とある箱庭学園の生徒物語   作:じょーく

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『おお!』

 

『『…………』』

 

『似合うではないか!』

 

『めだかちゃん……ぼく、男の子だよ? あきくんならともかく、なんでぼくまで?』

 

『ともかくってどういう意味なの善吉君?』

 

『ふむふむ』

 

『そんな初めて見せるような抑えきれない笑みで写真を撮るな、泣いちゃうぞ!』

 

『勝負に負けたら勝者の言うことをなんでも聞くという条件に乗ったのは貴様だぞ?』

 

『みえみえのハニートラップか、やられたな。まあ良い、こんな女の子の格好が似合うのはせいぜい今ぐらいだし。苦い思い出として覚えておこう』

 

『あきくんはずっと似合いそうな……』

 

『それで女装させられるようなことになったら善吉も巻き添えにするから、よろ――』

『やだ』

 

『……よし、脅しの道具はできた、もう着替えて良いぞ!』

 

『か、守原空くんはそんなものを作らなくても、君の力になるよ』

 

『貴様が一番最初に離れそうだから、ほとんど貴様のためにこれを作ったのだがな』

 

『そんな薄情かな、僕?』

 

『『うん』』

 

『……うん。ごめんね』

 

 

 

 夢を見ていた。

 おぶられる事が懐かしかったからか、とても懐かしい夢を空は見ていた。

 トランプで負けて善吉と一緒に女の子の格好をさせられるという悪い夢だが、何年も経った空の前では――やっぱり悪い夢であった。

 五歳半ばだったので、善吉も女装することに疑問を持ってしまうところである。しかしそれでもやはり子供。罰ゲームだということで簡単に着替えてくれた。そして今では想像もつかないが、結構似合ってもいた。

 

 さて、それでは本題に戻り、今の空の状態だが、夢を見ていたということから分かるとおり、眠っている。さすがに十九時間も不眠不休でいただけあって、その分を取り返すかの如くの熟睡っぷりだった。

 自分には『異常殺し』があるんだと、どんな攻撃も効かないのだと、空は敵地で眠るほど完全に油断していた。

 そして眠っている間に、F1の巨大迷路から、F4の実験室へと高千穂に運ばれた。

 

――地下室F4、実験室――

 

 真っ白な廊下から打って変わって、舞台は暗闇。

 電気の点いていない、どこか危険な香りというか、保健室のような消毒液の香りが強い場所、それでいてノコギリやハサミやメスなどの器具があり、手術台が設置されている部屋に、空はいた。まあドラマにでるような手術室を暗くした場所に近い。

 

「よーお目覚めか、まさか高校生の癖に縛られて放置されている奴がいるなんて、さすがの名瀬(なぜ)ちゃんもビックリだぜ」

 

 そんな真っ暗な中、軽い調子で話す、女性の高くてドスの効いた声が聞こえた。

 間違ったことは言ってないが、縛られているのは手首だけであることを確認した空は、とりあえずの勘違いを訂正させておいた。

 

「確かに縛られて放置されるのは二度目だけども、別に趣味ってわけじゃないから、ビックリする必要はないよ」

 

 高校の始めに、めだかによって生徒会室に監禁された経験がある空だった。既視感(デジャブ)を感じなくもない。

 

「で、名瀬……さん? あなたじゃないというのなら、僕の手首を縛った犯人はいったい誰だか知ってらっしゃるんでしょーか?」

 

 先ほど名瀬と名乗った彼女は怪我でもしているのか、顔を知られたくないのか、顔面を包帯で巻いて覆いつくしている。その包帯の内からは、鈍い光を放っている目が片方見えた。頭に刺さっているナイフは、ただの玩具なのだろうか。相手は異常なので、理解しがたい。

 縛った犯人を考えるなら、ついさっきまで自分をおぶっていた高千穂が第一に浮かんでくるが、その姿は周りを見渡す限り見えないので除外しておく。そうなると、目の前にいる、腕を組んで胸を抱えているこの女性が縛ったと考えるのが妥当だろう。

 唐突に、真上から嫌な音がした。

 

「ふっふっふ……犯人はこの私さ!」

 

 まるで悪者が自分の勝ちを確信したような口調で、勢い良く降りてきたのもまた、女の子だった。

 降りてきた、としたが、天井になにかぶら下がれるものはない。彼女は何もないところにぶら下がって、降りてきたのだ。

 

「……えっと、まさかの展開、って言うにはまだ、僕は君の事を全くこれっぽちも知らないんだよね……」

 

 名瀬とは違ってまだ、取っ付き易すそうな女の子だが、突然のハイテンションに困る。異常じゃなければクラスの中心、とまでは行かないものの、それなりに人気のある生徒になるだろう。

 服装は、ニット帽を被っていて、暑いのか寒いのか、靴下は長かったり、短パンを履いていたり、上半身もまちまちのよく分からない服装だった。センスがある、とまでは言えない空でもこの服装がおかしいということは普通に分かる。傍らに居る制服姿の名瀬が、おしゃれに見えた。

 

「名瀬ちゃんの大親友の古賀(こが)ちゃんだよっ! 名前はいたみ、よろしくね!」

 

 うん、よろしくと、空は力の無い声で返す。

 握手でもしようとしたのか、なぜか手を動かそうとしたが、手首はキツク縛られていて、ビクともしない。縄が食い込んで痛いと思えるということは、空の異常である『異常殺し』もこの縄の力は無効化できないと考えて良いのだろう。

 足には何も架せられていないので、立ち上がるなり、逃げるなり、自由な行動を起こせそうだ。しかしまだ起こす気はない。今すぐに急いで行動を起こす必要もない。時間は確かに気になるが、ここで焦ってつまらない失敗してしまい、悪い方向に傾く事態に陥る可能性も大きいのだ。

 

「あー、僕の名前は守原(かみはら)空です。よろしくついでに今の状況を教えてくれるとありがたいんだけど」

「お前が捕まっている」

 

 知っていた。

 

「……高千穂先輩は?」

「あの人なら上の動物たちと戯れてるぜ、調子が狂っちまったって」

 

 今度は顎に手を当てようとしたのか、また動かない手を動かそうとした。調子がおかしいと言うのなら、空もそうだった。名瀬、古賀の二人があまりにも危険という気がしなくて、戦闘を挑もうという気にもなれず、この場を穏便に済ますような良い案を考えようともしない。

 

「じゃあさ、そこの器具に変なマークあるよね、四角い奴、なにそれ?」

「自分の学園の校章ぐらい覚えとけよ。学園からの支給品にはこうやって、このマークが付くことになってんだ。嫌なら拒否ることもできっけどなー」

 

 とりあえず空はそのまま質問を続けた。

 それで分かったことは、今居るところは地下四階で、上のフロアは動物がたくさんいること、自称最強の高千穂を倒してもやはりフラスコ計画は止まらない、ということと、一時的にでも止めさせるには主犯みたいなものである理事長を諦めさせること、もしくはフラスコ計画に必要な器物や人材をいくつも使えないようにすることだった。

 全ての質問を答えてくれたものの、答えてくれたからこそ、疑問を持った。

 

「なんで答えてくれるの? 結構重要じゃない、それ?」

 

 名瀬は軽く唸ってから、腕の力を抜いて上を見た。頭をリフレッシュする時に使う、ちょっとした癖である。

 傍らに居る古賀の様子を見た。立ったまま寝るという器用な真似をしていたので、起こそうか迷ったが、スルー。

 

「……その前に、お前が来た理由ってやつを教えてくれねえか?」

 

 良いよ、と三つ返事でしたものだが、めんどくさそうに答え始めた。

 説明を不得意とは言わないまでも、説明上手とも言えない空に、名瀬はときどき別の質問を挟んできたが、それにも正直に答える。

 不知火に一度言っておいた事だったから、もっと簡単に進められると思っていたのだけれど、言うたびに空は自分でも訳が分からなくなっていた。

 なぜここまで来たのか。言い訳作りとはいったいなんだったのか。これは漫画のようなありえない出来事が自分の周りで起きそうになったから、格好良さそうなことを言いたくなってしまっていただけ、のような気もしてきた。

 

 守原空だけに、中身は空っぽ。

 

 言い訳作り。いや、きっとそうなのだろうが、今考えてみると、そんなことはどうでも良かったように思える。

 

――別に理由とか必要なくね?

 

 溜め息を吐いた。

 ああ、めんどうくさい、と。考えることもめんどうくさくなった。

 

 そしてやはり、疑問を持ったような名瀬が口を開かすところを見て、内心毒づく。

 これ以上突っ込まれても、もう空に答えようは無い。言い訳作りとは本当にいったい、なんだったのだろうか。

 

「それで来たのか?」

 

 どうやら。

 それだけなのか、聞きたいらしかった。

 

 空は傾いた。今度は名瀬がめんどうくさがる番だった。

 

「お前の話だと、生徒会長の変態兄貴の答え方からこの計画の危険を見抜いたんだよな――で、理事長の孫にプロジェクトで引き起こされる被害と場所を教えてもらった、と」

 

 包帯の陰に隠れている目を閉じて、息を軽く吐きだす。

 

「聞いてすぐに来たのは、お友達が傷つかないように……」

 

 そこで黙る名瀬に、空は眉をひそめた。

 自分にとって自信の無かった、言い訳づくり、というのには何も言わなかったからだ。

 名瀬は目を開いた。

 

「意味がわかんねえ」

 

 ほとんど独り言に聞こえる言い方だった。もしかしたら本当にそうなのかもしれない。少なくとも聞いているとは思えなかった。

 名瀬は言葉を続ける。

 

「いや、確かに、お前の言いたいことは分かったよ。ここで止めに来なかったら、一生とは言わなくても何度か後悔することになっちまう。だから本当はその――これから来るお友達を助けに来た、とかじゃなくて、テメー自身のために来た、ってことだろ?」

 

 空の考えよりも理解してくれていて、少々複雑な気分になる。だが、次の言葉がそれを吹き飛ばした。

 

「なんで今日来たんだ?」

「……え?」

 

 意外なところを言われて、名瀬の目を覗き込んだ。やはり感情は伺えない。どう思って言っているのだろうか、次にどんな言葉が出てくるのか全く予想できない。

 

「都城先輩は危ないって分かってんなら、武器なりなんなり、それなりの用意はするだろ。普通なら(・・・・)

「それは――」

 

 それは。

 

「僕が普通じゃないからじゃない?」

「じゃあ、次だ」

 

 少しだけ名瀬は固まったが、気にしなかったように振舞う。

 

「教えてくれたのはフラスコ計画を立案した理事長の孫だぜ? そいつの言うことなら疑って掛かって当然だろうが」

「そんなの簡単だよ」

「あん?」

 

 名瀬の真剣な疑問に、バッサリと空は簡単だと言い切った。

 

「だって――人の言うことは信じるものだよ(・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 本当に。

 今度こそ名瀬は、空のことが心底気持ち悪いと思った。

 空の状況は高千穂に連れ去られてる途中に敵地にも関わらず眠って、目が覚めたら手首を縛られて手を自由に動かせないハンデを背負っているのだ。そして名瀬という彼女は誰から見ても異常な存在だと否定できないような雰囲気、外見をしている。そんな彼女を相手にして、まるで普通に振舞っている空を、名瀬は本当に気持ち悪かった。

 だから名瀬はそんな空を揺さぶれないかと、一つ、地下室一階の大迷路にある監視カメラから見た映像で気付いたことを言ってみる事にした。

 

「……お前、フラスコ計画を止める気なんざねえんだろ?」

 

 モニター越しで見て聞いただけだが、『異常殺し』確かにとんでもない能力だ。十三組の中で男性中最強である高千穂の攻撃をいとも簡単に受け止められるとは、どんな異常――攻撃も等しく無効化する、そんな異常のためだけの異常、十三組の中でもトップクラスの異常だ。

 フラスコ計画を戦争に置き換えるなら、矢でも鉄砲でも核弾頭でも止められると公言した男が、戦争を止めに来ている。

 しかしそれでも名瀬には空がフラスコ計画を止められるとは思えなかった。

 

「あるよ?」

「へぇ、どうやって?」

 

 上手いとは言えないが、自然に空を答えさせる側に移らせる。

 

「だからさ、名瀬さんが言ったみたく何人も諦めさせてとか?」

「諦めないと言ったら?」

「その時は力ずくで諦めさせるよ」

 

 戦争とは違って、計画の主力となる人間はこの地下に全員いる。しかもそれはたった十三人だ。

 必要な機材などを壊したりする、という手もあるのだが、そうしたら学園側から弁償しろなどと言われてしまえば空にとって最悪だ。かといって警察沙汰にならないぐらいの邪魔といったら限られてしまうので、学生同士の喧嘩ということで終わらせようと思っている。

 

「『異常殺し』で、か?」

「まあねー、そうそう。僕はダメージを食らわない。攻撃力の低い僕だって、積み重なれば倒せるよ。絶対に負けない僕と戦えば、時間は掛かっちゃうかもだけど、終わり終わり」

 

 積み重なれば。

 水は石を砕く。

 だから空は、間違ったことは言っていない。

 そして名瀬は、とりあえずの勘違いを訂正させようと思った。

 

「無理だろ、そんなん。だってお前――」

「?」

 

 冷静に、二人の会話で目を覚まそうとしている古賀に腕を組んだまま寄りかかって――言った。

 

「お前、人を殴ったことねーだろ(・・・・・・・・・・・)

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

 守原空は転生前、苛められていた。

 こんな設定、あったような無かったような、被害者であった空にとっても記憶は薄い。

 無論、そのせいだと、それだけのせいにするつもりは無いが、人を殴れない理由を探せば、行き着く答えは全部そこにやりたくなる。

 

 ああ――腹が立つ。

 

 苛められていた事ではない。

 いまだに引きずっていた自分に腹が立った。

 

「……違う」

 

――ふざけ半分で良いのなら、殴ったことぐらい僕にだって……。

 

 ない。

 殴りかかった事なら、ある。

 いずれも、誰かが傷つくという事にはならなかったが。

 ふざけてだって。

 柔道の試合でだって。

 我を失ったときでも。

 守原空は力を使って、人を傷つけたことが無い。

 

「…………」

 

 縛られてなかった足を動かして、空は立ち上がる。立ち上がって何かしようとは思っていないが、何かしたかった。

 突然眼前に黒色が迫る。

 

「ライダーキーック!」

 

 目を覚ましていた古賀の蹴りが、空の後ろにあったベッドを粉砕した。

 白い布が宙を舞う。

 ああ、やっぱり、この女性も異常かと、空は内心うんざりして、彼女がぶら下がっていた天井を見てみると、何かがめり込んだ痕があった。足の指ぐらいの大きさだ。それが本当に、足の指をめり込ませて作った痕だと気づくのには、空はまだ普通の思考を脱していなかった。

 

「あっれー、はずしちゃった? ごめんね名瀬ちゃん! あの子が立ち上がったらすぐにまた動けないようにしろって言ったのに」

「オッケーオッケー、大丈夫だぜ古賀ちゃん。本当にもう、あいつには勝ち目も逃げ場もねーからな」

 

 電気の点いていない手術室に、光が飛び込んだ。入り口である扉が開いて、一人の男と少女の姿が見えた。そこに目をやる前に、耳を奪われる。入り口だけではない、出口からも、扉が開かれた音が聞こえた。

 

「む?」

「エヘヘ」

「……殺して良いのかな?」

 

 そうして。

 フラスコ計画。地下室四階。十三組の十三人の内の五人が集まった。

 

 

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