「あ、善吉」
王土が去ってから約5分。ケータイ電話で善吉にメールを送ってから5分ちょっと。計10分ほど経ったところで、前方から走って来る善吉の姿に気づいた。
「待たせたな」
それにしても――と、善吉は続ける。
「真黒さんに会うってどういうことだ?」
その質問は予測できていた。
黒神めだかの兄、黒神
めだかと血の繋がった家族でいてシスコンで変態のお兄ちゃん。
似ている所――というと、一つもなかったかもしれなかったが、同じところならある。
『異常』
めだかと同じで、その兄も異常である。
かといって、不良相手に100人抜きできるという噂が立つほどの実力を、彼は持ち合わせていない。真黒が本当に異常なところは、自身の力がすごいところではなく――他人の力をすごくすることなのだ。
成長させる。
木が何百年もかけて祭られるぐらいになるところを、真黒の力にかかれば数十年に早めることができるぐらいに、真黒はそんな偉業を成し遂げられる。
その兄と会うと言えば、確かに気になるものだろう。
――それだけじゃあ、ないんだろうけど。
黒神めだかの兄。
他に異常なところを上げるとすれば、シスコンなところだ。
「……やだなー」
独り言、というよりかは口から漏れてしまった一言であった。大方、これから真黒に会うことでどうなるか、どんな態度を取られるか、想像でもしているようだった。
□ □
■ ■
箱庭学園の広い広い敷地の片隅にある、取り壊されていないのが不思議なぐらいのボロイ旧校舎。その旧校舎に入るための扉を開ける――鍵は掛かっていなかった。というかなんというか、鍵の意味をなさないぐらいに扉が壊れていた。
そこから中に入って少し先にいき、右に曲がったところで、階段が目につく。
と、そこでめだかが懐中電灯を取り出した。空が善吉を呼ぶためにケータイ電話を使ったとき、でてきた時刻は3時ほどだったので、まだまだ外は明るいぐらいだったが、めだかの足取りが重く、ここに来るまでに他の13組に襲われたりと(何か言う暇も与えずにめだかが瞬殺したが)、移動に手こずり、廊下の明かりも点いていないので、足元は怪しくなってきている。
「……めだかちゃん、覚悟は良いんだな?」
「笑顔だよ笑顔。嫌そうにしないでね」
階段の折り返し地点で、善吉と一緒に空はめだかに注意する。めだかは眉間にしわを寄せ、立ち止まってまで悩んだ挙句に、
「……嫌だ!」
「堂々と言いやがった!」
「私のお兄ちゃん、変態だよね。会いたくないなぁ……」
「黒神ちゃんにとうとう言われちゃった! そしてなぜいきなり自分は常識人の妹キャラ!?」
普通じゃないくせに――と、空は叫ぶ。捉えようによっては――よらなくても失礼な言葉だが、叫ばずにはいられなかった。そこで会話が止まり、みんな同時にため息。ひょっとしたらめだかはただ、楽しいおしゃべりをして、今の状況を誤魔化しているのかもしれない。
「めだかちゃんに似てるっつーか、同じところもあるんだけどな……」
「優しすぎるところとか、ね」
めだかの兄は――優しい。
しかし優しすぎるのもまた、考え物だった。
「おっと、これじゃあ真黒さんが妹思いの良い人で、黒神ちゃんに不当に嫌われいているキャラって思われちゃうね」
「ふむ。それもそうだな。真黒さんなのに嫌われることが理不尽に思われるのはダメだ。よし、空。めだかちゃんに纏わる真黒さんの気持ち悪いエピソードを言ってみろ」
めだかは体を震わした。わざわざ善吉が真黒の悪口を促したのは、めだかが久しぶりに会った真黒にどんなことをされても落ち着いて対処できるようにという、善吉の思いやりだろう。しかし空はそんなこと考えもせず、ここでめだかの知っている昔の思い出話を言っても、面白くなさそうだなーと考えていた。
そして空は、二人とも知らないような最近のことを話す。トラウマを新しく作るのは空も悪いとは思ったが。まあ、優しいめだかなら許してくれるという結論に
「えーっと……僕がこの前会ったときにさ、何回かに分けて見てた黒神ちゃんのビデオを見終わったんだよね。三歳ぐらいのときのやつ」
「ん? この前って――お前、高校に入ってからも真黒さんに会ってたのか?」
「……ああ。うん。まあ、ね。ちょっとだけ」
曖昧に返す。
別段。
善吉を仲間はずれにしてたとか、そういうわけではないんだけれども。
言えないことが、あったから。
「見終わるのに2000時間以上かかったなー」
「何十回会ってたんだ!?」
2000時間÷24時間(一日)=83.33333……。
「ともかく」
めだかはそう言って、持っていた懐中電灯のスイッチを切った。辺りは暗くなっていて、よく見えなかったので分からなかったが、真黒が待っているであろう教室に、たどり着いていた。
「入らなければな……」
自分の三歳のころのビデオが2000時間以上録ってあることを知ったら、全国の妹はどう思うのか。空は考えようとして――止めた。考えなくても分かりきっていた。
それでも――家族に愛されるのは良いことだと、空は思う。
自分には家族がいないとか、そういう主人公っぽい天涯孤独みたいな設定なんてないけれど。
それはきっと――良いことだ。
家族の存在は、大きい。
もしも自分に家族がいなかったと思うだけで、血の繋がった家族がいないと思うだけで、ゾッとする。自分には家族がいて本当に良かったと思える。
「よし……」
律義にめだかは、扉の前に拳を作って、コンコンコンコンと、四回(ノックにもマナーがあるのだ)扉を叩いた。そしてめだかは扉を開く。
教室の中から、暗闇に慣れ始めていた目に、明るい光が飛び出てきたので、目を細める。
いつも空が会っていた真黒ならば、ここで、「やあやあ、待っていたよ」と、見透かしたようなセリフが出てくるはずなのだが、それは無かった。今回に限って空一人じゃないからだというのならば、本当に見透かされている。会おうとするたびに、ここに来る人数まで把握していたら怖すぎた。
「…………」
怖かった。
「…………」
沈んでいた。真黒は、地面に手をついて、落ち込んでいた。それは今日、王土と関わっているときに空が取ったポーズと同じであるのに、暗すぎる雰囲気が同じだと感じさせなかった。
「……ああ」
軍艦塔。
箱庭学園の広い広い敷地の片隅にある、取り壊されていないのが不思議なぐらいのボロイ旧校舎、である。
扉の意味をなしていない、旧校舎。
だとしたら。
教室にある壁と扉の意味も、きっと同じだろう。
――嫌だ、会いたくない……か。
異常なほどのシスコン。妹が好き。大好き。愛していると言っても良い。そんな妹の否定の声が、意味の無いボロボロになった壁から、透けて通ってきたのだ。
真黒は体勢を維持して、床を見つめたまま、空にとっては恒例となった始まり方で、出迎えの言葉を放った。
「…………やあ、待っていたよ。