とある箱庭学園の生徒物語   作:じょーく

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20箱

 箱庭学園、月曜の昼である。

 

「雲仙君との小競り合いは大変でしたね、黒神さん。理事会も彼の正義(やりすぎ)には手を焼いてましてね、ここで改めて御礼を言わせてください」

「礼には及びませんよ。それより、お孫さんの制御をお願いして欲しいものです、不知火理事長(・・・・・・)

 

 理事長室。ふかふかの高そうなソファーに腰掛け、めだかの隣に(あき)はいた。対面には(ひげ)を長く伸ばした、箱庭学園理事長が机をはさんで座っている。自分の周りには他に、誰もいそうにない。

 不知火、という名前から分かるとおり、空の友達である少女、不知火とは縁もゆかりもある人物だ。めだかの言い方から察するに、俗に言うおじいちゃんにあたる人物らしい。

 

「えーっと……お二人揃ってお茶を飲みながら雑談している所を悪いんですけど……なんで僕たちは呼ばれんでしょうか?」

 

 ずずっ……。お茶をすする音が理事長の口からした。

 

――ずずっ、にも種類があるんだなー。

 

 質問をした側だった空の興味は、お茶をすする音に移り変わった。ずずっ、というお茶などの飲み物をすする音、あまり気にしてはいなかったが、こうして聞くと、上品、下品の違いが良く分かる。下品な飲み方はずずっと、大きい音だが、理事長のは、ずずっ……。小さい。そして余韻のようなものが残る。飲み物を飲むのに音をたてるという行為は汚いものとされているが、むしろ理事長のずずっ……は心地良く思えた。さすがは異常、特別、普通を入れている箱庭学園の理事長だ。

 

 空は試しにお茶をすすってみた。

 ずずっ。思ったよりも大きい音がしてしまった。一度、湯飲みを置き、舌をだして唇の乾きを取り、もう一度試してみた。今度は湯飲みをできるだけ傾かせ、少しばかり多く飲めるようにしている。

 

「っ……!」

 

 予想以上の量の熱いお茶が喉を一気に通る。

 味を楽しむ暇もなく、熱いお茶は喉を通り、喉を刺激する。

 

「ゲホッゴホッ!」

 

 むせてしまった。

 

 めだか、理事長。どちらも空のほうを見ていない。彼らなりの優しさだろうか。その優しさが余計に空の目に水分を誘った。

 

「ケホッ…………失礼しました」

 

 赤くなった顔で、二人の顔を見ずに非礼を詫びた。詫びるのに相手の目を見ないのはどうかと思ったが、こんな熱い顔で二人の顔を見るなんていうのは不可能に近かった。

 

 それはともかく、自分たちを呼んだ理由が真面目に気になった。世間話をしたいわけでないだろうし、冥利のことでお礼を言うだけなどということもあるまい。ぶっちゃけ、学校を半壊にしたことで怒られるんじゃないかと空は心配している。

 

 ずずっ……。また、お茶をすする音が耳に入る。

 

「……お二人を呼んだのはお願いがありましてね」

 

 空の言葉を聴かなかったような風に、理事長がお茶をすする音に注目する前にした、なぜ空たちを呼んだか、という質問に答える。謝ったことを無視してくれた優しさが、空の目に染みた。

 

「お願いですか、それは怖い。なにせあなたはあのお孫さんのご祖父でいらっしゃる。どんな無理難題をふっかけられることやら」

 

 めだかまで何事もなかったかのように会話をしてくれている。なのに自分はこのままで良いのか。そう考えると、勝手に空の口を動かす。

 

「うんうん。不知火ちゃんも怖いからねー。黒神ちゃんの言うとおり、どんな無理にゃんだ……」

 

 舌を噛んだ。

 

「……なあに、簡単なことです。実は雲仙君が怪我をしたことで、ある(・・)プロジェクトに支障をきたしてしまいそうでね、その穴埋めをお願いしたいんです」

「プロジェクト……ですか」

 

 空は顔を赤くしてうつむいたまま、もう何も言わなかったし、言えなかったので、聞き役に(てっ)する。

 プロジェクト、冥利を仕事ができない状態にしたお詫びとして、自分たちに参加してくれることを頼みに、わざわざこの、理事長室に呼んだということだ。

 

「ええ。私は便宜上(べんぎじょう)、それを『フラスコ計画』と呼んでいます」

 

 フラスコ計画。

 まず、空の頭に思い浮かんだのは理科の二文字。次に、実験用器具のフラスコだった。

 

「フラスコ計画?」

 

 めだかが眉を吊り上げ、てっぺんの髪の毛がゆり動く。空は唇を噛みしめて、膝の上に置いた拳を強く握っている。恥ずかしさが残っていた。

 

「黒神さん。君はどうして自分が優秀か――疑問に思ったことはありませんか?」

「…………。質問の意味をはかりかねますね。そもそも私は自分を優秀などと、うぬぼれたことを思ってはおりません」

 

 理事長が社交辞令の笑いを口にしながら、会話を続けていく。

 

「ははは。謙遜することはありませんよ。隠さなくたっていいんです。君は明らかに異常なんですから」

 

 異常。

 常識とは異なるもの。

 

 黒神めだかを表すのに、ピッタリな言葉だ。

 

 複雑な計算を暗算で済ませ。

 十代にして大人以上の力と知力を持ち。

 書の道を三ヶ月で極める。

 

 才能や資質では済ませられない。人体的に物理的に不可能な事を可能にする。できないことをできることにする。それは偉業ではなく、異常。

 

「そんな異常を作ることこそが、『フラスコ計画』なのです」

 

 人為的に異常を――天才を作る。才能を作り出す。そこまで聞いて、空に分かったのはとりあえず一つだけだった。

 

「……僕、いらなくね?」

 

 天才を作れる薬も、それを作る知識も、それができそうな能力も持っていない。それなのに空は必要なのだろうか。めだかのついで、という感じが(いな)めない。

 

「いいえ。そんなことはありません。君も、君こそ異常なのですよ?」

「僕が異常?」

「はい」

 

 理事長はニッコリと微笑む。こういうものを見て、やはりこの人も教育者だということが分かる。

 

「彼女の助けなしに爆発から逃れ、冥加さんと会話もできたみたいですしね」

「……なんでそれを」

「雲仙君に、最後の報告としてもらいました」

 

 空は小さくため息を吐く。

 それを見て、空の反論はないものだと判断し、理事長は机の引き出しからコップを取り出した。

 

「……サイコロ?」

 

 コップの中にはサイコロが詰まっている。見る限りでは種も仕掛けもない、ただのサイコロだ。理事長はそのコップを机の上に滑らせ、めだかの目の前に出す。

 

「これを、あなた方に振ってもらいたい」

 

 そのお願いを聞いて、空は土曜日に聞いた冥利の話を思い出した。『異常なら、ゲームだろうと異常な結果がでる』つまりそういうことだろう。サイコロを振るだけでも、『異常』の結果が出る。簡単な異常診断テストだ。

 

「……拒む理由もありませんね」

 

 めだかはコップを傾かせ、全てのサイコロを手に取る。適当に、サイコロを転がした。

 すると、転がるはずのサイコロは、まるで見えない手が操っているかの如く、積み重なる(・・・・・)

 『異常』な結果。分かってはいたが、やはりこうしてめだかの異常性を見ると、気持ち悪い。

 

「やるね、黒神ちゃん。まさかサイコロを転がすだけでサイコロの塔を作るとは」

「おかげでサイコロを複数使ったゲームもできん」

 

 ぶぜんとしたように言うと、めだかがサイコロの塔を上から一つ一つサイコロを取り、コップに戻していき、空の前に元通りサイコロが詰まったコップを差し出した。

 

「ふーむ」

 

 コップに入っているサイコロを一つ手に取り、手のひらの上で転がせる。

 

「……まあ、やってはみるけどさ」

 

 コップからもう一つ取り出し、手に乗せる。それをコップの中身が尽きるまで繰り返し、空の手のひらいっぱいにサイコロが乗る。

 

「じゃあ、いきまーす」

 

 コロコロとサイコロが机の上を転がってゆく。

 めだかのようにサイコロの塔が積み重なるわけもなく、普通にサイコロの目が出る。一応サイコロの目をそれぞれ数えてみるが、何も異常なことはない。

 

「1,5,6,2,1,2,4,3……異常?」

「……残念ながら、違うようですね」

 

 やっぱりねーと、空はまだ暖かい湯のみを手に持ち、中身を喉に通す。せきこむようなことはなかった。

 

「では黒神さんですが、『フラスコ計画』に参加してくれますか? もちろん、参加者にはそれ相応の報酬が用意されて――」

「お話はそこまでで結構です」

 

 めだかは遮り、席を立つ。

 

「申し訳ありませんが、ここで正式にお断りさせてください。私は見知らぬ他人の役に立つため生まれてきました。私のささやかの能力の裏打ちはそれで充分です。そして、天才などいないというのが私の持論であり、そのプロジェクトはそんな私が協力できる類の計画ではないでしょう」

 

 空もこれで会話は終わりなのだろうと、席を立つ。めだかは扉へと体を正面に向け、歩き出しながら言った。

 

「お話自体は興味深く聞かせていただきましたが、雲仙二年生をリタイヤさせてしまったことは別の形で償わせてください」

 

 扉の前に立ち、理事長のほうに振り返ってから頭を下げて、これで失礼しますと付け加え、扉を開く。空もそれを真似し、頭を下げてすぐにめだかの背中を追った。

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

「……断られてしまいましたね。内容を伏せて協力を頼むべきでしたかねえ……」

 

 理事長は独りごちる。サイコロを複数()げるだけでサイコロを積み重ねることができる程の異常性は、世界にもそんなにいない。ぜひとも『フラスコ計画』には参加して欲しかったのだが……。

 

「で、君たちはどう思いましたか(・・・・・・・・・・・・)

 

 後ろにいる6人の生徒たちに向かって、そう言った。

 

「僕には理事長が言うほど、大した奴には見えませんでしたね。僕たちにも気づいた様子がなかったですし」

 

 宗像(むなかた)(けい)。三年十三組。後ろ髪を短くまとめて、刀を腰に下げている。

 

 めだかならば気づいていたかもしれないが、空はどうだろう。自分を入れて、この部屋には三人しかいないと考えていた可能性が高い。

 

「いやあ、俺の見たところ気づいた上で無視してたっつー感じだぜ、ありゃー」

 

 高千穂(たかちほ)仕種(しぐさ)。三年十三組。ドレッドヘアーの髪型をしている。体格からみて、近距離派だということに間違いはない。

 

「いずれにしても、あの子はともかく男の子のほうはいらないよね」

 

 古賀(こが)いたみ。二年十三組。天井にぶらさがっている女の子。帽子を被っているが、上の制服は着ずに、ブラジャーを晒している。天井には、ぶらさがれる物もないので、足だけを使い、天井に立っているということになる。

 

「私は意見を有しない。思う事など、何もない」

 

 名瀬(なぜ)沃歌(ようか)。二年十三組。黒いマントを身にまとい、顔は包帯を巻きつけて隠している。

 

「どっちでもいいんじゃない? 結局(ぼく)王土(おうど)がいれば、それで『フラスコ計画』はなりたつんだし」

 

 行橋(ゆくはし)未造(みぞう)。三年十三組。首、手、耳まで、仮面や、時期外れのマフラー、手袋などで皮膚を隠している。

 

「うむ。あれだけの美貌だ。俺の視界に入ることは許してやってもよかろう」

 

 最後に、都城(みやこのじょう)王土。三年十三組。金髪の髪を逆立たせ、ピアスやネックレスをつけている。ただ、その圧倒的な存在感が、不良というイメージを払拭させた。

 

「ふふふ。いやはや、君たちにとっちゃ、めだかさんも形無しですねえ」

 

 箱庭学園、十三組。『異常』だけが入れるクラス。

 めだかや冥利という表立った存在で、他にも十三組がいるのを生徒たちは忘れがちだが、多く在籍している。

 そして、後ろにいる6人こそ、『フラスコ計画』最大の協力者。『十三組の十三人(サーティーパーティー)』の内の6人。史上最強のモルモット集団であり、最高クラスの異常者。

 

 冥利が抜けたため、残りは6人しかいないが、その6人もここには来ていない。まあ、裏立った存在なので、ここに来ることはあまり期待していなかった。

 

「それにしてもさー、あの小さい子、がっかりだったねー」

「いえいえ。そんなことはありませんよ」

 

 ぶら下がったまましてきた彼女の質問に、理事長は否定した。

 

 もしかしたら、あの空という子が、めだかを、ここにいる誰をも凌ぐ『異常』なのかもしれない。

 サイコロを転がすだけの異常診断テスト。確かに結果だけ見れば、がっかりだろう。だが、それではどう説明する。

 

 爆発から逃れたこと。

 冥加と会話できること。

 

 『異常』ではない(・・・・)『異常』。

 

 常識と異なっているのではなく、常識がない(・・・・・)

 

 まさに――非常識(・・・)

 

 

「本当に……普通なんてありえませんよ」

 

 

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