英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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102話

 新学期が始まってすぐ、ホグワーツ中を、さまざまな噂が駆け巡った。

 

『元』魔法薬学教授のセブルス・スネイプがついに、『闇の魔術に対する防衛術』担当教授に鞍替えするという、長年の大願を成就したのである。生徒達の間でひそひそ話が飛び交い、中には、スネイプはなんらかの違法な手段をつかったのだろうという説もあった。

 

 この夏にアルバス・ダンブルドア校長に連れられてホラス・スラグホーンに会ったハリーは、てっきり彼が新しい『闇の魔術に対する防衛術』の先生になるものとばかり思っていたので、首を捻りっぱなしだった。

 

「何でダンブルドアは、スラグホーンを『魔法薬』の担当にしたんだろう? そうじゃなかったら、もうアイツの顔を見なくて済んだのに」

 

 何度目かの疑問を口にするハリーに、ハーマイオニーは「いくらなんでも、全くっていうのは無理でしょ。先生なんだから」と扱く真っ当な事を言った。ハリーはうっとうしそうに返す。「言葉の綾だよ」

 

 実際、ハリー達は六年生になり、五年生の時に受けたO.W.L試験の結果により、進路を決める段階に入っていた。ハリーは『闇払い』を進路として、去年に寮監であるマクゴナガル先生に相談していたが、今回、ハリーが魔法薬のO.W.L試験でとった成績では、当時の魔法薬担当教授のセブルス・スネイプが設けた、六年時の教習基準に達していなかった。つまり、魔法薬学を受けられなくなる代わりに、闇払いへの道は閉ざされたわけである。

 

 当然、今年は魔法薬学の授業を受けることは無いと思い込んでいたハリーとロンは、六年時で使う教科書やその他を全く用意していなかった。

 

 しかし、魔法薬の担当教授が新任のホラス・スラグホーンに代わった事で、六年生の教習基準も変わって、二人とも魔法薬学のクラスに戻れたのであった。ハリーが闇払いに進む道は、再び開かれた。

 

 ただ、ハリーの得意科目であった『闇の魔術に対する防衛術』の担当がスネイプに変わった事による弊害は、火を見るよりも明らかだろう。ホグワーツに到着した日、アクシデントの為に宴会に遅れたハリーと彼を送ってきたトンクスを出迎えたスネイプは、いつもより一層嫌みたらしい言葉をかけた。

 

 今思い返すと、ハリーの得意とする授業で、彼のことをいじめ抜くのが楽しみで仕方ない、と言うような顔に見えなくも無かった。

 

 ハリーを城まで送ってくれたニンファドーラ・トンクスは、城の防衛強化のためにホグズミードに配属されていたらしい。スリザリンのコンパートメントで誰にも気付かれずに石にされるという『アクシデント』に見舞われたハリーは、思いもしない彼女の助けに感謝した。しかし、去年の夏にはあんなに溌剌としていた彼女が、冴えない髪色をして軽口の一つもきかない所には、内心驚きはしたが。

 

 学校生活は、これまでのように和気藹々とはいかなかった。

 

『日刊予言者新聞』は毎日のように誰かの死や失踪を報せ、せっかく送り出した娘息子の心配をする親が、当人の意向などお構いなしに連日彼らを連れて帰った。「今日はどの寮から誰が減った」なんて会話が当たり前になりつつあり、ある時には、突然授業中に呼び出された生徒が、親の死を報された事もあった。

 

 そんな中で、生徒達はいつも通りの日々を懸命に送っている。ハリーはめでたくこの度、グリフィンドールクィディッチチームの新キャプテンに就任したので、シーズンに向けてチームメンバーの選抜をしなければいけない。それに加えて、連日宿題が山のように出されて大わらわだった。

 

「六年生には、自由時間がある!」と息巻いていたロンだったが、すぐにその口を閉じることになった。確かに六年生は、自分の履修科目が入らない時間を自由に使えたが、それも前年の比ではない量の宿題をこなすことで、瞬く間に消えたからだ。

 

 ハリーがこの夏にダンブルドア本人から聞いた、彼の個人授業を心待ちにすることが、彼が過酷な宿題に対抗する唯一の手段だった。

 

 

 *

 

 

 オーシャンに、未だに答えは出なかった。

 

 地下に捕らわれている彼女の時間の感覚は狂いつつあるが、さすがにスネイプが出て行ってからはまだ数時間と経っていないだろう。彼が上階に姿を消してから、先ほどの会話の意味を考えているが、どこをどう考えても、スネイプはオーシャンの『隠れ蓑術』を、ヴォルデモート側に明かしていない、との結論しか出なかった。

 

 ともすれば、奴の主の思惑は無視するとして、スネイプ個人にはオーシャンを殺す気が無い――もしかすると、逃がす気でさえある、という事である。

 

 と、いう事は、彼はやはり死喰い人の皮を被った騎士団側……? オーシャンは冷たい石の床に大の字になり眉間に皺を寄せて、これまでにあった彼との会話を思い返した。

 

 

――

「他の者ならともかく、愚鈍なペティグリューごときであれば、あの『悪戯』で十分騙し通せただろうに」

 

――

「では……君の言う様に、『もしも私が不死鳥の騎士団の一人であれば』何の任務でこの館に出入りしているのか、頭脳明晰な貴様なら分かる筈だが?」

「それは、騎士団側の『間者』だからでしょ」

「そう。そしてそれを事実だと仮定して、この場所の所在が騎士団側に漏れたとする。その場合、真っ先に疑われるのは?」

――

 

 

「……まあ、そうか」

 

 質の悪い子どもの『悪戯』など、わざわざ主の耳に入れるまでもない。そして自身が動いてしまえば死喰い人としての立場も怪しくなるだろうが、悪戯小僧が勝手に動く分には知ったことでは無い、ということか。

 

 ますます憎たらしい。そして理解してみれば、奴の立場なぞを明かすのに、こんなに時間をかけてしまった自分自身が情けなかった。そうとなったら、次のチャンスで『隠れ蓑術』を使うしか無い。

 

『隠れ蓑術』は忍術としての分類だが、魔術に分類される瞬時転移はこの牢の中では使えなかった。おそらく、何かしらの妨害魔法が効いているのだろう。

 

 次にまたヴォルデモートに呼ばれる機会があれば、案内にきた小鼠が後ろを向いた瞬間を狙い、『隠れ蓑』を使って体術を食らわせよう。そして、道中で杖と忍具が見つかれば良し。見つからなくても、出口を見つけた時点でこの邸から脱出を――

 

 そこまで考えたところで、上階の扉がキィィと軋んで開いた。そしてゆっくり、殊更ゆっくりとヒールの音を響かせて下りてきたのは、ベラトリックス・レストレンジだった。

 

「こんばんはぁ。かわいい可愛いウェンディちゃぁん。久しぶりに、沢山遊びにきたわよぉ」

 

 スネイプとはまた違う質感の、いやらしい声。どこをどうしたらそうなるのか、彼女はオーシャンを『ウェンディ』と呼んだ。きっと、主以外の生物を侮らずにはいられない、彼女流のあだ名なのだろう。

 

「――お久しぶり……」

 警戒の瞳を崩さずに、オーシャンは一段一段浮世離れをしている様な足取りで下りてくるレストレンジを睨みあげる。彼女の指先はいつものように、つまんでいる杖を弄ぶように軽く揺すっていた。

 

 レストレンジのヒールが、床を叩く。こふれまでにも、しばしばこの女が姿を見せる事はあった。どれもこれも、拍子抜けするくらい短い時間ではあったが。

 

 不気味な笑顔で彼女とオーシャンを隔てる鉄格子に取り付き、レストレンジは言う。

「よぉぉーやく、満足に遊べる様になったわねぇ……。余計なスネイプの奴さえいなかったら、もぉぉっと早くから遊んであげられたのに……」

 

 恐怖するものかと思いながらも、またあの苦痛がくるのかと、オーシャンは身構える。

 

 そうか。今まで、スネイプが頻繁に顔を出していたから、この女は顔を出せなかったのだ。何故かは分からぬが、この女はあのネチネチしている同胞が苦手らしい。そうなると、今までこの女からオーシャンを守ってくれていたのは、あのネチネチ野郎、と言うことらしい。誠に持って、遺憾だが。

 

「……嬉しいわ、貴女と遊ぶ時間が増えて」

――いつもこの女が遊びに来る時は、決まって……。

 

 不覚にも微かに震えてしまったオーシャンの声を聞いて、レストレンジはさも愉快そうに笑った。耳につく甲高い笑い声が、石造りの地下に反響する。  

 

「スネイプなんかよりずぅぅっと、遊ぶのが上手いから安心おし! クルーシオ!」

 

 

 *

 

 

「――ウミッ!」

 

 真っ暗な自室で、セドリック・ディゴリーは跳ね起きた。突然聞こえた気がした愛する彼女の悲鳴に、心臓はドクドクと騒がしい。寝間着は背中まで、嫌な汗で湿っている。

 

 その時、部屋の扉が遠慮がちに叩かれた。「……セド、入るわよ」

 あちら側から聞こえた母親の声に、セドリックは呼吸を整えながら答えた。母は入ってきた時と同じ静けさで扉を閉めて、息子のベッドに腰掛けてその背を撫でる。

 

「……お水は? いる?」

 

 無言で頷く息子を見て、夫人は杖を取り出して水差しとグラスを『出現』させた。グラスを息子に渡し、水差しに向かって杖を振る。水差しはひとりでに、セドリックのグラスに水を注いだ。

 

 ディゴリー夫人は息子の背中を労しげにさすりながら、「夢を見たの?」と優しい声音で訊いた。息子は答えずに水を二杯飲み干すと、つっかえながら喋り出した。

 

「……ウミの悲鳴が……。母さん、どうしよう、どうしたら……僕――僕――彼女が苦しんでいるのに――早く見つけなきゃ……」

 

「落ち着いて。あなたは、よくやってるわ」

 焦燥と憂いに揺れる瞳がこちらをむいて、夫人は背中をさすっていた手を息子の頭に添えて、優しくこちらにもたれさせた。息子の息は、まだ浅く繰り返されている。

 

 久方ぶりに愛息子を寝かしつける時の手付きで彼の髪を撫でつけながら、母は彼が安心できる穏やかな声を出した。

 

「私からもお父さんに言ったから、大丈夫。魔法省も協力して探せば、きっと彼女は見つかるわ。再会できた時にあなたがそんな顔していたら、嫌われちゃうわよ。しっかりしなさい」

 

 優しくも厳しい母の言葉に、胸騒ぎが段々と落ち着いてくるのをセドリックは感じた。そうだ。以前に彼女に情けない顔を見せたら、「やだ、そんな顔をしないでよ」と困り顔をされたんだっけ。目頭が熱くなり、ふいにとてつもない情けなさが襲ってくる。

 

「……ウミ、ごめん……ごめん……! 絶対に――絶対に見つけるから、待ってて――生きていて、ウミ……!」

 

 母の胸の中で語られる、彼女への懺悔。彼自身は、今の自分をとても小さく、情けない存在に思っているかも知れない。しかし夫人は、口には出さずに「もう、こんなに大きくなったのね……」と、愛する人のために涙を流す彼を、とても誇らしく思った。

 

 母の愛はいつまでも、いつまでも、彼の髪を撫でつけていた。

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