自分でもビックリするぐらいまでに動揺していたと思う。ただ僕に対してのおかしいところを挙げただけなのに、僕はそれをとても許せない何かのようで、僕は怒りを、あるいは絶望のようなものを心の内に潜めていた。殴れないだけなのに。傷つけられないだけなのに。それだけなのに。
たった、それだけなのに――
入り口と思われる扉には、相変わらず圧倒的な存在感を
そして出口――開けば地下五階に下りるための階段があると答えられた扉には、刀を腰にぶら下げている
揃いも揃ったり、十三組の十三人の内の五人。
「とまあ絶望的な状況になっちまったわけだが、人を攻撃できないお前は果たしてどうすんだ?」
また空は、攻撃できない理由が頭の端でチラついた。
今までここまで色んなことがあった。黒神めだかと出会って、人吉善吉と遭遇して、家を引っ越して同じ小学校に通うようになったりした。だけどそれ以前に空は体験していた。一つの人生を、一人の人生を。
そこでの記憶はもうほとんどないくらいなのに、なんとなく残っている。なんとなく覚えている。いつ遭ったかは忘れてしまったが、自分が苛められたということを覚えていて、楽しい人生とは言い切れないものであったということも覚えている。
だけど今は違う、今は楽しい人生だと空は言い切れる。
「攻撃ぐらい、できるさ」
だから変わろう。だから前を歩こう。
ここで後悔するのは馬鹿のすることだと、空は拳を握る。誰も殴らなかった拳を、ここで再び握りこむ。
すぐには無理だろう。何年も何十年もやらなかっとことに数日で馴れるなんて、不器用な空には無理なのだろう。
それでも彼は諦めずに拳を握り締める。前を向けるように、後ろを振り返らないように、その拳に意識を込めて、彼は前を見た。
「せーのっ!」
前を見て。自分が前を見ていなかった事に気付いたのは、その掛け声を聞いたときだった。
背後にあった鉄のパイプもろともグチャグチャに破壊した古賀いたみによる、左足を支点とした全体重を乗せる強烈な回し蹴り。とっさに空は左腕で防御しようとしたが、間に合わずにそのまま左腕に直撃した。そしてゲームのようにバウンドして吹き飛ばされ、コンクリートの壁に後頭部を打ち付ける。
「いっ……」
たい、と続ける前に後頭部を硬い壁にぶつけたせいで意識が一瞬途切れた。
「ん? れれ? ご、ごめん行橋く……あれ?」
「安心しろ、行橋なら既に遠く離れている」
「おお、良かったー」
痛がっている空よりも、行橋を優先的に心配した古賀だが、王土の言葉に胸を撫で下ろす。
「それにしてもさー、どうして王土さんがここに居たの?」
「ただのデートの帰りだ、学生というもの、異性との交遊をしなければな」
「えー、うっそだー」
「……殺しても」
「リア充を妬むようなキャラじゃないでしょ!?」
「お前ら……!」
行橋と空以外の異常者は、部屋の中心に集まるように移動していた。いまだある強烈な痛みに空は床に座り込みながら、
「……お前ら、なんでそんなに
「なんでって……ねえ?」
蹴った本人の古賀が軽く首をひねり、言葉を選びかねている自分の代わりに答えてくれと、後ろにいる仲間たちへと振り返った。が、結局誰もアドバイスさえくれなさそうだったので、再び痛がっている空に顔を向ける。
「だって、友達でもないし」
と、普通に言った。
普通に普通の普通な服装以外は平凡そうな彼女はそう言った。
だから空はやっと分かった。自分がまだ理解できていなかったことを理解することができた。
「この……異常者が」
「うん、そうだよ」
ニコリと古賀は肯定する。ここまで来ておいて空はまだ理解しきれていなかった。相手が普通の人間ではない異常な人間だと、本当に――普通ではないのだ。自分のせいで痛がっている男がいようと、そんなの関係ないと言い捨てられるぐらいに、彼女は普通じゃない。あるいは、それはきっと普通なのかもしれないが、どうすればこの異常な空気が伝わるだろう。下手したら死ぬかもしれないぐらいの速度で自分が蹴った男が壁に突っ込んだのに、そ知らぬ顔で自然に会話をしている彼女を見れば、きっと分かってくれる。
異常なバネを持っている彼女はジャンプして、天井に足の指をめり込ませ、ぶら下がっているのではなく、まるで天井に立っているように自然にポーズを決めた。
「正義の味方古賀ライダーは、名瀬ちゃんを最優先にして助けるのだー!」
蹴られた部分を左手で擦ってみると、痺れたような痛みが駆け巡る。経験上、折れていると分かった。
たった一度の蹴りで空の左腕を真っ二つに折れた。それでも空は痛みに耐え忍びながら、左腕で右腕を押さえたまま目の前の敵達を見ながら立ち上がろうとして――
「『動くな』」
「っ……」
そして空の動きは静止した。
王土のたった一言で目、口、腕、足、全ての動きが止められた。
「ふむ……宗形、刀を寄越してみろ」
無言で宗像は、言われた通りに刀を王土に投げ渡した。乱暴な渡し方から、たいして思い入れもない刀だったらしい。
投げ飛ばされた刀の鞘を左手で掴んだら、右手で柄のほうを持って、ゆっくり、刀の刃を外に晒す。作り物なんかではない、真剣だ。人を切り、命を
その場に座り込んでいる空の正面に立つよう歩いてから、王土はもう一度、さて、と今度は刃を、まだ折れていない腕がある、空の左肩に置いた。動かない顔は、目は、王土から視線を逸らすこともできず、ただ、見つめる。すぐ左にある刀のオーラのようなものを肌で感じながら動けない状況には、心臓がバクバクと鳴らざるをえなかった。
そして王土は刀を上げ、空の肩から離して――――振り下ろす。
ビュン。
痛みは、その時は無かった。
何が起こったのか、わからなった。
腕が軽くなったんだと、思えた。
思っていたかった。
思って、痛かった。
「……!? !! ! ! !?」
声にならない痛さではない。まだ、動きを封じられているだけだ。
地下室五階。
守原空、右腕骨折。
彼の両腕は、ここで機能を失うこととなった。