英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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109話

 ホグワーツ城の内部は、混沌と化していた。壁が崩れ、柱は抉られ、廊下の至る所では生徒や先生達、駆けつけた不死鳥の騎士団の団員達が、城に侵入した死喰い人達と戦っている。

 

 逃げるスネイプとマルフォイの後ろ姿を追いかけながらハリーはステップを踏んで、倒れている四年生を何とか踏まずに済んだ。傷ついた生徒の姿を見つける度に、彼の頭に上った血が温度を上げる。床や壁にはまだ新しい血の跡が走り、騎士団や先生達の尽力で動かなくなった死喰い人の姿も見かけた。

 

 逃げる二人は騎士団と杖を交わす死喰い人の横を通り過ぎ、騒乱の中に消えようとしていく。

 

 それを助けるかの様に、死喰い人は標的をハリーに変更して杖を向けた。瞬間、その横顔にセドリック・ディゴリーが呪いを放ち、死喰い人はどうと倒れる。ハリーは立ち止まらずに、その姿を避けていく。

 

「ハリー、一体何が――」

 

 駆けてゆく彼に問いかけるセドリックにハリーは振り返らず、足を止めず、ただ一言叫び返した。

「君は上へ!」

 

 質問を重ねるまでもなく、ハリーの後ろ姿は遠ざかっていく。彼の残した言葉の意味をセドリックが図りかねていると、どこかから叫び声が聞こえた気がして、彼はパッと振り返った。

「! ウミ……!?」

 

 

 *

 

 

 声が。

 

 天文台の塔の外壁を、声が滝の様にただ流れ落ちていく。

 

 力なく地面に倒れ伏したダンブルドアの亡骸を塔の縁から見下ろしながら、オーシャンは声が枯れるのも構わずに叫び続けた。

 

 失ってはいけないものを今、確かに失った。胸に去来する喪失感は、より大きな罪悪感に飲まれてもみくちゃにされる ―― 私が死喰い人と刺し違えていれば、校長は死なずにすんだのに ―― この『世界』を守れたのに!!

 

 ホグワーツという場所に必要な、唯一無二の存在をオーシャンの判断が殺した。その事実が、胸を八つ裂きにしていた。

 

 声が枯れ、かすれ、血の味になる。それでも声を出す事を止められない。体が、息を吸う事を忘れてしまった様だった。足が体を支えられなくなり、壁にもたれて膝を突く。

 

 苦しい。涙が出た。泣いているのが体なのか心なのか、彼女にはもう判然としない。

 

 あんなに戻りたいと願った学び舎なのに、ここに戻るために生きたというのに、愛した場所はまるで地獄の様に変わってしまった。一人の死喰い人の杖が、オーシャンから愛しい場所を奪った。

 

 悔しい。憎い。すまない。苦しい。すまない。すまない、すまない。苦しい。

 

「umi……!」

 

 聞こえた声に顔を上げる。崩れた瓦礫を乗り越えて塔の入り口に立っていたのは、懐かしい彼の姿だった。

 

「――セド……セドぉっ……!」

 弱々しく、助けを求めて開かれた両腕。そこに駆け込む様に、セドリックはオーシャンの体を抱きすくめる。もう二度と、放さないように。

 

 応えた両手が背中を掻きむしる様で、セドリックは彼女に内巻く不安と恐れを感じ取った。

 

「わ、私のせいなの……校長――私の――わ、私――何もかも守るって……全部守るって、誓ったのに……ま、間に合わなかっ――わ、わた……校長――わたしが……あああ……」

 

 泣き濡れる彼女の慟哭は、彼女の精神状態を如実に表していて、所々が定かではない。それでも、彼女がここにいる。今は、それ以外の事がどうでも良かった。

 

 セドリックは何も言わずに、彼女の髪をただ撫でつける。

 

 *

 

 塔で彼女が落ち着くまで待っている間に、辺りはすっかり静かになっていた。どうやら死喰い人達は学校に多くの爪痕を残したまま退散した様で、虚しく残されたのは、傷ついた城と廊下にへばりつく生々しい血の跡だった。

 

 憔悴もあったのだろう。オーシャンは天文台の塔で泣き疲れて気を失った。セドリックは彼女の体を腕に抱いて、医務室の扉を開く。

 

 そこにはマダム・ポンフリーの他、不死鳥の騎士団の面々、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニーがいた。手前のベッドでネビルが気を失っており、ブラックやルーピン、トンクスは奥のベッドのすぐ傍にいる。足音に気付いた全員がこちらを見、ハッと声を上げた。「ウミ……!」「オーシャン!」

 

 セドリックの方も、彼らのすぐ傍のベッドに、酷い傷を顔に負ったビル・ウィーズリーを見つけて声を上げる。

「ビル、どうしたんだ、その傷……!?」

 

「私の夫は、フェンリール・グレイバックと戦ったのでーす」

 

 ビルの代わりに答えたのは、ベッド脇でこちらに目もくれないフラーだった。彼女は隣にいるモリー・ウィーズリーと手を取り合って、夫の醜く傷ついた顔を、誇らしさと愛しさでいっぱいになりながら見つめている。どんなやりとりがあったのかは分からないが、彼女達の間に流れる温かい空気に、セドリックは冷えた体がちょっぴり楽になった気がして、ふっと息を吐いた。

 

 そして医務室の主とほんの少し目を交わして、彼の隣の空いているベッドに愛しい人を横たわらせる。最後に、痩けたその頬を手の甲でひと撫でして、説明を求めるみんなに向き合った。

 

「天文台の塔にいた。憔悴しているけど、命に別状は無い。酷いパニックに陥っていた。ダンブルドアの事が、自分のせいだと……」

「そんな事、あるわけない」

 

 即座に否定したのはハリーだった。彼の暗く塞ぎ込んだ表情に、考えたくも無い最悪の事態が現実味を帯びてセドリックに襲いかかる。

 

「もしや……もしや、ダンブルドアは……」

 

 恐ろしい考えを否定して欲しくて、他の者へ順々に目を移していく。しかしそれが紛れもない現実だという事は、彼らの表情が物語っていた。「そんな……」

 

 悔しさを眉間に滲ませたブラックが口を開く。「……塔の上で何があったかは、大体ハリーから聞いている。彼女のせいではない」

 

 訳の分からないまま、ハリーへと目を戻す。彼が語ったのは、セブルス・スネイプの裏切りだった。彼は天文台の塔で、ドラコ・マルフォイに代わってダンブルドアを殺害したという。

 

「なんてことだ……」

 騎士団の仲間にして、長年の恩師である彼の裏切りに、セドリックはショックを隠せない。

 

 彼らの話を総合すると、マルフォイが死喰い人の手引きをして、『必要の部屋』の『姿を消せるキャビネット棚』から奴らを引き入れたとの事だった。

 

 ハリーがダンブルドアとホグワーツを離れると聞いた後から、ロンやハーマイオニーは彼の言い残した通りにDAメンバーを集めて、マルフォイとスネイプを見張るために動き始めたという。しかし、スネイプの研究室の前で室内の気配に耳を澄ませていたハーマイオニーとジニーは、その中で動いていた気配が『服従の呪文』をかけられたフリットウィックだという事を看破できなかった。スネイプは最初から、どこかへと姿を消していたのである。

 

 そして、死喰い人のひとりが天文台の塔で『闇の印』を打ち上げた後で、駆けつけた騎士団のメンバーやDAメンバー達と戦闘になった。そこであいつらを打ち破る事ができていたなら、最悪の事態は免れたに違いなかった。 ダンブルドアが殺された後、ハリーは逃げていくスネイプとマルフォイの二人を怒りのままに追いかけたが、スネイプの返り討ちに遭って倒れている隙に、二人は姿を消してしまっていた。

 

 全てを聞いたセドリックは、未だ目覚めないオーシャンを振り返る。天文台の塔……ダンブルドアの最後の場所に、何故彼女は突然現れたのか。死喰い人達に連れてこられた? 一度は攫った者を、一体何故?

 

「逃げていくあいつらを追いかけた時に、一瞬だけ彼女の姿が見えた気がしたんだ」

 ハリーが静かに言った。「だから階下で君を見つけたときに、塔に行くように言った。僕はとても、彼女の助けになれる状態じゃ無かったから」

 

 セドリックが小さく頷き、礼を言ったその時、眠っているオーシャンのこめかみに、一筋の涙が零れた。目を覚ましたのかと近づいてみるが、その呼吸は変わらない。彼女の痩けた頬と乾いた唇に胸がきゅうと締め付けられて、セドリックは彼女を起こさないよう、静かにその手を掬い上げた。

 

「校長を……僕のウミにまで、こんな思いをさせて……あいつら、絶対に許さない……」

 

 こみ上げる怒りに肩が震え、細い手を包む両手に思わず力が入る。すると、無意識だろうが、彼女がその手を柔く握り返した。

 

 彼女の確かな生命力を感じてセドリックはふっと微笑み、そっと乾いた手の甲を撫でた。






やっっっとオーシャンを戻して上げられました………
予定では一瞬で終わるハズだった謎プリ編、あと一話か二話で終わります

皆様いつもお付き合いありがとうございます!
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