今日は土曜日、つまり学校は休みだ。部活をやっている生徒は今ごろ、汗を流しているのだろうが、空はどの部活にも入っていないので、ゆっくりと休みならではのできることをしている。
ピンポーンと、チャイムを鳴らし、パタパタと玄関に向かってくる音が来た。その音が扉のすぐ向こうに着くと、入り口が開かれた。
「……本当に来たんだな」
風紀委員の白い制服ではなく、全体的に黒い服で、パーカーがついている。だが、冥利の額や腕に巻かれている白い包帯が、全体的に白黒という印象を受けさせた。
昨日、空は冥利に遊ぶことを提案した。最初は断ってきたが、最終的に渋々と空の案を呑んだ。
渋々と飲んだ。
パタパタと玄関に向かってきた。
あれほど嫌がっていたのに、音がこちらに聞こえてくるほど急いだのだろう。それに気づいた空の口角は勝手に上がっていった。
「なに笑ってんだよ」
不機嫌そうにこちらを睨んでくる。昨日なら怖さを感じたのかもしれないが、今の空にはツンデレのツンの部分にしか思えなく、顔がにやけてしまう。
これでは余計ツンが出てしまうと、顔を明後日の方向に向け、なんでもない、と返した。
「ケッ、まあ良い。ほら入れよ」
冥利に促され、空はにやけた顔を下に向けながら、冥利家へとお邪魔した。
『異常』。その人が住んでいる家とはどんなものか覚悟してみれば、なんのことはない。平均より少し広いだけの、普通の家だった。
入ってまず目に入ったのは靴。女性者らしい靴もある。不知火に聞いた、冥利(姉)の物なのだろう。可愛らしい靴だ。
何気なく右を見てみるとカレンダー。巨乳の水着娘がセクシーポーズを決めている。
「こっちだ」
いつの間にか、冥利が既に靴を脱いで廊下に上がって、先の角にまでいた。急いで空も靴を脱ぎ、冥利の後を追いかける。
「なあ、守原」
追いついた頃に、冥利が背中越しに言ってきた。
「ありがとうな」
感謝。昨日言った自分の言葉なのか、守ったことか、どちらといえど、空はその感謝をまともに受ける気にはなれなかった。
――ありがとうなんて、言わないでくれ。
冥利がめだかと闘って傷ついたのは、自分というイレギュラーのせいでそうなったかもしれないのだから。
そこまで考え、空は冥利にぶつかりそうになる。ボーっとしていて、冥利が立ち止まったことに気づかなかった。
「と、ここがオレの部屋」
冥利が扉を開き、空に部屋の中を見せる。ゲーム機が多い、漫画も結構の数を所持しているようだ。普通の高校生らしい。普通な部屋だ。
普通にしてはゲームが多い気がしたが、多いだけで普通とはなんら変わらないだろう。
「……で、どうすんだ?」
「ゲームしよう」
空も実は結構なゲーム好きで、家には十数本のゲームカセットを所持している。捜してみると、同じゲームがここにもあった。妙な親近感を覚え、嬉しくなって語りたくなるが、自重する。
「これだ、大乱闘スペースブラザーズZ!」
「まあ、妥当だな」
合計50キャラに及ぶ中で一人選び、地球のピラミッドや万里の長城。はたまた月などのほかの惑星で、相手を吹き飛ばし、闘うゲームだ。単純に見えて、実は奥が深い。
「ルールはストック制。コンピューターを入れて、アイテムは全部ありでおおい、時間制限もなし。オーケー?」
「おーけー。叩き潰してやんよ」
二回戦目。
「……まあ、まだぁ、始めですしぃ。僕は尻上がりなほうだしぃ」
十回戦目。
「アイテムずっる! 上から爆弾兵が降ってきたぞ!」
三十回戦目。
「……ふぅ」
一度も勝てなかった。これが『異常』の成せる技なのだろうか。これでも空は自信のあったゲームを選んだつもりだった。空が負けた理由に、冥利のゲームの腕が高いのもあったが、なにより運が良い。
冥利に攻撃をしようとすればコンピュータに邪魔をされ、逃げればステージの都合で画面外にいき、攻撃を当てようとすれば、爆発するアイテムが上から降ってくる。
「オレは『異常』だ。そんなオレがやれば、ゲームも『異常』な結果になる」
「なにそのチート設定」
『異常』。どうやら知力や体力が優れすぎているからといって、言われるものでもないらしい。常識とは常に異なる者。それが『異常』だという。
「ケケケ、ま、テメーがオレに勝つのは不可能ってこった」
普通が『異常』に勝つ、という異常な結果は起きないか考えてみたが、異常とはプラス補正なのだろう。つまり百連敗という『異常』な結果よりも、百連勝という『異常』な結果を出す
それでは一生この先輩に勝つのは不可能なのか、そう考えて、再びゲームコントローラーに手を伸ばす。
五十戦目。
心を折らずによくここまで戦ってきたと思う。現実は残酷だが。
冥利のほうを見ると、もはや片手でコントローラーを操作している。大乱闘スペースブラザーズZ、略してスペブラ。このゲームはもう二度と冥利家ではやらないと、空は硬く決心した。
「……違うゲームやろ」
「ああ」
アクションとは異なるゲームで、再戦を図る空。結果は変わらず惨敗であった。
だが、それを気にするような様子をだすことなく、冥利に何気なく話しかける。
「冥利先輩」
「なんだ?」
画面から目を離さず、自分のキャラがやられていくのを気にせずに、そのまま手を動かし続ける。これで89連敗に達しただろう。無論一勝もできていない。
「
見ると、空の後ろ、正確には後ろにある入り口で、顔の半分と手を覗かせながら、こちらを見ている女性がいる。手首にはなぜか鎖が繋がれていて、その先には鉄球が下がっていた。
「……姉ちゃん?」
振り向いている間にも、冥利の指がもの凄い速さでボタンを叩いている。空のキャラはすでに画面にいない。90敗目だ。
じ~っ。
穴が開くほどみる、という言葉はこういう時に使うのだろう。
空は軽くため息を吐いて、何も操作できないコントローラーを置き、冥利の姉――不知火は雲仙冥加と言ったか――という女の子へと歩を進める。冥利は「あ、おい」と呼び止めているが、そのまま近づくと冥加は、クエスチョンマークを浮かべた顔でこちらを見守っている。それを気にすることなく、話しかけた。
「えーっと……お邪魔してます。冥利君の後輩です」
「い……」
い?
いから始まる返事を考えたが、答えを出す前に目の前の人物が続きをした。
「
132435、それがどういう意味で、何を言っているのかは空には分からなかった。かろうじて分かったのは数字で何かを表している、ということだ。
「
フッ、と冥加は静かに笑った。
「守原。姉ちゃんは……独自の言語で喋るんだ」
「あ、そういうことか」
てっきり姉弟同士で伝わる暗号か何かだと思ったが、暗号じゃなくてこっちが主軸らしい。普通ならば驚くところなのかもしれないが、あいにく空はこのような事態に慣れてしまっている。自分が相手の喋る言葉の意味が分からない時はどうするか、どうすればよく分からない場合でも空は、いろいろな事を試すことにしている。
「……ドラゴンボールについて、どう思う?」
自分が分からなければ姉はどうなのだろうか。まずはそれを試すことにした。内容については、弟がゲームと漫画好きなので、姉もそうなのでは、と考えてだ。
「
36886。
「
「!?」
この時、空は言葉の壁を越えた。
「……
「
「
この日、世界一くだらないと思われる普通と『異常』の戦いが、火蓋を切って落とされた!
□ □
■ ■
「おい、時間、大丈夫なのか?」
冥利に問われて見ると、時計の短い針は6を指していた。外はまだ明るいほうだが、ここから急に暗くなってくるだろう。
「げ、いつの間に!」
親は気にしないだろうが、空は気にしてしまう。暗いのは苦手だ。怖い話も苦手だ。
「……
「ああ、うん……」
表情を出さず、じっとこちらを見る。残念そうな顔に見えなくもない。
冥利を傷つけて、自分と仲良くしてくれる。それに空は嬉しさを感じた。はっきり言って、殴られる覚悟で冥利の家に来たのだが、思ったより良い歓迎振りに申し訳ないとさえ思った。
それにしても怪我の回復の早さには驚かされる。昨日あれだけの戦いをしたのに、包帯が巻かれている腕を痛がっている様子も見えない。ゲームをしている最中に聞いてみたら、そういう効能の温泉に入ったかららしいが……。冥利と温泉、どちらがすごいのか。
「……
視線を落とす冥加に、空は右手を差し出した。
「……?」
「握手」
おずおずと、冥加は空の手を握った。それに対して、優しく空は握り返す。
「これで僕らは友達っ」
□ □
■ ■
――暖かい。
人肌に触れたのは何時ぶりだろうか。
引きこもっていた間、銀色のコントローラーに触れていて冷たくなった手が、人の手から温もりを貰い受ける。人の体温を感じたのは本当に久しぶりだ。弟にもずっと触れていなかった。
弟である冥利とは、クラスも違えば学年も違う。学校ではあちらのほうが先輩だ。
弟が先輩になったせいで姉としての立場が微妙になり、ショックで引きこもってしまったのはここだけの秘密。
手のひらを見てみる。何時もの自分の手だ。だけど、暖かい。
空が差し出してきた手、いや、空を思い出すと、手と一緒に胸のあたりがポカポカとぬくもりを感じる。
「……
「
家に帰った空の顔を思い浮かべながら、冥加は何食わぬ顔で、気になっていたことを聞いてみた。
「
弟が、飲んでいたジュースを噴出した。
(゚∀゚)o彡゜おっぱい!おっぱい!