「
「……冥加ちゃん?」
かったるいお話も終わったことだし、めだかと昼食でも取ろうかなと考え、めだかの後を追おうとしていた、そんな
学校なのにメイド服と言うのは風紀的にセーフなのか、アウトだろう。だが最近、
そもそも冥加は、不知火の情報では家に引きこもっていたはずなので、この廊下を歩いているのがおかしい。学校での冥利の生活ぶりが心配で、ここまで来たのだろうか。
「
「
突然の怒鳴り声に、こちらを見てくる生徒たち。その視線を感じ、喉まで出掛かっていた追撃の言葉を下げる。なぜだか冥加の言語を理解できるようになってしまった空。
「ん……」
「
後ろのほうから、気配というのか、とにかく見られている感じがした。監視しているような、興味本位で見ているとは違う視線。
まあ、いきなり数字の羅列を叫んだのだから、この会話を見ていた人が、どんな反応をすればいいのか迷った視線を送ったのかもしれない。
空の中ではそう、結論付けた。でも何も言われていない冥加はまだ疑問の表情――はしていないが、首を
「
言語が違うことを利用して、周りに伝わらないことを良いことに、廊下で女子を口説いている転生者の姿が、この世界にはあった。大人がやったら犯罪だ。
いつも使うのと違う言語、というのも
冥加はそれを聞いて、表情を変えるわけもなく、かしげていた首を反対方向に傾ける。
「
「……ゴメンナサイ」
相手に自分の言葉が伝わらないことをいいことに、自分のプライドを捨てず、セクハラした相手に謝っている転生者の姿が、そこにはあった。ものすごく格好悪い。
その言葉の意味を知ってか知らずか、傾げていた首を元の位置にまで戻したので、空はホッと息をつく。
ふにっ。自分の胸部から、変な感触を感じた。視線を下ろす意味もなく、その感触の正体は冥加の伸ばしている手で簡単に分かった。
「……
「
男かどうかを確かめたらしい。女に見間違えられることはよくあったが、胸を触って確かめたのは多分、冥加が初めてだ。聞こえなかったはずなので、冥加の言うとおり、さっきの仕返しということではないはず。女性が受けるセクハラの気持ちが、空には少しだけ分かった気がした。最悪な気分だ。
ふにふにふに。しつこく冥加は無表情で触ってくる。先ほど、セクハラともとれる発言をしてしまったので、自分から手を振り払うことはできない。
「……冥加さん?」
ふにふにふに。
「あのですね。公衆の面前で女性が男性の胸を触るというのはどうなのでしょうか?」
ふにふにふに。
「確かに僕には胸筋と呼ばれているものが全然ないですから、多少は柔らかいかもしれません。だけど揉み応えないでしょう? 本当に恥ずかしいので止めてください」
ふにふにふにふにふにふにふに。
「
触りながら、冥加は何かが分かったような口ぶりで、空の顔を見つめる。分かったといえば空が女性ではないということのはずだが、おっぱいが異常に好きな冥加は他にも違うことが分かったのかもしれない。
「
「もうやだこの娘」
気にしていたことを容赦なく言う。そういえば昨日、自分の言っていた漫画の内容をほとんど彼女も知っていた。男の娘というワードも普通に分かっているようだ。
「
冥利姉弟の共通点その②
ゲーム、漫画の知識が豊富。
「
「やばいよ冥加ちゃん。風紀を乱しまくってる」
痛くなった頭に手をやる。
昨日から冥加とは、おっぱい関係の話しかしていない気がする。
ドラゴンボールについても無理やりおっぱい関係の話に切り替えさせ、男しかでないような漫画でも、その母親のおっぱいについて語り、おっぱいの形、大きさの隅々まで語られてしまった。冥利に助けを求めてもみたが、冥利はノリノリで話に加わり、空の逃げ場はなくなっていた。
姉弟そろってのおっぱい好き、どうやらそれが雲仙姉弟の共通点①みたいだ。
「
大きくなりそうな声を押し黙らせ、冥加に聞く。他にも聞きたいことはあったが、とりあえず今は、このことが一番聞きたいことだった。
「
「おっぱいを返事みたく使うな!」
言語を忘れて突っ込んでしまった。無論、降りかかる視線の数々。
同級生、もしくは後輩にあたる人間が急に乳房のことを叫んだのだ。目立たないほうがおかしい。自分の失言に気づいた空は、首から顔を真っ赤に染め上げ、この場所から逃げ出した。
□ □
■ ■
「ぐっ……!」
腕の肉がえぐられる。
それはめだかの腕に熱と痛みを与えさせ、口から声を漏れさせた。
「なっ……黒神めだかに一発当てたー!?」
近くを歩いていた生徒が声を上げる。驚くほどのことなのか、めだか自身には分からなかったが、攻撃をくらったのは事実だ。
『フラスコ計画』。どうやらめだかに攻撃を与えた人物は、それに参加することが目的らしい。ご丁寧にわざわざ自分の口から、めだかを倒して私がフラスコ計画に入ると、誰かに説明するように喋ってくれた。
「ふっふっふっ、そら!」
拳が迫る。
避けるのは簡単だ。
だが、攻撃を受ける理由がない――故に――避ける理由もない。
「う……ぐ」
戦いは好まない。できればこのまま、自分だけが被害を受けて終わらせたいものだ。
「生徒会長に一発ならまだしも、二発目!?」
腕から血が流れる。それでもめだかは冷静に考える。どうしたものか――廊下を汚さないために止血をしておかなければいけないか。とりあえずは自分の周りにいる生徒に被害を及ぼさないように全力を尽くさなければ。
そう考えていることも
「最後に覚えておけ、私の名は平戸ロわぁぁ!」
名乗ろうとした少女は、自分の体が、違う意思をもって宙に浮かんだのに驚き、名乗れないまま地面を転がった。
「クックックー♪ 大丈夫かいなー、黒神ちゃん」
「……鍋島三年生?」
柔道部の『反則王』鍋島猫美が、後ろから不意打ち――不意投げをしたのだ。
□ □
■ ■
「ああ……泣きたい」
重い体を引きずって、廊下をずるずる歩く。
「おい、聞いたか!?」
「!」
おっぱい発言かと、廊下を振り向くと、質問をしたらしい人物は、質問をぶつけた相手と一緒に早歩きで、空を追い越した。
「あっちの方でよ……」
その人が指を向けたほうは、自分がさっきまでいた場所の方角ではなく安心したが、それでは一体なんのことなのか、重くなった体を忘れて聞き耳を立ててみると、めだかのことを示す言葉が出てきた。
「あの生徒会長を相手に、一人で一発当てたんだってよ!」
「マジで!? 不良を百人相手にして
その二人の会話に空は驚きを隠せなかった。不良と百人組み手の話はともかく、あのめだかに攻撃を与えた。空も本気ではなかったとは言え、善吉と二人がかりでもできなかったことを、一人でやったと言うのだ。
そんなこと、冥利でもない限りできるはずがない。火のない所に煙は立たないとは言うものの、誰かが言ったでまかせだろうと、理事長の話を聞く前ならば、ここで空の考えは終わるところだが、『フラスコ計画』についての説明を聞いたばかりで、それを
『フラスコ計画』に参加することで得られる報酬。理事長が最後のほうで言った言葉が空の頭をよぎる。
もしもそのことが、他の
そして、参加している人間、めだかを倒せばその『フラスコ計画』に参加できるほどの力があるとアピールして、報酬を得ることができると考える人もいる。めだかは『フラスコ計画』の話を断ったとはいえ、そのことを言ったとしても自分の身を守るためのウソだと思われてしまうはずだ。
もちろん、『フラスコ計画』が関係ない場合もある。冥利のように、めだかが気に食わない誰かがやったのかもしれない。しかしその場合、冥加のときに感じたあの視線が説明できない。
「……なるほど、つまり――」
空は走った。
めだかの元へ。
「チッ!」
舌打ち。
「クソッ!」
悪態。
――つまり。
空は走る。
めだかを求めるために。
「なんでバレた!」
空は走る。
めだかに
「守原空!」
空は走る。
何人ものアブノーマルを連れて。
――つまり、一緒に呼ばれた僕も対象だって思われてるんだよね♪
「待ちやがれ!」
「不幸だああああああ!」
□ □
■ ■
『反則王』という通り名から分かるとおり、鍋島猫美は卑怯な女性だ。試合でやる分には反則技は使用しないが、相手の裏をかいてくるその姿勢は――その勝利の執念は、反則とまで言わしめている。つまり、何を言いたいかと言うと、
「不意をつくとは卑怯な……だが、一回投げられたぐらいで私は……」
「もちろん、追い投げも怠らんでっ!」
めだかならば回復するぐらいの様子を見てやるのだが、猫美はその隙を見逃さず、立ち上がった相手の襟を掴み、再び地面に叩きつけた。猫美は相手に隙があるのに、むざむざとそれを見逃して自分の勝利をなくす可能性を作るほど、優しくはない。
「ぐべっ!」
マットも敷いていないところに頭から落ちていったので、しばらくは夢を
「スゲー、生徒会長が手こずった相手に……猫美さんまじパネェ!」
増えていたギャラリーから湧き上がる猫美コール。猫美は
「はいはい、これで校内でのケンカは終了や」
猫美コールが少なくなってきたあたりで、猫美は手を叩き、各自、クラスに戻るように命令した。これは部長の経験があってこそのカリスマ性か。
周りの生徒の数が少なくなった頃を見計らって、めだかは息を吐き、血が流れていたはずの傷が、もう塞がったのを見て、自分しかいないだろう一人ぼっちの13組に帰ろうとすると、猫美が呼び止めた。
「待ちいや、黒神ちゃん」
――べ、別に呼び止めてくれたからって嬉しくないんだからねっ!
空についこの間教えてもらった――
なんでこのキャラを恋人にしようとしたのか
どうにも空は、恋愛ゲームを好んでいるわけではなかったようだ。空も自分で、多分これが最初で最後の恋愛ゲームになるんだなー、と感慨深そうに言っていた。やってみたくなったからやっただけで、好んでやったわげではなかったようだ。
そのゲームで、主人公が呼び止めたことでその女の子が言ったセリフが、つい先ほど、めだかが思い浮かべた、嬉しいのか嬉しくないのか分かりにくい、ややこしい言葉だった。空に言わせればそれが良いらしいが、めだかには意味不明だった。
「べ、別に呼び止めてくれたからって嬉しくないんだからねっ!」
ポーズも決めて言ってみた。
「なんでやねん! むしろ誰やねん!」
空とは違う反応だが、嬉しそうとは思えない。ちなみに言うと、空にやってみた時は、『怖い怖い怖い、超激怖い、二次元と三次元の違いが分かった! 実際にやられると怪しすぎて
――別に、傷ついてなんかないんだからね……。
「……まあええや。黒神ちゃん」
「……うむ、なんだ」
元通り動く腕の
「なんで避けなかったんや?」
あの少女の攻撃を、ということだろう。
避けられなくて当たったんじゃなく、避けられて当たったことに、猫美は知っていたようだ。確かにめだかの目から見れば、あの攻撃はスローモーションに映っていた。それを当たらないことにするなど、簡単なことだった。
それでも――めだかは争いが嫌いだ。
やられたらやり返す。
やり返されたら、またやり返す。
それが続いて、それはもう後に引けない争いとなる。
だったら、自分だけが傷ついて、戦いが終わるのが良い。他人が傷つくよりも、そっちのほうが良い。
「私は――暴力を好まない」
好まないから、やらない。
やってみたくもならないから、やらない。
「だから私は、戦わない」
それだけだ。それだけだから、やらないことも簡単だ。避けないだけでやらないことになるのなら、自分が受けるだけでなくなるのなら、それで良い。猫美の乱入は予想外のことで、自分の他に怪我人は一名でてしまったが、仕方が無かったのかもしれなかった。
猫美はそれを聞いて、組んだ両手を頭の後ろに持っていき、壁に寄りかかる。
「立派やなー」
呑気な口ぶりで、猫美は続けた。
「強くて優しくて格好ええ、そんでもって人は傷つけたくない。凄いなー、偉いなー。だけど黒神ちゃん」
そこで言葉を切って、窓の向こう側に見えるいまだ壊れた校舎を眺めた。つられてめだかも、視線をそちらに移した。
「戦わへんゆーんは、時に何より酷い暴力となる」
「…………」
威圧もないからこその言葉の重みが、めだかに
猫美は言った。
そうすれば、冥利君のとき見たく、あの校舎も壊れなかったし、他人を危険にさらさずに済んだ。
最初から戦っていれば、あんなことにはならずに済んだし、さっき自分を襲った女の子が病院に行くぐらいの怪我を負う必要もなかった。
結果論だ。
だけどそれでも確かに。
だけどそれでも確かに。
だけどそれでも明らかに。
間違って――いない。
中学生のときの夏休みも。春休みも。
高校生になって起きた冥利のことも、今の事も。
嫌がっていなければ、簡単に、無事に、解決。先手を打たず、後手を打った。自分から進んで望んで、好んで打った。
「取り返しのつかんもん
全く――未熟者もいいところだ。見事なまでに図星を突かれて、思わずめだかはずるいなと思ってしまった。鍋島猫美が、どれだけズルイ女かなんて、知っていたはずなのに。
――反則だ。
反則王という異名が、異常なまでにマッチしていて、笑みがこぼれる。
「なるほど。確かに貴様の言うとおりだ、鍋島三年生。救われた――否――教えられたよ。ありがとうございました。
とりあえずは、教えられたことを実行するために、自分を襲ってきた理由であるフラスコ計画を調べてみるとしよう。
□ □
■ ■
大声を上げて廊下を走っているものの、こういう時に限って助けてくれそうな人の姿が見えない。
空は階段を1段2段と飛ばし、最後は一気に4段抜かして地面に降り立つ。そして身体が衝撃を駆け抜けるのを感じる前に空はまた走り出す。
箱庭学園の敷地の広さは全国でも有数だ。その分、校舎の中もそれなりに広い。今回はそれが裏目に出てしまった。めだかの姿がまったく見つからない。
――待て。
足を止めずに、めだかを探していた目を閉じる。
――なんで僕は女の子に助けてもらおうとしているんだ?
いくらめだかが異常とは言え、空が男でめだかが女というのは変わらない。それなのに空は、いつのまにかめだかに頼っていた。守ってもらおうとした。
――アブノーマルがどうした。僕は転生者だぞ。
足にブレーキをかける。
追いかけていたアブノーマルたちも、そのまま突っ込むのは危険と感じたのか、距離を詰めずに立ち止まった。
「……はぁ、僕の『力』を見せるときが来ちゃったか……」
ため息混じりに振り向いて、両手をポケットに突っ込む。
アブノーマルの誰かが唾を飲み込んで、喉を鳴らす。異様な雰囲気に身構えている人もいた。
空も腰を低くし、ポケットに突っ込んでいた手を、ゆっくり抜き出す。
「こっちに来るな、このケータイ電話で国家権力の犬どもに通報されたくなかったらな!」
…………。と、静まり返ったところで、アブノーマルの中にいる集団の一人が
「行くぞ!」
「こっそり電話すれば良かった!」
アブノーマルとノーマルによる鬼ごっこは、まだ終わりそうにない。
そもそも今現在、こうして逃げられていること自体が奇跡と言っても差し
ケータイ電話を素早くポケットに入れ、肺の中にある酸素を口から出す。
空は今、お母さんに会いたくなっていた。眠っている所をたたき起こされて、父親に笑われたい。そんな夢オチだと、どんなに素晴らしく都合の良い笑い話になるのか、笑いながら友達に話している想像をして、疲労で止めたくなってきた足に、やはり夢じゃないんだと悟って泣きたくなった。
「知ってた? 実は僕を倒しても『フラスコ計画』には入れないんだぜ」
無駄だと分かってのセリフ。淡い期待だ。
「嘘乙」
「ハハッ、ワロス」
「登校義務がないからってネットばっかしてんじゃねえ!」
十三組に登校義務はない。特別
できるだけ廊下を真っ直ぐ走らず、曲がれるところはできるだけ曲がったりして、翻弄はしているが後ろの足音は減っていなさそうだ。それにしても廊下を走るという学校の歴史的な校則を違反しているのに、肝心の風紀委員はなにをやっているんだと、空は何の罪もない壁に八つ当たりしたくなる。
もしもこれで冥利が、女性のおっぱいに顔を
「クシュン!」
「雲仙委員長、風邪ですか?」
「あー、そうかもなー、せっかくだし副委員長ちゃんのおっぱいを枕にしたまま一眠りするか」
「「「(雲仙委員長の寝顔……!)」」」
などと、風紀委員(雲仙委員長を
平戸(姉)「お姉ちゃんねー、黒神めだかに一発当てたんだよー」
平戸(妹)「お姉ちゃんすげー!」
っていうのを想像していたらなんか泣けた