英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

100 / 112
99話

「ここだ」

 ドラコ・マルフォイが入っていった店の扉をハリーは指さした。もう三人で入るのはきつくなってきた透明マントを脱いで、彼らは近くの細い路地に隠れた。

 

「中でどんな事をしているのか、知りたいな……」

 親友が悔しそうに歯がみしている所に、ロンはポケットから兄特製の秘密道具を出してみせる。

「はい、『伸び耳』~」

「いいぞ!」

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニーはドアの隙間に『伸び耳』をねじ込んで、もう片方の先端を自分の耳に当てる。店の中の音が鮮明に聞こえてきた、その時。

 

「見つけたでござる!」

「「「うわぁ!」」」

 

 シュタッと背後に舞い降りてきた三郎に、三人は跳び上がった。彼の後ろで壁によじよじと取り付いたセドリックが、不格好に下りてくる。

「よい……しょっ、と……。箒を持ってくるんだったな……。ローブが塵だらけだ……」

 ローブの汚れをほろうセドリックに、ハリーは問いかけた。

 

「二人とも、どうしてここに?」

 目を丸くするハリーに、一応のお目付役はむっとする。

「それはこっちのセリフだよ。気がついたら三人ともいないし、かと思ったら、こんな所にいるんだもの。『ノクターン横町』なんかに何の用が?」

 

「――ちょっと待って! ごめん、後にして!」

『伸び耳』を付けた三人の顔色が途端に変わった。ハーマイオニーは唇に人差し指を立て、ロンはハリーを店のドアの方に集中する様に促した。セドリックは三人の様子に肩すかしを食らった心地だ。

「なんなんだ、一体?」

 

 目の前の店のドアに貼り付く三人は、戸惑う大人達の事など忘れて、聞こえてくる店内の音に集中している。忘れられた二人は、顔を見合わせて肩を竦めた。

 

「中に何があるのでござろうか?」

 聞いた三郎に、セドリックは「さあ……」と彼の理解できる言語で答える。「……中の様子、知るミタイ。……ん~と、秘密で聞いてる」

 セドリックのたどたどしい日本語説明を聞いて、三郎は成る程、と頷いた。

 

「店の中の様子を、中にいる御仁達に悟られないよう秘密裏に知りたいという事でござるな! では、ちょっくら行ってくるでござる!」

 

 言うが早いか、三郎はひとっ飛びに隣家の屋根に上がった。目を丸くしているセドリックに向けて指でOKサインを作って見せて、そのまま店の屋根で姿勢を低くして姿が見えなくなる。置いて行かれた彼は、忍者が消えた屋根を呆然と見上げた。

 

「ゴザルまで……。一体なんだっていうんだ、全く……」

 すると呟いてひとときも経たずに、屋根にいた三郎が身を起こしてこちらを見た。腕を大きく払いながら、声量を限りなく低めて叫ぶ。

 

「早く! そちらの路地に隠れるでござる!」

 

 彼のジェスチャーを理解したセドリックは、ハリー達の首根っこを引っ掴んで間一髪三人を隣の路地に引っ込める事に成功した。ロンのかかとが路地に引っ込んだ次の瞬間に、店のドアが開いてドラコ・マルフォイが出てくる。彼は何も気付かなかった様子で、陰気くさい横町内をどこか軽い足取りで歩いていった。

 

 マルフォイの後ろ姿を見送った四人がほっと息を吐いた時、店の屋根から三郎がひらりと舞い降りてきた。

「間に合ってよかったでござる……。それにしても、お三方。諜報活動の基本は隠密でござるぞ。こんな所で無防備に立ち聞きするなど、もってのほか。こういう時には気配を殺して部屋の中で『隠れ蓑術』を使うか、屋根裏に潜むのが定石でござる」

 

 腰に手を当て左手の指を振って、くどくどとした調子で忠告する三郎にハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が、言葉は通じないながらも頭を下げる。忍者は「うむ」と頷いて、セドリックは短く嘆息した。

 

「それで、そろそろ聞かせてくれるかい? こんな所で、一体君達は何をしていたのか」

 

 双子の店までの道すがらに、ハリーはマルフォイを怪しんで追いかけていたと白状した。現行犯の所を掴まれてしまっては、もはや言い訳は通じなかった。

 

 三人が『マダム・マルキンの洋装店』にローブを直しに入った時、母親と一緒のドラコ・マルフォイに会ったという。だというのに双子の店でふと窓の外を見たとき、一人きりで通りを歩いていた彼の姿を不審に思った、とハリーは語った。ロンとハーマイオニーの二人の方はと言えば、ついてきたもののハリーほどこの事実を深刻に考えてはいない様子だった。ロンが口を開く。

 

「確かにあの店の中で何をしていたのかは気になるけど、そこまで深刻に考える程のことじゃないだろ? あいつはただ、何かの修理をしに来ただけだ」

 返すハリーは、さっきからしかめ面のままだ。

 

「だけどじゃあ、一人きりだったのにはどうやって説明を付けるんだ? きっと撒いてきたんだよ。本当に『ただの』修理だったら、別に母親が一緒でも良いじゃないか?」

 

 その質問にはロンも上手い答えが見つからず、「それは……分からないけどさ……」と意気を萎ませた。ハーマイオニーは困ったように、頬に手を添えた。

「せめて、あいつが店主に何を見せていたかでも分かれば良かったんだけれどね……」

 

「彼が何を持っているか、『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』の窓から見えなかったのかい、ハリー?」

 セドリックの質問に、ハリーは首を振る。

「見かけた時は一瞬だったし、そこまで気にしてなかった。でも何かを抱えてるとか、そういう様子では無かったと思う」

 

 セドリックはふむ、と頷いた後、後ろをついてきている三郎を振り向き、日本語で問いかけた。

「ゴザル、何か見た?」

 

 もう『ノクターン横町』を出ようとする所だったが、三郎はその質問が疑惑の店の中の事だろうと即座に理解した。ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が期待を込めて振り向くと、彼はVの字にした指を顎に添えて、どこか得意げになって答えた。

 

「天窓からバッチリ見えたでござる。店の中には青年と老年の男が一人ずつ。話している様子からして、老年の男の方が店主でござるな。随分と腰が低かった様子。青年はあの店の得意先であろうか? 店主の方は日本人も惚れ惚れする程の揉み手ぶりでござった」

 

 あの短時間で随分と的確に情報を得たのだな……と、成果を聞きながらセドリックは、本場の仕事ぶりに舌を巻く。 

「他には?」

 眼光鋭く聞いたセドリックに上司の顔でも思い出したのが、三郎は途端にしゅんと肩を落とした。

 

「青年の方は店の隅にある箪笥を見ながら、店主に何かを聞いている様でござったな。あと、袖をたくし上げて何かを見せている様子もござった……。店主が随分と怯えておられたな。……彼らが何を話しているのか理解が出来れば、お役に立てたのでござるが……生憎とこれしか分からず、かたじけない……」

 

 心から申し訳なさそうな顔をする三郎だったが、語られた情報をセドリックが訳して三人に伝えると、三人ともが彼の仕事ぶりを褒め称えた。

 

「すごいよ、ゴザル!」そしてハリーは親友達を向いた。

「袖をたくし上げて見せてたのは、『闇の印』に違いない。あいつがアズカバンに入った父親の代わりに、『デス・イーター』になったんだ!」

 

 *

 

「…………ああっ、もう。また分からなくなっちゃった……。意外に畳の目を数えるより難しいわね……」

 

 どこかの館の地下牢の中で、オーシャンは一人苛立たしげに呟いた。杖も道具も何もかも没収されたオーシャンが、最近編み出した遊び『石畳のつなぎ目を迷路に見立てて、延々と目で彷徨う』のは、止め時と同じくらいに自分の現在地を見失った。仰向けに寝転がっていた彼女は、反動を付けて起き上がる。同じ画面ばかり睨んでいたせいで、目がシパシパした。

 

 今日は、しばらく前に小鼠――もといピーター・ペティグリューが文字通り顔を覗かせた後は、誰もここに『遊び』にきていなかった。お外でやんちゃをするために忙しいのか、あんまりにもオーシャンが従順な――反抗的ではない、という意味で――態度を見せている為に飽きてしまったのかは分からない。後者であればいいな、とは思うがどちらにせよ、オーシャンに飽きてしまった奴らは外に出て暴走行為に手を染めるだろう。だとしたら、もう少し派手をやらかして奴らの手をわずらわせてもいいのかな、とも思う。

 

 しかし、今のオーシャンには杖も忍具も無い。下手を打って死んでしまっては、それこそ骨折り損のくたびれもうけ。

 

 死喰い人というのは、恐らく総じて癇癪持ちだ。そう思ってしまうくらい、ここに顔を見せるメンバーは気が短い。全員が『死の呪文』を使う可能性がある以上、ほとんど身動きが出来ない牢の中で彼らを怒らせるのは、自殺行為に等しい。ルート変更不可能。死への片道切符及び急行列車発車オーライ。

 

「……やっぱり、彼に手伝って貰うしかないのかしらね……」

 自然、憂鬱に息が漏れる。

 

 あの忌々しいセブルス・スネイプは、あれ以来姿を見せていない。思い返せば、騎士団本部でもたまにしか顔を見なかったし、もう新学期が始まっているのか分からないが、ホグワーツからもそうそう離れられないだろう。という事は彼が館を訪問し、かつこの地下牢まで足を運べる時間は、思っているよりずっと少ないのかもしれない。そう考える程、先日の『遊び』の時間の失策が身に染みる。

 

「…………あら?」

 よくよく考えると、彼は『不死鳥の騎士団』なのである。いや、分かってはいた。分かってたつもりではいたのだが。

 

 彼がこの館に現れる理由が真の姿――死喰い人としての仕事だとしても、去年の夏に彼が騎士団本部に姿を見せていた事もまた事実。

 その二つが活きる答え。それは、彼はどちらかの側の『間者』という事になる。ここまではすでに推測済み。

 

 しかしあの夜、神秘部に彼の姿は全く無かった――そう、あの場で彼は『どちらの側でもなかった』のだ。それに魔法省に乗り込む前、アンブリッジの部屋では、ハリーは彼に悪夢に見たブラックの窮地を伝えている。

 

 だからこそ魔法省のあの死地で、不死鳥の騎士団のメンバーが現れた。つまり、スネイプはハリーからあの情報を聞いた時点で、騎士団の本部と連絡を取ったのだ。

 

 どちらの側でもないなら。

 いいや、彼の本性が『どちら』であるかは関係ない。出来るか出来ないかの話だ。

「………………」

 騎士団に連絡をとること『だけ』なら、もしかすると可能だ。

 

「何よ、あいつ……!」

 何故そこに気付かなかったのか。投げ出していた足を組んであぐらをかいて、腕を組んで更に考える。

 

 ここが地図上のどこにあるかなんて、回りくどい言葉を駆使して聞き出す必要は無いのだ。ただ、スネイプが本部と連絡を取って、オーシャンが幽閉されている館がどこにあるか、教えれば良い。あの夜に彼がハリーの為に、騎士団に連絡をとったとすれば、まるっきりヴォルデモートの側では無い可能性が高い。

 

 招待を受けて、杖を含む道具が禁止され、地下牢に閉じ込められはしたものの、奇襲をかけるなとは言われていない。騎士団にこの場所が分かれば彼らは助けに来るであろうし、オーシャンがそこに加われば今度こそ敵を討ち取る事も可能……!

 

 オーシャンは見えた勝ち筋にニヤリとほくそ笑む。脱出してやろうと、こちらから頭を悩ませる必要なんて無い。ただ、僅か一人が動けば良いだけなのだ。

 

 そのひらめきから何日経ったかも定かでは無いある日。オーシャンが提案したその計画を、その男はあろう事か一蹴した。

「馬鹿か。貴様は」

「は!?」

 

 スネイプらしくない、どストレートな悪口だった。オーシャンはあまりの怒りに鉄格子に掴みかかるが、まだ新しいそれは揺らそうとしてもびくともしなかった。

 

「馬鹿って……それは貴方のほうでしょう!? 貴方だけが動けば解決する問題なのに、仁王像みたいに動こうとしないなんて、どうかしてるわ!」

 

 牢の中からスネイプを睨みあげるオーシャンを、彼はせせら笑った。

「らしくないぞ。頭に栄養が行き届いていないのではないか?」

 ろくな食事を与えられていない身には、その言葉は痛いくらいに染みる。

 

「では……君の言う様に、『もしも私が不死鳥の騎士団の一人であれば』何の任務でこの館に出入りしているのか、頭脳明晰な貴様なら分かる筈だが?」

 

 出た。授業でよく見た顔。質問の仕方が実にいやらしい。『先生』の問いにオーシャンは負けじと答える。

「それは、騎士団側の『間者』だからでしょ」

「そう。そしてそれを事実だと仮定して、この場所の所在が騎士団側に漏れたとする。その場合、真っ先に疑われるのは?」

 

 ――そんなの、幼年時代の必修忍術科目で教えられてるわ。

「…………『間者』、ね」

 いや、違う。こんなものは『間違い』でも『負け』でもない。だって、この牢の中は狭くてとても運動なんて出来たもんじゃ無いし、食事も一日三食きっちり与えられている訳でも無い。しかも出てきても毎食栄養があるかわからない汁物では頭がぼうっとして当然というか、普段なら気づける事を見落として当然というか……。

 

 頭の中で言い訳を繰り返しているオーシャンに侮蔑さえ感じる笑みを見せて、スネイプはマントを翻した。

 

「そういうわけだ。このテストは落第だな。よくもまぁ、こんな生徒にも『優』の成績をつけていたものだと我ながら感心する。次回はもう少し、我が輩を楽しませてくれる事を期待しよう」 

 





誰にも知られず部屋の中の会話が盗聴できる道具出してよ、ロナえも~~~ん!!!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。