英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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110話

 意識を取り戻したオーシャンはマダム・ポンフリーから聖マンゴ魔法疾患病院への移送を勧められたが、「ホグワーツに居たい」という彼女の意向を、先生達は飲んでくれて医務室に入院する事が出来た。

 

 在学中のハリーやハーマイオニーのみならず、セドリックまでもがお見舞いに足繁く訪れた。特に彼が毎日のように持ってくる大輪の薔薇の花は、徐々に医務室を埋め尽くしつつあって、マダムはうんざりとしている。

 

「セドリック・ディゴリー。これ以上薔薇を持ち込む気なら、お見舞い品の持ち込みを禁止にしますよ」

「そんな!」

 

 四十二束目の花束を抱えたセドリックは、マダムに言われて青ざめた。オーシャンはベッドに大人しく座って、その様子を呆れて見ている。ベッド脇に座った三郎がりんごを片手に、懐刀で見事な兎を彫り上げた。あまりにもリアルな毛並みや鼻面を見て、一気に食欲が失せる。

 

「ほら、海の好きな林檎の兎さんでござるぞ」

 オーシャンは両手を前に出して顔を引き、ご遠慮申し上げた。切っ先を兎の尻に刺してこちらに向けるな。

 

「いつの話をしてるのよ。こちとらもうすっかり、リアリティのある造形の物には食欲が湧かない情緒が形成されてるの(ただし魚やいなごは別)。それに、その刀、血とか付いていないでしょうね?」

 

「………………大丈夫でござる!」

 

 あまりにも長く取られた”間“に従兄弟の信用を捨てたオーシャンは、毎日手入れはしておる、と続けた三郎の口に写実的な兎林檎を突っ込んだ。彼がふがふが言っている間に、見舞いの品の山からぶどうをつまんでいただく。

 

 お見舞いに来てくれるみんなが、ありがたいことに品物まで置いていってくれた。ハリーとロンはハニーデュークスのお菓子の盛り合わせ、ハーマイオニーとジニーはフルーツの籠を、フレッドとジョージは自分達の店の商品だという悪戯グッズを山と持ってきて、どこかから現れたフィルチに全て没収されていた。ウィーズリー夫妻は戻ってきた彼女の格好を見かねたのか、何と新しい深紅のローブをくれて、ハグリッドは歯が全て持って行かれそうなロックケーキをくれた。オーシャンがお見舞い品の山を眺めて温かい気持ちになっている所で、先生とトンクスから贈られた小さな犬のぬいぐるみが添えられた花籠が目に入る。

 

 彼らが仲睦まじく手を取り合って見舞いに訪れたのは先日の事。その手の意味が分からぬ程、オーシャンは子どもでは無かった。

 

「二人は……結婚したの?」

 

 自分から問いかけて、胸に確かに小さな風穴が空いた感覚は、今でも言葉に表すことが出来ない。二人が小さな幸せを噛みしめるように頷いて、先生は少し照れくさそうに顔を掻いて、それでもオーシャンはしっかりと笑顔を作って、二人に「おめでとう」と言えた。

 

 前に想像していたダメージよりは、胸の痛みはずっと少なくて、オーシャンは寂しさと共にほっと胸をなで下ろした。

 

 それより、添えられた黒い犬のぬいぐるみがブラックに似ていて、それが何だか無性に気にくわなかった。ぬいぐるみは、ルーピン達が帰った次の瞬間からオーシャンの両手に力任せに揉み拉かれているので、もはやへろへろになって自立する事が出来なくなっている。

 

 そのブラック本人は、一度も見舞いに来ていない。それに、そんなのよりまだ顔を見せられていない友人達に会いたかった。ケイティにアリシアにアンジェリーナ……。

 

「……ふう、ウミ、ごめんよ……。マダムにこれ以上の薔薇の持ち込みは許さないって言われちゃって……」

 言いながらセドリックが三郎の隣に座ったので、はっとする。彼は最後の薔薇の花束をオーシャンに差し出した。

 

「最後の薔薇になってごめんね。……早く君が、元気になりますように」

 

 彼の真っ直ぐな瞳が、真っ赤な薔薇によく映える。オーシャンは赤く染まっていく頬を見られないように、腕を組んでプイとそっぽを向いた。

 

「べっ、別にっ、これ以上増えても、うっ、嬉しくないしっ」

 

 セドリックの薔薇はもはや医務室の全てのベッドサイドテーブルに生けられていて、それでも有り余るので壁や窓際、マダム・ポンフリーの事務所までを浸食している。今や、部屋のどこを見ても彼の薔薇と目が合ってしまう。

 

 赤い顔であくまで強がる従兄弟に、三郎はニヤニヤとしている。

「全く、海は果報者でござるなぁ! このように素敵な婚約者殿、世界中探してもそうそういないでござるぞ!」

 

 刹那、彼の手をスパンと払って懐刀をごく軽い動作で奪ったオーシャンが、それをくるくるっと回して逆手に構え、三郎の瞳孔目がけて振り下ろした。しかし彼は顔色を変える事無く、迫り来る切っ先をたった二本の指で難なく白羽取りしてみせる。セドリックが目で追うのもやっとの、一瞬の出来事だった。

 

「ふふふ……甘いでござる、海。まるでみつ豆の如き甘さ! 切っ先が止まって見えたでござるぞ!」

 

「こ、ここ、婚約者なんかじゃないって言ってるでしょう!? こんな時ばっかり強者面して……ふざけるんじゃないわよ!」

 

「ふん、片腹痛いでごさる! 斯様にひ弱な刃では、仇敵を討つ事など夢のまた夢……」

 

 仇敵という単語で、オーシャンの顔色がさっと変わる。彼女の脳裏に閃いたのは、仇敵ヴォルデモート ―― そして、ダンブルドアの命を奪ったあの、陰気な顔だった。

「 ――っ!!」

 

 途端に顔色を悪くして勢いを無くしたたオーシャンを見て、三郎は失言をしたことに気付いた。下手に話題を変える。

 

「 ―― あっ、あー! そういえば、セド殿、何だか話があるだとかなんだとか、言ってたのではないのでござったか!?」

 

 話題の変え方が、まるで人任せだ。しかしこれ以上の失言をしないように、という気概は買おう。今はまだ傷の深いであろう彼女に、奴らのことを思い出させるのは酷だ。

 

「……あーー……ゴザルはいつまで、いられる?」

 

 不思議な感じの日本語に、オーシャンは目を上げる。セドリックが三郎と日本語で会話をしているのはまだ見慣れないし、そもそも英国に三郎が来ていた事でさえ、寝耳に水の事態なのだ。それに、何故彼は三郎の事を『ゴザル』と呼ぶのだろう?

 

 それが『いつまで英国にいられるのか』という問いである事を理解した三郎は、真面目な顔で返答をする。

 

「海が動けるようになれば、共に帰ろうかと」

 

 短く返した三郎に、オーシャンとセドリックの目が丸くなった。もはや学生では無いオーシャンがホグワーツに ―― 英国に留まる理由は無い。

 

 しかしオーシャンは、ヴォルデモートの墓を掘るまで日本に帰る気は毛頭無かった。口を開こうとして、違う冷静な考えが脳裏を駆け抜ける。さすがに今の状況では、両親に一度くらい顔を見せるべきか?

 

 片やセドリックは、青ざめて言葉を失っていた。オーシャンが日本に帰るという可能性に、思い至っていなかったのである。

 

 僅かの間できた静寂の中で、オーシャンが悩ましげに口を開く。

「確かに、一日でも早く父様と母様を安心させてあげたい気持ちはあるけど……」

 

 ショックで開いた口が塞がらないセドリックは、オーシャンを見る。言葉も無い彼が彼女の選択を見守っていると、オーシャンは続けた。

 

「でも私、お礼参りがまだだもの。こんなやられっぱなしで帰ったら、父様に叱られちゃうわ」

 

「言うと思ったでござる……。しかし、戦うといっても、杖はどうするのでござる?」

 

 敵に杖や忍具が奪われたままだという事は、数日前に三郎と話し合い済みであった。話し合いと言っても、三郎は「吹き矢の鏃を弄んだはずみに、何人かコロリと逝ってほしいでござるな」と笑い飛ばしただけだったが。

 

「それは、オリバンダーの店に行くつもりよ」

 

 ホグワーツ生御用達の杖専門店。オーシャンの杖は日本で誂えた者であるため、実際に行った事は無かったが、話に聞く限りには杖のことでは間違いがないという。

 しかし、三郎は首を振った。

 

「日本では、兄上がようやく工房を持ったでござる」

「いちにいが?」

 

 三郎の兄、一郎は、忍者の道から杖職人へと転職して、一年前には修行中の身だった。三郎は頷く。

 

「最初の一本は、家族に贈りたいといっておる。昨日、海の状況を知らせるふくろうを飛ばしたばかりでござる。きっと、二つ返事で海の杖をこしらえてくれよう」

 

「……ありがとう」

 

 噛みしめる様な笑顔で頷いたオーシャンの様子に彼女の帰国を悟って、セドリックは頭を抱えるのだった。

 

 

 *

 

 

 ダンブルドアの葬式には、数え切れない弔問客が訪れていた。魔法省関係者や、各種著名人、生徒の保護者達はほとんどみんなが学生時代をホグワーツで過ごしていたので、多分、何世代ものホグワーツ生が訪れて彼の死を悼んだ。

 

 水中人やゴブリン、森のケンタウロスまでもが彼らなりの言語で、彼らなりの最大級の敬意をもって送辞を手向けた。彼が多くの人に愛されていた事を、ハリー達みんなが改めて感じていた。

 

 こんなにも沢山の人が集まっているというのに、式が始まるというアナウンスが流れた時も、数々の弔辞が読まれた時も、オーシャンはぼんやりとその場に座っていた。ダンブルドアが死んだという現実感が、まるで湧かなかった。

 

 多分、少なくない人が同じ様な気持ちで会場にいたことだろう。今にもみんなの後ろから、自分の葬式を見て上機嫌に笑うダンブルドアが姿を見せるのではないかと思った。

 

 しかし、彼の棺に花を添える段になって、皆が現実を突きつけられる。棺の中で眠るダンブルドアを見た瞬間、オーシャンの胸を罪悪感が襲う。手向ける筈の白い花を棺の中へ取り落とした彼女は手を合わせて、何度も何度も彼に謝った。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 しかし、もう一生、その声が彼に届くことは無い。震える彼女の背に、マクゴナガル先生の手がそっと添えられた。






今年2025年の目標の一つは、この作品を110話まで書く事でした。おかげさまで目標達成。いつも読みに来てくれる皆々様と原作者様、そしてハーメルン様に御礼申し上げます。
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