守原空の異常性について、これを解説するのはやはり、気付いてしまった僕、世界で一番妹たちを愛する存在と自負しているこの僕、ということになるのだろう。
数年ほども前のことなので記憶が危ういが、僕は守原空という少年に、自己の異常性を説明された。転生した、という内容である。もちろん僕は笑って聞き流そうと思った。だってそうだろう。転生なんて――そんな、現実を馬鹿にするようなもの。それを笑いながらふざけた様子で言われたら誰だって、そんなものは嘘に決まってると決め付けるだろう。
しかし僕は知っていた。彼は嘘を吐くのが下手なのだと。それこそ、トランプでババ抜きをしたら十回中十回は負けてしまうぐらいに。
だから、信じてみた。嘘を前提にして、ちょっとだけ信じてみた。
そしてあれから数年、いまだ彼はそのことを嘘だとは言わないことから察するに、彼はきっと嘘を吐いてはいなかったんだろう。
『異常殺し』。フラスコ計画関連のことが終わった日、七月十七日。僕は僕の愛する妹を生徒会室に呼び、その日あった出来事について聞いていたとき、そんな格好良い能力名が出てきた。
なんでも、万物の力、能力を平等に無効化にする
ふむ。なるほど。これまた現実を馬鹿にするような能力だが、なかなか理に適ってる。
雲仙冥利によって巻き込まれた爆発を無傷でいれたのは、そのスキルで火力を含めて全部無効化にした、ということだ。ついでに言えば、その子の姉に当たる、雲仙冥加の数字言語も無効化した、言語の壁を無効化した、ということになるのかな。いや――いくらなんでもそれは少し無理やりすぎるか。
まあ聞いてくれ。誰にとは言わないが、聞いてくれ。
彼の偽者の物語を。
嘘ばかりの、偽物語を。
終幕となる偽物語をぜひ、最後まで聞いて欲しい。
フラスコ計画関連の色々が終わった翌日。即ち、七月十六日。守原家にて。
正座中。
なんとなくこのシリアスな雰囲気に呼応して、空は自然とその姿勢をしていた。
守原家にいる。表に貼られてある表札にも『守原』という珍しい苗字がちゃんと彫られてある。
そんな自分の我が家にも関わらず、空は正座を崩さずに、お腹が隠れるぐらいの高さをした机を挟んで真黒と対峙していた。
「やあ、待たれていたよ転生者君」
「その呼び方は僕が待っていた場合も有効なんですね……」
やれやれと言わんばかりに空は人生で何回目かわからないため息を吐き、真黒の久しく見ていないような気がする真剣な眼差しを真っ直ぐ受け止める。本当に、黒神家には苦労させられるなという心境も一緒にして。
「まあ今回ばかりは重大な話だよ。ひょっとしたら君への呼び方が変わるぐらいにね」
「なんだってー! 割とどうでも良い気もする」
確かにこの前はそのせいで自分が転生者だとバレそうになったが、別にまた誤魔化せば良い。認めない限りは絶対に分かりっこない奇跡の体験談なのだから。
「まあ気楽にしてよ空君、僕もそうするからさ」
「はあ……それではお言葉に甘えて」
シリアスを振舞っていないのにシリアスになっているこの空気が、空をなんとなく不安に近い感情を抱かせた。
「で、話……というか質問を幾つかして良いかい?」
「嫌だと言ったら?」
「まず一つ目の質問は――」
「なにも無視しなくても……」
その不安を少しでも晴らすため、ふざけたことを言ってみた。スルーも立派なお笑い技術だが、真黒にしては珍しい対応だ。
そして応答が始まった。
「君は、阿久根君を強いと思うかい?」
――僕なんかよりよっぽど。
「君は自分が異常だと分かっている?」
――じゃなかったら僕はどうやって冥加ちゃんと話すのでしょう?
「それは……どんな攻撃も無効化する異常だと思ってるの?」
――異常みたいなものだけだと。異常な言語とか、その他もろもろ。
真黒の心がざわついた。
「爆発……に遭ったらどうなると思う?」
――そういえば爆弾魔を黒神ちゃんが捕まえたことがありましたが、別に爆発に遭いませんでしたね。まあ遭ったら重症にはなると思いますが。僕の場合。
「……君は」
――?
「君は、可愛いね」
――やだー、照れるー。って何言ってんですか、ぶっ飛ばしますよ。
本当に。
本当に空は可愛い。
そこら辺の女性に羨まれるぐらいに可愛い。
もしも女だったら、モテモテの人生を歩んでいたことだろう。
もしも――もしもか。
真黒はそんなIFの考えをして、苦笑する。空は突然口端を吊りあげた真黒に疑問を持って、首を傾ける。
――どうしたんですか?
「ああ、なんでも――」
ないと言おうとした。
「ある……か」
言いたいことはある。
たくさん、この目の前にいる男に言わなければいけないことが。
自分の愛する妹は、この男がどんな異常なんか、きっと分かっていたんじゃないのかと思う。分かっていて今まで過ごしていたのだろう。
だけど――きっと、なんとかしようとした。なんとか、したかった。
だから嫌がる空を無理やり生徒会の仕事を手伝わせたりしたのだと思う。
少なくとも、目を離すよりはずっと良いと思って。大した解決策を考え付かず、現状維持ということで、そうすることにした。まるで友達というより親子みたいだと、真黒はまた苦笑する。
守原空。
神をも払うような異常を持っていた。
守原空。
だけど、空っぽな人間だった。
「君はね、爆発を無効化したんだ」
――――は?
「いやいや、そんな顔しないでよ、どんな攻撃も無効化してたんだぜ」
――いや、無理……でもないのかな? お願いするときに能力のことを『ちから』って呼んじゃったし。どんな『ちから』も無効化するってことで……。
「…………」
――だとして、そうだとして、僕が何かしらのショックを受けて、どんな爆発も攻撃も無効化してたころの記憶に支障を抱いているとしてなら、まあ認めらられなくもないですが。
ショック……電磁波ショックなら受けた、か。
「それに、腕だって生やした」
――……からかってます?
「いいや、からかってなんかいない。本気の本当に僕はそう言っている」
――でも、それは有り得ませんよ。『ちから』を無効化できる異常だとしても、腕を生やすって……。どういう『ちから』を無効化したらそうなるんです。
無効化。
効力を無くす。
『ちから』だけを無効化する異常。
――腕を生やすなんて、無理ですよ。
今度は空が苦笑を浮かびながら言った。
ああ、そんな顔も可愛いな――高校生じゃなかったら妹にしていたぜ。
だけど、僕はそんな可愛い彼に言わなければならない。彼の異常を、異常性を、言わなければならない。これ以上、この狂人を野放しにしてはいけない。
「できたんだよ」
――有り得ませんって。神様、ですよ。もとから僕には異常があった、ならともかく。
二つの異常か……そうだったら良かった。今も、それを真黒は願ってさえいる。
だけど、彼の言う神様が本当のものならば、それは――ない。
性別も記憶も、能力も才能も、なにもかも決めさせようとしてて、そんなイレギュラーを許すだろうか。
第一、能力を――異常を無効化する能力を
彼の言う、神様ならば。
「ないよ」
ない。
なにもかも、嘘だ。
全部偽者だ。
「君の持っている異常は――スキルは一つだけで――『異常殺し』、じゃあない」
「じゃあ、なんですか? 神様が、神様が僕の願った能力を少しだけ改変して、腕を生やすような能力にしてくれた上で、転生させてくれたということですか?」
それは、良心的な神様だなあ。
子供に無償の愛を注ぐ両親みたいだ。
だけど。
そんなの。
神様が親だとか。
そういうことは、有り得ない。
そもそも、もしもそんな優しい神様であったら、今までの矛盾を説明できない。
だけど、真黒の考え付いた、たった一つのスキルで、説明できない謎は全部、説明できるものに成り代われる。
「君は」
性格も、変わるように。
性格も、代わるように。
体重だって、何もかも変わってしまうように。
僕はもっと、もっともっと、彼を疑うことを知るべきだったんだ。彼の目を。髪を。顔を。体を。全てを疑って疑って、関わり合うべきだったんだ――――
そうしたら。どうなっていたんだろう。だけど、もっと早く言えば、
「君は――」
守原空という偽物は。
「――