とある箱庭学園の生徒物語   作:じょーく

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――地下室F4 実験室――

 

 

「あっさりしすぎだと思うか?

 腕が無くなるとは思わなかったか?

 もっと痛いと思っていたか?

 俺が躊躇すると思ったか?

 斬られるのにはもっと理由があると考えているか? 安心しろ、そんな理由――お前が邪魔だというだけで終わりだ」

 

 右腕骨折。左腕切断。赤い水分が地面のコンクリートに染み渡る。刀は外の光に照らされて、紅く、怪しく光を反射した。王土はそれを乱暴に投げて、他の物質と接して起こる金属音を響かせながら、刀を地面に這わせて、元の持ち主である宗形の足元に返した。

 

「フラスコ計画、これがここまで来るには、延べ数百年の過程が既に出されている」

 

 呆れたような口調で淡々と、王土は地面に倒れこんでいる空に話す。

 

「そしてもちろんのこと、数千億円以上の費用も掛かっている、いや、数兆円だったか?」

 

 多量の血が外に出てしまったからか、空の頭は逆に冷静になっており、そしてだからこそ熱い痛みがより鮮明に伝わってくる。燃えたぎるような痛みで、喉が渇いた。

 涙がポロポロと零れ、また地面を濡らした。自然と歯を食いしばり、痛みにただひたすら耐え続ける。

 

「ちゃんと分かっていたか? これは既に国レベルの話に変えても差し支えない、超規模な計画だったんだよ。それを貴様は邪魔をしに来た……。つまり、国を敵に回そうとしたと言っても良い」

 

 まあ、これは例えだがな。そう付け加えて、王土は話を続ける。

 

「何年や何十年の話ではない、何百年の積み重なりでやっとここまで来た『フラスコ計画』を一般市民である貴様が止めに来る……はっきり言って、異常だ」

 

 ギリッと。朦朧とする意識の中、なんとか意識を繋ぎとめようと、また歯を食いしばった。握れる拳があったら思いっきり握ってやりたいところだ。

 出血と涙でぼやける瞳の中に王土の姿を入れる。彼の圧倒的なまでの存在感を逆に利用して、眼を覚ましてやりたかった。

 

「貴様はフラスコ計画をどこまで知っている?」

「……箱庭学園全生徒が犠牲になること」

「それだけか?」

「それだけで、十分だ」

 

――僕が動く――ことなんて――それで十分すぎるんだよ――

 

 揺らぐ。命の炎と一緒に視界が揺らぐ。

 ゆらゆらと、意識も視界も命も全部一緒に平等に揺らいでゆく。

 いくら歯を食いしばろうと、いくら痛みを味わおうと、視界は端からだんだん闇に染まっていった。血が――冷たい。体が――冷たい。

 

「……ふむ」

 

 そう言って、王土が歩み寄ってきたのを最後に、空の意識は失った。

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

 王土の異常(アブノーマル)。それは電磁波を操ることである。

 電磁波。

 電気と磁気の両方の性質を持った、電磁波、である。

 人の脳も、何か活動するときに、脳波という微弱な電磁波が流れているというのが、一つの事実だ。

 ならば、どうだろう。

 電磁波を操るということは、脳波を操る――ということになるのではないのだろうか。

 そしてそれは、人の脳を操る、ということにもなる。

 脳を操れれば――その人の動きも操れることも、事実上は可能となる。

 

 つまり、王土の異常とは『電磁波を操り、人を操れる異常』なのだ。それこそが、普通ではありえない、奇跡を起こす異常。

 

『洗脳をしてから、治療をして生き残らせた後、俺の下僕として働かせる』

 

 倒れた空に下した決断がそれだった。

 このままでは出血多量で確実に死ぬ空には持ってこいの条件だ。空を死に掛けにした張本人の王土にも、今日で初めて人を殺す気も無いし、もとから全生徒を巻き添えにするフラスコ計画にバイトも兼ねて賛成して働いている王土にも、率先して人を傷つけるという気もなかった。

 クシャリと、王土は腰を下ろして、倒れている空の頭を撫でるように手を置いた。意識があるのかないのか、呻いているままで、おかしな様子はない。もう立ち上がる気力もないのか、瞳の光の色も薄くなり、黒色が濃くなっているように見える。

 

「……どっちみち」

 

 守原空は――消える。

 記憶を弄くるということは、殺すに等しい行為だと、王土は考えていた。

 死ぬか、記憶がなくなるか。違いは大きそうで、そうでもない。だからどっちみち。

 

「終わりだ」

 

 王土の手から空の頭へと。電撃が走る。空の体が大きく震えた。電撃のショックで意識を取り戻した空は、急激に襲われた痛みに大人しく素直に、叫び声を上げた。

 

「あ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 目にまで見える青白い電気が光り、周りを照らす。腕も足も動かせない空は、ただひたすら脳を弄くられ記憶を消される痛みを味わっているだけだった。体を揺らそうとしても、王土の掴む手で頭を固定されているため、ろくに抵抗できない。

 王土と空を除いた、その場にいる異常者たちは、ひたすらその光景を見つめていた。

 

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 守原空の脳が、ゆっくりと蝕まれていく様を。

 

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「ああああ……」

 

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「……王土!」

 

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「う……おおおおおおおおおおおおお!?」

 

 行橋の言葉とほぼ同時に慌てて手を引いて、そのまま引いた手に引っ張られるようにバックステップを踏み、洗脳していた空との距離を大きくあける。嫌な予感、否――嫌な気配。とてつもなく邪悪で凶悪な気配が王土の身を反射的に回避行動をさせられた。

 次いで古賀が小さく悲鳴を上げる。

 

「ひっ」

 

 黒い瞳――瞳の光の色が――ない。

 何も映していなくて、なにもかも吸い込んでしまいそうな漆黒の眼。そんな気持ちの悪い両目を宿した空の顔が十三組の十三人たちに見せられた。

 

「……洗脳の失敗?」

「いや、それは無い」

 

 名瀬の推測に王土はできるだけ平静を保って答えた。能力の使用を失敗した、それは、能力を支配しようとして失敗した王土には強く言えないが、それでも、こんな失敗は人生で一度たりとも無かった。それではこれが一度目かとも考えはしたが、どう失敗すればこんなことができるのだろう。

 こんな――化け物ができるのだろう。折れたはずの腕をモノともせず拳を握りこみ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)切断されたはずの腕を生やす(・・・・・・・・・・・・)化け物が、できてしまうのだろう。

 『異常殺し』名瀬の脳裏にその言葉がよぎった。

 能力を――力を無効化する反則的な能力と空自身は言っていた。だけど、その張本人の彼の腕は簡単に折れて、斬れて、傷ついた。そもそも、相手がする能力の解説を鵜呑みにしてしまったほうが馬鹿ということか。名瀬は大きな音をたてて舌打ちをした。まさかあれだけ人を信じることを気持ち悪がっておいて、目の前の敵の言葉を簡単に信じ込んでしまったとは。

 

「やっぱり、腕を生やしちまうような、別の力を持った能力を持ってるってことか」

 

 王土は傾き同意を示した。古賀はいつ空が襲い掛かっても良いようにボクサーのような構えで戦闘体勢を取っている。行橋は自分に被害が及ばないよう多すぎるぐらいに距離を取る。彼女の能力は戦闘向きではない。

 宗形は――既に空の背後を取り、王土から返された、あの空の片腕を切り落とした日本刀を使って彼の背中を切り刻もうとしていた。空の注意は完全に王土に向いている。彼の得意として大好きである暗『殺』の成功は確実かと思われた。

 

「っ!?」

 

 何かと接して起こる金属音は無い。手ごたえもない。だが、何かに抑えられているかの如く、刀は空の背中を斬ることができなかった。見えない盾にでもと言い換えたいところだが、音もでないので、見えない液体状の盾とでもしておこう。そんな不思議で在り得ない盾に当ててしまったようだ。

 時間の流れが遅くなった、というのは気のせいなのか、宗形は空がこちらに振り返るのをコマ送りのように見れていた。

 ゆっくりゆっくりと。

 彼はこちらを振り向いて。

 

「ぐ!」

 

 回し蹴り。

 丁度空が古賀にされたような回し蹴り。戦闘慣れしている宗形でも反応できない攻撃速度。とっさに後ろに下がって威力を()そうと目論んだものの、皮肉なことに体中に仕込んでいた数々の硬い暗器が宗形の防具として活躍して、派手な音を立てて蹴られたものの、ダメージはほぼゼロになった。その代わり、その暗器はもう武器として機能することはなくなるだろうが。

 

「……あっちからは襲ってこないのか?」

 

 追撃に備えて腰を低くして、どんな攻撃がきても対応できるようにしていたのだが、空は宗形に追撃を加えなかった。

 もしかしたら攻撃しない限り、自分たちにも攻撃を加えないのかもしれない。と、いささか楽観的な発想とも取れるが、実際に無敵と言っても良い状態の空が襲ってこないので、一概にそうとは言えなかった。

 壊れた銃を手に取り、そのまま空の足元に地面の接触も計算に入れて、ギリギリ当たるぐらいの力で投げつけた。しかし刀を止められたように、また見えなくて跳ね返した音も出さない盾に防がれる。

 

「…………」

 

 足元に投げても防いでしまうぐらいの正真正銘な無敵状態か。あとは同時に正面と後ろから攻撃を当ててどうなるかを余裕があるならば試しておきたかったが、そんな余裕はあるのか。宗形は少しばかり沈黙して考えにふけったが、すぐにそれは止めるべきだということになった。今することは、この男をできるだけ刺激せず、自分たちに何もしないことを祈るだけだった。さっきの遠距離攻撃も結構危険な賭けに近かったのに、これ以上の刺激を与えるような行動は彼に犯せなかった。

 

 しかし。

 そんな考えとは()腹に。

 

「なんだなんだ、楽しそうなことやってんじゃん!」

 

 場違いなテンションで、彼ら――十三組の十三人の内の『裏の六人(プラスシックス)』が現れた。

 

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