とある箱庭学園の生徒物語   作:じょーく

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本当は2015年ごろに書いていたんです。
ただ、全部書き終わってから投稿したかったんです。

……無理でした!(テヘッ

そんな感じで始まる過負荷編です。執筆中小説を発掘するところから始まります(終わってる)。


僕と過負荷と始まる非日常
13箱


 もしも僕が、今まで見ていて可笑しいぐらいに狂っていたとしよう。

 お母さんの作った手料理を食べて批評をしたり、お父さんについての自慢話を誰かに話したり。最近はちょっとうるさいなー、とか反抗的な面を見せてみたり。両親もいない癖に、そんなことを言っていたとしよう。

 

 それは変だと僕に言わないべきなのか。

 僕に言わなきゃいけないことなのか。

 それは可笑しいと、僕に言って聞かせることが正しいのか。

 僕には分からない。

 

 黒神めだかはずっと僕の傍にいてくれた。無理やり生徒会に連れ込んだりして、今思えば僕が変な行動を取らないか、近くに置いといて見張ってくれていたのだろう。

 

 黒神真黒はずっと僕の相談に乗ってくれた。馬鹿みたいな話を真剣に聞いてくれていた。そして答えを僕に告げた。

 妄想で空想で想像で。僕の語った物語が偽物だらけで、実在の人物、団体、事件などは全くもって関係のないフィクションなお話だと証明した。

 親はいなくて、家族がいなくて、なんでいないのかも知らない。

 

 そして思う――もしも黒神真黒が言わなければ、僕はこれかもずっと、一生、いない人間と過ごしていたのかと。

 

 僕の物語はフィクションだ。

 そしてその僕の物語を見ていた誰かたちは、馬鹿みたいだと笑いながら見たのか。

 ああ、本当に馬鹿みたいだ。自分でも笑ってしまいそうだ。

 

 笑って笑って笑って笑って、忘れてしまいたい。

 楽しいのも、悲しいのも、悔しいのも全部――心を亡くしてしまいたい。

 

「ああ――ちくしょう」

 

 どうしてこうなってしまったんだろう。

 どうしてこんなことになってしまったんだ。

 

 僕は――楽しい楽しい高校生活を送れていたはずだったじゃないか。

 

 事情も分からないまま転生して。

 ここは漫画の世界だと見下しながら。

 普通じゃ有り得ない生活を楽しく送っていたのに。

 

 どこからが間違いで――どこまでが正しいのだろう。

 

 僕には何も分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局のところ、正しいことはなんなのだろうかと、守原(かみはら) (あき)は一人考える。

 記憶が狂っていると知った空は、思い出した記憶も正しいのか確証を持てずにいた。それこそ疑えないことなんてこの現実には無いのだけれど、空の場合、疑えば疑うほどに、それは偽物のようになってしまうので、性質(たち)が悪い。

 

「キリがないな……」

 

 誰もいない夜の公園で、誰もいないはずなのに誰にも見られないように下を向いて顔を隠しながら、泣きそうな顔をしてベンチに座っていた。(あふ)れそうな涙を(こぼ)れないようにと手の甲で慌てて(ぬぐ)う。

 ジャングルジムやすべり台、あるいはブランコ。砂場とその近くにある蛇口など、公園に欠かせないものは揃っていた。そして空の座っているベンチの近くには電灯があり、今日も安全のためにと周りを照らしている。さらにその後ろでは、空の身長の三倍はありそうな木も綺麗に並べられて風に揺れている。葉の揺れる音がなんとなく心地よかった。

 

「…………」

 

 認識している全てが偽物ならば、地面はあるのか。地球はあるのか。

 どうなんだと、空はつま先で地面を蹴り、感触を確かめる。

 確かにそこには地面があって、歩ける場所がある。だけどそれも空の思い込みではないのだろうか。

 いや、ひょっとしたらこんな絶望感もただの思い込みで、なんだったらこの地球は一分前に作られて都合の良い記憶を埋め込まれただけではないのか。

 分からないし、否定はできない。できないなら、どうするんだ。苛立ちをぶつけるようにまた、地面を強めの力で蹴った。

 

「そんなの……」

 

 みんな同じじゃないかと、空はぼやいた。

 

 この地球が本当に実在するのか、自分以外の人間は作られた意思を持っていないなど、誰も断言することはできない。

 だから、みんな一緒で、みんな考えるのを無駄だと結論付けて、みんな信じ合おうとする。

 断言したいから、この世界が本物だと信じたいから、あるいは、どちらでも良い、ただ自分が幸せでありたいから、みんな考えて、考えなくて、努力して、努力しなくて、一生懸命に一所懸命に生きている。

 

 空もそれは同じだった。同じだったのに、同じじゃなかった。

 両親が生きていると思っていたのに死んでいて、自分の記憶が違うことが分かってしまい、今までの人生が狂っていたものだと知ってしまった。

 だとすればやはり空は同じじゃない。空の普通はみんなの普通じゃなかったんだ。今までは全て作られた記憶だったのだと、証明されてしまったから、こうして悩んでいる。どうして自分だけこうなのだと、絶望している。

 住む世界が違う。住む世界は間違っていた。

 

 空は空だけの世界で生きていた。多分、これからもそうなるのだ。

 

「嫌だ……」

 

 鼻がツンと痛くなる。

 

「もうやだよ……」

 

 子供のように涙が止まらなかった。

 死にたくなった。

 生きたくなくなった。

 誰かに助けてほしくなった。死ねば救われるような気がしてたまらなかった。この考えから抜け出せるのならばそれも惜しくないと思えた。でもやっぱり死にたくなかった。自分でも何を考えているのかわけの分からない、生死の矛盾だ。

 

 人も自分もすべてが信じられない。

 

 信じられない。

 信じられない。

 

 人も自分も何もかもが信じられない。

 

――信じるってなんなんだろう。

 

 その問いに空は答えられない。答える権利もきっとないのだろう。今まで自分は何を信じていたのか――何を信じれば良かったのか、それも分からない。

 

「空君?」

 

 分からないままに、なにも信じられないままに、その声を掛けてくれた人を、空は涙を拭いもせずに見た。

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

「どうしたの、こんな時間にこんな所で?」

 

 声を掛けてきたのは二つ上の先輩だった。陸上部で足の速い先輩で、生徒会に舞い降りてきた相談ごとを始まりでできた繋がりだった。

 

「……諫早(いさはや)先輩」

 

 諫早いさぎ。左利き用のハサミを使って後輩のスパイクをボロボロにしてしまったのが事件のきっかけ。

 もう事件の細かいことは覚えていない。

 なぜ守原空は自分からその事件を解決しようと志願したのかも、スパイクを投げるだなんて乱暴なことをして、しかもそれだけ離れていたのにどうして諫早が倒れるところを抱き留められたのかも、覚えていない。いや、違う。それが全部正しくなんかないから、記憶が狂ってしまっているだろうから、こんな矛盾が生まれているのだ。

 分かっている。覚えている。この記憶が間違いなんてことは間違いなく分かっている。

 

「諫早先輩……」

 

 空はもう一度呟いた。彼女の存在を確かめるように。

 

「…………」

 

 無言のまま諫早は、空の隣に脚を揃えてちょこんと座る。夜が近いとは言え、夏だからか短パンに半袖でとても涼しそうな格好をしていた。空は顔を見せないようにと下へ向き直し、両手を組んで沈んでいる。それに対して諫早は背中よりも外側にあるベンチの上に置いた自分の手を使い、体を支えるようにしながら星空を見上げていた。

 両者が何も言わないまま何分か経った。諫早はそのままで、ここから去る気配を見せない。

 

「………………あれから」

 

 何の動作もないまま、ぼやくように空は重い口を開いた。

 

「あれから、どうなりましたか。その」

 

 あれだけの時間があったにも関わらず、言葉がまとまらないでいた。別にこの空気に耐えきれなかったわけでもないのに口を開いたのは、諫早の存在を確かめたいという衝動に駆られたからだ。彼女自身の話を聞いて、ちゃんと彼女が存在すると知りたいがために話しかけた。

 しかし以前なら軽快に開いていた口も今は重苦しく理想通りに動かせない。思うよりも先に動いていた空の口も、今では指示を待つだけの器官となってしまったようだ。

 

 何を言いたのだろうか。

 何を聞きたいのだろうか。

 

 たったそれだけのことが分からない自分に、空はまた胸の痛みを感じて、人も殴れない拳を作った。

 

「学校生活、とか」

 

 ようやく絞りだせた話題。それが言いたかったわけでも、聞きたかったわけでも、ない。それでも逃げ道として、やっとこと絞りだせた言葉だった。諫早はその問いに対して少し迷ったような声を出してから、明るい声で答えた。

 

「うーん……まあ楽しいんじゃない? 知ってると思うけど、あれから有明とも仲良くなれたしね」

 

 まあ、それも、と諫早は繋げた。

 

「君のおかげなのかもしれないね」

「…………」

 

 顔をゆっくりと上げて、星空を眺めている諫早の横顔を見た。優しそうで幸せそうな笑みを口元を少しだけ吊りあげて作っていた。それは今の空にはとても作れなさそうな顔で、どうしても辿り着けなさそうな幸福さだった。

 だから空は、思うよりも先に口が開いていた。

 

「――――分からないんです、諫早先輩」

 

 幸福そうで、もう追い付けなさそうな彼女に憧れたから、彼女は何でも知っているような気がして、空は相談をする気になった。

 自分は不幸だから。

 自分は諫早よりも下の人間だから。

 そんな自分ではもう答えを出せそうにないから。

 自分より幸福で、上にいて、自分ではない人間に――目標となりえる人間に、助けを求めた。

 

「僕、普通だと思ったのに異常で」

 

 両親なんかいなくて、

 記憶が違ってて、

 

 ちゃんとした日本語になんかならない。意味不明に思いのままに口を動かし続け言葉を羅列する。熱くなりだした頭は落ち着こうとしない。黒神めだか以外の十三組と遭遇してしまったことから、空は聞かれもしないのに語りだす。

 

 校舎が爆発したこと、爆発させた十三組の人の家へ遊びに行ったこと、危ない計画を止めようとしたこと、気が付いたらすべてが終わっていたこと、自身でも知らなかった異常を暴かれてしまったこと。転生したと思い込んでいたこと。苛められていた前世だと思っていたこと。両親は死んでいるのに健在だと認識していたこと。今も記憶がどんどん狂っているのを感じること。

 

 今までの日常を(くつがえ)されてしまったその偽物語を語るのに、どれだけの時間を有したのかは分からない。気が付いたら空はベンチから立って黙って傾く諫早に話し続けていた。

 

「怖いんです」

 

 涙を隠そうともしない、涙の混じったような声で空は続けた。

 

「もう全部信じられなくて、自分が生きているのか分かんなくて、今までのこと全部偽物だって言われて、何が本当なのか分かんないんです」

 

 顔も記憶も声も体も思いも性格も、全てが作り物めいたものだと知って、自分が一体なんなのか、分からなくなってしまった。

 

「世界も」

 

 平凡なはずの世界も。

 

「未来も」

 

 退屈なはずの未来も。

 

「現実も」

 

 適当なはずの現実も。

 

「生きることも――僕には、信じられない」

 

 全部が、信じられない。

 

「信じるって、なんなんですか」

 

 その問いに空は答えられない。答える権利もきっとないから、空はすがる気持ちで諫早に聞いた。

 

「僕は何を、信じればいいんですか」

 

 そして、ようやく、空の口は閉まった。長い長い相談を語り終えた。

 

 近くの道路で車が一つ通った音がした。また少しの静寂が舞い降りる。

 風の冷たさが空の頭を冷静にさせる。何を聞いているのだろうかと思った。たまたま公園で会った先輩に、自分はなぜこんな馬鹿みたいな相談をしたのだろうか。信じるとか信じないとか、転生したとかしてないとか、そんなの先輩からしたら、なんて面倒くさい相談なのだろう。ああ――嫌になる。

 

 しかし空は知りたかったのだ。聞きたかったのだ。不幸のどん底から、幸せな人の答えをどうしても先輩の口から聞きとりたかった。不幸な自分には分からないから、自分とは正反対の幸福な人間なら何でも知ってると思ったから。

 

 もう言葉を出さなそうな様子を感じ取った諫早は、空と同じ地面に立つように、ベンチから立ち上がった。

 

「空君は生きてるよ。それで私もちゃんと生きてる」

 

 空の憧れた人間はそう言った。

 

「世界はちゃんとあるだろうし、未来もきっとある。楽しい現実も辛い現実もある」

 

 諫早は空と向かいあう。情けなく人の顔も見れないでいる空と、体だけを向い合せる。

 

「私がそう言った」

 

 顔も見られていないのに、諫早はゆっくりと微笑んだ。

 

「だからさ、今は自分を信じなくても良いから、私を信じてみてよ」

 

 だって、と続けた。

 

人の言うことは(・・・・・・・)信じるもの(・・・・・)なんだよ?」

「――――――」

 

 言葉が出なかった。

 だって。

 それは。

 あの時の――

 

「君が教えてくれたことだけどね」

 

――――『偽物』なんかじゃない『僕』の言葉だったからだ。

 

 空が見た諫早の顔はやはり、幸福そうに笑っていた。

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

 あの頃は自分の異常など、空は考えても見なかった。記憶が変わっていても気づかないし、性格が変わっていても分からない。それでも空は思う。記憶が変わっていることに気づかず、性格が変わっていることも分からない。だけどきっと、その時の空はとても、とても幸せだったのだと。それこそ、諫早のように。むしろ諫早を超えていた。恵まれていて幸福でいて悪いところに目がいかないような、どうしようもないぐらいの幸せ者だった。

 

 そして幸せだった時の空が出した言葉の一つが、信じることの答えだ。

 

 それは今思い返せばどれ程までに無責任な言葉を言ってしまったのだろうかと後悔するばかりだ。人の言うことは信じるものだなんて――綺麗事が過ぎる。酷く自分勝手で責任なんて全く負わずに言いたいことだけを言って答えた自分はなんて無責任なのだろう。

 

 それでも、その言葉は空の言葉だ。

 その答えは、守原空の言葉だったのだ。

 

 空の憧れた人間、諫早いさぎは()の言葉で答えてくれたのだ。憧れた人間が自分の言葉を使ってくれた、それがどれだけ嬉しいことか言葉には表せない程に、どうしようもなく嬉しかった。

 

「なんて、ちょっと皮肉ぽかったかな? でも、私にはこれくらいしか言えないから、ごめんね。後はまあ、一人でゆっくり考えてみなよ。じゃ――――また明日」

 

 そんな後悔の言葉を最後に、諫早はこの公園から小走りで去っていった。見渡せば辺りは相当暗くなっている、どうやら相当長い時間拘束させてしまったらしい。本人に取ったらほんの暇つぶしぐらいの散歩みたいな気分だったであろうに、こんな時間にまで迷惑をかけてしまったことを空も悔いながら、初めのようにベンチに腰掛けてからもう一度、一人で考える。

 

 諫早という尊敬する先輩が帰った後で、もう一度。一人になった公園で。

 

「……やっぱり、言ってくれて良かったと思うんだ」

 

 黒神真黒が空の正体を述べて、それで良いと思う。だってそれは、言わなきゃいけないことなのだから。

 

「うん、じゃなかったら僕は神様仏様黒神様に可愛そうに――もとい、可哀想に見られたまま人生を終えたんだろうからね」

 

 だからここまでは良い。間違ったところなんてきっと無い。あるとすれば、それは空だ。

 

 そして悩んで苦しんで公園に来て諫早いさぎに会った。思いのままにぶつけた空きの問いに、諫早いさぎはちゃんと応えてくれた。ならば空も、守原空の答えをちゃんと答えるべきだ。

 

「ごめんなさい」

 

 謝った。誰もいない公園で。

 

「でも、ありがとうございました」

 

 その次に――感謝した。

 

「やっぱり、人の言うことだからって信じ切るのは、無理なんだよ」

 

 その答えが分かったのは紛れもなく諫早いさぎのおかげだ。彼女は空の思いつく以上の答えを、100点以上の回答を出してくれた。にも関わらず、こうしてそう思ってしまうということは、そういう事なのだろう。

 もう自分には人を信じることができない。人吉善吉に説得されても、黒神めだかに説教されても、守原空はこの考えを変えることは絶対に――有り得ない。

 

 本当は信じたかったけれど。

 信じたくないなんて、思わないけれど。

 それでも空は、結局、諫早いさぎを信用しきれなかった(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 そこに居るのか、居ないのか。

 現実なのか妄想なのか。

 

 自分が言ったはずの言葉を疑って、諫早の言葉も疑って、彼女の存在さえ疑った。満点以上の助言をくれたのに、空はその助言で変わることができなかった。ならきっと――この先も変われないのだ。満点で変われないなら、満点以上で変えられないのなら、無理に決まっている。

 ああ――最低で、最悪だ。

 正しく言うなら、それのちょっと手前。最低も最悪も、『あの人』だと空は思っているから。

 

「だから、決めた」

 

 諫早いさぎが、もしも自分の言葉なんてもので慰めていたのなら、きっと空は絶望したままだっただろう。

 そこに諫早は居てほしいと願ったが故に、空はそれが自分の能力で発現した偽物だと、だからもう自分なんかは何もできないままに生を終えていた。

 

 だが、諫早は諫早の言葉ではない、空の言葉で返してみせた。

 皮肉だと笑いを付け足して、見事な回答を空にして魅せた。

 

 だから、空は自分の信じるべきものを思いだせたのだ。

 

 空には親がいなかった。

 記憶が間違っていた。

 見ていたものが違っていた。

 諫早のことは信じられないままだった。

 

 なら、空の信じられるものはなんだっただろうか。

 

 地球があるというような常識か。

 みんなを大好きだと思うような感情か。

 

――――否である。

 

「僕は、僕を信じるべきなんだ」

 

 初めから――それしかできなかったのだ。

 

「例え、黒神ちゃんや善吉が偽物でも、

 例え、僕の今まで生きてきた全てが偽物であっても、

 

――――――僕のやることに(・・・・・・・)嘘はないんだから(・・・・・・・・)

 

 今まで関わったものが、これから関わるものが全て偽物であっても、それでも、やれることはあるはずだ。

 

「はあ……」

 

 わざとらしくため息を吐いた。ああ憂鬱だという風に、空はため息を吐いた。

 高校に入ったばかりの頃はため息ばかりを吐いていた気がする。面倒くさがりで不幸な人間のように、ヤレヤレ系主人公みたいな感じで。

 

「人は信じられない」

 

 黄色い光を放っている月を見上げて言った。生憎、兎が餅をついていないし、横顔の美人さんも見えなかった。

 

「自分しか信じられない」

 

 風が吹き、ブランコを揺らし始めた。

 

「ならどうするか」

 

 そうして、空は笑った。

 心からの笑みを、ここで浮かべた。

 苦笑いではないし、ため息も吐かない。

 

「僕は――――――――――」

 

 強い突風が木の葉を散らし、ざわつき始めた公園は空の声を掻き消した。

 諫早いさぎからの言葉は貰えて、空の考えもできたから、答えは出せた。守原空のするべきことの答えを出せたのだ。

 この青春劇に――空の偽物語に決着を付ける方法を、最低で最悪、のちょっと手前な空は、やれやれとため息をここで吐いて、しょうがないなとでも言わんばかりにベンチを立った。

 

 答えは出せた。

 ならば後はそれ(ゴール)に向かって走るだけだ。

 

 正しすぎる彼女、黒神めだかはそれを聞いて怒るだろうし、お人好しな人吉善吉もきっと怒ってくれるだろう。

 それは守原空の出した、最低最悪一歩手前の答えなのだから。

 だけどきっと後悔はしないだろう。いや、だろう、ではない。絶対に、完全に、後悔なんてするはずがないと断言できる。『偽物』の世界でも、『本物』の世界でも、後悔しない、そんなやり方を空は見つけることができたのだ。

 そのやり方はひどく自分勝手だ。きっと今までもそうだったのだろう。自分勝手な妄想をして、他人の悪意も敵意も感じようとはしなかった。

 それなら――最後までその勝手を貫き通すしかないだろう。それは間違いなく今までの自分で、それこそが守原空だと言い張れる、数少ないものなのだから。

 

 そしてその守原空のやり方は、誰も信じずに出た答えだ。だからきっと間違える。それで良いと、空は思った。

 

 そうして。夏休み突入後、空を筆頭に、異常と過負荷と普通とが交わり、学園全体を巻き込む大ゲンカを開始する。

 神様仏様黒神様、そんな神様の予想をも超える夏を、空は過ごすのだ。

 

 神夏語(かみなつがたり)

 

 黒神様の予想を超える夏を、誰も信じないままに進んでいく。

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

 人吉善吉(ひとよしぜんきち)は気ままに歩いていた。普段ならば深夜に出歩くなどせず、家で口うるさいお母さんと一緒にテレビなんかを見て一家団欒のひと時を過ごすのだけれど、今回は普段と違っているので、夕食を済ませた後、散歩を兼ねて――というのは言い訳だ。本当は幼馴染である守原空を探していた。

 黒神真黒から空の異常性を解説してもらった。聞けば合点はいったし、空にそれを言ったことには不満もない。当の空本人がどう思っているかは分からないが、それは言わなければいけないことだっただろうから。

 

 しかし空は逃げだした、とも聞いた。今までの人生全てを否定されたようなものなので、それは仕方がの無いことだと思うし、当然のことだとも思える。親がいないなんていう事実を知ったならば、それは相当のショックだっただろう。

 

 だから人吉はこうして空を探しているのだ。慰めるために、元気を出してもらうために、わざわざ当てもなくこの広い町を適当に闊歩している。簡単に会えるとは思えないが、それでも、人吉は努力するべきなのだと考えた。大事な友達が苦しんでいるのならば、その苦しみを和らげるために最大限の努力をするべきだと。そうしてどんな慰めの言葉を掛けようか考えつつ、小柄で不安定な幼馴染を探していた。

 

「……あん?」

 

 もともと車の出入りが少ないT字路で、綺麗に整備されている道路の近くに不自然極まりない影を見つけた。凸凹している影、というのが第一印象だ。変なところが出ていて、変なところが引っ込んでいて、パズルのピースみたいな感じだ。

 そしてどうしてだか、今苦しんでいるはずの空の顔が頭をよぎった。

 

「…………」

 

 善吉はゆっくりと、しかし確実に近づいていく。影は動く気配を見せない。やはり自然物なのだろうか、いや、しかし、それにはやはり、いささか不自然すぎる(・・・・・・・・・・)

 月の光でも充分に見えるぐらいに近づいた。それはやはり人影で合っていた。その不自然な影は人影で合ってしまっていたのだ。

 そしてその人影は――女性だった。もちろんこんな夜中に道路で睡眠を貪っているわけでも無い。そして、不自然な影を作っている正体を知ると、慌てて善吉は陸上部の彼女に走り寄った。誰かに襲われた諫早いさぎ(・・・・・)に。

 

「諫早先輩!」

 

 襲われた証拠に突き刺さっている螺子(・・)

 人の頭程にありそうな大きな大きな螺子が、彼女の体中に突き刺さっている。

 何本も何本も体を貫いて、諫早の体から外れないようにと、螺子の先のねじれが働いている。

 彼女の足に。

 彼女の手に。

 彼女の背中に。

 突き刺さって、螺子込まれている(・・・・・・・・)

 

「『本当にね』『一体誰がこんなことをしたんだろう』『まさかこんな平凡そうな町でこんな危ない被害がでるだなんて』『怖いなあ』」

 

 そいつ(・・・)は学生服を着ていた。

 色は普通に黒、黒神めだかのように制服を改造しているわけでも無い。真面目そうに真っ黒な制服に身を包んでいた。

 

「『でもきっと』『こんな夜中に出歩いている彼女も悪かったんだろうね』」

 

 不幸そうな男だ、不運そうな男だ。その(マイナス)がいるだけで空気が震えているようにさえ感じられる。

 

「『うん』『だから』」

 

 そこで言葉を切り、善吉の顔を見ながらゆっくりと微笑んだ。

 

 行き過ぎた(マイナス)は、血みどろの螺子を持ちながら(・・・・・・・・・・・・・)、武器を持っていないとでも言いたそうに両腕を広げ、過負荷(マイナス)らしい笑みを浮かべて、言った。

 

 

「『僕は悪くない(・・・・・・)』」

 

 

 最低最悪、球磨川(くまがわ)(みそぎ)は笑顔でそう言ったのだ。

 

 




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