とある箱庭学園の生徒物語   作:じょーく

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25箱

 一年一組、普通科、教室。

 

 

 肘を机の上に置いて、生徒がほとんど居なくなってしまって寂しくなった空気を無視し、空は考える。

 フラスコ計画。

 自分の異常性。

 かれこれ三秒以上考えたが、もうそれを終えるのも近い。

 

「あーむ☆」

 

 なぜなら目の前に、見せ付けるように口を大きく開いて、ドーナツを食している不知火半袖がいるからだ。

 

 思えば今日は、理事長に呼ばれたり、十三組生に襲われたり、真黒に出会うためにと、空はお昼ごはんを食べることをすっかり忘れてしまっていた。

 そこにこれだ。

 何十箱もある箱から漂うドーナツの甘い匂い。不知火が口を動かすたびに、サクッとした歯ごたえや、モチッとした歯ごたえがあるのを見て取れる。それは空に確かに美味しいと思わせる情報があり、お腹を鳴らせるのには簡単であった。

 

「不知火ちゃん、僕にも一つ……イテッ」

 

 ドーナツの魅力に負け、伸ばした手を不知火は払いのけると、ドスの聞いた声でせまった。

 

「ください、だろ?」

 

――やれやれ。言うに事欠いて僕にそのドーナツをくださいと言え、だと? 確かに、そのドーナツは旨そうだよ? だけど僕は男だ。王土にさえ頭を下げなかった男だ。それを、この僕に、男の中の男と噂されるこの転生者様に向かってこの女子は――

 

「僕にそのドーナツを恵んでください!」

 

 長文ネタを三度繰り返しても良いと思ったが、ボケを出すにも空腹には勝てず、空は土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。

 

「よかろう♪」

「わーい」

 

 もしも同級生たちが近くにいたとしたら、仲が良すぎて気持ち悪い、と言うのだが、この暗がり時の教室にいるのは、空と不知火だけだった。

 

 空は貰った一個のドーナツを少しずつ口に入れて、甘みを味わう。やっとのところで空が一個のドーナツを食べ終わると、不知火はもう、何十箱も残っていたはずのドーナツをほとんど食べ尽くしていた。そして残り一桁になった箱の一つを取って、また開ける。

 

「……あ、ゴメン」

 

 ポケットの中で震えた携帯電話を取り出して、不知火に背中を見せるために立ち上がると、ディスプレイで誰からの電話か、名前を確認してから耳に当てた。

 

『もしもし、空か?』

 

 真黒から頼まれた買い物の帰り道なのだろう、車が風を切る音も善吉の声と一緒に聴こえてくる。

 

「そうそう、俺俺」

『オレオレ詐欺のふりは別に良い』

「切ボタンを押すなよ、絶対に押すなよ!」

『ネタフリも必要としてねえ!』

「ぐ~ぐ~」

『寝た振りしてんじゃねえよ!』

 

 善吉の突っ込みに空は感心して、頬を緩ませる。もう少しこの会話を続けたかったところだが、後ろで座っている不知火を待たせるのも悪いので、善吉に聞いた。

 

「で、何で掛けて来たの?」

 

 車が一台、善吉の横を通った音がした。

 

『何でって……お前、一人で行く気じゃあないよな?』

 

 真黒に会う前に、善吉にフラスコ計画のことを話したので、そのことだろう。都城王土の危険性もめだかが善吉に話してくれた。心配してくれているのだろう。

 

 天才を作る、フラスコ計画。

 都城王土が参加している、フラスコ計画。

 

「一人で行く? 僕が? やれやれ、行っても止められる策なんてないし。それにもしも僕が13組の集団に襲われたら、真っ直ぐ善吉を囮にする男だよ? 一人どころか百人でも行かないよ」

『そうか……』

「?」

 

 空の予想は外れて、善吉は自分が囮にされることを怒らなかった。まあ、毎度毎度、正しい突っ込みを入れられる人間はいないのもまた当然か。

 

 だって――

 

『なあ、お前の親って元気か?』

 

 浮かんできた答えを、善吉の問いで遮られる。なんとなく変に思って欲しくなかったので、考え事をしていたことを善吉に勘づかせないよう、答えを頭で考える前に口を開く。

 

「親? なに善吉、僕の親と禁断の関係を築こうとしているの?」

『ちげえよ!』

「違うの!?」

『驚かれた!?』

 

 今度は期待通りの突っ込みを入れてくれた。

 

『……まあ、その冗談は良いけどよ、お前――――いや、やっぱりなんでもない』

 

 空にとっては、そういうものが一番気になることになってしまうのだが、善吉はそれを知ってか知らずか、問い返す前に、じゃあな、と言ってから一方的に電話を切った。ここで、善吉に電話を掛け直しても良かったのだけれど、不知火がドーナツを食べている音が聴こえて来なくなっていたので、携帯電話をポケットに戻すと、椅子に座りなおす。

 見てみると不知火は、ちょうどドーナツを食べ終えたところなのか、ペーパーナプキンで口元を拭いていた。時期を見計らったところで空は、いきなり本題に入る。

 

「不知火ちゃん、聞きたいことが……」

「聞きたいこと? フラスコ計画で何百人被害者がでる予定だとか、それともそれが時計台の地下で進められていることとか」

 

 空の質問を最後まで聞く前に、したり顔で、不知火は一息にそこまで話した。

 

 やはり真黒はめだかと同じだった、ということか。勿体ぶる癖はあっても、話を逸らすというのは今までなかった。彼もまた、空が傷つくのを心配したツンデレでいた。

 どうにもこの学園には、ツンデレが多い。

 

 不知火は糖分を吸い取った紙を投げ、ドーナツの欠片しかの請っていないからっぽの箱に入れた。

 

「それとも、空の異常性――とか?」

 

 空は少なからず驚いた。知らないことは不知(ない)と豪語している不知火とはいえ、さっきまで自分が確証を持てなかったことを――

 

「……不知火ちゃんは、なんでも知ってるね」

 

 苦笑い交じりに、恒例となっているやり取りで恒例の返事をした。

 この後の不知火が言うことも、恒例のことだった。

 私は不知火。不知(しらない)ことはないよ。

 この少女は本当にそうなのかもしれないと、空は思った。机の上に手の平を置いて、自分の体を立ち上がらせ――

 

 

「ぶっちゃけさー、空がここで動かなくてもアタシは良いと思うんだよね」

 

 

 体を止まらせた。

 不知火は独り言のように呟いた。耳に入って脳に届いたそれに、空は直ぐに反応できなかった。机の上に置いたままの両手の間を凝視した。明らかな間違いを指摘されたようだった。

 視線だけ動かして、不知火の表情を確認した。机に顎を乗せて退屈そうにしている。こちらからの言葉を待っているのか、しかし空は何も言えずにいた。

 

「のど仏も出ていない可愛い男の子なんだしさ」

 

 空は自分の喉に重くなった指を添えた。この年齢で出ていないのは自分以外に見たことがない。女の子のようにお前は弱い。だからずっと善吉たちに守られていろ。空にはそう聞こえた。

 学校のスピーカーからチャイムが流れた。

 どうして今の自分がこんなにも動揺しているのか、よく分からなかった。

 不知火の言うとおりだ、めだかどころか善吉、真黒の足元にも及ばない自分がフラスコ計画を止めに行く。結果は判りきっていることだ。

 それなのに――

 フラスコ計画は時計台地下でやっていると不知火は言った。そこに行っていれば間違いはないと、間違ってないと思っている。言い訳を探しているだけなのか。

 

――僕って転生者なんだ。

 

 そう言ったときの顔はどんなものだったのだろう。

 ずるくて汚れた言葉を、親友とも呼べる善吉たちに吐き出した。

 

「言い訳を作るため……」

 

 行けば許されると思っている。傷つけば嫌われないと考えている。被害者であれば良いとしている。そんなのは勘違いだと否定するのはたやすい。行って許されるわけではない。行った結果ダメだった。それでは残念だ。でも傷ついてまで良く頑張ったね。そう、思ってもらいたいだけなのだ。

 

 これは――自分を正当化する言い訳を創っている。

 

「でも、行く」

 

 不知火の目を見た。

 詳しい考えは、まるまる省いた。不知火なら知っているだろうから。それに、自分の中で燻っているこの考えを早く口に出さなければ、燃え尽きて忘れてしまいそうだった。

 

「言い訳で良い。人なんてみんなそうだ」

 

 努力するために探して。

 努力しないために探して。

 

「生きるために、死ぬために探す」

 

 死にたくない人間がいても、最後には探すしかない。

 人はいつだってずるくて汚れている。その人間の言い訳は間違っているものばかり、とは決められない。今回作る言い分は正解なのか、まだ分からない。また同じ過ちを犯すことになるのか、まだ決まっていない。

 

――それに、転生関連じゃなく、フラスコ計画、だ。バレても失敗しても、傷つくのは僕だけで、黒神ちゃんたちは無傷で済む。

 

 後悔しても、その前に一歩進んでいれば±0。一歩後ろに下がるなら、二歩前に進んでやればいい。でもここで何もせず後悔したら、マイナスになってしまう。

 

「不知火ちゃんだって、僕がフラスコ計画でボロボロにされても、言い訳を作れるように心配しただろう。違うと言っても、心の奥底でしたはずだ」

 

 答えは待たなかった。

 

「だから、僕も言い訳を探すために行くんだ。心配するな、善吉にはああ言ったけど、策がないってんじゃあないんだ。0,0000000001%ぐらいの可能性はあるよ。どっちみち、ここで行かなきゃ男の中の男と噂されるのは、夢のまた夢になる」

 

 可愛い男なんて、可愛そうなだけだ。

 それ以上、不知火の顔を確認せず、教室の出口まで歩いた。

 

「僕のことを心配したって分かったときは、不知火ちゃんもツンデレなところがあるんだなって思ったよ。ありがとね」

「……あひゃひゃひゃ☆ 空こそ、フラスコ計画を止めに行かないし、いざとなったら善吉を囮にするーとか言ってた癖して、正義感あふれるなかなかのツンデレだったと思うよ」

 

 ハッ。と一声笑った。

 

「勘違いしないでくれ。止めるためなんかじゃあない。言い訳を探すって言う目的のために、自分のために行くんだ。正義だとしても偽者で、薄汚れた正偽さ」

 

 だとすれば。

 空の心に残ることになろうフラスコ計画を止めるこれからの物語は、偽者。

 

 

 

 

 

 

「偽者の物語――偽物語の開幕だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

「偽者……」

 

 守原空という私の都合の良い友達は聞かなかった。なぜ、私がここの教室でドーナツを食べていたかを。

 彼は私がいると思ったから来たのだろうが、私は彼がそう考えて来ると思って来た。所詮は、都合の良い友達なので、心配はしても、応援はしない。なのに私がわざわざ出向いたのも、変わらず、都合が良かったから、で済ませられる。

 

 私に不知ことはない。

 そうでなくとも、今日の会話のおかげで、これだけは確実に言えるようになった。

 

 私は空以上に空を知っている。

 知っているからこそ、分かる。

 

 偽者は物語じゃあない。

 だが偽物語、皮肉にも、良い得て妙だ。

 

 

 ニセモノローグ

 

 

 偽物を語る者の終わりは今(・・・・・・・・・・・・)やってきた(・・・・・)

 




あと13話でひと段落する予定ですが、この章も一旦終わりということで、書き貯めをしようと思います。何ヶ月かかるか分かりませんが、出来るだけ早く仕上げるつもりです。

忘れられないうちに終わると良いなあ……。
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