黒神真黒。
彼に自分のことを話したのはいつかといえば、小学校低学年のときだったと思われる。
話さずにはいられなかったのだ。
自慢のような、愚痴のような、話したくてたまらなく、吐き出さずにはいられなく。
悩んだ末に空が取った行動は、遠まわしに真黒に話すことだ。
真黒の前に、善吉やめだかに話したことはあるけれど、それも――実は僕、生まれ変わったんだよ――と、子供の戯言にしか聴こえないように、だ。
その二人よりも、両親が近くにいたが、ついぞ話すことはなかった。
だってそれは、自分があなたたちの子供ではないと言っているようなものではないか。
血は繋がっていても。
地は違う。
だから真黒に話した。
別に――そうなんだ、とか、そうやって、興味無さげに返されても良くはあった。
だってそうすれば、言い訳できるから。
僕は話した。ちゃんと言った。だから、聞かなかったお前が悪い。たとえ、助けられなかったとしても、僕だけが悪いわけじゃない。だから――あなたも悪いと。
だとすれば、自慢や愚痴よりももっと悪い――本当にただ、言い訳を作りたかっただけに違いない。
家族に話せなかった分、話に熱がこもって多少誤魔化しが甘くなったからなのかもしれないが、真黒の出した返事は、それはどういうことだと、真面目な返しであった。
言い訳を作るための言葉を。
真面目な顔で、真剣に聞いてくれた。
だから、そんな真黒に感謝していないわけがない。
「ぐふっ」
それでもとりあえず、感謝の事は置いといて、思いっきり抱きつきに行く空だった。
「やっだなー突然錬成者だなんて、僕は最年少で国家錬金術師になれてもないし、陣無しの手合わせ錬成もできませんよ。いや、陣があっても無理だけど!」
あっはっはっはと。
大声で笑い、善吉たちを誤魔化している。
善吉たちには遠まわしに冗談めかして言ったこともあるが、それは笑って済まされたことなので、今更そんな秘密を、またここで言われても困ってしまう。冗談だと流してくれる可能性は高いだろうが、もしも信じるようなことになったらめんどうくさいだけなので、そんな情報を与える必要性は皆無だ。
「ね!」
強く確かに言って、困った状況にした元凶の男――中肉中背、めだかと同じぐらいにまで髪を伸ばして、頭のてっぺんに、いわゆるアホ毛、というものがある真黒に同意を求めた。
腰の長さほどある髪もそうだが、顔もめだかと似て、異性からはよくもてはやされそうだ。
「あ、ああ。うん? ああ、うん。そうだね。そうだったね。お兄ちゃんの事なんてめだかちゃんは嫌いなんだよね。会いたくないんだよね。ああ、世界滅びないかな。いや、決めた、滅ぼそう。よし、悪は急げだ! さくっとさっさと妹に愛されない世界なんて滅ぼそう。なーに簡単だよ僕。心に悪を潜めて、それでいてめだかちゃんと同じぐらいの強さに引き上げる人物を数百人ほど探すだけだ。こんなこと僕の愛する妹に抱きつくより余裕じゃないか! ハハハハハハハハハハ! まずは手始めに、妹なんてうざいだけだろうとか、ふざけたことを抜かしている奴を駆逐しないとね、うなじを削ぎ落とせば良いのかな? 両腕を切り落とせば良いのかな? 全部細切れにすれば良いのかな? どうしようか……。ああ、僕がこんなことをする前に、めだかちゃんと一緒に楽しく会話でもしたかったなあ……だけどそれも無理なんだろう、なんたって僕は妹に愛されるどころか嫌われているんだから……。もしも僕が転生して、来世に行ったら――妹に愛されるだけの存在になっていたい……」
「そのセリフ多量ネタ、僕がもうやりましたよ……」
だなんて、呟いてはみるけれど、反応が帰ってこない。目の光がなくなっていて、機械的に世界への憎しみを話しているさまは、非常に怖く、この世に放ってはいけないロボットみたいだった。
それにしても、やはりこの男、黒神真黒は狂っている。めだか一人に言われただけで世界を滅ぼそうとさえ考えているのだから。
いずれにしても狂っている。
「めだかちゃん、めだかちゃんを呼べ! 良いか、医者じゃないぞ! 事態は急を要する!」
空に名前を呼ばれためだかは、王土に会っていたとき以上に、汗をダラダラと流して、嫌そうな顔になるのを必死に抑えるため、口角を意識して上げるようにしていた。
善吉は顔を背け、そっとめだかの背中を押す。
「…………(善吉、タスケテ)」
「…………(ゴメン、無理)」
幼なじみだからこそできるアイコンタクト。善吉の場合は目を合わせずにいるが。
「ぐっ……!」
めだかは歯を噛みしめて、両手で作った
「会いたくないなんて言ってゴメンなさいお兄様っ! 実はこの前に、私の幼なじみが持ってきた恋愛ゲームでツンデレ、と称されているキャラの真似をしてみただけなのですっ♪」
この前にめだかの前で恋愛ゲームをやった幼なじみといえば、空以外にはありえなかった。
「おい誰だ! ツンデレが出るような恋愛ゲームをやった馬鹿は!」
と、空は言った。
そしらぬ顔で知らんぷりをする空であった。
「……ああ、ああ。なんだ、そうだったのかめだかちゃん! 我が愛しの妹よ!」
世界最大級の謎が解けたと言わんばかりに顔を綻ばせ、なぜか下着以外の服を脱ぎ捨てめだかに飛び掛る真黒。善吉は反射的に蹴りを顔面に叩き込む。
めだかが襲われたときのために、善吉は強くなったのだけれど、まさかその兄に成果を出すなんて、思いも――思いは――思いはしていた。
「まだまだ!」
だがしかし、当たったと思われた善吉の攻撃は、真黒が上体を反らすことにより、すんでのところで回避した。そして上体反らしを続けたまま、めだかの足元にまで自分の足をやったところで、勢いよく上体を起こし、見事めだかの目前にまで近づくことに成功する。
「ん~~~~~」
悲鳴を出す間も与えなく、真黒はめだかに頬ずりを。
されためだかは、その状況を受け止めきれていないのか、彼女には珍しく目を見開いて間抜けな表情を取っていたが、やがて自分がどういうことになっているか理解しきり、顔――髪を紅く染め始める。
それは即ち、乱神モードへと変化した合図。
「ぐぎゃっ!」
真黒は殴り飛ばされ、すっかりボロくなった壁に大きな傷痕を作った。
「ふーっ! ふーっ!」
息を荒くして、めだかは下着姿の変態――自分の兄を睨みつける。
「待った待った黒神ちゃん! それじゃあ
「つーか乱心モードになるってどんだけ怒ってんだよ!」
空はめだかの足に、善吉は腰に抱きついて、真黒への追撃を止めさせようと必死になる。乱心モードなんて平均にして、一年に一回、あるかないかぐらいなのに、この兄を相手にすればそんな事も関係無しになってしまう。
壁から剥がれ落ちた真黒は、壊れた壁から落ちてくる石つぶてを背中に浴びて、体を震わした。最後に落ちてきた小石が真黒の頭を叩き、浮かんでいた手が地面にバタリと真黒が力尽きたことを表す。
真黒が再び動き出すのがあまりに遅いため、殴った本人であるめだかも心配したが、ちょうどその時、真黒は片手を床に付いてゆっくりと自分の体を立ち上がらせた。そして、何時も通りの笑みを浮かべて言った。
「アイテテッ……うん……なるほど、
黒神真黒の本質――
「筋力は中学生の頃よりも低い。手が動くのも0,2秒は遅くなっている。肌触りと肌ツヤから睡眠がしっかり取れてないことも
「…………」
「それに比べて善吉君は成長してるね。蹴り出す速度、狙い、どれも中学の頃より断然良い。本でも読んで実践の場合を考慮してるのかな? 判断力が良いよ――まあ、お兄ちゃんが愛する妹に抱きつくのは普通だと思うけどね」
めだかに抱きつこうとして、善吉に蹴られそうになり、今度こそめだかに頬ずり。そして乱心モードで殴られただけで、善吉とめだかの能力を、暮らしを判断した。
「愛も変わらず、相変わらず、気持ち悪いぐらいの解析ぶりですね真黒さん。で、僕の評価はまだですか。それとも遠まわしに評価に値しないとでも言っているんでしょーか」
嫌味っぽくうんざりしたように、真黒に聞く。この男は簡単に説明できることもいちいちもったいぶる癖がある。
「んー……、そうだねー、めだかちゃん、善吉君。僕が君らの話を聞く前に、ちょっと買い物を頼んで良いかな?」
そう言って、返事を聞かないまま縞柄の模様をした財布を投げ渡し、最初から用意していたのか、買うリストが綴ってあるメモ用紙も善吉に手渡す。
「どうせ僕に鍛えて欲しいとか、そんな願い事だろ? とりあえず君たちの修行に必要そうな道具を書いておいたよ。別に熊を調達して来いとかんそんなんじゃあないから、よろしくね~」
善吉は、自分はともかくどうして真黒さん大好きめだかちゃんも、と言いたげな表情をしたが、特に何も口に出さず、そのまま学校の校外の近所のスーパーでも買えるようなものが書いてあるメモ用紙をズボンのポケットに仕舞いこみ、教室を出た。
コツンコツン。
足音が、すっかりボロくなった壁から、床から、吸い込まれ、聴こえてくる。
また、その音は割れた窓から見える闇に吸い込まれ、遠ざかり、その内耳に入る音量も少なくなっていった。
「さて」
めだかたちの足音が、完全に聞こえてこなくなったあたりで、真黒は切り出した。
「じゃあ、まずは君の質問に答える前に、僕が聞いておこうか、
「何でって……『フラスコ計画』について、とかですよ」
フラスコ計画。
今日会った都城王土。
このプロジェクトを聞いた当初は、あまり危機感なんてなかったが、あの男が参加していると分かったら、危機感を持たざるを得なくなった。
「シスコン計画?」
「真黒さんみたいな人をもっと生み出すとしたら、恐ろしい計画ですね……」
真黒は、「まあ、それはどうでも良いとして」と、荷物を横に置くジェスチャーをしてから、空をじっと見つめる。自分の考えがミスではないことを確認するために。
そんな自分を、空は不思議そうに見つめ返してきたが、不思議なのは真黒のほうなのだ。
「僕としては、
すみません、学校でテストがあって遅れました。