら」

「やばっ! 冥利先輩がデレて僕を守って……」

 

 空は口元に手を当て、おおげさなリアクションを取りながら、驚いた表情で冥利を見る。まさかここで話しに入ってくれるとは思いもしなかったのだ。さすがは自分たちの風紀委員長だ、と尊敬の念を浮かべ、

 

「オレは、テメーラを殺すところだったんだぞ! なのにオレを許すってのか!」

 

 自分のことなどこれっぽちも心配してなかったんだなーと、悲しく思いながら冥利を見ていると、

 

「めっ!」

 

 人差し指を立てて冥利の視点と同じになるまで腰を落として、先生、もしくは親が子供に怒るようにしながら、もがなが言った。

 

「…………」

「めっ!」

 

――さすがは僕らの喜界島さん! 僕らにできないことを平然とやってのける、そこに痺れる憧れるー!

 

「はあ……。分かった……オレが悪かった」

 

 冥利は軽くため息を吐き、天を仰ぐ。さすがの風紀委員長も、この空気を読めないと噂のもがなには適わないようだ。

 もがなはその言葉に満足したのか、ニッコリしながら、嬉しそうに(うなず)いた。

 

「うん!」

 

 ククッ、と高貴から笑いがもれる。それが伝染するように、しだいに善吉、めだか、と笑いの声がどんどん増え、最後には冥利も自嘲的な笑いをした。笑い声は増えるにつれ、大きくなり、笑い声が空気を響かせる。

 

「「「あははははは!」」」

 

 夕日に照らされて、壊れた校舎をバックに明るい笑顔がみんなを包む。空はそれに、どうしようもなく幸せを覚えた。幸せで、幸福で幸運だと。自分はめぐまれてると、最高に幸せだと思い、最高に不謹慎なことを考えてしまう。

 

――本当に、死んで良かった!

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

 幸せな空間をぶち壊したのは、空気が読めない人間ではなく、空気()読まない人間だった。

 

「あはははは……ぐほっ!」

「めだかちゃんが吐血したー!」

 

 文字通りめだかは血を吐いた。口から。

 すさまじい戦いで、空はすっかり忘れていたが、確かにすごい爆発だった。それを直撃したと思われるめだかの体は、無事なはずがなかった。

 

「えー!?」

「大丈夫ですかめだかさん!」

 

 笑顔はどこへやら、ここにいる人みんなが驚きと心配そうな顔で、めだかを見る。

 

「ふぅ、どうやら無理をしすぎたようだな。鼓膜も破れてるし」

「えー!」

「肺も破裂しているようだ」

「えーー!!」

 

 冷静に自分のことを分析しているめだかとは対照的に、驚く生徒会メンバーたち。内臓を破裂しているのに、焦らないでいるめだかは、空にとって不気味を通り越し、そのことが普通に感じた。

 

「さすがに病院に行かねばな」

「いってらっしゃ――」

 

 普通に感じてしまったのが不味かった。空は普通に対処してしまった。これでは自分も異常のようだ。というか、みんなが驚いている中、冷静にいられるんだぜアピールをしている、格好つけの人間にしか思えない。それは考えすぎか。いや、だが――ここは一気にまくし立てることにしよう。そこまで考え付くのに二秒。

 

「お見舞いには行くよ。やっべ、早く行かなきゃ! お見舞いの品はこの、落ちていたスーパーボールでいいよね!」

 

 先ほどの言葉が記憶に残る前に、空は一気にまくし立てる。少しはあの、人を送り出すときの掛け声を忘れてくれただろうか、そうではないと空は困る。恥ずかしい。

 

 自分の顔が赤くなっている可能性も考え、即座に顔を隠そうとしたが、ここは夕日に照らされて顔が赤くなっているんだな、と勘違いしてくれることに懸けた。冥利は分からないが、今、周りにいる人たちは鈍感ばかりなので、気づかないはずだと、空は信じた。

 

「うむ。なるべく早く行くとしよう」

 

 二秒もしない間に喋ったのが幸を奏したのか、それともめだかが『異常』だからなのか、空のいってらっしゃい発言を気にせず、校門へと体の向きを変え、ふらついた足取りで、血がでている腕を押さえながら、外へと向かってくれた。

 

「あ、待てよめだかちゃん! 俺たちも付き添うって!」

 

 空と冥利を除いて、善吉たちは焦ったようすでめだかを追いかけた。心配そうにこちらを見る目もあったが、こちらの方は安心して良いと判断したのか、そのままめだかに近寄っていった。

 みんなの背中がまだ見える。仲良しで、友達のことを心配して、空はあの子たちの友達だということを誇りに思える。だけど、自分はあの中に、本来はいない人間――偽物だ。

 

「……冥利先輩」

 

 自分でも、ビックリするような冷たい声が出た。さっきまであんなに笑っていたのに、人はこんなに早く切り替えることができるんだなと思うほど。

 

「ンだよ……」

 

 笑顔は消えた。

 みんなの目も消えた。

 

「やり過ぎなけりゃ正義じゃない。それは間違っていませんし、(とが)めるつもりもありませんよ」

「……ああ」

「だけど」

 

 一端、言葉を切り、冥利のほうに向きなおる。

 

「それは間違ってないだけで、正しいってわけじゃねえんだ」

「…………」

やり過ぎても(・・・・・・)それは正義じゃねえ(・・・・・・・・・)

 

 冥利は目を伏せて、唸り声のような声で、ああ、と小さく呟いた。

 

 我ながら、厳しいことを言ってしまったと、空の胸を痛ませる。

 冥利の家が、強盗殺人にあったというのは知っていたし、それがきっかけでこの正義を貫くしかないとも分かっていた。不知火に聞いていた。

 

 それでも、言わねばならないだろう。

 嫌われることを覚悟に、分からせればならないのだ。

 

――僕は、転生者だ。

 

 ここで言わなければ、また繰り返されるかもしれない。それは空が止めなければいけないのだ。

 それが、原作も知らないのに、格好つけて、神様から貰える特典も貰わず、みんなを知らず知らず傷つけてしまっているかもしれない転生者の、役目なのだから。

 

「……冥利先輩、それでも、罪には相応の罰が必要なのは変わりない」

 

 冥利は傾く。悲しそうな顔をしているあたり、反省はしているようだ。罰を受けさせるのにはもう決めているので、関係ないが。

 

「だから」

 

 空は声を出す。これを言ったらどうなるのだろうと、口が歪むのを抑えて。

 

 

 

「遊ぼう!」

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 マヌケな声が、空の耳に届いた。

 




なんとなく最後まで見ちゃうような小説にしてみた。できてないかもだけど。
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