とある箱庭学園の生徒物語   作:じょーく

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 逃げ回っていてついには校舎内から出て、いまだ急ぎ足で逃げていたところ、息が苦しく、下を向いていた(あき)の前から、

 

「“(ひざまず)け”」

 

 まるでその言葉が圧し掛かったように、空を追っていた13組たちはその男(・・・)の言ったとおり、硬い土の上に跪いた。

 

「え……」

 

 その男を見た瞬間。声を聞いた瞬間。

 やばい。

 と、空は思った。

 逃げるだけで精一杯だった13組を、言葉一つで動けなくしたからではない。いや、それもなのだが、その男を認識したと同時に考える暇もなく、そう思ってしまった。

 逆立っている金色の髪。ピアスをつけて、異様な存在感を放つこの男。

 やっと分かった。

 『フラスコ計画』に関わったら、命に関わる。そう考えさせるまでに目の前にいる男は、ただただ存在感を、ただただ圧倒的に、分からせていた。なにも、この男が『フラスコ計画』に関わっているとは限らないんだけれど――黒神めだかと同じぐらいの異常、怖いと思える異常。肌で感じられる異常。これが、これほどまでのものが、『フラスコ計画』に関係していないなんて、空には考えられなかった。

 

「あ……う……」

 

 呼吸が満足にできない。この男を目の当たりにするだけで、瞬きをすることすら忘れてしまう。

 

都城(みやこのじょう)王土(おうど)の真骨頂その①『言葉の重み』に逆らうなんて、面白いね。だけど守原くん。王への抵抗なんて、止めたほうが身のためになるよ」

 

 子供の声がした。動かない体をそのままに、視線を少しだけ変えると、おでこと口と目の部位に三角形の穴が開かれている仮面と、時期外れのマフラーに手袋をしている子供が木の陰に立っていた。その子供が言ったとおりなら、自分はこの王土、という男の命令に逆らっていることとなるのだが、空にはそれを(あらが)っているつもりなんて、毛頭なかった。

 

「なんだ、ついてきていたのか行橋。姿を見せるまで俺に気取らせないとは素晴らしい。そして、俺の言葉に抗えている貴様も……褒めて遣わす」

 

――濃すぎる新キャラですぎ……。

 

「さて、ここで対談をするにしても、無粋な民が多すぎるな――“散れ”」

 

 散れ。

 という言葉だけで。

 空が逃げるだけで精一杯だった13組が、離された。まるで磁石のS極やN極同士がくっつかないように、勝手に離れていった。

 風が吹き、木の葉も散って、周りが少し見えなくなっただけでもう、視界が晴れたころには行橋と王土以外に、見える人間はいない。

 

「さあ、俺に目安箱の場所を教えるがよい」

 

 めだかが生徒会長から有名になっていた目安箱の居場所が分からないあたり、王土がこの学園のことをあまり知れていないことが伺える。

 だからなんだ。

 伺えたからと言ってなんだというのだ。

 今、この状況で空がすべきことは、無事にこの場から去ることになっている。散ることができた13組を羨ましく思うと、

 

「……なんで?」

 

 目安箱を求める理由を聞いていた。

 

「ほう、俺の質問に質問で返すとは面白い。だが、今日の俺はすこぶる機嫌が良いのでな、良かろう、教えてやる」

 

 訳もなく、空はその答えに身構えた。

 

()れた」

「……え?」

「理事長室で見たとき、俺はあの女に惚れた、一目惚れだ」

 

 予想だにしない答えだった。

 惚れた、と、王土は言った。

 黒神めだかに見初めるだなんて、美人で頭の良くて性格の良い彼女に惚れるなんてのは、良くあることだ。それで、思春期を迎えている高校生が、恋愛話をすることは別段、おかしいというわけではないんだけれども、この男が、猛獣のような威圧感を放っているこの男が、そんなことを言うなんて、悪い冗談としか思えなかったのだ。

 

 

 

「ちょっと……待って、ください」

 

――落ち着け、落ち着くんだ僕。こういうときは素数を数えることがポピュラーなんだろうけど、ここはあえて奇数を数えてみるのも良いかもしれない。1、3、5、やべぇ、落ち着けねー。

 

「……良し! まさか恋バナだったなんて、確かにそれじゃあ13組なんか散らしますね。目安箱? それよりそれよか、直接言っちゃったほうがめだかちゃんは好みだと思いますけど、ああ、でも先輩が直接言うのを嫌うのなら、目安箱どころか黒神ちゃんのロッカーを教えますけど、どうします? やっぱりここは直接ですか、机ですか、ロッカーですか、こっそり鞄に入れちゃいますか?」

 

――もう良いよどうでも。まさかギャグ路線からシリアス路線に走ると見せかけといて、ラブコメ路線に突っ走るなんて、めだかボックスを書いた作者は天才すぎ。ご愛読ありがとうございました。これで黒神ちゃんの結婚相手は決まったね。阿久根先輩の好意に気づかないんじゃあ、もう恋人なんてダメだと思っていたけど、こういう威圧感たっぷりの男の人だからこそ黒神ちゃんはちゃんと見てくれるかもしれないし、思えば黒神ちゃんと真反対の感じだからこそ、相性が良くて愛称で呼び合う仲になるかもしれないしね。良いね。僕はさしずめ恋のキューピッド!

 

 

 

「…………」

 

 などと、王土が目の前にいなければ、気軽に言えたかもしれない。思えたかもしれない。

 それでも、そうできないのはやはり、王土を怖く思ってしまったからだろう。

 この短時間の間に。

 恐怖を――植えつけられた。

 

 もはや、ちょっと待ってくれ――というお願いも言えないほどにまで。

 ひたすら王土の発言をどうやって穏便に済ますか、考えることしかできなくなっていた。

 

「どうした、王の言葉に返事も無しか?」

 

 ゾワリと。

 身の気がよだつ。

 何でも良いから、すぐに声を出せと、頭が危険信号を発してくる。

 

「え……と」

 

 行橋は口を挟むことをするわけでもなく、興味深そうにこちらを見ている。王土の顔は見れない、怖いから。怒られる子供の心境と似ていた。

 

 こんなときに限って、陽気なボケも突っ込みもできなく、汗ばかりがでてくる。それが一番ダメなことだとわかっていても、どうしても声がでない。数秒の時間が何十秒にも感じる。

 

 誰でもいいから、助けてくれ――と、空が願った矢先、

 

「――私を放っておいて仲良く談笑なぞ、つれないものだな」

 

 そんな残念そうな声が、空の後ろから聴こえた。振り向くこともなく、この声の主は――黒神めだか。

 

「黒神ちゃん……」

 

 彼女は愛用している扇子を振って開かせ、空の横にまで歩み寄る。そこでやっと空は、散る前、さっきまで自分を追っていた十三組と同じように、地面に膝をつけられた(・・・・・)

 重圧(プレッシャー)からの開放。

 体を支えるように空は、手も一緒に地面に置いた。

 

「はぁはぁ……う……はぁ……」

 

 汗が地面を濡らし、お茶を飲んでもないのに、空は咳き込んだ。自分を含めて、ここにいる人の顔は見れない。それは恥ずかしさからではなく、もうここに関わりたくないと心の奥底で思っているからだろう。全てめだかに任せて、逃げてしまいたくなる。

 

「貴様と善吉を探していたのだが、ここを中心にして十三組や鳥が散っていったのが見えたから来てみれば……これは一体どういう状況だ?」

 

 状況を伝えるとするならば、空は地面に手をついて、それを見下ろしている王土が立っており、行橋とめだかはその様子を眺めているといったものだ。めだかが王土の怖さを感じとれていないことに、空は少なからず驚いた。自分がそうだから、この威圧感が分からないのかもしれない。

 匂いや声と同じで、自分のことは分かりきっていないように。

 同じぐらいの威圧感を隠し持つめだかには、分からないのかもしれなかった。

 

「……どうやら、貴様を呼ぶ手間が省けたようだな。しかし、(オレ)を前に、その態度はいただけん」

 

 圧し掛かっていた威圧感が、空から消えた。話す対象が自分からめだかに移ったためだ。

 空はヤバイ――と思ってしまったが、めだかにそんな心配は無用だとすぐさま気づいた。同じぐらいの威圧感を持つように、同じぐらいの実力を持っているはずなのだ。

 

 そして王土は――呟いた。

 

「“(ヒレ)()()”」

 

 ガツン。

 

「……え?」

 

 その音がなんなのか。

 遅まきながら――気づいた。

 

「……! !? !?」

 

 地面に頭をぶつけた音だ。

 めだかが――王土に平伏した音だ。

 

 つまり、宣言どうりに、言ったとおりに、めだかは王土に平伏したのだ。こんな光景、考えたこともなかったから、即座に理解することができなかった。あのめだかが、誰かの言うとおりになったのだ。それは――目安箱を考えればよくあることに分類されることになるが、それはただのお願いだ。命令じゃない。強制じゃない。頼めば平伏したりもしてくれるだろうが、今回めだかは自分からやったわけじゃない。

 都城王土に――従った。

 黒神めだかが善悪考えずに――――

 従った。

 

「黒神ちゃん!」

 

 先刻、彼女の名を呼んだときとは180度違った意を込めて、空は叫んだ。そしてなにを考えたのか、いや、考えられなかったから、空は夏の土の温度を感じていた手を使って自分の体を跳ね上がらせ、拳を作り、低い姿勢のまま王土に向かって襲い掛かる!

 

「う、わあああああ!」

 

 声を出す。王土の威圧感を吹き飛ばすように。

 異常や――それに類するものとの会話は、高校生になって、経験がないわけではない。むしろ、その経験は豊富な方だ。だけど――めだか以外の異常と戦おうとするのは、これが初めてになる。

 

「……王に反逆の意思を示すか、その意思こそ罪だ。万死に値する」

 

 13組から逃げていて疲労が溜まっている足のことを忘れて、わけがわからないまま、拳を――下ろせなかった。

 

「エヘヘ♪」

 

 傍観者を気取っていたはずの行橋が、空のことを羽交(はが)()めして、動きを止めたのだ。

 子供のような笑い声を聞いて、いくらか空の頭が冷える。

 抱きついてきた際、背中から柔らかい二つの何かが当たったのは、心の中に留めておくべきだろう。失礼な話、行橋という先輩なのか同級生か分からないこの子を、男だと決め付けていたので、少なからず衝撃を受けた。冥加がこれを聞いたら羨ましがりそうだ。

 

「あ、ありがとう?」

 

 二重の意味を込めて、お礼を言った。

 

「ウン!」

 

 可愛い笑顔だった。仮面で顔は隠されているので、そんなこと分からないのだけど、そういう声だった。人は顔、声、このどちらかでその人がどういう人間か判断してしまう悲しい性を持っている。それは空にとっても例外ではなかった、ということだ。

 

「……ごめんなさい」

「うん?」

 

 本日二度目の誤りであった。

 

「で、何のつもりだ、行橋?」

「ただの見積もりだよ、王土。僕が止めてなかったら、殺すつもりだったんでしょ(・・・・・・・・・・・・)?」

 

 見積もり――空が殺されたらこの先、どうなるか考えて、のことだろう。

 分かると、一気にまた、異世界に落とされたような衝撃、それと心臓が細かに震えだした。圧倒的な――死の気配。

 

「ふむ。そうだな。すまんすまん。だが行橋、俺たちはごくごくありふれた一般高校生だぞ。殺すなどと、物騒なことをするわけがないじゃないか」

「よくゆーよ。万死に値する、とか言ってたじゃないか」

「…………」

 

 全身から、力が虚脱していった。もはや、王土に逆らうなんて、空には無理だ。頭が冷えた。冷静になれた。王土と戦ったら、『死』に近づくだけで、勝てる可能性なんてほとんどない。異常ではなく、普通でもない自分が――異常もどきの自分がこれだけの男に勝つなんて、無理だ。

 何度も言うようだが。本当に、無理だ。

 空は弱い。

 王土は強い。

 空がそう、思ってしまったから。

 

「まあ良い。いずれにせよ、興がそがれた」

 

 行橋が離れ――

 上を向けているめだかは、王土を見上げている。だが、王土に逆らえない今、めだかに行動は起こせない。

 そのめだかの額に、王土は封筒を付けた。

 

「デートの誘いだ。日時と場所はそこに書かれている。そこでゆっくり話そうではないか」

「エヘヘ、僕は別に、君に興味がないわけじゃないんだからねっ!」

 

 行橋はいつぞやかやったゲームの口調を思い出させるようなことを言いながら、踵を返した王土に続くような形で行橋もそうして、遠くへ離れていった。

 

――ああ、やっぱり、ダメだ。

 

 十三組を何人も連れて。

 めだかが現れて。

 襲い掛かって。

 最後に自ら、歩いていった。

 

 ここでやっと空は――王土を動かせた。時間にしてみればたいしたことないはずだけれど、空には濃密な時間ではあった。だが、王土にしてみれば、ごくごくありふれた、一般高校生の日常だったのだろう。

 13組の、日常。

 

 ▼

 13組に関わる。

 

 ▼

 13組に関わらない。

 

 思えば、ここが分岐点だったのかもしれない。ここで13組に関わることをやめていれば、フラスコ計画について知っていなければ、少なくともまだ、この年で、自分の秘密(・・・・・)には気づかなかったのかもしれないのだから。

 

 空と13組と変わる日常。

 空と13組が関わる日常。

 

 日常は、変わる。

 

「……黒神ちゃん。これからどうするの?」

 

 空は、変わる。

 

「……うむ。兄貴の所に行こうと思っているが……ひとまずは善吉捜しだな」

 

 冥利とめだかが戦った日から約一ヶ月。

 7月15日。

 夏休みを目の前にして、

 

「善吉か、巻き込もうとしたんだけど見つからなかったんだよね……って兄貴!?」

 

 守原空に――――地獄が訪れることとなる。

 

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