とある箱庭学園の生徒物語   作:じょーく

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一番好きな漫画ですし、書いてて一番好きな二次小説でした。


12箱

 球磨川(くまがわ)禊(みそぎ)はどうしようもない人間だ。

 黒神めだかは素晴らしい人間だ。

 

 球磨川は人望がない。

 めだかには人望が溢れている。

 

 球磨川は運動が苦手だ。

 めだかにとって運動は簡単だ。

 

 球磨川は嘘吐(うそつ)きだ。

 めだかは正直者だ。

 

 球磨川は弱い。

 めだかは強い。

 

 球磨川と。

 めだかは。

 

 正反対だ。

 

「『あれあれ?』『どうしたの善吉ちゃん』『懐かしの先輩に会えて感動しちゃったの?』」

 

 球磨川の声を聞くだけでガチガチガチと歯を何度も噛み合わされる。どれだけ必死に耐えようと心掛けても、球磨川の口が動くだけで心が鷲掴みにされたような恐怖に襲われ、ここで会ったことなど忘れて今すぐ尻尾を巻いて逃げだしたくなった。

 それでも逃げられない。目を離せない、離したらどうなるか分からない、足も竦んでいてここから一歩も動けそうに無い。全身が恐怖によって生み出された寒さで震えている中、心臓だけが早鐘を打ち、真っ赤な血を思い浮かばさせるような熱を帯びている。球磨川はこちらを見て、その瞳に自分を映しているのが分かった。蛇に睨まれた蛙の気分だった。

 

「『おいおい、どうしちゃったんだよ善吉ちゃん』」

 

 そんな善吉に球磨川は歩み寄る。堂々と遠慮せず躊躇(ちゅうちょ)しないで、恐怖で体を震わせている善吉に球磨川は歩み寄った。

 

「『君の学校の先輩であるはずの誰かがこんな事になってるんだぜ』『以前の君ならすぐにめだかちゃんに助けを求めたじゃないか』『あ、もしかしてケータイを家に忘れてきちゃったとか?』『やれやれ善吉ちゃんと来たら、携帯電話は携帯してこそだろう?』」

 

 すぐ目の前に。

 諫早いさぎの敵がそこにいる。

 

 蹴りを繰り出せる距離で。

 倒すべき敵がそこに立っている。

 

 それでも善吉は尚、動けない。

 

「『やれやれ、君みたいな弱者はもっとめだかちゃんみたいな強者に頼るべきだよ』『恥ずかしげもなく反省もせず被害者ぶりながら、仲間だから、なんていう一言で毎回助けてもらえば良いじゃないか』『そうだよ善吉ちゃん』『仲間なんだから』『友達なんだから』『幼馴染なんだから』『助けられるのは当り前じゃないか』」

「『ほら、どこぞの少年漫画でも良く言うだろう?』『なぜ助けるんだという問いに対して、仲間だから、なんて答えを出す展開がありふれてるだろう?』」

「『そうだよ善吉ちゃん』『なんで助けてくれるのか、なんてわざわざ考えなくても良いんだよ』『だって友達なんだから』『だからほら』『善吉ちゃんの変わらないところを僕に見せてよ』」

 

 ああ――本当に。

 本当の本当に、逃げたくなる。

 

「…………ぁ」

 

 声が出せない。

 目を離せない。

 手を動かせない。

 球磨川がそこに存在しているというだけで、善吉の活動が限定される。

 

 暗闇はより恐怖を煽り、真面目だという表しの黒い制服も、今となっては全てを吸い込んで壊してしまいそうな怖い色にしか思えない。あまりのショックで頭がおかしくなりそうだった。

 

「『……ま』『善吉ちゃんが怖がる理由も分からなくは無いよ』」

 

 そう言って、球磨川は距離を取った。自然、その距離で球磨川独特の近づくだけで不幸になりそうな威圧感もふっ、と消えたように薄れ、突然の余裕ができた頭は呼吸ができるのに呼吸を止めていたことに気が付いて、慌てて新鮮な酸素を取りこんだ。

 

「『なんて言ったって僕は中学時代に人を傷つけてしまったんだから』『いや、本当の本当に悪いことをしたと思ってるさ』『だからさすがの僕も改心してね、今じゃちゃんと誰にもバレないように人を傷つけるよう心がけてるよ』」

「…………」

「『おっと、それにしたってもうこんな時間じゃないか』『うん、じゃあ帰るとしよっかな』『それにしても善吉ちゃん、ちゃんと僕のことを覚えてる?』『善吉ちゃんときたらなーんにも反応を示さないから』『不安になっちゃうじゃないか』『今度はめだかちゃんと一緒でいいから、そんな他人行儀にしなくていいんだぜ』『忘れていたというのなら、今度は胸に刻んでおいてでもしてくれよ』」

 

 言って球磨川はクルリと半回転し、善吉に背を向ける。

 

「『んじゃ』『また明日とか!』」

 

 そしてやっとすべての悪く重い気配が周りから消えた。重い荷物を運び終わり、疲れ果てたように善吉は膝を固いアスファルトの上に置いた。

 まだ暗闇の中を歩いている球磨川の背中が見えた。

 ああ――最低で最悪だ。変わってなんかいない、ちっとも、これっぽっちも、むしろマイナス方向により強くなっている。心の中では改心していることを何度も願ったのに、そんな願いなんて少しも通じずに球磨川禊はそのままだった。

 

「…………」

 

 茫然と、球磨川の背中が闇に溶け込んだのを眺めて何分経ったのか分からない。ようやく善吉は螺子が何本も刺さって倒れ伏している諫早の存在を思い出し、焦って立とうとする。

 

「いさ――――ッ」

 

 それは衝撃。

 それは違和感。

 それは喪失感。何か大事なものが抜け落ちたように、人吉善吉の左胸部は貫かれた(・・・・・・・・・・・・・)。

 

「…………あ?」

 

 震える右手でその異物に触った。

 尖っていて、ねじ曲がっているように感じられるそれは、諫早に刺さっているのと同じ螺子だ。

 心臓があるべき場所に螺子がある。このことが何かおかしくて、善吉は力なく笑った。

 

『『僕のことを忘れないように、胸に貫いておいたよ』』

 

 暗闇の中から、そんな声が聞こえた気がした。

 そしてそのまま耐えきれるはずもなく、善吉は一切の抵抗もできずに、地面に顔を接触させた。

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

 目が覚めると見知った天井が目に入った。人吉家、人吉善吉の部屋だ。いつもの布団でいつものように寝ている。

 

「……夢?」

 

 と、ぼやいてみた。

 夢だとして、どこからだろう。

 

「ある、よな」

 

 貫かれたはずの左胸に触れてみる。ちゃんとそこに存在して、心臓の鼓動音も置いてある手の平から伝わってくる。間違っても螺子なんてものは刺さっていない。まるでそんなことはなかったように、善吉の左胸部は確かにあった。

 

「はあ――……」

 

 ぼすん、ともう一度布団の中に倒れこんで天井を見た。

 嫌な夢だったなんて思ったり、そもそも夢を見たのが何時ぶりなのかを考えて、自分の記憶力の低下にまで考えが及んだところで、箱庭学園のことを思い出した。

 

 箱庭学園。

 『フラスコ計画』だなんて馬鹿げた計画を進めていたこと。

 全員を完全無欠の人間にする――それはなんて素晴らしい計画なのだろう。

 そしてそれを絶対に安全なものにするためには、いったいどれだけの被害が必要だったのだろう。

 マンモス校である箱庭学園全生徒が犠牲になっても足りなかったのかもしれないし、案外一桁の被害で済んだのかもしれない。

 善吉には分からない。

 分からなくても、被害は出たのだろう。

 だからこそ止めたのだが。

 いや、正確には止められたのだ。

 守原空に。

 腐れ縁で、幼馴染で、親友で、仲間で、とか、そんな感じの仲。

 黒神めだかと同じ仲。

 普通じゃない人間で、異常な人間だ。

 当たり前じゃない存在で、当り前ができない存在だ。

 どこか変だとは思っていた――なんて、そんなの、事が起きてからではなんの意味も無い言葉なのに、善吉はそう思っていたのに、思っていただけで終わった。それは責任を背負わずに見捨てていただけとは分からずに。

 

「……そういや、今何時だ」

 

 今更ながら学生の仕事を思い出した。まあ善吉にはお母さんが居るので、そうそう失敗はしないはずだが。

 はずだが。

 はずだった。

 

「………………諫早先輩?」

 

 横で寝ていた。

 男子高校生の隣に先輩である女子高校生が寝ていた。

 それなりに大きい布団とは言え、同じ布団である。枕はちゃんと一人一つずつ。

 

――で、デビルやべえ!

 

 ここで声に出して叫ぶほど、善吉は愚かではない。まずはなぜこうなったかを考え、そして最良の答えを導き――

 

「すぅすぅ……」

 

 しかし善吉は気が付いてしまった。

 一人じゃない(・・・・・・)。

 そっと毛布をめくってみる。

 お母さんだった。

 ちなみにお母さんの身長は130㎝以下。

 お母さんを挟んだ状態で、川の字が完成していた。

 

「なんでだよ!? もう分かんねえよ! 答えなんてねえだろ!」

 

 善吉の叫びとともに、人吉家の朝が始まった。

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

 あの後、善吉の怒声とも言える叫び声に目を覚ました母親――人吉瞳は不思議そうに目を擦った後、まるで自分は無関係のように「あらあら」とでも言いたげにニヤニヤしながら、善吉の横で諫早が寝ているのを眺めていた。それに対して善吉は軽くイラッ☆ としながらも、聞きたいことがあったのでなんとか抑え込んだが、あれよあれよとあっという間に学校に行く準備をさせられ、結局諫早は寝たままで家を出ることになった。

 何も事情を聞かないままに家に一人で放置させるのはとても心配であったが、この見た目は子供、年齢はヤバいの母親は元々はメンタル関係の職場に就いていたらしいので、そこを信用することにした。

 

「で、お母さんは一体どこまで付いてくる気なんだよ」

 

 小声で怒鳴りつけるように斜め後ろを歩いている人吉瞳にそう言った。善吉よりも身長がずっと低く、さらにランドセルを背負っているので他人からは仲のいい兄妹にしか見えなかった。実際はお母さんなのに。息母なのに。

 

「あらやだ善吉くん。もちろん学校までに決まってるじゃない」

「どこがもちろんなのか分からねえぞ……!」

 

 小学一年生とかそこらならともかく、息子が心配だからという理由で高校生になった自分がどうして母親と一緒に登校しなければならないのか、善吉は不思議でたまらない。

 

「つーかなんで今日に限って……俺が危ない目に遭う夢でも見たのかよ」

「夢じゃなくて現実よ善吉くん」

「現実?」

 

 そして善吉は思い出す。球磨川と出会い、胸を貫かれたあの記憶を。

 なんとなく朝にやった胸に手を置いて存在を確かめるという行為をもう一度してみる。

 確かにそこには人吉善吉の心臓が脈打つ音も無事に感じ取れた。

 

「……身に覚えがねえけど」

「身に覚えはなくても心にはあるんじゃない?」

「なんだよお母さん、それっぽいこと言って、案外かまをかけてるだけじゃねえだろうな?」

「うん? うーん、まあそれもあるかもね」

 

 あんのかよ、と善吉はずっこけそうになった。その間に瞳は善吉の横を通りすぎ、立ちはだかるように前に立ち、そしてそのままトン、と指で善吉に見えるよう自身の心臓がある左胸を軽く押す。

 

「何に遭ったのかは分からないけど、ずいぶんと派手なアクセサリーを付けたものよね、善吉くん」

「………………カッ」

 

 とりあえず一声笑って見せて、昨夜のことは現実だったのだと自覚した。

 ならばあれも現実か、最低で最悪で関わりあいたくないあの男――球磨川禊がこの町を訪れたことも。

 

「大変だったのよ、帰りが遅くて心配になって家を出たら、うら若き乙女と善吉くんが一緒に家の前で寝ているんだもん」

「誤解されそうなことを学園の登校ルートで言うな。で……家の前?」

「家の玄関開けたらすぐよ。危なくお母さん一人の叫びから始まる、安っぽいミステリードラマができちゃうところだったわ」

 

 どういうことだと善吉は思案する。つまり善吉と諫早はたまたま人吉家の近くで球磨川に襲われていた……にしては身に覚えのない風景で倒れた記憶がある。となると、誰か親切な人が運んでくれた、とかそういうことだろうか。逆にそうじゃないとこの問題は解決できないので、とりあえず今はそういうことにしておいた。

 それにしても本当に不思議だ。瞳が「派手なアクセサリー」と称したのは間違いなく善吉の身に刺さっていたあの大きく禍々しい形をした螺子のことだろう。

 螺子は確かに刺さっていたのなら、どうして傷痕一つないのか。

 

「お母さん」

 

 色々なモヤモヤを抱えて善吉は立ち止まり、がりがりと頭を掻く。こんな風に分からないことだらけなことがあった時の一番の解決方法――

 

「昨日、球磨川に会ったんだ」

 

 お母さんに相談するため。

 

 

    □ □

     ■ ■

 

 

 そんなわけで善吉は、昨夜の出来事の一部始終をお母さんにさらけ出した。その中には守原空の話題が出なかったのは球磨川と何も関係がないことと、無暗に幼馴染の秘密を明かすことには抵抗があったからだ。

 

「ま、そんな感じだよ。俺は球磨川と出遭ってただビクビクしてただけで、良く分かんねーうちに……」

 

 母親も目にしたはずの、巨大な螺子で貫かれていた胸へと手の平を当てる。

 そこにはドクンドクンと、脈打つものがあった。

 その様子に瞳は目を細めて、約13年前のことを思い出した。

 

「球磨川君、ねえ」

 

 球磨川禊という少年に、人吉瞳は会ったことがある。

 異常者が集う箱庭総合病院で、未だ少年であったときの球磨川と会話をしたことがある。

 

 そ(・)し(・)て(・)そ(・)の(・)出(・)会(・)い(・)を(・)き(・)っ(・)か(・)け(・)に(・)、人(・)吉(・)瞳(・)が(・)誇(・)り(・)を(・)持(・)っ(・)て(・)務(・)め(・)て(・)い(・)た(・)仕(・)事(・)を(・)退(・)職(・)し(・)た(・)の(・)だ(・)。

 

「……ビクビクしていただけって言うけど、私としてはよく何もしなかったと褒めてあげたいくらいだけどね」

「カッ! なんだよ。今日は皮肉が多いぜ、お母さん」

「そうね、今日は余った皮肉を夕食にしましょう」

「嫌な献立だ……」

「こらっ! 好き嫌いは駄目よ、善吉君!」

「俺の健康を危惧してくれているのかもしれないけど、むしろストレスで一気に悪くなりそうだよ!」

「あら、実はストレスって健康に悪いって思わなければ、別にそんな害はないらしいわよ?」

「そうだったのか!?」

 

 そうして驚いたところ、後ろから他の女生徒二人組が、愉快なやり取りをしている善吉たちを見ながら仲が良い兄妹だと笑って通り越していった。それに言い返したくなる気持ちもあるが、見ず知らずの女生徒に大声で突っ込みをする訳にもいかず、押し黙るしかできない息子であった。

 対して妹扱いされた当の母親は、善吉のズボンをクイクイと掴みながら口に手の平を当てて目をキラキラさせている。

 

「あらあら、妹ですって善吉君。まだまだお母さんも頑張れるわね」

「……カッ」

 

 やれやれと、善吉は一声笑って何気なく母親に指摘する。

 

「お母さんは頑張らなくても良いんだよ。これは俺たちの問題で――」

「――それはできないわね」

「あ?」

 

 一転、冷たく言い切られた。

 持っているランドセルの紐をギュッと握りながら、瞳は言う。

 

「悪いけど、球磨川君がこの町に来ている以上、子供の喧嘩にだって親 (私)が出るべきだもの。格好悪いとか、気恥ずかしいとかそういうことを言っている問題じゃないの」

 

 言っていることは、理解できた。球磨川はもう、そういう人間だから。

 

「……でも」

「でももすもももないの」

「すももを言おうとは思っちゃねえよ!」

「すももは子供にあげないの」

「大人げねー!」

「ま、そうね。悪いけど球磨川君が来ている以上は、大人とか子供とか関係なしにするべきなのよ」

 

 だって善吉君――

 そう瞳は続けて、

 

「――――下手したら今日中にだって、あなたの通う学園は滅んじゃうのかもしれないんだから」

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